【永遠の満月の方程式 -急- 前篇】




「……何のつもりじゃ?」
 風そよぐ野原に凛とした少女の声が響いた。
 双葉学園島南西部に位置する海岸の前、草原が広がる壁の前で七人の空気が凍りつく。
 輝がリガルディーに渡された銃。その銃口を向けた相手は、何と輝の教え子雪を捕まえている天津甕星と八意思兼だった。
「私も色々と考えました。しかしやはり、自分の教え子を裏切る気にはなれない」
 そう、輝は雪と睦月を信じる道を選択したのだ。
 当然だろう。つい数日前に会ったばかりの相手よりも、自分が半年以上同じ研究室で見ている教え子を信じるのが人の道理だ。
「それにあなた方の行動の方が腑に落ちない点が多い」
 そしてその人間的直感を裏付ける根拠もあった。雪と睦月は異能力者でも何でもない、輝と同じ一般人だ。その二人が魔術で月をどうこう等出来よう筈もない。
 第一、月の接近を輝に最初に教えたのは雪だ。睦月も妙に魔術に詳しいと言う疑問こそあったが、そう言う趣味の人だっている。そんな事でイコール魔術師とはならない。
 二人の行動は輝に協力して真面目に事件の真相を究明する為に動いていただけで、何もやましそうな素振りはなかった。
「雪さんの手を離して下さい。お願いします」
 対して二柱の神は輝が月の接近を知った直後から突然現われ、輝の捜査を撹乱するような行動や情報ばかり与えてきた。
 確かに言っていた事の殆どは真実だったのかもしれない。だがそれは僅かな嘘を隠す為の隠れ蓑だったのではないか?
 二柱の神は輝の協力者である教え子二人を疑うよう仕向けようともしていた。対して二人は神に対して特段敵視するような事を輝に言っていない。
 どう考えても二柱の神が、事の展開を自分達の望むように操ろうとしているようにしか思えなかった。
 だから輝はリガルディーのペンデュラムに絡みつかれた二柱の神に銃口を向けたのだ。
「くっ……天津甕星、これがお前の選んだ人間だぞ」
「……」
 輝に銃口を向けられリガルディーのペンデュラムにも狙われ、二柱の神は観念したように雪を押さえていた手を離した。
(ほっ……やっと開放された)
 二柱の神から開放された雪は、ヨロヨロと地面に崩れた。一瞬心配した輝だったが、見る限り目立った外傷は無く無事であるように見える。
 輝はその雪の姿を見て安心した。自分の選択が誤っていなかった事を実感したのだ。教え子を助けられた、その充実感が心の底に湧き上がってきていた。
 しかし――。
「雪さん?」
 地面にうずくまった雪は服からゴソゴソと何かを取り出したかと思うと、その取り出した棒状の物を自分の首に押し当てた。
「ありがとう先生。今まで本当に楽しかったです」
「なっ……! 雪さ――」
 雪が取り出した物、それは折りたたみ式のナイフだった。刃渡り7㎝程度の小さなナイフだが、それでも喉を突けば充分致命傷となる。
 輝が雪のその状況を見て、完全に予想だにしなかった事態に驚き対処が遅くなった瞬間、雪は前屈みに倒れ地面に伏せたままとなってしまった。
 救出が間に合わなかった雪の体を助け起した輝だったが、雪は既に喉をナイフで突いた傷とショックで事切れている。
 意識も無く脈も無い。致命傷の傷を自ら負った、つまり雪は自殺してしまったのだ。
 次の瞬間、輝達の居る地が青白く輝き、北から南東にかけて四本の光が青白い光のカーテンを伴って爆発的スピードで伸びていった。
 それは結界陣を形成する条件が揃い五芒星の魔法陣が完成しようとする瞬間の光景。他の四つのポイントでも同様の事が起きているはずだ。
 完成した魔法陣は双葉学園に巨大な五芒星の図形を描き出し、その直上にオーロラのような光を形成した。
「あぁ……そんな……一体何故……」
 日が落ち辺りが夕焼けから薄暗い夕闇へと変わり始めた頃、黄昏時の東京湾に上空に、この地に有り得ない筈のオーロラが生まれた。
 そして一方輝はと言うと、急激な状況変化に戸惑い頭の処理が追いつかない状況になっていた。
 輝が二柱の神に雪を放させた瞬間、雪は自ら命を絶ってしまった。催眠術か何かで操られていたのか?
