【薔薇夫人】


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 双葉区の郊外には薔薇屋敷と呼ばれる一階建ての洋館が建っています。
 島が出来てから建造されたものだというのに、館は妙な古めかしさと威厳を感じさせ、中世の城を思わせるゴシック調のそれは、見惚れるほどに美しい外観をしているのです。
 しかし薔薇屋敷と街の人たちが呼ぶ理由は、屋敷の広い敷地内にある庭園にあります。庭には二百三白の薔薇の花が咲き乱れ、赤、白、黄、そして十年前に養殖が可能となった青色の薔薇さえも庭園には花開き、洋館の外壁にも薔薇のツタは絡まり、薔薇屋敷の呼称に相応しいと言えましょう
 その薔薇屋敷での暮らしも一ヶ月が過ぎ、わたしはいつものように仕事である薔薇の手入れに精を出していました。
 双葉学園を卒業したわたしは大学に進学する気にもなれず、自分の才能――異能を活かした就職先として、薔薇屋敷の庭師という道を選んだのです。
 しかもこの煌びやかな屋敷に住みこみ。それはわたしにとって願ってもなかったことでした。
 わたしの実家は群馬の田舎です。畑と山に囲まれ、木造建築のあばら家に大勢の兄弟と両親、祖父と祖母が暮らしていて、わたしはいつも貧しさと田舎臭さを呪っていました。異能を見いだされて東京へやってくることになったのをどれだけ喜んだかわかりません。でもわたしが暮らすことになったのは生徒でぎゅうぎゅう詰めにされている三等級の寮で、そこでもわたしは窮屈な思いをしました。
 だからこの広い屋敷で暮らすことになったのが、とっても幸福です。
 そしてなにより、この屋敷で働くことになってわたしが一番得をしていること、それは雇い主のことなのです。
「いつもお手入れありがとうね百合子《ゆりこ》さん。少し休憩しましょう」
 わたしが薔薇に水をやっていると、ふと背中に声をかけられました。氷のように冷たく、そして澄んだ声。心臓にツタが絡まるような錯覚を覚えながら、わたしは振り返ります。
 わたしの雇い主である、薔薇夫人が立っていました。
 夫人は名の通り薔薇のように美しい。薔薇のように気品があり、薔薇のように気高い。香水でもつけているのか、薔薇と同じ香りがわたしの鼻孔をくすぐります。ですが嫌味はなく、わたしはこの匂いを嗅ぐだけで幸せな気持ちになるのです。
 夫人が着込んでいるのは胸元の空いた、薔薇を模した深紅のドレスで、良く似合っています。
 年齢は聞いたことがありませんが、恐らく彼女の美貌からでは歳を察することはできないでしょう。
「ありがとうございます奥様。道具を片付けたらお茶を淹れます」
「いえ、いいのよ。たまにはわたくしが淹れたダージリンでもご馳走するわ」
「そんな。奥様にそのようなこと」
「これでも学生時代わたくしはよくお茶会を開いていたのよ。まかせてちょうだい」
 にっこりとほほ笑み、夫人は屋敷の方へと歩いて行きました。その歩く姿もまた美しく、わたしは見惚れてしまいます。
 夫人の微笑を見るたびに、この屋敷で働くことになってよかったと思うのです。
 夫人は未亡人です。
 彼女の夫は資産家で、莫大な遺産とこの薔薇屋敷を残して亡くなったといいます。遺言として、この薔薇屋敷の薔薇を枯らさぬよう、維持してほしいと夫は願い、愛する夫の遺言を律儀にも守るため、夫人はわたしを雇ったということです。
 ああなんてすばらしいことでしょう。死後も愛する夫のために尽そうとする夫人の姿は、女の鏡だとわたしは思います。わたしはこれからも夫人のために尽していこうと心に決めます。
 夫人に休憩を言われて屋敷に戻ろうと思いましたが、花壇の中の一本の薔薇が、力なく項垂れていることに気が付きました。
 わたしはその黄色の薔薇に触れ、祈りを込めます。
 すると薔薇がわずかに光、生気を取り戻したかのように他の薔薇同様大きく弁を開いて、顔を覗かせました。
 これがわたしの異能。どんな花も力を込めるだけで咲かすことができます。植物が持つ生命力を活性化させることができるのだと、異能の講師は言っていました。この庭園はわたしが来る前は酷い惨状で、手入れもなされず、枯れ放題でした。わたしは薔薇たちに再び命の息を吹き込み、こうして美しい庭園を取り戻させることができました。
