【雪うさぎ、目を覚ます】


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 窓際の席で空を見つめ、一人ため息をつく。私の悪い癖だ。
 周りの子は友達とおしゃべりをして、楽しくやっている。中等部に進学して二ヶ月がたち、そわそわしていた雰囲気も落ち着きだした頃だった。
「楽しそうだこと」
 私は中々みんなの輪に入れない。昔からそうだった。
 私は小学校三年生のとき、異能に目覚めたことでここ「双葉学園」に編入させられた。
 ちょっとしたきっかけで「空中浮遊」の力を手に入れたのだ。私は素敵な力の発現に大喜びをし、あの日、高まる期待感とともに両親に報告をした。
 私の家は夫婦喧嘩ばかりで、両親の間にはいつも一触即発の空気が流れていた。私の前であるにも関わらず、露骨に私の親権を押し付けあっているような愛の無い家庭だった。洋服も、ろくに新しいものを買ってもらえなかった。
 だから少しでも二人に認めて欲しくて、可愛がって欲しくて。私は自分の力を見せた。
 宙に浮いている私に向けられた、絶句の表情。恐怖におびえる視線。まるで異星人と出会ってしまったかのような、尋常でない震えよう。
 私はそのとき全てを理解し、涙がこぼれた。
 この件が決定打となり、私は双葉学園に押し付けられた。両親から連絡先も教えてもらえず、事実上、捨てられた仔猫となってしまったのである。
 町を出て行くときはやけっぱちになり、私を知る人間の、全員の記憶を消去するよう学園の人間にお願いをした。そして私自身にも何らかの記憶操作を施してもらった。それはとても悲しい内容であったように思える。
 それぐらい、そのときはあの町や人間に何の未練も無かった。