 しかしそれにしては雪は最後、輝に別れを告げてから逝っている。やはり自殺だったのだろうか。
 ならば彼女を追い詰めたものは何なのか?輝が選択を誤らなければ雪は死なずに済んだのか?雪を死なせてしまったのは輝なのか?
 正しいと思い選択し、一瞬正しかったと確信した道の結末を目の当たりにして、輝はすっかり放心状態となってしまったのだ。
「ぐわぁ!!」
 その時、輝の後ろの方でも声が聞こえてくる。今度は男の声だ。
 呆けていた輝が声に驚き後ろを振り向くと、そこには何故かペンデュラムとその紐を両耳から出して倒れているエージェント山田の姿があった。
 血に塗れたブルークリスタルのペンデュラムが、ずるりと山田の耳から引きずり出される。
 山田は目を開けたまま左右の眼が違う方向を見ている、所謂ガチャ目状態となったまま倒れピクリとも動かない。そう、リガルディーが仲間であるはずの山田を殺したのだ。
 しかし当のリガルディー自身は顔色一つ変えず、山田の死体に一瞥をくれただけ。
 ペンデュラムの先から滴った血痕が、新たに山田の耳から広がるどす黒い液体の池に飲み込まれいった。
「リガルディーさん!? 一体何故山田さんを!」
 しかし何故政府のエージェントであり月の接近を食い止める役目を持つ筈のリガルディーが同僚の異能力者を手にかけたのか。
 助けられたと思った雪の自殺と政府のエージェントとして信用していた男の奇行のせいで、輝はもう何が何だか分らなくなってしまっていた。
 後はもう木偶のようにただ状況に流されるのみだ。
 星見空輝は道を誤った。彼の人生はこの時ゲームオーバーとなったのだ。
「ありがとう先生。お陰で大結界陣を完成させる事が出来ましたよ」
「あなたは……国のエージェントではなかったのですか?」
「エージェントでしたよ。ついこの間までね」
 英輔・リガルディーがニヤリと笑った。
 国のエージェントとして月の接近を阻止しに来たと言うのも、天津甕星達が悪のラルヴァで輝を騙そうとしていると言うのも、全てこの男の嘘だったのだ。
 立場を利用して仲間や国を欺き、そして輝に協力していた神二柱をも欺き己の目的を達成したのだ。
 まだ若い、二十歳になったばかりの乙女の命を犠牲にして。
「貴方と言う人は――!」
 輝は怒りに任せてリガルディーに銃を向け引き金を引いた。しかし銃はカチンと乾いた音を立てただけで何も起こらない。
 そう、始めから弾など入っていなかったのだ。その様子を見てリガルディーは輝を茶化すように少しおどけた様子で言うのだ。
「そんな物騒な物を向けて、危ないですよ?」
「く、くっそー!」
 輝はリガルディーに渡された空の銃を本人に向かって投げつけた。しかしそんな逆上しての行動も読まれていたのか、リガルディーは苦も無く避ける。
 見上げると月は最早目に見えて大きく見えるようになっていた。
 中天高く白く輝く月は何も比較する物が無い中で、まるで地上の建物付近で赤く輝く月のように不気味に大きく見えるのだ。
 この世の終わりを思わせる光景に、輝は戦意を喪失した。
「月が……迫ってくる……」
「ふふふ……この島の各地に派遣したエージェントは五つのエレメント、つまり木火土金水の五つの元素で更生する五芒星の大結界を作るための礎だったのです。全て始めから仕組んでいた事だったのですよ」
 リガルディーは島の各地には国のエージェントが向かい結界を張ろうとしている者達を抑えたと言っていた。
 しかしそのエージェント自体が五つの元素、木火土金水を象徴する能力を持った異能力者達で、彼らがそのポイントで力を使い戦う事自体が結界を完成させる条件になっていたのだ。
 双葉学園島全体を覆う巨大な大結界陣は、今やその陣内に居る全ての生物の魂源力を吸収して月を牽引する影の式神へと注いでいる。
 数千数万とも言われる異能力者が集まる、人が作り出してしまった世界の得意点『双葉学園』。
 この地を利用して始めて完成される大魔術が、今完成されてしまったのだ。
