【とらいえっくす・ぷち その1】


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 とらいえっくす・ぷち その1

 乳の日





「今日、私は一つ上の女に生まれ変わるの!」
「…はあ」
 強く拳を握り締め力説する結城宮子(ゆうき みやこ)に皆槻直(みなつき なお)は対照的な気のない答えを返した。
『いや、少しばかり素っ気無さ過ぎるのとは私も思うのだけれど』
 そう心中で言い訳をする直。
『こういう時、どういう風に返すのが一番いいのだろう』
 リアクションに詰まってしまう直には構わず、宮子の語りは更に続く。
「そう、私はずっと耐え続けてきた。去年も、一昨年も。でも、こないだついに見つけたの、新しい私への階段を!テストのせいで今日この時まで待ち続けて…もう気が狂いそうだったわ!」
『…この間って、試験大丈夫だったのかなあ?』
 試験期間の最終日、半日で開放された昼過ぎ。それが今この時の属性である。
 要するに、彼女の箍が一つ二つ外れたかのような調子、その一因が試験からの開放感ということなのだろう。
 現状をとりあえずそういうことで受け入れることにした直は宮子の話に応じることにした。直にとって宮子が持ちかけた話をただスルーするという選択肢は最初から存在しないのだ。
「で、具体的にどう『一つ上の女』になるのかな」
「良くぞ聞いてくれました!」
 と、宮子は鞄に手を突っ込み握りこんだ何かを勢い良く直の前に差し出す。
「うわ」
 宮子の手の中にはガラスの小瓶があった。刻んだ年月を誇示するかのような鼈甲を思わせるガラスの光沢、数え切れない人間の脂が染み付いたという錯覚を思い浮かべてしまう重苦しい黒の蓋。そしてその中身の必要以上に粘度が高そうな液体。
 おどろおどろしいという単語がしっくりと来る様である。
 「むしろ動物的」とある意味嫌な形で評されている危険感知のセンサーは現在大人しいままで、そういう意味では「毒物とかではないのだろう」と最低限の安心は得られた直であったが、
「怪しくないのかな、これ」
 と口にしてしまうのを抑えることができない。これはそういう機能を持つマジックアイテムなのではないか、そんな埒もない思考が直の脳裏を一瞬よぎった。
「大丈夫だって、ナオは心配性なんだから」
「うーん…」
 いくら信頼のおけるパートナーの言とはいえこれはいくらなんでも怪しすぎる。そう直が思っていることをごく普通に見て取った宮子は、
「それじゃナオが納得いくまで説明してあげるわ。まずはね…」
 とこの怪しい小瓶の来歴を語り始めた。
「…分かった、分かったよ」
 立て板に水の例えがごとくテンポ良くどんどん続いていく宮子の話、その大枠が終わり枝葉末節のエピソードに入った、そう判断した直はそこでギブアップを宣言した。
 元来直感に重きを置いて生きる直にこういう話は相性が悪いのだ。元はラルヴァが作った魔法薬で、ラルヴァが集まるマーケットから仕入れた評判のいい行商人から入手した――それだけ分かれば十分、というかそれ以上の情報を付け加えられても困る、それが直の偽らざる心境であった。
「まあ、それなりに信頼が置けるというのは理解したよ」
「そりゃ、私自身が口にするものだしね」
 それはそうだ、むしろそうあってくれなければ困る。そう頷いた直はそこでふと気付いたまだ聞いていない大事なことを話題に上らせた。
「それで、要するにこれはどういう薬なのかな?」
「巨乳薬」
「…なんというか、直球だね」
 なんと芸の無い答えか!直はそんなことしか言えない自分に少し情けなさを感じた。


