【学校童子/『夜の宴』】


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 また妙な道に出てしまった。
 深い霧が辺りを包み、周囲には月しか灯りがないのだ。いったいここがどこなのか皆目見当がつかない。
「迷った」
 枕木《まくらぎ》歩《あゆむ》は記念すべき人生で百回目の迷子になっていた。学校童子《がっこうわらし》としてクラスメイトの相談を受けていたらすっかり帰りが遅くなってしまい、もう周囲は真っ暗闇だ。もとより方向音痴の気がある枕木は、こんな暗闇の中では余計に知らない路地に迷い込んでしまう。
「へんなところだなぁ……なんだか嫌な予感がする」
 この世ならざる物に対して、感受性の高い|電波使い《テレパス》の枕木はよくこうして帰り道に妙な場所に入ってしまうのだ。勝手に妙な念波を受信して足が向いてしまうのかもしれない。
 前も魑魅魍魎が跋扈する物の怪小道にうっかり入ってしまい、大変な目に入ってしまったことを枕木は思い出す。それからは気を付けて帰ろうと思っても、知らず知らずのうちに異界へ紛れ込んでしまう。
 しかし初めてではないし、いずれまた家に帰れるだろう。そんな能天気な気持ちで枕木が霧の中を歩いていると、なんだかワイワイガヤガヤと騒がしい声が遠くからしてきた。誰か人がいるのだろうか、その声の方へ行けば人がいる道に出るに違いない。枕木は道角からそっと顔を出し、騒ぎ声のする場所に目を向ける。
 そこで枕木はとてつもない物を見てしまった。
「ぎょっ!」
 そこには人だかりができていた。霧と暗闇のせいでその人々の顔や姿かたちはよくわからない。だがその人だかりの中心にいる人物だけは、月がまるでスポットライトのように照らしているためはっきりと見えた。
 そこにいたのは少女だ。枕木と同じぐらいの年頃の女の子である。
 派手な茶色の髪を簪で結い、ポニーテールが風に揺れていた。彼女は双葉学園のブレザーとは違うセーラー服に身を包んでいる。
 少女は黒い人影たちに拍手で迎えられていて、少女もそれに応えるようにぺこりと頭を下げる。
 顔を上げた時に見えた少女の顔は、見惚れるほどに怪しげな美しさを放っていた。長い睫に、釣り目がちだが大きな瞳。ぷっくりとした唇は淡い桜色である。
 枕木は目が釘付けになってしまう。どうしてこんな時間に女の子がいるんだろう。この人だかりはなんなんだろう。枕木の頭には疑問が浮かんでいたが、その疑問すら吹き飛ばすことが目の前で起きた。
 少女はしゅるりと音を立ててセーラー服のリボンを解いて脇に落とし、あろうことかそのままセーラー服も脱ぎ始めたのだ。
「ええ?」
 拍手はすっかり鳴りやみ、人だかりからは呼吸音すら聞こえない。少女の衣擦れの音だけが闇の中へと吸い込まれていく。
 枕木は目の前で起きる摩訶不思議な出来事から、目が離せなくなっていた。
 上着を脱いだ少女は、スカートもさっと落として下着姿になった。レースとリボンのついたパンツから伸びる白く長い足に、細くくびれた腰と、少女の年齢に似つかわしくない豊満な胸の膨らみに思わず目が行ってしまう。乳房はきれいな曲線を描いていて、白いブラジャーが窮屈に感じられるほどだ。みずみずしい弾力に溢れ、触ったら泡のようにはじけてしまうんじゃないかと枕木は思った。
 少女の両手と両足にはなぜか鈴が二つずつ縛られており、手足が動くたびに凛とした鈴の音が響く。少女は鈴を鳴らしながら、ゆっくりとブラジャーのホックをも外していく。
「う、嘘だろ」
 今まで女の子の裸なんて見たことも無かった枕木は、思わず両手で目を覆ってしまう。だが男子中学生としての異性への好奇心からか、指の間から覗いてしまった。
「すごい……」
 枕木の瞳に入ってきたのはこの世の物とは思えないほどに美しい光景であった。
 少女は既に下着すらもすべて脱ぎ捨て、生まれたままの姿で奇妙な踊りを踊っていたのだ。ゆったりとしたその動きは神楽や能を彷彿とさせ、少女の美しい裸体が躍動する様子は暗黒舞踏のようだと枕木は思った。
 初めて見る少女の裸。枕木の鼻からは血が溢れ出し、目が充血してきた。以前遭遇した痴女ラルヴァとは全然違う。本当に、正真正銘の少女のヌードだ。舞うたびに鈴が鳴り、それに合わせて豊満な二つの果実もたゆんっと揺れる。自分は異界や物の怪小道どころか、極楽浄土にでも迷い込んでしまったのではないかと枕木は目をこする。
