【永遠の満月の方程式 -破- 前篇】


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 睦月《むつき》と雪《ゆき》にその日の授業に参加してもらっている間、輝《ひかる》は過去から現在までの異能力まで記載されている学生達のデータを手に入れるため奔走していた。
「はぁ、稲生《いのう》さんからデータを貰う代わりに事の次第を話してしまった……」
 異能力研究所と言う施設で異能力について広く研究している稲生賢児《いのうけんじ》の話を聞いた事があった輝は、彼ならば求めるデータを持っていると考え訪ねたのだ。
 しかし生徒達のデータ――つまりは個人情報を研究者同志とは言えそう易々と教える訳がない。
 結局、輝は月が接近している事やこの地球に迫る危機について話すしか、協力を得る方法がなかったのだった。
「魔術には他者の魂源力を借りて行う大魔術も存在する……か」
 稲生賢児が言うには、魔術の中には自分一人の力で行うものと、大掛かりな術式を組んで他者の力や、場合によっては自然の力を利用して行うものまであると言う。
 今回の件は恐らく後者二つ――他者の力を借り、かつ自然の理も利用して行おうとしている、超大規模な魔術だろうとの事だった。
 地理的条件や行うタイミングや場所、恐ろしく高度で手のかかった、実行には数年の準備を要するだろう大魔術を一体誰が何の為に行おうとしているのか。
 それ程の手間と労力を割いて行うからには、よほどの執念や怨念を持った人物が犯人なのだろう。
 本気で世界を滅ぼそうとする人物……輝は自分達が今相手にしている敵は、想像以上に恐ろしい相手なのではないかと不安を募らせた。
(今の所テレビニュースや学園の様子に異常は無いな。情報統制は上手く行っている様だ)
 『月の接近』などと言う大問題を無闇に風潮して回れば、この学園はパニックに陥るだろう。
 そうなれば犯人の思う壷だ。混乱やパニックの中ではとても犯人探しや犯行阻止どころでは無くなる。
 それに焦った学生達がその情報を不特定多数に漏らしまくる可能性も有るし、情報統制も難しくなると言うものだ。
(つまり、既に国も動いているという事……当然か。国立天文台の学者は、きっと私より早く月の接近に気づいていただろうしな)
 天文学に携わり月の観測も行っている者ならば、今回の件を知らぬ訳がない。
 それでも尚、これだけ何の騒ぎにもなっていないとなると、この件の事の重大さがよく解るというものだ。
 世界中の国が本気を出して問題に取り組んでいる。
(だとするなら、私が今ここで何かしていても無駄なのでは……いや、いっそ自分の情報を国に全て話して後は任せてしまった方が良いのでは)
 国が本格的に動いている以上、輝達四人が頑張った所で徒労にしかならないかもしれない。いや、むしろ邪魔になりかねない。
 輝は改めて睦月や雪を巻き込んでまで自分がこの問題に首を突っ込む必要があるのか疑問を感じ始めていた。
 昼食を食べようと食券の販売機の前に並んだ輝は、昼時のうんざりする行列に並ぶ一時の間、事の成り行きを思い返す事にした。
 そもそも、輝がこの一件に関わるようになったのは甕《ミカ》――天津甕星《あまつみかぼし》と名乗るデミヒューマン型ラルヴァの依頼を受けたからだ。
 そのまま成り行きで教え子二人を巻き込んで調べ始めたは良いが、本当にこのままで良いのだろうか……
 悩んでいる間も列は進み、遂に輝の番が回ってきていた。
 買う食券は決まっている。輝は何を食べるか考えるのも面倒な時は、とりあえず栄養のバランスも良い日替わり定食と決めていた。
 食券機に500円玉を投入し、のっそりとした動きで日替わりAランチのボタンを押そうとしていた輝。
 その手がボタンに差し掛かかろうとした時、不意に後から甘い涼やかな声を掛けられた。
「先生、言った筈だよ。異能力者の手を借りて問題を解決してはならないと」
「えっ!?」
 ピッ――コトン。と小さな音がして食券取り出し口からはラーメンチャーハンセットの食券が転がり出た。
 ラーメンは昨日も食べたメニューだ。輝は一番避けたかった食券を恨めしそうに見つめながら、声のした方向を向いて言った。
「ミ~カ~さーん」
