【招き猫の飼い主 第二話】


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 なんとか母親と妹からの質問攻めを誤魔化し通し、|福永《ふくなが》|幸助《こうすけ》は「まね子を送り届けに行く」と嘘をつき、彼女を連れて家を飛び出した。

「――まね子……まね子かぁ」
 幸助がその場の勢いで|木根《きね》まね子と名付けた招き猫の少女が、彼から顔を背け何やらブツブツと呟いている。彼女の表情が伺えず幸助は困り果てた末、
「ねぇ、どうかした?」
 気弱な幸助は意を決してまね子へと声をかけた。
「えっ!? ……ってお前《めぇ》「どうかした?」じゃねぇよ! こんなだっせぇ名前付けてくれやがって!!」
 自分の世界へと入り込んでいたまね子にとってそれは余りに唐突で、大慌てでその場を取り繕うかのように険しい表情で幸助を睨み――額の傷があるとはいえ普通にしていれば十二分に可愛い容姿をしているというのに――大声でまくし立てた。
「えっ!? ごめん、僕あの時咄嗟だったから……。そうだよね、変だよね。どうしよう……」
 彼女に気圧され幸助すぐに謝り返しウジウジと考え込んでしまい、そのまま二人は目線を合わせずそのまま黙りこくる。そして、その沈黙に耐えられなくなったのかまね子は、
「ったく、めんどくせぇ野郎《やろー》だな。しょうがねぇからその名前貰ってやるよ。ほら、その、何だっけ?」
「……まね子。木根、まね子」
 今一度幸助から貰った名前を呼ばれ、まね子はふっと小さく微笑むと、
「そうそれ。折角お前《めぇ》が命名してくれたんだ。ありがたく名乗らせて貰うぜ」
 そして彼女は幸助へと振り返り彼の肩をポンと叩き、
「オレは今日から木根まね子だ。まぁ不束者《ふつつかもん》だが改めてよろしくな、|ご主人《コースケ》!」
 言って、幸助に向かってとても嬉しそうにニッと笑って見せた。
「でさ、コースケ。もう耳出していいか? これ仕舞っとくと疲れるんだよ」
 まね子は幸助の返事を待たずに猫耳と尻尾をひょこりと跳び出させた。幸助は少しばかり人目が気になったが、様々な変身系異能者も数多くいるこの島なら大丈夫――だろうか? いや多分大丈夫だろう。

 そして、そのまま二人は特にあてもない散歩に出かけることにした。





 【招き猫の飼い主】
    第二話 大事なご主人





 家から数百メートル歩き、二人は双葉公園へと辿り着いた。ゴールデンウィーク明けの公園内には、楽しそうに遊んでいる子供たちや家族連れ、散歩をしている老夫婦やカップルの姿がちらほらと覗《うかが》えた。
 幸助たちは途中の自販機でジュースを二本買い、公園のベンチに二人横並びに腰を下ろし一息つく。
 葉桜が初夏の日差しを遮り、温かく緩やかな風が辺りをそよぐ。まだ汗ばむほどの気候ではないが、程なくしたら長袖も不要となるだろう。