 長い間踊りを舞っていた少女は、最後にもう一度頭を下げ、鈴の音を三度鳴らして舞の終わりを告げた。
 その直後人影たちはガヤガヤと声を上げ、拍手喝采で彼女の踊りを絶賛した。彼らの手からはキラキラとした銭のようなものが投げられ、ちゃりんちゃりんと音を立て少女の周りに落ちていく。
「はっ! もしかしてこれは路上ストリップというやつでは!」
 枕木は踊りを最後まで見終わり、ある考えに至る。彼女はこうして自分の裸を見世物にして小遣い稼ぎをしているんじゃないだろうか。まだ未成年なのにそんなことしちゃダメだ! と、鼻血をダラダラと流して説得力の無いことを考えていた。
「止めなくちゃ……」
 鼻血を袖で拭った枕木は、彼女のもとまで駆けだそうとした。
「きみ。こんな時間に何をしているんだね」
 だが誰かに肩を掴まれて止められてしまった。いったい誰だろうと振り返ると、制服姿の警官が疑わしそうな目で枕木をねめつけている。
「あ、おまわりさん」
「子供がこんな夜に出歩いていちゃダメだぞ。早く帰りなさい」
「で、でも。あそこで……!」
 枕木が警官にストリップの現場を見て貰おうと指差すと、まるでさっきの光景が夢か幻のように消えていた。少女の踊り子も、観客も消え去り、最初から誰もいないかのように静まり返っている。いつの間にか霧も晴れ、外灯で道は照らされていた。
「なんだね。何もないじゃないか」
 警官は呆れていたが枕木の頭は混乱していた。さっきのは自分の思春期特有のいけない妄想だったのだろうか。歩きながら眠ってしまったのかもしれない。枕木は釈然としない気持ちのまま、家路についたが、どうやら結構な時間が経っていたらしく、枕木は両親に怒鳴られてしまった。
「だけど、どこかで見た事のあるような顔だったな、あの女の子……誰なんだろう」
 枕木はその日の夜ベッドの中、少女の裸体が頭にこびりつき、悶々とした気持ちのせいでろくに眠ることもできなかった。






「伊丹《いたみ》至子《いたこ》。二年D組。天秤座のB型。二ヶ月前に地方から編入してきたEカップの女子だ」
 翌日の昼休み、枕木は昨夜の出会った少女のことを悪友である薄平茸《うすひらだけ》幸隆《ゆきたか》に話した。もっとも、彼女がストリップショーをしていたことや、怪しげな観客のことあたりは上手く伏せていた。
「しかしなんでお前そんなに詳しいんだよ。血液型どころか胸のサイズまで知ってるのか」
 枕木はじとりと喫茶店でナポリタンを食べている薄平茸を見た。汚らしいボサボサの頭と、何日も洗っていないようなよれよれのシャツ。曇っていて表情の見えないメガネが特徴的だ。隣で飯を食う相手としては最悪なほど不衛生な男だが、枕木は気にしていないようである。
「俺は生徒の情報を集めるのが趣味だからな。このネタ帳に日夜情報を書き込んでいるのさ。ポニーテールでセーラー服と言えば中等部では伊丹しかいない。それにあいつは色々と噂の絶えない奴だから情報収集には事欠かないんだよ」
 もりもりとナポリタンをフォークに巻いては、薄平茸はぱくりと一口で食べていた。口元がソースで真っ赤になっている。
「噂?」
「そうだ。あいつはどうもD組の女子からの評判がすこぶる悪いらしくてな。なんでもとんでもないビッチだとか」
「ビッチ!?」
 とおうむ返しをして枕木は慌てて自分の口元を手で塞ぐ。こんなこと他の人に聞かれたらダメだろう。きょきょろと店内を確認し、小声で薄平茸に話しかける。
「お前。女の子に対してそう言うこと言うなよな」
「仕方ないだろ。女子たちの間じゃ当たり前の噂だ。伊丹は見た目だけはいいからな。転校してきてからこの二ヶ月で十人以上の男をとっかえひっかえして、貢がせまくってるって話だよ」
「そ、それはすごいな……でもそれって本当なのかな」
「さあね。だけどなマクラギ。美人の女子ってのはたいてい男と付き合ってるものだ。美少女が誰のものにもならずに純粋で清楚なままだなんていうのは漫画の読み過ぎ、女子に幻想を抱き過ぎだ」
「うう……」
 確かにあの少女――至子はとても可愛くてスタイルもよかった。今でも頭に闇の中、裸で踊る至子の姿が浮かんでくる。薄平茸の言う通りかもしれない。
「ああ、それと。なんでもあいつ自分の使用済みソックスを一万円で売ってるとかなんとか」
「ええ!」
 使用済みソックス!? そんな需要が世の中にはあるのか!
「しかもあいつのソックスはゴムをわざと切ってて、だるんだるんらしい」
「ええ!!」
 だるんだるん!? そんな需要が世の中にはあるのか! 
