【早瀬速人は存在しない】


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 早瀬速人は醒徒会役員である。
 役職は庶務。むしろ庶務というよりは雑用に近いかもしれない。
 自らの能力である加速能力を生かし、日々学園を走り回り、跳び、滑り、時には転びながらも、自らの使命を全うしている。

 異能力者という個性的な生徒の集う学園、双葉学園。
 そしてその生徒たちの頂点に君臨する実力者集団である醒徒会。
 そしてその、超個性的な面々の、縁の下の力持ち的存在。
 そんな彼を一言で言うなれば――

 地味、であった。


           早瀬速人は存在しない


 午前の授業も終了し、昼休みが始まった双葉学園。その屋上で男子生徒が仰向けになって寝転がっていた。真正面から風を受けたような髪型で、きりりとした眉根。少しだけ吊りあがった目は、見るものに小生意気そうな印象を与える。
 少々細身な身体には、学園指定の制服をルーズに着こなしていた。
 微風がさわさわと頬をくすぐる。よく晴れたいい天気だ。男子生徒――早瀬速人は、寝転がったまま頭を動かし、周囲を見回す。すると数人の生徒が、食事をしたり、話をしたり、ふざけあったりしていた。
 本来ならば屋上は出入り禁止なのだが、もう随分前に「鍵」の能力者によって扉の錠は破られていた。どうせまた施錠しても意味はないだろうと判断したのか、それ以来錠は付けられておらず、事実上の黙認状態であった。
「たまにはいいもんだな」
 さんさんと照る太陽を見て、目を細めながら早瀬はぼそりと呟いた。
 早瀬は多忙である。学園運営に関わる重要な用事から、はては醒徒会長のおやつの買い出しまで、いつも学園都市のどこかを駆けまわっている。まぁ、所詮は雑用の使いっ走りなので居なくてはならない存在ではないのだが。
 それでもゆっくりと休める時間は少なかった。せいぜいが夜と授業中くらいなものである。(ちなみに教師陣には「必ず全科目八十点以上は取ること」という誓約を交わして黙認してもらっている)
 しかし、今現在早瀬はわりとヒマだった。どうやら仕事にも波があるようで、今はちょうどやることが少ない時期なのである。それでこうして屋上に上がり、のんびりと過ごすことができるのだ。
 久しぶりのオフ。いつも酷使している身体を、これでもかと弛緩させる。その姿はまるで天日干しにされたスルメのようだった。
「……さー、やっぱり醒徒会メンバーって憧れちゃうよねー」「ねー」
 どうやら風向きが変わったらしく、寝転がっている早瀬の耳に、近くにいるであろう女子生徒の会話が聞こえてきた。しかも醒徒会の話題らしい。
 思わず胸がどきりとした。やはり醒徒会の話題となれば気になる。早瀬は少しだけ身体をよじると、さりげなく会話に耳を傾けた。


「やっぱり一番は会長さんよね」「可愛いわよねぇ。ぎゅ~ってしたくなっちゃう」
 やはり醒徒会を語るならば、まずは醒徒会長、藤神門御鈴嬢のことであろう。
 彼女は若干十三歳でありながら、双葉学園の醒徒会長という大役を任されている。容姿はまさに可憐な美少女といった風で、生徒にもファンが沢山存在する。
 しかし可愛らしいだけではない。彼女は卓越した召喚術の才を持っており、召喚される式神は何者よりも屈強だった。
 話は続く。
「副会長の水分さんって大人の女性って感じね。憧れちゃうわ~」「わかるわぁ」
 そして醒徒会副会長、水分理緒。
 彼女もまた見目麗しい美少女であり、副会長として会長の補佐を務めあげている。物腰が柔らかく、言葉遣いが丁寧で、礼儀も正しい。まさに大和撫子といった感じだ。
 そしてまた彼女もずば抜けた戦闘能力を持っていた。水を自由自在に操り、変幻自在の攻撃を繰り出す。
 その名の通り、流水を思わせるような女生徒だった。
 更に会話は続く。
「加賀杜さんって不思議な感じの人ね」「そうかしら? 私はぜひ友達になりたいわ」
 醒徒会書記、加賀杜紫穏。
 彼女は居るだけで場の雰囲気を明るくするような、そんな太陽のような少女だった。人懐っこい性格で、誰とでもすぐに友達になってしまう。そんな才能があった。
 そんな加賀杜だが、実は彼女には過去の記憶がない。気付いたらそこにいたというのは本人の談だが、あまり気にしていないようで彼女のポジティブさが窺がえる。
 彼女はあまり戦闘能力は高くない。しかしその性能強化とも言える能力は、サポートには最適であろう。
「成宮くんとエヌRさん、どっちが好み?」「う~ん……難しいわね……」
 醒徒会会計、成宮金太郎。
 そして会計監査、エヌR・ルール
 二人は醒徒会選挙で激しく争った仲だ。今でもよく衝突しているが、仲が悪そうには見えない。
 成宮は十四歳という若さながら、その異能力「人の資産と金運を知る能力」で莫大な財を成した実力者である。醒徒会の予算が倍増したのも、ひとえに彼の手腕であろう。
 一方のエヌRは、何を隠そう人造人間である。
 双葉学園の科学部が作り上げた、青髪の超人。それが彼だ。故に非常に高い戦闘能力を誇る。
 しかし人造人間であるがためか、どんな小さな生命をも重んじる性格をしている。心根はやさしいのかも知れないが、表情から窺がうことは難しかった。
「龍河先輩って男らしくてカッコいいわね」「でも……アレがね……」
 醒徒会広報、龍河弾。
 彼は筋骨隆々の大男で、考えるよりもまず行動する、猪突猛進を絵に描いたような漢だった。性格は剛胆で、細かいことはあまり気にしない。
 まさに漢。漢の中の漢。その漢らしさに、憧れる生徒もいるとかいないとか。
 最大の特徴として、彼は竜に変身する能力を持っている。竜に変身した龍河は、何物にも負けない凄まじい力を発揮する。能力使用後は全裸になってしまうのが玉に傷だが、本人はあまり気にしない様子だ。


