【「大工部」の人たち 第二話 前編】


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【「大工部」の人たち 第二話 前編】

 蝉の声も煩く日差しもきつい7月25日の正午過ぎ、商店街の片隅にある空き地に佇むプレハブ小屋の前に30と少しの学生が集まっていた。
 男女の数はほぼ同数で、ほとんどがよく日焼けしていてラフな格好をしている。
 頭に帽子やバンダナなどを被り直射日光を遮ってはいるが、それでも暑いのだろう何人かが小屋が作る僅かな日陰に座り込んでいた。
 そんな集団の前に並ぶ4人の若者。第九建築部「通称:大工部」幹部である鳶縞キリ、楠木巌、美作聖、御堂瞬だ。
 キリは部員達に混じって談笑し、巌は腕を組んだまま普段どおりの仏頂面、聖は自分の学生証に目を下ろしてなにやら弄っていて、瞬はヤカンを片手に部員達に冷えた麦茶を振舞っている。
 しばらくして美作聖が弄っていた学生証を畳み込むと、部員全員の学生証から情報着信完了を示す音楽が流れた。
 それぞれが着信音を変えているせいで騒音にしか聞こえないその音にキリが眉をひそめる。
「ちょっと皆、着信音はちゃんとベートーベンの『第九』にしないとダメじゃない!」
「イヤですよ完全にダジャレじゃないですか」
 頬を膨らませるキリを見て聖が呆れたようにため息を吐く。
 それを見て手を挙げた、髪を金髪に染めた部員が一人。
「俺古い洋楽好きだからカーペンターズじゃだめっすか?」
「それじゃただの英訳じゃないの、もっと捻りなさいよ面白みが無いわねー」
 やれやれ、と両手を肩まで上げてキリが首を振る。
 周りから「部長にだけは言われたくねー」という旨の意見が多数上がるがキリには何処吹く風だ。
 そんな光景も見慣れているのか、他の部員たちは特に気に留めずに受信された内容を確認していく。
 送られてきたデータには今回の「仕事」である建築物の図面と手順、それとタイムテーブルが示されていた。
 全員が学生証に目を通したのを確認すると注目を集めるためにキリが手を叩いた。
「はーい、それじゃお仕事よ。
 送ったデータにあるとおり私と瞬くんは創(そう)の所へ行くから、皆は巌(がん)とせーちゃんに従ってね」
「現地への移動は徒歩、ここから10分くらいですね。
 着いたらすぐに超略式の地鎮祭を行います、それから作業しますので怪我しないように頑張りましょう」
 キリの後を聖が引き継ぐとそれに応えるように部員から了解の声が上がった。
 何人かの部員が手を挙げて質問すると聖がそれに応える。
 それが終わるとそれぞれが作業に向けて動き始めた。
「今日もあっちーなー」
「夏なんだからしょうがないべ、それに好きでやってんだろ?」
「ああ、お前もだろ?」
「あったりまえだ、汗かいた後の飯程旨いもんはねーよ」
 タオルを頭に巻いた少年とスポーツ刈りの少年が笑いあう。
 会話の内容が若干親父くさいのを覗けば青春の1シーンといえるだろうか。
「おーいおまえら、副部長歩きだしてんぞ」
「マジかよ! まーた黙って出発しちまったのか、合図くらいしてくんねぇかなぁ」
「今更今更、4ヶ月も付き合ってたら慣れちまったよ」
「ちげぇねぇな」
 巌が黙って出発したことに気付いた別の少年が注意する。
 何時ものことだが置いていかれない様に距離を開けられた男性陣が慌てて道具箱や機材を手に取り空き地を後にしていく。
「作業中はどうせ離すんだし日傘なんて差すの止めたら?」
「やーよ、私肌弱いんだから。それに私サイコキネシス班なんだから傘持ったまま作業出来るし」
「うわ、ずっるーい! 良いなぁ、あたしもそっちの能力の方が良かったな」
「消耗激しいから体動かすのよりも疲れるんだけどね、そっちは?」
「部長と同じで単純強化系なのよ、おかげでいつも副部長と一緒に力仕事なのよね……」
 良く日に焼けた褐色肌の少女と夏だというのに長袖を着込んだ色白の少女が自分達の能力について語り合う。
 周りにいる少女達も手に日焼け止めなどを持ち、やれどこのメーカーが良いかと話し合っているようだ。
