【学校童子/『視線』】


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 学校童子《がっこうわらし》という噂がある。
 それはいったい誰が広めたのかわからないが、呼び方に違いはあれど日本全国の学校でよく聞く怪談、あるいは都市伝説のようなものだ。
 そして双葉学園にも学校童子の噂はある。
 もっともその噂は学園の狭い範囲、わずかな人数にしか伝わっておらず、怪談の類としても成立してはいなかった。
 だが中等部の葉山《はやま》菊子《きくこ》はその噂を知っていた。
 誰から聞いたのか、いつ耳に入ったのかさえ思い出せない。だが確かに菊子は学校童子の噂をどこかで聞いていた。






「ねえ、ちょっといいかしら。枕木《まくらぎ》くん」
 学校帰りの生徒たちで賑わう通学路の雑踏の中に、彼の姿を見つけた菊子は思わず呼び止める。
 多くの生徒の中に紛れていても枕木|歩《あゆむ》はよく目立っていた。
 それは彼が学園指定のブレザーではなく、襟詰めの学ランに黒い学帽という周囲とは浮いた格好をしているせいもあるだろう。だがもっとも目立つのはその挙動だ。
 いつもきょろきょろと辺りを見回しては、無造作に落ちている空き缶やゴミを拾ったり、転んだ低学年の子を助けたり、落とし物を拾っては落とした人を探したりなんてことばかりしているせいで、帰宅しているのにまったく前に進めていない。そのわりに自分への注意力がないのか、小石にけつまずいてゴミ箱の中に頭を突っ込んでいた。
 枕木は菊子の呼びかけに気づくと、
「やあ。葉山さんじゃないか。格好悪いところを見られちゃったなぁ。たははは」
 学帽についた生ゴミを落としながらあっけらかんとした口調で言った。
「だ、大丈夫? ちょっと臭うわよあなた」
「ごめんよ、どうも僕はゴミに愛されてるみたいでね。それで、葉山さん。僕にいったい何の用なんだい」
 菊子は枕木に問われてしばし口ごもる。彼女は周囲の目を気にしながらも、枕木の袖を引き、耳元で小さく言葉を紡ぐ。
「あなた、“学校童子”なんですって。生徒の悩みを解決してくれるとか」
 以前枕木に悩みを解決してもらったという友人から、菊子は話を聞いていた。それを聞いた時はとても信じられなかった。どうにも間抜けで、いい加減そうな性格にしか見えない彼に人の悩みを解決できるほどの甲斐性があるとは思えない。
「ああ。悩み相談を受け付けているのは本当さ。もっとも、僕の手に余る相談には乗れないけどね。僕は自分にできることしかやらないよ」
「それでもいいわ。お願い。わたしの話を聞いて」
「じゃあ立ち話もなんだからどこかお店に入ろうか。そうだ、僕あそこの新メニュー食べたかったんだ」
 そう言って枕木は近くの甘味屋の中へと入っていくので、菊子もその後に続いた。店の中は和風的な店構えで、ちらほら女性客が見られる。枕木は新メニューの超大盛りぜんざいを頼んだ。
「わあ。美味そう! いただきます」
「うっぷ。ほんとにそれ全部食べるの? 見てるだけで胸やけしそうだわ」
 どんぶり一杯に入ったあんこ汁に、お餅が五つ。自分なら二三口程度で飽きてしまいそうなほど濃厚だと菊子は思った。枕木はそんな菊子の目も気にせず、もりもりとぜんざいを食べている。あんな小柄な体のどこにこれだけ入るんだろう。
「あなた本当に学校童子なの? ってことはラルヴァか何か?」
 “学校童子”は学校に住み着く妖怪変化の類で、座敷童子の学校版と言った感じだ。
 座敷童子と違うのは幸福をもたらすのではなく『学校の生徒の悩みを解決する』といった風変りなものらしい。菊子も学校童子の噂を耳にしたことはあったが、バカらしいと信じてはいなかった。だがその学校童子が同じクラスの枕木だという話を友人から聞いたのだ。
「正確には違う。僕はこの双葉学園に住む本物の学校童子に雇われているただの人間の一人だよ。普通の学校なんかと違ってこの学園の生徒数はマンモス級だからね。学校童子一人じゃとても手が回らないのさ」
 枕木は口にあんこをつけながらそう言った。彼の言うことはとても信じられないが、菊子が頼れるのは学校童子だけであった。
 菊子には悩みがある。
 それはとっても些細な悩みだが、どうしても気になることであった。あまりにちっぽけな悩みのあまり、ろくに人に相談できずに困っていたのだ。
「安心して話してくれよ。秘密は守るし、僕はどんな些細な悩みだって聞いてあげる」
「ほんとに? くだらないって笑わない?」
「笑わないさ。むしろ重たい悩みは僕の手に余るからね。深刻な話は先生や風紀委員にでも言った方がいいし。それに――些細な悩みだからと言って、その根が浅いとは限らない。それが大事に繋がらないなんて、誰にもわからないんだから」
 枕木はそう言いながらみょーんっとお餅を伸ばしては、もっちもっちと口の中に含んでいる。その様子がなんだかバカらしく、少しだけ張り詰めていた菊子の心はリラックスした。
「だから気軽に話をしてよ。どんな悩みでも構わないから」
「うん。わかった。ありがとう枕木くん」
 菊子はわずかに沈黙し、話を頭の中で整頓する。そうしてようやく彼に話す決意をした菊子は、口を開いた。