「昨日食べた支那蕎麦《しなそば》が美味しかったからね。また食べたいな」
 学生達の中で目立つコスプレ紛いの羽織袴姿。輝の斜め後に件の人物、ミカこと天津甕星が立っていた。
「先生、大切な話があるんだ」
「はいはい、分りました」
 相変わらずいつもの張り付いたような微笑み顔のまま輝の白衣の裾を引っ張る甕。輝はAランチの食券を買い直しつつ適当に返事をした。


【永遠の満月の方程式 -破-】


「先生……昨日言った事は嘘だよ」
「え?」
 食堂の一番端、他の長机を並べてある食卓と離れた場所にある丸机に二人は掛けていた。
 大きなガラスで外の景色を見る事が出来るテラス風になっているそこは、学生達のガヤガヤとした喧騒のお陰で自分達の話を他に聞かれる事なくするには逆に持って来いの場所となっている。
 Aランチと支那蕎麦《ラーメン》をすすりながら向かい合うように座る両者。その片割れ甕の口からあっさりと、だが意外な事が語られたのは、二人が食事を初めて間も無い午後13時15分頃の事だった。
「本当は陰陽道を利用した術じゃないかと言われたんだ」
「な、何故そのような嘘を」
「敵を欺くにはまず味方からと言うだろう?」
 若干ドヤ顔でしれっとこんな事を言うのだから神様と言うのは性質が悪い。と言うか人間の作った格言を使って恥かしくないのだろうか。
 そんな事を思いつつ、輝が(もう本当にやめてしまおうかこんな事……)と思い始めた矢先、甕は急に真剣な顔つきになって輝の耳元に顔を近づけた。
 ドキッとして反射的に顔を離そうとする輝の顔を手で押さえ、甕は輝の目を真直ぐに見つめながら言った。
「八意思兼《やごころおもいかね》が来る」
 八意思兼とは、昨夜、天津甕星がケータイで話をしていた相手だ。天津甕星と同じく日本神話に登場する神格を持ったラルヴァである。
 その神と呼ばれるラルヴァが直接輝に会いに来る。この事が示す意味とは――
「今日の放課後、先生にだけ本当の事を話すよ。これから地球に起こるであろう事、それを引き起こそうとしている者の事、そして――」
 食堂の喧騒の中、甕の細くヒヤッとした指先の感触だけが一際強く感じられ輝は息を呑んだ。
 この後に紡がれる言葉こそ、自分の運命を決定付ける一言になる。
 輝はこの運命からもう逃げられない事を悟りつつ、甕の左手を自分の右手で強く握った。
「何故、先生でなければならなかったのか……ね」
 見詰め合う二人の姿は、傍目から見ればまるで仲の良い者同士――恋人か何かであるかのように見えたかもしれない。
 その二人を見つめる者が一人、多くの生徒達が食事をする人波の中に居た。
(ギリッ...)
 柱の陰に隠れたその位置から歯噛みしながらその光景を睨むのは、健康そうな小麦色の肌にショートヘヤーが似合う少女。
 いつもニコニコと人懐こい笑顔を絶やさない睦月が、冷たい視線を二人に向けていた。



「あの……この子が知恵の神『八意思兼』……なのですか?」
 放課後、睦月と雪の待つ研究室に戻る前に寄った購買から出た所で、輝は大学部のキャンパスに不釣合いな少女に呼び止められた。
 少女は一見して外見年齢十二、三歳と言った容姿で、ダッフルコートから覗いたクロストッキングと茶色のローファー、バーバリーのマフラーに毛糸の帽子を被った、どこからどう見ても中等部の生徒だ。
 その少女と甕に人気の少ない校舎裏に連れて行かれた輝は、そこでようやく甕から聞かされた驚きの事実に、常識的な反応を返す事が出来たのだった。
「子ども扱いとは失礼な人間じゃ。天津甕星、教育が足りぬぞ」
「先生は一般人だからね。思兼の姿を見れば普通そう思うさ」
 二人は校舎裏の非常階段に並んで座り、輝に買わせたホットコーヒーをちびちびと啜っている。
 猫舌なのかフーフー冷ましながら少しずつ必死に甘いホットコーヒーを飲む八意思兼の姿を見て、輝は(神様ってみんなこんな人ばかりなのだろうか)と不安になるのだった。
「ふん、まぁよい。今日はこの人間に知恵を付けに来てやったんじゃからな。ありがたく聞けよ人間」
「は、はい」
 八意思兼と名乗る少女に目の前に座るよう指差されしゃがみ込んだ輝。実際には年上なのかもしれないが、自分よりかなり年下の少女に偉そうに命令されるのは何だか妙な気分だ。
