【ドリキュア!~あなたの夢を癒します~】


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 暗雲がたちこめ雷鳴が轟いていた。
 倒れ伏す少女。
 それを見下ろすのは巨大なドラゴン。
 そして少女を守るように立つ一人の少年。
「どうして、どうしてこんなことをするんだ!? ──レイジ!!」
 陽ノ下アキラは、親友の名を叫んだ。


「ドリキュア参上! あなたの夢を癒します!!」
 ドリキュア ドリキュッア~♪
 (OPソング)



 『セイバーギア』。
 それは小学生の間で大人気な遊戯のことで、セイバーと呼ばれる特殊なハイテクを駆使したフィギュアを動かして戦わせる新世紀ホビー。
 玩具好きな双葉学園初等部の生徒たちの間でも、この『セイバーギア』ブームは熱く静かに広がっていた。
 金色の虎型のセイバーギアがバトルステージを駆ける。
「そこだ! いけぇ! キングティーガー!!」
 その声に応じて全身に白い光を纏う。明らかに異能によるものだ。
 双葉区内で売られているセイバーギアは、一般流通しているものとはすこし違う。異能の力に感応するのだ。
「『シャイニング・ブースト』!!」
 そのまま体当たりで対戦相手のセイバーギアをステージ外へ弾き飛ばす。
『勝者! 陽ノ下アキラ!!』
 場所は屋外スタジアム。青空の下。WIINの文字が立体映像で空中に描かれ、ステージを取り囲む観客席から歓声があがる。
「やったぜ!」
 ガッツポーズ。背後のチームメイトからも賞賛の声がかけられる。
 舞台は日本代表選考会。ここで勝利したチームや好成績を残したギアバトラーが世界大会に出場する資格を得る事が出来るのだ。
 ギアバトラーであれば誰しもが憧れる舞台である。
 ましてや対戦相手が『テレビアニメのセイバーギアの登場人物達』であればなおさらだ。
 ──そう。対戦相手は人間ではなかった。
 テレビアニメ『セイバーギア スラッシュ』に登場する主人公チームである。
 しかしアキラは、自分が立つ舞台にも対戦相手にも違和感を覚えていない。
 次に戦う相手がアニメの主人公であることも、その手に最強のセイバーギアと呼ばれるカイロスセイバーがあることも当然のこととして受け入れていた。
 アキラにあるのは仲間達の声援に応えて全力で戦い、勝利するという意思だけであった。
 腰に巻いたギアベルトのホルスターに愛機である『王虎』を固定して充電開始。今のバトルではダメージを受けなかったのでインターバルでの修理は不要だ。必要なのは闘志を高めることだけだ。
「頼むぜ、相棒」
 ホルスター内の『王虎』に声をかける。
 そうしてアキラの視界から外れた瞬間。世界が本来のカタチを垣間見せた。
 対戦相手やそのチームメイトの姿にノイズが入る。それはまるで電波状態が悪いテレビ画面のよう。
 ザザザとノイズに揺らいだ偽りの姿から、本来の姿を覗かせる。
 ──影人間。
 まさにそう表現するのがふさわしい姿形。
 真っ黒な影が人のかたちをとって立ち上がったかのようなシルエット。ゆらゆらと揺れる影の目にあたる部分だけがふたつポツンと赤く点灯している。
 対戦相手だけではない。スタジアムの観客席を埋める観客も全て影人間であった。アキラには歓声に聞こえているが実際には口もないのに意味の無い声をあげている。
 それだけではない。アキラの背後に立つチームメイトすらも同じく影人間であり、アキラの視界に入る時にだけ仮面を被るように姿を変えていた。
「両者、前へ!」
 審判の声に顔をあげるアキラ。
「勝ってこいアキラ」
「がんばって!」
「お前と『王虎』なら勝てる」
「落ち着いていけば勝てるよ!」
 チームメイトの声援に親指を立てて応える。
「勝つさ。そうしたらレイジ。おまえとの決着をつけようぜ!」
 アキラは親友の海野レイジに声をかける。二人は勝率が互角のライバルでもあった。
「ああ、そうだなアキラ。お前と俺でどちらかが強いか決着をつけよう」
 アキラの背に向かってそういうレイジ。いや影人間。その顔にあたる部分にはパクリと三日月のような亀裂が浮かび、不気味な笑みを形作っていた。
 ギアベルトのホルスターに手をやり、一歩前に。
 今、決勝戦が始まろうとしていた。