「木火土金水……その内の水は雪さんの血で完成させました。血は水より濃いと言いますからね、大魔法陣の要素《エレメント》としては最適でしょう?」
「くっ、お前……っ!?」
 雪の死によって結界陣が完成した今、魂源力を吸収される陣内では異能力を持った生徒でもその力を使う事が出来ないだろう。
 並の異能力者では何も出来ない、まして異能力を持たない一般人でしかない輝は、殆ど無い魂源力を無理やり吸われて力もあまり出ないような状態となっていた。
 そんな中リガルディーは平然と行動している。彼が羽織るインバネスコートの内側には護符がビッシリ貼ってあり、そのお陰で魔法陣の影響を受けずに済んでいるのだ。
 ドコまでも用意周到な男だ。悪知恵の働く憎い相手に輝はヘロヘロになりながら殴りかかろうとした。どうしても目の前の男が許せなかったのだ。
 例え返り討ちにあおうとも一発くらいは殴らないと気が済まない、そんな心理状態になっていた所を、またしても輝は意外な人物に止められる事となった。
「睦月……さん?」
「先生ごめんね」
 今度は睦月から銃を向けられる輝。輝がバカのように持っていた弾無しの銃などではない。
「私、本当に先生の事好きだったんだよ? 先生がもし輔星じゃなかったら、こんな事にならなかったのに……」
「形勢逆転……と言った所でしょうか」
 睦月によって輝の動きが封じられている事を確かめたリガルディーは、今度は自分の銃を取り出してそれを天津甕星と八意思兼に向けた。
 傲慢な男に二柱の神は睨みつけるように対抗する視線を向けている。その目を見てリガルディーは「ちっ、気に食わない目だ」と言い躊躇無く引き金を絞った。
「くぅっ!」
「きゃああああ!!!」
「甕さんっ! 思兼さんっ!!」
 立て続けに発射された銃弾は二柱の神の太腿を正確に撃ち抜いた。地面に転がり撃たれた足を抱え苦しむ二人を見て、動けない輝は怒りに震える。
 人を撃っておきながら平然としているリガルディーは、もう二柱の神は恐れるに足らずと言った様子で、自分を睨みつける輝の方を向いた。
「さて、これで五芒星の結界による大結界陣は完成された訳ですが……」
 パン!と乾いた音が響いた。静寂を破った先程の銃声とは違う。リガルディーが輝の頬を思い切り叩いたのだ。
 平手とは言え思い切り叩かれれば怪我もする。輝の口の端から血が一滴流れ出た。
「先生、天津甕星を背負って私に着いて来て下さい。最後の仕上げが有りますから」
「最後の仕上げ?」
「そうですよ。最後の仕上げです……フフフッ」
 リガルディーは乗ってきた車の方にわざと大仰しい動作で乗って下さいと誘った。
 輝は銃を持った相手に逆らう事もできず、フラフラしながらも天津甕星に肩を貸して車へと向かう。依然として睦月の銃口は輝達に向けられたままだ。
 その様子を倒れ伏せながら八意思兼が見送る。リガルディーはこの少女の姿をした神は置いていくつもりだ。
 後ろの座席に三人が乗り込み、リガルディーの運転で車は走り出した。最後の決着をつける場所に向かって……。


【永遠の満月の方程式 -急-】


(モバイル手帳もケータイも破壊された……生徒達も魂源力を吸われてとても戦える状態じゃない)
 輝達は今リガルディーの運転する車の後部座席に座って森の中を走っていた。
 道が出来ているとは言え舗装されていない田舎道のような道路は、後部座席にすし詰め状態で座る三人の体を大きく揺する。
 その度に天津甕星はリガルディーに撃たれた脚を押さえ、小さな苦痛の声を漏らしていた。
 誰も助けに来ない。いや、こんな混乱状態ではリガルディーの裏切りに気付く者など誰もいないだろう。
 自力で何とかするしかないが、相手は異能力者であり武器も持っている。脚を撃たれ自由に身動きの取れない天津甕星は言わば人質だった。
(今この混乱状態で助けを呼ぶ事はできないか……エージェントでも醒徒会でもいい、早く気づいてくれ!)