 しかし相手が神で自分は一般人となれば大人しく言う事を聞く他ないと、輝は二人の前で大人しく言い渡される言葉を待った。
 そう、この少女こそが、これから地球に起こる事、起そうとしている者、そして何故輝でなければならなかったのかの答えを知っていると言うのだから。
 三人の間に流れる一瞬の重たい空気と沈黙。輝がゴクリと唾を飲み込んだあと、ついに少女・八意思兼の口が開かれた。
「『フォッサマグナ』と言う言葉を聞いた事があるかの?」
 『フォッサマグナ』。その言葉を聞いて輝はドキリとする。
 日本は地震大国と言われるほど地震が多い。それは火山が多い事も原因の一つだが、主にこのフォッサマグナと呼ばれる地質学上極めて特異な地域が存在している為だと言われている。
 輝は天文学者ではあるが、この地震の度に話題に出る有名な言葉を知らない訳がなかった。
「日本の関東甲信越地方にはユーラシアプレート、北米プレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートの四つの大陸プレートがぶつかり合う巨大な地溝帯が集中している。この地質学上極めて特殊な地域の事をフォッサマグナと言うのじゃ」
 輝でも知らない難しい説明を淀みなく語る事が出来る少女。
 確かに目の前の可愛らしい少女は知恵の神『八意思兼』なのかも知れない。その神が何故こうも人間の味方をしてくれるのか。
 いや、むしろ神がこうして実在したのならば、何故この二人だけが人間の味方の様な真似をしてくれているのか。
 人間に友好的なラルヴァも存在している事は知っている。神も人間に友好的なラルヴァなのだろうか?それともこの二柱だけが特別なのか?或いは何か狙いが……
 少女の説明を聞きながら、輝は逆に疑問が心に浮かんでいた。しかし今はそれを質問すべき時では無い。心の中に発生した疑問を一旦しまい込み、輝は八意思兼の言葉に聞き入る事にした。
「プレートテクトニクスによれば、この大陸プレートは地殻の下で対流するマントルに乗って移動している為、プレート同士がぶつかり合っている境界には莫大な応力が蓄積される事になる。その応力が僅かでも開放された時、地表では大地震となるのじゃ」
 震度5以上の大地震が起こった時、その震源の位置によっては津波が発生する事もある。
 過去の資料では、地震によって発生した津波が地球の裏側まで届いたとか、近い地域に10m強の大津波が押し寄せた、と言った記録もある。
 だとすれば甕の言った「海抜10m以下の地域の沈没」と言う言葉にも合致する。
「過去幾度となく日本で起こってきた大地震の原因は、この地溝帯にあると言われておる。そして日本に異常とも言えるほど地震が多い事……その原因がフォッサマグナなのじゃ」
 甕が言った「東京湾の楔」とは、この双葉学園を直接表す言葉ではなく、つまりは双葉学園がある地域――フォッサマグナに位置する地域の事を示していたのだろう。
 だとすれば全世界的な規模で起こる、この世界滅亡の問題の中心地点が何故この日本なのかと言う説明も付く。
 繋がりだしたミッシングリンク。
 今までバラバラだったパズルのピースが段々と繋がり始め、全体像が朧気ながら見え始めてきたような気が輝はしていた。
「もしこのフォッサマグナに蓄積されたエネルギーが一度に大量に解放されてしまえば……そしてそのエネルギーが他の地域の地溝帯に伝播してしまえば……」
 天津甕星の星見の未来。実現しなかった1999年のノストラダムスの大予言。月の接近。地球の滅びる理由。それらの断片的パーツが今一つになろうとしている。
 しかし――。
「月の急激な接近と離脱。それにより起こる地表の重力異常。古代中国はプレートテクトニクスは知らなかったが、深い洞察力から地の下に境界が存在し大いなる力が蓄えられている事は知っておった。彼らはこの地の下の大いなる力の事を『龍脈』と呼んでおった」
 だとすれば本当に何故選ばれたのが自分なのだろう、と輝はまた疑問を深めた。
 その答えも八意思兼は持っていると甕は言っていた。
 しかし国が動き、これ程大きな問題となっているこの事件を、自分などに解決できるとは到底思えない。
 こうして神が二人も味方してくれているとは言え、これ程緻密な計算と魔術式を組み上げて月を誘引するような、大規模な魔術を使うような異能力者を一般人がどうにか出来るなどと到底思えないのだ。