「一ヶ月前ぐらい前からの話なんだけど、女子寮にいるときに最近誰かに見られているような気がするのよ。ほら、視線って何故か解らないけれど気づいちゃうものでしょ。その時のわたしもそうだったの。
 もちろん最初はわたしだって気のせいだと思ったわ。友達に話しても自意識過剰だって言われるし。でもね、毎日毎日ずっと、本当に誰かがわたしを監視しているような気がするのよ。これが気のせいだったらどんなにいいか。
 特にわたしが着替えをしている時なんか、本当に舐めまわすような視線が肌に感じるの。でも不思議とキッチンにいる時やお風呂に入っている時には視線を感じないのよね。視線を感じるのはいつも部屋にいる時だけだけど、眠るときも真上から誰かに見られているような気分で熟睡なんてできないわ。
 もしかして誰かに覗かれてるんじゃないか、なんて思ったけど女子寮だから男の人が侵入できるようにはなっていないし、『屋根裏の散歩者』みたいに天井裏に誰かいるのかしらと思ったけど、天井裏は埃だらけで人がいた形跡も無かったの。
 次にわたしは盗撮カメラが無いか部屋中ひっくり返して探してみたわ。知り合いのつてで検査装置も借りたけどやっぱり無かった。
 その後ね、わたしは先生に相談したの。ほら、担任の黒岩先生。枕木くんは知らないかもしれないけど、あの人って結構女子に人気あるのよ。若いし、生徒思いって評判だったから。だからわたしも黒岩先生にこのことを話してみたの。でもそうしたら黒岩先生は『そんなことは思春期によくある妄想さ。きっとそのうち気にならなくなるから、放っておくのが一番いいぞ』ってまともに取り合ってくれなかったわ。
 確かに先生の言う通り、わたしの自意識過剰や被害妄想なのかもしれないけど、どうしても気になって仕方がないのよ。ねえ、枕木くん。わたしが感じている視線ってどうにかならないかしら」


 そこまで一気に語り終えると、菊子は喉を潤すために出されたお茶に口をつけた。だがまだ熱くて、余計に口の中が乾きそうだ。
 ちらり、と菊子は枕木に目を向ける。
 こんなことを話して引いていないだろうか、バカな女だと思われていないか心配だ。友達に話しても『菊子は可愛いから、いつも人の目を気にしているせいだよ』なんて皮肉を言われるだけだった。
「なるほど。きみの悩みは確かに、聞き届けたよ」
 しかし枕木は真摯に菊子の悩みを受け止めたようで、さっきまでの軽薄そうな顔ではなく、教室では見たことのないような真面目な顔になっている。
「少し、質問していいかな菊子さん。きみが視線を感じるその部屋の情報を纏めておきたいんだ」
「え? うん。いいわよ」
 枕木はメモ帳を取り出して、学ランの胸ポケットに差していた万年筆で菊子の言葉を書きとめていく。
「きみが暮らしている女子寮はどういう所?」
「えっと。五階建ての木造建築よ。あんまり立派なところじゃないわね。うちあんまりお金ないし家賃のとられないCランクの女子寮だもの。一人部屋なだけましだわ」
「なるほど。ということはきみの部屋の天井は板張りだね」
「ええそうよ」
 菊子がそう言うと枕木はメモ帳を見つめながら、しばし考え込むようにしてテーブルを指でとんとんっと叩いていた。わずかに時間が過ぎたあと、枕木はがたりと席を立った。
「わかったよ葉山さん。きみを悩ませている視線の正体がね」






