【学校童子/『顔を貸して』】


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 幸福とは人の数だけ存在する。
 枕木《まくらぎ》歩《あゆむ》が感じる幸せは随分とささいな事である。
「ふあー。おいしーなー」
 右手にみたらし団子を三本、左手にあんこ団子を三本持って枕木は幸せな気分になっていた。口元にたくさんあんこをつけながら、顔がほころんでいる。
 いつも枕木がやっている朝刊配達のアルバイト代が出たので、自分へのご褒美に月に一度はこうして贅沢をするのだ。今日は双葉区の下町にある屋台の団子屋で団子全種類三本ずつ食べて制覇しようと思っていた。
「それにしても坊主はよく食うなぁ。そんなにおれの作る団子は旨いか?」
「最高だよおじさん……むしゃむしゃ。むぐむぐ。みたらしもあんこ団子も天下一品だね。あっ、次は三色団子をお願いね」
「あいよ。若いので団子を好きってやつは最近じゃ珍しいからな。おじさんは嬉しいよ。ほら、お茶はサービスだから、喉痞えないに気を付けるんだぞ」
「大丈夫ですよ。たははは……んぐっ、ぶほっ!」
 団子を喉につっかえた枕木はアツアツのお茶を飲んでさらにむせてしまった。
「あー、マクラギだー!」
「何食べてるんだよ。ぼくらにもくれよー!」
「よこせよこせ!」
 枕木がそうして屋台に座りながら団子を食べていると、帰宅中の小さな子供たちが彼をぞろぞろと取り囲んた。
「だ、ダメだよ。これは僕のだぞ!」
 子供たちに団子を取られないように、枕木は必死に団子を背に隠したが、子供たちの数はどんどん増えていきどうしようもなくなってきた。まったくいつもこうだ。少し前に駄菓子屋で低学年の子たちにお菓子を買ってあげたものだから、それ以降しょっちゅうねだられるようになってしまった。
「あっ、団子だ。こいつ団子いっぱい食べてるぞ!」
 鼻水をたらしているくりくり坊主が枕木の隣に置いてある串の置かれた空き皿を見てそうはしゃいだ。枕木は諦めて子供たちに団子を明け渡す。
「ほら。もうこれあげるからあっち行けってばー」
 だが枕木が手に持っていた団子だけでは、今この場にいる子供の数に足りないのであった。
「ずるい。わたしも食べたい!」
「ぼくも~」
 という不満の声があっちやこっちから聞こえてくる。困ってしまった枕木はついつい言ってしまった。
「わかったよ! みんな奢ってあげるから静かにしてよ!」
 言った後すぐに後悔したが、子供たちは一斉に歓声を上げて団子屋の店主に好き放題注文を始める。
「とほほ……。もうこれで財布の中空っぽだよ」
 財布を縦に振っても小銭一つ落ちてこない。一ヶ月分のアルバイト代が一瞬で消え失せてしまった。あまりの虚しさに目の前が真っ暗になってしまう。
「悪いな坊主、儲けさせてもらって」
 子供たちのために大量の団子を作っている団子屋の店主は上機嫌である。ああ、あの団子も本当は全部自分が食べるはずだったのに。枕木は涎を垂らしながら肩をがっくりと落とす。
「まあ、でもいいよ。みんなおいしそうに食べてるし」
 もぐもぐと団子を頬張る子供たちの笑顔を見て枕木は満足する。
「ほんと坊主はお人好しだなぁ」
 団子を全部取られても怒りもしない枕木に店主はそう言った。
「はあ。僕がお人好し? そう?」
「そうさ。でもそんなんじゃ人生損するばかりだぞ。例えばだな――」
 店主はいきなり説教を始めた。このおじさんの話は長いんだよなと、枕木はそそくさと退散する。
「お人好しは人生損をする――か」
 枕木は学帽を指でくるくると回しながら夕暮れの帰宅道を歩いていた。
 お人好し、と言えば聞こえはいいが、結局のところ自分は流されやすいだけなんじゃないかと枕木は思った。教室の掃除をおしつけられても断れないし、弁当を忘れた子に自分の弁当を全部あげたりもした。
「僕ってばやっぱり損してるのかなぁ……」
 でも困った人を見たら放っておけない。だから枕木は学校童子《がっこうわらし》になったのだ。結局のところ自分は人の笑顔が好きで、その笑顔を見るために学校童子をしている。そう、全部自分のためなのだ。それこそが自分の得であり、損なのでは決してない。枕木はそう自己分析しながら自宅のある下町の路地へと入っていく。