「はいはい、雑談はそこまでにして出発するよ」
「あれ、男子達もう出ちゃったの?」
「あー! また副部長黙って出てるー! 部長注意してくださいよー!」
「そんなの無理よぅ、巌が無口なのは昔からなんだから」
 キリが笑いながら手を振るのを見た少女がため息をつく。
 こんなことだから部長、副部長よりも会計の聖の方が頼られているのだが……キリは特に気にしていないようだ。
 置いてけぼりをくらった少女達があまり重くない残った荷物を手に男性陣を追いかけて空き地から出て行く。
「じゃぁ瞬君は私とお散歩よー」
「え、えっと部長それはちょっと」
 出発していく女性人を眺め微笑みながらキリが瞬の頭をなでた。
 しかし、そこはさすがに見た目はベビーフェイスの瞬も中身は一応高1の男子として矜持があるのか嫌がる素振りを見せた。
 が、結局キリに丸め込まれて撫でられるがままになっているのが性格の弱さを良く分からせる。
「別に地鎮祭あるんだから急いでも仕方ないじゃない、のんびり行けば良いのよー」
「何言ってるんですか姐さん。
 地鎮祭は超略式なんですから、急いで材料を輸送してもらわないと今日中に終わりませんよ」
 部室に鍵を掛けていた聖がキリに鍵を渡しながら釘を刺す。
 普通は責任者が最後に確認をして鍵を閉めるものだが、大工部ではしっかりしている聖が戸締り確認を行っているようだ。
 気付けば部員もほとんどが空き地を後にしている。
「姐さん言うな!」
「あー、はいはいぶちょーぶちょー、これで良いですか?」
「ムギギギギギ、せぇちゃぁんちょっとお話しましょうかぁ?」
「け、喧嘩はダメですよぅ」
 キリと聖のは何時もの掛け合いで、じゃれあいに近い。
 しかし、そこに毎度涙目になりつつ仲裁に入る瞬の姿も何時もどおりの大工部の光景である。
 巌はキリがもし暴れだした際のストッパーとしている上にほとんど喋らないので巨体に似合わず存在感は薄い。
 既に出発しているのでそもそも今回はこの場にいないのだが。
「地鎮祭が始まる時に連絡入れますから、道草食わずに直行してくださいよ?」
「分かってるわよ、せーちゃんは冗談通じないわねぇ」
「冗談に聞こえないから言ってるんですよ!」
「あ、あの時間が! 急がないとダメなんじゃないんですか?」
「あーもうこんな時間じゃないですか、走らなきゃ……部長も急いでくださいよ!」
 制服のスカートを翻らせながら聖が十メートル程走ってから振り返り再度キリに釘をさす。
 苦笑しながら手を振るキリと時計を見て焦っている瞬を見て、聖は戻ろうかと逡巡したが自分も時間が無い事を思い出すと慌てて先ほどよりも速く走りだした。
 現場ではおそらく神社の関係者が地鎮祭を行うべく待っている筈だ。
 その関係者と話をするのに口下手な巌では少々身に余る。
 聖は先の少女の様に自分の能力が肉体強化系でない事に不満を覚え、走りながらため息をついた。





 キリと瞬はそんな聖の心情をまったく知る由も無く、その背中が曲がり角を曲がって姿が見えなくなるまで手を振りようやく歩き始めた。
 向かう先は資材管理を行う五人目の大工部幹部である源創(みなもと はじめ)が倉庫兼研究所としている倉庫だ。
「部長、急がないと時間がぁ」
「だーいじょーぶよ瞬君、急いだって碌な事無いんだからのんびり歩いていきましょ」
 鼻歌を歌いながらのんびりと大股で歩くキリの横をチョコチョコと瞬が追いかける。
 まるで飼い主に必死に着いて行こうとするチワワのようだが、それもその筈。その身長差はなんと35cm。
 当然一歩一歩の足の幅も違ってくるわけで、瞬の早足がキリののんびり大股と同じ距離を稼いでいた。
 が、それに気付いたキリが速度を緩める。
「ごめんごめん、のんびりよねー」
「い、いえぇ、急ぎましょう」
 速度を緩めたキリに対して速度を緩めない瞬。
 結果として瞬が真剣な顔でペースメイカーの如く先行して、そんな姿を見たキリが微笑みながら追う形となった。
 車通りが少ない為歩道の無い開けた道を定間隔で植えられた並木がコンクリートジャングルを彩り、蝉がその青春を謳歌すべく騒ぎ立てている。
