【永遠の満月の方程式 -序- 後篇】


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 6時限目の講義が終わり、部活動や研究室での研究が無い生徒達は帰宅の途に着いていた。
 そんな学内が少し物悲しくなる夕暮れ、天文学部の研究室に三人の姿があった。
「どうだい? 月は昨日より近づいているかい?」
「現在月と地球の距離約……384350㎞!? 50㎞も近づいている!」
「たった1日でそんなに近づいたのかい? これは不味いね……」
「え? 月が近づいて来てるの? せんせー前に月は遠ざかって行ってるって言ってなかったっけ?」
 真剣な顔でモニターを睨む二人の後ろで、事態の深刻さが分っていない陽気な女子が一人。東雲ヶ原睦月である。
 輝と甕の間からパソコンの観測結果が表示されているモニターを見て、チンプンカンプンと言った様子で質問を投げかけてくる。
 そんなある意味場違いな存在に、甕が米神を押さえながら質問した。
「君は何故付いて来ているのかな……」
「えー、私居ちゃいけないんですかー?」
「いや、別にそんな事はないよ。ただ先生達は重要な話をしている所だから秘密にしておいてね」
 睦月に甘い輝の態度に溜息をつき、再びパソコンのモニターに向き直った甕だったが、今度は3人の横から別の声が掛けられる。
「あの~、皆さん何をなさってるんですか?」
「あ、雪ちゃん」
 少しおっとりした丁寧な口調のその声の主は、昨夜月の観測結果がおかしい事を計算した同研究室の3年生。研究室でも一番優秀な成績を誇る月岡雪(つきおかゆき)だった。
 長い髪を三つ編みに結い眼鏡をかけている大人し目の女子だ。
 その雪が少し遠慮がちに3人が覗き込むモニターを隙間から見るなり、すぐさまその意味を理解したのか驚きの声を上げた。
「え!? 昨夜より近づいてる!? 先生! これは一体どう言う事ですか?」
 優等生で同学年の雪が驚いている様子を見て、睦月も事の重大さがようやく分り始めたようだ。
 二人の女子生徒は真剣な顔で輝の顔を見つめる。
 輝は事の大きさから、まだ今は何も分っていない得体の知れない現象の調査に、歳若い生徒を巻き込んで良いものか悩んだ。
 心情としては協力者は多い方が良いと思っている。しかし事の一端に既に少し関わっているとは言え、教え子にそれを頼んで良いものだろうか。
 二人の真剣な瞳に言葉を詰まらせた輝だったが、悩むその肩を助けるように、優しくポンと触れる手があった。
「素直に話そう。協力者は多い方が良いよ」
「甕さん……そうですね。お話ししましょう」
 甕の助言を受け、輝は今までの事情と今起こっている事を二人に説明した。
 睦月は事情を何とか飲み込めると力強く「異能力を持たない私に何が出来るかわからないけど……協力するよ!」と言った。
 雪は最後まで黙って話を聞いた後、神妙な面持ちで「知ったからには知らん振りは出来ません……協力させて下さい」と言った。
 まだ学生で二人とも一般人だが、輝は二人の協力者を得てまるで百人力を得たような、心強い気持ちになった。



「月岡さんは月の軌道を計算して、接近するペースに変化が無いか見張っていて下さい。あと資料を調べたり皆の連絡係をして欲しい」
「はい、分りました」
 輝は計算の得意な月岡雪に月の軌道計算と監視を頼んだ。
 1日50㎞ものペースで地球に近づいてきている月だが、今後も同じペースを維持するとは限らない。
 遅まればそれだけ時間的猶予は長くなる。だがもしこれ以上早まった場合、猶予は今よりグッと短くなる可能性があるのだ。
 これは時間との戦いだ。常に月の軌道を監視しておく必要があった。その重責を、優等生の雪なら担ってくれると輝は信じたのだった。
「睦月くんは私達と共に行動して欲しい。取り敢えずは、この現象が自然現象によるものなのか、それとも人為的に引き起こされている事なのかから調べたい」
「まっかせてよ! パシリでも何でもやっちゃうよ~」