「そういえば君は……招き猫の化身なんだよね? 変な質問だけど、いったいどれくらいのことができるの?」
 ひとまず幸助の目下の疑問がそれだった。確かに招き猫の置物から現れたとはいえ、この子がどれだけのことが出来るのかまださっぱりわかっていない。
「お前、オレの能力を疑ってやがんな? よし、それじゃあこうしようぜ。今誰か呼んで欲しい奴とかいるか?」
「え、っとそうだなぁ。なら式《しき》も……」
 突然聞かれてふと思い当ったのは、幸助が憧れているクラスメイトの女子だった。
「よし、もう何も言うな。手」
「……は?」
 まね子は幸助の言葉を遮《さえぎ》ると彼へ右手を突き出し、ひらひらと振って見せた。
「いいからちょっと手ぇ貸せよ、手」
「なんで君と手をつながなきゃならないのさ」
 急に周りの目が気になり、幸助は頬を赤らめてしまう。そして場を取り繕うように手にしたジュースを飲み干すと、まね子から少し距離をとるようにベンチの右端まで座る位置をズリズリと離していった。こんなところで女の子(しかも猫耳和服少女)とベンチで二人並んで座り、あまつさえ手を繋いでいるなんてことが知っている人に見つかったら何を言われるかわかったもんじゃない。
「いちいち五月蝿《うるせ》ぇな。俺の能力は例えば「客」みてぇに不特定多数を呼び込むならまだしも、特定の誰かを呼ぶとなると相手の情報をオレ自身が知らなきゃどうしようもねぇだろ?」
 言って、まね子は幸助の空けたベンチのスペースを詰めて座り直す。
「あぁもう、わかったよ。って、もしかして手を繋ぐだけでこっちの考えてることがまね子に伝わっちゃったりするの?」
 幸助は恐る恐る彼女へと左手を差し出す。まね子は右手で乱暴に掴み取ると、
「そりゃ無理だ。オレがわかるのは「そいつが誰と会いたいか」だけだ。……っと、よし。それじゃこのまま呼んで欲しい奴のことを想像しとけ。今からこっちに来るように仕向けてやっから」
「え、まさか今呼んで今すぐ来るの!?」
 慌てて手を離そうと強く引いたが、時すでに遅し。
「んだよ、女かよ」
 早速「今逢いたい人」を見透かされてしまい、幸助は耳まで真っ赤に染まる。
「……そんなの僕の勝手じゃないか。聞かれて咄嗟に思いついたのがその子だったんだから」
「あ? 別に何も言ってねぇだろ。いいか、やっからもう黙れ、じっとしてろ」
 まね子はすっと目を閉じ、左拳を顔の高さで上下にゆっくりと招いてみせる。口は悪いがこうやっておとなしくしている横顔はとても可愛らしい女の子に見えるのに……と、彼女の右側へと座っていた幸助はしばらくその様子を眺めていた。
 ふと、ちょうど視界に入る彼女の右目沿いの傷跡が気になった。やはりまね子はキズ物になってしまったのが原因で捨てられてしまったのだろうか――。
 クスクスという笑い声が耳に届き幸助は我に返る。視線を正面へ戻すと、ちょうど彼らの座るベンチの前を通り過ぎていった二人組の女子高等部生の姿があった。
 見られた、笑われた。先ほど浮かんだ不安が再び脳裏によぎり、幸助は背中に嫌な汗が滲《にじ》んで行くのを感じた。今のは全く知らない人だったからいいものの、例えばこれがクラスメイトとか――特に自分をからかってきたり掃除を押し付けてきたりするあのガラの悪いグループとか――だったりしたらと思うと……。
「終《お》ーわりっと」
 まね子の声と共に繋いでいた手がほどかれる。彼女は怪訝そうな表情で幸助の顔を覗きこむと、
「お前、途中で余計なこと考えただろ」
「しょうがないじゃないか、人に見られて恥ずかしかったんだから。もしかしてその事だけに集中するべきだった?」
 幸助の心配事など全く関係のないまね子は、ぱっと勝ち誇った表情へと変わり「出来ればその方がいいんだがな、まぁ問題はねぇはずだぜ」と言い放った。
「……問題ないって、何かが起こったのかって気がしないんだけど。これでもう大丈夫なの?」
「あぁ。もう早速こっちに向かってると思うぜ」
 まね子はニヤニヤとしながらジュースを喉へと流し込んだ。そんな彼女の言葉に幸助はふと気になる点が思い当たり彼女へと尋ねてみる。
「早速こっちに、って……。あれ? それって僕が呼んだってあっちにばれてないよね?」
 相手が相手だけに自分が呼んだことがばれたらすごく恥ずかしい、という気持ちがある。むしろばれると困る。
「ばれねぇばれねぇ心配すんな。これっくらいなら、相手の心理の中で適当な理由が構築されて『ちょっとあいつの所に行かなきゃ』って思い浮かんで、優先的に行動を起こすってだけだ」
「絶対にばれない?」
「しつっこいな、オレを信用しろって」
 まね子はオロオロとしている幸助の背中をバシバシと叩いてやる。――と、幸助の学生証へと着信が入り二人揃ってビクリと反応してしまった。