「…飲みます」
「うん」
 心配する直と強情な宮子との押し問答がしばらく続いたが、結局(直自身も半ば予想していた通り)直が押し切られることに相成った。
 のだが、実際に薬を口にするとなると、ようやく宮子の中に冷静な思考が戻りだす。
『信頼はしてる…んだけどちょっと不安、かも』
 だが、ことここまで来て「やっぱやーめた」なんて言えようはずもない。それは全くもって宮子の自業自得であり誰かに責任を押し付けられるものでもない。
 当然、目の前の女性、戦場ではパートナーであり他の場所では親友であり、そして最も敬愛している長身の先輩に八つ当たりをぶつけるのは最初から問題外だ。
『ええい、ままよ!』
 と緊張でカチコチになりつつも鼈甲色の小瓶をぐ、と唇に押し付ける。
 宮子の喉が小さく波打ちどろりとした液体を胃の方に運ぶ。それを食い入るような視線で見守る直はまるで自分の喉でも粘ついた液体がゆっくりと滑り落ちていくような感覚を感じていた。
 一口分の薬を十数秒かけてようやく飲み込んだ宮子がほうと息をつくと、まるでシンクロするかのように直も同時に息をつく。一瞬二人の顔に苦笑いが浮かび、だが直の表情はすぐに気遣うようなそれに変わった。
「どう?なんともない?」
「そんなすぐに何か起きるわけないわよ」
 心配げな直に、そんな彼女の姿を見て逆に落ち着きを取り戻した宮子が苦笑いを継続させたままで答える。
「それなら飲んでどれくらいで効果が出るのかな?書いていた?」
「ううん、そこまでは書いてなかったわ…待って」
 と、宮子は身体の中に意識を集中させようと目を閉じた。
「なんだろ…胸の下、肋骨の辺りが暖かい…ん、熱いと暖かいの真ん中くらいかな…」
「………」
 固唾を呑んで見守る直。宮子は身体の中の熱に意識を向けながら実況を続ける。
「!」
 しばしそんな状況が続いていたが、突如宮子が目を大きく見開く。
 そして次の瞬間、まるでポップコーンが爆ぜるかのような勢いで宮子の服の胸元が内側から押し上げられた。
「来た―――――――っ!!」
「…おお…!」
 満面の笑みで飛び跳ねる宮子。直の口からも思わず驚きの声が漏れる。
「どれどれ…♪」
 宮子は襟元を摘み上げると、しげしげと視線を下ろし未知の領域を覗き込んだ。
「個人的にはもっと柔らかさがある方が好みだけど、この張りの凄さも驚嘆に値するわ。綺麗な釣鐘型で…ブラなくても垂れないんじゃないこれ!?くーっ、羨ましいなあ。ちょっと宗旨替えしてもいいかも。それにしてもいいなあ、自然体なのにぴしっとしてるって言うか、油断してないのにゆとりがあるって言うか、まるで…。……まるで……え?嘘?…ひょっとして……多分………」
 と、料理漫画の審査員もかくやのノリで語り続けていた宮子の口調が突如としてトーンダウンする。
「どうしたの?」
 電池が切れたかのように言葉が止まってしまった宮子に直は恐る恐る声をかけた。
「…ナオ」
「何?」
 たっぷり数拍分の間を置き、宮子は小さく呼びかける。
「私の記憶が正しかったらだけど…」
「うん」
「これ、ナオのだ」
「?」
「だから、今私に生えてきたおっぱい、これ、ナオのおっぱいだ」


