【大久保君】


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   大久保君


 僕が唐突に大久保君のことについて語りたくなった理由は、この外界と遮断された環境である双葉島にて偶然再会を遂げたからである。
 小学生以来となる旧友の姿は当時とほとんど変わり無く、笑ったときに口の端を少し吊り上げて「ふふっ」と声を出すような、ニヒルな感じも記憶のままであった。高等部の校内放送で彼の名前が流れたことで存在を知り、つい先ほど喫茶店で談笑をしてきたところだ。
 僕は江戸川区の小学校に通っていた。ミニ四駆が大流行すればあっさりそれに乗っかり、お小遣いも田宮のパーツに費やしてしまうような流されやすい子供だったと思う。ブームがポケットモンスターに移行すればミニ四駆用ニカド電池をゲームボーイに転用し、コロコロコミックでハイパーヨーヨーが特集されれば、今度は祖父母にねだって金属ベアリング内蔵式の高価なものを買ってもらった。
 あの頃はみんなそうだった。みんなで金持ちのところに集まってミニ四駆のコースで遊んだり、みんなで黙々とポケモンに集中したりするのだ。
 そんな中、一人変わった少年がいた。それが大久保君である。
 大久保君はテレビゲームが大好きだった。親がしつけに甘い人で、一日中スーパーファミコンで遊んでいると聞いてとても羨ましかった覚えがある。
 とりわけ好きなジャンルのゲームが、ロールプレイングゲームであった。僕らの世代で言うとドラゴンクエスト、ファイナルファンタジー、聖剣伝説、そしてクロノトリガーといったタイトルが思い出せる。
 僕は歳の近い妹がいることもあり、持っているゲームはマリオとかカービィとか、任天堂のアクションゲームばかりであった。だから、大久保君の目をきらめかせて長々と語る様子に半ば気後れしつつ、せめて彼が楽しい気分のままでいてくれるよう、無難な相槌を繰り返してきたものだった。
 そのような趣味嗜好が、今となっては彼にスイッチが入るきっかけであったと思う。
 夏が過ぎ、修学旅行もとっくに終えて、男子の間でどの女子が好きだの、隣のクラスの相馬がうちの樹里ちゃんと付き合ってるらしいだの、非常にこそこそした恋愛話が加熱し出していた時期のことである。
 大久保君はサイレンスな微笑と共に、確かな足取りで近づいてくると、しっかり僕に指を差してこう告げた。
「君は、『地』の戦士だ」
 僕は、すぐにはその発言の意味が理解できなかった。
 ききかえしてみても、大久保君は自信満々に確信めいた、例のニヒルな笑みを崩さない。そして同じことを僕に繰り返し言ってきた。
 やがて、鈍い僕にも理解が至るのである。
 僕は「勇者」から啓示を受けたのだ。


「君は地の戦士だ。大地のパワーを操れるんだ」
「お前は何を言っているんだ」
「嘘じゃないよ。手を下げて、地のパワーを集めてみよう」
「はあ。えっと、こう?」
「そう! どうだい、熱を感じてきただろ?」
「うん、多分」
「それは君が地の戦士である証拠だよ!」
 いつものように適当に相槌を打ったのが、逆に利用される。こんな屁理屈を友達相手にしだすとは夢にも思わず、悲しくなったものだ。
「そろそろパワーが溜まってきたころか」
「うん、多分」
「それを地面にぶつけるんだ」
 そう指示された瞬間、僕は右手に集めた「地のエネルギー」を、思い切り真下の床面に叩きつけてみせた。
 鉄筋四階建てで、昭和62年完成の比較的新しい校舎は、まるでびくともしない。
「それが君の魔法『地割れ』だよ」
「地割れなんて起こらなかったけど?」
「今、地球のどこかで軽い地割れが起こったはずだ」
「ああ、なるほど」
 視野の狭さを反省させられたものだ。世界は江戸川区が全てであるわけがなく、現在真夜中であることだろうイギリスや、真裏のチリだって世界の構成要素なのだ。大久保君の描く宇宙的スケールにはことごとく感心させられた。
 結局のところ、僕は人がいい性格をしているせいか、大久保君の織り成す世界を茶化したり馬鹿にしたりできなかった。彼の視えるものを否定するような言動は、できなかった。
 だから、聞けば聞くほどものすごい話を引き出すことができた。いつも一緒にポケモンをする悪友加藤は「水の戦士」らしく、先日、水を自在に操る力を手に入れたそうである。加藤はすっかり大久保君の話に夢中になってしまい、ウォーターボールだのディープサブマージだの、水系魔法の自己開発に勤しんでいる。
 月の裏側では恐怖の大魔王が地球を滅ぼそうと息を潜めており(彼の真剣な面持ちで解説するところによると、地球から見て常に陰になっているところが盲点だったかとか)、奴が動き出せば、世界は瞬く間に終わりを迎えてしまうという。
 そんなカタストロフィを打ち砕くべく、「師匠」はある一人の少年を希望の光――勇者として覚醒させ、修行を施した。それが大久保君であった。
 だが語は都合よく行かず、勇者一人では大魔王を倒せないというのだ。どうすればいいのか? ・・・・・・勇者はこのクラスに必然的に集結している「選ばれし者」を一人ひとり目覚めさせ、力を合わせて打倒することにした。それが僕が地の戦士として、あるいは加藤が水の戦士として能力を手に入れた理由なのである。
 他にもサッカークラブでモテモテの駒場君とか、太っちょの池田君とか、ありとあらゆる人者が選ばれし力を秘めていると聞かされたからびっくりだ。思っていた以上に風呂敷は広いようだ。その中で一人異彩を放っていたのが、唯一の女子となる小宮さんである。
「小宮さんはどんな人なの?」
「彼女は回復能力がある」
「魔法を使うの?」
「違うよ」大久保君は顔を赤らめる。「彼女に触れると体力が回復するんだ」
 さすがにもう言葉が出なかった。