 アーケードも無いため夏の日差しに汗を流しながら、しばし無言のまま足を進める二人。
 倉庫への行程の半分ほどを進んだ時点でようやく瞬が口を開いた。
「部長」
「なーに、瞬くん」
「力に、なれなくて、すいません」
「へ?」
 早歩きのせいか若干息を切らしつつ唐突に謝る瞬に、キリが思わず妙な声を上げ完全に面食らったようで馬鹿丸出しに口を開けたまま足を止めて立ち尽くす。
 着いてくる足音が止まったことに気付いたのだろうか、キリに背を向けたまま瞬もゆっくりと足を止めた。
「僕の能力で飛べたら、倉庫まで飛ぶことが出来たら暑い中歩かなくても良いのに。
 それに物を送ることしか出来なくて作業に参加出来ないのもっ」
 瞬にしては珍しくハッキリとした口調、それも大声で喋った。
 御堂瞬の能力は「テレポート」である。
 学園にいるほとんどのテレポーターは物質と人の両方を転移する事が出来るが、瞬にはそれが出来ない。
 出来るのは「生きていないもので、かつ転移先に行った事がなければ送れない」という不便な転移だけ。
 そういえば、とキリは以前読んだ瞬の活動記録を思い出した。
(ラルヴァ討伐隊に組み込まれたものの、体力不足と出動先に行った事が無い為物資の輸送もままならない。
 その為に「役立たず」扱いされて自ら除隊、それを巌が見つけて連れてきたんだったっけ)
 色々と調べたところ、いじめとかではなく少し厳しい戦場で体力の無さを叱咤された時に言われたそうだ。
 今の唐突な発言も溜め込んでいたものが出たのだろうか、ともすれば鬱病の気があるようにも思えるが最近仲裁役を押し付ける事が多かったしストレスを溜めさせすぎたのかもしれない。
 見た目どおりに精神的に大分弱い所があるんだろうなーと、キリはひとりごちる。
 しかし、少し昔を思い出せば自分もその戦場で走り回って隊長として部下の尻を蹴り飛ばしていたのだ。
 根性が無かったりひ弱なヤツは良く後陣の部隊へと送り返したのを思い出す。
(確かに瞬君の性格と体格じゃ、戦場はきついわねぇ)
 でも、と泣いているのだろうか少し震えている瞬の背中を見てキリは思う。
「瞬くーん、人には適材適所ってもんがあるのよ。
 大工部は瞬君のおかげで大分楽させてもらってるのは間違いないんだし、下手すると私の方が無能じゃないの」
 タイミングよくキリの両腕から熱廃棄の為の空気音が鳴る。
 魂源力の大部分を精密制御の出来る義腕に回しているせいで、目下キリは相当低いレベルの肉体強化しか出来ない。
 燃費を考えなければある程度までは強化は可能なのだが、もし戦場に立ったとしても今のキリでは「役立たず」に分類されるだろう。
(うちの部員は多かれ少なかれみんなそんな感じなんだけどねぇ)
 部を立ち上げたときの部員の顔ぶれを思い出してキリが苦笑する。
 ほとんどの部員が戦場においては「役立たず」の烙印を押されて他に何か能力を活かせる道はないかと考えていた面子だった。
 それをキリと巌が呼びかけ、醒徒会と交渉して部として成り立たせ、部室を何とか用意して。
 初めは小さな仕事からやりだして、僅か4ヶ月で今の大工部がある。
(そりゃ他の建築部が戦闘員としてラルヴァと戦っている時も仕事してたんだから技術も上がるわよねー)
 徐々に仕事量が増えるにつれて嬉しい悲鳴が上がったが、瞬が来てくれたおかげで大工部の稼動効率は大幅に上昇した。
 鋼材や木材をその都度現場まで運ぶ必要が無くなったのだから。
 運転免許やそもそも車の少ない双葉区しかも部活動なので、それまでは超人系やサイコキネシス能力者に運んでもらうしか無かったのだ。
 大きさの大小はあっても建物一件立てる分の材料を運ぶ為には丸一日かかることもあった。
 それが下見さえ済ませておけば、ものの数分で輸送が完了する。
 瞬の能力は、その「限定性」に反比例するように魂源力の燃費が非常に良かったことも助かった。
 部に入ってまだ1ヶ月と少しだが大工部にとっては欠かせない「戦力」であり、何よりも殺伐とする部室のオアシスとなってくれているのがキリにはとても嬉しい。
「悩まない悩まない、そんな事言い出したら私だって超人系能力者よー?
