【永遠の満月の方程式 -急- 後篇】


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「着きましたよ、フフフ……」
 到着した場所は島の真北に位置する場所。先程見た地図の六つのポイントの最後の一点となっている場所だ。
 既に日は落ち辺りは暗い中、天空に輝く月は異様なまでの大きさに見えている。
 車から降りた輝、睦月、天津甕星は、その最後のポイントで縛り上げられリガルディーの儀式の用意を見せられている。
 陰陽五行などとも呼ばれる五大エレメンツだが、エレメントは実はそれだけではない。木火土金水、それに月と日(太陽)が合わさり六芒星とその中心を成す大魔法陣を描く事ができるのだ。
 それにより最も強力な術式となった結界は、双葉学園島全体の生きとし生ける物から魂源力を根こそぎ奪い取る。そして睦月の式神の力を極限まで向上させる。 
「もうじき完成しますよ、『永遠の満月の方程式』がね。フフフ……フフフフフ」
 しかし太陽は既に西の水平線に顔を隠し今や夜となってしまったこの時間に、一体どうやってリガルディーは日(太陽)を得るつもりなのか?
 まさか朝まで待つつもりだろうか?答えはNOである。夜、太陽が落ちた後でも太陽の光を得る方法が実はあるのだ。それには普段無意識の事に気づくだけで良い。
 皆さんは北の夜空に何が見えるかご存知だろうか。そう、星である。だが北の空にはただの星ではない特別な星が存在する。それが北極星である。
 別名ポラリス、ポールスター、ポーラースターとも呼ばれるこの星は地球上から見るとほとんど動かず、北の空の星は北極星の周りを回転しているように見える。
 そして夜空に輝く星々は全て太陽と同じ恒星か、恒星の密集した銀河の光であると言う事もご存知だろうか。
 そう、夜空における北とは言わば北極星を中心とした無数の太陽が見え続ける方角と言えるのだ。それはつまり永遠の太陽。
 この計画が完成すれば永遠の月と永遠の太陽達を黄金の夜明け団、いや、全世界の魔術師達は得る事が出来るのだ。
「先生、ごめんなさい」
「睦月くん」
 縛られた睦月が輝に謝った。
 学園を、世界を敵に回しておいて謝る相手が違うと言われるかもしれない。それでも彼女は輝に対して謝った。
 それは全てを失った彼女にとって、輝だけが最後に残された者だったからだ。
 自分達の過ちのせいで世界がどうなってしまうか分らない。それでも心の底で、まだ輝だけは許してくれるのでは無いかと思っているのだ。
 都合の良い話だ。今更誰も彼女達を許す者は居ないだろう。しかしそれでも、睦月は大好きな先生にだけは嫌われて終わりたくなかったのだ。
「今更信じてもらえないだろうけど……私達、こんな事をするつもりじゃなかったの。こんな事になるなんて、私……私……」
 いつの頃からだったろうか、睦月が雪と輝の研究室に入って計画の為勉強している内、睦月が輝の事を意識し始めたのは。
 始まりは罪悪感からだったかもしれない。それが次第に気になる気持ちに変わり始め、いつしか好きになっていたのだ。
 睦月は昔、雪にその気持ちを打ち明けた事があった。

『ねぇ雪ちゃん』
『なぁに睦月?』
『私……先生のこと好きかも知れない』
『……』
 思い出の中でまだ元気な雪は優しい笑顔を睦月に向けている。この時もそうだった。
 一族の悲願を背負う異能力を持った睦月は幼少時より厳しく育てられた。本来ならそんな感情を抱く事さえも許されない。
 しかしそれを、いつも傍で見守ってきた雪には素直に言う事が出来た。何故なら二人は本当の友達だったからだ。
『先生に習った事で私達……これって先生の気持ちを裏切ってる気がする』
『睦月……』
『私、先生だけは傷つけたくない。こんな事の為に騙してるみたいだけど、全部終わったらちゃんと言うんだ。それで許してくれなくてもいい。でも私――』
 段々と自虐的に暗く方向にテンションが上がっていった睦月を抱きしめて雪は言った。
『許してくれるよ、先生優しいもん。それにきっと、睦月が好きって言ったら先生睦月の事好きになるよ』
『え、本当? 何でそう思うの?』
『先生彼女居ないって言ってたもん。それに、あんまりモテなさそうじゃない』
『もぅ! それ雪失礼じゃない!?』
『ごめんごめん、アハハハッ』

