【ミスター・ランプヘッドの恋】


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 心地いい日が差し込む休日の朝。洗濯物を干し終えた夏目《なつめ》晶子《あきこ》は、ちょっと休憩と家事の合間にテレビを見ていた。そよそよと窓から入ってくる温かな風が彼女の長くて細い髪を揺らしている。
「は~。幸せだわ~」
 こうしてお煎餅をぽりぽりと食べながらアパートの自室で家事をしたりのんびりとしていることが、晶子の休日の楽しみ方だった。今は一緒に暮らしている弟が出かけているので掃除をするのには丁度いい。
『最近は訪問販売を装った強盗という手口が全国的に流行っているので、みなさんお気をつけて休日をお過ごしください』
 という言葉でテレビの中の女子アナはニュースを締め、星座占いへと番組は移行した。その星座型占いが最下位だったのにも関わらず、晶子は落ち込むどころか機嫌よく笑っている。
「うふふふ。『蟹座の人は今日とんでもない出会いがあるので部屋の扉を開けないようにしましょう。開けたら刺されるかも』だって。なんだろうとんでもない出会いって。楽しみだわ」
 きっと今日は楽しいことがあるに違いないだろうと、晶子は朗らかな顔で呟いた。
 晶子にとって、星占いが最下位だろうが最上位だろうが関係ない。目に映るものがすべて幸福に見え、不幸なことも不運なことも晶子にとっては無いも同然であった。
 そうして煎餅をバリボリと頬張り温かいお茶を飲んでいると、ピンポーンという音が響いてきた。
「あらあらお客さんかしら」
 晶子はさっと立ち上がってドアの方へと向かった。
「どなたですかー?」
 晶子はドア越しに尋ねた。
「訪問販売に参りましたー」
 ちょうどよかった。暇だったから商品を見て見ようかしらと、晶子は目を輝かす。晶子はこうしてたまにやってくる訪問販売が大好きだった。安くて便利なものを勧められてしまうのでいつも買ってしまう。そのせいですぐに生活費が尽きてしまうこともしばしばあった。
 いつも買った後反省するのだが、「ノルマをこなさないと首が切られるんです」と泣きながら言われたら断ることなんて晶子にはできず、結局買ってしまうのである。
「今開けますね」
 晶子は何の警戒心もなく扉を開けた。
 するとそこには世にも奇天烈な男が立っていた。いや、一見しただけでは性別すらわからない。それも仕方がないだろう。
 その人物の頭に該当する部分には顔は無く、首から上は巨大な白熱電球であったのだ。
 透明な玉の中には確かにフィラメントもあり、根本がどうなっているかわからないが、ネクタイの締められた襟と電球の口金が繋がっている。


+ 挿絵

「わ、わたくしは強盗だぞコンチクショー! 金を出さないとずぶりと行くぞ!」
 しかもこともあろうに電球男は包丁を持って晶子に突きだしていた。だが彼はびびっているのか手どころか体全体が震えている。電球の頭からも冷や汗が流れていた。
 だがそんな電球男に恐怖の色や戸惑いの色も一切見せずに、わずかに首をかしげた後、晶子はにっこりと菩薩のような慈愛に満ちた微笑みを向けた。
「あっ、包丁の訪問販売の方ですね。それとも電球かな? とりあえず立ち話もなんですからおあがりください」
 ぺこりと頭を下げて「どうぞうどうぞ」と晶子は部屋に電球男を上げようと、手招きをした。
「え? いや、あの。わたくしは強盗……」
 電球男は強盗云々をスル―されただ戸惑っていた。予想外の反応に完全に思考が停止してしまったのか、どうしたらいいのかわからず立ち尽くしている。
「セールスマンさーん。どうぞここ座布団ありますから座ってください。お茶煎れなおしますから飲んでくださいね」
「え? お? ん? あ――……はい」
 混乱しているのか、電球男は晶子に言われるままに玄関を上がり、包丁を手にしたまま座布団の上へと腰を下ろしてしまった。