 こんな最悪の状況の中、何の異能力も武器も持たない輝が出来る事はただ相手の顔色を伺いつつ耐える事だけだった。
「自分達が今どこに向かっているのか、気になるでしょう?」
 その時、前の座席で運転しながらリガルディーが尋ねて来た。
 後と前の座席の間はタクシーで見かけるようなガラスで遮られている。きっと防弾ガラスなのだろう。
 輝が無言でリガルディーの問いに答えないでいると、リガルディーは自分から勝手にサイドボードから地図を取り出して後部座席に渡した。
「この島の地図です。睦月さん、特別に教えてあげる事を許可しますよ」
 そう言われて睦月は地図を受け取り輝に開いて見せる。そこには各エージェント達が行ったであろう、学園の周囲五つのポイントが記されていた。
 そして来た道から外れたこの道の行く先にある設備を、睦月は指差してこう言ったのだ。
「先生、私達は今この島の中央監視室に向かっているんだよ。そこで私達は学校と生徒を人質に立て篭もり、日本政府と交渉するんだ」
「政府と交渉? バカな、そんなもの成り立つ訳が無い。睦月くん冷静になって下さい。国はテロリストとは交渉しない、力尽くで解決しに来ますよ」
 輝は我が耳を疑った。睦月の言っている事がとても正気とは思えなかったからだ。
 なんと彼女は地球を人質にとって政府と交渉しようとしているのだ。
 一体誰にこんな無茶無謀な計画を吹き込まれたのか――いや、きっとリガルディーなのだろう。きっと口先で上手い事騙したのだ。
 輝はリガルディーに対して激しい憎悪の感情を抱いたが、睦月の手前感情を表には出さないように我慢した。
 では一体睦月は何を要求しようとしているのか?睦月と雪が命をかけ、そして地球を犠牲にようとしてまで叶えたい願い事とは一体何なのか?
「魔法陣を発動させた今、月は今までの数十倍の速さで地球に接近してきています。滅びへのカウントダウンは開始されているのです」
「そして私達『まつろわぬ民』は本土に国土を取り戻すの。そう、私達だって出来るわ。イスラエルの地のように、悠久の時を超えて約束の地を――え?」
 睦月は自分達の事をまつろわぬ民と言った。まつろわぬ民、それはかつて大和朝廷に従わなかった為北へと追いやられた者達の事。
 その民が千年以上昔の恨みを持ち続けていたと言うのか?現代までこうして、自分達の国土を回復する夢を諦めていなかったと言うのか?
 答えはYES。現にユダヤの民は二千年近く古代に追われた土地を諦めず、遥か悠久の時を超えて取り戻した。人の執念とはかくも恐ろしいものなのだ。
 その睦月が輝に説明している最中、ふと自分が向かっている筈の道と違う方向に車が進んでいる事に気が付いた。
「どうしてこの道を曲がるんですか? 中央監視室に向かうには真直ぐで良いんですよ、リガルディーさん」
「いいえ、道はこちらで良いのですよ睦月さん。地図を良くごらんなさい」
 リガルディーは尚も人を小ばかにした慇懃無礼な口調で睦月に話しかける。
 地図をよく見ろ、その言葉を聞いて従う事に反発を感じながらも睦月はもう一度地図をよく見直した。
 広げた地図に書かれているのは島の外縁五箇所の印。しかしその印、五芒星を形作るにしては妙に歪んでいるのだ。
 そして島内を知り尽くした睦月が予想するこの道の先にある場所。その頂点を結ぶと浮かび上がってくる図形は……。
「これは……五芒星《ペンタグラム》じゃない!? これは六芒星《ヘキサグラム》!?」
 そう、地図上に現われた印を結ぶと、この双葉学園島に巨大な六芒星《ヘキサグラム》が描き出されようとしているのだ。
「どう言う事ですかリガルディーさん!」
 睦月は焦った、こんな計画は聞かされていなかったからだ。いや、こんな事は計画に反する事だった。リガルディーは睦月達を欺いたのだ。
 では何の為に五芒星を六芒星にしようとしているのか?睦月達まつろわぬ民に協力する振りをして、一体何をしようとしているのか?