 わたしの能力は役に立たないものだと思っていましたが、夫人が大変喜んでいたのを見て、わたしは自分が生まれてきた理由を知った気がします。
「百合子さん。お茶入ったわよ」
 茶室の窓から夫人は顔を覗かせ、わたしを呼びます。わたしは返事をし、急いで茶室へと向かいました。
 茶室では高価なカップに紅茶を注いでいる夫人がいました。わたしはソファに腰をかけ、夫人と向き合うように座ります。
 こうして夫人とお茶をしている時が、一番幸福な時間です。
 マカロンを口に含み、ダージリンの味と香りを楽しみ、そして夫人とお喋りを交わしているのは、とても心が満たされます。
「ほんとうに、百合子さんには感謝しているわ。わたくしじゃ、お庭の手入れはできないし、庭師さんって男の方が多いから困っていたのよ」
「いえ。わたしも雇ってもらえて光栄です。自分の異能が活かすことが、こんなにも楽しいことだとは思っていませんでしたもの」
「お花を咲かせるなんて素敵な異能だわ。百合子さん、そういえば言ってなかったのだけれど、わたくしも異能を持っていますのよ」
 わたしはその言葉にたいへん驚きました。ですが同時に嬉しくもあったのです。まさかわたしと夫人に異能という繋がりがあったなんて!
「それはいったいどういうものなんですか?」
「あまり期待しないでね。わたくしも百合子さんと同じ、お花に関する異能なの」そう言って夫人は立ち上がり、茶室の花瓶から一本の薔薇を抜き取りました。その薔薇は鮮やかな赤色です。「百合子さんは何色の薔薇が好きかしら?」
「え? わたしは黄色の薔薇が好きです。可愛らしいので」
「そう。じゃあこの深紅の薔薇を、黄色にしてあげるわね」
 夫人が薔薇に手をかざすと、赤色の弁が徐々に黄色に変色していきました。わたしはあっと声を上げて、その一部始終に見惚れてしまいます。
「素敵です奥様!」
「ありがとう。わたくしは自由に花の色を変えることができるの。庭の手入れには意味のない異能だけども」
「そんなことはありません。とっても素晴らしいです!」
「ありがとう百合子さん」
 照れ臭そうに夫人ははにかみ、その姿にわたしは微笑ましい気持ちになりました。ああ、本当に素敵な女性《ひと》です。
 わたしはこの美しい夫人と、永久に薔薇が咲き誇る、この屋敷で暮らしていたいと思いました。汚らわしい男もいない、わずらわしい俗世と切り離されたこの場所で、わたしは薔薇の手入れをして生きていきたいのです。



 わたしが幸せの絶頂にあったある日の午後、屋敷の電話に男性から電話がかかってきました。
『もしもし。私は藤枝《ふじえだ》と言いますが――』
 男は一言二言わたしに挨拶を交わし、夫人に代わってくれといいました。わたしはなんだか嫌な気分になったものですから、切ってやろうと思いましたが、ちょうど夫人が通りかかってしまいました。
「あら百合子さん。お電話かしら。どなた?」
「はい。あの、藤枝――さんという方から」
「まあ! あの人が電話をくれたのね。ありがとう、すぐ代わるわ」
 夫人はわたしが見たこともないような、歳を感じさせぬ女学生のような笑顔を浮かべ、はっとわたしの手から受話器を取った。
「お電話嬉しゅうございます。わたくし、待っていました」
 頬を薔薇のように赤く染め、夫人は電話の線をぐるぐると細い指で巻いていた。わたしはその姿を見て、何か胸の奥にチクチクと薔薇の棘が刺さるような錯覚を覚え、黒々とした思いが溢れ出そうとしていました。
 いつまでも電話に聞き耳を立てていては悪いため、わたしは自室に戻りましたが、それでも一度生まれた泥のような感情の蕾は、既にわたしの心に根を張っていました。
 ああ、今にして思えば、どうして夫人が外に出かける時、あんなにもおめかしをして嬉しそうだったのか、分かる気がしました。あの人はわたしの知らぬところで逢引をしていたのです。ああ汚らわしい。もうこの世にいない人とはいえ、夫を持った女性が、新しい男にうつつを抜かすなんて、わたしには考えられません。
わたしはモヤモヤとしながら、ベッドのシーツに沈むように、眠りにつきました。