「な、何をやってるんだわたくしは……」
 電球男は一人虚しそうに呟いたが、晶子は気にも留めずにお茶を来客用の湯飲みに煎れ、とっておきの塩豆大福を運んだ。
「どうぞ。朝からお仕事お疲れ様です」
 ことり、と熱々のお茶とおいしい大福を置いたが、電球男には口もついていない。食べられるわけがなかった。
「…………」
「どうしたんですか? お嫌いでした? それともお腹痛いのかしら。困ったわ、正露丸どこやったからしら」
 押し黙ってぷるぷると震えている電球男を心配した晶子は、ドタバタと狭い部屋内を右往左往し、クスリを探した。
「う、うう。うわああああん。ごめんなさい!」
 だが何を思ったのか、突然電球男は晶子に土下座をして謝った。電球が大きくて畳に当たってしまうため、ちょっと不恰好である。
「強盗なんてほんの出来心だったんです。それでまさかこんな手厚い歓迎を受けるなんて思ってもいなくて……他人に優しくされたのなんてもう何十年ぶりか……」
 おいおいおいと目も無い癖に電球男は号泣し始めた。なぜ泣いているのかさっぱりわからないが、晶子はそっと彼の冷たく透明な頭に触れ、軽く撫でてやる。
「泣かないで電球さん。何かあったなら私がお話を聞くわ」
「うう……あなたは天使のような人だ!」
 電球男が顔を上げると、彼の頭に灯りがぱっと点いて、ランランと輝き始めた。あまりの眩しさに「きゃっ」と晶子は目を瞑ってしまった。
「ああ、ごめんなさい。わたくし興奮してしまうと電気が点いてしまうんです。待ってください、今落ち着きますから」
 ふーっと深く深呼吸すると電球男の灯りはふっと消えた。あのまま光り続けたら目なんて開けられないだろう。
「すごく便利ですね」
「いやあ。不便なだけですよ。あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。わたくしこういうものです」
 電球男は胸ポケットから名刺を取り出してそっとちゃぶ台の上に置いた。そこには彼の名が書かれている。
「夜戸川《よどがわ》乱腐《らんぷ》さんっていうんですか。あらすごい。小説家なんですね。サインもらっちゃおうかな」
「いやあ。わたくしのサインなんてなんの価値もありませんよ。わたくしめのことは気軽にランプと呼んで下さい」
「あ、私、夏目晶子です」
 ぺこりと晶子も頭を下げて自己紹介した。
 電球男ことランプ氏は、「これせめてものお詫びです」と懐から自分の小説を取り出した。『怪奇、エログロ絞殺魔』や『団地妻解体事件』に『轢死体調理屋』など悪趣味なタイトルと表紙絵がついた本である。恐らく内容もろくでもないだろう。
「すごいですね。こんなに出してるんですか」
「まあ売れ行きは芳しくないですが、ほそぼそと生計を立てています。ですが、とある事情でわたくしの原稿代も印税もすべてわたくしの懐から旅立ってしまうのです」
「まあ。いったいどんなことがあったんですか」
 晶子はランプ氏の語り口にすっかり同情してしまい、ハンカチを取り出して溢れ出る涙を抑えていた。
「実はわたくしには恋焦がれる女性がいるんです」
「まあ」
 晶子はぽっと顔を赤らめる。十八にもなって恋愛ごとの一つも無かった晶子には、少し新鮮な話だ。
「わたくしの想い人は雪姫《ゆきひめ》さんと言って、雪女の一族であり肌も心も冷たい女性です。わたくしは彼女のそんなところを好きになったのでありますが、どうにも彼女はわたくしのことなど眼中にないようなんです」
「それはお辛いですね」
「ちょっとでも彼女に振り向いてもらおうと、わたくしはあの手この手を尽しました。ブランド物のバッグや服を買ってあげたり、高価なアクセサリーも買ってあげました。貴重なコンサートチケットをプレゼントしても彼女は他のボーイフレンドとコンサートに行ってしまう始末です」
「そんな、きっと彼女は照れてるんじゃないのかしら」
