【マグロ】


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 地方での仕事を終えた俺は、愛すべき双葉島に帰るために△□駅に来た。
 異能捜査課にいるとはいえ、俺みたいなただの平刑事が優遇されるはずもなく、捜査の帰りともなればテレポーターの支援も貰えないので、電車で地味に移動するしかない。
 とりあえず新幹線に乗り換えるまでは我慢してローカル線に乗るしかないのだ。
 愛想の悪い店員がレジをしている売店でタバコを買い、次の電車がやってくるまでの時間、仕事のストレスを少しでも軽減させるためにホームの喫煙所でタバコをふかした。
 帰ったら泥のように寝ようとか、次の休みになったら久しぶりに息子とくたびれるまで遊ぼうかと考えていると時間はあっという間に過ぎ、ピンポンパンポーンとアナウンスがホームに響いた。
『間もなく一番線に電車が停車します。白線の内側までお下がりください』
 タバコをホームの灰皿に捨て、俺は電車の停止位置まで歩いた。ローカル線と言っても、今日が日曜日ということもあってかそれなりに利用客はいるようで、老若男女いろんな客たちが白線の前に並んでいた。
 俺もその一人となるべく白線から一歩引いた距離に足を止める。
 ふと、俺は視界の隅に映った、隣に立っている中年の男が気になった。背広姿のその男は下をじっと見ながら虚ろな目をしていた。仕事に疲れているのか頬は痩せこけ、手にしている栄養ドリンクをぎゅっと力強く握り締めている。
 ぼんやりとなにげなく男を見ていると、電車が向こう側からやってきた。
 それと同時に男は一歩、足を前に踏み出した。
 いや、一歩だけではない。二歩目は白線を超え、三歩目の時、彼の足は空中にあった。
「あっ」
 止める間もなく、男は線路に落ちた。
 男がレールの上に衝突する前に、男は電車の正面に激突した。
 男の身体は完全に電車に持って行かれ、千切れとんだ四肢と肉片と血が、ホームに降り注いでいる。バラバラだ。
 一瞬の静寂の後、ホームにいたすべての客が絶叫を上げ、非現実的な出来事に混乱したようで、それぞれ思い思いに喚き散らしている。
 俺はと言うと、喫煙所まで吹き飛ばされていた男の首と、目が合っていた。