 いやちょっといいかもしれない、と枕木はだるんだるんの使用済みソックスを頭に浮かべた。
 しかし、その噂が真実だとしたらなぜ至子はそんなことをしているのだろうか。
 男の子に金を貢がせ、自分の下着(ソックス)を売るなんてあまり健全とは言えない。というか大問題だ。そしてそれだけではなく、とうとう路上ストリップなんていう違法行為に手を出してしまったのだろうか。
「もしかしてお金に困ってるのかな……」
 人に相談できぬ何かやむを得ぬ事情があるのかもしれない。もしそうだとしたら、学校童子である自分の出番だ。困っている女子がいるなら救いの手を差し伸べるべきだ。枕木は腕を組んでうーんっと考える。
「しかしお前。なんでまた伊丹のことなんか聞いてくるんだ」
「え、いや別に……」
「お前あいつに惚れたんじゃないだろうな。お前は異常に惚れっぽいからな」
 薄平茸はメガネを上げながらずいっと枕木に顔を近づけてそう言った。彼の言葉に思わず耳が赤くなる。惚れたかどうかは自分ではよくわからないが、至子の美しさはしばらく忘れられそうにない。
「別にそんなんじゃないさ」
「気をつけろよ、お前みたいな超とバカのつくお人好しはいい鴨にされるだけだぜ。この間の日向葵《ひなたあおい》だってそうだったろ。お前は女に何回騙されれば気が済むんだか」
「うう。わかってるよ……」
 確かに今までも何回も痛い目を見てきた。だが、だからと言って次がそうとは限らない。もしも至子が本当は助けを求めているのならば、自分は動かなければならないだろう。まだ自分と同じ中等部二年なのにストリップなんてきっとよくない。どうにかして話し合いをしなければと枕木は決意する。
「まあ。なんだか知らんが、せいぜい頑張るんだな。それじゃあ俺は先に教室に行ってるぜ。ゆっくり食べてろ」
「うん。わかった」
 早々とナポリタンを食べ終わり、薄平茸は喫茶店を出て行った。枕木はまだランチを食べている途中だ。昼休みが終わる前に食べなくては。もくもくとぜんざい丼を食べていると携帯電話にメールが入ってきた。送信者はさっきの薄平茸である。
『さっきの情報料として俺のナポリタンはお前持ちな。マスターには言っておいたから払っておいてくれ』
 枕木は財布の中身を確認してしばらく泣いた。





「さて。調査を開始するぞ」
 午後の授業の間でなんとか昼食時の精神的ダメージを回復させた枕木は放課後、まず伊丹至子に関しての噂を確かめるために聞き込みを始める。
「えー? 伊丹さん? あの子はあれよねー」
「そうよ。やっぱあれよ。とんでもない男たらしよねー」
 D組の女子に話を聞くとやっぱりそんな答えが返ってきた。枕木はふむふむとメモを取る。
「あの子ってばすごいエッチらしいよ」
「なんでも経験人数は二桁を超えるとか」
 また別の女子に聞いたところそんな答えが返ってきた。経験って何の経験なんだろう。なんてことを思いながら枕木はまたもメモを取る。
「至子さんは性格がちょっとね……なんか刺々しいっていうか」
「そうよ、鼻に突くのよあいつ。なんか『わたしはお前らとは違うんですよー』ってオーラがするわよね」
 またまた別の女子に聞いてみたところ、酷い言われようである。メモを取る枕木もなんだか辛くなってきた。
「はあ……薄平茸の言う通り、伊丹さんはすこぶる評判が悪いな……」
 情報収集を終えた枕木は、考えを纏めようと、屋上に続く階段の踊り場で一人考えていた。とりあえず今回の調査でわかったことは、至子の評判と、噂はやはり噂の域を出ていないということである。
 それというのも、至子が何人もの男子と付き合っているという噂があっても、実際に誰々と付き合っていたかという名前は出てこない。下着を売っているだとかいうのも友達の友達から聞いただとか、信憑性は薄い。
 至子が実はいつもノーパンだって噂もあったが、枕木は至子がパンツを脱ぐところも見ているのだ。その噂が嘘だということは枕木が一番よく知っている。
「やっぱり、噂なんて当てにならないな。だけど……」
 これまでの噂が嘘だとしても、実際に枕木は至子がストリップをしているところを見てしまったのだ。いったいなぜ至子があんな路上で裸になり踊っていたのか、なぜ観客たちからお金を投げ入れて貰っていたのか。何か事情があるなら力になりたい。余計なお世話かもしれないがこのまま放っておくことはできなかった。
「どうしようかな」
 本人に会ってストリップのことを直接訪ねてみようか。でもこういう子と話をするのはちょっと怖いしなぁ、と枕木は鉛筆で頭を掻いて、深く考え込んでいると、