「──だめよ!」
 その時。夏の空を引き裂く雷のような声が場を打った。
 ステージの端に一人の少女が立っていた。
「え、誰?」
 背に届くロングヘアー。高等部の制服。アキラの交友関係に合致する記憶はない。
 少女はアキラに駆け寄ると、その手をとり駆け出そうとする。
「ちょ、ちょっと」
 大事な大会なのになんでこんな人が? と助けを求めて周囲を見回すアキラ。
「捕まえろ!」
 誰かが叫ぶ。
 ──ザワリ
「何だこれ!?」
 景色が一変した。ステージはそのままに審判を始め対戦相手や、観客席を埋める観戦者も全て影人間へと変じていたのだ。
 その影人間たちが、ぼぉおおぼぉおおと唸り声をあげながらステージに殺到し始める。
「みんな!」
 アキラがチームメイトを振り返る。しかし、仲間であった彼らもまた影人間へと変じていた。──いや。ただ一人海野レイジだけが人の姿を保っている。
「レイジ!」
 しかしその親友の顔は怒りに歪み、その目は煌々と赤い輝きを放っていた。その視線は闖入者である少女へと向けられている。
「あれはキミの友達なんかじゃないのよ!」
 アキラの手を引く少女が叫ぶ。
「逃げるのよ!」
 訳も分からず手を引かれてたたらを踏むが少女は離そうとしない。このまま行けばステージから落ちる。そう思った瞬間、アキラは少女の脇に抱え込まれていた。フローラルミントの香りが鼻孔をくすぐる。
「飛ぶわよ!」
「え?」
 大きくステップを三つ。いち、に、さんで言葉の通り、少女は飛んだ。
「うわぁああああー!」
 跳躍ではない。まさしく飛翔である。
 影人間たちが取り囲むステージから、観客席を越えてスタジアムの外へ、空を駆ける。
「と、飛んでる! お姉さんは誰!? 異能者なの?」
「そんなところよ。それよりどこか隠れられるところはない?」
「隠れるったって……」
 スタジアムの周囲はどこまでも続く荒野であった。地平線まで続くその景色は、明らかにアキラの知る土地ではない。更に言えばどこか戯画的でディテールが甘く作り物めいていた。
「じゃあキミが放課後に大人の目の届かないところにいる場所ってある?」
 質問の意図が分からなかったが、アキラの脳裏に浮かんだのは。
「──空き教室」
「ならそこにしましょう」
 少女が告げた瞬間。ふいに景色が変わった。
 飛んでいた空ではない。いくつもの机や椅子が脇に積み上げられた使用されていない学校の教室。アキラが思い浮かべた場所である。
「テレポート?」
 でも異能は一人にひとつだけのはずじゃ? と続けて質問しようとするアキラを、少女は抱えていた脇から解放して向き直る。
 改めて少女を見やる。
 間違いなく初対面。少女としては背が高く、年齢差もあってアキラは見上げることに。
 手足はすらりと長く、顔の造りもくっきりとした、ファッション雑誌に載っていてもおかしくないほどの美少女。胸元に青く輝くペンダントを下げているのが印象的だ。
 だが、陽ノ下アキラという少年は異性を意識するにはまだ幼く、その容姿にもせいぜい奇麗なお姉さんだなくらいしか思い浮かばない。
「ここがキミの隠れ場所なんだね」
 少女は椅子を引いて座り、アキラと視線を合わせる。
 ここはアキラ達が放課後に集まる空き教室であった。毎日のように集まってはセイバーギアについて語り合う、彼らにとっては部室のような場所だ。
「一体なにがどうなってるの?」
「そうね、まずはどこから説明しようか」
 頬に指を当て、軽く首を傾げる。
「ここはお前の夢の中だバク!」
 まどろっこしいといった口調で口を挟むモノ。
 ぼわんと妙な擬音と共に、二人の間の空間に小さな縫いぐるみようなものが現れた。
「わ、何? 象?」
 大きさは手のひらサイズ。色はピンク。貯金箱にでもなりそうなデフォルメされた象のような姿に、これまたデフォルメされた羽がちょこんと生えている。
「象じゃないバク。俺は獏なんだぞ、ってひっぱるなー!」
