【祝いのネックレス】


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「君は“言葉は心を映す鏡”って言葉を知っているかな?」
 ええ知ってますよ。日頃の言動や所作はその人物の本質を如実に反映するってヤツですよね。
 僕の目の前にいる男性は、不健康そうな青白い顔を不謹慎なことを企んでるような笑顔で歪ませながら、左手に持ったネックレスを所載なさげに弄んでいた。
「まあ、格言でもなんでもないんだけどねー。とりあえずはその通りだよ。つまり外見をどんなに見繕っても、その人の性根なんてものは行動にどうやっても表れるってことだね」
 彼はそう言いながら僕の眉間に向かって右手の人差し指を軽くトンと指す。なんか良く分からないが相変わらず偉そうでムカつく。
 それで結局、何が言いたいんですか?
「――うーん、あれだ! 人の中身の良し悪しは見た目じゃ分からないってことだよ伊藤君」
 そりゃそーでしょ。話が堂々巡りしてますよ。で、大事な話ってのはそれだけですか? こう見えて忙しいんですよ。僕は?
 彼の横柄な態度が気に入らなかったので、倒置法を使って返答してみる。あんまり意味はないけど。
「つまりだ。僕が言いたいのはね、心がビジュアル化出来ればそれはとても素敵なことではないのかと思うんだよ?」
 それは随分と強引な論理飛躍じゃないですか。あー、はいはい、それは良かったですね、じゃあ僕は帰らせて頂きます。
「ちょ、ちょっと待ってよ、伊藤君」
 あまりの馬鹿馬鹿しさに部室から立ち去ろうとする僕の腕を掴み、強引に自分の方へと引き寄せると、部長は僕に先ほどから弄んでいたネックレスを首にかけようとする。
 自分に放たれる悪意を素早く察知し、それをかわそうとするが、相手の方が一枚上手だった。
 回避したはずの悪趣味なネックレスがマジシャンのごとき手業で僕の首にしっかりと掛けられていた。基本運動音痴の癖に、こういう悪巧みをする時だけ達人レベルになるからホント困る。
 もー、止めてくださいよー。
 僕は自分の首に掛けられた時代遅れなネックレスを外そうとする。だが……。
 ――あれえ? な、なんで!?
「外そうとしてるのかい伊藤君?」
 ええ……。でも、この、あれ?
 制服にネックレスの金具でも引っかかっているのか、どうにも上手く外せなくなっていた。いや、厳密に言えば違う。ネックレスの外し方が分からないのだ。外す意思はあっても自分の身体が思うように動かず、何より、“首にかけられたネックレスを外すという”こんな単純な動作がどうにも思い出せないのだ。
「うーん、そりゃ無理だよ伊藤君。だって、それは呪いのアイテムだからね。司教にお願いするか寺院に行って解呪してもらわないと」
 そんなクソ詰まらない冗談言ってるとぶん殴りますよ。それで、これはどうすれば外せるんですか?
 目の前でヘラヘラと笑っている彼を全力を持って睨みつける。だが、彼は僕の悪魔も射殺せるような視線を軽くいなすと、悪びれることもなく、いつもよりも憎憎しげな表情で適当に言葉を続ける。
「さあ? もう一度言うけどそれは呪いのアイテムでね、持ち主が外したくなくなる物らしいよ。とりあえず、三日もすれば外れるようにはなるらしいけど。あ、それの出自に関しては僕も知らないんだ。兎のぬいぐるみを持った少女に押し付けられたからね。何でも某所で発見したアーティファクトだってさ」
 だってさ、じゃねーだろ!
 大体、良く分からないものを人にかけるなよ馬鹿。それ以前にそういう重要なものは学園が管理するものじゃないんですか?
「さあねえ? 話を聞いたけど、本人含めて周囲にも際立った害はないみたいだし、問題ないんじゃないかな。じゃあ僕は帰るから、そのアイテムのレポートを宜しくね。いやー、これまでにない世界が広がる伊藤君がうらやましーなー」
 嘘付け! アンタ、僕の今の状況愉しんでるでしょ? というか、これ一体どういうものなんですか? 知ってんだろ!?
 引っ張ったり、引き千切ろうとするもびくともしないネックレスを、何とか外そうともがきながら、部室から去っていこうとするろくでなしを呼び止める。
 ごくつぶしはゆっくりとこちらに振り返り、僕の顔をマジマジと見つめる。
 時が止まり、見つめ合う二人。なんてのはどうにも気持ちが悪い。
 暫しの沈黙の後、口を開いたのは向こうだった。
「さあ? ところで僕は君の目にはどう映っている?」
 はあぁっん? いつも通りですよ。というかいつも以上に殴りつけたくなるような憎々しい笑顔ですけど。
「そうか、それは残念。というか効果は即効性じゃないのか……。いや、それとも? なるほど君は僕のことをそう思っていたということか。これは意外だったね、うん」
 部長はこちらにも聞こえるように意味深にそう呟き踵を返すと、嬉しそうに調子っ外れの鼻歌を歌いながら気持ち良さそうに部室を出て行く。その後姿はどうにもこうにも憎々しく、全力で駆け寄って後頭部を殴ってやろうかと思うほどだった。