「いいえ。わたくしにはわかります。彼女からすればわたくしなど路傍の石も同然。ですがそれでも彼女に振り向いてもらうためにもっと、もっとたくさんお金を使いました。彼女のお店に行ったら毎回必ず彼女を指名します。ですが、わたくしはもとより売れない作家です。お金なんてすぐに底を尽きました」
 大げさに身振り手振りで絶望を表現していたランプ氏は、突然また意気消沈してへたり込んでしまった。
「それからわたくしは、雪姫さんにプレゼントをあげるために自分の身の回りのものを質屋に売りました。ですがそれだけではまったく足りず困っている時、通りすがりの魔女が『お前の頭を買い取ってやる』と言ってきたのです。わたくしは喜んで頭を魔女に売りました。すると魔女は頭の代わりにと、この電球をわたくしの頭に差したというわけです」
「それでランプさんはそんな素敵な頭になったんですね」
 ぽんっと晶子は納得したように手を打った。だがランプ氏は深い溜め息をつきながら肩を落とす。
「ですがこの頭になったせいで余計に雪姫さんはわたくしから距離を取るようになりました。だからわたくしは頭を売ったお金でもっともっと高価な物をプレゼントし続けたのです。とうとう売る物が尽きたわたくしは借金に手を出しました。そこから今の状態に転がり落ちるのは実に簡単でした。今はもう利息も払えず借金が膨れ上がっていくだけです」
「うう。ランプさん可哀想……」
 晶子はバリボリと煎餅を食べながらランプ氏の話に同情した。好きな人に振り向いてもらうために努力しても報われないというのは、きっと悲しい。
「それで今日が借金返済の日なんですが、お金なんて持っているわけもなく。だからテレビを見てわたくしも強盗をしようと、この家を尋ねたんです。ですがあなたの優しさに触れ、目が覚めました」
 ごーとー? セールスマンじゃなかったのかしら、あれ? 小説家なんだっけ? と晶子はクエスチョンマークをたくさん頭に浮かべた。彼女の辞書に強盗の文字は無い。
 だがランプ氏がお金に困っていることは解った。しかし残念ながらこの家にもお金は無いのだ。あったらこんなぼろアパートで暮らしてはいない。
「ごめんなさい。私じゃお力になれなくて」
「いえいいんです。お気になさらないで晶子さん。全部わたくしめの自業自得です」
 ランプ氏が溜息をつくと、カンカンカンというアパートの錆びた階段を荒々しく昇ってくる音が聞こえてきた。その足音にランプ氏はびくっと身を竦める。
「おいランプ! こっちに逃げてきたのはわかっているんだ! さっさと借金を返すか死ぬか選んだらどうなんだ!」
 ドスのきいた怒声が響き渡る。声と足音はどんどんと部屋へと近づいてきた。
「……奴らだ」
「え?」
「借金取りですよ。わたくしを双葉湾に沈めに来たんだ!」
「シャッキン鳥ってどんな声で鳴く鳥さんかしら。きっとシャッキン、シャッキンと鳴くのね」
 晶子は小首を傾げて空想を広げている。
「何を言ってるんですか晶子さん。ああ、どうしよう。ここにいるのがバレたんだ!」
 あわあわと、ランプ氏はちゃぶ台の下に隠れようとするが、電球が引っかかってもぐりこめもしない。
「この部屋に入って行ったのは見えたんだ! とっととここを開けないとぶち破るぞ!」
 借金取りたちはドンドンと部屋の扉を叩いた。「あら、お客さんだわ」と晶子は扉を開けようとしたが、ランプ氏は晶子を制止する。
「やめてください。あいつらは恐ろしいんです。晶子さんが扉を開けた瞬間、あいつらの顔を見て気絶してしまいますよ!」「
「いやねランプさん。脅かさないでくださいよー。うふふ。この世の中に怖い人なんかいるわけないじゃないですか」
 晶子はにこやかにしながらそっと鍵穴から扉の向こうの人物を見た。
 そこにはグロテスクな怪物二人が立っていた。片方はいくつもの目玉を持ち、大きな口から牙が見えているスーツの男で、もう一人は顔がぱっくりと二つに割れ、そこから脳みそが丸見えになっているアロハの男である。