 瞬君一人担いで走っていくくらい出来ないとダメでしょ」
「いえ、僕も一応男なので女性に担がれるのはちょっと……あ、部長ちょっとだけ後ろ向いてもらえますか?」
 はいはいと、キリが後ろを向くと布で何かを拭い擦る音が聞こえてきた。 
 瞬が少しだけ流れた涙を拭っているのがキリには分かったが、女性に涙を見せたくないという「男の見栄」なのだろうと察してしばらく黙っていることにした。
「もう良いですよ、ありがとうございます」
 お互いが振り向くと少し赤くなった頬に何時もの笑顔を浮かべた瞬がそこにいた。
 さて、鬱憤をぶつけてくれるのは腹の底を見せてくれるようで嬉しいのだが後に続く湿っぽい空気がキリはニガテである。
 たとえ瞬が笑っているとはいえ、どことなくぎこちない雰囲気になるのが耐えられないのだ。
 そこで、どうすれば良いかを考えた挙句。
「そーれ、よいしょぅ!」
「う、うぅわっ、部長やめてくださいよぅ!」
 よりにもよってキリが瞬の背後に回り、股に頭を突っ込んだ。
 手足をバタつかせ瞬が暴れるのも構わずにそのまま背筋と足の筋力に任せて強引に立ち上がる。
 瞬の視界が普段の倍近くの高さまで上昇する、ようするに肩車状態だ。これは恥ずかしい。
 さすがに瞬も嫌がる素振りを見せるが、
「ぶ、ぶちょ、本当にやめてくださいぃ」
「立ち止まっちゃって時間食っちゃったんだから、せーちゃんから怖い電話入る前に急ぐわよー」
 キリが強引に地面を蹴り走りだした。
 燃費が悪いのは分かっている筈なのに全身を強化して瞬の体重くらいはなんとか無視できるくらいの力を得ているのだろう。
 瞬が出来るだけ怖がらないように上体を動かさずに腰から下だけを器用に動かす。
 それはまるで能の舞台へと橋掛かりを進む楽士のようで、すれ違った通行人が驚きあるいは指差して笑う。
 瞬が頬を赤くして俯くその下でキリが笑いながら夏の日の下を駆け抜けていった。





 大工部の部室から歩いて20分、双葉区を巡回しているバスで停留所4つ分離れた場所に大きな倉庫がある。
 中身を全て出せば小さな展示会が出来そうなくらいの大きさのその倉庫の道路に面した側には大きく「資材製作・販売」の文字が、その横に小さく「第九建築部倉庫」が掲げられていた。
 中は大きな部屋が2つと、事務所に出来そうな小さな部屋が1つに区切られている。
 大きな部屋の片方は所狭しと色んな木材や鋼材などが並べられていて、もう片方にはいくつかの小さな機械と大部分を占める大きな機械が設置されていた。
 その二つの部屋を覗けるようにガラスとプレハブ素材で作られた小さな部屋にキリと瞬、そしてもう一つの人影があった。
「で、直前で強化する分の魂源力無くなったけど根性で走ってきたと……バカじゃね?」
「ぜっ、ぜひっ、バ、ぜっ、バカって、はぁっ、言う、なっ、げっほげほ」
「だから無茶だって言ったじゃないですかぁっ」
 しっかりと空調の行き届いた、涼しい室内に汗だくになって頬を紅潮させてへたり込むキリとその背中をさする瞬。
 そして事務机に添えられた椅子に腰を下ろしてコーヒーを啜りながら呆れ顔で二人を見据える女性。
 長い髪を後頭部で無造作に纏めた髪の下、メガネの向こう側には常から目つきの悪いのをさらにジト目にしているのが見える。
機械オイルと埃で汚れた白衣を制服の上に羽織っているのが、口が悪けりゃ目つきも悪い20歳のうら若き乙女を自称する大工部の5人目の役職員である源創(みなもと はじめ)だ。
 20歳という割には身長は平均よりも低く体型も正直言えば貧相だが、一人でこの材料店を営むれっきとした双葉大学2年生である。
「あーあー、汗が床に垂れるじゃないか。そこのロッカーにタオル入ってるから使いな」
「えっと……あ、これですね。部長どうぞ」
「はっ、ありがっと、けほっ、瞬君」
 瞬がロッカーから取り出したタオルで上気する顔に満ちる汗を拭いながらキリが応える。
 元からある程度の体力はあるため、死にそうなくらい荒れていた呼吸も随分と落ち着いてきているようだ。
「落ち着いたら喉渇いちゃったぁ、創(そう)なにか飲みもの頂戴」
「来て早々にそれか……そこの冷蔵庫に何かあるだろ」