     ※

「――ということが昨日あったんだ先生。捜査の立会いで足止めを喰らうわ、遅く帰ることになって妻に怒られるわで、とんだ災難でしたよ」
 アガリを飲みながら俺がそう言うと、ちょうどマグロの握り寿司を醤油につけていた稲生《いのう》先生は嫌そうな顔をして箸を止めた。
「葉山《はやま》くん。食事中にそういう話はやめにしないか」
「ああ。すいません。ですけど、今日は先生の意見を聞きたくて会いに来たんですよ」
「なるほど。それで今日は奢ると言ったんだね」
「ええ、まあ。見透かされてますね俺」
「きみは昔から考えていることが顔に出るからね」
 轢死体と遭遇した翌日、俺は稲生先生の研究室に訪れた。久しぶりだというのに先生は俺の顔を覚えていてくれたのが嬉しかった。
 先生は異能研究をしている優秀な学者で、双葉学園でも異能の講師をしている。
 そして俺の恩師でもある。
 双葉学園を卒業した俺もまた、彼の講義を受けていた。先生の講義がなかったら、俺は異能犯罪を捜査する刑事を目指すこともなかっただろう。
 俺は昨日、男が自殺したことについて疑問を抱いた。その疑問を先生に聞いてもらう口実に食事に誘ったのだ。場所は双葉区にある一皿百円の回転寿司。普通の寿司はさすがに俺の給料では厳しい。
「それで、その話をして私に何か聞きたいことがあるのかな」
「はい。その飛び込み自殺、地元の警察は事件性なしとして普通に自殺として処理しました。ですが、俺は少し変だって思ったんですよ」
「変? その男性に何か変わったことでもあったのかね」
「ええ。男は飛び込む直前、栄養ドリンクを手にしていました。調べによると、その栄養ドリンクはホームの売店で買ったものらしいです」
「なるほどそれは妙だ」
 頭の切れる稲生先生はすぐさまその異常な男の行動に気づいたようだ。
 自殺をする人間が、死ぬ直前に栄養ドリンクなど買うとは思えない。
 しかもそのドリンクはまだ開けられておらず、飲んだわけでもないのだ。地元警察の情報によると、男が勤めているのはブラック会社らしく、忙殺されそうだったのだという。
 不景気の昨今、人員削除で人手が減り、その分一人が負う仕事の量が増えたという。残業に休日出勤、つねづね男は同僚や妻に「働くぐらいなら死にたい」と漏らすほど、過労気味だったらしい。
 少しでも疲労を和らげるために、毎日のように栄養ドリンクを飲むのが日課になっていたようだ。
 俺がその辺りの情報を先生に話すと、考えるようにしながら回ってくる寿司の皿を取っていた。
「もし自殺じゃないとしたら、なぜ男性は線路に飛び降りたのか。それが問題だね」
「その通りです。確かに男には自殺をする動機はあります。俺が見た飛び込む直前の男の表情も暗かった。だけど、だからと言って男が本当に自殺したくて自殺したのかわからないじゃないですか」
「だけど状況はすべて男性の自殺を示しているね。私に相談をしてきたってことは、葉山くん。きみは異能者の仕業で男性が亡くなったと考えているのかね」
「それはまだわかりません。ですが、俺は帰った後少しあの駅について調べたんです。そうしたら、ここ数年間、あの駅では十人以上の人間が自殺をしていたんですよ。あんな小さな駅でこの自殺者の数は異常です」
 それゆえにあの駅は自殺の名所とも言われている。自殺者の幽霊が引きずり込んでいるという噂もある。だが調べたところ幽霊やラルヴァの存在や痕跡は確認できなかった。だとするならば残る可能性は異能者の攻撃だ。
 俺は今まで刑事として、異能を犯罪に悪用するやつをごまんと見てきた。当然、その中には凶悪な殺人者もいる。
 もしこのいくつもの自殺とされてきた出来事が、異能者の仕業ならば、俺はそれを許すわけにはいかないのだ。
「ふむ。その増えた自殺者たちもまた、皆自殺する理由のあった人たちばかりかい?」
「ええ。双葉の刑事だと名乗って地元の警察に当時の資料を見せて貰いました。みんな自殺以外を疑う余地のない人たちばかりでしたよ」
「ではやはり、ただの自殺じゃないかい。年間の飛び込み自殺の件数を葉山くんは知っているだろう」
「ええ。年々増えています。今じゃ七百件を超えていますからね」
「その七百の内数件が、その駅に集中していても不思議ではないかもしれないね」
「そんな偶然、ありえません」
「簡単にありえない、と切って捨ててしまうのは可能性を探る者として愚の行いだよ葉山くん。きみの杞憂ということも考慮しなくてはいけない」
「それはそうですが」
 先生にそう言われると、自信が無くなる。俺がしているのは無意味なことかもしれないと。
「だがこうして私を頼ってきてくれたんだ。私はきみの刑事としての勘を信じることにすしよう。ここの奢りの分ぐらいは、働かせてもらうよ」
「……先生!」
「ではまず、これが異能者の仕業だとしたら、どんな異能が使われたのか考えてみようじゃないか。何か意見はあるかね葉山くん」
 先生にそんな風に言われ、俺は先生の講義を受けていた頃を思い出した。懐かしさがこみあげてきて、なんとも言えない気持ちになる。
「……念動力《サイコキネシス》、ならばそれが可能じゃないでしょうか。誰かが男の身体を操って、線路に落とした、とか」
「ふむ。男が線路に落ちる時の様子はどうだっただろうか」
「なんだか生気の抜けた、まさに自殺する寸前の様子でした」
「ならば念動力によって強制的に落とされた、ということはなさそうだね。それならば彼も悲鳴を上げるだろうし、それでなくとも表情は変わるはずだ」
「ってことは。考えうるのは精神操作系の異能ですか」
「異能の仕業というなら、それが一番可能性高いだろうね」
 精神操作系は性質が悪い。
 もし仮に異能による攻撃で、男を洗脳し、自殺するように命令を出していたならば犯人の特定は難しい。
「ですが先生。男は死の直前に栄養ドリンクを買っていました。洗脳されていたならそんな自分のための行動をすることはありえませんよ」
「そうだね。洗脳されれば本人の意思は消え、命令以外の行動は限定されることになる。栄養ドリンクを買う行動は不自然だ」
「じゃあ、精神操作でもないんですかね」
「いや。精神操作だ。私の考えが正しければ、だが」
「え?」
「精神操作と言っても洗脳能力であるとは限らない。自殺者たちがそれぞれ、自殺しても不自然ではないほどの環境にいたのならば、ほんの少しだけ背中を押すだけで事足りるんだ。背中を押すと言っても、物理的な話ではないよ」
「どういうことですか」
「自殺者の多くは躁鬱状態の躁の時に自殺する。鬱々としているときは、自殺する決心もつかないらしい。ならばわずかに脳に干渉し、鬱から躁へと返ることができたならば――」
「簡単に自殺に追いやることができる、てことですか。でもそんなの上手くいかないんじゃないですか」
 鬱から躁へと強制的に切り替えさせたとしても、それで必ず自殺するとは限らないではないか。むしろそれでも踏みとどまる人間の方が圧倒的に多い。
「そうだよ。きっと仕掛けた人間は、どうしても相手を自殺させたいと思っているわけではないだろう」
「え?」
「“犯人”は何回に一度、いや、何百回に一度成功すればいいと思っているはずだ。それが犯人の動機。犯人の手口さ」
 稲生先生は“犯人”と言った。先生の中で、何かが確信に近づいているようだった。
「でも誰が彼らの感情を操作したんですか。それがわからなければ、まだまだ自殺者は増えますよ」
「この手の精神操作は対象のすぐ近くにいなければならない。多くの場合、相手と目を合わせるか、肌に直接触れる必要があるだろう。私は以前広範囲に影響を出すテレパスと出会ったことがあるが、それはレアケースだ。それだけの異能ならばもっと被害が出ているはずだろう。春奈《はるな》先生も同じく広範囲テレパスだが、彼女の場合は送受信が可能なだけで他者の微細な感情操作は不可能だ」
「でも誰が過去に彼らに接触したかなんて今更調べるのは……」
「いや、自殺者全員に関係を持っている人物が一人だけいるはずだ」
「どういうことですか」
「葉山くん。考えるべきは、自殺者が――その中年男性がいつ鬱から躁に切り替えられたか、だ。少なくとも栄養ドリンクを買った段階では、彼は自殺をしようとは思っていなかったはずだ」
「だったらいつ男は異能者の攻撃を」
「……その前に葉山くん。一つだけ調べてもらえるかな。それが裏付けになるはずだ」
 稲生先生は備え付けのガリをポリポリと食べながら意味深なことを言った。
「先生。俺は一体何を調べれば」
「ここ数年間の、その駅で自殺した人たちの持ち物さ」