 どうやらランプ氏は、人間以外の金融機関からお金を借りてしまったようだった。
「あら、みんな可愛い顔じゃないですか」
「嘘だ! 絶対嘘だ! ダメですよ晶子さん、開けたら食べられちゃいますよ!」
 ランプ氏がなんで慌てているのかさっぱりわからず、晶子は部屋の扉を開けようとドアノブに手をかけた。
「あなたたち、人ん家の前で何をしているんですか」
 すると扉の向こうから機械的な抑揚のない声が聞こえてきた。
「なんだてめえ。ここがお前の部屋か。早くここを開けろ!」
「おう、早くしねえか。アニキが怒ってるだろ。食っちまうぞお前」
 扉の向こうでドタバタとした音が聞こえてくる。何やらやってきた三人目の人物と揉めているようだが、
「“さっきニュースでやってたけど、今から隕石がこの街に降ってくるらしいから、自分たちの古巣に戻った方がいいですよ。ほら、もうすぐここは吹き飛ぶから”」
 そんな大法螺を三人目が吹くと、怪物顔の男たちは完全に信じ込み、パニックを起こした。
「いやだー! まだ死にたくねえ! 逃げましょうアニキ!」
「ああ、早く異界に帰るんだ!」
 などと叫び声を上げて階段を下りていくのがわかる。晶子はその三人目の人物の声に聞き覚えがあった。
「おかえり、中也くん」
「うん。ただいまアキ姉」
 扉を開けると、そこには晶子の弟、夏目五兄弟の次男である中也《ちゅうや》が立っていた。彼はどんな荒唐無稽な嘘でも、相手に信じ込ませることができる異能――“ペテン”を持っているのである。
「……アキ姉。家にいるあのでかい電球ってなんなの?」
 また妙な物を家に持ち込んできたのかと、中也は呆れたように部屋で怯えているランプ氏を指差したのだった。







「なるほど。事情はわかったよランプさん」
 ランプ氏から話を聞いた中也は、また面倒事が増えたなと思いつつも、晶子が彼を助けたがっているようなので放っておくわけにもいかなかった。無視すれば晶子は勝手に行動してしまうだろう。
「ありがとうございます弟さん。借金取りを追い払ってもらって」
「あいつらはここに隕石が落ちてくると思い込んでいるからしばらくは追ってこないと思うよ、でも借りたお金は返さないといけない。だからその間にお金を稼ぎましょう」
「お金を、稼ぐ?」
「そうです。あなたは原稿代も印税も貯金も、全部使ってしまったわけですよね。なら後は別の仕事で稼ぐしかないでしょう」
「しかしこんな頭じゃあ、真っ当な会社は雇ってくれませんよ」
 ランプ氏はこんこんっと自分の頭を軽く小突く。中也はお茶をずずっと啜った後こう言った。
「それならばその頭を活かす仕事をすればいいじゃないですか。乗りかかった船ですから、ぼくもあなたの就職活動に協力しますよ」そうしてすっと立ち上がり、中也はタンスから何やら衣装を取り出した。「どうだいアキ姉。どこかのお偉いさんに見えるだろう」
 中也はどこかの独裁者のようなちょびヒゲを貼り付け、髪の毛をオールバックにし、そして悪趣味でド派手なスーツを着込んだ。その上お腹に詰め物を入れて恰幅の良い体型になった。締めにグルグルメガネをかければ、どこからどう見ても成金親父、という姿である。顔以外は。
「よく似合ってるわよ中也くん。七五三みたい」
「そ、そんな雑な変装してどうするんですか?」
 中也がそんな格好をしていても若すぎて威厳なんてまったくない。しかし中也は自信がありげである。
「なに。ぼくのような無個性な人間は変装しても見抜かれにくいんですよ。それにぼくの異能があればどうとでもなります」
「そんなものですか……」
「そうです。さあ、ではランプさん。ちょっと出かけましょう」




 ランプ氏が中也に引き連れられてやってきたのは双葉区の郊外にある人口山だ。