 そのようなことがあってから数日後、地球の命運をかけた戦いが火蓋を切って落とそうとしているのか、クラスに暗雲が立ち込めていた。
 大久保君はヤバいよ。
 大久保君は頭おかしいよ。
 やはり例の物語に、僕だけでなく不特定多数の人間を巻き込んでいた。勇者は仲間を増やすどころか孤立していく一方だ。
 そんな冷えた視線も怖くないのか、その日も大久保君は絶好調だった。二人で下校していたときのことである。
「ああっ!」
「どうしたの?」
 急に大久保君がハッとしたような顔つきになり、その場から駆け出したのだ。三メートルほど離れたところで引き返し、僕にこう告げる。その表情はひどく深刻だった。
「遅かった。師匠は殺された」
 なぜこの場で師匠の死を掴むことができたのか、もはや突っ込む気も起こらない。きっと勇者の勘というやつなのだろう。あれこれ段取りや説得力を要求していたら、大久保君の物語は完結までたどり着けない。
「もう魔の手は迫っている。マズいな」
「へえ。僕ももうすぐ戦うのかな、地の戦士として」
「どうやらその日は遠くないようだ。ほら」
 いつもの意味深なだけの台詞の最後に、大久保君は「ほら」と付け加えた。僕は違和感を覚え、彼の指を差す方向を見てみる。
 軽自動車サイズのネズミがよだれを垂らしていた。
 それに僕は一瞬で足がすくんでしまう。
 確かに僕らの目の前に、おぞましき化物がいたのだ。
「師匠が倒れたということは・・・・・・防波堤が破られたということ」
 勇者になりきっている大久保君は、ニヒルな嫌らしい笑みを浮かべながらそう言う。
 何で怖くないのかと。当然のごとく僕は冷静でいられず、汗をいっぱい流しながら震えていた。指先から背筋、少しでも動いてしまったら噛み付かれそうだった。重機のような大きさの前歯は、僕の体などたやすく噛み砕いてしまうだろう。
 しかし、大久保君はすっと一歩前に出る。正気かと僕は驚いた。
「戦おうか、増本くん」
「はあ?」
 変な声を上げた僕に、大久保君はふっと静かな笑顔を向ける。
 すると、彼は右手に巨大な太刀を呼び寄せた。一瞬僕らの顔を包み込んでしまったぐらい、剣の放つ光は白くて眩しくて、輝かしかった。
「嘘・・・・・・」
 夢としか思えない。僕の頭が狂ってしまって、大久保君の物語に取り込まれたなどとは思いたくなかった。何だか悔しいから。
 そうこう困惑している間、大久保君は果敢に飛び出していき、怪物ネズミに鮮やかな一太刀を浴びせる。直撃したが、致命傷には至っていない。
「さすがにHP多いな」
 遅れて、それがRPGの用語であることに気付く。
 すぐにネズミは大久保君の肩に噛み付き、反撃に出た。ダメージが大きかったらしく、彼は一瞬動けなくなる。そのためもう一度ネズミのターンになってしまい、真正面から突っ込んでくる攻撃をもらってしまった。
 至近距離で大砲をぶっ放されたかのように、大久保君は僕のところまで吹っ飛んできた。
「二発連続でクリティカルとは、ついてない・・・・・・」
 彼のHPバーがレッドゾーンにまで緊迫しているのを、僕も見えたような気がした。
 大久保君はしばらく立ち上がれないようだ。その間にもネズミは距離を詰めてくる。
 僕はとても焦った。どうすればいいんだ。
 そのときふと、右手がかなり発熱していることに気付く。
(そうだ。僕は「地の戦士」だ)
 恐竜を連想させる凶悪の形相で、人食いネズミは接近してくる。そのほんの数秒の間に、僕は右手に地のエネルギーを溜められるだけ溜めた。
 ネズミの及ぼす風圧が届いて僕の額をぺろりと舐めたとき、臆病な僕は耐えられなくなって、とうとう全力を地面にぶつけたのである。
 すると路面が十メートルに渡って縦にひび割れ、ネズミは隙間に落下してしまった。勢い余って深くきつくはまり込んでしまい、頭だけを露出した哀れな姿となった。
「十分だ」
 それを見て感嘆の言葉を上げたのが、我らが勇者である。
 大久保君は高らかに飛び上がり、落下してきたと同時に、光の剣でネズミの頭部を両断した。