 アキラが思わず手に取りぐにーっとゴムのように引き延ばす。ピンクの象はジタバタと暴れてその手から逃れると少女の肩に飛び乗った。
「最近の小学生は無茶するバク」
 ぜぇぜぇと息を荒げるその姿に苦笑しつつ、少女が自己紹介をする。
「私の名前はアクア。本名じゃないけどこうしている時はこの名前で呼んでね」
「アクア、さん?」
 訳ありで本名はナイショとウインク。
「あ、オレは陽ノ下アキラ、です」
「アキラ君ね。それとこの子の名前はタオ。獏っていう悪い夢を食べる妖怪で、私の相棒なの」
「妖怪って、ラルヴァなの?」
「由緒正しい獏一族をぽっと出の新参モノと一緒にされたくないバク」
「獏っていうのはね……」
 ──獏。
 中国から伝わった伝説の生き物。人の夢を食べるという。
 悪夢を見たら「いまの夢を漠へ差し上げます」と言えばその悪夢を二度と見なくなる。枕の下に漠の絵を入れておくと悪夢を見ない。などと言われている。
「吉夢を招く縁起のいいモノって考える人も多いわね」
 決して悪い存在ではないのだと言う。異能者であるアクアとコンビとなり、夢の中に入り込むのだと語る。
「それじゃあここはオレの夢ってことなのか」
 にわかに信じられない。頬をつねってもちゃんと痛い。しかし今おかれている状況はまさに夢としかいいようがない。
 アクアはさらに、自分は悪いラルヴァの『夢食い』と戦う『夢祓いの巫女』なのであると語る。
「えっと、『夢祓いの巫女』って?」
 大雑把に言うと夢に干渉できる異能者だと言う。分かりやすい例として。
「ドリキュアって知らない? あなたの夢を癒します! ってやつ」
 自分の胸に両手を当ててからアキラに差し出し、決めポーズと決め台詞。きらりーんと擬音がつきそう。
「いや観てない」
 はっきりと言われてがっくりとくる。
 ドリキュアというのは日曜早朝に放送されている魔法少女ものと呼ばれるジャンルのアニメーションである。
 人間の夢に取り憑いて悪さをする『夢食い』と戦う少女たちの物語りであり、実はその制作には双葉学園が大きく関わっている。
 夢能力者は学園においても極めて少数だ。しかも学園も実態を把握できているとは言い難い。
 そもそもがその異能を観測することが困難であり、また異能者自身が自覚を持たないまま発現することもあり、加えて関わった者の記憶から存在が消えてしまうケースがほとんどである。
 また、人のメンタルに関わる異能については細心の注意を払って扱われるために、その異能自体が秘匿される傾向だ。
 それでも夢能力者は古来より存在していたし、彼らに対して政府や学園側も敬意をもって密かに功績を讃えていた。
 ドリキュアというアニメーションも、そういった夢能力者を基に作られた物語である。
  『夢祓いの巫女』といえば1999年の『変容の年』以前より存在する退魔士の通り名である。彼女らによって悪しき夢から解き放たれた者は少なくない。
 その『夢祓いの巫女』をモチーフとしてアニメーション化された経緯は複雑ではあるが、政府ならびに双葉学園はこうした異能者やラルヴァを題材とした文化をあの手この手で社会へと浸透させているのであった。
「えっと、そのドリキュアは本当にあったことをテレビでやってるってこと?」
「そのまんまってわけじゃないけどね」
 どちらかというとアクアがその異能の解説のためにドリキュアを真似させてもらっているのだと言う。
「アキラ君くらいの子供なら観てると思ったんだけどなあ」
 休日の子供向け番組タイムではセイバーギアの後に放送されるため、アキラはさっさとテレビを消してセイバーギアで遊んでしまうのだ。さらに言えばドリキュアはそもそもが女児向けのアニメなのである。
「そりゃ去年やってたマジョキュアよりは人気出てないけどさ」
「まだ今期のドリキュアは始まったばかりバク。がんばって初代に胸を張れるだけの視聴率を稼ぐバクよ!」
「えっと、いやでもほら、友達のミコトは観てるって言ってた」
 と小学生に慰められるアクア。

