【ラッキーストライク】


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 俺の友人である甲府守哉(こうふ・もりや)は稀代の駄目人間だった。
 あまり奴を知らないひとは、甲府のことを深刻ぶらない楽天主義者なんだと思っているようだが、正体はそんなものじゃない。あいつは、現在さえよければあとはどうなってもいいと考えている刹那主義者ですらないのだ。
「この世には必ず抜け道があるから頑張ったり努力したりする必要はない」
 それが甲府の信念だった。本当にどうしようもない野郎だ。
 あいつとの腐れ縁は中学時代から続いてしまっているのだが、当時から帰宅部員で宿題もやらず、テスト勉強ももちろんしない問題児だった。にもかかわらず甲府は落第生ではなく、テストでは限りなく満点に近い成績をおさめることが少なくなかった。テストが二回あれば一度はほぼ満点。もう一度は文字通り全滅。平均すれば並の成績というのが奴だった。
 甲府はやたらとヤマを張るのがうまかったのだ。当てるときは一夜漬けで出題範囲を完璧に押さえてしまう。つまり記憶力はやたらといい。だから教師たちは真面目にやれば毎回満点を取れるだろうと甲府を諭したのだが、当然あいつは聞く耳を持たなかった。
 そんな甲府の山勘がホンモノの特殊能力であることがあきらかになったのは、俺たちが中学三年になったばかりのときだった。甲府は限定的な予知能力を持つ「異能者」だったのだ。どういう運命のイタズラか、俺も魂源力とやらが一定閾値を超えていると判定され、俺たちふたりは故郷を離れ、ここ、双葉島へと送り込まれることになった。ちなみに俺の異能はまだ発現していない。本当にあるのかもあやしいものだ。
 ここの生活に慣れるのにそう時間はかからなかった。ちょっと変わった能力を持ち合わせた生徒や学生が多いだけの、普通の大規模な学生街だ。俺にとっての日常に大それた変化はなかったが、それは甲府も同様で、あいつはこの街にきてからも駄目人間のままだった。
 学校は可能なかぎりサボる。この島は政府にとっていちおう重要な地区であり、出入りは完全自由ではないのだが、甲府はしょっちゅう外出していた。何をしているのかと思えば橋を隔てたところにあるパチンコ屋に入り浸っている。しかしいつも勝って帰ってきているというわけではないようだった。奴は自分の能力を「山師の霊感〈マイナーズ・インスピレーション〉」と称していたが、漏れ聞くところでは当局のほうでも甲府の能力は信頼に足るものではなく、使い道がないと判断されているらしかった。
「優秀な異能者は政府から補助金がもらえるらしいから一生安泰だな」
 などと甲府は吹いていたが、この島に溢れるほどいる異能者のうち、各国政府や関係機関のために働いて報酬をもらっている人間はひとにぎりだ。甲府はどう見てもその中には入れそうになかった。異能者として芽の出そうにない俺と同様に、甲府も学生としての身分でなくなれば一般人として社会に出なければならなくなる。
 双葉学園の教官たちは決して無能でもなければ怠慢でもないのだが、いかんせん生徒や学生のほうが多すぎる。少子化が進んでひとりひとりにまで完全にケアの行き届く故郷の学校とは違い、自分から相談におもむきもしない甲府のような奴に目をかけてくれるほど暇な大人はいなかった。
 しかたがない。曲がりなりにも友人、同郷のよしみとして、俺は一度だけでも甲府を説得してみようと決心した。