 記憶中の二人はこの時まだ笑い合っていた。何もかもが上手く行くと信じていたあの時、睦月は雪が言った事が本当だったら良いなと願っていた。
 言葉に詰まった睦月の最後の一言から、数瞬の間を置いて輝が語りだすまでの僅かな時間。その時間が今の睦月には永遠にも感じられるほど長かった。
 許してもらえるのか答えを聞くのはやはり恐いのだ。輝の優しさを信じていても恐い、そんな女のいじらしさから睦月は祈るように次に紡がれる言葉を待った。
 最早世界から許されない自分。それでもたった一人輝にだけでも許してもらえるなら、それだけで睦月は救われるのだから。
「罪がなかった……とは言いません。けれど、私は君を怒ってなど居ませんよ」
「先生?」
 輝は睦月の方を向いてはっきりと言った。
 それは嘘偽りのない言葉。輝はあの時選択を誤った。誤ったが間違っては居なかったと思っていた。
 大切な教え子を信じる。その想いに嘘偽りは無いのだから。
「あなたが今まで見せてくれた笑顔を嘘だとは思いません。だから睦月くんはずっと、私の大切な生徒ですよ」
 雪が言っていた事は本当だった。睦月は涙を流して最後の問いかけをした。
 それに答えてもらえれば睦月は本当に、いよいよ全てを捨てる事が出来る。覚悟を決める事ができる。
 その言葉だけでもう後は何もいらないと言える言葉。最後に持ってゆく事が出来る言葉を聞く為に、睦月は最後の勇気を振り絞った。
「私、先生に教わった事悪用したのに……嘘ついてきたのに……こんな事になっても、まだ私を許してくれるの?」
「雪くんの事も守ってあげたかった……けれど……あなただけは守ります。この身に代えても、必ず」
 その瞬間、睦月の中の何かが変わった。
 一族の悲願と生まれた時から教えられ、何時しかそれが自分自身の望みでもあるように思い込んでいた。
 何も知らずにそのままなら、それはそれで幸せだった。双葉学園に来なければ、輝に出会わなければ知らずに済んだ。
 村の外の事。世界の事。人の事。恋の事。何も知らなければいっそ――。
「睦月さん、今更式神を解除しようとしても無駄ですからね! 既にあの影の式神は貴女だけの物ではなくなっているのですから!! この魔術を解除しない限り止められませんからねーーー! アーーーッハッハッハッハ!」
 一族の悲願なんてもう何の意味も無い事なのに。今時分の傍に居る仲間が、友達が、好きな人が、一番大切なものなのに。
 それを教えてくれたのは双葉学園。少女が恋した年上の男性。だから本当に死なせるつもりなどなかったのだ。死なせたくなんか無かったのだ。
 結局逃れられなかった生まれの因縁――。一族の願いは叶わなかったけれど、睦月と言う一人の乙女のちっぽけな願いだけは、今……。
「ありがとう先生。私、もう何も恐くないよ」
「睦月さん!? あなた手が――」
 縛られ身動きが取れなかった筈の睦月はいつの間にか手の縄をほどき自由を取り戻していた。何処かに刃物を隠し持っていたのだ。
 ここまで来る間なかなか踏ん切りがつかなかった。当たり前だ、誰が好き好んで簡単にソレを決める事が出来るだろう。ただの乙女でしかない睦月がソレを決める事は、大変な事だったのだ。
 だが、今彼女は全ての束縛から解放された。あらゆる枷から開放してくれる鍵を貰ったのだから。だからこれから睦月自身の願いを叶える事が出来る。
 自由になった手で彼女がする事、それは与えられた目標ではない。自分で決めた、たった一つの大切な者を守る事。
「今までありがとう……本当に大好きだよ、先生」
 そして、睦月は手にした刃物を自らの喉に向けた。
「貴様まさか――止めろーーーーーーー!!」
「む、睦月ーーーー!!」
 その時、島に響いていた月を引く鎖の音が、止まった。