「わーい、瞬くん何かとってー。あ、出来たらビールがいいな!」
「部長まだお仕事中ですよぉ、それにビールは無いです」
「えー、ビールないのー?」
「真昼間から酒飲もうとすんな、この飲兵衛め」
 創が冷蔵庫を覗いていた瞬を退けて、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出しキリに投げつけた。
 結構な速度で投げられたそれが顔を拭いている最中のキリの頭に見事に着弾してボコンと鈍い音を上げる。
「いったーい、何すんのよー!」
「やかましい、とっととそれ飲んで用件に移れ。あたしはあんたと違って暇じゃないんだ」
 幸い底や蓋の硬い部分じゃなかったのかそれ程の痛みは感じなかったようだ。
 当たった部分を瞬に摩ってもらいながら床に座ったまま水を飲むキリを、再び定位置である椅子へと座りなおした創が見下ろす形になる。
「用件に移れも何も、せーちゃんから連絡いってるでしょ?」
「せーちゃん……? ああ、美作のことか。
 あんたその変なあだ名着ける癖まだ抜けて無いのかい」
「変なとは失礼ねぇ、親愛を篭めてるのよ。瞬くんにも着けてあげたいんだけど読み方が無いのよねー」
 瞬でまたたくだからたっくん? と言い始めたキリを見て、なんでこんな変人と関わっているのかと創はぬるくなったコーヒーを口に含みながら頭痛のする頭を抑えた。
「もうそれは良い、置いとけ。
 美作からの連絡は聞いてるよ、丁度来てた超人系のヤツに頼んでかためてあるから運ぶといい。
 あたしの聞いた用件ってのはその事じゃなくて、なんであんたがここに来たのかってことさ。
 ああ、御堂はコイツの事は放っておいて仕事に移りな。構ってると日が暮れるよ」
 創がガラスの向こうに一箇所にまとめてある鋼材などを指さすと、瞬はペコリと小さく一つお辞儀をして部屋から出て行った。
 良い子だと創は思う。それに比べて、
「なによー、来ちゃダメなの?」
「あんた厄介ごとしか持ってこないでしょうに」
 かつての級友は何でこんなに愚鈍というか変人になってしまったのだろうか、昔は真面目で一本筋の通った良いヤツだったというのに。
 空のペットボトルを頭の上に載せて遊び始めたキリを見ながら、創は大きく一つため息を吐いた。
「んで、何しに来たのさ? 顔見に来たってわけでもないんだろ、腕のメンテもしばらく先の筈だ。
 あ、もしかして壊したのか!?」
 キリの腕のメンテは創が行っている。
 とはいっても出来るのは応急処置と簡易検査だけであって、オーバーホールは別の科学部の研究所に頼まないといけないのだが。
 キリはその手続きを科学部どうしの繋がりがある創に全部まる投げしていたりする。
 創にとっては面倒くさいうえに、借りを作ることになるので非常に嫌なのだ。
「ふえ? 壊れてなんてないわよ、ほーら」
「キモい、止めろ」
「創(そう)はほんとにセメントねぇ。あ、このセメントっていうのは大工部をかけ」
「やかましい」
「なによー」
 また頭痛がしてきた、と創はメガネを外してこめかみを抑えた。
 暫く経ってから目を開けると地べたに座りこみ普通の人間では絶対に曲がらないような方向に間接を曲げたままのキリが拗ねた様な顔をしていた。
「いい、もう分かったからその妙なポーズは止めろ」
 創がさらにキツクなった頭痛をなんとか堪え搾り出すように命令すると、キリはこれ以上のリアクションを求めるのは無理だと悟ったのか大人しく腕を下ろした。
「相変わらず創(そう)はノリ悪いわねぇ」
「あんたのノリにゃついていけないよ、んで結局何しに来たんだ?」
「ああ、腕付け替えに来ただけよ。
 久々に参加しようかなと思って……ところで灰皿無いの?」
「あたしは禁煙中だ、吸いたいなら外で吸って来い」
 白衣のポケットから禁煙パイポを見せると、クイっと顎で外に繋がる扉を示した。
 キリはしばらくどうしようか悩みタバコと外の熱気を天秤に掛け、結局取り出しかけた紙箱をポケットに戻す。
 物凄く不満そうな顔をしているが知ったことかと創は思う。
「というか、腕付け替えるんだろ? タバコなんて吸ってられないだろうに」
「走り疲れたから一服したかっただけなのよぅ」