 一人ぼっちで下校し、寮の自室に帰ってきた。
「ふぅ」
 ベッドに腰かけると肩をだらりとさせ、息を大きくつく。歩くだけでとても疲れた。
 日ごろの健康不足・運動不足で、かなり憂鬱な気分である。学園に来たことで立派な制服を着るようになり、眼鏡もややましなものに変えたが、鏡の前では色々と残念な風貌を拝むことができる。
「死ねばいいのに」
 自分自身にネガティブな言葉を放つ。最初の頃こそ飛行能力者として注目を浴びた私だが、両親との件がトラウマとなってしまい異能を使うことができなくなっていた。今では一般人同然の、ただの足の太い女の子である。
「何しに転校したんだろう」
 今日までそのことばかり考えてきた。物憂げに空を見ながら。
 もしもあの人でなしな両親に異能のことを告げなかったら、こんなふうにならなくて済んだ。あのまま地元の町で暮らしていただろう。けど、今更どうすることもできない。
 携帯電話を開く。誰からのメールも届いていなかった。
 実は、私には付き合っている人がいる。
 あまり親しくないクラスの女子から紹介されたのだ。大きなお世話というやつである。
 名前を藤村くんといった。「初等部の頃から気になってました!」という、こちらがびっくりするぐらいのガチガチ定型文で頭を下げられてしまい、その場でノーとは言えなかった。
 そうして始まったよくわからない交際だが、これがまたスケベな男で、ことあるごとに私を部屋に連れ込もうと画策していた。下心が見え見えすぎてうんざりするぐらいだった。当然そんな身勝手な男のことなど好きになれず、断固として体を許したことはない。
 そうしてきっぱりとしていたら、いつの間にか彼はメールも送らなくなり、聞くところによると二股をかけているとか。
「ま、どうでもいいし……」
 とはいえそのような扱いは、悲しくないかと聞かれたら当然悲しい。自分は彼に心を開いていなかったし、しかも魅力に欠けるのは自覚していたが、心は深く傷ついていた。
 小腹が空いてしまい、つい棚からドーナッツの袋を取り出してしまう。気持ちがひどくやさぐれている夜は、寝転がって甘いお菓子をたくさん食べるに限る。
 こんなことをしていたら、また体重は増えてしまうのに。
「そんなことをしていてはいけません」
 と、ここでどこからか声が聞えてきた。女の子の声だ。
「誰?」
 私は透明の袋を丁寧にたたみ、脇に置く。ドーナッツはとっくに完食した。
 すると私の部屋の中で星屑が集まってきて、目の前でぐるぐる回りだしたのだ。そしてマジックのようにポンと弾ける音がし、私はその発光に驚いて顔を覆う。
 手をどけると、そこには六歳ぐらいの女の子がいた。
「私はマルガリータ」
 白いふんわりとしたドレスに、鮮やかなオレンジ色のリボンが、手首や胸元でアクセントとなっている。スペイン王朝の王妃がラルヴァとなって出現したのだ。
 突然の登場にびっくりしたが、見覚えがある。小学生のときに読んだ美術のビジュアルブックに、ディエゴ・ベラスケス作の名画「ラス・メニーナス」は収録されていた。
 その絵に出演している少女が、今まさに私の目の前にいるのである。彼女は目を可愛く吊り上げ、怒ったような顔を作り、こう言ってくる。
「マリ、そんなことをしていてはいけないわ」
「だって、どうせ私なんて」
「体重計に乗ってごらんなさい。手遅れになりますよ」
 幼女がとことこ体重計を運んできたので、仕方なく私は起き上がり、それに乗る。
 体重計のデジタル表示は、しれっと想像以上の数値をたたき出した。
「死ぬね」
「早まらないで!」
 ドアノブに手際よく紐をかけているところを、マルガリータが後ろからしがみつき、阻止してくる。
 そうしたあと私たちは気を取り直し、小さなテーブルを囲むように座った。私はショックなあまり、しょんぼり両肩を落としていた。
「昔はあんなにやせてたのにな」
「あなたの怠慢のせいです」
 王妃は湯飲みを小さな両手で持ち、緑茶をすする。
 それからコトリと湯飲みを置き、じっとつぶらな瞳を向けてきた。
「マリ、あなたのことを待っている人がいます」
「え?」
「その男性は、今でもあなたに会えることを信じています。あなたのことを待ち続けています」
 マルガリータの言うことの、わけがわからない。私なんかを知っていて、私なんかを待ってくれている「男の人」。藤村くんがそんなわけないと思うし、全然心当たりがない。
「いるわけない。そんな人、覚えてない」
「だから、私は貴女に会いにきた」
 少女は立ち上がると、自分の胸に両手をかざす。
 するとマルガリータの胸元で、百合が咲いたかのように淡い光が現れる。手のひらを上に向けてひらりと返したとき、そこには写真立てぐらいの小さな額縁が乗っかっていた。
「これがその人よ」
 覗きこんでみると、私と同じぐらいの歳の、男子生徒の姿があった。
 教室でのワンシーンだろうか、彼は席に着いて授業を受けている。黒板を見つめる真っ直ぐな視線、ぴんと延びた綺麗な姿勢。
 その姿に、ほんのわずかながら見覚えがあった。あるときからその姿に憧れ、恋焦がれ、窓際の席からさりげなく彼のことを見つめていた、そんなときがあった。
「さぁさ思い出しなさい、九重真璃。失われた美しき想い出を取り戻してあげるため、私は貴女に会いにきた」