     ※



 数日後、俺は再び△□駅のホームにやってきた。
 ホームの売店に足を向け、タバコを頼んだ。すると、愛想の無い、暗い顔をした店員の青年がタバコをケースから取り出した。俺は小銭をカウンターに置いて、代わりにタバコを手渡して貰う。
「ありがとうございましたー」
 適当な感じでそう言って、青年は遠くを見つめていたが、買い物を終えたのに俺がその場から離れないことを不審に思い、「なんすか?」と眉をひそめる。
「俺は双葉警察署の葉山だ。山田篤太郎くんだね。ちょっとここで起きている飛び込み自殺について、きみに聞きたいことがあるんだが」
 俺が警察手帳を見せると、青年は分かりやすい程に動揺し、顔を青くしながら目を逸らした。
「き、ききたいことってなんすか。あれってただの自殺でしょ」
「そうだね。あれは自殺だ。だが、誰かが彼らの感情を操作した疑いがある」
「は? 何を漫画みたいなこと言って……」
「山田篤太郎くん。きみが犯人だ」
 稲生先生の推理はこうだった。
 ここ数年の自殺者たちに共有していたこと。それは全員この売店で買い物をしていたということだ。
 俺は稲生先生に言われた通りに、過去の自殺者たちが持っていたものを確認した。週刊誌やジュース、タバコにお菓子と、商品はバラバラであるが、みながこの売店を利用していたことがわかった。
 そして自殺者が増えた時期と、彼がこのアルバイトを始めた時期が一致したのである。
 この売店の通勤記録を調べた結果、見事に自殺者が買い物をしたときのレジを担当していたのが彼、山田篤太郎だったのだ。
 彼だけが、自殺者全員と関係を持っている唯一の人物だ。客と店員、という関係を。
「違う。おれはなにも……」
「ああ。わかってる。きみは何もしてない。ただ念じただけ、いや願っただけだろう。ただ一つ――“お前なんか死んでしまえ”ってな」
「な、なんでそのことを……!」
 青年は驚いたように目を剥いた。
 彼は異能という概念を知らない一般人だ。だからこそ自分が特殊な力を持つ、選ばれた存在だと思っているのだろう。それゆえに絶対に自分の“悪意”が他者に分かるはずがないと思っていたはずだ。
 だが違う。異能はもう特別なものではなくなっていた。異能と言う神秘を解き明かす為、研究している者も存在するのだ。
「悪いようにはしない。ついてきて貰うよ」
 俺は待機させていた部下に合図を出し、青年を確保させた。異能制御装置は取り付けさせてもらったが、手錠はつけない。彼は別に犯罪者ではないからだ。
 人に死ねと思ってはいけない、という法律などない。
 すべては偶然持ってしまった能力のせいだ。だが彼が異能で罪を犯した以上、双葉学園や国から何らかの処遇を受けるのは間違いないだろう。しかし彼の行く末を俺が知ることはできない。
 青年はおどおどとしながらも逆らうことはなく、言う通りに部下たちに連れられていった。その彼の背中を見て、俺は同情心を抱いていた。