 そしてさらに数日後のある日、わたしが朝の支度を整えていると、夫人が自分の部屋にわたしを呼びました。珍しいと思い、期待に胸を膨らませて腰を下ろします。目の前には紅茶と茶菓子が置かれ、朝からお茶会かしらと、首をかしげました。
「百合子さん。大事なお話があります」
 夫人は重苦しそうに言葉を紡ぎ、喉の渇きを潤すように、一度だけ紅茶に口をつけました。その動作は美しく、わたしは見惚れてしまうのですが、それだけに不審に思わずにはいられませんでした。いったいわたしに話しとは、なんなのでしょう。
「なんでしょうか奥様」
「わたくし――再婚するかもしれません」
 ガツンっと、頭を殴られたような気分になりました。
 頭に血が上っていくのを覚えます。こめかみの辺りが熱く、脳髄が沸騰しているんじゃないかと思うぐらいに、意識が消えかけます。
「な、なんで。旦那さんを、忘れたんですか」
 わたしはなんとか感情を抑え込み、なんとかそれだけを喉から絞り出しました。夫人は寂しそうな顔を浮かべ、壁にかけてあった旦那様の写真を見上げています。
「夫が亡くなってから、もう五年が過ぎました。いえ、まだ五年――たった五年と言うかもしれませんけど、わたくしにとって夫がいないこの五年間は寂しくて、寂しくて、心が引きちぎられそうな思いだったのよ」
「わたしが、いるじゃないですか」
「……そうですね。あなたとのお喋りはとっても楽しかったわ。でもね百合子さん。女の心の隙間を埋めるのは、やはり殿方しかいませんの」
「そんなの、汚らわしいです……」
 わたしは思わず口にしてしまい、後悔します。なんてことを言ってしまったのでしょう。許される言葉ではありません。わたしの手のひらは汗に滲み、心臓が破裂しそうなほどに脈を打っています。
「汚らわしい――ね。わたくしはそうは思いません。わたくしの心を癒してくれたのは、わたくしがよく行く紅茶のお店の主人でした」
 わたしはその言葉にピンときます。恐らくはその紅茶屋の主人が藤枝という電話の男なのでしょう。
「旦那様を裏切るおつもりですか」
「わたくしは夫も、そしてこれから新しい夫になる方も、愛しています。夫に対しての裏切り行為だとなじられても、仕方ありません。でももうわたくしは決めました。もしも、百合子さんが男の方が嫌いで、それを許せないというのなら。残念ですが、百合子さんにはこの家を――」
 その言葉の続きを聞いた瞬間、わたしの意識は飛びました。
 暗転。
 視界が開いたと思うと、足元に頭から血を流して夫人が倒れていました。周囲には花瓶の破片が散らばっており、活けてあった薔薇の花が夫人に降り注ぐように落ちています。
 夫人はぴくりとも動かず、死んだ魚と同じ目をしていました。
 不思議と後悔も、罪悪感もありません。
 もうわたしは夫人に興味を失っていました。薔薇のような気品と、気高さを失った夫人には、もう美しさは宿っていないからです。
 わたしは花瓶を片付けて、夜になるのを待ちました。
 月明かりだけが頼りになるほどの暗闇の中、わたしは夫人だったものを猫車に乗せ、庭園まで運びます。庭園の中には、まだ薔薇が植えられていない真っ新で大きな花壇があります。わたしは倉庫からシャベルを取り出して、花壇の土を掘っていきます。肉体労働を避けて生きてきたわたしには、とてもつらく厳しい作業でしたが、夜が明ける前に終わらせなければならないので、休む暇もありませんでした。
 深く掘り進んだ穴の中に、夫人だったものを突き落とします。土を元に戻す前にもう人作業しなければならないことがありました。
 わたしは用意していたいくつもの薔薇の球根を、夫人だったものの傍に置いて一緒に埋めました。それだけではなく、花壇いっぱいに球根を植えます。
 土を均した後、わたしは手のひらを地面の上に乗せました。そしてただひたすら祈ります。そうすることで、わたしの持つ異能の力が土を伝い、地面の球根すべてに浸透していくからです。
「これで、終わり……」
 わたしは偉業を成し遂げた気分でその場を立ち去りました。あとは明日を待つだけです。明日にはきっと、わたしの異能によって薔薇は一斉に花を咲かすことでしょう。薔薇の花がこの花壇をひきしめていれば、まさかこの下に夫人だったものが埋めてあるとは解らないでしょう。わたしの異能だからこそ可能なことでした。