 それは四年前の、秋ごろの話。
「落ち着いた?」
「うん」
 私はある男の子の腕に抱かれていた。
 今はもう離れ離れになってしまった、忘れようにも忘れられない人。こんな暗くて可愛くない私でも、初恋はちゃんとあったのだ。
 高い木の上で、仔猫が降りられなくなっていたので、私がその子を助けに行った。だけど靴紐を引っ掛けてしまい、落っこちてしまった。
 死にたくないと必死に思った瞬間、不思議なことが起こる。
 突然ふんわりとした温かな力に包まれて、落ちるスピードが低下したのだ。
 そう。これが、私の「異能」の目覚めだった。
 空中飛行の力が端的に現れたことで、私も仔猫も地面に叩きつけられることはなかった。それから三人で石段を降り、国道に戻ったとき、私たちは歩道の脇にダンボール箱が置いてあるのを見つけた。
「拾ってください、だって」
「捨てられたんだ、キミ」
 仔猫を抱き上げながら、私はしみじみと語りかける。
 可愛くなくなったから捨てられたのだろうか。邪魔になったから、いらなくなったのだろうか。私は胸が詰まり、泣いてしまいたい気持ちになる。
 共感共鳴の気持ち。「せめてこの子だけは」という気持ちが生まれる。だけど、やはり私の力や環境ではどうにもならないのが現実だった。
「僕が飼うよ」
 それに私はびっくりし、彼のほうを向く。
「こんなに可愛いのに。ひどいことをするなあ」
 仔猫はいい飼い主に恵まれたことを喜んでいるのか、しきりに鳴いて彼のことを呼んでいた。そんな彼の見せた本当の優しさに、私までもが幸せな気持ちになっていた。
「マリちゃん、名前つけてもいいよ」
「私が?」
「僕じゃちょっと、可愛いの付けれる自信がない」
 私はじっくり考える。いつも投げやりにものを考えて、適当な態度で物事を決めてしまうことが多かった私だが、このときばかりは一生懸命考えた。
「シロ」
「し、シロ?」
 さすがに相手は仰天していた。それにくすっとしてしまう。
 だって、黒猫なのにシロなんて。けど、私の心はそれで決まっていた。
 なぜなら、この子は私にとってもそっくりだったから。
 親のいない、誰にも可愛がってもらえない可哀想な仔猫。ぜひ彼に守ってほしかった。


 そうして私は、小学生のころの甘酸っぱい思い出を取り戻したのである。私は学園の人に、平田広海に関する「私の」記憶も消してもらうようお願いしていた。
 どれだけ彼が私の事を好きでいてくれたって、この島に来てしまったらもう二度と会えないのだ。私一人の力では、彼の事を忘れられる自信が無かった。
「でもマリ、私もいつか会えると思っていますよ」
「無理だよ。ヒロくんの記憶も消しちゃったから」
「それでも彼は、心のどこかであなたのことを覚えている」
 私はもう一度、額縁の絵を見る。彼の眼差しは真剣そのもので、相変わらず勉強熱心なのがよく伝わってくる。まさに私の知るヒロくんだった。四年前、私に心を開いて接してくれたときと同じ、とても真っ直ぐな目をしている。
 なぜヒロくんはこんなにも頑張っているのだろうか。
 やはり無意識のうちに、私のことを覚えてくれているからだろうか。
「ばかだ……。ヒロくんすっごくばかだ」
 涙が溢れてきた。いったい私は何をやっているのだろう、と。