 それから枕木と別れた菊子は、あの忌まわしい視線を感じる自分の部屋に帰ってきた。木造建築で畳の一人部屋。今でも視線を感じる気がする。
「本当にこんなことであの視線が無くなるのかしら……」
 菊子の手には一本の釘が握られていた。
 それは何の変哲もない、市販の釘だ。菊子は大工部から借りてきたトンカチを持って、天井を睨みつける。
 そこにあるのは板張りの天井、その中心には大きな“木目”があった。
 木材なのだから木目があるのは当然だ。でもその大きな木目は人間の目のような形をしているのだ。これが視線の正体だと、さっきのメールには書かれていた。
『きみの部屋の天井にある木目の、一番大きなやつに釘を刺してしまえばいい。そうすればきみを睨む目はなくなるだろうさ』
 枕木はそんなことを言っていたが木目が自分を見つめるなんてことがあるわけがない。バカバカしい。もしかして枕木も自分を騙してからかっているんじゃないだろうか。菊子は彼に相談したことを後悔しつつも、物は試しとばかりに雑誌を積んで足場にし、釘を構えた。
「もうわたしを見ないで!」
 半ばヤケクソ気味に菊子は釘を打ちこんだ。カン、カンっと慣れない手つきながらも、トンカチで叩いたら釘は一瞬で根本まで木目に突き刺さった。
 すると、まるで嘘のように視線が消えた気がした。
「え? なんで?」
 確かに今まであった奇妙な視線は一切なくなっている。たかが木目に釘を打ちこんだだけなのに――本当に木目が自分を見つめていたのだろうか、それとも無意識のうちに自分自身が木目を怖がっていたせいで錯覚していたのかもしれない。
 理由はわからないが、枕木の言う通りに視線は無くなった。彼女は枕木に感謝した。
 その日の夜菊子は数日ぶりにゆっくりと眠ることができた。




「はー! いい朝だわ!」
 翌朝、久々の熟睡を満喫した菊子は、爽やかな気分の様子である。あまりに気持ちいい物だから、いつもよりも一時間も早起きしてしまった。部屋にいても仕方がないし、もう登校してしまおうと、まだ朝霧のかかった通学路を歩いていた。
「枕木くんが教室に来たらちゃんとお礼言わなくちゃ」
 彼は謝礼はいらないと言っていたが、何か奢ってあげることのぐらいはしなくちゃ義理に欠けるというものだろう。また昨日の甘味屋にでも連れて行こうか。
 そうして菊子が朝の通学路を歩いていると、前方に担任の黒岩が歩いているのが見えた。どうやらこの時間は先生方が出勤する時間らしい。
 機嫌が良かった菊子は、今回の件が解決したと伝えるために、彼の方へと歩み寄っていった。
「おはようございます黒岩先生! 聞いてください、あのですね――」
 と、黒岩の肩を叩くと彼は振り返った。だが、黒岩の顔を見て菊子は絶句する。
 黒岩の右目には眼帯がつけられていた。血がにじんでいるのかわずかに赤くなっている。
「ど、どうしたんですかその目……」
「どうしたって? ふふふ……」
 げそっとした表情のまま黒岩は不気味に笑う。そしてぐいっとおもむろに眼帯を外し、菊子に掴みかかった。
「きみがやったんじゃないか! 私の目を潰しやがって!」
 黒岩の右の眼球には、見るに堪えない穴が開いていた。まるで鋭い物で貫かれたような酷い怪我だ。
「い、痛いです先生。離してください! わたしは先生の目なんて知りません!」
「ふざけるな! 容赦もなく私の目に釘を刺したじゃないか! なんて仕打ちだ! きみも所詮発育がいいだけの小娘か!」
 ぎりぎりと凄まじい力で黒岩は菊子の肩を掴み続ける。指の爪が突き刺さって、悲鳴を上げたくなるぐらいに痛い。だが、恐怖のあまり声すら出なかった。
「そんな、わたしはただ木目に釘を刺しただけ……」
「私はきみをずっと見ていた。そうだ、見ていただけだ。きみが白い肌をさらしながら着替えるのを見ていただけだ。きみが眠っている顔をずっと見ていただけだ。きみが夜、独りで自分を慰めているのを見ていただけだ。きみがたまに男を連れ込んで抱かれているの歯ぎしりしながらも見ていただけだ! 私がきみをどれだけ愛しているのかも知らないで、教師と言う立場だから見守るしかないと諦めていたのに……ただ見ていただけで目を潰すなんてきみは酷い子だ!」
 そう言う黒岩の顔はいつもの優しい先生の顔ではなく、愛憎に満ちた狂人の顔だった。
 黒岩は菊子の肩から首へと手を伸ばした。
 ――殺される。
 死の予感が菊子の頭によぎり、恐怖のあまり目を瞑ってしまうだけだった。
「そこまでだ出歯亀野郎」
 聞き覚えのある声がどこからか聞こえ、はっとして目を開けると、そこには学帽に学ランの少年――枕木が黒岩の背後に立っていた。
「目を怪我した奴に当たりをつけて犯人捜しをしようと思ったけど、自分から尻尾を出してくれるなんて手間がはぶけたよ」
「お、お前枕木……」
「遠視の異能は目を連想させるものを媒介にした方が、精度がいいからね。菊子さんが『寝ている時に見下ろされている感じがした』と言っているのを聞いてピンと来たよ。布団で寝ている彼女を見ることが出来るのは、天井からだけだ」
 枕木は淡々とそう言った。その表情は学帽の影に隠れて読み取れないが、その口調のふしぶしから怒りが感じられる。
 菊子は枕木の言葉を聞いてようやく真相に気づいた。この黒岩が異能を使い、木目を通して自分をずっと覗き見ていたのだ。だから釘を刺したことで痛みがフィールドバックしてしまったのだろう。
 信頼していた担任の教師が覗き魔の変態ということに、菊子はぞっとした。
「私の愛を邪魔するな!」
 黒岩は彼に襲いかかった。枕木の胸倉を掴み、小柄な彼を持ち上げる。黒岩は枕木を睨みつけたが、枕木も負けじと睨み返す。
「あんたも味わうんだな。『人に見られる恐怖』を」
「何を分けのわからないこと言ってるんだこのガキ!」


