【ラルヴァと結婚した男】


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 ※この話は二種類オチがあります。改変後のオチは次のリンクからラノに飛んでください
オチ改変verをラノで読む


 飯島は部下の田中からの相談を聞くために、仕事帰りに商店街のバーへと向かった。店は小さく客も少ないが、その分静かで二人で話すのには好都合であった。
「一時間だけならいいさ。私も早く家に帰らないと妻を待たせることになるからね」
 飯島は腕時計を見て、時間を気にしながら田中にそう言った。
「ありがとうございます飯島さん」
 田中は飯島に頭を下げて腰を下ろし、バーテンダーにカクテルを頼んだ。飯島も一杯だけ飲もうとスコッチを頼む。
「それで、相談というのはなんだい。仕事のことじゃないね?」
 飯島は双葉学園の事務局で、ある部署を担当している。田中もまた同じ部署で働いているが、特に経理の仕事で田中が悩んでいる様子はないだろう思った。
「はい。仕事のことじゃなくて、その――プライベートのことなんですが」
「プライベートなら友達に話せばいいだろう。なぜ私なんだ?」
 何気なしに飯島はそう言ったが、田中は暗い表情になってカクテルをあおった。
「おいおい。そういう飲み方は明日の仕事に響くぞ」
「僕は友達がいません。同僚とも上手く付き合えていないですから……僕に優しく接してくれるのはあの部署じゃ先輩だけですよ」
 田中は自嘲するように苦笑いを浮かべた。確かに田中が部署の人間と業務連絡以外で会話をしているのを見たことがないと思った。部下の人間関係に気を遣えていないとは、自分はダメな上司だなと飯島は自分を戒める。
「友達はいなくても、聞いた話ではきみには恋人がいるらしいじゃないか」
「はい。相談したいことっていうのは、そのことなんですよ……」
「ほう。恋愛ごとか。私にいい回答ができるかはわからないよ」
「いいんです、聞いてくれるだけでも。それに飯島さんだって結婚したんでしょう。上手くいってるみたいで羨ましいです」
「そうだね。でも結婚というのは大変なことだよ」
「そうなんです。僕も結婚するかどうかで悩んでいるんですよ」
 田中は少し言い淀み、口にするのを迷うようにして二杯目のカクテルに口をつけた。飯島は田中の口から言葉が漏れるのじっと待った。
「今、僕が付き合っている恋人は――ラルヴァなんです」
 田中は絞り出すように言った。
「ほう」
「彼女は“兎人族《ウォビット》”という種族のラルヴァなんです。御存知ですか?」
「ああ。知っている」
 確か兎と人の姿を持つラルヴァだったはずだ。人間の姿をしているが、兎の耳と尻尾、モフモフと毛の生えた手と足が特徴的である。
「彼女は害のあるラルヴァではないんです。でも彼女と結婚するのを、親や親戚は快く思っていません。結婚と言ってももとより戸籍を持たないラルヴァですから、正式に籍を入れることだってできませんし」
「そうだね。特に双葉区に根付いていない人たちから見れば、怪物と結婚だなんて狂気の沙汰なんだろう」
「はい。今ではラルヴァの生徒もいますが、それもこの島内だけですからね。外に住んでいる両親はここの事情を知ってはいますが理解を持っているわけではありませんから」
 田中は深いため息をつきながらつまみの野菜スティックを無造作に齧った。ぼりぼりというニンジンをかみ砕く音が響く。
「それに、一番の問題は子供です」
「子供?」
「僕と彼女の間では、子供を作ることはできません」
 そう言う田中の顔はどこか寂しく、胸を締め付けられそうになった。
 人間とラルヴァの間で、子を身ごもることはあるにはある。しかしそれは一部だけで、人間と大きく遺伝子のかけ離れているラルヴァとの間に子供ができることは稀である。これは異種間の結婚に置いて大きな問題であった。
「僕に兄弟はいませんし、両親は僕の孫の顔が早く見たい、死ぬ前に一度でいいから孫を抱きたいと言っていました。それに孫がいなければ僕の代で田中家はおしまいです」
「…………」
 飯島は彼になんと言ったらいいのかわからず、煙草に火をつけて沈黙した。しかしスコッチの氷がカランっと音を立てると同時に再び口を開く。
「でもきみは、彼女を愛している」
 飯島は微笑を浮かべて、優しい声でそう言った。
 田中は顔を上げて、彼のその慈しむような目を見て涙を流した。
「子供を作るだけが、夫婦の役目じゃない。子孫を作ることだけが、生きる理由ではない。そうだろう?」
「……はい」
「ならば迷うことはない。私と妻の結婚の時も周囲の反対はあった。それに私と妻の間にも子供ができることはなかった。しかし――」
 飯島は煙草の灰をとんとんと灰皿に落とした。煙草の煙は天井に向かって伸び、やがて消えていく。
「私と妻は幸せだ。問題は種族ではなく、幸せになるためにどうするかだ。それは私には答えられない。幸せになる方法はきみ自身で、いや、きみたち自身で見つけるべきだ」
 飯島は本心からそう言った。
 田中は無言で頷き、席を立つ。
「ありがとうございました。もう一度両親を説得してみます」
 飯島に頭を下げ、顔を上げた時には田中の顔に曇りは無かった。そこには決意のようなものが感じられる。田中は飯島の分の会計も払って、彼と一緒に店を出ていく。
 そして別れ際、
「飯島さん。もし結婚式を上げたら仲人、お願いしていいですか」
「ああ。まかせてくれ。私のスピーチで泣かせてやるさ」
 そんな軽口を叩いてそれぞれの家路についていった。





 飯島の家は住宅街にある一軒家である。妻と暮らすために長いローンを組んで、立派な家を建てたのだ。
 家に帰れば温かい家庭が待っていて、仕事の疲れも癒えていく。
「ただいま」
 飯島が玄関を上げると、キッチンの方からペタペタペタと足音が聞こえてくる。飯島の最愛の妻が彼を出迎えた。
「おかえりなさいあなた。ごはんにする? お風呂にする? それとも……あたし?」
 妻はゼリー状の身体をくねらせて愛情を表現していた。その体は半透明で向こう側の景色もよく見える。
 飯島は柔らかな彼女の体を抱きしめた。不定形な妻の肉体はぶよんっと変化する。
「もちろん、お前だ」
 飯島の妻はスライムであった。


 おわり



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