【とある闇の眷属に関わる短き物語】


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note:この益体もない掌篇のきっかけとなった会話は2012年3月に東京都内某所にて実際に交わされていたものであり、私はそのとき彼女たちが敵でなかったことを神に感謝した。

     ***


    とある闇の眷属に関する短き物語


 定期テストを翌日に控えた午後九時二十分、ぼくは一夜漬けでどうにか明日の試練をしのぐべく、近所のファミリーレストランへと出かけた。家にいたのでは勉強にまったく身が入らなかったのだ。先週に発売された某大作RPGの外伝と某ラノベ原作アニメのタイアップゲームが、ぼくの心を捕らえて放さなかったせいである。
 家から五分のファミレスにたどりついてドリンクバーを注文したぼくに対し、バイトのウェイトレスは「ごゆっくりどうぞ」のひと言もなく伝票をおいて立ち去った。ありがたくない客であろうことは重々承知だ。とはいえ店内は、ぼくと似たような目的であろう学生客で混雑していた。ここ、双葉島は日本最大の学生街なのだから、それも理の当然なのだ。
 ブラックコーヒーを一杯いれてきてから、ぼくは気合の吐息をひとつついて、ノートと参考書を広げた。テスト範囲をすべておさらいしている時間はない。労力対効果の悪い面倒なところは飛ばしつつ、ヤマを張って集中するしかないだろう。現国に二時間、数学Iと地理に三時間ずつ使って、朝六時前に家に帰ったら風呂に入って頭をすっきりさせ、朝食をとって登校だ。明後日のことはひとまず考えない。とにかく危険科目の並んでいる明日をなんとか切り抜けなければ。
 二十一世紀のこの時代、いいかげん古文の領域に収まるべきであろう、森鴎外と向き合おうとしたところで……
「太古より生き続ける闇の眷属――やつらは滅ぼされなければならない」
 いきなり、刺激的な言葉が耳に飛び込んできて、ぼくは思わず肩をふるわせた。ぼくは、常人よりも耳が良いのだ。
 反射的に振り向きはしなかった自分のとっさの判断能力をほめつつ、それとなく様子をうかがうと、ぼくの座っているカウンター席より二列はなれた、テーブル席の一角を占拠している五人の男女の姿があった。女子が三人、男子がふたり。ぼくの耳に届いた最初の発言をしたのは、女子のうちのひとりのようだった。涼しげだが鋭い目をした、美少女ではあるが可愛い系とは言い難い感じの娘だ。テーブルの上で組まれた指は、白く長いがやや節くれ立っている。剣道に打ち込んでいる人間の手だ。
 彼女たちは、おそらく〈異能者〉だろう。ここ双葉島の双葉学園は、特務をこなす若き超能力者の養成所としての一面も持っている。テスト前に勉強もせずにこんなところで作戦会議とは、何か差し迫った危機が迫っているのだろうか。
 続いて口を開いたのは、学ランを着た体格の良い男子生徒だった。
「やつらは人間社会の片隅に寄生し、人類の次に地球に君臨すべく、覇権を狙っている。そう……やつらは敵だ、人類の」
 まさか、と、ぼくの背筋が若干寒くなる。追い討ちをかけるかのように、三人並んでいる女子のうち、真ん中に座っていた娘が話はじめた。ずっと泣いていたのか、その目元は赤く腫れている。
「あいつら、どんな小さな隙間からでも入り込んでくるの……。あいつらのせいで、わたしの……ッ」
 感極まってしゃくり上げた彼女の背中を、三人目のおっとりした感じの娘がよしよしとさすっている。
 ぼくは目の前が暗くなるのを感じていた。やはりあの五人が話している「敵」の正体というのは……
「乙女を恐怖のどん底に叩き落とすやつらの所行、もう許しておくわけにはいかない」
 剣道少女が組んでいる指がふるえるほどの力を込めながら、そういった。今にも立ち上がりそうな彼女を、五人目の、やや軽そうな雰囲気の男子がなだめる。
「落ち着けって。昼間のうちなら大した相手じゃないが、夜の闇の中でやつらの相手をするなんて絶望的だ。夜明けが来てからでいいんじゃないか」
「そんな悠長なことを言ってる場合か? やつらは今この瞬間にも新たな犠牲者を……いや、それだけならまだしも、放っておいたらどんどん増殖するぞ」
 ……まずい。
 この五人が討とうとしている「敵」は、間違いなくぼくたち――吸血鬼だ。
 太古よりひっそりと人間社会の片隅で生き続け、どんな小さな隙間からでも部屋に入り込むことのできる煙に変身することができ、乙女の生き血を求め、仲間を増やすことができて、昼間は弱いが夜なら無敵――まさに吸血鬼の特徴にすべて合致する。人類を追い落として地球を支配しようだとか、そんな大それたことを考えてはいないのだけれど、ヴァンパイアハンターたちにぼくたちの言い訳は聞いてもらえない。