 次の日から、私の自堕落な生活は一変した。
 下校してからすぐにジャージに着替え、島内をランニングする。
 まずは体重を落としてしまいたかった。もともと運動は得意で、体操や鉄棒は強い自信を持っていた。だがそんな特技も、今の太い足や二の腕、胴回りでは困難だろう。
 異能で何でもできる環境の双葉学園でも、「ダイエット」だけはどうしても楽な道を見つけることはできなかった。変なところで現実的で厳しいのが、異能社会なのである。
 一キロ走っただけで、すっかり息が上がってしまう。相当体はなまっている。でも、ヒロくんが頑張っているというのなら私も頑張りたい。変わりたい。
 運動公園に入ってランニングコースを走行する。湿気のある中たくさん汗を流し、池沿いの道を走っていた。すると、木の下で子供が集まっているのを見た。
 枝にひっかかった青いボール。私はすぐに事情を理解した。
「取れなくなっちゃったの?」
「うん」
「取ってあげる」
 みんなの表情が明るくなる。木登りは私の得意分野だ。
 だがどうしたことか、足がうまく引っかからない。やっとのことで体重を乗せたら、何と木の皮がぼろっと崩れてしまった。上半身に頼って上ろうとしても、昔よりも腕が伸びなかったり、自分の体を持ち上げたりすることができない。
 信じられなかった。体重が増え、筋力が落ちたせいで、ほとんど上へ進むことができないのだ。
「お姉ちゃん、無理ならいいよ……」
 男の子の一人が、沈んだ声でそう言う。こんな醜態を見せられ、すっかり諦めてしまったようである。私は情けなくなった。
「待って」
 私は木登りを断念した。今度は両足をしっかり地に着け、呼吸を整える。
 四年前の感覚を呼び起こし、強く念じる。すると全身が温かい光に包まれて、体が軽くなっていった。私の魂源力は生きていた。
 やがて両足が地面を離れた瞬間、子供たちがボールのことも忘れて「すごい」と騒いだ。久しぶりに異能行使は成功した。喜びに浸る間もなく、私は目標である青い球のほうを向く。
 体がゆっくりと浮いていく。時折バランスを崩して落ちかけるときもあったが、時間をかけてボールに接近していった。汗が大量に流れ、息も上がりそうになる。これも増えた体重のせいだろうか。
 ボールの引っかかっている箇所は想像以上に高く、現時点でもう、公園の池全体が一望できる位置にまで到達していた。梅雨時の曇り空が目の前に広がり、今にも雨が降ってきそうだ。
 この辺りが体力の限界だった。全身から力が抜けていき、意識が朦朧としてくる。
「このままじゃ、落ちちゃう」
 とうとう空中で停止してしまう。今度は重力との戦いが始まった。力を抜いてしまえば、私は一瞬で地面に叩きつけられてしまうだろう。抵抗むなしく、私は少しずつ下がっていった。
「嘘、どうしよう」
 青ざめる。一度降下が始まると、私のちっぽけな力はみるみる打ち負かされていった。後先考えずに行動してしまったことを、非常に後悔する。
 そしてついに、緊張の糸がぷっつり切れてしまったかのように、私は自然落下してしまう。
 真下では子供たちの、大きな悲鳴を聞くことができた。私は真っ逆さまになって落ちていく。
 そのとき私の目に浮かんだのは、ヒロくんとの思い出の数々だった。
 一人ぼっちの昼休み、彼がわざわざ声をかけてくれたこと。
「白」を自分自身に重ねてこき下ろした私に、「白は好き!」と言ってくれたこと。
 木の上の仔猫を助けようとしたことや、自分も木から落ちてしまったこと。そして彼が受け止めてくれたこと。黒猫に「シロ」と名前をつけたこと。
 海辺でファーストキスを捧げたこと。涙ながらに「好きだよ」と告白したこと。
 私にはこんなにも美しい思い出があったというのに、それを全て打ち消すような馬鹿な真似をした。記憶を消さず、私も信じて待っていれば、本当にまた彼と会えたかもしれなかった。少なくともヒロくんは、今でもこんな私のことを待ってくれている。
(死にたくない!)
 心から私はそう思った。涙が空中に弾け飛んだ。


 ところが落下している途中、誰かに首根っこをつかまれる。
 何事かと思う余裕もない。ものすごい速さで引っ張られ、何か乗り物に乗せられた。
 混乱した気持ちを落ち着けて、よく見ると、それは乗り物ではなく「箒」であった。後ろを振り返れば穂の先から銀色の尾が伸びており、一本の筆となって空中に線を引いている。
 私を助けてくれた人物の背中を見る。視界一面に大きなマントが広がっていた。艶のある長い黒髪と、頭に乗っかるとんがり帽子。
「怪我は無いよね?」
「はい」
「しっかりつかまっててね、飛ばすから!」
 返事をする間もなく、体全体が後ろに持っていかれそうになる。私は見知らぬ「魔女」に連れて行かれ、二人で一つの弾丸となって双葉島の空を駆け抜けた。