「くそっ! 放せ! 放しなさいこのガキどもが!!」
「往生際が悪ーぞ! 大人しくしろ!」
 睦月が自らの命を以って事件に幕を引いたすぐ後、醒徒会がリガルディーを捕らえに駆けつけた。
 策略の破れた今、醒徒会の力の前にリガルディーは抗う術無く捕まり全ての黒幕はここに潰えたのだ。
 学園島を覆っていた魔法陣は消え、魂源力の吸収も終わり生徒達も元気を取り戻したのだったが。
「会長、彼らは……」
 駆けつけた救急車に運び込まれる睦月。車内では心肺蘇生の準備が進められている。
 救急隊員に止められ心肺停止の睦月から引き離されているのは、見っとも無い程涙を流し睦月の名を叫ぶ輝だった。
「今回の件で一番傷ついたのは彼らなのだ。今はそっとして置こう」
 やがて救急車は睦月を乗せ島内にある国立病院の救急救命室へと走り出した。こうなってもやはり輝に出来る事は何一つない。ただ祈るのみである。
「睦月……睦月ぃ……」
 地面にへたり込み自分の無力さに咽び泣く輝。結局、輝は一連の事件で何もする事が出来なかった。
 異能力者でもない、戦闘訓練も受けていない、ただの天文学者の端くれでしかない三十路前の男が出来る事など始めから何も無かったのだろうか。
 だとするなら何故天津甕星達は輝を選んだりしたのだろうか。
 彼をアルコル『かすかなもの』と知りながら、何故このような過酷な運命に巻き込んだりしたのだろうか。
「すまなかったね、先生」
 救命隊員から応急処置を受け松葉杖を突いた天津甕星が、輝の元に歩き寄ってきた。その顔は申し訳なさそうな神妙な面持ちだ。
「優しい先生が、いくら大罪人と言えども教え子を裏切れない事は分っていた。それでも私は運命に抗う事に賭けてみたんだ」
 本来、天津甕星達が思い描いていた計画はどんな物だったのか、今となっては知る由も無い。いや、今更知る意味など無い。
 全ては終わってしまった事なのだから。最悪の結果を迎えた結末は、ゲームのようにリセットできないのだから。
「結果はこうなってしまったけどね……」
 無言のまま天津甕星を見ない輝。
 世界全体で見れば輝の選んだ選択は正解だ。こうして世界は無事だったのだから。しかし輝にとっては違う。
 二人の教え子を死に追いやってしまった結末は、一人のただの男が背負うにはあまりに重すぎる結果だ。輝の背中には見えない十字架が背負われたのだ。
 それを見てこれ以上かける言葉も謝罪の言葉も思いつかない天津甕星も、ただ黙って輝の横に腰掛けた。
 肩と肩が触れ合う。人の温もりを感じると不安や恐怖と言った感情は和らぐと言う。しかしこの時の輝の感情は、その程度の事では和らぎ様も無い程に傷つききっていた。
 神にも罪悪感はある。国の、世界の為とは言え、こんな事に一般人の何の力も持たない人間を巻き込んでしまった事を悪く思っている。
 それでも神だから、人間に掛ける言葉も接すべき態度も分らないのだ。だから天津甕星はせめてこうして隣に座った。
 夜人々を見守る星のように、天津甕星にはそれしか出来ない。
 そこに遅れて来た八意思兼が、同じように松葉杖を突いて近づいてきた。
「全てが終わったからこそ改めて問う。天津甕星よ、こうなる事が分っていて何故この島に来おった。お前は人間界に干渉した罪で、また何百年も封印されるのじゃぞ」
「封印なんて、もう慣れっこだよ」
 基本的に神は人間に干渉しない。まして天津神を追われた天津甕星がそれをしたとあっては、天津神の八意思兼のようにはいかないだろう。
 それでも自ら汚れ役となって人間界に干渉した理由、それを訊ねる余裕も今の輝には残念ながらない。
 ただ、天津甕星が封印されると聞いて、それまで俯いていた輝は顔を上げた。見ると天津甕星、甕の顔は寂しそうな色を浮かべている。
 やっと自分を見てくれた輝に対し、こんな事に巻き込んでしまった甕はこう言うしかなかった。
「先生……ありがとう。そして、さようなら」
 そう言うと天津甕星は松葉杖を付きながら何処かへと向かって歩き始める。しかしその姿を見ても輝は動かない。
 心のどこかに引っ掛かりが有るのだ。
 分っていても思ってしまう。もしもっと上手い結末があったら。天津甕星が早く本当の事を教えてくれていて、輝が正しい選択肢を選べていたら。
 と、そこまで考えて輝は頭を振って悪い考えを振り払った。甕はいつも情報を輝に与えてくれていた。甕が思う最善の行動を取っていた。
 間違えたのは輝だ。理論的に考えないで、最後感情論で意思決定したのは輝自身なのだ。それを人のせいにする事は出来ない。
 ゆっくりとビッコを引きながら、次第に遠ざかって行く甕の後姿を輝は見ていられなくなり、再び下を向いた。
「星見空輝《ほしみぞらひかる》」
 そんなウジウジした輝に八意思兼が声をかける。真実を伝えなければならなかった。
 天津甕星が何故我が身も気にせず人間界に干渉したのか。双葉学園に来た理由を。
「『まつろわぬ民』とは当時、大和朝廷に従わず打ち滅ぼされた民のことであり、日本神話で現される所の『不順《まつろ》わぬ神』の事じゃった」
 睦月やリガルディーが言っていたまつろわぬ民、睦月と雪達の話だ。八意思兼は知識や知恵の神、全てを知っている。
 長い年月の内に蓄えてきた膨大な知識を使って、甕と睦月達の関係を輝に分らせようとしているのだ。それこそが輝が立ち直る唯一の方法と信じて。
「そして彼らが信仰していた神は星を司る神……つまり」
「それが甕さん、天津甕星だって言うんですか」
「そうじゃ。天津甕星は責任を感じていたんじゃろう。自分を信仰した者達を守ってやれんかった事を。そして、そのせいで彼らが荒神《あらぶるかみ》として道を踏み外してしまった事を」
 そう、甕はかつて果たせなかった責任を果たそうとしていたのだ。
 輝が守れなかったように、甕もかつて守る事が出来なかった。だから今度こそ守ろうと一般人である輝の力を頼ってまで想いを果たそうとしていたのだ。
 しかし結局今度も守れないまま、自分が巻き込んだ人間にまで自分と同じ思いをさせてしまった。甕は本気で輝にあの二人を助けさせようとしていたと言うのに。
 甕と輝と同じだ。守れなかった傷を抱えてこれから生きてゆかなくてはならない。いや、甕の方が……。
 髪と言えども思い通りにならない、救いが無いこの世の中で、輝はやはり救えなかった二人の命を想うと胸を締め付けられた。
 輝が気持ちを整理するのにどれほど時間が経ったろうか。あんなにゆっくり歩いていた甕の姿はもう視界には無い。
 やっと少し冷静になれた輝は、もう見えなくなった甕の方に向かって深々と頭を下げるのだった。
「じゃが、あの娘らは最後救われたのやも知れぬな」
 それを見た八意思兼が輝の背をポンと叩き話しかける。
「人間よ。どうか雪や睦月や、天津甕星が愛した優しい心のままでいてくれ。それが彼女らの願いじゃ」
 それを聞いて再び泣き咽ぶ輝の姿に、八意思兼は静かに別れを告げてその場を去って行った。。