 少なくとも、あの泣いている彼女の家族を害した吸血鬼は、どうやらこの島にいるらしい。吸血鬼血盟は現在人間相手の闘争を禁じている。つまりぼくたちから見ても今回の加害者は裏切り者であり、犯罪者だ。
 しかしあの五人の血気盛んなところからするに、もはや吸血鬼であるというだけで「敵」と見なされて問答無用で攻撃されてしまいそうだ。あの様子だと、おそらく彼女たちは狙っている相手がどこに潜んでいるのか知っている。だがそれは本当に「敵」の巣なのか。もしかしたら、「ただの」吸血鬼たちの住まいを敵のアジトだと誤認してはいないだろうか。
 吸血鬼血盟の目を盗んで人間を害するほどの凶悪な輩が、そう簡単にしっぽを出すとは思えない。異能者ではあろうが、あの五人は〈醒徒会〉ではない。どうやら風紀委員でもなさそうだ。ひどい言い方ではあるが、彼女たちに居場所をつかまれる程度の吸血鬼が、血盟の裏をかけるとは思えない。
 それでも彼女たちの得た情報が嘘ではないのだとしたら、それは「敵」がわざとリークした囮だ。つまり正体を隠してはいるが人間との共存を望んでいる、穏健派吸血鬼の住処をあの五人は狙っている可能性がある。ぼくたち穏健派は、きちんと当局に許可を取ってこの島に住んでいるのだが、公開はされていないので、彼女たち一般生徒は知らないだろう。襲撃が実行されたら、本当に人間と吸血鬼との間の抗争が再発してしまいかねない。
 もはや勉強どころではなかった。いち早くこの場を抜け出して、仲間たちに、誤解に基づいた襲撃がある可能性を伝えなければ。いやそれよりは学園の執行部に駆け込んで、あの五人の勇み足を止めてもらうほうがいいだろうか。だが家族を害された仲間の仇を、上へ報告することなく独断で決行しようとしているこの五人組を、単なる執行部からの勧告で止められるのかわからない。
 考える前に動き始めることのできないのが、ぼくの悪い癖だ。もしかしたら……ひょっとすると……などと、仮定の考えばかりを巡らせているうちに、学ラン男子が立ち上がっていた。
 口の端に笑みを浮かべて、剣道少女が訊ねる。
「お前も今すぐやる気になったか?」
「先に準備だ。本戦は朝になってからでいい」
「なんだ、いやに慎重だな」
 若干つまらなそうに応じた剣道少女へ、学ランはこういった。
「やつらを確実に根絶やしにするのなら、準備なしで突撃していっても無駄だ」
「……まあ、そうか。とりあえず物資の調達だな」
 といって、剣道少女も立ち上がって伝票をつまみ上げる。
「何が必要かしらねえ?」
 おっとり娘がだれにともなくそう訊ね、軽そうな男子が答えた。
「まずは隙間をふさぐための目張りだろ。それにバルサン、あとは……」
 ……バ……ル……サン……?
「ねえ、私今夜どうすればいいの?」
 目を赤く腫らした娘がそう問うと、剣道少女が頷いた。
「今日はうちに泊まっていきなさい。ていうか明日テストなんだし、ちょっとは勉強しなきゃ。部屋がやつらまみれじゃどうしようもないから、とりあえず明日朝早くカバンだけ取りに行って、学校行ってるあいだにバルサン焚いて、だね。学校終わったら隙間に目張りしてコンバットとかしかけて、それがすんだらみんなで勉強会しよう」
「おっけー」
「意義なし」
「ごめんねみんな……こんな忙しいときに……」
「いいってことよ。さあて、いきますか」
 張りつめていたムードが一気に解け、五人組は和気あいあいとレジのほうへと向かっていった。
 ……太古から生きる闇の眷属……その名はGOKIBURI……
 人間社会の片端に寄生し、人類滅亡後も繁栄するだろうといわれており、どんな小さな隙間からでもあなたのお部屋へ入り込んで乙女を絶望のどん底へと叩き落とし、昼間は大した相手ではないが夜は勝てる気がせず、かてて加えてどんどん増殖する……。

 完全に一致。

 吸血鬼とゴキブリにここまで共通点が多いだなんて、これまで考えてもみなかった。
 そうか……ぼくらに一番近い存在はGなのか……。
 世界の秘密を覗いてしまった一夜、そのときぼくは明日のテストなんてあまりにも些細なことにすぎないのだと思い知った。
 それがとんでもないあやまちだったと気づくことになるのは、テスト返却の日のことである……。


    おしまい




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