 それはリガルディーの口から直接語られる事となった。
「いや、これはただの六芒星ではありませんよ。聞いた事がありませんか?『クロウリーの六芒星』と言う言葉を」
 クロウリーの六芒星とは二十世紀を代表する神秘主義者・魔術師であるアレイスター・クロウリーが用いた紋章である。
 この六芒星の図形にはある不思議な特徴があり、それが故に特別な図形とされた。
「そう、西洋の魔術師達は古くツダヤ教で使用されていた六芒星に目を付けていた。ユークリッド幾何学でも証明された全ての辺が等辺となる完全図形であるこの六芒星はエネルギーを閉じ込めておくには最適な図形だ」
 六芒星はそれまで一筆書き出来ない図形として知られていた。この図形を使用していた民族はヘブライ人、つまりユダヤ人であったが、彼らも優れた魔術文化を持っていた。
 ユダヤの民が使う六芒星の事をダビデの星とも言う。ダビデとは古代イスラエルの王の事、そしてダビデ王の息子ソロモン王は魔術師であったとの逸話がいくつも残されているのだ。
 しかし六芒星はその後世界中で現われていった魔術文化では殆ど使用されなかった。一筆書きが出来る五芒星の図形が東西問わず様々な魔術で使われたのだ。
 それにはある一つの重大な問題がこの図形には潜んでいたからだった。その問題とはつまり一筆書きが出来ないと言う事。
「しかし一筆書き出来ないと言う致命的欠陥のある図形でもあった。これではエネルギーの循環が行えず魔術図形として完璧ではない。もしこの図形が五芒星のように一筆で描き切れれば、五つのパワーポイントからなる五芒星よりも強力な魔術を行使できるのに……その問題を解決したのが我が祖先の師、アレイスター・クロウリーだ」
 そう、魔術師達にとって長年の課題であった「六芒星を一筆で描く」事。それを始めて実現し魔術に導入したのが、かの有名なアレイスター・クロウリーだったのだ。
 そしてその弟子達は彼の創造した新たな魔術を受け継ぎ伝承していった。過去のどんな魔術より強力な魔術を行使できる――それがクロウリーの魔術なのだ。
「このエネルギーを循環できる完全図形なら! そして魂源力《アツィルト》を持つ者が集中する特異点なら! 我が大魔術『永遠の満月の方程式』は完成するのだ!!」
 そしてその強大無比な魔術の力を利用しようとしたのが睦月達まつろわぬ民だった。
 巨大魔術結社の後ろ盾を得る事で、少数しか居ない彼らは国と対等な立場に立とうと試みたのだ。
 だがその思惑は裏切られた。リガルディーの属する秘密結社は、睦月らまつろわぬ民に協力する振りをして、逆にその東洋魔術を利用しようとしていたのだ。
「くっ……騙したな英輔・リガルディー!!」
 睦月は持っていた銃をリガルディーに向けた。その目には涙が浮かんでいる。
 当然だ、彼女は全てを裏切り捨て去ってこの計画を遂行していた。その為に多くの同胞と、同胞であり親友である雪を失った。その結末が騙され利用されていましたでは終われないのだ。
「私達は本当に永遠の満月を作るつもりなどなかった! ただの脅しだったのに!!」
「そんな弱腰だからあなた方は駄目なのですよ」
 強化ガラス越しに余裕の笑みを見せるリガルディー。
 睦月の銃口は強化ガラス越しなので恐くないと言った様な感じだ。いや、既に勝ち誇っているのかもしれない。
 事ここに及んでまだ誰の妨害も入っていない。全て彼の計画通りに進行中なのだろう。その態度は先程から妙に上機嫌だ。
「既に人の住んでいる土地を奪い返すのですよ? ならばその土地、綺麗に掃除しなければならないでしょう」
「英輔・リガルディーーーーっ!!」