「続きまして、昨日起こりました月の異常接近と東京湾上空に出現したオーロラについてのニュースです。国立天文台によりますと、昨日、全国で観測されました「月が異常に大きく見える」現象は、地球と火星の間にある小惑星帯《アステロイドベルト》から飛来した非常に質量の大きい隕鉄郡が地球と月の間を通過した事による重力レンズの効果であると発表し――」
 朝のニュースで昨晩までの事件の事が少し報道された。
 本当は人類滅亡だったかもしれない大事件なのに、真実を話す事が出来ない為このような何でもない『天のマジックショー』のように報道されるのである。
 その事が輝には寂しいような悔しいような、複雑な心境だった。
「結局、私は何も出来なかった……何の力もない、ただの人間だった……」
 昨夜家に帰ってからも雪と睦月の事を思い出し輝は泣いた。
 二人の命を失った事件なのにこんな扱い、と不満に思う事もあったが、大事にならなくて本当に良かったと思う理性もある。
 気持ちは、心はまだその複雑な心境を整理し切れないまま一晩悩み続けたのだ。
「雪くん……睦月くん……甕くん……すまない。本当にすまない……」
 もうこんな事にならないよう、これからはしっかりと考えて生きていかなくてはならない。
 二人の犠牲の元残った命を無駄には出来ないからだ。そうやって少しは気持ちが前向きに変わり始めてきた頃、甕の残した一枚の紙が輝の目に留まった。
「これは、甕くんが言っていた私の30年分の未来が書かれていると言う紙」
 この紙があれば輝は自分の未来を知る事が出来る。それは何千万何億金をつぎ込んでも手に入らない価値ある情報。これさえあればもう人生の落とし穴に落ちずに済むと言うものだ。
 あの時恐がって見れなかった紙を、輝は今こそ見る為ソッと手を伸ばした。その瞬間――。
「こりゃ人間ー!」
「うわぁ!? 一体なんですかーー!?」
 突然輝の安アパートのドアが弾ける様に全開された。
 こんな朝っぱらから一体誰がと思い、逆行で暗い入口を凝視すると、そこには見知った小さい女の子の影があった。
「早く逃げよ人間! 殺されるぞ!」
「八意思兼さん!?」
 その影の主とは先日高天原に帰った筈の八意思兼であった。もう会う事もなさそうな感じで去って行ったのに、次の日にはもう朝っぱらからアパートに乱入だ。
 そのような珍事に輝の、昨日までの暗い気分は一瞬ぶち壊しになった。
「早くせぬか!」
「あっ、ちょっ――」
 まだ朝食も途中で輝はどかどかと無許可のまま上がりこんで来た八意思兼に引っ張られる。
 袖を掴まれ引かれて行き、玄関を通り外に出てしまう。
「一体どうしたんですか? いきなり血相を変えて、と言うかもう会う事もないだろうって昨日」
「奴が来るのじゃ!」
「ヤツ?」
 輝はこのような神の奇行に観念したのか、ちょっと待ったをかけて履き慣れた草臥れ気味の革靴を履く。
 その間も八意思兼は腕を組み脚をリズミカルに上下動させ、一分一秒も惜しいと言った風な雰囲気を出している。
 やがて輝が靴紐を縛り終えると、そのまま手を引いてまたまた駆け出すのだった。向かう先は学校とは正反対の方向、本土に続いている双葉大橋の方向である。
 歩調はやがて八意思兼が疲れたのかただの早歩き程度まで落ちた。とは言っても女子小学生くらいの身長の八意思兼の早歩きだ。輝にとっては普通に歩いているのと変わらない。
 そんな中、暫らく歩き人影が少なくなってきた所で八意思兼がやっと輝に事情を説明し始めた。
「恐ろしく高慢ちきで偉そうで傍迷惑な奴が来るのじゃ!」
(それ自分の事言ってるのかな……)
「今なにか失礼な事考えてたじゃろ?」
「いえいえ全然!」
 恐ろしく高慢ちきで偉そうで傍迷惑な神とはどんな人なのか?いや、人ではなく神かもしれない。
 兎に角八意思兼のこの慌て様、尋常ではない人物がこれから双葉学園に来るだろう事は容易に想像がついた。
「それより一体誰が来ると言うんですか? そんなに危ない人が来るんですか?」
 輝は思った通りの事を質問した。端的に誰が来るのか?をれを知る事がまず第一と考えたのだ。
 だが八意思兼はそんな考えている暇も惜しいとばかりにズンズンと歩みを進める。そして早歩きで息切れしながら答えたのだ。
「人ではない、神じゃ。そして危ないと言うより、あの方が居ないと生きとし生ける者全てが困る事になる」
 その神の名は――。