 彼の去った後、なんとかネックレスを外そうと四苦八苦するも、やはり呪いのアイテム、全く外すことが出来ない。危険を顧みず部室にある、胡散臭いありとあらゆるアイテムを使ってみるもそれも効果がない。
 結局僕は見回りにきた見慣れない用務員のおじいさんの『もう遅いから帰りなさい』という一言に促されて、寮へ帰ることにした。


「お帰りなさい伊藤君」
 そう言いながら絶望気味の僕を優しい笑顔で迎えてくれたのは寮母さんだった。
 ただいま帰りました ――あれ? そんなにおめかしして今日はお出かけですか?
「もう、何言ってるのよ? いつも通りよ。おばさんをからかわないで」
 でも、いつもより凄くキレイ……? ですよ。
 それを表すストレートな言葉を思いつかず、僕は寮母さんのことをキレイと評した。だが、それは違う。キレイというか、母性溢れる優しさが顕現したというのがいいのだろうか、そういう印象だった。もちろん、いつもは美人というほどではなく、どこにでもいる極々普通の優しいおばさんだ。
「そ、そんなこと言っても何も出ないわよ。ほら、伊藤君も晩御飯食べちゃって、もうみんな食べちゃったから」
 僕の言葉をお世辞と受け取ったのか、頬を染めながら食堂へと足早に去っていく。そんな寮母さんの後姿は、年上属性のない僕でも惚れてしまいそうなほどに異常に可愛らしかった。
 くそぅ……。
 てなことで『これはみんなには内緒よ』とこちらを意識しつつ皿に盛り付けてくれたおまけのコロッケのお陰で、胃も心も満足だった夕食を存分に堪能した後、自室に戻り、万年床の煎餅布団に寝転びながら、これまでのことを整理する。
 部長が自分に放った言葉と寮母さんの姿……。ゆっくりとだが、自分の身に、いや目に起こっていることの次第が分かり始めた。
 な・る・ほ・ど・!
 思い立ったが吉日だ。僕はガバと立ち上がると、この寮に住む一番のモテ男で、女をとっかえひっかえするいけ好かない糞野郎の部屋の前まで急ぎ足を運び、その戸を豪快にノックする。
 しばらくの間の後、ヤル気もなさそうに扉がゆっくりと開き、男が顔を出す。そして、僕の顔を確認すると、汚物を見るように顔を顰める。
「ん~? なんだよ?」
 いや、なんでもない。君のお陰で全てを理解したよ。全くもってすまない。
「――ん? なんだぁ? 勝手に起こしてそれだけとか最低だろ。糞野郎……。大体、用も無いなら起こすんじゃねえ!」
 おーけー。君の心地良い時間を奪ってしまったのは申し訳ない。ただ、こちらも早急に確認しなければならかったんだ。
 この通りだ。
 僕は頭を下げる。
「もういいよ。さっさと帰れ」
 目の前にいる醜《・》い《・》男《・》はこちらの慇懃無礼な態度に戸惑ったのか、はたまたもう一度惰眠をむさぼりたかったのか、安手の戸をわざとらしく大きな音を立てて閉め、自室へと引き戻っていく。
 なるほど、なるほど。これは実に便利な道具じゃないか。
 呪いのアイテム? そんなワケがない。三日もすれば外れるというし、その三日間を存分に僕はこの能力を使えばいい。そうすれば、僕は周囲の人の本質というものを一目で判断できるのだ。もちろん、極端に外見が変わっている人は誰なのかという確認は逐次必要になる面倒くささはある。
 それでも、十分に効果がある。
 呪いの効用が切れた後に外せば僕は晴れてその呪縛からも解かれるし、その後も実に有意義な人間関係を築け、尚且つ平和な生活を送れるというものだ。
 あの馬鹿部長、実に良いアイテムを僕に使ってくれたものだ。色々酷い目にあったが、初めて心から感謝しようじゃないか。


