【壊物機 第十話 前編】


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  壊物機 第十話前編 『ビートダウン』

 糜爛とフェイスが交戦を開始する少し前。“敵《ネメシス》”の本拠地であるオフィスビル、その地上四階の一室で上尾慶介は目を覚ました。
 目を開いた彼の視界に入ったのは一面の黒、完全に閉ざされ照明も点けられていない暗闇だった。
 それでも慶介には理解できた。自分がまた、どこかへと移動させられたことを。
 彼は繰り返し、まるで物のように運ばれ続けた。唐突に車ごと糜爛に攫われ、巻き添えでフェイスに連れ去られ、今またこうして暗闇の中へと置き去られた。
 不運、というには重なりすぎた。
 眠る前に泣き続けたせいか、彼の目からはもう涙も出てこない。諦観だけがある。
「まっくらで何も見えないや……」
 自分の指先も見えない暗闇で彼は呟いた。
 しかし言ってみたところで灯りが点くわけでもないし、点いたところで気分が晴れるわけでもない。そう思っていたが、不意に暗闇の一角に明かりが灯った。
 それは電灯ではなく蝋燭のような火の灯りだった。
 火の輝きは暗闇の中にぼんやりと人の姿を照らし出す。それは、彼よりも少し幼い少女の姿。灯火はその少女の手のひらの上に浮かんでいた。
「灯り、これでいい?」
「…………」
 少女に英語で話しかけられたが、慶介は呆気にとられていた。
 言葉がわからなかったわけではない。(この国の生まれだった母親の影響で彼は英語も話せた)
 この部屋には彼以外にも人がいたことと、何より手のひらの灯火に驚いていたのだ。
「……手品?」
「手品じゃなくて『異能』だよ」

 ・・・・・・

「地上七階から十一階まで異常なし」
「一階から六階も問題ないです」
「団長と導師は?」
「地下であの男を尋問中です、副長」
 地上六階のモニタールームで四人の人物が話していた。
 その内の三人はこのモニタールームを任されているオペレーターであり、もう一人は糜爛を牢から連れ出した痩せぎすの男――“敵”の副長マリオだった。
「尋問……『断片』の在り処についてですか。あれを探す過程で我々の構成員にも被害が出ていますし、手に入れられるものなら手に入れておきたいところですが……」
「副長はあまり気乗りしないようですな」
「ええ、『集めればどんな願いでも叶う』とは魅力的ですが、それを手に入れる過程での被害が大きすぎれば意味はないでしょう。まして、リターンが大きすぎて嘘くさくもあります。ローリスクに、自分達の被害を最小限に、富を得るのが最良だと思いますよ。まぁ、団長と導師には従いますがね」
 自分の命まで賭ける気は毛頭ありませんが、とマリオは心中で付け足した。
「ところで、牢の中はどうなっていますか?」
「貯蔵庫《ストレージ》と十二階のどちらです?」
「どちらもです」
 マリオの言に従い、オペレーター達は二つの牢の映像を映し出した。
 貯蔵庫では慶介が少女から何事かを説明されている。
 十二階の牢の中では一人残されたラファエロが毛布に包まって眠っていた。
「異常はないようですね」
「ええ、女の方は機械なしじゃ何もできない超科学技術者ですし、『貯蔵庫』は子供の異能者では到底破れないほど頑丈な金庫室ですからね」

 貯蔵庫――それは“敵”にとっては非常に重要な意味合いをもつ部屋だった。
 異能力者でも易々とは破れない特殊合金製の密室。老若男女を問わず異能力者を閉じ込め、目的のために使用するときまで『貯蔵』するための施設だ。
 貯蔵目的の一つはフェイスの『パーツ』の補充。戦闘や代謝で傷つき、老廃した体組織と取り替えるための『パーツ』――子供を逃がさず保存し、フェイスを維持している。
 そのシステムを考案したのはマリオだ。複数の異能を使う異能力者、という他勢力への威圧となる“広告塔”として、フェイスの体は維持しなければならないと考えた。
 そして、貯蔵庫のもう一つの使い道もマリオが必要としたものだ。

「どちらも脱獄は不可能。そして、牢を出ても意味はありません」
 仮に牢を出たとしても逃げられない。貯蔵庫は待機戦闘員の詰め所と同じ四階にあり、最上階の拘置所はカード認証のエレベーターでしか下階と行き来できない。
 牢から出ても袋の鼠だ。
「しかし」
 自らの属する組織への自信を口にしたマリオだったが、少し気になる、という風に言葉を繋げた。
「あの女技術者、どこかで見た覚えがありますね」
「元マスカレード・センドメイルの幹部で聖痕の構成員でしょう?」
「ええ、それは知っていますが、たしか別のどこかで……」
 半ば金持ちの道楽結社のマスカレード・センドメイルではなく、宗教家と殺し屋の集まりの聖痕でもない。より陰惨で、エゴイスティックな匂いをマリオはラファエロから思い出そうとしていた。