 それに、この二柱の本当の狙いも定かでは無い今、輝は一体何を信用していいのか分らない状態となっていた。
「北斗七星は古代中国において天の龍と捉えられておった。北斗七星を天の龍、大地の龍脈を地の龍と考えれば、天の龍により地の龍が目覚めた時、大地の楔《くさび》であるフォッサマグナは破壊され、全ての地表は連鎖的な未曾有の大震災に襲われる事となる」
 ここで一つの矛盾に輝は気づいた。
 天津甕星は術者は陰陽師だと言い、八意思兼の説明では、その術をして天の龍を使い地の龍を目覚めさせると言った。
 これはノストラダムスの大予言にある一節「恐怖の大王が下りてきて、アンゴルモアの大王を目覚めさせる」と言う内容に合致する。
 だが何故睦月は密教で『天の龍』と言う単語を連想したのか。
 考えられる事は神か睦月、どちらかが嘘をついているか、陰陽道と密教、そのどちらにも『天の龍』なる物が存在するか、そのどちらかになる。
 睦月は密教の本を輝達に見せながら確かに『天の龍』と言っていた。本の内容は難しかった為読めなかったが、書かれても居ない本を人に見せてその説明をするだろうか。
 甕は睦月と雪の前で言った「密教」と言う言葉を自分で『嘘』だと言った。
 その嘘の中にたまたま真実に迫るキーワードが紛れていたのだろうか。
 あの朝――睦月が『天の龍』と言うキーワードに辿り着いた時、実は甕は起きていて三人の話を聞いていた。
 そして話を逸らさせる為についた嘘の中に、核心に迫るキーワードが紛れていたから、それを隠す為に今こうして輝を混乱させようと尤もらしい理屈を並べて撹乱しようとしているのでは。
 もともと得体の知れない人物であり、昨日今日出会ったばかりのこの二柱の神を無条件に信じる事は危ないかもしれない。
 輝はまだこの二柱の真の狙いは分らないが、わざわざ輝に近づいた理由を聞くまでは油断できないだろう。
 それにまだノストラダムスの大予言で解明されていない部分もある。その答えも気になった。
「『恐怖の大王が下りてきて、アンゴルモアの大王を目覚めさせる』……まさに予言の通りとなる訳ですね。ならば『その前後マルスが幸福に世界を支配する』とは一体……」
 20年前の事とは言え、輝はその一節をハッキリと覚えていた。

――1999年7の月。空から恐怖の大王が舞い降りてアンゴルモアの大王を甦らせる。 その前後マルスが幸福に世界を支配するだろう。――

 世紀末の慌しさの中、テレビも漫画も世間もこの話題一色だった。
 その時、自分も知らぬ間に回避されていた滅びの時に、20年経った今自分が向かい合う事になろうとは……輝は自分の運命を呪った。
 しかし今は嘆いている場合ではない。どれ程難解な問題であろうと、降りかかる火の粉は自分の力で払いのけねばならないのだ。
 一体何を信じ誰を頼ればいいのか。或いは何も信じられず誰も頼れないのか。今はまだ分らない。
「マルスが何を指すのかはまだわしもハッキリとは分らん。もしかしたら、その『マルス』が世界を支配する為に、こんな事を起しているのやも知れぬな」
 ただ一つ言える事は情報は必要と言う事だ。事の真偽は自分で考えるしかない。その為に判断材料を持たなくてはならない。
 輝は八意思兼と天津甕星の話に聞き入った。
 今の所は辻褄が合っているように思える。信じて良いのかも知れない。
 そう思い始めた矢先、輝の冷静な意識を吹き飛ばすような衝撃的発言が甕の口から語られたのだった。
「先生、実は昨夜信じられない星が見えたんだよ。天の七つ星、柄杓星の二つ武曲《ミザール》と廉貞《アリオト》の宿命を背負った少女が先生の近くに二人も居ると出たんだ」
「何ですって?」
 北斗七星に関する伝説は世界中に存在する。しかしこの全天の内で最も明るい星々には、驚く程不気味な逸話が多い事でも知られている。
 中国では生を司る南斗六星に対して死を司るのが北斗七星とされ、アラビアでは柄杓の升を『父の遺体を入れた棺』、柄の三つの星を『三人娘』と見なし、父を殺したのは『人殺し』と呼ばれる北極星で、残された娘達は棺と共に『人殺し』の周りを回っていると言う不気味な言い伝えもある。