「あれ。ここどこだ?」
 だが考え事をしている内に、帰宅道とは違う妙な道に入ってしまった。
 引っ越してきて一年も経つのに、こんな道は初めて見た気がする。
 日が落ちかけているせいで周囲は薄暗く、景色もよくわからない。だが明らかに見たこともない場所だ。周りを見渡しても人気は無く、草木がざわめき、煙突の影がにゅーっと伸びている。まるで現実味の無い感じがした。
「まあいいや。そのうち知ってる道に出るさ」
 能天気な枕木は鼻歌を刻みながらそのままあてもなく歩いた。すると、道の隅に何やら座り込んでいる人影が見えた。
 何かしらん、と思った枕木は、その人影の方へと近づいて行く。
 その人影は小さな物で子供のようだ。その坊主頭の男の子は道の隅にうずくまり、何やら泣いているような気がした。
「どうしたのきみ。迷子? どこに住んでいる子なの?」
 可哀想に、こんなに肩を震わして怖かったのだろう。枕木は思わず男の子に話しかけていた。すると男の子は枕木に気が付いたのか、かすかにこちらを向いた。
「違うよ。おいらは迷子じゃないよ。ちょっと悲しいことがあったんだ」
 男の子は顔を半分枕木に向けながら、しくしくと目から涙を溢れさせている。
「なんで泣いてるんだい。僕でよかったら相談に乗るよ。僕は子供の頼みを聞いてあげる学校童子という妖怪の代理人なのさ」
 困っている子がいるなら放っておかない。それが枕木の生き方だった。自分も色んな人に助けられて生きているのだから、人を助けるのは当然だと思っている。
「ほんとに? おいらの頼みを聞いてくれるのかい?」
「勿論。僕にできることなら力になるよ」
 枕木がそう言うと、男の子はすっくと立ち上がり、枕木と向き合った。
「じゃあお兄ちゃんの右目をおいらに貸してくれよ。明日野球の試合があるのに、監督に一つしか目がない奴はボールなんか取れないから、試合に出させないって言われたんだ!」
 枕木は男の子の顔を見て腰を抜かしそうになった。
 なんということだろう、男の子の顔面には目が一つしかなかったのだ。彼は妖怪一つ目小僧であった。だが恐ろしい化物《ラルヴァ》というわけでもなく、舌を出していて愛嬌のある顔だ。特徴的な一つ目からはボロボロと涙が溢れている。彼はバットとグローブを手に持っていて、野球少年だということは本当のようだ。
「うう。そんな酷いことを言われたのか。かわいそうに。ラルヴァだって野球やる権利はあるもんなぁ」
 枕木はすっかり一つ目小僧に同情してしまった。つられ泣きをしてしまい、ハンカチがいくらあっても足りない。
「よし。わかった。明日には返してくれるって言うなら、僕の粗末な目でよければ貸してあげるよ」
「ほんと? ありがとうお兄ちゃん!」
 一つ目小僧はさっと枕木の右目に手を伸ばした。




「いでっ」
 右目を貸し出してしまった枕木は、片目状態で上手く距離感が掴めず電柱にぶつかってしまった。
「ううん。どうもまだ慣れないな」
 枕木の顔からはすっかり右目が消えている。本来目がある場所はつるつるだ。少々不恰好だが、明日になればあの一つ目小僧も目を返してくれるだろう。それまでの辛抱だ。
「はぁ……いったいここはどこなんだよ」
 完全に日が落ちてしまい、道は闇に包まれていた。それでも数十メートルに一つは外灯があるので、枕木はその光だけを頼りに道を歩いていく。夕飯の時間なんかに遅れたら母親に怒られてしまう。それだけが心配だ。
「あれ。あそこにいるのは誰だろう」
 するとその外灯の灯りの下にまたもや何かがいた。それは人に近い形をした巨大な植物のようで、頭には花が咲いている。中心部分には顔のように目と鼻と耳がついていてなんだか不気味だ。
「またラルヴァか……」
 ここはどうやら物の怪の類が集まる霊道のようなものなのだろうか。枕木はやれやれと思いながらも、目を合わせると襲われるかもしれないしこのまま通り過ぎてしまおうと無視することに決めた。
 だが枕木が花人間の横を通り過ぎると、ちょいちょいっとツルを手のように伸ばして枕木の肩をつついた。
「無視、無視」