「ただいま!」
「レイ、ご苦労だった」
 私たちは双葉学園のグラウンドに到着した。どうやら私が生命の危機にあることが学園に伝わり、この人がスクランブル発進したようである。
「ボールの件は後輩を行かせた。大丈夫だ」
 私は地面に下りる。立てなかった。やはり腰は抜けてしまっている。
 しかしそれよりも、目の前にたたずむ不思議な人たちが気になっていた。
 黒い帽子。黒いマント。長い箒。
 これほどまで美しく調和の取れた「魔女」を、私は見たことがない。
「ありがとうございました」
 人にお礼を言うのが苦手な私は、一生懸命そう口にする。
 それに対して、魔女の人はにっこり明るく笑ってくれた。
「お安い御用よ、九重真璃ちゃん」
「え? どうして私の名前を?」
「私たちが知らないわけがない。君も学園にやってきた飛行能力者だからな」
 そう言ってきたのは、銀色のベリーショートで青い瞳もきれいな、どう見ても日本人でない人だ。私とは違って眼鏡が似合っており、凛々しい。
 飛行能力者。昔もそのことでちやほやされたことがある。でも今の私は、それに誇りを抱くどころか、情けないあまり触れて欲しくなかった。先ほどの失態が恥ずかしいのだ。
 するとそんな辛い気持ちを察してくれたのか、銀髪の人が静かに微笑む。
「君は力の使い方を知らないだけだ。適切な指導をすれば伸びるはずだ」
「私たちはね、あなたたちのような子を導くためにいるの」
 二人がそれぞれそう言った瞬間、雲の切れ目から青い晴れ間が覗き、明るい日の光が差し込んでくる。
 そのときグラウンドで、四名の魔女がざっと横一列に並んだのを見た。みんな帽子とマントを着用しており、私に手を振っている人もいる。
 彼女たちは一斉に箒を横に寝かせ、手際よくまたぎ、足を浮かせる。グラウンドを滑走路代わりにして、一人ずつ滑り出すように離陸していった。
 やがて遠くで大きく旋回しながら、ひし形編隊を形成する。四人が箒を使って描く、四色のカラーライン。まるで双葉島の空に虹を架け渡しているよう。
 私はそれを、心奪われながら見つめていた。
「みんな、今のあなたのレベルから頑張ったんだよ」
「相当手を焼いたがな」
 銀髪の先輩が苦笑しながら言う。それでも後輩たちが自由自在に空を飛んでいるのを、とても嬉しそうに眺めていた。
「あなたにも、私たちが飛び方を教えてあげる」
 黒髪の先輩が自分の付けていた帽子を、私の頭にぽんと乗せる。そのとき私の中で、眠り続けていた何かが大きな産声をあげた。どきどきと気持ちが高鳴っていった。
 飛びたい。私も自由に空を飛んでみたい。
 空を飛んで、あの人の言ったことが本当なのか、この目で確かめに行きたい。
「まあ、君の場合はまず体の絞込みをしないとな。言っておくが甘くしないぞ?」
 帽子には先輩の匂いが残っている。力がみなぎってきた。視界がよどみなくクリアに晴れ渡り、はるかかなたにある輝かしい未来まで見えたような気がした。
 私は自然と自分の眼鏡に触れていた。その眼鏡を、ジャージのポケットに入れてしまう。
「さて、九重。どうする?」
「入れてください」
 しっかりと二人を見てそう言った。
 ぼやけていた視界が徐々にくっきりとしていき、きちんと二人の顔を補足する。彼女たちなら、私を私の望む未来に導いてくれるはずだと確信していた。
「私を魔女にしてください」
 これが、椎名レイ先輩と柊キリエ先輩との運命の出会いである。