 武曲《ミザール》と廉貞《アリオト》とは柄杓の柄の二番目と三番目の星、北斗七星が属する大熊座のζ《ゼータ》星とε《イプシロン》星にあたる星だ。
 そしてアラビアの言い伝えによれば、これら二星は父の棺を引く娘と言う事になる。
 輝の天文学研究室に所属する女子生徒は二人だけ。つまり……
「……バカな」
 『マルス』とはローマ神話における軍神。
 そして『三人娘』の一番目、η《エータ》星ベネトナシュ(アルカイド)は中国で言う所の軍を司る星『破軍』。
 ――空から恐怖の大王が舞い降りてアンゴルモアの大王を甦らせる。 その前後マルスが幸福に世界を支配するだろう。――
 それは今までの話から解釈するに、『天の龍』北斗七星の宿星を背負った者が『地の竜』活断層に蓄積された力、龍脈を開放する、と読める。
 ではマルスが幸福に世界を支配するとは、破軍《ベネトナシュ》=マルスであり、天の龍の一人だとすれば……。
「先生。天の龍とは睦月と雪の事だったんだよ」
「そんなバカな! 」
 輝は叫んだ。
 校舎裏には誰も人は来ないが、それでも誰かが驚いて見に来るのでは無いかと言うような大きな声で叫んだ。
 八意思兼はビックリしてオロオロしているが、天津甕星はまたあの時の、微笑を止めた真剣な顔付きで輝を見ている。
 信じられる筈もない。輝にとって大切な教え子であり、巻き込んでしまった二人の少女を、どうして犯人だと疑う事が出来よう。
 雪は真面目で心優しく大人しい生徒だ。そんな大それた事を出来るとは到底思えない。睦月も明るく元気で世界を滅ぼそうとする様な暗い所など欠片も見当たらない。
 それに輝はそんな睦月の事を……。
「先生、北斗七星には添え星が居る事を知っているね?」
「え、えぇ……ミザールの伴星アルコルの事ですね。しかしそれが一体今回の件と――」
 アルコルとは北斗七星の横にかすかに見える4等星の暗い星だ。
 北斗七星には全天中60個しかない二等星以上の明るい星の内、実に1/10にも達する六つもの明るい星が集まっている。
 その横にあるミザールの伴星アルコルは、目の良い者にしか見えない明るさを活かし、古代から視力検査に使われたり、見えなくなると死期が近いと言われたりと、様々な事に使われてきた星だ。
 その名はアラビア語で『かすかなもの』を指す。この暗く目立たない伴星が一体何の関係があると言うのか。
 輝はこの時、自分の宿命を知る事になる。
「先生、あなたがアルコルなんだよ」
「っ!?」
 そしてそれを聞いたその時から、宿命から決して逃れられぬ運命を背負ってしまうのだ。
「北斗七星、即ち天の龍を止められるのは、その添え星としての宿命を背負う先生しか居ないんだよ。それが私の占星術で得た答えなんだ」
 輝はこの時、すっかり天津甕星の言う事を信じてしまっていた。
 睦月と雪が天の龍である事、自分がその伴星として二人を止める役割を背負っている事。
「貪狼《ドゥーベ》、巨門《メラク》、禄存《フェクダ》、文曲《メグレズ》、廉貞《アリオト》、武曲《ミザール》、破軍《ベネトナシュ》。七人の術者と一つの式神《しき》、そして五つの元素《エレメント》。地上に現臨した天の龍に最も近しい輔星《アルコル》は、天の龍の選ばなかった宿命を補う宿命にあるんだよ」
 そして自分だけがそれを阻止しうる立場にいる事。
「他の者では決して代わりは勤まらないんだ。先生だけがその宿命を背負っているんだ」
「私が……そんな……」
 しかし自体はこの後思いもかけない展開へと進んで行く事となる。
 天の龍の正体、国のエージェント、マルスとは誰か、何故、天津甕星が止めようとしているのか。
「自らの運命が解ってきたようじゃの」
「先生、私は言った筈だよ。運命を変えられるのは異能力を持たない者だけ……力の無い者でそれが出来るのは、輔星《アルコル》を宿星に背負う先生だけなんだ」
 全ては急転直下で進んでゆく。
 これは異能力を持たないちっぽけな一人の人間の物語。
 大きな事件と言う川の流れの中、ただ翻弄される小石の如くちっぽけな人間に、川の流れを止める事など出来るのだろうか。
「私に……それを信じろと言うのですか……」
 運命の時が、刻一刻と近づいていた。





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