 しかし、彼がその答えに思い至るより早く、思索を断ち切る爆音と振動が彼のいるモニタールームに響いてきた。

「……何事ですか?」
 振動の後、即座にキーボードを操作しモニターをチェックしていたオペレーター達に尋ねた。眼前のモニターが切り替わり、本拠地の一階、オフィスビルのロビーに該当するエリアを映し出す。
 無論、オフィスビルは見せ掛けでありそこに企業のように受付嬢がいるわけではない。だが、今ロビーには複数の人影があった。
 およそ三十人。全員がマスクと黒の迷彩服で肉体を包み隠し、手には突撃小銃を構えている。中には銃座が必要な大型の銃器や分隊支援火器を携行した者も何人かいる。人数と装備、軍隊用語で言えば小隊と呼ばれるだけの戦力だ。
 施錠された入り口を爆破して侵入した彼らは、周囲を警戒しながら前進していく。途中、監視カメラに気づいた一人が発砲したことで、映像は途切れた。
「副長、奴らは」
「我々と敵対している秘密結社の刺客、にしては装備がらしくない。あれではまるでこの国の正規軍です……ああ、なるほど」
 そのものズバリだ。
 彼らはこの国を守るための存在、USAアーミーだろう。彼らにしてみれば(と言うより世の多くの者にとって)凶悪なテロ組織である“敵”を撲滅するのは正義である。攻撃の理由は十二分だ。
 問題は彼らがなぜこのタイミングで仕掛けてきたか。恐らくは昨日、“マリオが行った”テロに対しての報復だろう。テロの後、糜爛達をこの本拠地へと運び込んだことが原因で特定されたとも考えられる。
 加えて、米国の特殊部隊が動く二つの最大理由――暗殺か要人奪回のどちらかの任務を負って急遽動いた可能性もある。
 いずれにしろ“敵”はこの国の軍隊と衝突する顛末となった。
「では各戦闘員に迎撃準備をするように指示を。四番、五番チームは三階に戦闘陣地を構築して構えます。加えて、非戦闘員には重要度Cまでの物品の搬送準備をさせましょう。どの道、ここはもう使えそうにありませんからね。プランⅦに沿って拠点Fに移動します」
 しかし、マリオの声は落ち着いたもの。慣れている、恐れることはないと言わんばかりだ。
 実際、彼は恐れていない。米軍を敵にした場合、最も恐れるべきは空軍戦力による空爆と海軍戦力による巡航ミサイルの近代攻撃。しかし、“敵”はそれをさせないために合衆国の市街地に陣取っているのだ。周囲を巻き込む大規模攻撃を恐れる必要はない。
 次に恐れるべきは異能力特殊部隊による襲撃。米軍、“敵”、戦闘に特化した異能力者同士の戦いとなり勝敗が読めなくなる。だが、それを恐れる必要もない。なぜなら異能力特殊部隊の主戦力であった『シヴ』と『パリンクロン』が、先日何らかの作戦で半壊滅状態に陥ったという事実を、“敵”の情報網はキャッチしていた。
 そしてそれらの戦力が使えず、正面からの衝突でないのなら……
「ただの人間の特殊部隊など我々に敵いませんよ」
 “敵”の勝利、ないし戦略的勝利となる撤退の完遂は容易い、“敵”の頭脳であるマリオはそう考えた。

 ・・・・・・

(俺は狼だ)
 地上三階。侵入者の迎撃のために急造された(こういった事態に備えてすぐさま展開出来る仕組みになっている)“敵”側の戦闘陣地に、ウルフバックと呼ばれる男がいた。
 本名ではない、言わば異名のようなもの。
 彼の姿と力に恐れをなした人々がそう呼び、気に入った彼がそれを自分の名としたのだ。
 彼は狼男へと変身する力を持っていたが、その力と速さ、頑強さは狼も人間も遥かに上回っていた。彼の爪牙に掛かればジェラルミンの盾は紙同然、拳銃などエアガンと大差ない代物だ。
 ゆえに彼は自らの力に溺れ、それを存分に、好きなように振るえる“敵”という棲家を愛している。大なり小なり、“敵”という組織はそういった悪人の巣窟であり、彼はその中のスタンダードだった。
(獲物を、狩る)
 変身を済ませ、人語を発せられなくなった彼は思考の中で言葉を綴る。
 自らに酔いしれる儀式のようなもの、そうして彼は今夜も血に飢え、爪牙を振り回す。
(来た来た来た来た!!)
 階段を登ってきた敵が見えた瞬間、彼は自身の高鳴る鼓動を抑えられなかった。そして全身に巡る脈拍のままに陣地から飛び出す。
 人も、野生動物も、自動車ですらも上回る速度に誰が反応できるものかと彼は笑う。
 銃口が向けられるよりも早く彼は獲物へと肉薄し、人間をプロテクターごと三枚おろしにする爪を振り下ろした。

 振り下ろして、空振りした。

(は……?)