 黒岩は枕木の目を気持ち悪がり、思い切り突き放す。すると彼の軽い体は簡単に地面に転がる。
「あっ」
 だがその拍子に、枕木は地面に落ちていたブロック片に激しく頭をぶつけた。
 ドロドロと赤黒い液体が頭から流れ出て止まらない。枕木の目は光を失い、だらしなく舌を垂らして四肢を力なく伸ばしていた。彼の身体はぴくりとも動かない。
「ひっ……う、うそだろ……」
 死んでいる。枕木はどう見ても死んでいた。
「きゃああああ! ひ、人殺し!」
 菊子は枕木の死体を見て絶叫した。非難と恐怖の目で黒岩をじっと見つめる。その自分を軽蔑するような眼差しに、黒岩は耐えられなかった。
「人殺し! 人殺し!」
「ち、違う。これは事故だ。やめろ、見るな! そんな目で私を見るな!」
 黒岩は菊子の叫びを、視線を止めたかった。気が付けば黒岩は菊子の首を絞めていた。彼女は抵抗するように彼の手を引っ掻いたが、虚しく口から泡を噴出してがくんっと首の力が無くなった。
「はっ。しまった。またやってしまった……!」
 人の命を二度も奪ってしまったことに、黒岩は恐怖を覚えた。自分の手を見ても自分の物ではない気がする。
「ど、どうにかしなければ。死体を隠さなければ……」
 黒岩はそう思ったが、既に時は遅かった。「なんだなんだ」と、道には人が溢れかえっていた。その数は数え切れず、たくさんの瞳が黒岩を見つめている。彼らは何をするわけでもないが、ただじっと黒岩を見つめているだけだ。
「やめろ。見ないでくれ、見るな、私を見るな―――――――!」
 だが黒岩は自分に浴びせられる侮蔑と非難が混じった無数の視線に耐えきれず、罪悪感に押し潰されそうになった。


 ※ ※ ※


「私をみるな――――むにゃむにゃ。ぐー」
 黒岩は地面で眠りこけていた。そんな彼を菊子は見下ろす。
「枕木くん。黒岩先生はどうしちゃったの。あなた何をしたのよ」
 枕木に掴みかかった黒岩は彼に睨まれた後、突然眠気に襲われたようで地面に伏してしまい、苦しそうに顔を歪めてうなされていた。
 菊子が枕木に目を向けると、彼は携帯電話を取り出して風紀委員に通報をしていた。それをパタリと閉じて枕木も菊子を見つめる。
「ちょっとした暗示をかけてやったからね。悪夢を見ているのさ」
「悪夢? 先生はいったいどんな夢をみているのかしら」
 枕木は学帽のツバを上げながらこう言った。
「さあね。だけどきっとそれは、自分自身の罪に対する“負い目”って奴に違いないさ」


 おわり



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