「……もしもし?」
「もしもし。私、|式守《しきもり》ですけど」
 電話の主はちょうど今まさにまね子の能力で幸助の元へと呼び込んだ相手、|式守《しきもり》|晴香《はるか》だった。
「えっ……と、え、本当に式守さん!? ど、どうしたの?」
「私さ、今日の掃除の時間に……ちょっとフクスケ君にキツく言い過ぎたたかなってさっき急に気になり出しちゃって」
「……うん」
「だから、もしフクスケ君が今時間大丈夫なら謝りに行こうかと思ったんだけど」
「今から!?」
「うん、できれば直接会って謝りたいし。次に学校で会うときにしちゃうと土日挟んで明々後日《しあさって》になっちゃうから」
 その会話の全てがまね子に聞かされた説明の通りに事が進んでいるという状況に幸助は大いに驚いた。
「でも私フクスケ君ちの住所わからなかったから、こうやって電話で聞こうと思って。今とりあえず双葉公園のほうに向かおうと思うんだけど」
「……何でまた双葉公園に?」
 確かに、幸助の家は双葉公園に近く数百メートルでたどり着く距離にあるが『住所を知らない』という晴香が何の脈略もなく口にしたことに対し、まね子の言葉が間違っていて実はここへ呼び込んだことがばれているのではないかという不安に冷や汗が浮かぶ。
「何でって――あれ? そういえば何でだろ。なんとなくそっちへ向かわなきゃって思って」
「そんな……でもやっぱりいいよ、僕は全然気にしてないし。そもそも式守さんの言ってた方が正しいんだし」
「ううん、でもやっぱり私の言い方も悪かったと思う。ほんとごめんなさい」
 そしてそのまま特に会話することもなく晴香から「急にごめんね、それじゃあまた月曜日に」と通信を切られ、幸助は学生証を片手に不満とも安堵ともとれない深いため息をついた。