「──ひとまずそれはおいといて」
 落ち着いた所で改めて状況説明。
 アクアは自分達が夢魔と戦っており、今もこうして夢魔がいる夢世界へとやって来ているのだと語る。
「じゃあオレが今みてる夢にそのラルヴァが取りついてるってことなのか」
「意識できないふかーいところだけどね」
 だがこのまま夢に囚われていると、目覚めることができくなってしまう可能性すらあるという。
 大抵の夢魔は人の心に巣食いその寄生主の夢を侵食し、負の感情を増殖させてはそれを食べて成長する。
 通常は健常な精神がもつ抵抗力によって、夢魔はおいそれと人に取り憑くことはできないのだが、思春期の不安定な少年少女はそういったものを引き寄せることがままあるのだという。
 でもそういう感じは全然ないのよね、とアクアはアキラを見やる。
「アキラ君は最近なにか嫌なことあった?」
「うーん、そりゃレイジの新しい必殺技に負けたばっかりだけど、一応こっちも新しい技考えてるし」
 クラス対抗戦において代表の五人に選ばれるくらいだが、その実力は拮抗するものだ。勝ち負けは日常的に繰り返されている。
「そうするとやっぱり」
 アキラに取り憑いた夢魔が成長したのではなく、ある程度成長した夢魔がアキラの夢を狙って侵入したのかもしれない。
「おそろらくこの夢魔は、夢を見る人間がもつ『強い敵』のイメージを食らって強くなるタイプバク」
「じゃあ俺が夢でギアバトルすればするほどアッチは強くなる?」
 突拍子もない話ではあるが、アニメのセイバーギアでも似たような力を持つ敵がいたので、アキラは素直に受け入れることができた。
「夢の中ではイメージこそが強さの元になるの。アキラ君が夢魔のことを最強だとか絶対勝てないって思ってると私達が勝つのはむずかしくなるわ」
「どうすればいいの?」
「信じて欲しい。私は強いんだと。私達が勝つって応援して」
 真摯なまなざしに息をのむアキラ。
「信じる……」
『ここにいたのかアキラ』
 その時、どこからともなく声が。
「わっ!?」
 ガシャンとガラスが砕けるような音。
 しかし砕けたのは空き教室という風景そのものであった。
 突風に吹き散らされように粉々になって散っていくそれが、新たな景色に書き換えられてゆく。
 ――ギアバトル大会のステージ。
 青空の下の野外ステージ。観客席を埋める人々。歓声。
 そして、自分のセイバーギア『龍牙(リューガ)』 を手にした親友の海野レイジが立っていた。
「さあアキラ、決着をつけよう」
「……そうだ、戦わなきゃ」
 アキラの目から光が消える。
「まって!」
『ギアバトル、レディ――』
 アクアの引き止める声も届かず、夢魔に引き込まれたアキラは自分のセイバーギア『王虎(キングティーガー)』 を手に向かっていた。
『ゴーーーーー・セイッ!!』
 ステージにセイバーを投下。バトル開始。
 虎型の『王虎』 と直立する竜型の『龍牙』 。二体のセイバーギアがバトルステージでぶつかり合う。
「ダメ、近寄れない!」
「アキラの夢だから『バトル中は邪魔されない』という制約がかかってるんだバク!」
 見えない壁に遮られるアクアとタオが見守る中、作り物の獣が戦い続ける。爪と牙をふるい、互いの攻撃をかわし、しのぎを削る。
 一見、互角。しかし。
「所詮この程度か。──ならもうお前は必要ない」
 豹変するレイジ。歪んだ邪悪な笑みと深紅の瞳。夢魔が本性を現す。
 『龍牙』の右腕がジジジと雷を纏う。
「レイジの新必殺技!?」
「これできめる! くらえ! 『紫電爪(ライトニングクロー)』!!」
 『王虎』 と『龍牙』が同時に爪をふるう。しかし、帯電による電磁力を利用した『龍牙』の腕が加速!
「ああっ!?」
 アキラの目の前で『王虎』 が粉々に砕け散った。
「そんな」
 呆然と膝をつくアキラを前に『龍牙』を手にし嘲笑をうかべる夢魔。
 突如、青空に暗雲がたちこめる。ゴロゴロと雷鳴が轟く。
「貴様の強さのイメージは十分頂いた。見るがいいっ!」
 ステージのすぐ近くに雷が落ちる。その稲光を背後に、玩具であるはずの『龍牙』 がむくむくと膨らみ始める。それを手にしていたレイジの顔をした夢魔も、溶け合うように同化してゆく。
「あ、ああ」
 二メートルを超える巨躯となった『龍牙』。ブルーのカラーリングも漆黒に染まり、その胸部には赤い目をしたレイジの顔が収まっていた。まさに、悪夢であった。
「ククク、『デビルリューガ』とでも名乗っておこうか? さあ後はお前たちを始末するだけだ」
 座り込んだままのアキラに向かい、ズシンと前に出る。
「そうはさせない!」
 遮るようにアキラの前に立つアクア。バトルが終わったことで制約が解け、ようやく割って入ることができたのだ。
「変身だバク!」
 そのタオの掛け声にうなづくと、アクアは胸元のペンダントへ右手をかざす。それは青い光を放っていた。
「ドリームキュア、ドレスアップ!!」
 ――りん、と鈴の音のような音が響き、光が溢れた。
 ペンダントに当てていた手を大きく横に振ると光のヴェールがアクアの身体を包む。そのヴェールの奥でブレザーが光となって散る。
 続いて光のリングが足元から身体に沿って浮かび上がり、それにあわせてしなやかな肢体が衣装に包まれていく。
 スラリとした脚にはひざ上のロングブーツ。細い腰にはゆったりとふくらんだスカート。指先からひじの上までの長手袋。どれも白と青を組み合わせた色調のもの。
 カラーリングもデザインも微妙に違うが、これは紛れもなくテレビアニメのドリキュアのバトルドレスであった。
 どこからともなく風が吹いて光のヴェールを引き剥がしてゆく。それと同時に長い黒髪が青色に変化して輝いた。
 目を閉じて慈しみの表情。両手を胸元のペンダントに当て、まるで誰かの夢を抱きしめるかのよう。ほ、と小さな吐息をひとつ。
「……あなたの夢を、癒します」
 目を見開く。それは髪同様の青色をしていた。青い眼光が『デビルリューガ』を射抜く。
「──ドリキュア、アクアムーン参上!!」
 キンッと気合一閃、闘気にも似た燐光が輝く。