 その人口山の奥では、厳かなヒゲを蓄えた小人たち――ドワーフがせっせせっせと何やら山に穴を開けており、「ハイホー♪ ハイホー♪ おっとこれ以上はいけねえ」などと歌いながら楽しそうに仕事をしている。
「中也さん。彼らは何をしているんですか?」
 小人たちがツルハシやスコップを持って山を削っているのを、ランプ氏と中也は物影に隠れながら見つめていた。
「彼らドワーフはここで炭鉱を作っているんですよ」
「炭鉱? 人工島のここに?」
「ええ。もっとも、まともな炭鉱ではなく異界と繋がった炭鉱ですけどね。ランプさん、ここがあなたの仕事場になるわけです」
 当然ながら未開発の炭鉱内は真っ暗で、ドワーフたちはヘルメットについている照明だけを頼りに作業をしている。その灯りだけではあまりに心細い。
「というわけで親方さん。うちのこのランプをお使いになりませんか」
 中也は威厳を保ちながら、ドワーフの親方へと掛け合った。当然ながら親方は「はあ?」と、一際長いヒゲをさすりながら胡散臭そうな顔で応対する。だがそれも予定の内である。中也はどんっとランプ氏の背を押して親方に突きだした。
「“これは百年の実績を誇る我がエントロピー社の最高傑作、人型照明器具RXです。どんな暗闇でも昼のように灯りを照らすことができます。しかも電池も電線も不要。すべてこのランプの自家発光ですから。世界中、様々な工事の場で活用されているのです。実用実績ナンバーワン。安心安全。格安を売りにしております”」
 中也は思いつきで大嘘をべらべらと喋り始めた。ランプ氏はこんなハッタリ通用するわけがないと思ったが、親方は「それはすごい」と手を打った。
「それで、利用料はおいくらで」
「“そうですね。このランプは人間と同じ扱いなので、使用料はそのまま日給ということで――”」中也はそろばんを取り出してパチパチと打ち出した。「“ざっとこんなものでどうでしょう。今回は初回ということで大分お安くしておきますよ。ただ契約が終わった後は、返して貰うことになりますが”」
「うむ。ではお願いします」
「“ご契約ありがとうございます。では、この契約書にサインを”」
 中也はあっという間にランプ氏の雇用(?)契約を済ませてしまった。この少年はとんだペテン師だなと、ランプ氏は呆れかえる。だが助かった。自分のこの頭が活用できる仕事につけるとは幸運だ。ランプ氏は中也に頭を下げて、仕事に励むことになった。





 それから数か月後、炭鉱工事も終わって、ランプ氏は借金を完済してもお釣りが出るほどに稼ぐことが出来た。雇用契約も終了し、たくましくなって帰ってきたランプ氏は、挨拶をするために再び夏目姉弟のアパートに訪れた。
「よかったですねランプさん」
 晶子はにっこりとほほ笑みながらランプ氏にお茶を出した。その隣には中也もいる。
「ええ。これで借金地獄から解放されました」
「これからは借金を作らないように、変な女に騙されちゃダメですよ」
 中也は苦笑混じりにそう言ったが、ランプ氏は首を横に振った。
「いいえ。わたくしはまだ雪姫さんのことを諦めてはいません。借金を返して、余ったお金でこれを買ってきたのです!」
 ことんっとランプ氏はちゃぶ台の上に小さな箱を置いた。これは中也たちもドラマやなんかで見たことがある。
「ランプさん……これってまさか……」
「そう、婚約指輪です! しかも一番高級なやつ! これで貯金も生活費もまたゼロになりましたが後悔はしていません」
 そう言うランプ氏の頭はピカピカと光っていた。
 中也は呆れて物も言えなかったが、彼とは対照的に晶子はきゃっきゃと大喜びである。
「結婚するんですか、おめでとうございます! 私も結婚式に呼んで下さいね。お幸せに!」
 とランプ氏の恋に感激していた。しかもランプ氏は照れたように頭をぽりぽりと掻いている。
 そもそもまだ付き合ってすらいなかったんじゃ……と思ったが、中也はもう深く考えるのをやめた。