 ここまで聞いて、早瀬は誇らしい気持ちでいっぱいになった。こんなにも凄い人達の中に自分も入っているのだと思うと、嬉しくて仕方がない。
 顔を綻ばせながら、更に女子生徒の話に耳を傾ける。次はいよいよ自分の番。いったいどんな話を聞けるのだろうか。
「やっぱりいいわよね~。醒徒会」「揃いも揃って有能。しかも美男美女揃いときた」
 え?
 早瀬は一瞬耳を疑った。一瞬のうちに時間が何分も過ぎたんじゃないかという気さえした。慌てて腕時計を確認するも、時間は正常だった。
 一体何が起きた。女子生徒は醒徒会の話をしていた。これは間違いない。では今から話が始まるのか? そう思って聞き耳を立てると、女子生徒は今晩のドラマの話をしていた。
 醒徒会の話は終わっていた。なぜだ。まだ一人残っているじゃないか。
 早瀬は頭をフル回転させた。あらゆる可能性、あらゆる原因を探る。わからない。嫌な予感がする。しかし、彼はあえて女子生徒に直接訊いてみることにした。聞き耳を立てていたことがバレてしまうが、そんなことは些細なことだった。
 即座に立ち上がり女子生徒の所へ歩を進める。女子生徒二人組は、ドラマの話で盛り上がっていた。そこに割り込むように、早瀬はおもむろに声をかけた。
「あのさ、今ひょっとして醒徒会の話してた?」
 声をかけられた女子生徒ははっとして振り返る。早瀬はこの時点で「キャー早瀬さんよー!」みたいなことになるんじゃないかと心配したが、女子生徒は早瀬の顔を見ても何の反応もしなかった。
「はい!? あー……ええ、まぁ……」
 なぜですかお嬢さん。醒徒会は憧れだったのではないのですか。
 早瀬はそう思いながらも、平静を装って探りを入れてみる。
「いやさ、ちょっと小耳に挟んだからさ。俺も醒徒会が大好きでね」
「へえ。そうなんですか」
 女子生徒は「なにこいつ……」「きんもー」みたいな顔をしながら返す。まぁ勿論これは早瀬の被害妄想なのだが。
「いいよね、七人精鋭っていうのかな。カッコいいよね」
 さりげなく。本当にさりげなく人数の指摘をする。しかし返ってきた言葉はあまりにも意外であった。
「え? 醒徒会メンバーは六人ですよ?」
 青天の霹靂。醒徒会メンバーは六人だったのだ。
 早瀬は目の前が真っ暗になったような気がした。じゃあ俺はなんなんだろう。一体俺は何者なんだ? 随分と哲学的な疑問が脳内を駆け巡る。俺は、俺は、俺は――
「どうかしました?」
 女子生徒の声に早瀬はハッと我に返った。掌がじっとりと汗ばんでいるのがわかる。
 しかし、これでハッキリした。自分は醒徒会メンバーとして認知されていないのだ。雑用、使いっ走りの手下その一くらいの認識なのだろう。
 不思議そうな顔をする女子生徒に、「醒徒会庶務」の存在を知っているかどうか訊きたい衝動に駆られる。しかし、恐ろしくてできない。
 これ以上話すと精神衛生上危ないと判断した早瀬は「あ、ごめんね。時間取らせちゃって」と無理やり会話を終了させた。そして呆気にとられる女子生徒の前からそそくさと逃げ出し、屋上の縁へふらふらと移動した。


