【続 虹の架け橋 本編02】


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「太陽、帰ってたのー?」
 朝倉家の長女、うさぎが階段を上がる。夕方もお店の手伝いをしていたため、エプロンを着用していた。店長である父親も、マネージャーである母親も、二人とも仕事をサボっているため、彼女とバイトたちがあくせく働かされている。
 弟の部屋から音楽が聞えてきた。彼女のお下がりである、ステレオコンポを使用しているようなのだが。
 不審に思ったうさぎは、扉を開けた。
「ちょっ、あんたなにしてんの!」
 飛び込んできた光景に驚かされる。太陽はステレオコンポの前で体育座りをし、魂の抜けきった目をしてテープを聴いていた。十二歳の子供の部屋に、「あの素晴らしい愛をもう一度」が流れている。
「虹子ぉ……」
 野球バカで、親父譲りの豪快さがウリである朝倉太陽が、燃え尽きた灰となってうつむいていた。そんな弟の急変も気になったが、うさぎはそれよりも大事なことを伝えに来た。
「あんたのお友達が来てるよ」
「は?」
 太陽は姉の顔を見る。おかしい。今日遊ぶ約束のある友達はいない。
「あんたも酷い男ね、虹子ちゃんいるのに女の子連れ込んで」
 女の子。
 ひどく心当たりのある太陽は、血の気が引く思いをした。
「おい姉貴。まさかその女って、こんなリボン着けてる奴か?」
 両手を頭に持ってきて、指先でリボンを描く。うさぎはにやにやしながら首肯した。
「あかりって言ってたわ。もう、女の子は大事にしないと刺されるわよー」
 最後まで話を聞くことなく太陽は部屋を飛び出し、弾丸のごとき勢いで階段を駆け下りる。
 太陽の家は一階が店舗、二階がリビングやキッチン、三階が各自の個室や寝室となっている。リビングの扉を蹴っ飛ばして開け、突入。
 そこではどういうわけか大宴会が始まっていた。
「さあ、あかりちゃん。ジュースのおかわりいっぱいありますよぅ」
 と、太陽の母。
「あのバカも女を連れ込むようになったのか、生意気だぜ」
 と、コンビニショップあさくらの自称二枚目オーナー、太陽の父。
「おとさん、明るいうちから飲んじゃダメですよーぅ」
「店はウサとバイトに任せりゃいい。今日は派手にいくぜ!」
 夕方前だというのにすっかり顔を真っ赤にし、機嫌よく大声を出して騒いでいる。テーブルの上には、店の在庫であるお菓子やジュースが、贅沢にも山積みにされていた。どう計算しても赤字は免れない量で、太陽は呆れてものも言えない。
 そして主賓はというと、座布団五枚重ねの上にちょこんと正座をし、オレンジジュースのコップを持っていた。朝倉家からこれ以上無いおもてなしを受け、ニコニコ顔だ。
「ありがとう太陽のお父さん、お母さん! やっぱりここのお家はいいなぁ~~~」
「そこで何をしてるか、お前は!」
 我慢できず、太陽はシャウトした。
「おい太陽、てめえ女の子連れ込んでほったらかしたぁ何事だ!」
 あかりが何か言い返すその前に、横から父親が雷を落としてくる。さすがの太陽も親父の声の大きさにはかなわず、耳を塞ぐ。
「そうよ、母さん、そんな子に育てた覚えはないですよぅ!」
 彼は頭痛に見舞われ、額に手を当てる。どういう経緯でこのような事態になっているのか理解できない。風変わりな両親を無視し、あかりの側に寄る。
「おいあかり、何でウチにいんだよ?」
「言ったじゃない、私、あんたに会いたくて来たんだから」
「だからって押しかけなくてもいいじゃねえか」
「俺は全然構わねえぞ、あかりちゃん」
「黙れ糞親父」
「太陽、よく聞きなさーい?」
 母親も隣にやってきて、息子を体ごと自分のほうに向けさせる。
「あかりちゃんはね、あなたに会いたくてウチに来てくれたの」
「うん」
「でもこの島にやってきたはいいけど、行く当てが無いんですって」
「うん」
「だからウチに泊めることにしましたからー」
「意味不明なんだけど!」
 素性のわからない人間をすんなり泊めようとするのか、彼にはわからない。
 そのとき「ドン」と、ビールジョッキをテーブルに殴りつける音がした。太陽もその方をキッと睨みつける。
「いい加減にしねえか太陽」父の目は本気で怒っている。「てめえあかりちゃんに言ったんだってな、『あかりは俺のお嫁さんだ』って!」
「何それ!」
 虹子にだって言ったことのない台詞だ。当然、太陽はこの見ず知らずの少女に対して発言したことはない。
 あかりはオレンジジュースを含んでから、ドヤ顔で補足する。
「『他の男には渡さない』とも言われたわ。太陽、あんたにね」
「言ってない言ってない」
 もはや衝撃をも通り越し、真顔で手を振る太陽。
 さも当然の如く嘘を言うあかりに、彼は恐怖さえ抱きつつあった。この女は自分の両親を味方につけて何か企んでいるのだと、強く警戒する。
「太陽、男の子は『責任』を取らなければならないのですよ?」
「あかりちゃん、今日はよく来てくれた。ゆっくりしていってくれ!」
「はーい!」
「何でこうなるの」
 次から次へと起こる異常事態に、太陽はすっかり疲れきっていた。
 その日の夕飯は母親が腕によりをかけ、豪勢な食卓となった。
「太陽が新しい彼女を連れてきた記念として、乾杯! さあお前ら食え! 食いまくれ!」
 上機嫌で笑えない音頭をとった父親を、太陽は怨念を込めて睨んでいる。親子という関係でなかったら、飛びかかって張り倒しているところだ。
 一方あかりはうさぎにちやほやされ、とても楽しそうにしている。
「あたしもこんな妹が欲しかったなー、弟よりもネ」
「悪かったな」
 果たしてこのリボン娘は何者なのか。
 本当に自分と何らかの関わりがあったのか。
 彼は一生懸命、過去の記憶を掘り起こす作業をしていた。だが、やはり過去に太陽があかりと会っていて、あのような恥ずかしい台詞を連発した事実は見当たらない。
(いったい何考えてんだかなー?)
 鶏肉のから揚げをたくさん頬張りながら、彼は思った。