「おっと。もうこんな時間だ。では、そろそろ雪姫さんとの約束の時間なのでこの辺でおいとまさせていただきます」
 ランプ氏は時計を確認して立ち上がり、婚約指輪の入った箱をしまい込む。その手は震えており、本当は緊張しているのだろうと中也は思った。
「ランプさん」
「はい?」
「“頑張って下さい。あなたは立派な人だ。きっと雪姫さんも振り向いてくれます。だから、自信を持ってください”」
 ランプ氏を呼び止めて中也は最後にそう言った。異能《ペテン》を使い、彼に自信を持たせることが中也に唯一出来ることであった。
「私も応援してますよ。頑張ってください」
 晶子にもそう言われ、ランプ氏は頭を下げ、「ありがとうございます」と出て行った。






 美しい夜景が見える双葉公園の展望台、そのベンチでランプ氏は愛しい雪姫と待ち合わせをしていた。こういう時、もっと緊張して、心臓が破裂するほどドキドキするかと思ったが、どうやらさっきの中也の言葉《ペテン》が効いたのか、ランプ氏はどしっと男らしく構えていた。
「こんばんは、ランプさん。お待たせしましたわ」
 冷えた夜の空気に、凛とした声が響く。ランプ氏が後ろを向くと、そこには世にも美しい雪だるまが立っていた。真っ白な肌と丸々とした体が描く曲線は蠱惑的で、妙な色気があり男たちを魅了させる。石炭で出来た目に見つめられたら凍えてしまいそうだ。
 ランプ氏もまた、彼女の美しさに魅入られていた。
「ああ、雪姫さん。わたくしも今来たところなんですよ」
「そう。それはよかったわ。隣、いいかしら」
「どうぞ、ここにお座りください」
 ランプ氏は胸ポケットからハンケチを取り出して、ベンチの上に置いた。
「あら、紳士ね」
「いえ。当然のことですよ」
 ランプ氏にエスコートされるまま、雪姫はハンケチの上に腰を下ろした。じんわりと雪が染みこむ。
「ランプさん、あなたなんだか前に会った時と違うわね」
「そうですか?」
「ええ。なんだか落ち着いているもの。いつもはオドオドとしていて、気弱な感じがしてあたしの好みでは無かったわ」
「はは……」ランプ氏は雪姫の歯に衣を着せぬ物言いに苦笑する。だが彼は彼女のこんな性格にも惚れているのである。「わたくしは少しばかり力仕事に励みましたからね、そのおかげもあるんでしょう」
 ランプ氏が自慢げに力こぶを作ると、そっと雪姫は彼の腕に触れ、つつっと自分の身体を密着させた。
「ほんと、逞しいわ。抱かれたい……」
「ゆ、雪姫さん……!」
 なんてことだろうか、雪姫はランプ氏のことを見直していた。
 これはいける。絶対にいける。
 指輪を渡すチャンスは今しかない。
 ランプ氏は意を決し、ポケットの中に手を突っ込んで箱を握り締める。だが雪姫はさらに体を密着させ、豊満なバストがランプ氏の腕に沈んでいく。
「あ、あ―――――――!」
 ランプ氏の頭が激しく光った。
 あまりの気持ちよさに、ランプ氏は興奮してビカビカと限界まで電球を発光させてしまったのだ。感情が高まると光の制御が出来なくなり、光り輝いたままになってしまう。
「す、すいません雪姫さん! 眩しいから目を瞑っていて下さい。今光を落としますから――」
 と、ランプ氏が隣の雪姫に言ったのだが、もうそこには誰もいなかった。
 ただベンチに雪交じりの水が溜まり、ぽとぽとと地面に落ちているだけである。
 雪だるまの雪姫は、ランプ氏の発熱に耐えられずに溶けて消えてしまったのだった。いや、水に変化しただけで、雪姫は存在していた。だが随分とご立腹のようだ。
「あたしを溶かすなんて酷い人! もう二度と連絡してこないで! さようなら!」
 ぶりぶりと怒って、水状のまま雪姫は去って行ってしまった。
「…………」
 後には茫然とするランプ氏だけが残された。
 告白する前に失恋してしまい意気消沈したランプ氏の頭の光は、ふっと消えてしまう。彼の心情を表すかのように、虚しく冷たい風だけが吹いている。