 睦月は計算はそれほど得意では無いが妙な知識だけは意外と持っている。それに体力があり顔が広い。その知識と体力、顔の広さが今後、行動する上で何かの役に立つかもしれない。
 輝は指令役として、甕は得意の占星術で未来を見通す役がある。役割分担も決まった所で、具体的にどうするか、元凶をどう探し出すかを考えなければならない。
 4人は研究室の席について考えをまとめる事にした。
「自然現象とは考えづらいね。テレビの報道や星の運行を見るに、他に異常現象が起こっている様子は無いようだ」
「となると、やはり人為的……と言う事になりますか」
 まず甕が発言した。甕の予知や予見は絶対だ。それに輝に声をかけた事から、輝や雪よりも前からこの現象が起こる事を知っていた事は明白だった。
 その甕が自然現象では無いと言う事は、その可能性が高い。
 しかしそう考えると、月を地球に引き寄せる事が出来る異能力者などこの世にいるのだろうかと言う疑問もある。
 月までの距離、約384400㎞もの遠隔まで力を及ぼせ、且つ、約7.3458×10^22㎏もの質量体を引き寄せるなど、そんな事が果たして出来るのだろうか。
「この学園にも念動力を使える超能力者は数多くいますけど、そんなに大きな力の使い手は聞いた事もありません」
「確かに……醒徒会長なら月を砕く位の事出来そうなイメージはありますがね」
 重苦しい空気を少しでも和ませようと、軽いジョークのつもりでそんな事を言ってみる29歳独身男性。
 ハハハと言うたった一人の笑いが研究室に寂しくこだまする中、3人のじと~っとした視線を受けて「ごめんなさい」と小声で謝る。
 下らない洒落で会話が途切れた机だったが、醒徒会長と言う言葉を聞いてから考え込むように首を捻っていた睦月が、手をポンと叩いて会話再開の報せを告げる。
「あっ、超能力じゃないなら魔術なんじゃない?」
 魔術。それは魂源力を源として発現させる異能力の一系統。
 超能力系、身体強化系、超科学系、魔術系。異能力は超能力系と身体強化系が最も多く確認されており、超科学系と魔術系は前者二つに比べその使い手は少ない。
「何かで聞いた事あるよ。式神だか護法童子だかを使って遠くにある物を持ってくる術があるって」
「術……」
 睦月がオカルト的知識を持っていた事は意外だったが、輝は(その可能性は案外高いかもな)と思った。
 魔術系は超能力系と違い即効性に乏しい事や準備や発動条件が必要な事で知られている。
 一般的にこの弱点とも呼べる特性と扱いの難しさにおいて、異能力者の間では発現する事や習得する事を敬遠されがちな能力であるが、それを補って余りある効果も術の種類によってはある事も事実だ。
 まず魔術は魂源力を持ちながら能力として発現しなかった者が、後天的に習得できる可能性があると言う事。
 そして仕込みや発動条件が厳しい分、その効果範囲や威力を桁違いに高める事が出来ると言う利点を持つのだ。
 充分な仕込みや下準備を施し、長年溜めた大量の魂源力を込めて術を行使すれば、或いは……。
「睦月の言う事が当たっているなら、元凶は陰陽道か密教系の術者に絞られるね」
「魔術師も強力な使い魔を使役している人なら可能かもしれないよ~」
 月を地球に牽引している犯人は魔術系の異能力者である可能性が高まった。
 しかし陰陽道から密教系、魔法、可能性を考慮するなら道術やヒンドゥー系の呪術まで捜索の手を広めなければならない。
 魔術系の異能力者と判ったまでは良いが、これでもまだ探す対象が多すぎるのだ。
 この双葉学園だけでも魔術系の異能力者など何百人といるし、世界中の魔術系異能力者ともなれば何万では利かない数がいるだろう。そんなもの調べ上げていたら時間がいくらあっても足りないと言うもの。
 もっと絞り込める情報が欲しかった。しかし魔術系異能力に詳しい知人は残念ながら輝にはいない。
 雪もそれは同様のようだし、頼みの綱の睦月もうんうん唸って必死に該当する知識を持った知人を思い出しているようだが、望みは薄そうだ。
