【眠り姫と手作りチョコ】


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 ◇チョコブラウニーを作ろう


 お店の厨房ではバレンタイン向け商品の仕込みで、パパとママが忙しそうに働いている。私はその合間に借りたオーブンでローストしたクルミを持って、二階にある自宅のキッチンへ戻り……、
「やるかもしれないとは思ったけど、まさかガチでやるとはね」
 深いため息と共に私は言った。
「まぁ、手作りチョコのオヤクソクだよねぇ」
「だって『チョコレートを熱して溶かす』って……」
 ニヤニヤしているアヤナと申し訳なさそうな表情の眠り姫が続け様に口を開く。
 まったく、ちょっと目を離した途端にこれだ。既にうちのキッチンにはチョコの焦げた臭いが充満していた。パパやママにばれるとウルサいので、私は急いで換気扇のスイッチを入れる。
「私さっきテンパリングの説明したよね? っていうかそっちのコンロで沸かしてるお湯を無視してなんでチョコ入れたボウルを直接火にかけるかな」
 テンパリングとは簡単に言うと湯煎のことだ。チョコレートのように粘性の高いものは焦げやすいので気をつけろと言ったばかりだというのに……。いや、眠り姫は素だろうけどアヤナの方は絶対ワザとだな。
「ごめんね、ヒナキさん……」
 いつもの長い髪をアップでまとめ、お気に入りの大きな純白のキャスケット帽を目深に被った眠り姫が、消え入りそうなほどの小声で謝る。
「……あぁもう、わかったから次は説明したとおりにやってよね。これは私が片づけとくから」
「うん」
「はぁい」
 私は二人から焦げチョコ入りボウルを受け取り、別のボウルと新品のチョコを手渡す。
「ったく、あんたがついていながら何でこんなことになっているんだよ」
 シンクへ移動する途中、コンロ組の二人とは別作業をテーブルで行っていた相羽さんに訪ねた、というか食ってかかった。
「ごめん、私も自分のことでいっぱいいっぱいだったもんで臭いがするまで気付かなかったよ。いやでも逆に鈴木さんがいたから大丈夫かなーって」
 こいつはこいつで割った卵に混ざった殻を菜箸の先でチマチマと取り除く作業に必死のようだ。開幕から三人揃ってあまりにひどすぎる。
「アヤナは自分が楽しむことしか考えてないから。っていうかアヤナ、呼んでないのに何でいるの?」
「え? だって面白そうじゃん」
 即答。そして予定調和過ぎ。相変わらずなアヤナに私は再びため息をついた。
「……とにかく、邪魔はしないでよね」
「だいじょーぶだいじょーぶ。あ、そーだ。コーラとかオレンジジュースとかいろいろ差し入れ持ってきたからぁ、姫音さんも相羽さんも作業の合間に気にせず飲んでねぇ」
 言ってアヤナはどこから取り出したのかそれらのペットボトルをドンドンと勝手にテーブルへ並べていった。ちょっとそこ、この先で使うつもりでスペース空けといたんだけど。


 結局ずっとそんな感じで、ぶっちゃけほとんどの行程が危険と隣り合わせだった。これってさっきアヤナの言ったオヤクソクの呪いだろうか。
 私が監視してないと、砂糖や香り付けのラム酒は量りもせずボウルへ加えようとするし、小麦粉やココアパウダーはふるいにかけず、私がローストしてきたクルミは砕かないまま。
 ぎりぎりのところで最悪の事態を回避しつつ、なんとか出来上がったものをクッキングシートを敷いた長方形の型へ流し込む。
「あとはこれを焼けばチョコブラウニーの完成なんだね」
 眠り姫と相羽さんが私の両隣でほぉと安堵のため息をついた。
「そ。じゃ、私は下でオーブンに入れて、んで焼きあがるまでお店の方を手伝ってくるから、あんたたち三人はこっちの片付けを……」
「あ、もしよかったら田中さんちのお店の厨房って、見学させてもらってもいいかな?」
「別にいいけど。何、相羽さんてパティシエとかに興味でもあるの?」
「うん。ちょっと」
 それは予想外……でも今日の手際を見る限り決して向いているとは言い難いのかもしれないが。まぁそれはいいとして。
「了解了解。それじゃアヤナと姫音さんでこっちの片付け任せていい?」
 私は二つ返事で答えると、残る二人にキッチンの片付けを頼もうと……、
「アヤナさんが淹れてくれたコーラ、不思議な味がして美味しい」
「そう? コーラの他に、持ってきたジュースとかいろいろブレンドしてみたんだぁ。美味しいなら何より」
 いつの間にか私の隣から移動していた眠り姫とジュースを飲み交わしているアヤナに、私はなんかムカついたもんで一発蹴りを食らわせた。
「ヒナキひっどい!」
「いい? アヤナ、姫音さん。ちゃんと片付け、しといてね?」
 私は二人へずいと身を乗り出し、釘を指した。
 アヤナは調理器具や材料、調味料なんかが散乱しているキッチンを見回し――何かに気づいたのかにやりとして――答えた。
「うぃうぃ。片付け、片付け、ね」
 その時にアヤナのバカ面の意図に気づいていればよかったのだが……、私は二人を残し相羽さんと共に階段を下っていった。