「おいバカラギ!」
 枕木の思考タイムはそんな怒声によって遮られた。
 バカラギってそんな変な名前の奴ここにはいないよ……と思いながら顔を上げると、階段の下に目を疑うような人物が怒った様子で立っていた。
「い、伊丹さん!」
 ド派手な茶髪のポニーテールと、学園指定ではないセーラー服の上からでもはっきりと分かる、豊満なボディライン。
 そこにいたのは紛れもなく、あの夜に裸で踊っていた少女、伊丹至子であった。
「なななななななんで伊丹さんが僕を」
 突然のことに枕木が動揺していると、至子は目を釣り上げさせ、怒り顔でずんずんと階段昇ってくる。枕木は立ち上がって何かを言おうとしたが、その間もなく至子に胸倉を掴まれて壁に叩きつけられしまった。
「このバカラギ! あんたどういうつもりよ。あんたあたしに恨みでもあんの!?」
 至子はぎろりと睨みを利かせ、枕木に圧力をかける。女子に凄まれた経験の無い枕木は、どうしたらいいのかとただ慌てるばかりである。
「な、なんのこと……ってそれに僕の名前はバカラギじゃないよ。枕木だよ」
「わかってて言ってるのよ! あんた超バカなお人好しだって有名人よ。それで女子たちにバカラギって呼ばれてるの知らないの? 『バカラギくんってお人好しだけど付き合いたいと思わないよね。絶対いい人止まりにしかならないよー』って影で言われてるわよあんた」
「そんな!」
 知りたくもない事実を知らされてしまい、枕木は大ダメージを負ってしまった。もはや言い返す気力もなく項垂れるだけである。
「その有名なバカラギがあたしのことを嗅ぎ回ってるって風の噂で聞いたのよ。いったい、なんであんたはあたしのことを探ってるの?」
「うっ……それは」
 どうやら本人にバレてしまったらしい。というのも当たり前である。枕木は特に隠れることもせずに堂々と至子のことを女子たちに聞いていたからだ。バカラギと言われても否定できないほどに考えなしの行動であった。
「おかげで『至子さんの今度の相手はバカラギくんらしいよ。きっと破産するまで貢がされるよね』って言われてたわ。まったく、あんたのせいよムカツク!」
 キーっと至子は地団太を踏んで随分とご立腹らしい。
「そんな噂、違うなら否定すればいいじゃないか」
「ふん。否定したって意味ないわよ。あいつらは噂話が好きなだけなんだから。それにあたしはあいつらがなんて言おうと興味ないわ。あたしはあたし。人の意見なんかどうだっていいもの」
 そう言う至子の目には力があった。自分自身に自信を持ち、他者の評価なんて意に介してないようである。人に流されてばかりの自分と違って、こういう子は強いなと枕木は思った。
「でも、人の意見がどうでもいいんだったら、僕との噂が立てられたって別にいいじゃないか」
 枕木がぽつりとそう漏らすと、キッと至子は彼を思い切り睨みつける。それがあまりに怖くて足がすくみそうだ。
「な、なんだよぉ~」
「こんの、バカラギ!」
 至子は怒鳴って枕木を突き離した。そして機嫌悪そうにずんずんと今度は階段を下りていく。その途中でぴたりと止まり、くるっと振り返って最後に至子はこう言った。
「もう二度とあたしのことを探るんじゃないわよ。わかったわね!」
 思い切り釘を刺されてしまい、枕木はしゅんっとしてその場に立ち尽くした。






 しかしそんなことを言われて諦めるほど利口ではないのが枕木であった。
「やっぱり、あのストリップのことだけでも聞かないとダメだよな……」
 何か事情があるなら力になりたい。どれだけ自分が怒鳴られてもウザがられてもいいから、至子の本心を聞きたいと思っていた。
 というわけで、下校を見計らい枕木は至子を尾行した。
 というかストーキングだった。
 本人に直接聞こう聞こうと思ってはいたのだが、なかなか面と向かって言う勇気が無く、枕木はついつい後をつける形になってしまっている。
「何やってるんだ僕は……」
 自分のバカっぷりにうんざりするが、今更後には引けない。薄暗いし、慎重に行けば尾行がばれることがないのが幸いだ。
 部活動や委員会に属していない至子は、下校時間になればすぐに校門を出た。放課後に一緒に遊ぶ友達もいないようである。どうやら至子は枕木と同じく下町に家があるらしく、静まり返った住宅街の複雑な路地へと入っていった。
「そういえばこの辺は、僕が昨日迷い込んだ変な道と一緒だ」
 あの霧がかった空間。至子が裸踊りをしていた場所によく似ている。というか一緒ではないかと思えてくる。実際に奥へ進めば進むほど、あの時と同じような霧が出てきた。