 爪が捉えたはずの獲物は消失していた。どこへと消えたのか。
 彼が気づいたのは、“真上”から彼へと降り注ぐ銃弾を受けてからだった。
 銃弾を受けながら見上げた彼の視界には、冗談のような光景があった。
 全身を迷彩服に包んだ兵士が、“片足を天井に突き刺してぶら下がりながら”フルオートで彼へと銃弾を浴びせかけていたのだ。
(は……?)
 結局、理解できる時間もないまま彼はその場に崩れ落ちた。
 拳銃弾を容易く弾くはずの彼の毛皮は既に血塗れで、動物の毛皮なら値もつかないほどにズタボロだった。
 ああ、何としたことか。彼の身を襲ったのはただの小銃弾と兵士ではない。
 炸薬を十倍に、それに耐えられるように強度を十倍に、結果的に重量さえも十倍になった程度の低いジョークのような火器を片手で振り回す悪夢のような特殊兵だった。
 かくして、狼は猟兵に狩られ、戦端が開いた。

 ・・・・・・

「…………」
 モニター越しに起こる想像と真逆の殺戮にマリオは押し黙る。
「副長……!?」
「……『ビートダウン』」
 狼狽するオペレーターに、マリオはボソリとした呟きで応えた。
 『ビートダウン』。それは米国に残された異能特殊部隊の一つ。
 軍事訓練を積んだ身体強化異能力者を、最新の規格外装備で武装し、真っ当でありながら異常な打撃力で征圧する。最もシンプルであり、米国特殊部隊の純粋進化系とも言える猛者の群。
 単純な戦闘力ならば、極めて高い。
(なぜ彼らを使用した?)
 しかし、マリオが驚いたのは彼らの戦力ではなく、彼らが出てきたことそのものだ。
 彼らは米国に残った数少ない“実戦で有効使用できる”特殊部隊の一つ。それをこんな場面で切ってくる意図が分からない。
(それほどまでに、重要な任務を負っているということですか)
「副長! 三階の防衛はもう保ちません!!」
 オペレーターの一人が悲鳴を上げる。三十人の『ビートダウン』によって第一次防衛陣地は既に壊滅している。相手にも損害を与えてはいるが彼我の差は歴然。半ば不意を突かれた形とはいえ酷い有様だった。
 モニター上では防衛を突破した『ビートダウン』が三分隊に別れていた。一隊は退路確保のために奪取した陣地に陣取り、残る二体はそれぞれ四階とより高層階へと向かっている。ここ六階のモニタールームまで到達するのも時間の問題だろう。
 しかし、マリオはやはり冷静なままだった。
「では、第二陣を準備しましょう。四階にはバーンズを中心に……残った全戦闘員を投入しましょう。それだけ使えば問題なく勝てます」
「し、しかしそれでは五階以上の、この階層の警備が手薄に、どうやって防衛を……」
「ああ、そちらは私が一人で対応します」
「!?」
 マリオの発言に、問いかけたオペレーターは驚愕した。先ほどの惨劇を見た直後、マリオの気が動転しているとさえ彼は思った。
 しかし、マリオの表情に乱れはない。まるでもう解き終わった詰め将棋を進めているような顔だ。その雰囲気に気圧されたままオペレーター達はマリオを見送り、我に返ってマリオの指示を戦闘員に伝えた。


(正直、『ビートダウン』の登場は想定外でした)
 モニタールームを退室したマリオは心中で独白する。
(投入された理由もさることながら……“私がいるのにあんな連中を投入してしまう”、というのが理解不能です)
 初めて、マリオの顔に笑顔が浮かぶ。
(ひょっとすると、導師やフェイスにばかり目がいって、まだ私の存在が把握されていないのかもしれませんね。ならば、あのバケモノ共を立ててきた甲斐がありましたよ)
 ひどく不快な、林檎蛇の様な笑顔。
「それでは頂きましょうか。ローリスクに、全てをね」

 “敵《ネメシス》”の頭脳にして、真の指揮者。
 “敵”最強の異能力者――『簒奪者』マリオ、出陣。

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