 それから約二十数分。私の両親の作業を輝いた目で釘付けになっている相羽さんをとりあえずそのままにしておき、私はきれいに焼きあがったブラウニーを手に階段を昇り――――
「あ、おかえりぃ」
「ヒヤキひゃ~ん。これ見れ。アヤラひゃんのコーラ、すんごく気持ひいぃ~」
 散らかったままのキッチンの床へ直接座りグラスを傾けているこの二人を残したことを海より深く後悔した。
「あんたら……片付けろって言ったのに……」
「ほら、ちゃんと片付けたよぉ」
 言って、アヤナは空っぽになっているコーラのペットボトルとラム酒の瓶を私へ見せつけケラケラ笑ってる。そしてその隣では、人間って三十分足らずでこうまで酔えるのか? それともただこいつがとことんアルコールに弱いのか? ってくらいに真っ赤な顔で呂律が回っていない眠り姫。
 彼女が被っていた純白のキャスケット帽は既にどこかへ脱ぎ捨てられていて、まとめ上げられていたはずの髪もほどけ、赤黒くウェーブがかった長髪が――――――





 ◇二月十日(月曜日)の朝


「――――ってところで目が覚めたんだよ」
「はぁ、ヒナキが私のことどー見てるか分かった気がするよぉ」
 強く冷たい海風が吹き込む東京湾ど真ん中の双葉島。私は一緒に登校中の幼なじみ、鈴木|彩七《アヤナ》にその場の流れで今朝見た夢の話をしていた。もちろんいっさい脚色無し見たまんまでの説明だ。自分でも細かいところまで覚えていてちょっと驚く。
「さーてなんのことかしら」
 嘆くアヤナへ私はシラを切る。
「私とあんたはこの双葉島へ越す前からの腐れ縁なんだから。あんたはそういう奴よ、昔っからね」
「心外だなぁ」
 唇をとがらせ不貞腐れているアヤナ。そんなこいつに私は指さし、
「それに、もしこの夢みたいな現場に出会《でくわ》したら、あんた絶対やるでしょ?」
「まぁねぇ。ないこともないということは否定できないかもしれないねぇ」
 言ってアヤナは私から目線をそらす。ほらね、やっぱりこいつはそういう奴なんだ。
「まったく……」
「ってか、ヒナキんちでその眠り姫のチョコ作り手伝うっての実際には明日なんでしょぅ?」
「そう。明日の夕方に相羽さんと一緒に来るって。正夢にならなきゃいいけど」
 ずっと煮えきらないままだだったその手作りチョコの件でちょっと前に相羽さんへけしかけたのだが、眠り姫自身になにか心変わりでもあったのか、先週末頃に本人から直接私のところへその話を持ち出してきたのだ。