「これそこな男」
「え? 僕ですか?」
 同時刻、輝達が慌しくしている頃双葉学園大学部のキャンパスに一人の女性の姿があった。
 時刻は早朝七時半、まだ部活動やサークルの朝練をしている生徒や用務員、一部の教職員しか校内には居ない。
 そんな閑散としている大学部キャンパスで、テニスの朝練をしているコートにその女性は入っていった。
(うわ、巫女服だ。本物? それともコスプレかな?)
(て言うか誰? 入部希望者?)
 そんなヒソヒソ話が始まる中、件の人物は注がれる視線をナチュラルに受け流し、まるで注目される事は慣れていると言った風な態度で堂々と部員の一名に話しかけたのだった。
「もし 星見空輝と言う人間を探しておる そなた居場所を知らぬか」
「いえ、聞いた事ないですね。ごめんなさい」
「うむ」
 渦中の人物は凛とした涼やかな声でそう言った。決して大きな声ではなかったが良く通る声で、練習中だった全部員が声の主に注目した。
 女性は巫女さんのような白い着物に赤い袴を穿いていた。首には鏡のような変わったネックレスを下げ、純白に朱の紐で飾りつけがしてある羽織りを着ている。
 髪は黒髪のロングストレート。まさに烏の濡れ羽色と言ったような表現がピッタリくる艶やかな黒髪だ。そして髪と同じくらい黒い大きな瞳も人目を引いた。
 その女性は現われただけでその場の中心になってしまうような、不思議な存在感に満ちていた。
 整った顔つきに穏やかな表情、その口から次の言葉が紡がれるのを、その場の全員が思わず待ってしまうほど美しい女性だった。。
「では星見空輝を探す方法は知っておらぬかえ」
「それなら島内放送を使えば良いと思いますけど……失礼ですが、どちらの方ですか?」
 確かに女優かモデルのように綺麗な女性だったが、意外と綺麗どころの多い双葉学園。生徒はある意味美人慣れしていたせいもあって、その人物が怪しいと言う事を認識する事が出来た。
 敵意や悪意があるようには見えないが、目的は聞いておく必要があるだろう。不用意に学校の施設を教える訳にも行かない。
 そう思い男子生徒がその女性の素性を聞くと、巫女服の変わった口調で話す大和撫子はこう答えたのだ。
「わらわを知らぬとは無礼な奴よ まぁよい名乗らなかったこちらの非礼もあるしの」
 その口から語られた言葉は真実の言葉。
 女性は神道で最も高い位にある神。太陽神であり高天原を支配する女性神。その名は――。
「わらわは天照大神《あまてらすおおみかみ》 豐葦原中國《あしはらのなかつくに》の最高神である」