 枕木は関わり合いたくないのでそのまま去ろうとしたが、ツルは彼の足に絡まりスっ転んでしまう。
「なんだよ、僕に何の用だよ!」
 早く帰らなきゃいけないのに、と思って花人間を睨みつけようと思ったが、花人間のツルに握られていたプラカードには文字が書かれていた。
『ちょっと人間さん。ご相談があります。困っているのです。助けてください』
 困っていると言われたら枕木も去るわけにはいかなかった。学ランについた土汚れをパンパンと落とし、花人間と向き合う。
「えっと。きみはなんなの。何に困ってるの?」
 枕木はそう尋ねると、花人間はプラカードをひっくり返す。そこには返事が書いてある。
『わたくしは山梔子姫《くちなしひめ》というラルヴァです。名前通りクチナシの花が変化した妖怪で、見ての通り口が無いので筆談で失礼します』
「ああ。なるほど。それは不便だね」ぽんっと手を打ち枕木は花人間こと山梔子姫に感心を示す。「それで相談っていうのは?」
『実は明日、花人間たちの間でカラオケ大会があるんです。ですが、見ての通りわたくしは口が無いので歌うことができないんです』
 山梔子姫はおいおいと涙を流した。だが口が無いため泣き声すら上げられず、枕木は本当に不憫だなぁと同情する。
「カラオケ大会で一人だけ歌えないなんてかわいそうだ。僕にできることなら協力するからなんでも言ってよ」
 枕木がそう言うと、山梔子姫はツルをうねうねと動かして嬉しさを表現した。
『では、あなたのお口を貸していただけませんか。あなたのその綺麗な口を一目見て惚れ惚れしたんです。どうかその口でわたくしを歌わせてください』
「え? 僕の口を? わ、わかったよ。ほら、どうぞ」
『ありがとうございます。明日には返しますから。では、このプラカードを代わりにお貸しいたします。口が無い間はこれで筆談するといいでしょう』
 枕木が山梔子姫からプラカードを受け取ると、ツルが彼の口元まで伸びてきた。




「…………」
 喋れないっていうのはやっぱり不便だ。
 右目と同じように口が無くなった枕木は、じっと押し黙ったまま道を歩いていく。独り言も言えないなんていうのは思ったよりも辛い。ますます闇は深くなり、さすがの枕木もどうどうと吹く風や、それにともないさざめく木々の音に不安を抱き始める。
 こういう時はお化けなんて嘘さ、と歌えば明るい気分になるのだが、皮肉なことに口はそのお化けに貸してしまった。
 いい加減家に帰りたいなあと思っていると、どこからか琵琶の音がぽろろんっと聞こえてきた。
「…………」
 なんだろう、どこから聞こえるのだろうと思っていると、闇の中から一人の琵琶法師がやってきた。枕木はそれを見てまた妙なのが出てきたなと嫌気を差す。
 琵琶をエレキギターのようにジャンジャン鳴らしている、その琵琶法師の全身にはお経が墨で書かれていた。
「そこの御仁、人間とお見受けします。なぜこんな物の怪小道にいるのか存じませぬが、これも何かの縁。このわたしの相談に乗ってはくれませんか」
「…………」
 枕木は喋ることができないので、プラカードに『何かお困りでしたら力になります』と書いて琵琶法師に見せた。
「ああ、これはありがたい。地獄に仏とはまさにこのこと。実はですね、わたしは耳が無いんです」
 そう言って琵琶法師は痛々しい耳の痕を枕木に見せる。耳が無いということは何も聞こえないのだろう。ちょうどプラカードを持って筆談していてよかった。
「話すと長くなるので色々省きますが、全身にお経を書いて悪霊から身を守ろうと思ったところ、耳にお経を書き忘れてしまって耳を悪霊に取られましてね。それ以来大好きなCDも聞けない体です」
『それはかわいそうだなぁ。音楽が楽しめないのは辛いよね』
 枕木は琵琶法師に同情し残された左目からぽろぽろと涙を流す。
「ですが明日はわたしの大好きなロックバンドのライブがある日でしてね。こんな状態じゃ聴くに聴けないのです。必ず明日お返しいたしますから、どうかあなたのそのお耳をお貸しいただけないでしょうか?」
『いいよいいよ。僕の薄い耳でよければ持っていって下さい』
 枕木がプラカードにそう書いて見せると、琵琶法師は大喜びでジャカジャカと琵琶を鳴らす。