「ドリキュアだと? 構わん、かかれ!」
 奇声をあげて影人間たちがステージに群がる。
 だが、アクアには微塵の恐れもない。
「タオ、アキラくんをお願い」
「まかせろバク」
 アクアの肩からピョンとアキラの前に飛び降りるタオ。
「あぶないっ!」
 影人間たちがアクアに迫る。緩慢な動きではあるが取り囲むように同時に複数の手が伸びる。
「はっ!」
 アクアはその手を避けるのではなく、逆に前へと踏み込んだ。
 槍のような前蹴りを影人間の胸元に放つ。ドンっとかすかな抵抗を受けてブーツのつま先がその薄い身体を貫く。
 そのまま軸足を蹴り上げて隣の影人間の側頭部を打つ。こちらも打ち抜き、粉砕する。どちらも断末魔すらあげる間もなく塵と化す。
 二体の影人間が呼吸ひとつ分もかからずに霧散した。蹴り飛ばすのではない。一撃一撃が必殺の威力を持っていた。
「すごい」
「所詮は夢魔が生み出した影。アクアの敵ではないバク」
「さあ、どんどんいくわよ」
 アクアの格闘スタイルは蹴り技主体だ。ハイキックを繰り出したかと思えば背後の相手へ後ろ回し蹴りを放ち、蹴り足と軸足を瞬時に切り替えてはバトルドレスの裾をひらめかせ、止まることなく蹴りを放ち続ける。
 その様はまるで舞踏会のよう。だがアクアが踊り続けるにつれ、舞台からは影人間たちが姿を消してゆく。
「ムダよ。お前たちがどれだけかかってきても負けはしないわ」
 ステージ上の全ての影人間を塵へと変え、アクアが『デビルリューガ』と対峙する。
「いいだろう、この手でひねりつぶしてやる」
 『デビルリューガ』の巨躯が前に出る。いや、それよりも先にアクアが地を蹴って突進。
 鋭い蹴りが胸元の夢魔の顔を襲う。しかし『デビルリューガ』は咄嗟に腕でガード。
「ふんっ」
 ズシン、と衝撃。だがそれだけだ。影人間を蹴散らした一撃を『デビルリューガ』は受け止めた。
「くっ!?」
 逆の足で『デビルリューガ』の腕を蹴って飛びのくアクア。今の手ごたえ。影人間のような希薄さはまったくなく、禍々しいほどの重量感がそこにはあった。
 巨大化しているとはいえ所詮はセイバーギアという玩具。見た目はただのプラスチックの外装だ。しかし夢魔が蓄え続けた強さのイメージによりそのボディは恐るべき強固さを持つに至っていたのだ。
「今度はこちらからいくぞ!」
 『デビルリューガ』が巨腕を振り下ろす。
「速い!?」
 巨体に似合わぬ素早さ。避けたアクアの足元を鍵爪が削り取る。
「だけど、私のほうが速い!」
 続けて繰り出される爪をことごとく避けるアクア。何もない空間を蹴って空中で方向転換というデタラメな動き。水面に浮かぶ月のごとく捕らえることはできない。
 しかも『デビルリューガ』の周囲から離れることなく、攻撃をかわしつつもカウンターで反撃を打ち込む。踊るような動きはまさに戦闘舞踏。
 だが。
「この程度の攻撃ではいつまで経っても俺を倒すことはできんぞ」
 その言葉の通り、アクアの攻撃はダメージを与えているようには見えない。
「どうやらそのようね。なら──」
 一旦距離をおいて立つ。
「受けてみなさい、『ドリキュア ブーストアップ』!!」
 胸のペンダントがひときわ強い光を放つ。その光はアクアの全身を包み、輝きを増してゆく。
「これは」
 アキラの目から見ても分かる。これからアクアは大技を放とうとしているのだ。
「でも、ダメだ!」
「いくわよ!」
 光を纏い跳躍。まるで翼が生えているかのよう。
「月光よ貫け!」
 暗雲を切り裂いて、銀色の月の光がレーザーのように地上に降り注ぐ。その先は『デビルリューガ』である。
「『ムーンレイアロー』!!」
 その銀光に乗って、アクアが放たれた矢のように一直線に『デビルリューガ』に急降下。纏っていた光は鏃のようにつま先に集中。
「それが貴様の必殺技か!」
 自分に迫るその様を前に『デビルリューガ』が邪笑を浮かべる。その右腕には紫電を纏っていた。
「『紫電爪』!!」
 ──月光と雷光がぶつかり、全てを白く染め上げた。