「はははまさか………本当だ」
 投げかけられた言葉を受け止められずに生じた空白。そこからの半無意識的な逃避として笑い飛ばすという行動を選択した直。
 だが、両手で襟を掴み上げた直が見たものは悪い冗談としか言いようのない真実だった。
「明らかに私の胸と違うよ…ほら」
「いや、いいから」
 遠い目を明後日の方角に向けつつ、宮子はタンクトップをたくし上げようとした直を制する。
「どうせイヤになるくらい見飽きたのが見えるだけだし…アハハ」
「…!じゃあ」
「そうよ」
 気持ちを切り替えるように宮子はき、と天…ではなく天井を見上げ大きく息を吸い込む。
「これで全ての謎が解けた…巨乳薬とは胸を大きくする薬に非ず、巨乳の人と胸を取り替える薬だったのよ!」
「…!」
 「な、なんだってーっ!!」と思わず叫んでしまいそうになるのを何とかこらえる直。宮子はふう、とため息をつく。
「こんなこともあろうかと効果時間が短いのを選んでてよかったわ。私の苦しみを他人に擦り付けといて元に戻らないなんてなったら申し訳が立たなすぎるわよ」
「うん」
 と頷く直ではあったが、内心では必ずしもそう思っているわけでもない。
 女性ならではの特権、その一つとしての乳房という存在の造詣の美しさ…は何となくだが理解できる気はする。だが、それ以上に、
 『これがなかったらもっと動きがよくなるのでは?』
 という酷く実戦的な思考のほうが直の中では優位であった。
 つまるところ、今の状況は『まあこれはこれで』ではあったのだが、そう口にしたとしても宮子の気が休まるどころかむしろ逆効果になりかねないだろうと分からないほど二人の付き合いは浅くはない。
 そういうわけで語らぬことを選んだ直、その沈黙を補填するかのように宮子は再び饒舌に語り始めた。
「実際にこうやっておっぱい大きくなったから詐欺だーっとか言うつもりはないけど、なんだろね、この釈然としない気分」
「そうだよねえ」
「それにせっかくのこの巨乳なのに感覚通ってないってあんまりじゃない!?」
「え、そうなの?」
 よほど悔しいのかさめざめと泣きながら愚痴をこぼしまくる宮子。直も呆れ顔が見え隠れするのを隠し切れない。
「そうよ。おっぱいの真下辺りで神経が断ち切られてる感じでまるで私のじゃないみたい…ってまあ実際私のじゃないんだけど」
「まあ、確かに」
「見るだけしかできないんじゃ価値半減よ!全然楽しくないわ!」
「……そういうもの?」
 分かってないなあ、そう言わんばかりに宮子は小さく首を振った。
「そういうもの。だって感触が分からないのよ!例えばこういう風にして「あ」」
「……」
「……」
 突如訪れた沈黙。それに急かされるかのように宮子は先ほどの動き――下乳のあたりを弧を描くように撫ぜる――を再び繰り返すと、
「あっ」
 と直が小さく身じろぎをした。
「……」
「……」
「…私のものだから、感覚は私の方に繋がったまま、ということなのかな」
 沈黙に耐え切れなくなった直が取り繕うように口を開く。
「みたいね」
 神妙な口調で答えつつ、宮子はそれとは正反対の熱のこもった視線で胸元を覗き込み続けている――実際の感覚かはたまた思い込みか、直も虫眼鏡で収束した光を当てられたような熱の感触を本来彼女の乳房があったあたりの空間から感じていた。
『変な感覚だ…』
 と首を傾げる直だったが、その奇妙さを噛み締めようとした矢先、何かを納得したように大きく頷いた宮子がぎゅ、と絞り上げるように胸を揉みこんだ。
「っ」
 すぐさまリリースする宮子、だが定位置に戻ろうとする乳房は再び宮子の掌に柔らかく包み込まれる。
「ふぅ…って何をしてるの!」
 直は思わず半歩退き焦りの色濃い声を上げる。それに応じたのか宮子の動きはぴたりと止まった。
「ナオ、私間違ってた」
「そ、そう」
 ほっと胸を(自分の胸は宮子のなすがままなのだが)なでおろす直。だが、顔を上げた宮子、その目は爛々と輝き、その鼻は興奮のせいで鼻孔がぷっくりと開き、そしてその口からは歓喜の声が飛び出した。
「これ、すっごく楽しい!!」
「私は楽しくないよ!」
「大丈夫、すぐに良くなるから!」
 撫でる。
 揉む。
 摘む。
 くすぐる。
 宮子は熱に浮かされたように手練手管の限りを尽くし直の乳房を、そして直自身を玩具にし続ける。
「ん、だから、あふ、やめてって、はぁ、言ってるじゃ、くぅ、ねえ、ふぁ、ミヤ、ぁ」
「大丈夫だって、大丈夫」
 未知の情報に翻弄される直の途切れ途切れの抗議は、どうやら宮子には全く届いていないようだった。
『…困った』
 直としては宮子が喜ぶことはなんであれ喜ばしいことだ。それは例えこんな乱暴狼藉であっても変わらないらしい。
 だが、
『ちょっとこれは駄目な気がする、色々な意味で』
 もし彼女が道を誤っているのならそれを正すのが先輩として、否、親友として成すべきことのはずだ。
「ええい!」
 過剰な感覚に心を乱されつつもどうにかそこまでたどり着いた直は、惑う思考とは比べようのない居合いのごとき速さで手刀を放った。
「大丈夫、峰打ちだよ」
「脳天チョップで峰打ちって、訳が分からない、わよ…」
 へたり、とその場に崩れ落ちる宮子。倒れる時まで突っ込みを忘れないのは流石は直のパートナーというべきか。