「月の作戦は失敗したそうねぇ……」
 大理石で囲まれた神殿に甘い声が響き渡る。
 多くの部分を外からの光のみを光源とした作りの神殿は、光に照らされた所以外は漆黒の影で隠れ、石造りの作りが冷たい印象を与えている。
 その神殿の最深部、紅い絨毯が入口から一直線に伸びる先に、豪華絢爛な椅子に座る一人の女性が居た。
「申し訳御座いません。後一歩の所まで行ったのですが、天津甕星の奴に邪魔をされまして」
「ふぅん……やっぱり『不順わぬ神』って事なのかしらぁ」
 その玉座の前に傅く一人の男が『永遠の満月事件』の顛末を報告した。
 作りは古代ギリシャの神殿のようなデザインの中に、古代日本の着物を着た男がポツンと居る様は何か妙な違和感を覚えさせる。
 その男が使える主は玉座にラフに構えたまま、プラチナブロンドの髪を指先で弄っている。瞳は赤く肌も透き通るような雪色だ。
 その人物もまた神殿に似合わぬ金銀錦で飾り付けられた豪華絢爛な十二単を着ている。現実離れした美しさを持つ女性は気だるそうに天津甕星の事を『不順わぬ神』と言った。
「まぁいいわぁ。運命を変えたのは無能力者じゃないものねぇ……運命は変わっていないはずよぉ」
「次はいかがなさいますか? 月読命《つくよみのみこと》様」
 顔を下げ報告していた男はその厳つい顔を上げ目の前の主に尋ねた。
 月を司る日本の最上位神の一柱。『月読命』それが彼女の名前だった。
 太陽を司る最高神天照大神とは姉妹に当たるこの神が、裏でどう糸を引いていたかはまだ分らない。
 しかしその月読が絡んでいた以上、この『終末の運命』はただリガルディーが掴まっただけで終わるはずが無いのだ。
「次の十三番目の星座が輝く夜……きっと星々の雨と永遠の夜が来るわねぇ」
 月読が神殿の外、砂の大地と地平線と真っ黒な夜空しか見えない景色を見つめながら言った。
 ここは月読の神殿。高天原であり天であり宇宙である神々の世界にある天体の一つ、月に存在する彼女の為の祠。
 そこから月読は何を見て何を思うのか……人間である輝達には分らない。
 ただ一つハッキリとしている事、それは今度こそ『何の異能力も持たない人間』によって運命を変えなければ、地球最後の日が来ると言う事だった。
 星見空輝と天津甕星の物語はまだ続く。
 神々の思惑の中翻弄されながら、真実へ向かう旅はまだ始まったばかりなのだから。