「はあ。結局わたくしは女の人に嫌われる運命なんだ……」
 失恋の悲しみに暮れたランプ氏は、絶望していた。
 彼女のためにあれだけ苦労し、頭も電球になり、借金も抱え、それを返すために何か月も炭鉱に潜ったのだ。それにも関わらず、恋は一瞬で終わりを告げてしまった。
「……死のう」
 ランプ氏はこの世の終わりというような声で呟いた。
 この電球頭でいる以上、自分は一生幸せになることはないだろう。
 もう人生を終えてしまうのがいい。これ以上生きていても、きっと何もいいことはないのだ。
 公園の立ち入り禁止ロープを解き、これで首でもくくろうとランプ氏は覚悟を決める。途中で枝が折れるなんて間抜けなオチがないよう、この公園で一番枝のしっかりとした木を捜して首吊り用にロープを結んだ。
 ゴミ箱を足場にし、ランプ氏はロープに首を通す。
「ああ。さようなら現世。父さん、母さん。先立つ不孝をお許しください。アーメン」
 えいっとランプ氏は足場を蹴った。
 ロープがきゅっときつく締まる。
 だがランプ氏は死ぬどころか意識が遠のくこともなく、ぶらんぶらんとまるで、てるてる坊主のようにロープに揺られることになった。
「……あれ?」
 なんでロープが首に締まらないんだ、と思ったがそれも当たり前だった。電球の頭を持つランプ氏の首は、口金という金属部品だ。だからロープなんかが締まるわけがなかった。
「…………ぷっ。ぷはははははははははははははは!」
 自殺にすら失敗してしまったランプ氏は、もうすべてがどうでもよくなってしまった。一周回って笑えて来た。ただ情けない自分に照れ笑いするだけである。
 絶望から一転、逆にランプ氏の心は逆にテンションが上がっていた。
「はあ。死ぬなんてくだらないよな。やっぱ生きててよかった」
 ここで自殺が失敗したのはきっと天からの報せなのだろう。これから何かいいことがあるかもしれない。
 女は星の数ほどいる。別れがあれば出会いもあるのだ。
 そう思うと、自然と希望が溢れてきた。
 そんなランプ氏の気持ちに呼応するように、ランプ氏の頭は再び光り始めた。その光はただ激しいだけではない、温もりを感じさせるものであった。
「あら、綺麗な光ね。ちょっと寄らせてもらっていいかしら」
 ふと、どこからか声が聞こえてきた。
 声の方を向くと、そこには人間サイズの大きな蛾が飛んでいた。いや、正確には蛾そのものではなく、蛾人間とでも呼ぶべき者である。美しい女性の背中から、鱗粉をまき散らす羽が生えているのだ。頭からはみょんっと可愛らしい触覚も伸びている。
「は、はい」
 ランプ氏が返事をすると、蛾女は寄り添うように彼の近くで飛んだ。蛾の習性なのか、彼の電球の光に惹かれてやってきたようだ。
「本当に温かい光。ずっと傍にいたいぐらいだわ」
 蛾女は長い睫を瞬かせ、ランプ氏をじっと見つめる。
 ランプ氏はまだ自分のポケットに婚約指輪が収まっていることを、ふと思い出していた。



    ※ ※ ※



 そしてそれから幾月も過ぎ、翌年のお正月。夏目姉弟のアパートに一通の年賀状が届いた。
「中也くん、見て見て! これ見て―!」
 こたつの中に入って中也がみかんを剥いていると、ドタバタと晶子が年賀状を持って飛び込んできた。
「どうしたのさアキ姉」
 晶子から年賀状を受け取った中也は驚く。
「ねえねえ。よかったね中也くん。あの人幸せになったみたい」
「そうだねアキ姉」
 また一枚返事を書く年賀状が増えたな、と中也は手紙とペンを取り出した。
 届いた年賀状は写真つきだ。そこには『子供が出来ました』という文字と共に、ランプ氏とその奥さん。そして電球の頭と蛾の羽を生やしている赤ん坊が、幸せそうに映っていたのだった。


 おわり






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