 食後、太陽はすぐリビングを脱出した。部屋に閉じこもって時間を潰す作戦だ。
 徹底的にシカトを決め込めば、あかりも退屈になり、帰ってしまうだろう。しかし、その目論見も、ものの数分で破綻する。
 太陽はイライラしつつ宿題に取り組んでいた。他にやることがなかったからである。
 彼の本来の居場所であるベッドは、あかりによって不法占拠されていた。
「何で俺の部屋にいんだよっ」
 振り返ると、あかりはうつ伏せに寝転がって太陽の漫画を読んでいる。
「いいじゃない、もっと一緒に居たいの。愛してるわ太陽」
 あかりは太陽を見つめ、切なげな視線を送る。が、彼の心には全く響いてこない。
 太陽はまた一つため息をつくと、彼女に対してこんなことをきいた。
「大体さ、俺に会いに来たって何? ほんと何しに来たのマジで?」
「あんたがどんな人か、見たかったの」
 即答。
 本当にあかりとは面識が無いのか、太陽は不安になった。
「昔、どっかで会ったっけ?」
「教えてあげない」
 あかりはコミックスに目を戻し、黙ってしまう。「ほんと面倒だ」と、太陽も机上のノートに目線を戻した。
 すると背後の少女が、ぽつりと零したのである。
「やっぱおうちより、こっちのほうが楽しい」
「うん?」
「太陽のお父さん、お母さん、お姉ちゃん。みんなだけは、あかりに優しくしてくれるんだ。だからここのお家のほうが、好き」
 何を言っているんだろう、と思う。
 あかりは初対面であるにもかかわらず、すぐ朝倉家に馴染んでしまった。両親があかりに優しいのは、単にそういう性格なだけであるが、そうであるにしても、あかりに対する態度は、例えばコンビニの来客に対するそれではない、非常に親密なものだ。
 そう、まるで昔から強い繋がりのある、「家族」のように。
 そんな違和感を太陽は覚えていた。
「でも、ここはお前の居場所じゃないぞ?」
 返答に困った太陽は、とりあえずそうぶっきらぼうに言い放つ。
「私の居場所なんてそもそも無い」
「……あっそ」
 ああ言えばこう言う。ずけずけものを言う性格の太陽でも、あかりに対しては相性の悪さを感じていた。似た性格の人間が一番苦手なのだ。
「んなこと俺に言われたって、どうしようもないからな」
 少女から返事は帰ってこなかった。
 と、ここで誰かが階段を上がってきて、太陽の部屋に入ってくる。風呂上りで全身から湯気の出ている、素っ裸のうさぎであった。
「あかりちゃん、お風呂入っちゃいなよ」
「はい、お姉ちゃん!」
「お姉ちゃんて、おま」
 どうやら本気で泊まるようだ。
 太陽は潔く諦め、耐え忍ぶ決意をした。あれやこれや、いちいち怒っていては体力のムダだと思い至ったのである。
 あかりは立ち止まると、不敵な笑みを彼に向けた。
「一緒に入る?」
「入んねーよ!」
 結局声を荒げてしまった。
 あかりは「一緒じゃなきゃヤダってうるさいくせに」とぶつぶつ文句を言いつつ、階段を降りていった。