 疲れていたのか、久しぶりにぐっすりと眠れたわたしは翌朝清々しい気持ちで目を覚ましました。支度をしたあとに真っ先にわたしが向かったのは例の花壇です。足を運ぶと、見事なまでに鮮やかな薔薇が無数に咲いていました。
 ですが不思議なことにその薔薇の色は赤と黄色しかありません。色を気にせず薔薇を埋めたのですが、二種類の薔薇しか咲かなかったようです。とりあえずこれで一安心したわたしは、いつも通り、日課として庭園の手入れをしていきます。 
 ああ、なんて穏やかな日でしょう。
 もうこの薔薇屋敷にはわたししかいません。
 今やわたしこそがこの屋敷の主であり、わたしこそが薔薇夫人なのです。
 館のすべてがわたしのもの。食器も、高価な紅茶も、薔薇も、庭園もわたしの自由です。わたしは夫人がよく着ていた深紅のドレスを着てみました。一生着ることが叶わぬと思っていた高級なドレス。こうも簡単に手に入るとは思ってもいませんでした。
 ですがわたしは黄色が好きなので、少々深紅のドレスは悪趣味だとも思いました。ですが薔薇夫人としてわたしはこのドレスを着こなそうと決めます。
 わたしは夫人がいつもそうしていたように、茶室のイスに腰をかけ、窓から庭園を関しつつ紅茶を嗜みました。こうしていると自分が上等な人間になった気がします。いえ、実際にわたしは気品と気高さを持ち合わせた女になったのです。
 しかしわたしのティータイムを邪魔するかのように、電話が鳴り響きました。鬱陶しく思いながらもいつもの習慣で出てしまい後悔します。電話の主はあの男でした。
『あの藤枝といいますが。彼女に代わってもらえますか』
 図々しくも男はそう言ったので、わたしはできるだけ声のトーンを落とし、
「生憎と奥様はあなたと話したくないとおっしゃっています。もう二度と連絡をしてこないでください。それでは、さようなら」
 と言って切りました。
 これでわずらわしいことは一切なくなったはずです。
 この屋敷こそがわたしにとっての楽園となりました。



 しかしさらに数日後のこと、屋敷に突然の訪問者が現れました。
 その日もいつものように庭園の手入れをしていると、背広姿の若い男が無断で敷地内に入ってきたのです。わたしは警戒しながらも、男を呼び止めました。
「なんですかあなたは。誰の許可を得てここにいるんですか」
 わたしが影から呼びかけると、男はぎょっとしながらも、頭を掻いてこちらへと近づいてきました。そして胸ポケットから手帳を取り出し、わたしに見せつけます。
「俺は双葉署の葉山《はやま》だ。この屋敷の主である薔薇夫人に用があるんだが、会わせてもらえないか」
 なんと男は刑事でした。
 どうして、どうしてここに刑事が来たのでしょうか。わたしは息が出来なくなるほどに胃が収縮し、吐き気をなんとか堪えて対応します。
「奥様は今出かけておりまして、今は屋敷にはいません」
「だったら待たせて貰えないか。茶もいらないし気を遣うこともしなくていい。ただ待たせてくれ」
「そ、それは……」
 いくら待っていても夫人が帰って来ることなどありません。ありはしないのです。
 だからどうにかしてこの刑事に帰ってもらう必要があります。
「奥様にいったい何の用ですか?」
「なに、顔だけ見せてくれればそれでいいんだ」
「はあ」
「いやな、夫人と連絡がつかないと色んな人に相談を受けてな。俺の知り合いの藤枝さんがここのマダムと恋仲だったらしいが、電話しても無視され、屋敷に訪れても追い返されるばかりで埒が明かないって泣きついてきたんだ」
「それは奥様が人と会いたくないからで――」
「おかしいな。今は外に出ていると言ったじゃないか。外に出る以上、店に行くとしても人と接することとなるはずだ。必要品があればきみに買いにいかせると思うが」
 刑事は厭味ったらしい鋭い目でわたしを睨みました。ああやだ。これだから男は嫌です。いつも上から目線で、女を見下しているんだわ。
「そ、それは……」
「単刀直入に言おう。屋敷を捜索させてもらう。礼状は取ってきた。夫人は――というよりも死んだ旦那さんは異能機関にも出資していた要人でな。その奥さんと連絡がつかなくなったとあってはこっちとしては放っておくわけにはいかないんだ」