 そうして長い間歩いているうちに、日は暮れ、周囲は完全に暗くなった。空には月だけが顔を覗き、条件は昨日とまったく同じだ。
「こんな霧じゃ見失いそうだな」
 そう口にした時には遅く、至子の姿は見えなくなっていた。慌てて辺りを探すと、前方の道の回りだけ霧が晴れている。そしてその中心には至子が立っていた。
 今日は満月だ。昨日よりも一層激しい月の光が至子を照らしている。至子はまたセーラー服を脱ぎ始め、手足の鈴以外、一糸纏わぬ姿になる。
 満月の輝きのため、まるで至子の肌が神々しい光を放っているようにも見え、枕木は一瞬目を奪われる。だが自分の頬を叩き、なんとか理性を保つ。昨日のように唖然として立ち尽くしていては意味が無い。
「やっぱここでストリップショーを始める気だ」
 どうにかして説得しなくちゃ。
 そう思って止めに入ろうとしたが、一体どこから現れたのかぞろぞろと黒い人影たちが大勢集まり、至子を囲い始める。観客だ。至子のストリップを楽しみにやってきたスケベオヤジたちかもしれない。
 観客がそろい、服をすべて脱ぎ捨てた至子は、またしても踊りを舞い始める。一種の神聖さを感じさせる至子の踊りを見ているとやはり足が動かなくなる。邪魔してはいけない気分になってきて、ずっと見ていたくなってしまう。
 しかしそうもいかない。いつまでも見惚れていてはあの観客たちと同じになってしまう。
 枕木の心臓はドキドキと脈を打つ。飛び出すのはなんだかとても怖い。
 至子は自分と同じまだ十四歳だ。こんなの絶対間違っている。自分が止めなくちゃ誰が止めるんだ。
 枕木は勇気を振り絞ってその場から駆け出した。
「やめるんだ伊丹さん!」
 枕木は学ランをバッと脱ぎ、至子の肩にかけてやり、観客たちの間に割って入る。これでもう至子の裸が見られることはない。
「バ、バカラギ! あんた、なんでここにいるのよ!」
 至子は焦ったように枕木を怒鳴った。だが今はどんな罵声を浴びせられても構わない。彼女に嫌われたっていい。枕木はこれ以上至子の肌を見世物にさせたくはなかった。
「もういいんだ伊丹さん。もう踊らなくたっていいんだ……」
「なに言ってるのよバカ!」
「だってこんな大勢の人の前で――人の……前、で?」
 人ではなかった。
 枕木の目の前にいた観客たちはどうみても人間ではなかった。
 無数の黒い人影は、暗闇のせいで黒く見えているのではない。そのものが黒い表面をしているのだ。その表面にはいくつもの目玉が瞬きをし、いくつもの触手が蠢いている。よく見ると動物や魚の死骸が体中にくっつき、腐敗しているのだ。背後からだと人型に見えるため、霧と暗闇のせいで枕木は人間だと勘違いをしていたのだ。
 これはラルヴァか何かだろうか。枕木は魔を引き寄せる星の下に生まれてきたのか、今までに何十という魑魅魍魎の類と遭遇してきた。
 だがこんな醜悪な見た目をしたラルヴァなんて、これまで見たこともない。
「な、なんだよこの化物たち……」
 腐った魚と動物の臭いが鼻を刺激し、今にも吐いてしまいそうだ。枕木は口元を押さえ、なんとか堪える。
「我らが……化物……だと……なんて無礼な人間だ……」
 化物の一匹が無機質な声でそう言った。いや、口が見当たらないのでおそらく念波を使い直接語りかけてきているのだろう。脳みそがゆすぶられそうな嫌な声だ。
 もしかしてこいつらは念波を使い、至子に催眠術をかけて躍らせていたのではないだろうか。この化物たちは至子を弄んでいたのだ。枕木は自身の念波を反響させ、暗示にかけられないように相手の念波を相殺させる準備をする。
「我々の……大事な宴の邪魔を……するやつは許さない……」
「うるさい! 女子中学生をたぶらかすなんて、許さないのはこっちだ化物め!」
 枕木は意を決して化物たちに立ち向かった。自分にはラルヴァと戦う能力はないが、時間を稼ぐことぐらいはできるはずだ。この間に至子が逃げてくれればいい。
 しかし、化物の一匹が触手を伸ばし、それをまるで鞭のようにしならせて枕木へ向かって振り下ろした。
「ぎゃあっ!」
「バカラギ!」
 触手が腕に直撃し、枕木の腕からは鮮血がほとばしる。その衝撃のまま壁際まで吹き飛ばされてしまう。なんとか気絶せずにすんだが、腕はしばらく動きそうにない。
「くそう。いってえぇ」
 最悪だ。格好をつけて飛び出したのにこの様ではどうしようもない。時間稼ぎすらできなかった。
「人間よ……命を持ってして……この罪……償ってもらうぞ……」