 僕はこの呪いのネックレスの効果を存分に堪能することにした。
 もちろん、時にその人物を確認する必要があるため、周囲から不思議な目をされることはあったし、僕自身でも驚くこともあった。
 クラスでも指折りの○○さんが酷く醜く映ったり、不良で誰も近寄らない△△君が優しそうな好人物に映ったりといった具合だ。ただ、多くの人物は驚くほどに変化は少なく、予想とは違ったものだった。僕はそういった戸惑いにもゆっくりと慣れながら、着々と人物感ノートを完成させていった。これなら多少の延《・》長《・》もありかもしれない。そう思い始めた時だった……。


「…あ、あの……」
 昼休み、友人と校庭の片隅でキャッチボールをしていた時のことだ。
 か細い女性の声が背後から聞こえてくる。
 僕は振りもせずに気もなく返事をする。
「あ、ゴメンねー」
「謝るのはいいです……。それより、そこから早く離れて下さい」
 ん?
 自分の足元を見て僕はようやく気づく。キャッチボールをしている最中に花壇に踏み込んでしまったのだ。僕の足で踏みつけられクシャクシャになった名も知らない花が見えた。
 ああ、ゴメン、ゴメン。すぐに出るよ。でも花を踏んで本当にゴメンね。
 適当にそう返しながら、先ほどまで僕とキャッチボールをしていた友人にとりあえずボールを投げ返すことにした。
「ありがとう。で、でも本当に花に申し訳ないと、思ってる?」
 めんどくさいなー、もう。まあいいや、本気じゃないけど一応謝っておかないと――――。
 僕は振り返り、彼女の顔を見た瞬間に絶句する。
 いや、恋に落ちた。
 そう、そうなのだ。僕の目に映る彼女は今まで見たことがないほどに美しく、理想的な人だったのだ。
「どうしたの?」
 小声でそう言いながら、不思議そうに僕の顔を覗こうとする。
 だが、僕には言葉が出てこない。それもそのはずだ、理想の彼女がそこにいるのだ。
「顔が真っ赤だよ? 熱でもあるの? 保健室にいく?」
 心配げにこちらを見つめる彼女の言葉に僕が出来ることは、唯々首を横に振るだけだった。
 そんな彼女と言葉を交わせるほどに僕の心はすれてない。
 彼女はとてもいい子であるのに間違いない。花を愛でる心優しい子で、それを踏みにじってしまった僕に強く怒りもせず優しくそれを嗜めるだけで、しかもこちらの身体の心配までしてくれる。
 何より、僕の目の前に映っているその姿は彼女の心の美しさなのだからこれが間違いであるはずがない。
 そう、彼女の心は美しい。でも彼女の本当の姿は……。


 ということでですね、今度は彼女に会うのが、いや、これを外すが怖くなりました。どうすればいいと思います?
 その問いに対し、僕にこのネックレスをかけた張本人は、相変わらず人をイライラさせるような軽薄で心のない笑みを浮かべながらこう言い放った。
「だから言ったじゃないか。『持ち主が外したくなくなる』呪いのアイテムだって」




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