「私に一柱(ひとり)心当たりがある」
 そんな時、甕が救いの手を差し伸べる。
 甕は羽織の袖から何と携帯電話を取り出し操作し始めた。羽織袴ルックとは言え袖の中から携帯電話を出す光景はそれなりにシュールだ。
 ポニーテールに結った髪を掻き上げ携帯を耳に当てた姿は、甕の中性的で美しいルックスと相まって、奇妙だが幻想的な光景を書類の山に埋もれ雑然とした研究室に作り出していた。
 輝が甕に訊ねる。
「心当たりって一体誰ですか?」
「八意思兼(やごころおもいかね)だよ」
 八意思兼。その単語を聞いて雪が驚きの声を上げた。
 知識欲旺盛で読書が趣味の彼女は知っていたのだろう。日本神話の中にそんな名の神が出て来た事を。
「やごこ……え? ひょっとして八意思兼神? 日本神話の? えぇ!?」
「あ、私。天津甕星だよ。……あぁ、元気にやっているよ」
 続いて天津甕星の名前にも反応したが、電話中に騒ぐほど常識の無い少女ではない。
 しかし自分の驚きを他の人にも伝えたくて仕方が無い雪は、睦月にソッと耳打ちで知らせた。
「何言ってるんだい。天津神の封印はもう200年も前に解けているよ。おいおい、しっかりしてくれよ。ボケるにはまだ早いだろう?」
 書によれば天津甕星は高天原平定の際、1人だけ従わなかった為誅されたとあったが、実際は封印され2000年近くもどこかに閉じ込められていたと言う事なのだろうか。
 まぁ、甕の天真爛漫な性格を考えれば日本書紀にある話も結構真実だったのかもしれない。
「……あの人何者なんですか? まさか本当に神様なんですか?」
「私も良く分りません」
 輝は今更驚くのも面倒とばかりに頭を掻いて見せた。
 3人は人間のように携帯電話を使い気軽に日常会話をする神様を見て、(電話料金は誰が出しているんだろう)と月の接近を忘れ、暫し奇妙な物思いに馳せた。
「月を引き寄せるような術を知っているかい? ……ふむふむ、それは本当かい? フフッ、なるほど」
 何か判ったらしい甕に3人は期待を寄せた。
 八意思兼と言えば日本神話における知恵の神だ。その神が教えてくれた事ならば信憑性は充分あると言える。
 電話が終わるのを今か今かと待つ3人。そして甕の電話がついに別れの挨拶に入った。
「ありがとう、参考になったよ。今度こっちに遊びに来てくれ。……そう億劫がらないで、車で迎えに行くから」
 車で迎えに行くとは、この神様は自動車まで持っているのだろうか?謎は深まるばかりだが、今はそんな事を突っ込んでいる場合ではない。
 睦月と雪の期待に応えるべく、輝は早速甕に事の次第を訊いた。
「何か判りましたか?」
「あぁ、犯人は密教僧に絞れたよ」
 密教僧。つまり仏教関係の者がこの事件を引き起こしている犯人と言う事になる。
 とは言え、まだこの広い世界のどこに居る何者が犯人なのかまでは特定できていない。
 何も分らなかった最初に比べれば格段に捜査は進んだが、これは思ったよりも難しい問題になりそうだと輝は思った。
「ここまでは良かったですが、犯人がどこにいるのかまでは分らなかったのですか?」
「さぁ、流石にそこまでは思兼も知らないだろうね」
 甕の言葉に3人は溜息をついた。
 いくら神様とは言え日本神話の神は西洋一神教の神と違い万能ではない。それぞれ専門分野の事しか出来ないのだ。
 話が一気に進むと期待した3人だったが、世の中そう甘くない事を思い知らされたのだった。
 が、甕は腕を組んでなおも偉そうに踏ん反り返っている。
 そして得意満面な笑みでこう言うのだ。
「君達、私は占星術が得意な事を忘れたのかな?」
 占星術と聞いて輝が弾けた様に顔を上げた。
 そうなのだ。占星術は何も未来予知だけが目的では無い。失せ物探しや金運、学問、恋愛、色々な事が占えるのだ。
 つまり、人探しである今回の一件も、これだけ情報が集まっていれば探せるかもしれないと言う事だ。
「分るのですか!? 星占いで犯人の場所が!」
 輝は期待を込めて甕に問う。