 ぞろぞろと蠢き 這うように化物たちは距離を詰めてくる。今から風紀委員に連絡を入れても助けは間に合わないだろう。せめて至子だけでも逃げ欲しいと、枕木は覚悟を決める。
 だがそんな思いとは裏腹に、至子は枕木が渡した学ランを放り棄て、素っ裸のままで化物たちの前に立ちふさがった。
「伊丹さん、ダメだ逃げて――」
「あんたは黙ってなさい」
 その言葉は有無を言わさぬほどに強い語調であった。
 いったい至子はどうするつもりなのだろうと思っていると、彼女は冷たい地面に素肌のまま膝を折り、正座をする。そうして両手をつき、ゆっくりと頭を下げた。
 その姿は土下座だ。
 一寸の文句のつけようのない、綺麗な土下座である。
 裸のまま土下座をするなんてどれだけ屈辱的なことかわからない。女の子にこんなことをさせてしまうなんて、枕木は自分の無力さと無様さを呪った。
「“八百万の神々”よ。この“神送りの巫女”に免じて、どうかこの者の愚行をお許し下さい。この者は何も知らぬ愚か者でございます。どうか御慈悲をお与えください」
 至子が誠意を込めた様子でそう言うと、化物たちは全員で何かを話し合い、やがて顔をこちらに向けた。
「神送りの巫女に免じて……その者の非礼を許そう……今宵は満月……神送りも今日で終わりだ……めでたい宴を再開しようぞ」
「ありがとうございます」
 深く頭を下げた後、至子はすっと立ち上がって枕木と向き合った。
「まったく、このバカラギ。もう少しで神送りが終わるところだったのに邪魔するんじゃないわよ。いったいあんたは何を勘違いしてるのよ」
「だ、だって……伊丹さんが路上ストリップをしてると思って……いででででっ!」
 至子は枕木の頬を思い切りつねった。めちゃくちゃ痛いが、そうしている間も至子は裸で、色々なものが丸見えである。幸せと混乱の最中に枕木はいた。
「これはストリップじゃないわ。神送りと言ってれっきとした神聖な儀式なのよ。現世の穢れがついた衣服を脱ぎ捨て、鈴の音を鳴らして神舞を踊る。あの方たちは化物なんかじゃなくて、神様なのよ」
「え?」
 枕木は蠢く黒い化物たちを見つめる。
 どう見たって化物で、神様にはとても見えない。百歩譲って神様だとしても邪神と言った方がしっくりくる。ポカンとしている枕木に説明するために、至子はしゃがんで耳元で話し始める。
「この方たちは迷い神よ。この双葉区は霊的な物が集まりやすい土地になっているの。異界と繋がってる場所もあるわ。あんたも経験あるでしょ」
 至子にそう言われて枕木は頷く。この間紛れ込んでしまった物の怪小道を思い出す。そこには妖怪変化、魑魅魍魎が集まっていた。
「よくわからないけど強力な引力がここにはあるのね。それで一部の全国を放浪している神様がここに流れて、そして出られなくなってしまったの。放浪神が一か所に留まると、人間たちの穢れによって神聖さが衰え、姿形もあんな風になってしまうわ」
 そう言われて枕木は黒い人影を見る目が変わった。至子の言うことが本当ならあれは神様なのだ。自分はとんでもないことをしてしまったことに気づく。命があることが奇跡に思え、枕木は今更ながら全身が震えるのを感じた。
「そ、それでなんで伊丹さんが……」
「あたしは祈祷師の家系に生まれたイタコなのよ。鈴の音で神様の穢れを落とし、外界へと繋がる神門に導くためにあたしはこの儀式をしているの。満月の今日で神送りの儀式はようやく終わるわ。次は絶対に邪魔するんじゃないわよ。そこで大人しくこのあたしの華麗な神舞を見ていなさい」
 そう言い終わり、至子は再び化物たち――いや、神々の前へと立ち、ゆったりとした動きで踊りを再開する。
 確かにその舞は神へ捧げるに相応しい、神がかり的な美しさを持っていた。
 踊りに合わせて鈴の音が鳴り響くたびに、神々を覆っている魚や動物たちの腐敗した死骸が落ちていくのを枕木は見た。もう黒い異形はそこにはなく、後光の輝きを取り戻し、煌びやかな着物を身に纏った老人や子供の姿へと変化していく。
「おお……姿が……」
 元の姿を取り戻した神々は、感謝の気持ちなのか銭を取り出して踊り子である至子の下へ投げる。だがそれはどれも古銭ばかりで、価値の無いものであった。
 旧き神々は現在の紙幣を知らないのだろう。満足したようにぞろぞろと歩きだし、踊りながら道の奥へと進む至子へとついていく。
 至子が足を止めた場所は、路地の行き止まりであった。
 だがそこには小さな鳥居がある。鳥居は神様の通り道だ。至子がパンッと手を鳴らすと、その鳥居に光の扉が現れた。
「とおりゃんせ、とおりゃんせ。ここはどこの細道じゃ。天神様の細道じゃ。行きはよいよい帰りはこわい」