「ありがとうございます。お礼にこの物の怪小道から人間の住む場所へ帰る道順をお教えいたしましょう。では、その両耳を貸していただきますね」
 枕木に帰り道を教えた琵琶法師は、さっと枕木の耳に手を伸ばした。すると耳をすぽっと取れて、琵琶法師につけられた。
「さあこれでライブに行けるぞ。やっほー!」
 琵琶法師は狂喜乱舞しながら琵琶をけたたましく鳴らしていたが、もう彼の喜びの声すらも枕木には聞こえない。琵琶法師を見送り、枕木はようやくこれで帰れると歩き出した。
 枕木は平らになっている自分の顔に触れてみて、少しだけ肩を落とす。
 右目も無い。
 口も無い。
 両耳も無い。
 枕木の顔には左目と鼻だけが残されている。溜息すら漏らすことができないのはちょっと辛いかもしれないと枕木は思った。
 大変なことになってしまった。だが枕木は後悔していなかった。ラルヴァとは言え、困っている相手を見捨てるなんてできはしない。彼らが喜ぶ姿を見ただけで、枕木の胸は暖かくなった。
 それに琵琶法師に帰り道を教えて貰ったおかげで、ようやく前方に見知った道が見えて来た。家の灯りが目に入り、枕木はほっとする。
 だが、そんな枕木の目の前に、またも一体のラルヴァが現れる。
 三メートルを超す巨躯、頭には大きな一つの目。ポピュラーなラルヴァの一体であるサイクロプスが枕木の前に立ちふさがった。








「それで、結局そのサイクロプスが明日デートだからって、残った左目も貸し出したってわけか。マクラギ、お前はどこまでお人好しなんだよ」
 翌日、顔に鼻だけが残った枕木は学校に行くこともできず、仕方なく学校を休むことにしたのだ。こんな状態では自室から出ることは自殺行為である。
 すると悪友である薄平茸《うすひらだけ》幸隆《ゆきたか》が見舞いに来て、枕木の顔の無い姿に面食らっていた。
『悪いけど念話で会話してくれないか。もう僕は目も耳も口もないから、テレパシーを使わないと話もできないんだ』
 枕木は|電波使い《テレパス》の異能を使ってなんとか薄平茸とコミュニケーションを取る。会話の度に魂源力《アツィルト》を消費していては不便でしょうがない。
「あのなマクラギ。本当にそのラルヴァたちがお前の顔を今日返してくれると思ってるのか? 相手はラルヴァだぞ、人間じゃないんだぞ」
『何を言うんだよ。それは差別発言だぞ。ラルヴァだって誠意を持ってるやつはいるし、良い奴だってたくさんいるじゃないか』
「そこがお前バカだって言うんだよ」薄平茸は何日も風呂に入っていないような、不潔なボサボサ頭を掻きながら呆れていた。フケが畳に落ちているが、もっともその姿を枕木は見ることもきでない。
「確かに世の中悪い奴ばかりじゃないかもしれない。だけど裏を返せば、何割かは悪い奴じゃあないか。それは人間だって同じだが、お前が貸した相手が善良なラルヴァとは限らないだろうよ」
『それはそうだけど……』
 枕木も何も知らない子供ではない。学校童子として活動するにあたって、悪党や凶悪なラルヴァと出会ったこともある。
 だがあのラルヴァたちの言葉が嘘だと枕木は思いたくなかった。本当に困っていたに違いない。そして用事が済めば返してくれるはずだ。
『そうさ、僕は信じている。きっと彼らは僕に顔を返してくれるはずだよ。この世界はそんなに悲しくできちゃいないんだ。信じることが大事なんだ!』
 枕木はすっくと立ち上がり薄平茸にテレパシーでそう伝える。
「まったく。お前は本当にお人好しというかバカというかアホというか間抜けというか。こりゃ死ななきゃ治らないな」
 薄平茸は枕木の念話を聞き流しながら、勝手に枕木の煎餅をバリボリと食べていた。しまいには冷蔵庫からジュースを取り出して飲み始めるが、枕木には解らないようだ。
「そうだマクラギ。家の小さい弟と妹が風邪を引いててね。おいしいものを食べさせてあげたいのだ生憎と俺は金欠でさ。少し都合してくれないか」
『あれ? 薄平茸って一人っ子じゃなかったっけ』
「え? ああ、いや。そんなことはないさ。千円でいいから貸してくれないか」
『しょうがないなぁ』
 と言っても枕木の財布の中は空っぽだ。仕方なく豚の貯金箱を割って薄平茸に手渡した。