 と、そうこうしているうちに登校する学生たちで溢れ返っている昇降口へと到着した。先日の事件で破壊されたこの昇降口はこの土日のうちに修理されたようだ。真新しいガラス扉が広く口を開け、学生たちを迎え入れている。
 アヤナと共に私たちのクラスのげた箱前へとたどり着くと、
「おーはーよー……」
「あ、田中さんと鈴木さん、おはよう」
 そこには|姫音離夢《ねむりひめ》と相羽呼都の二人が通学靴から上履きへと履き換えているところだった。
「おはー」
 へらへらとだらしのない顔で手を振るアヤナに続き、私も二人へと……と?
「おはよう。って、姫音さん顔色悪いけどどうしたの?」
 私は、いかにも体調が悪そうにふらふらしてる――眠そうにふらふらしてる普段とはちょっと異なる――眠り姫の様子が目に付き、二人に尋ねた。
「あの日ぃ? 私痛み止めのクスリ持ってるよぉ」
 そしてお遅れて彼女の様子に気づき、勝手な判断でごそごそと鞄をあさりだしたアヤナへ、
「違うよ、ありがとう。今朝からずっと胃がギューって、おぇーって、気持ち悪いだけ、だから……」
 言って、眠り姫は胃のあたりをさすりながら力なく微笑んだ。
「風邪? まさかインフル?」
「うーん、熱とかはないし。それはたぶん大丈夫、だと思う」
 私の問いにふるふると横へ首を振る眠り姫。そこへ相羽さんが彼女の顔を心配そうに見上げながら、
「私は休むように勧めたんだけどね。リムがどうしても学校行くって聞かなくて」
「出てきたってどうせ寝てるだけなのにねぇ」
 アヤナが、本人のいる前だというのに平気で腐す。
「んー、もうちょとすれば平気になると思うから……」
「なんか起きたときからずっと気持ち悪いって言ってて。寮出てくるまで、何回もトイレで吐いてたみたいだし……。ほらリム、大丈夫?」
 アヤナの嫌味は完全にスルーか。相羽さんがミネラルウォーターを手渡すと、眠り姫はふらふらしながらもチビチビと口に含んでいった。
 そんな眠り姫の姿に、私は『よくある光景』を思い返していた。それは早朝、商店街の特に飲み屋街で見かけることの多い――――
「姫音さんって、背ぇ高いしスタイルも大人っぽいからぁ、なんかその姿って二日酔いの|OL《オーエル》みたいだねぇ」
 まるで私の思考とシンクロしたかのように、アヤナがストレートに失礼な発言をぶちかます。
「確かに、言われてみれば……」
 眠り姫を見上げた相羽さんも、思うところあったのか再び眠り姫を見上げ小さく呟く。
 当の本人は必死に気持ち悪さを耐えているのか、さっきからずっと「んー」とか「うー」とか小さな声で唸っている。
「二日酔いと言えば、さっきヒナキの話の中でも、ほら」
「あー、そういえばそんな――お酒の話なんかもしてたっけな」
 アヤナに指さされ、私は頭の中でジグソーパズルのピースがあまりにも偶然に当てはめられていくような感覚に、不意ににやりと応えてしまった。
「んー?」
 そんな私たちのやりとりに首を傾げる眠り姫へ、
「実は今朝――――」
 私はおもしろ半分に口を開いた。