「な、こっち来るって言われたろ? ってかせっかく呼んでやったのに何で断っちまうんだよ。お前」
「何でと言われても。そりゃ無理だよ、心の準備もできてないのに」
「ほんと、情《なっさ》けねぇ奴だなぁ」
「何とでも言って。いやでもこれって凄いな、まね子。ねぇ他《ほか》には何か出来ないの?」
「ほか?」
 結局晴香と直接会うチャンスを断ってしまったものの彼女と電話で話をすることができ有頂天になっている幸助は、彼女へと更なる期待を抱いていた。彼も人である。招き猫に期待するものと言えばそれはもちろん――
「やっぱりさ、招き猫が呼び込めるものっていったら人の他にも、ほら、お金とか、さ」
 目を輝かせ、隣に座るまね子を見つめる幸助に対し、まね子は彼を哀れむような目つきで見下し、深いため息を込めて答える。
「……はぁ。悪《わり》ぃがオレにぁ無理だよ」
「え? でもほら、君は招き猫なんだしちょっとくらい……」
「っとに面倒臭《めんどくせ》ぇ奴だなぁ。いいか、ちっと見てろ」
 言葉通り面倒臭そうに言うと、まね子はベンチを立ち上がり両膝を手で押さえて二、三度屈伸運動をしだす。そして屈んだ体勢で止まると握った左手を頬の横まで上げ「招き猫ポーズ」を取った。
 すると、何の前触れもなく彼女からカッっと眩《まばゆ》い光が放たれ――彼女の姿が消えると同時に傷のある招き猫の置物がそこに鎮座していた。
 まね子に「見てろ」と言われた幸助はベンチから腰を上げ、彼女の本体である招き猫の置物を上下左右からぐるぐるとじっくりと観察してみた。膝丈程の、左前脚を挙げた白字に三毛柄の招き猫。首には鈴を下げ、空《あ》いた右前脚はしっかりと大地に踏ん張っている。額から右頬にかけて一本ヒビが入っているが――
 ――空いた右前脚?
 程なくして置物が三度《みたび》光り輝き、まね子の姿へと戻った。彼女は地に屈んだまま幸助を見上げると、
「コースケ、わかったか? 今お前が想像してる招き猫と、さっきのオレとの違いがたぶんあると思うんだけど。何か気付かねぇ?」
「……その傷は関係ないよね?」
「ぶっ殺すぞ、お前」
 幸助に言われ、まね子は額の傷を右手で覆い隠すとギロリと睨み上げた。
「う、ごめん。でも……何か違和感がモヤモヤとはするんだけど。駄目だ、わからないや」
「……はぁ、そっから説明しなきゃならねぇのか」
「何だろう、腹の底から馬鹿にされてる気がするよ……」
 まね子は立ち上がるとワザとらしく大きなため息をつき、先ほどのベンチへと戻るとドサリと勢いよく腰を下ろす。そして自分の右隣の空きスペースをポンポンと叩き、幸助へと無言で「さっさと座れ」と促《うなが》した。
 今だにモンモンと考え込んでいた幸助はそそくさと彼女と並びベンチへと座り直した。
「まず、オレら招き猫ってのは大きく分けて二種類、いや三種類か。……あ、違《ちげ》ぇや、もっといるわ。えーっと、四、五、六……」
 まね子は首を傾げ両手の指を折り数える。
「そんなにいろいろな種類いるの?」
「――お前、|招き猫《おれら》を舐めんなよ? ……と、まぁとりあえず今は他の系統の奴らのことは省くぜ。とにかく、オレと同じ系統の招き猫は三種類いんだわ」
 まね子は右手の指を三本立て、幸助へと見せつける。
「今の見たろ? オレは人を引き寄せる『左前脚挙げの招き猫』だ。で、他に金運を呼び込むことのできる『右前脚挙げの招き猫』って奴。こいつらは空いた左手で小判を抱えてることが多いな」
 小判――そうか。幸助は置物となった彼女《まねきねこ》への違和感がそれだったことに気付く。
「あー……思い出した。右手と左手と小判の有無か。って、三種類目は?」
 幸助に訪ねられたまね子はムスっと表情を曇らせ幸助からそっぽを向くと、多少の間を開けた後に、
「………………左前脚挙げて、右前脚で小判抱えてる招き猫」
 ボソリと小さく呟いた。
 幸助はしばらく右手と左手を上げ下げしながら考えていたが、
「あ、僕がイメージしてるのってそのタイプだ。つまりその三種類目の招き猫なら人とお金と両方引き寄せられるってことだよね?」
 ポンと手を打ち彼女へと向いた。しかしまね子は幸助に背を向けたまま、
「…………あぁ、そうだよ!!」
 まるで逆鱗に触れられたかのように彼へと大声で怒鳴り返した。
「あれ、ごめん。何か怒ってる?」
「怒ってなんかねぇよ! もういいだろ、帰るぞ!!」
 そして彼女はそのまま幸助と目を合わせないままベンチを立ち上がり、彼へと振り返ることもなく勝手にスタスタと歩きだした。
「ちょっ、待ってよ」
 幸助は慌てて彼女の後を追った。まね子が小声で「……余計なこと言っちまった」と呟いたが、幸助の耳には届かなかった。