「アクア!」
「お姉さん!」
 ──ステージに投げだされたのはアクアの方であった。
 バトルドレスはところどころはじけ飛び、胸のペンダントも輝きを失っている。
「これが噂のドリキュアだと? この程度か」
 一方、『デビルリューガ』の方といえばまるで無傷であった。
 なぜならば。
「……龍牙の技はカウンター。しかも絶対に『相手の攻撃よりも先に届く』んだ」
「アキラ君……」
 アキラが抱いた敵の強さのイメージ。それが夢魔の強さの根源であった。たとえアクアが他人の夢に干渉できるとはいえ、あくまでも夢の主こそがその夢世界を作り出しているのだ。
 それでもアクアは身を起こそうとする。タオがアクアの元へ飛んでいくが胸のペンダントは弱々しく明滅するだけだ。
「だめだ、想いの強さが足りないバク!」
「ふん、口ほどでもない。ついでだ。貴様も喰らってやる」
 『デビルリューガ』が詰め寄る。
「……やめろよ」
 半ば呆然としたまま、『デビルリューガ』に縋り付くアキラ。
「どうして、どうしてこんなことをするんだ!? レイジ!!」
 しかしその問いかけに返るのは嘲笑であった。
「貴様は後回しだ」
「うあっ」
 弄ぶように振った腕の軽い一振りで吹き飛ぶアキラ。夢の中のはずなのに痛みは現実と変わらない。
「アキラ君!」
 目の前で倒れるアキラを助け起こそうとするが、力が入らない。
「心配するな。まずはドリキュアが食われるところをおとなしく見ているがいい」
「いかん! これでは益々夢魔は強くなってしまうバク!」
 アキラの恐怖を食らってさらに強くなることを目論んだ夢魔であった。だが、アキラが抱いたのは恐怖ではなく、怒りであった。
「お前は──お前なんかレイジじゃない!」
 心配するアクアを逆に庇うように立ち、拳で口元の血をぬぐって叫ぶ。
「な、に?」
 思わずたじろぐ『デビルリューガ』。アキラの怒りの波動を受け、その顔はレイジの形を維持できず真っ黒な影へと変わっていく。影人間、いや夢魔の本性だ。
 だが、その姿に怯えることもなく、純粋な怒りの炎を瞳に宿して睨みつける。
 アキラは子供だ。しかし友を騙る邪悪に対する怒りと、それに立ち向かう勇気の炎は決して小さくはなかった。
「お前なんかに負けない! 負けてたまるか!!」
 その怒りの炎は夢魔を退かせ、勇気の炎はアクアを魅入らせた。
「アキラ、くん」
 その時、アクアのバトルドレスの胸元のペンダントが強い輝きを放つ。
「今だバク! ピュアストーンを!」
 身を起こし、ペンダントの石を外すとタオに差し出す。
「タオ、お願い」
 長い鼻でつまんでぺろりと飲み込む。
「んま?い!!」
 テーレッテテーと奇妙な擬音を放ち、ぴかーっと輝き始める。
 それはピュアストーンと名付けられた、ドリキュアたる力の源泉。アクアが見る良き夢。想いの結晶。
 アキラを後ろからそっと抱き締める。
「ごめんね、会ったばかりなのにいきなり信じてなんて、無理な話だよね。まず私がアキラくんを信じなくちゃいけなかったのに」
「え?」
「私は、アキラくんの強さを信じる。だからキミも想い描いて。──キミが強いと信じるものを!」
「強い……」
 目を閉じてイメージする
 その間にもタオは風船のように膨らんでいく。
「……もちろん、俺が強いって信じるのは、相棒! お前だ!!」
 握った拳を突き出す。
「来い! キングティーガー!!」
 その叫びに応じて、タオが一瞬にして姿を変える。
 黄金のボディのトラ型のセイバーギア。アキラの相棒『王虎』。
 それは『デビルリューガ』に劣らない巨大な姿であった。
 ステージに降り立ち、雄叫びとともに突進する。
「な、なんだこの力は!?」
 『デビルリューガ』が突進を受け止める。いや止め切れない。ステージの床を削りながら後ずさる。
「くらえっ『ダブルラッシュ』!!」
 両前脚を繰り出す『王虎』の猛攻。
 それを腕をクロスしてガード。だがズシンズシンと衝撃が身を削る。腕の装甲に亀裂が走る。
 互角、ではない。それ以上のパワーだ。
「ば、バカな! 圧されるだと!?」
「そうさ、お前はレイジじゃない。あいつなら、もっと強い!」
「ちぃっ、だがお前には絶対に勝てない技がある! 受けてみよ、『紫電爪(ライトニングクロー)』!!」
 バリバリと雷を纏う腕を振るう。
「危ない!」
「負けるか! いけぇっ『光撃爪(シャイニングクロー)』!!」
 『王虎』の前足が閃光を放つ。『龍牙』の技が相手よりも早く爪を繰り出すというのならば──こちらは相手よりも遠い間合いから攻撃すればいい。
 閃光が、爪の形となって伸びる!
「これが、アキラ君の新しい必殺技!?」