 睦月がガラスの隙間から銃をねじ込んだ。強化ガラスは撃ち抜けなくとも、こうしてしまえば弾を当てる事は出来る。
 しかしその事はリガルディーも予想していた事だった。睦月の銃が強化ガラスの無い所に移動する間に、リガルディーのペンデュラムは銃口を塞いでいたのだ。
「きゃああああ!」
「睦月さん!!」
 結果――銃は暴発。睦月は銃を撃った手をズタズタにされ、その場で手を抱えうずくまった。
「ペンデュラムで銃を暴発させるなんて……」
「フフフ……」
 香ばしい硝煙と新鮮な血の匂いが車内に充満して行く。痛みに震える睦月を輝は抱いて、天津甕星はただじっと黙ってその一連の動向を見守っている。
 輝に庇われるように肩を抱かれながら、睦月は脂汗を額に浮かべ精一杯の力でリガルディーを睨みつけた。
「イスラエルの……民も……2000年もの間国土を奪われていたまつろわぬ民だけど……諦めずに戦い続けた結果、国土を取り戻す事ができた……って……あなた方も頑張りましょうって」
「アーーーハッハッハッハッ」
 しかしリガルディーはどこまでも傲慢だ。勝ち誇った笑いが車内に響き渡る。初めの頃の丁寧な態度はいつの間にか失せ、最早丁寧なのは言葉遣いだけだ。
 勝ち誇り相手を見下し小ばかにする態度。これこそがリガルディーの本性なのだろう。
 こんな男にしてやられ、全てを失った睦月は悔し涙を流すしかなかった。
「五芒星の結界陣で……島中の異能力者の魂源力を集めて……月を誘引する作戦は上手く行ったのに……後はこれを脅しに政府と交渉すれば……私達の……国を……」
「政府と交渉など本当に出来ると思っていたのですか? だとしたらとんだ夢想家ですね」
 輝も悔しかった。多くの情報に惑わされ、大切な生徒を失った。そしてまたこんな最低の男に良い様にされている。
 もう一人の大切な生徒、睦月を傷つけられ泣かせたこの男に、本当なら今すぐにでも殴りかかってやりたい気持ちだ。
 しかし無力な輝にはそれが出来なかった。今ここでそれをやっても何の意味もないだろう。いや、返って状況を悪化させかねない。
 ここは天津甕星のようにじっと耐えて、反撃のチャンスを待つしかなかった。
「私は初めから君らを利用して『永遠の満月』を作り出す事だけが目的だったんですよ。満月は古来より魔術師にとって魔力――今は魂源力ですか――力を増幅する事が出来る最高の魔術式の要素だった」
 得意顔で解説を続けるリガルディー。だが忘れてはいけない。相手が勝ち誇った時、必ず油断が生じ反撃のチャンスは巡ってくるのだ。
「永遠の満月でメチャクチャになった世界を我ら『黄金の夜明け団』が制圧する。それがこの作戦の真の目的だったんですよ」
 黄金の夜明け団が如何なる秘密結社なのか輝は知らなかった。だが悪の組織だろう事はリガルディーを見ていれば分る。
 世界征服など今時考える組織がいようとは。しかしその野望を止められる者は今いない。
 全ては闇の中に没してしまうのか。世界の命運は今彼らの手に委ねられようとしている。
「世界の終末の後、救済されるのは我ら『黄金の夜明け団』! いや、選ばれし民である我々ユダヤの民だけなのですよ!! アーッハッハッハッハッハッ……」
(くそ……救いは無いのか……救いは……)
 輝はリガルディーの高笑いを聞きながら、ただじっと怒りを耐え続けた。







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最終更新:2011年06月04日 00:08
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