 この現象の調査は元はと言えば天津甕星と出会った所から始まった。その天津甕星が事件解決に大きく貢献してくれるのなら、これ程良い話は無い。
 3人のキラキラとした尊敬の眼差しを楽しみつつ、甕は人差し指を立てて言い切った。
「時間はかかるけど、今晩一晩星と語らえば分るかもしれないね」
『やったーーー!』
 3人は手を取り合って喜んだ。
 地球の未来がかかった事件を、一晩でこんなに進展させたのだ。
 あとは翌日から犯人探しをするだけ。時間的余裕はまだまだあるし、これはもう勝ったも同然だと思った。
「その代わり一つお願いがあるんだけど、良いかな?」
「良いですよ! 僕に出来る事なら何だって言って下さい」
「この事件が解決したら運転手を頼みたいんだ。あと車も用意してもらいたい」
 その言葉を聞いて3人は頭上にクエルチョンマークを浮かべた。
 この神様は、まさか車も持っていないのに無責任に「車で迎えに行く」などと言っていたと言うのか。
 さっきまでの尊敬の念は一瞬で消し飛び、再び甕の評価は天真爛漫で面の皮の厚い身勝手な神と言う最低なものに戻ってしまった。
「あぁは言ったけど、実は持っていなくてね。頼むよ先生」
「……分りました」
 (分るかもしれないと言う事は、分らない可能性もあるんだよなぁ)そんな嫌な予感が3人の脳裏をよぎった。



 翌日、朝早くから研究室に集まった3人は、机に突っ伏して眠りこける神様を見た。
 寝顔も綺麗なのだが、如何せんだらしなく唾を垂らしているから恰好がつかない。その前方には一枚の紙が置いてあり、そこにはえらく達筆な字でこう書かれていた。
「え~と……犯人は、案外近くに居る、と出ました?」
「それだけかい!」
 解読する雪の大きな胸にビシッ!ポヨン と突っ込みを入れた睦月は、手に残る感触に驚きつつ自分の胸を見下ろし溜息をついた。
 一晩徹夜で占って結果がその一言とは……まぁでも分るだけ凄い事ではあるのだが。
 輝は(じゃあ何故私の未来だけ30年分も占えたのでしょう……まさかこれって適当書かれているだけなのでは?)などと思ったが、今はその事は意識の隅に置いておく事にした。
「それにしても、こんな事が人の手による現象とは、驚きですね」
「はい。私、正直今でも信じられません」
「いくら魔術系の異能力は仕込み次第で大掛かりな事が出来るっても、月なんか引っ張れちゃうなんてね~」
 それぞれ昨夜は帰ったものの、何かしていたらしく3人とも目の下に隈を作っている。
「あの、私朝来た時ちょっと計算してみたんですけど……」
 一番最初に研究室に来ていた雪が小さく手を上げて発表した。
「月の接近速度はどうやら速くなって行ってるみたいです。回転半径の縮小に伴う速度の上昇で遠心力が増して遅くなると思ってたんですが、月と地球が引かれ合う重力の方が強く作用するみたいです」
 月の接近が早まっている。その事はある意味最も知りたくない情報だった。
 それは即ち、猶予がどんどん短くなっていっていると言う意味だからだ。
 一晩で犯人像が大分絞れたものの、時間の猶予はもうさほど無さそうだと3人は感じた。
「私も密教について調べてきたよー。前も言ったけど多分使役してる式神(しき)は護法童子だと思う。で、多分術の力を強大にする為に何か特別な陣を布いてると思うんだー」
 この情報は有益だった。
 問題を解決する方法が今まで犯人を捜して術を止めさせるしかなかったものが、特別な陣を破る事でも術を止める事が出来るかも知れないと言う事が分ったからだ。
 犯人探しと共に密教の術や陣についても調べる必要がありそうだと3人は思った。
「私も月と地球がこれ以上接近した時、何が起こるのかシミュレートしてきました。」
 最後に輝が自宅のパソコンで導き出したシミュレーションの結果を発表した。
「結論から言って、月が地球に落ちてくると言う事はありません。地球の大気に阻まれて月が弾き返されるからです」