 ──無音。
 『王虎』が前脚を振り抜いたまま動きを止める。
一方の『デビルリューガ』は、突き出した腕ごと右半身を失っていた。
 致命的なダメージを受け、しだいに輪郭がぼやけてゆく『デビルリューガ』。それに合わせて遠巻きにしていた影人間たちも姿を消してゆく。
「やったバク」
 きゅきゅきゅぽんっとコミカルな音とともに、元の手乗りピンク象にもどるタオ。
「おのれ……しかしドリキュアよ、お前に負けたわけではない。そいつの強さを侮っていたことが俺の敗因だ」
「そんなことは分かっているわ。ドリキュアは自分の力で戦うわけじゃない。その夢の主の勇気にほんのちょっとの手助けするだけ」
 ──だから。
「人の心に勇気がある限り、ドリキュアは負けることはないのよ」
 ザァっと黒い塵となって拡散していく夢魔。
「やっつけたの?」
「ええそう。あとはタオが汚染された夢を食べておしまい」
「正直ピュアストーンの至高の味をの後に食べるのは気が進まないバク」
 などと言いながら鼻から塵を吸い込み始める。いや塵だけではない。背景すら吸い込まれていく。獏として夢を食べているのだろう。
「ピュアストーン?」
「私が見る良い夢が結晶化したものよ。タオはそれを食べて強い力を出すの。夢の持ち主の力も借りてね」
「へぇ、必殺技ってやつか」
 周囲の風景がどんどん溶け始めては吸い込まれ、かわりに白い光に包まれて行く。
「そろそろ目覚めの時だわ。だからアキラ君ともこれでお別れ。ここでの出来事も忘れてしまうから心配しないで」
「そうなんだ。せっかく戦友になれたのに」
「戦友?」
「一緒に戦ったんだから戦友だろ!」
「……アキラくん」
 へへへと笑うアキラに手を伸ばすアクア。
「さっきは庇ってくれてありがとう。カッコ良かったぞ、男のコ」
 そっと頬に口づけ。
 びっくりしているアキラは真っ白な光に包まれて──