 縁に設置された手すりに身体を預け、フェンス越しに外を見る。
 風に当たりながら、早瀬は思案にふける。確かに、自分は地味だ。容姿は普通、性格も普通、長所は足が速いだけ。戦闘力は然るべしだ。これでは超個性派揃いの醒徒会メンバーに埋もれるのも道理だ。
「個性、か……」
 一人呟く。こればかりはどうにもならない。しかし、あの素晴らしい醒徒会に、自分も在籍してる事実を知ってもらいたかった。
「マフラーでも巻いてみるかな。派手な赤いやつでも――」
 と、その時だった。右後方、グラウンドのほうから、ずしゃ、ともずし、とも取れる奇怪な音がしたかと思うと、数瞬後に数人の生徒たちの悲鳴が聞こえた。
 何事かと思い、急いでグラウンド側の縁に駆け寄る。そして早瀬は事態を知った。
 グラウンドに、ラルヴァが現れたのだ。しかも、けっこうでかい。おそらく七メートル前後、どことなく蜘蛛に似た感じの外見をした、多脚型のラルヴァだった。
「くっ! なんでこんな……!! すぐになんとかしないと――」
 そこまで考えて、早瀬はふと思い立つ。あの絶体絶命のピンチに颯爽と現れ、ラルヴァを撃破したら、どれだけカッコいいだろう。
 ひょっとしたらみんな、早瀬のことを認知してくれるかもしれない。
 思い立ったが吉日。早瀬は即行動に出た。
「っしゃああ!! 待ってろラルヴァ野郎! 二十八秒でそこに行ってやっからよぉ!!」
 言い終わるや否や、早瀬は駆け出した。加速の能力をフル活用し、まるで疾風のように屋上から姿を消した。
 校舎内を、早瀬は全力で駆けた。廊下にいる生徒たちを巧みにかわしながら疾走する。階段を降りるのももどかしく、一気に下まで跳び下りる。今の早瀬には、滞空時間すらも惜しかった。
 走りながら、早瀬は考える。はたしてそう上手くいくだろうか。相手は恐らく中級くらいの強さはありそうだった。ということは、異能の力以外は効きにくいはずだ。
(まぁ……奥の手を使えばなんとかなるだろ……)
 早瀬の加速能力は、他の加速能力とは少しだけ性質が違う。従来の加速能力は、「対象を加速させる」能力である。しかし早瀬の加速は、文字通り「速さを加える」能力なのである。つまり、加速したものに更に速さを加える、「加速の重ね掛け」が可能なのだ。理屈上では、早瀬は体力の続くかぎりどこまでも加速できるということになる。
 奥の手とはその加速の重ね掛けを利用した、「スーパー音速キック」。未だにラルヴァ相手に使ったことは無いが、恐らくは有効の筈だ。
 そんなことを考えているうちに、下駄箱まで到着した。グラウンドは目と鼻の先だ。あまりよくは見えないが、グラウンドに人だかりができているのがわかる。これは好都合と、早瀬は上履きのままグラウンドへ跳び出した。
 早瀬はざざっと地面を滑りながら、人だかりの前に出た。所要時間はきっかり二十八秒。そしてその勢いのまま、高らかに名乗りを上げた。
「さあ来いラルヴァ野郎! この俺! 醒徒会庶務! 早瀬速人が相手をしてやる!!」
 決まった。最高に決まった。後は目の前のラルヴァをぶちのめすだけだ。しかし――


 目の前にラルヴァはいなかった。


「いやー、助かったよ会長」
「さすが会長さんよね! 一瞬であのラルヴァを倒しちゃうなんて!」
「すてき! かっこいい! 我らが醒徒会長!」
「会長かわいいよ会長はぁはぁ」
 わーわーきゃーきゃーと称賛を贈る人だかりの中に、その人、醒徒会長である藤神門御鈴がいた。クールを装いながらも、まんざらでもないような顔をしている。
 早瀬は何が何だかわからなかった。
 聞こえてくる話から察するに、偶然通りかかった会長がラルヴァを殲滅したらしかった。
 歩いている会長が、異常に気付くのに五秒、式神の白虎を召喚するのに三秒、そして現れた白虎が、ラルヴァを消し飛ばすのに五秒。計十三秒という早業であった。その差、実に十五秒。
 終わった。全てが。早瀬の夢プランが音を立てて崩れ去ってゆく。生徒たちの声がどんどん遠くなっていき、意識がどんどん闇に呑まれていった。
 未だ興奮冷めやらぬグラウンドで、早瀬はがっくりと膝をついた。そしてそのまま、ぱたりと倒れた。
 しかし彼に気づく者は、誰もいなかった。


 その後、早瀬はラルヴァと積極的に戦うようになった。奥の手だろうが何だろうが使用し、できるだけ派手に活躍した。
 首には派手な真っ赤なマフラーを巻き、縦横無尽に駆け回る。
 いつの日か、名前が知れ渡るその日まで。

おわり


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