『はい。これで精のつくもの食べさせてあげて』
「おおサンキュ。いつか返すからな。ありがとよ」
 千円札を受け取った薄平茸は、もう用はないとばかりにぴゅーっと枕木の家から出て行った。





 そんなこんなで時間は過ぎ、妖怪変化が現れやすい黄昏時がやってきた。もっとも枕木は時間の感覚がわからないので、アナログ時計の針を指で触れて時間を確認していた。
『さて、そろそろまたあの物の怪小道に行ってみよう』
 あそこに行けばまたラルヴァたちに出会って、顔を返して貰えることだろう。枕木は視覚も聴覚も失ってはいるが、なんとか自身の念波を反響させて空間を把握する。この時間なら人は外を歩いてないし、車の通りもほとんど無い。安全に歩くことができるだろう。
 琵琶法師に教えられた道順を遡って、枕木は異界に繋がる物の怪小道へと入っていった。
「そこの人間さん!」
 すると誰かが枕木に、テレパシーで話しかけてきた。
「やあ、おいらは一つ目小僧だよ。お兄ちゃんのおかげで試合に勝つことができたんだ。さあ目を返しに来たよ!」
「俺はサイクロプスだ。デートは上手くいったぜ。あんたのおかげだ。さあ借りていたものを返すぜ」
 その言葉と共に、枕木に視界が戻った。目の前には一つ目小僧とサイクロプスが立っていた。どうやら約束通り目を返しに来てくれたらしい。
 いや彼らだけではない、その後ろには琵琶法師や山梔子姫もいて、みんな枕木にお礼を言っているようだった。
「あなたのおかげでこの山梔子姫はカラオケ大会で優勝できました。では、この口をあなたにお返ししましょう」
「いやあ、本当にいいライブだった。これもきみのおかげだ。さあ、耳を返しに来ましたよ」
 ラルヴァたちはみんな顔を返しに来てくれた。やっぱり彼らは嘘つきなんかではなく、信用できる誠実なラルヴァだったのだ。
 次々と顔のパーツを返された枕木は、喜びの声を上げる。
「やったぁ。喋れるって素晴らしい。聞こえるっていいなぁ。見えるって幸せだ!」
 薄平茸の心配は杞憂だった。枕木の顔にはすべてのパーツが戻り、すべてが正常になったのだ。枕木は自分の行動が報われたことに心底感動した。
「あなたは本当にいい人だ。確か人間界では『お返しは倍返し』という言葉があるそうですね。我々もそれに習おうと思いました」
 琵琶法師がそう言うと、他のラルヴァたちもうんうんと頷く。
「いやあ。お礼なんていりませんよ。僕は自分がしたいことをしただけですから」
 枕木は見返りを求めてはいなかった。こうしてきちんと顔を返してくれたならそれで満足だ。だがラルヴァたちは首を横に振る。
「それでは我々が納得できません。どうか倍返しのお礼を受け取ってください」
「いや、だから別にいらな……」
「そう遠慮なさらずに。さあどうぞ」
 枕木が嫌がるのもわからずに、ラルヴァたちは彼に倍返しをしたのだった。




「……どうするんだよこの顔」
 枕木の顔にある“二つの口”からそんな愚痴が漏れた。二つの口から洩れる言葉は重なり合っている。
 枕木は橋を覗き込み、川面に映る月を鏡代わりにして自分の顔を見る。そこに映る自分の顔のパーツの数が倍になっていた。
 四個の瞳に、四個の耳。そして二つの口が枕木の顔にところせましとくっついていた。こんな倍返しのお礼なんかいらない……。だがラルヴァたちに悪気はないようで、彼らは満足したようにその場を去ってしまったのだ。
「こんな顔じゃまた学校に行けないよ」
 顔無し姿で帰った時よりもさらに母親はびっくりするだろう。この顔のままだと女の子にもモテないし色々と困ってしまう。結局枕木が一番割を食うことになってしまった。団子屋の店主や薄平茸が言うように自分は損をしているのかもしれないと、枕木は思うようになっていた。
 重い気持ちで物の怪小道の橋の上を歩いていると、その片隅でしくしくと泣いている着物姿の女がいた。
 またラルヴァか。一つ目小僧の時と同じパターンだなと思いながら、今度こそやっかい事に巻き込まれないように通り過ぎようとした。もうお人好しは卒業だ。何かするたびに酷い目に合っている気がする。枕木はそのまま女を追い越して家へと帰ろうと思った。