 刑事はわたしを押しのけ、横暴にも屋敷の扉を勝手に入って探索を始めました。
「やめてください。警察を呼びますよ!」
「人の話を聞いてないのかあんたは。俺が警察だって、初めに言ったろ」
 ああそうでした。わたしは気が動転しているせいかまともに思考できていません。どうしましょう。このままこの刑事が探索を続ければあるいは――
 いえ、解るわけがありません。刑事が探しているのは家の中だけです。あの花壇の下に気が付くはずがないのです。
「本当のことを言います。奥様は先日から行方不明なんです!」
「はあ?」
 刑事は懐疑的な態度で足を止めました。
「実はつい数日前、お出かけになってから帰っていないのです。でもお電話はありました。しばらく家に帰らないから、誰とも取り合わないようにと」
 わたしはあの花壇のことが知られることがないと踏んで、刑事にそんな嘘をつきました。刑事はしばらく考え込み「そうか」とまた探索を始めた。
「ああ、だから帰ってください。そして街に奥様がいないか、捜索をしてください」
「わかってるよ。それもこの屋敷の捜査が終わってからだ」
 刑事はまったくわたしの話しに取り合わず、そのまま色んな部屋を見て回りました。なんてしつこい男でしょう。
 ですがわたしは怒りを堪え「好きにしてください」と刑事を泳がせます。いずれ屋敷にはなにもないと知って帰ることでしょう。自分の印象を少しでも良くするため、わたしは嫌々ながらも刑事のために紅茶を淹れました。
「刑事さん。少し休憩してください」
 わたしは紅茶を運びながら、屋敷のどこかにいるはずの刑事を呼びました。ですが返事は来ません。どこにいったのだろうと屋敷を探しても、彼の姿は見えません。
 ふと、窓から外を覗くと、刑事が立っていました。
 刑事が立っているのは、例の花壇の前でした。
 そして、刑事の手には、シャベルが握られていました。
「何をしているんですか!」
 わたしは紅茶を投げ出して、刑事の所まで駆けます。刑事はシャベルを肩に担ぎ、軍手を着用している所です。
「よお。そんな血相変えてどうしたんだ」
「どうしたじゃありません。何をしているんですか、ここで」
「夫人を見つけたのさ」
 わたしの心臓は一瞬止まりました。
 刑事の言っていることが理解できませんでした。嘘、解るはずがないのです。この薔薇の下に夫人がいるなんて――
「な、なにを言っているんですか……」
「“|瀕死の告発《ダイイングメッセージ》”ならぬ、“|死者の告発《デッドメッセージ》”といったところだろうな。なあきみ、ここを掘り返す許可を貰えるか。場合によっては、署で話しを聞く事になるだろうがな」
「何を言ってるんですか。意味が分かりません」
「ならあそこの上に登ってみるといいよ。俺は少しこの屋敷を、高い所から見渡したかったんだ。そしたら偶然にも気づいた」
 刑事は倉庫を指差しました。恐らくシャベルもそこから持ち出したものでしょう。倉庫の壁には梯子がかけられていて、屋根に登れるようになっています。
 わたしは嫌な予感を胸に抱いて、梯子を駆け上ります。屋根は結構地面から高く、庭園全体を見渡せるほどでした。
「――あっ」
 わたしは庭園を見下ろし、そこで初めて理解しました。
 夫人を埋めたあの花壇、あそこに咲いている薔薇の色がどうして二色なのか。
 花壇に隙間の無いほどに生えている薔薇の多くは赤色で、その中に黄色の薔薇が規則性を持って咲いているのです。
 ああ! わたしは思い出します。夫人が持っていた異能を。花の色を自在に操る力を。
 彼女の異能は死後にも作用していました。
 それは文字を描いています。ここからでなければ解らない、メッセージになっていました。
 赤色の薔薇がキャンバスとなり、わたしが好きだと言った黄色の薔薇が文字になっているのです。
 薔薇の文字はこう書かれていました。

I’m here――
 “わたくしは、ここにいます”。

 (了)







+ おまけ。タイトル画っぽいの




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