     ※


「というわけで、先生のおかげで事件は無事解決。俺も手柄を立てることができました。ありがとうございます」
 事件から一週間後、俺は休みを利用して事の顛末を稲生先生に伝えるために、異能研究室にやってきた。
 日曜にもかかわらず、先生は忙しそうに液晶画面に向き合っていたが、タイピングの指を止め、俺の方へと椅子を回転させる。
「そうか。それはよかったね。被害者にとっても、彼自身にとっても」
「そうですね。どうやら彼は、退屈な日常に飽きて刺激的なことを求めていたそうです。安易に非日常を味わえるのは、人の死ですからね。売店という特等席から、彼は何年も目の前で人が電車に轢かれるのを楽しんでいたそうです」
 異能検査の結果、青年から魂源力の反応があった。やはり彼は異能者であった。
 取り調べには俺も参加し、そこで彼は正直に話した。
 卑屈な人生を送ってきた彼は他者に対して、心の中で死ねと念じる癖があったようだ。それは接客中も同じで、客に対しても同じ風に心の中で死んでしまえと願っていた。そして死を願った客が、実際に電車に飛び込んでいくのを何度も経験し、彼は自分に特別な力があると自覚したのだ。
「でも先生が言った通り、彼の能力が効いたのは全員じゃなかった。あくまでも元から自殺を考えていたほどに鬱状態だった人だけでした。彼は文字通り、自殺志願者に最後の一押しをしただけだったんですね」
「ああ。だからと言って、異能を悪用することは許される行為ではない。特に、人の生き死にが関係していれば尚更だ」
 先生はわずかに遠い目をして、天井を仰いだ。過去を思い出しているように俺には思えた。
 その時、俺のポケットに入っていた携帯電話がけたたましく鳴った。番号は妻の物だった。俺は慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし」
『ちょっとあなた。早く戻ってきてよ。今日はリクと遊びに行く約束でしょ』
「ああわかってるよ。すぐ戻る」
『ほら、リクもパパに言ってあげなさい』
 妻がそう言うと、三歳になったばかりの息子に電話を代わったようで『パパーはやくーかえってきてー』という可愛い声が聞こえてきた。俺は息子にすぐ帰るから、今日は夕方までずっと遊ぼうと言って電話を切った。
「すいません妻と息子が待っているので。それじゃあ」
「ああ。またいつでも会いにきたまえ」
「先生。今回の件のお礼に、来週暇があったらまた食事しましょう。今度は回らない寿司を奢らせてください」
「それは嬉しい。楽しみにしているよ」
 先生は予定表に俺との食事会を書きこむ。俺は戸を開き、研究室から出ようとした。
「そうだ稲生先生」俺は一つだけ、先生に聞きたいことがあったのを思い出した。「先生は結婚しないんですか? いいもんですよ、嫁も子供も」
「それは秘密だ。ではまた来週」
 稲生先生は俺が講義を受けていた時と同じく質問にはすぱっと答え、柔らかく微笑んだのだった。

  --了--




 *稲生先生をお借りしました。ありがとうございました*





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