「しくしくしくしく」
「…………」
 だが枕木の足はぴたりと止まった。
 このまま無視して本当にいいのか。このまま泣いている女性を放っておいて、自分を許せるだろうか。
 ぐるぐると頭の中で何度も葛藤しながら、枕木の足は橋の方へと向いていた。
「ああ、ちくしょう。仕方ないなぁ。僕ってばほんとどうかしてるよ」
 自分自身に呆れながら枕木は泣いて顔を伏せている女性のところに近寄る。いったい何を泣いているのだろうか。
「あの、そこの人。何を悲しんでいるんですか。僕でよければお力になりますよ」
 枕木は二つの口でエコーを聞かせながら尋ねると、女はぴくりと泣くのを止める。
「……あれが、無いんです」
「無いってなにが無いんですか?」
「私の顔だよおお~~~~~ってぎゃあああああああああああ!」
 こっちを向いた女の顔には目も鼻も耳も口もなく、妖怪のっぺらぼうだということが分かった。だがのっぺらぼうは枕木の顔を見た瞬間悲鳴を上げる。
「お化けお化け! 顔いっぱいお化けよー! 助けてー!」
「お化けはなのはあなたでしょ……傷つくなぁ」
 変な顔の枕木を怖がって、のっぺらぼうは怯えた様子で距離を取る。ラルヴァに怖がられるなんてたまったものじゃない。
「ふう。びっくりした。同族《ラルヴァ》だったのね。脅かさないでよ」
「いや僕は人間なんだけど……まあいいや」ぽりぽりと枕木は頭を掻いた。「何か悲しいことがあったなら、よかったら話だけでもしてください。誰かに喋るだけで、悩みっていうのは少しだけ軽くなるものですから」
 枕木が優しくそう話しかけると、のっぺらぼうは何もない顔をばっと向けて、口も無いのに語りはじめる。
「あなた私の相談を聞いてくれるのね。いいわ。話してあげるわ私の悲劇を。私はかれこれ結婚できずに百年の月日が経ったの。ラルヴァと言えど女としては一度でいいから殿方と夫婦になりたい。でもダメだったわ。そこで私はきっとこれも顔がないせいだという結論に至ったわ。でも私はのっぺらぼう、顔が無いのがその運命。だからこうして毎夜泣いているのです。目が無いから涙は出ないけど」
 せきを切ったように一気にそうまくしたてると、おいおいと着物の袖で顔を隠してまた泣き始めてしまった。
 そんな彼女を見て、枕木はぽんっと手を鳴らす。
「そうだ。じゃあ僕のこの余分な顔をあなたに差し上げますよ」
「ほんとに? 大事な顔を貰ってもいいの!?」
「勿論だよ。お返しはいらないからね、これはあげるんだから」
 枕木の提案にのっぺらぼうは食い付いた。枕木としても余分な顔はいらないのだ。これで一石二鳥である。
 のっぺらぼうが枕木の顔に手を当てると、すうっと顔のパーツがのっぺらぼうへと移っていく。さっきまで何もなかった顔に人間の顔が現れた。二つの目に二つの耳、一つの口に一つの鼻。もうのっぺらぼうではない。
「素敵! これが私の新しい顔なのね。これでようやく婚活ができるわ」
 水面に映る自分の顔に満足した元のっぺらぼうは、枕木に抱きついて「ありがとう」とほっぺたにキスをした。
 枕木は顔を赤くしたが、あの唇は元自分のだと思うと一気に冷める。
「じゃあさようなら。ありがとう人間さん!」
 元のっぺらぼうはそう言って走り去っていった。
「ああ。よかった」
 これで全部元通り、めでたしめでたしだ。ラルヴァたちに顔を倍返しされたおかげであののっぺらぼうも助けることができた。自分の行動にはちゃんと意味があったのだ。損なんてしていない。あののっぺらぼうの笑顔も素敵だった。普通ならのっぺらぼうの笑い顔なんて見られるものじゃない。自分は得をしたのだ。
「さて。これでようやく正常な自分の顔を拝めるぞ」
 枕木はもう一度橋から川面を覗き込む。
「あっ」
 確かにそこには二つの耳と二つの目、一つの口がある。だがその顔には一つだけ足りないものがあると枕木は気づく。
 さっき間違えて最初から一つしかない鼻までものっぺらぼうにあげてしまったのだ。
 慌てて枕木は元のっぺらぼうを追いかけていった。



 おわり





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