 幸助は早足で双葉公園内の遊歩道を進むまね子の後姿を追いかけていたが、ふと、緩やかにカーブを描《えが》いた先のベンチに腰を下ろしゲラゲラと馬鹿笑いをしている二人組に気づき、
「うわ、最悪だ……」
 小声で呻く。このタイミングでよりにもよって、それは放課後に幸助へと掃除当番を押しつけていったクラスメイト達だった。
 こんなところを見つかったら面倒事どころの騒ぎじゃない。ばれないうちに逃げようかと考えたのだが、幸助の事情など知る由《よし》もなくスタスタと先行していくまね子の姿に気付いた彼らがこちらへと振り向いた。
「お、フクスケじゃん」
「奇遇じゃねーか、ちょうど今お前の話《はなし》して――って、おいおいおい!? なにこいつ、すっげー可愛い子連れてんぜ!」
「なっまいきー。しかもこの子って変身系異能者? 猫耳に尻尾でしかも和服姿なんてマニアック過ぎんぜ」
 二人はベンチを立ち上がると幸助達の進路に立ちふさがり、いやらしい目つきでまね子に見入っていた。とりあえず異能者と勘違いしてくれたおかげで、どうやら人へと変身した|招き猫《ラルヴァ》だとは気付かれてないらしいと幸助はひとまず肩をなで下ろす。
 しかし、彼の隣でただでさえイライラしている様子だったまね子はその上さらに行く手を遮られてしまい、
「コースケ。何だこのガラの悪い奴らは」
 感情が直《ちょく》で現れているのか、無理矢理絞り出したかのような低い声で幸助へと尋ねた。
「ねぇもう機嫌直してよ、まね子……。この二人は山本君と宮沢君。僕のクラスメイトだよ」
 幸助はなんとかまね子をなだめすかしながら二人のことを説明する。しばらく二人組を睨んでいたまね子は幸助に聞こえるかといった小声で「なるほど、そうかこいつらさっきコースケの雑念に出てきた……」と舌打ち混じりに呟く。
 幸助たちのそのやり取りを聞いた彼らはいつもの調子で彼らを囃し立て始めた。
「よぉ。お前ら名前で呼び合ってんの?」
「なぁなぁ、まさかフクスケのカノジョなんかじゃねーよな!?」
「カノジョだなんて。違うよ、この子とはそんなんじゃ……」
 幸助が大慌てで否定すると、
「まじで!? じゃあさじゃあさ、俺らのこと紹介しろよ。一緒に遊ぼーぜ!」
「まぁもちろんフクスケ君には途中退場してもらうけどな!」
「え、それはちょっと……」
「んだよ、いいじゃねーか減るもんじゃねーし。お前ちょっとどけよ」
 更に追い討ちをかけられてうろたえる幸助を二人はゲラゲラと笑い合い、そして腕っ節の強い宮沢が幸助の肩を突き飛ばす。
 幸助と彼らとは今年初めて同じクラスになった仲といった程度で、中学三年に進級してまだ一ヶ月とちょっとしか経っておらず幸助はまだこの二人のことをよく知っているというわけではなかった。ただ、元々旧知の仲だった山本と宮沢は、これまではオドオドしている幸助を嘲弄の的《まと》にしているだけであり、直接暴力を奮われたのはこれが初めてだった。
「えっ――――がはっ!」
「コースケ!?」
 幸助は宮沢によってその場に「突き倒す」ではなく、約数メートル離れた遊歩道沿いの垣根へと文字通りに「突き飛ばされ」た。例え宮沢が人並み以上の腕力を有しており、また幸助が人よりも小柄であったとはいえ、それは一般中等部生が引き起こすものと考えるにはあまりに異様な威力だった。
 そして、着物の袖を翻《ひるがえ》し急いで幸助のもとへと駆け出そうとしたまね子の肩に山本が腕を回して引き留め、その指先で彼女の顎先をゆっくりと撫でながら、
「あんな奴ほっといてさ、俺達と一緒に楽しいことしねぇ?」
 耳元へ顔を寄せ優しく囁いた。しかしまね子は彼へと一切見向きもせず、猫のように鋭い八重歯で彼の指先に噛みついた。
「った!」
 山本は突然の激痛に悲鳴を上げまね子から飛び退いたが、すぐさま彼女の左襟首を掴み上げ鋭く睨みつけた。
「このクソアマがぁ……こっちが優しく声掛けてやってりゃいい気になりやがってよぉ……!!」
 いくら彼女が気の短く怒りっぽい男勝りな性格の|招き猫《ラルヴァ》とはいえその容姿は線の細い人間の女の子である。男相手に腕力で挑まれてしまっては体力的な差は歴然だった。――が、
「――――離しやがれ」
 言ってまね子は左手で拳を握ると力いっぱいに振り降ろす。すると、まるでその拳に引き寄せられたかのように山本の体が地面へと叩きつけられた。
 山本の手から離れたまね子は幸助の元へと駆け寄ると、彼の手を引き立ち上がらせて背中や腰回りの砂や葉っぱを払い落してやる。
「大丈夫か、コースケ」
「うん……僕は大丈夫。って、まね子それ……」
 幸助は、自分の傍らに寄り添うまね子の左襟がいつの間にか鋭利な刃物のような何かによって切り裂かれていることに気付いた。皮膚には傷は見当たらなかったものの彼女の胸元の柔肌が露わになっており幸助は淡く頬を染める。
「あんの野郎《やろー》、オレの大事な一張羅を……」
 まね子は服を切り裂かれた左襟辺りを右手で押さえ、地面から起き上がった山本をきつく睨みつける。山本もまた負けじとまね子へと歩み寄る。
「ムカついた、あいつらぶっ倒してやる。おいコースケ、お前もオレと一緒に相手しろ」
 いきなりとんでもないことを言い出したと、幸助はまね子へと大きく首を横に振った。
「え!? そんな、無理だよ勝てっこないよ。それに僕は喧嘩なんかできないし……」
「お前……オレ一人に男二人を相手しろってのか? いくらオレでも腕力勝負じゃ相手にならねぇんだからな。いいからやれ、オレが絶対に守ってやっから!」
 切り裂かれた着物を抑えてるまね子の右手が強く握られる。山本達に凄みをきかされ、まね子からは無理難題を押し付けられ、窮地に立たされた幸助の脳裏に一つの疑問が浮かんだ。
 さっきまね子の服を切り裂いたのは恐らくは山本のはずなのだが、彼は今ナイフ類を所持していなく、また隠した様子もポケット等に仕舞った仕草もない。先ほど二人がもみ合った際に破れたのであるならわからなくもないが、一体どうやってまね子の服を切ったというのか――。