「はぁぁ…」
 無意識のうちに深い息が漏れる。糸が切れたかのように腰が沈み、そこでようやく自らの体の動きに気付いた直は中腰のまま椅子の方に進んだ。
「まったく」
 椅子に深く体を預け、直は困惑と嘆きが交じり合った声を放った。今日は本当なら試験終了記念ということで一緒に遊びに行くはずだったのだが。
『まあ、まだまだ時間はあるし』
 実のところ、彼女の暴走は今回に限ったことではない。テンションが必要以上に上がりすぎると時々こうなってしまうことがあるのだ。
 ちょうどいい感じにショックを与えたことだし、起きる頃には元に戻っているだろう。
『それにしても、叩けば直るってまるで壊れた機械のような…』
「ごめん、ミヤ」
 横たわったままの宮子に失礼な例えを謝りつつも、直の口元は小さく綻んでいる。
『まあ、この位は許して欲しいよね。それより…』
 『大丈夫、すぐに良くなるから!』自分もちょっとたじろいでしまうほどに輝いていたミヤの瞳。
「…そんなに、いいものなのかな?」
 言葉として形にしてしまうと、余計に興味が深くなる。
 深く息を吐く。深く息を吸う。そして、直はおずおずと本来他人のものである薄い胸に手を伸ばした。
 服の上でしばし指を彷徨わせ、そして直はついに覚悟を決め、しかし脆い砂糖細工に触れるかのようなおっかなびっくりとした調子で指先をちょん、と胸に触れさせた。
 一挙手一投足を逃すまいと視線を宮子に固定させつつ、直はゆっくりと胸全体を掌で覆う。そのまま徐々に力を加え、胸全体を小さく持ち上げた。
「…………」
「?…」
 何か夢でも見ているのか、宮子の唇がむにゅむにゅと微かに動き、だがそれ以外の反応は全くと言っていいほど見て取れない。
「ああ、もう!」
 直は頬を赤く染め、それで今の行為が無かったことになるかのように手を思い切り振り回す。
 そして、他力にあまり頼ることをしない彼女にしては珍しく、この様子を目にしていたのが誰もいないという幸運に深い感謝を捧げたのだった。




「ふへ?ふひゃ、ふっふぁふぁふぁふぁ!!」
 試験だった高等部と違い午後も普通に授業が続いている中等部。その校舎の一角で妙に気味の悪い声が上がった。
 その声の元に教室中の視線が集まる。唯一の例外、つまり声の主である結城光太(ゆうき こうた)は声と同時に体を震わせ上体をもたげた。今自分がどこにいるのか確認するようにぐるぐると首を回し、しかし数十の視線が自分に突き刺さっている状況、その意味を理解しきれずに呆けた表情を浮かべる。
「さて、人の授業を居眠りでやり過ごしていたことを自らばらしてくれたわけだが」
「いや、違うって!急に胸がわさわさーって…」
「そんなことは聞いてない!」
 この災難の元凶が彼が思いを寄せる従姉だと知る由もないまま、この後光太がたっぷり説教を受けたのは言うまでもない。



    おしまい。




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