――永遠の満月の方程式 終わり――






※おまけ

「先生なら聞いた事があるかな、『|復讐の女神《ネメシス》』と『反地球《クラリオン》』と言う星を」
「そ、それは存在しない星の名ではありませんか! それが一体何の関係が」
「ラルヴァや異能力者なんてものが実在するのに、何故ネメシスとクラリオンが存在しないなんて言えるんだい?」
「それは……物理学上存在し得ないから……」
「だがまだ実際には観測結果は出ていないよね」
「確かに……」
「先生、異能力によって既に宇宙の理は破られた。そして『永遠の満月の方程式』の元となるラグランジュの五次方程式には解が他にも存在したね?」
「L3……X-18-999ポイント……」
「俗に言う『マリオネット・ポイント』と呼ばれる場所じゃな」
「『宇宙の盲点』……まさかラルヴァや異能力は……まさか……」
「2600万年おきの生物の大量絶滅――本来ならば人類にはまだ2000万年の猶予が残されておった」
「しかしそれももう終わりなんだ。ネメシスは既にある星に軌道を乱され、オールトの雲を掻き乱してしまった」
「まさか『グリーゼ710』ですか!?」
「ご明察じゃ」
「滅びの時はまだ終わっては居ないよ、先生。今度こそ異能力者の力もラルヴァの力も借りず、何の力も持たない人間の手で運命を覆さなければ――」

――その時こそ、人類は天の理によって絶滅する――

「先生、今度こそ覚悟はいいかな?」
「私に何が出来るか分りませんが……やってやりますよ。今度こそ、私自身の意思で」
「決まりじゃな」
「では行くとしようかの」
「どこにですか?」
「宇宙の事なら行く先は決まっておろう」
「まさか……まさか本当に!?」
「さ、行くよ先生。米国のNASAへ。そしてもう一つの地球であり黄泉と呼ばれる|遥か彼方《ニライカナイ》の地、反地球《クラリオン》へ」
「そしてそこで再び出会うのじゃ。お前の愛する亡き人とな」



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