 アクアが言った通り、目が覚めたアキラは夢の中での出来事を忘れていた。
 日曜の朝。いつものように家族と朝食をとり。
 いつもの時間に放送されるセイバーギアのテレビアニメを観た。
 いつもならそのままセイバーギアを手に家を飛び出すところだが──
 ふとフローラルミントの香りに鼻をくすぐられてテレビの電源を切るのをやめた。
「あら珍しい。ドリキュア観るの? ミコトちゃんに何か言われた?」
 と訊ねる母親に「いやなんとなく」と返す。本当に理由らしい理由はない。ひょっとすると頬に感じる温もりのせいかもしれないが。
 これを観終わったらレイジと勝負しよう。今なら新しい必殺技を繰り出せそうな気がする。
 その技の名前ももう決まっている。そう、『光撃爪(シャイニングクロー)』だ。

ドリキュア ドリキュッア~♪
(OPソング)






 双葉区内のとある学生用マンションの一室では。
「うーん今期のドリキュアは当たりだバク。何よりも脚本家を戻したのが成功バクよ。っていつまでそうやってるんだバク?」
 テレビアニメのドリキュアを観終わったタオが、呆れ顔でベッドを振り返る。
「うわー! なんであんなことしちゃったんだろー!」
 と布団をかぶって恥ずかしさにジタバタするアクア。夢世界から戻ったその姿はバトルドレスでもなく学生服でもなくパジャマ姿だ。
 いや、夢の中にいない今はアクアではない。現実世界での名前は夢渡水月(ゆめわたり みづき)という。
 一見すると少女と見まごうばかりの容姿ではあるが、双葉学園高等部二年S組に在籍するれっきとした『男子』高校生である。夢の中と比べて髪は短く男の肉体という点だけが違っていた。
 彼は相方のタオと組んで夢世界で活動する際には、少女の姿をとるのだ。更にドリキュアへと変身するのだから二段変身ということになる。
「 『夢祓いの巫女』が男であってもおかしくないバク。でもドリキュアが男であると色々と問題があるから丁度いいバクよ」
「僕には女装趣味はないのに?!」
 ちなみに女装ではない。夢の中では身も心も少女となっている。ついでにいえば性格もかなりポジティブでアグレッシブだ。
「まあ抑圧された願望やらアニマとか色々理由はつけられるバクよ。そんなに心配しなくてもちゃんとピュアストーンは輝いてたバク」
 ピュアストーンはアクアムーンの純粋な気持ちから生まれるものだ。あの時はアキラの勇気に感動を覚えたのである。
 強い異能を持つ者ならば強大な敵に立ち向かうこともできるだろう。
 しかし、そうでない者が誰かを守るために勇気をもって立ち向かうということは、容易いことではない。
 それをやってのけたアキラの勇気に対する感動と高揚は、純粋であり混じりっ気なしの本物であった。だからこそそれを食べたタオは強力な力を発揮し、『王虎』へと変身出来たのだ。
 夢魔に取り憑かれた者に悪夢から抜け出すことを促し、彼らの勇気から力を得るのがドリキュアという 『夢祓いの巫女』の戦い方なのである。
 そこには「人は強いものなのだ」という信念があった。
「でも最後のほっぺにチュってのは言い訳できないバクよ」
「うわーん!!」
 布団をかぶったまま足をバタバタさせる水月から目を離し、タオは考え込む。
(それにしても夢魔はドリキュアのことを知っていた……何か妙なことが起きているのか? 早く他のドリキュアを見つけなければ)
「僕はノーマルだー!!」
 日曜の朝。いつまでも水月は布団から出てこなかった。



おわり



  • 補記
アキラの異能は『光撃』 現在は指先に光を灯す程度のもの
レイジの異能は『雷撃』 現在は静電気を発生させる程度のもの
現実世界での両者の必殺技は実際には視覚エフェクトを発生させるだけで性能アップといった効果はない


夢渡水月(ゆめわたり みづき)
よく女の子と間違えられるのが悩みのやや内気な少年
その実態は『夢祓いの巫女』の家系に生まれた夢能力者で、異能は他人の夢へと行き来できるという『夢渡り』
明晰夢を他人の夢の中でできるようなものだが、万能というわけにはいかない
女性化やドリキュアに変身したりするのはあくまでイメージの具現化であり、思い込みによるもの


タオ
夢を食べる妖怪『獏』?
ピュアストーンと名づけた『夢祓いの巫女』から抽出した良き夢を好んで食べる
代々『夢祓いの巫女』と関わりをもっているようだが色々と謎
ドリキュアという形態は時代に合わせた近年になってのもの。先代の巫女のからのようだが……
実はメスらしい




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