 太陽は電気を消し、部屋を暗くした。
「一緒に寝ようよー」
「ふん」
「別に平気だってばあ」
 甘えるような声を無視し、太陽はじゅうたんに寝転がった。別室からかっぱらってきた、適当な毛布にくるまる。ベッドはあかりに使わせることにした。
「明日、ちゃんと帰れよな」
「用が済んだらね」
「は? まだ何かやんの?」
「私、虹子にも会いたい」
 それはそれまでとは打って変わって、とても真剣な、熱心な口調だった。
「そういやお前、虹子のことも知ってんだな」
「当然よ」誇らしげに言う。「レインボーロードは異能社会じゃ有名なのよ」
「あいつ、そんなすごい奴だったんだ」
 太陽は正直なところ、とても驚いていた。
 確かに虹子の異能「レインボーロード」は、豪快で美しい異能であると、太陽も認めている。でも、あんな自由気ままに虹を架けるような無邪気な子が、言うほど偉大な人物だとは、どうも実感が無い。
「でも、どうだろうね」
「何で?」
「お前がしたこと、忘れたとは言わせねえ」
「……ごめんなさい」
 あかりは虹子と太陽の関係に、ヒビを入れた。こうなってはもう、会ってくれるかどうかもわからない。太陽が涙を浮かべ、毛布の端を握ったときだった。
「でも、見たいの!」
「ん?」
「虹子のレインボーロード、どんだけすごいのかを!」
 一生懸命な声でそう言った。本気で言っているようだった。虹子の力に対する強い憧れを、太陽は感じ取った。
「たとえば、どんな風にして出すのかとか、どうやって出せるようになったとか、その、聞きたいんだ……」
 声の小さくなったあかりに、太陽は苦笑を漏らした。
「ったくよう、お前は俺に会いたいだの虹子に会いたいだの、目的はっきりしねえな」
「全部よ。全部したくて来たんだから」
 ここまでの話をまとめると、あかりという少女は太陽だけでなく、虹子にも何らかの関係があるということがわかった。でも結局、彼はあかりがよくわからない。
「そろそろお前の正体、教えてくれないか?」
「ダメ。言えない」
 その言葉を最後に、謎の少女は何も語らなくなった。
 太陽も諦める。今日はとても疲れていた。どっと深い眠りに着いた。


 それは何時ごろのことだろうか、太陽はふと目を覚ます。
 声が聞えた。女の子のすすり泣く声。
「パパ、今日もお家にいないの?」
 太陽は起き上がり、ベッドを見た。
「ママ、いつ日本に帰ってくるの?」
「こいつ……」
「あかりを一人にしないで」
 窓から差し込む月明かりは、少女の悲痛な泣き顔を映し出していた。
 いたたまれなくなった太陽は、とりあえず、彼女の肩の辺りまで布団をかけなおしてやろうとする。だがそのとき、あかりの目がぱっちりと開いてしまった。
 濡れた瞳と目が合ったとき、彼女は一層両目を潤ませ、
「ちょ、おい!」
 真正面から太陽に抱きついた。
 そのとき、どういうわけか彼は、自分とは切っても切り離せないぐらいの、親しみの持てる温かみを感じたのである。


「私ね、今日誕生日だったんだ」
 太陽は「え」と彼女のほうを向く。
 二人はベッドに並んで腰かけている。あかりは微笑んではいるものの、横顔からありありと悲しみがにじみ出ているのが、よくわかった。
「一人ぼっちの誕生日、想像できる?」
 太陽は言葉に詰まる。そんな悲しい状況をイメージできなかったせいもあるが、あかりの視線がとても痛かった。何となく、自分が非難されているような気がして。
「パパはスポーツ選手でお家にいない。来年はメジャーリーグに挑戦するらしいわよ、私をほったらかしにして。ママもお仕事で忙しいから、日本にすらいない」
 太陽は何も発言できない。正直なところ、あかりがここまで辛い思いをしていたとは思わなかった。
「じゃあ、今年も一人だったのか」
「もう慣れっこだけどね」
 太陽は、なぜ両親があのようなお祭り騒ぎに出たのかを理解した。
 あかりから話を聞いたからだ。だからせめてもの慰みとして、太陽の父と母は、あかりを元気付けようとした。
「けど、やっぱ寂しいよ。私ずっと、パパとママといたい」
 するとあかりは太陽のほうを向き、
「だから、あんたたちに会ってみたくなったの。ふふっ」
 と、無理やり笑って、そう言った。
 太陽は考える。あかりが両親と会えないからといって、自分や虹子と会おうとするその意図は、正直なところわかりかねる。
 でも、あかりがそうしたいと願うのなら、力を貸してやるべきだと思った。
 なんだかんだで、素直になれないだけで、朝倉太陽は女の子に優しい。いつだって父親に、「女の子には優しくしてやれ」と言われてきた。
「わかった、虹子に頼んでみる」
 そうは言ったものの、虹子は昼間の件で相当おかんむりだろうと彼は思う。機嫌を損ねたレインボーガールがどういう態度に出るか、想像も付かない。しかし、やれるだけやってみようと、心に決めた。
 あかりは急にアタフタし出し、両手をぶんぶん振る。
「べ、別にどうしても会いたいわけじゃないんだからねっ」
「素直じゃねぇのな」
「親に似たのよ」
 つんと、横を向いてしまった。




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