 ◇願い叶いますように


「――――っていう夢を見たんだよ」
「………………え」
 今朝見た私の夢の話が終わる頃、私たち四人はちょうど高等部一年B組の教室へと到着した。何人かはすでに登校していて席を囲んで談笑したり今日の宿題を見せ合ったりしている。
 私は、教室入り口で立ち止まってしまった眠り姫を伺うと、その表情に信じられないほど驚愕を浮かべ、悪かった顔色がなお一層真っ白になっていた。そして彼女は私たち三人から目をそらし、なにやらブツブツと――「なんでそれを」とか「消し忘れた」とか「後半の記憶が曖昧」とか「アヤナさんのせいだ」とか――呟いている。何を? 何が? どういう意味だ?
「ねぇ田中さん。私、別にお菓子屋とかパティシエとかとかあまり興味ないよ? 料理全般得意じゃないし」
 自分の席へ鞄を置いてまた戻ってきた相羽さんがさらりと言い放つ。そっちは私も特別気に留めてなかったので「あらそう」と適当に返しておいた。そういえば相羽さんの料理下手って部分は正夢になったのか。 
 相羽さはそのまま眠り姫へ向き合うと、
「っていうかリム、その夢みたいに、まさか私に隠れて昨日お酒飲んだりしたの? 駄目だよ、鈴木さんみたいな悪い子になっちゃうよ」
 まるで非行に走ろうとする愛娘を諭す母親のような口調で詰め寄った。
「ちょ。相羽さん、私そんなに悪い子じゃないよぉ?」
「えっと……さっきのはほら、アヤナさんが美味しいコーラだって私を騙して……」
「いや待って待って! だからそれはヒナキの夢の話でぇ、姫音さんが今気持ち悪いのとは無関係じゃん!?」 
 いわれのない身に覚えのない『私の見た夢』を理由に悪者に仕立てられそうになったアヤナが慌てて反論する。
 そう、あれは夢だ。確かに不思議なほど状況がリンクしてはいるが、常識的に考えてその二つが繋がってるなんて考える方がどうかしてる……と、あれ?
「……『夢の中の話』といえば、思い返してみると何か姫音さんの雰囲気がいつもと違ったような気がするんだよな」
「へっ!?」
 顔面蒼白になっている眠り姫の声が裏返った。
 夢なんて普段なら目が覚めてからある程度時間が経てば自然と忘れてしまうような物なのに、今回のは不思議と妙な感じで記憶が残っている。そう、私はその夢の中で眠り姫の容姿に違和感を覚えていた。それは――
「髪型……髪の色? 表情とかもなんとなくちょっとこうキリっとしてたような……」
「きっ気のせいじゃないのかな。それに、ヒナキさんの夢に出てきた私がお酒飲んで酔っぱらったからって、目が覚めた後の私がそのせいで二日酔いになっちゃうとか、まさか、私が人の夢に出てくるとか、その夢と現実の感覚が繋がってるとか、そんなのありえな――うっぷ」
 突然、普段はのんびり口調で話している|眠り姫《こいつ》にしては珍しく慌ててまくし立て、そしてその勢いで胃液かなにかが喉元をこみ上げてきたのだろう、嗚咽を漏らすと口元に手をあてその長身を小さく前かがみにした。
「あーまたリムったら……ホントに大丈夫? ついてってあげるから、席に鞄置いて一緒に保健室行こう?」
「んー……そうする……」
 相羽さんの言葉に眠り姫は小さく頷き、ふらふらとした足取りで窓際前のほうの席へと向かっていった。
 そんな彼女の後ろ姿に相羽さんは短くため息をつくと、
「それじゃ田中さん鈴木さん。リムがあんなんだしちょっと保健室連れていくね」
「了解。さっきアヤナが言ってたけど、あいつどうせ居眠りするんだしこの際だから保健室でぐっすりと横にさせてやんな」
「ん。まぁそれもそだね」
「コトー、だっこしてって」
 ふらふらと戻ってきた眠り姫が相羽さんに両手を伸ばす。
「私とリムの体格差じゃ無理だから!」
「そういうのはさぁ、バレンタインでさっさと告ってぇその大好きなカレシにやって貰えばぁ?」
 伸ばされた眠り姫の手を取り教室を出ようとした二人へ、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべたアヤナが冷やかし半分に囃したてた。
「あぁ、そうだよねぇ。私にもそういう人がいればなぁ……」
「ひどいよアヤナさん、声大きいよ」
 小さめの体で小さく頭垂《うなだ》れる相羽さん。そして彼女と繋いでいた手を振り解き慌ててアヤナの口を塞ごうと躍起になる眠り姫。
 ここに中島君なんかがいれば面白いことになりそうなもんだったが、トラドラコンビはまだ登校していないようで教室内にその姿は見あたらなかった。残念。
 ってそうだ、さっきまで散々その話をしていたというのに私としたことがうっかりしていた。
「姫音さん、この前話した『手作りチョコ大作戦』だけど、ほんとに明日で大丈夫?」
「うん、明日の約束の時間までにはさすがに回復出来ると思う、よ。夕方頃にヒナキさんちのお店に行くね」
「了解、って店のほうは店の仕込みで忙しくて無理だから、私の家な。材料は一通りこっちで用意しとくからラッピング用の袋とかリボンとか気に入ったの揃えて持って来なよ」
「うん。よろしくね」
「――今朝の夢が正夢にならなきゃいいな」
「チョコ焦がしたりとか、同じ失敗は|も《・》|う《・》|し《・》|な《・》|い《・》ように努力するよ」
「ならいいけ……ど……?」
 ……ん?
「それじゃリム、行こっか」
 ふと浮かんだ違和感は相羽さんの言葉で脳裏から離散していった。相羽さんは再び眠り姫の手を取ると、彼女を連れて保健室へと向かっていった。


 二人を見送り私は深くため息ひとつ。そして私の隣でにいまだニヤニヤしている|幼なじみ《くされえん》へ、
「アヤナ。明日は来なくていいからな」
「ひどいっ!! そんな楽しい現場で私だけ除け者なんて!!」
「だってあんた来たら遊ぶ気まんまんでしょ?」
「もちろん! っていうか全力でヒナキの夢を正夢にするね!」
「……ブランデー類を使わないレシピに変えるかな」
「えー!? 私のおもちゃが!!」
 相変わらずバカ丸だしなアヤナの姿に私は再びため息をつく。
「でも、まぁ」
 もし万が一こいつが本気で余計なことして本当に正夢になってしまったとしても……、
「大丈夫だろ。それでも今朝の夢じゃ眠り姫の手作りチョコは(かろうじてだけど)完成してたし、それはそれで結果オーライだ」
 言って私は大きく一つ頷いてみせた。

 今し方教室を出ていった眠り姫たちと入れ違うタイミングでトラドラコンビが登校してきた。きっと間違いなく廊下で互いに顔を合わせたことだろう。
 ……あぁ、|眠り姫と中島君《こいつら》の四日後がもの凄く楽しみでしかたがない。
 それを想像するだけで、私は頬の綻びが止まらなかった。





 【眠り姫と手作りチョコ】終






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