 至子が凛と澄んだ声で歌うと、神々は次々と鳥居の中へと入っていく。すると光の中に吸い込まれるようにして消えてしまった。
「あっ」
 それと同時に霧は晴れ、闇は消え街の灯りが戻る。そして鳥居もそこには存在せず、行き止まりの壁にチョークで描かれた鳥居の印があるだけであった。
「神送りの儀式、終了」
 ふうっと息を漏らし、至子は疲れたとばかりに肩を回している。さっきまでの不思議な光景が嘘のようだと枕木は思った。
「ちょっとバカラギ。いつまでこっち見てるのよ!」
「わあごめん!」
 思わず裸の至子を凝視してしまっていた枕木は慌てて顔を背ける。後ろから衣擦れの音が聞こえ、ちらりと横目で後ろを見ると、まだブラにホックをかけている。
「いいわよ。こっち向いても」
 枕木がもう一度目を向けると、もうセーラー服に袖を通し、髪をかきあげている所であった。いつものスタイルだ。名残惜しいが、仕方がないだろう。
「……ごめんなさい伊丹さん。僕の早とちりで迷惑かけちゃって」
 枕木は至子に対して頭を下げた。というか土下座だった。
 なんて格好悪いんだろう。勝手にストリップだと早合点し、儀式を邪魔して神様を怒らせて。怪我までしてその上至子に土下座までさせてしまった。
 最悪だ。自分はバカだと言われても仕方がない。枕木は反省し、頭を地面にこすりつけて至子に謝った。すると至子は怒っているのか、枕木の耳を思い切り引っ張る。「いててててて」と言ってもやめてくれない。
「まったく。あんたはほんとバカラギね」
「返す言葉もないです」
「なんで、あたしの後を尾けたのよ」
「それは――」
 そんなのは決まっている。
 枕木の行動理念はいつだってそれだけだ。
「心配、だったから」
「ぶっ!」 
 至子は枕木の言葉に吹き出し、げらげらと笑いながら地面を転がっていた。枕木は顔を真っ赤にしてしまう。
「なんで笑うんだよ~!」
「はははは。だって、ほんとにそこまでお人好しだなんて思ってなかったから。ほんとあんた面白いわね。この学校に来てから、あたしを心配するなんていう奇特なやつはあんただけよバカラギ」
 そう言って笑う顔を見て、可愛いと枕木は思った。学校ではいつもむすっとした顔をしているので笑った顔を見たのはこれが初めてだと気づく。
「大丈夫よ。心配なんてしてくれなくても。今回の神送りは学園側からの依頼だったのよ。神様がこのまま穢れが悪化して祟り神にでもなったら大変だものね」
「え? そうなの!」
 まさか学園側の正式なラルヴァ関連の仕事だったとは夢にも思っていなかった。
「学園にはあたしの他にも神との交信――“口寄せ”ができるイタコの血族は何人もいるわ。でも、例え神様相手でも、道の真ん中で、全裸で踊るなんて恥ずかしがってみんなやりたがらなかったのよ。しかも一回じゃなくて次の満月までの十五夜連続でやらなくちゃいけないんだから大変だったわ」
「それで伊丹さんが志願したの?」
「ええ。あたしは別に構わないもの。自分の身体に自信があるもんね」
 自慢げに至子は自分の大きな胸を反らしていた。だけどそうは言っても恥ずかしいことは恥ずかしいんじゃないかと思った。人がやりたがらないことを、志願するなんてそうそうできることじゃない。
「それに神送りを行うには色々面倒な条件があるのよ。それに合致するイタコが少なかったのかもしれないわ」
「条件?」
「そう。まずは代々イタコの血族であること、第二に十六歳未満の女児であること、第三に、男子との付き合いの無い、純潔なる処女であること」
「ええ?」
 枕木は最後の言葉を聞いて思わず声を上げてしまう。
 そのせいでぽかりと思い切り至子に頭を殴られてしまった。至子は怒りの形相で枕木の胸倉を掴みあげる。至子のほうが背が高いため、枕木の足は地面から浮いていた。
「あんたあたしが処女とは思えないとでも言う気?」
「いやいやいやいや。そ、そんなことはないよ伊丹さん」
 噂を鵜呑みにしているわけではないが、あの豪快な脱ぎっぷりを見た後ではギャップを感じてしまうのは仕方ないだろう。
「まったく。あんたもあたしがビッチだって思ってるんじゃないでしょうね。言っておくけど、あたしはファーストキスどころかろくに男子と手だって繋いだことなんかないわよ」
「ああ、やっぱりあの噂は全部嘘だったんだ……」
 でもそれはそれで悲しくなる。そんなデマを流されて、至子は辛いんじゃないだろうか。いくら強がっていても、本当に強いだけの人間なんていない。
「ねえ伊丹さん。僕でよかったらその噂をデマだって証明するのを手伝うよ。僕は学校童子。生徒の悩みを解決するのが使命だ」