 その事を聞いた2人はほっ、と胸を撫で下ろした。2人はこのまま月が接近してくれば、地球に落ちてしまうのでは無いかと思っていたからだ。
 地球に近づいただけで重力の影響で天変地異が起こると言うのに、月なんかが地球に落ちたらそれこそどうなってしまうのやら。それこそ人類どころではなく地球の滅亡になりかねないと思っていた。
 その心配が信じる先生からハッキリと否定されて、安心したのだ。
 しかしそんな2人の様子を尻目に、輝の表情は晴れない。
 その事に気づいた2人が心配な顔で輝を見つめると、輝は意を決したように顔を上げ、ゆっくりと話し始めた。
「けれど、その場合より厄介な事になります」
 厄介な事、とはどう言う事なのか?睦月と雪は輝の言っている事が分らず頭にクエスチョンマークを浮かべた。
 そんな2人に対して、輝は慎重に言葉を選んで語りかけていった。あたかも天文学の講義の時のように……。
「地球との大気摩擦によって弾き飛ばされた月は遥か遠方まで離れてしまいます。そしてその距離が今の約4倍まで離れた時……」
 月の距離が今の4倍まで、と聞いた時、雪は一人あっ!と何かを思い出したような表情になった。
 それは昔一度、輝が天文学の講義の中で余談として話した事がある、ロマンチックな数式の事だった。
 数学者ラグランジュが求めた力学的安定点を算出する方程式。即ち――。
「月と地球の距離が今の約4倍まで遠ざかった時、太陽と地球の力学的平衡点に入り、月は地球との相対位置が永遠に動かなくなる」
 月が永遠に静止する点。地球の周囲4箇所に存在するその点に入った時、月は永遠の姿をとる事となると言う。
 そしてその数式こそが――。
「ラグランジュの5次方程式の解……つまり『永遠の満月の方程式』! このままでは地球は永遠に月の重力を失う事になります」
 月の重力は地球の海面を引っ張り潮汐力を引き起こしている事は周知の事実である。
 だがもしこれがなくなった場合、月に引かれていた分の海水が地球の自転軸と直角方向に、つまり赤道面に遠心力によって集中する事となる。
 これが、天津甕星が見たと言う地球の滅びの正体だと言うのか。
「永遠の満月? ……まさかっ!?」
 だがここで睦月が、鞄の中から古い書物を引っ張り出しパラパラとページをめくり始める。
 ここまでの危機は輝の授業を聞いていた2人になら想像がつく事のはずだ。
 しかし驚き青ざめる雪の横で、睦月は更に別の恐怖に掻きたてられている様に見えた。そう、何かとてつもない恐怖に……
「せんせー大変! 早くその式神を使役する術者を見つけて止めさせないと大変な事になるよ!!」
 慌てて睦月が開いて見せたページには、難しい日本語で何事かがびっしりと書いてあり、月と北斗七星と龍を思わせるイ古いラストが描かれていた。
 そのページを見ても2人には今一意味が分らない。
 睦月がこんな難しい本を読めた事に驚きつつも、今はそんな疑問に構っている時では無いと睦月の方に向き直る。
「睦月くん、大変な事とは?」
 2人が真剣な視線を投げかける。その視線を真っ向から捉え、いつものニコニコ顔を潜め真剣な表情で睦月が2人に答える。
「密教の星見の秘術書にあったの。もし永遠の満月が作り出せれば、天は歪み北斗七星の尺が歪むって。つまりそうなれば……」
 一呼吸置いて緊張気味に睦月は言った。
 それは1999年に起こる筈だった世界の終わりの帳尻合わせ。終わっていなかった滅びの運命。
 睦月の口から語られたその正体とは――。

 ――地球が、北斗七星の天の龍に破壊される――

 その頃、世界各国の天文台ではフラウンホーファー線の曇りが観測されていた。
 北斗七星の尺の形は歪んでは観測されていなかったが、東京、双葉区にある天文学部の自動望遠鏡だけがその異変を捉えていた。
 宇宙線と宇宙空間に広がる組成の変質。北斗七星に起こりつつある異変。
 今、この地球最後の時が訪れようとしていた。





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