 悪友の加藤は、単に大久保君の話に乗せられたわけではなかった。加藤もまた彼の戦いに巻き込まれ、モンスターとの戦闘の中で水の力に目覚めたというわけだ。
 それからある日のことだった。僕と加藤と大久保くんは一緒に下校しながら、「今度は誰を戦いに呼ぼう」「早く世界を救うんだ」などとわいわい語り合っていた。
 そんな僕らの前に、見知らぬ青年が何名か立ちふさがったのである。
 彼らはとても穏やかで優しい表情をしていたが、突然彼らの手が僕の頭に伸びると、まるで徐々に電気が消えていくかのように意識が無くなっていった。
 ・・・・・・次の日から、加藤や友人たちとまたミニ四駆やポケモンで遊ぶ、いつもの日常が始まった。もう意味不明なRPGの妄想話で盛り上がることは、二度と無かった。
 今だからこそ理解できるのだが、あの時僕らの世界から、大久保君という人物は消滅してしまったのである。


 ちょうど僕が高校三年生になろうとしていたころ、妹が「異能」に目覚めてしまった。
 そのせいで僕ら家族は新興「双葉島」に移住することになり、僕も双葉学園生として異能やラルヴァについて勉強する生活が始まった。2002年のことである。
 自分の中で「異能」に関する知識や情報が解除されると同時に、今までどうして忘れていたのだろう、大久保君のことも記憶に蘇る。
 これは僕の想像なのだが、あの戦闘シーンは大久保君の異能だろう。周囲の人間を巻き込んでRPGごっこをする、そんな力だと思う。それが発現してしまったために彼は異能者によって管理されることになり、僕らクラスメートの記憶も操作されたのだ。
 さて、大久保君との再会についてである。
 彼は昔とちっとも変わらないニヒルな笑みで、突如として始まった異能者としての生活(当時はまだ双葉学園は開校していなかった)について愚痴も交えながら、長々と教えてくれた。
 大久保君は現在ライトノベルの執筆が趣味で、この日、喫茶店で作品を見せてもらえた。ラノベと言うからには、僕はかつて彼の描いたファンタジーを予想し、非常に楽しみにしていた。だが、どれもこれも僕の期待を裏切るものばかりであった。
 まず、やけに理屈っぽくて退屈だ。
 僕の知る大久保君の話は、「説得力」なんて二の次な、ひたすら勢いに溢れるものだった。
 次に、かなり現実的で変化に富まない。
「現実だったらこうだろう?」「都合よくはいかないだろう?」僕の漏らした感想に対する、大久保君のコメントである。
 そして、何だかこまっしゃくれている。
 見せてもらった作品全てが何かしら「オチ」ていて、それが執拗なぐらい徹底されている。
 これが落語であったら少しは楽しい気分で終われるのだが、大久保君の作風は子供を馬鹿にして手玉に取り、騙して見下すかのようなとても気取ったものであり、読むほうをペテンにかける落とし方をするから正直言って全然楽しくない。ひどいものはそんな「オチ」だけが存在し、それ以外の要素は適当に描写されていて非常につまらなかった。
 創作はその人の内面を映し出すものである。だけど僕は人がいい性格をしているせいか、面と向かって手厳しいことを言うことができなかった。
 それでも彼の変貌を受け入れられない僕は、ついに過去のことについて言及してしまう。
「大久保君は、RPGみたいな話が楽しかったんだけどな」
「・・・・・・えらく大昔の話だな」
「覚えてるよ、勇者とか地の戦士とか、小宮さんとか」
「増本くん」
 と、大久保君は右の手のひらを僕に向け、制止を促す。その顔はかなり真っ赤であった。
「思い出したくないんだ。恥ずかしいよ」
 僕は相槌すら打てず、必死に頭をかきむしる大久保君を、黙ったまま眺めていた。


 これは後になって人から聞いた話なのだが、やはり大久保君の異能は僕の想像通り、妄想を具体化する類の力であった。
 しかし、ある日を境に彼は自分の異能をこの上なく嫌悪するようになり、力を全く使わなくなってしまう。激しく嫌うあまり、ついには「消滅」してしまったらしい。
 それは彼が中学二年生の、終わりごろの出来事であった。



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