 俺も甲府も、学園側が用意した学生寮に入居していた。俺の部屋のすぐ隣が甲府の部屋だ。留守がちのことが多い甲府だったが、俺のことを待っていたかのように、ドアは叩いたとほぼ同時に開いた。
「よお。なんかお前が来る気がしてたぜ。こっちから用があるときはぜんぜん顔見せねえくせに」
「借金の申し込みとかか。お断りだからな」
 仏頂面で応じてやったが、甲府はいつも通りの太平楽なにやけ顔だ。
「このところは冴えに冴えてるぜ。勝ちまくってるからメシでもおごってやろうと思ってたんだがなあ?」
「お前の能力の的中率は、せいぜい五割ちょっとだろう。六割はいかないはずだ。いつまでもそんな綱渡りでやっていけると思ってるのか? そのうち失敗して――」
 向こうのほうから本題に繋がる話をしてきたので、俺は一気にまくしたてようとしたが、甲府はドアから離れて部屋の奥へと引っ込んだ。
「まあ入れよ。立ち話もなんだし」
「そうさせてもらう。お前次第でずいぶんと長い話になるかもしれんから」
 この程度で出ばなをくじかれているわけにはいかないので、俺は素早くドアを後ろ手に閉めるとずかずかと甲府の部屋へと入っていった。
 狭い六畳一間の真ん中にどっかりと腰をおろし、徹底的に説教してやろうと息を吸い込んだところで、甲府のほうが口を開いた。
「幸運の女神って、後ろからじゃ捕まえられないって、知ってるか?」
「向こうから幸運が来ることを期待せず、自ら動いてつかもうとしないと幸運は得られないって話だが……まさかお前、わかってるのか?」
 ヤマを張って一か八かに賭けるばかりの人生を悔い改める気になったのかと、俺は思わず甲府の顔をまじまじと見やった。もうわかっていることを説教しに俺が来ることを予感していたから、こいつは笑っていたのだろうか。
 しかし甲府は怪訝そうに首をかしげてこういった。
「何いってんだ? 自分から追いかけたって無駄だろう。幸運の女神は後ろからじゃ捕まらないんだぜ」
「だから、幸運の女神の先に立つには自ら地道な努力をして――」
「あー、ちっちっちっち。これだからシロウトさんは。幸運の女神が通る場所さえわかってりゃいいんだよ。そこで座って待ってれば向こうから幸運が飛び込んでくる。下手に動き回ったって、幸運の女神にかすりもしない場所を無駄にうろちょろして疲れるだけだぞ」
 指を振り振り、甲府は切り株でウサギが転ぶのを待つ阿呆の田吾作と同じことをのたまい始めた。こいつに一瞬でも期待した俺が馬鹿だったのだ。
 俺は渾身の眼力で甲府を見据え、拳を固めて腹から声を絞り出す。
「幸運頼りに行き当たりばったりでやっていくのなんて無理なんだよ。幸運に頼らなくても済むように地に足をつけて――」
「おいおい、お前だって異能者候補としてこの島にきたんだろう。何も学ばなかったのか? 地道なんて賽の河原だ。この世には本当に鬼がいるんだぞ、ラルヴァが。積み上げた石ころは蹴り崩される運命なんだよ。そんな無意味な作業より幸運の女神を捜すほうがいい。……時間だ、俺は出かけてくる」
 そういうや、万年床の枕元にあった目覚まし時計に目をやって、甲府は立ちあがった。俺は無言のまま殴りつけてやろうとしたところで、足がもつれた。我ながら情けないことだが、ほんのちょっと正座をしていただけで、しびれてしまったのだ。
「こら、甲府、待て、まだ話は終わってない……」
 俺の声が背中に届いていないわけはないのだが、甲府は立ち止まろうとしなかった。


 甲府の後を追って学生寮から飛び出した俺だったが、奴の姿はすっかり見えなくなっていた。時間といっていたのが何のことか、少々気にかかる。島の外のパチンコ屋の新装開店にしては中途半端なはずだ。双葉島の中は学校施設だらけなので、そういう施設は出店規制にもろに引っかかるし、そもそも十八歳未満の人口率が高すぎて商売にならない。地下賭場があるという黒い噂は聞かないでもないが、心あたりはないしさすがにそんな危なそうな場所まで甲府を追いかけていきたくはなかった。
 それでも、あてもなく捜しまわるよりは双葉学園駅か双葉大橋のゲート前で張るほうが確実だろうか――そんなことを思いながらとりあえず大通りのほうへ歩いていると、向こうから人が走ってきた。
 金髪の、しかしそのわりにはバタ臭くない顔の女の子だ。特筆すべきは、おでこの前方へと突き出た、見事なまでの「アホ毛」だった。リアルでアホ毛っ娘を見るのは初めてだ。
「うわーヤバいよ遅刻だよ!」
 と、俺にもはっきりとわかる日本語をしゃべりながら猛ダッシュしてくる。日系人なのか、それともただ染めているだけなのか。あるいは何かのコスプレだろうか? 近所でその手のイベントがあると聞いた覚えはなかったが、彼女は制服姿でもカジュアルな普段着でもなかった。肩からさげたゆったりとした布を身体に巻き、腰でベルト留めしている。走るのにはあまり向いていない恰好のようだ。
 俺は道の端に寄って女の子の行く手を空けた。にこりと軽く会釈して、女の子は走り去っていく。駄目人間甲府への憤りを忘れさせてくれる、可愛い笑顔だった。
 女の子の後ろ姿を見送って、俺はひとつ気がついた。おそらく念入りにセットして作ったのだろう前髪と比べ、彼女の後ろ髪はかなり短く切り詰められている。後ろからではつかめないに違いない。

 幸運の女神は追いかけても捕まえられない。なぜなら彼女に後ろ髪はないから――というが。まさか、ね。




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