 枕木が真剣な表情でそう言ったが、至子は首を横に振るだけであった。
「ど、どうして」
「だってあの噂は自業自得だもの。あの噂はね、自分で流したの」
「――え?」
 その言葉を枕木は信じられなかった。
 あんな噂話を自分で流して、いったい至子に何の得があるというのだろうか。
「でもまさかあそこまで噂に尾ひれがつくとは思ってなかったけどね。まあ、それももう仕方がないことよ」
 そう言う至子の顔に悲しみは無かった。むしろどこか誇らしげにも見え、枕木はそれ以上何も言えなくなる。
「それよりも」
 っと至子は枕木の胸倉を掴んだまま顔を引き寄せる。細くて茶色い至子の髪の毛が枕木の頬をくすぐった。
「神様以外にあたしの裸を見た男はあんたが初めてなんだから、男らしくちゃんと責任を取りなさいよね。バカラギ」 
 顔を赤らめてぼそっとそう言った至子に見つめられ、枕木はドキリとしてしまった。




     ※ ※ ※




「おいマクラギ。なんだその腕の包帯は。邪王炎殺黒龍波でも撃ったのか」
「違うっての。ちょっと怪我しただけだってば」
 翌日。枕木はまた喫茶店で薄平茸と昼食をとっていた。相変わらず薄平茸はナポリタンを行儀悪く食べている。それに対して枕木は左手で箸を持って悪戦苦闘していた。神様に攻撃されて右腕を痛めてしまったので、しばらくご飯を食べるのは苦労しそうである。
「そうだ。伊丹至子の情報には続きがあるんだが、聞くか?」
「なんだよ。あれで全部じゃなかったのかよ」
「ナポリタン一杯ではあれだけの情報しか渡せないよ。今日のナポリタンの分で全部の情報を教えてやろう」
「……わかったよ。それで、どんな情報?」
 苺大福ラーメンを食べながら枕木は頬杖をつき、呆れながら薄平茸の言葉を待つ。薄平茸は生徒たちのデータを集めたネタ帳を取り出した。
「実はな、興味深いことに伊丹の噂が流れ始める前までは、別の女子の悪評がD組の間で流れていたんだ」
「え?」
「その女子が誰かはまた別件だから伏せておくが、その女子はその噂のせいで登校拒否になったらしい。その後すぐに伊丹が男をとっかえひっかえするビッチだという噂が流布した。そのせいでその女子の噂は誰もしなくなったんだと。面白い話だろ。狭い範囲のコミュニティの噂話なんて、新しい噂が更新されれば、簡単に古い噂なんて誰も話さなくなるもんだからな」
 薄平茸はそう言ってにやりと笑っていた。
 その話を聞いて枕木は、あの時の至子の言葉の真実を理解する。
 ――あの噂はね、自分で流したの。
 至子は枕木のことをバカなお人好しだと言っていたが、至子もまた、十分すぎるほどのお人好しに違いないと枕木は思った。
 みんなが恥ずかしがってやらなかった神送りを、進んで志願したのだってそうだろう。
 枕木との噂を嫌がったのは、枕木が噂話に巻き込まれることが許せなかったのかもしれない。
 やり方は不器用で口は悪いが、至子もまた、バカなお人好しだったのだ。
「はははは」
「何笑ってるんだマクラギ。気持ち悪いぞ」
「気持ち悪くたっていいさ。僕は今嬉しいんだ。笑いたいんだ」
 幸せな気分のまま苺大福ラーメンを食べていると、目の前の喫茶店の窓をコンコンっと誰かが叩いた。
 窓の外には至子が立っていた。枕木を呼んでいるのか、ちょいちょいっと手招きをしている。
「悪いな薄平茸。僕ちょっと先行くよ。これ、僕の分とお前のナポリタン代」
 枕木は勘定を置いて席を立つ。
「おいおいどこに行くんだよ」
「男としての、責任を取りに行くんだよ」
 枕木はいい笑顔でそう言い、喫茶店の扉をカランコロンと音を立てて開いた。そして外で待っていた至子のもとへと駆け寄った。
「それじゃあ行こっか。伊丹さん」
「ええ。じゃああたしの裸を見た代わりに何を買ってもらおうかしらね。あのバッグも欲しいし時計も欲しいし、そうだ、商店街の限定シュークリームもいっぱい食べたいわね。それじゃあよろしくねバカラギ!」
 至子はバシッと元気よく枕木の背中を叩いた。枕木は財布の中身を確認し、今月のバイト代は自分のために使うことなく消えていくのかと悲しくなる。
 責任を取るってこういうことか。男って辛いなぁ。
 枕木は深い溜め息をつきながらも、裸を見てしまった代償に至子の買い物に付き合った。
 奇しくも『バカラギくんが伊丹至子に貢がされている』という噂だけは、八割ぐらい真実になったのであった。



 おわり



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