 ぐてーっと、キリがだらしなく床(一応創の生活スペースでもあるので掃除はしてある)に崩れこむ。
 さすがに創が注意しようと椅子から腰を浮かせたのとほぼ同時に瞬が扉を開けて戻ってきた。
 片手に学生証を持っているところを見ると、どうやら携帯機能を使っているようだ。
「部長、美作さんが変われって言ってます。怒ってるみたいですよぉ」
 それを聞いた途端、キリがそれまでの飄々としていた表情を一転させて嫌そうな顔を浮かべた。
「えー、せーちゃん怒ると怖いから出たくないー」
「あんたが言うな、あんたが。もう面倒くさいからさっさと出てやれ」
 仕事の連絡入る度に愚痴言われるこっちの身にもなってみろ、と創は思う。
 その仕返しを食らったキリがその倍くらいの時間電話で愚痴ってくるのも正直止めて欲しい、とも。
 目の前で学生証の向こう、見えない聖を相手に頭を下げるキリを見て創の口から今日一番のため息が漏れた。
「せーちゃん、何であんなに怒るのかしらねぇ?」
「そりゃ、だらしないからだ」
 仮にも部長が何をやっているのか。
「怒られてるのあんたくらいだろ、あたしに対しては普通の女子やってるぞ」 
「えー、創(そう)ずるい」
「いや、ずるいってな」
 口を膨らませて、ぶーたれるキリ。
 後ろで苦笑いをして頬をかいている瞬を見るに、本当に聖はキリに対してはキツイ性格をしているのだろう。
「まぁいい、んで用件は何だったんだ」
「んー、とりあえず地鎮祭は滞りなく5分で終了したってさ」
「……早すぎじゃないか?」
 普通の地鎮祭は短くても30分はかかる。
 それが5分で済むとはいったいどんな手抜きだ。
「良いのよ、うちの契約してるところは特別なんだからー
 何てったって実際に神様呼んでの地鎮祭、面倒な準備何て無いのよ」
 元より悪い目つきを更に悪くする創に向けて、キリがウィンクしながらVサインを出す。
「おい、御堂」
「大丈夫です、本当のことです」
 意味不明な歌を口ずさんで陽気に笑顔を振りまくキリ。
 それを見た創の、あいつ頭大丈夫か、という意味をこめたジェスチャーに対して瞬が答えた。
「そうか、双葉学園は相変わらず変人の多い所だな」
「あは、あはははははは」
「何よー、創(そう)も十分変人じゃない」
 確かに白衣羽織ってオイルと機械に囲まれた生活をしている二十歳の女性はそうはいない。
「あんたにだけは言われたか無いね、二十歳の高2が。制服着てタバコ吸うな、酒飲むな」
「やーよ、両方とも今の私には欠かせないんだからぁ」
 何故か胸を張ってキリが答えた。
 それをジト目で見つつ、創が残ったコーヒーを喉へと流し込む。
「はいはい、もう馬鹿話はこれまでだ。美作が急かしてるんだろう、とっとと腕変えて現場行け」
「えー、久しぶりに来たんだからもっとお話しましょ?」
「黙れ馬鹿、あんたと話してるとこっちの頭痛が止まないんだよ」
 創があっちへ行けと言わんばかりに右手を振った。
 それを見て、口を尖らせぶーたれるキリの背中を瞬が押して居住スペースから出て行く。
 倉庫スペースへと出た途端に、キリの全身を蒸し暑い空気が包み込んだ。
「……暑いわ」
「夏ですから、それに皆はもっと暑いお日様の下ですよ」
 とにかく急ごうとする瞬が申し訳無さそうに背中を押し出してくる。
 引っ込み思案な瞬が女性の体に触って、しかも上司を動かそうとしているのだから、相当焦っているのが良く分かった。
「もうしょうがないわねぇ、んじゃお仕事しましょうか」
「早くしないとまた美作さんにお仕置きされちゃいますよぅ?」
「だーいじょーぶよー、そんなに急いだって良い事なんて無いんだから」
 微妙に涙目になった瞬の顔を肩越しに身ながらキリが薄い笑みを浮かべた。
 というか、聖は既に大分怒っていたりするので今更数分遅れたところで後で怒られるのは確定していたりする。
 キリはそれが分かっているので今更急ぐつもりなんてさらさらなかったのだが、
「良いからとっとと仕事いけ、うるさい」
 後をついて出てきた創がキリの高い位置にある尻に綺麗な蹴りを叩き込んだ。


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