「真璃?」
 藤村くんは私の姿を認めると、まずはぽかんとした調子で私の背中に声をかけた。
 無理もないだろう。およそ七ヶ月ぶりに顔を見せたその男は、白いマントと帽子に身を包んでいる私を私だと信じられないだろうから。
 彼はドアを閉めてこちらに駆けてきた。快晴。中等部の屋上は風が強く、それが私にとってとても心地よい。ふわふわしたマントが棚引いている。
「まったく、ずっと連絡無いから心配しちゃってさー」
 よくそのようなことを言えるものだ。彼が自分からメールや電話をしてきたことは、一度だってなかった。
「元気にしてた? 今度のクリスマス、一緒に過ごそっか」
「伊東さんのことはもういいの?」
「なっ!」
 彼はおかしな声を上げた。バレていないとでも思っていたのだろうか?
「何のことだい」
「二股かけてたんだっけ。先週の水曜に嫌われちゃったんだってね。強引に部屋に連れ込もうとするからだよ。エッチなのは嫌われるよ」
 相手の、言葉の出ない様子がよく伝わってくる。間抜け面が自然と目に浮かぶ。
 私のことをエスパーか魔女かと思っていそうだ。決してそういうわけではない。適切に情報を収集し、ロジックにしたがってものを考えれば、誰だって到達できること。
「ごめん、真璃」藤村くんはとうとう謝罪した。「ちょっとした遊びのつもりだった。二度とこんなことしないから」
 思わずため息が出てくる。何となくとはいえ、こんな情けのない男と付き合ってしまったのかと。
 でも、これも投げやりに毎日を過ごしてしまったツケなのだ。自分にとって有意義な経験であり、しょうもない授業料を払ったのだと思って清算してしまおう。
「もう一度やり直そう、真璃」
「だったら、捕まえてみて」
「真璃!」
 その言葉をどう受け取ったのかは知らないが、藤村くんは一筋の希望を見出したようである。私の背中に向かって走ってきた。
 だが、私はその男をひらりとかわしてしまう。
 後方に高く飛び、藤村くんの背後を取るようジャンプしたのだ。彼はというと、私を捕まえそこねてヘッドスライディングをしてしまう。
 そして起き上がった彼は、私の姿を見てさらに絶句してしまうのである。
 白いとんがり帽子に、真綿のようなマント。さらに私は長い「箒」を隠し持っていた。
 何よりいやらしい藤村くんが驚いたと思うのは、私のスタイルだろう。
 適切な栄養管理と過酷な日常訓練により、時間はかかったが、私はベストな体型を取り戻した。箒で空を飛んでいるうちにどういう理屈か胸は育ち、あれほど悪かった視力も改善され、眼鏡をつけなくてもいいようになってしまった。
「お前、本当に真璃なのか?」
「さあね?」
 私はふっと微笑んだ。イチゴのように赤くなった瞳を見せつけ、
「私、『魔女』だったの」
 絶対の誇りと自信を持ち、そう名乗ってみせた。
 箒を横に寝かして宙に浮かせ、私の魂源力を注ぐ。それに腰掛けると、私の箒「スノーラビット」はしなやかに躍動して跳ね上がり、元気よく屋上を離陸した。
 小さくなっていく藤村くんの姿。しりもちをついたまま、呆然とこちらを見上げている。
「さ・よ・な・ら」
 そんな口の動きを、彼に伝えられただろうか? いや、どうでもいい。
 この空を突き進んだ先に、私の求めるものはある。この海の向こうに、私を待つ人のいる町はある。マルガリータからもらった額縁を、制服の内ポケットから取り出した。
 そこには勉学に励んでいる、真っ直ぐで一途な性格をした夏服の少年の姿。
『一生待ってるよ。ずっとここで待ってるからね』
 笑い声が出てきた。おかしてくたまらない。
 こんな根暗で可愛くない私を今でも待っているとかいう、とってもおバカなヒロくん。
 いつか会える。あの町でまたヒロくんと会える。その日のために私は訓練を怠らない。一日でも早く先輩たちに追いつきたい。
 四ヶ月以上に及ぶ壮絶な特訓のすえ、私はやっとのことで飛べるようになった。たくさん怒られた。たくさん泣いた。そのぶん、たくさんの宝物を手に入れられた。
 私はみんなほど速くないし強くないけど、怖がらずに「私らしさ」を出せればいいと思っている。このうさぎのような衣装がその気持ちの表れだ。


 白は嫌いだった。家の中やクラスの中での私みたいで、見るのも嫌だった。あっても意味が無い色だし、あったって困らない色でもある。何に使ったらいいのかわからない、非常に厄介な存在。
 だけど、今こそ胸を張って身にまとおう。あの人が「好き」だと言ってくれた色だから。

「待っててね、ヒロくん」



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