「あの女、ぜってー許さねー……」
「おぃ山本、やっぱりこの女、変身系の身体強化異能者か? さっきお前ぶっ倒されてたじゃねーか。しかもあの顔の傷とかけっこー戦闘経験あったりすんじゃね?」
 山本の隣へと並んだ宮沢が、自身の右額を指差しながらまね子の傷のことに触れる。それを聞きまね子の耳がピクリと反応した。
「宮沢、てめーびびってんじゃねーよ。さっきは不意打ちでやられちまったが、このまま引き下がれるか。たとえ異能者だろうと相手はたかが女とフクスケだけなんだぜ!?」
「確かに、そりゃそうだ」
 宮沢はハッと鼻で笑い、近くに並べられてあった簡易ベンチを脚で高く蹴り上げ、落下してきたそれを拳一発で真っ二つに殴り壊し、雄叫びをあげた。
「っしゃあらぁーー!! 痛い目見たくなけりゃ素直に言うこと聞いといた方が身のためだぜぇ!?」
「弱虫フクスケも女の前だからって似合わねーことしねーよなぁ?」
 幸助は二人にたじろぎ一歩後ずさる。しかしまね子は彼らと対峙したまま、
「なぁコースケ。こいつらもなんか変な力持ってるみてぇだな。一人は切断系、もう一人は殴打系ってところか?」
 不意に、まね子が核心に触れる。たしかにまね子の言う通り、山本は刃物を持たずにまね子の衣服の右袖を切り裂いた。先ほどの宮沢も常人ならざる腕力で公園のベンチを一台殴り壊している。この二人はもしかして――――
「うん。この島には異能者っていって不思議な力を持った人間が沢山いるんだけど……、でもなんかちょっとおかしいんだ。確か山本君たちは異能者じゃなくて一般学生として学園に通っているはずなのに……」
 幸助の言葉に山本達は互いに目配せすると鼻で笑い合う。
「へっ、遊ぶ時間削ってまで異能者向けのカリキュラムなんかうぜぇもん受けてられっかよ。めんどくせぇ」
「そんな、他の異能者の人たちはみんなラルヴァ討伐とかいろいろと頑張ってるのに……」
「んなもん俺らの知ったことか。正義だなんだと自分の力を過信して勝手に死地へとむかってるだけじゃねーか」
「バレなきゃいいんだ。フクスケもチクんじゃねーぞ?」
「ばれなきゃって……。でも、二人が本当に異能者だったら、こんなことしてたら風紀委員が黙ってるはずがないよ!」
 幸助が力説する。異能者が能力を乱用して問題を起こしようものなら学園側が対処へと動くに決まっている。しかし幸助の言葉を聞いた山本達は平然とした様子で、
「頭悪いな、フクスケ。だから今からお前らを黙らせるんじゃん」
 さらりと言い捨てた。
「さてと、邪魔なフクスケはさっさと潰《つぶ》す。そしたら二人がかりであの女を……」
「へっ、オレがお前ら如きに負けたりするかよ」
 まね子はニヤリと笑い彼らを挑発した。
「……チョーシに乗ってんじゃねぇぞ、コラァ!!」
 既に二度やられている山本が叫び、二人はまね子達へと襲いかかった。


 ――それは終始一方的な喧嘩だった。どんなに強い腕力を持とうと、指先を刃物のように扱う能力を持とうと、それが近接攻撃でしか効果を発揮できないのであれば相手に触れられない限りはまったくの無意味であった。
 まね子は幸助に背を向け二人の追撃をかわしつつ、力強く握った拳を突きつけ、そして何も掴まずに振り降ろす。一度喰らった山本は一歩身を引いたが、突っ込んできた宮本は、
「うわっ!?」
 彼女の左拳に導かれるようにそのまま地面へと転がり倒れた。
「宮本、あの左手に気をつけろ!」
 山本が叫ぶ。
「気をつけてどうにかなればいいけどな」
 まね子は数メートル程距離を取った山本へと左拳を向けすぐさま一気に引き戻す。まるで見えないロープで繋がれているかのように山本の体が彼女の左手に引き寄せられ、ちょうど立ち上がった宮本へと激突した。
 まね子の左手に振り回され、二人はそのまま立ち上がっては引き倒されてを、何もできないまま動けなくなるまで何回も何十回も繰り返させられる羽目となった。
「いいか。コースケは相手の気持ちも考えてやれないようなウスノロ野郎だがな、それでもオレの大事なご主人だ。こいつ以下のお前《めぇ》らカスどもにゃあ好き勝手させやしねぇぜ!!」
 まね子は折り重なるように地に伏せたまま気を失っている山本達を見下ろし、肩で息をしながらも力強く啖呵を切った。


「ねぇ、まね子。さっきのあれってどうやったの?」
「あ?」
 ほとんど何もせず三人の喧嘩を――そのほとんどがまね子の独壇場だったのだが――眺めるしか出来ないでいた幸助は、彼女の持つ能力が気になって仕方がなかった。いくらラルヴァとはいえ|招き猫《まね子》があんなに戦うことが出来るなんて想像だにしなかったからだ。
「オレの左手はな、普通に招けば相手の心を呼び寄せるだけだが、全身全霊を込めて全力で招けば、相手の意思を無視してその肉体ごと引き寄せることができんだ、すっげぇ疲れるけどな。それだけだよ」
 まね子の説明に幸助はぐうの音も出ずに立ちつくした。まね子は額の汗を拭うと、肩をほぐすように左腕をぐるぐると回し、
「オレもう力を使い果たした。今度こそ帰るぞ。着物も直さねぇとならないしな」
 言って、幸助を促し足早に家路につこうとした。しかし幸助は彼女の後を追わず、
「でも、山本君達をこのままにしていくわけにも……」
「……あのなぁ。こいつらはお前を潰すとか言ってた奴らだぞ? 放っとけよ」
「だからって……」
 後ろの二人組を気にする幸助にまね子は苛立ったのか舌打ちすると、
「お前はさ、そんなんだからさっきみたいに舐められんだよ」
 踵を返し、地に伏せた二人の元へと屈みこむ。
 そして、右手で相手の肌に触れ左手で数回招く行為を二人それぞれに施す。幸助はまね子の傍らへと移動しその様子をしばらく眺めていた。
「これで――まぁオレには誰が来るのかはしらねぇが――今こいつらの知り合いがこっちに向かうように呼び寄せといた。これでいいだろ?」
「うん、ごめん。ありがとう」
 幸助からの感謝の言葉を受け、まね子は立ち上がらないまま彼を見上げると、少し寂しそうに微笑んだ。
「……せっかくコースケと一緒に家まで歩いて帰るだけの力は残しておいたのによぉ、今度こそホントにスッカラカンまで使いきっちまったぜ」
「え?」
 屈んだままのまね子の体から、今までとは比べ物にならないほど限りなく力なく淡い光がこぼれ出す。
「途中で棄てたりしないで、ちゃんとコースケんちまで連れて帰ってくれよ……。頼んだぜ、|ご主人《コースケ》」
「まね子……」
 光が収まると、幸助の足元には額にひびの入った招き猫の置物へと戻った彼女の姿があった。
「棄てるわけがないじゃないか」
 幸助もまた微笑み返すと彼女《まねきねこ》を大事に抱きかかえた。





 【招き猫の飼い主】第二話 完





 続【招き猫の飼い主】第三話





ツールボックス

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