【招き猫の飼い主 第三話】


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。






  ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

  【招き猫の飼い主】これまでのあらすじ

 福永幸助はゴミ捨て場で拾ったひび割れた招き猫の置物から変身した顔に傷のある和服姿のネコ耳少女を「木根まね子」と名付けた。妹や母の質問から逃れまね子と共に訪れた公園で彼女の「人を招き寄せる能力」を披露してもらうが、その場に居合わせた悪ぶるクラスメイト達に襲われてしまう。辛うじてまね子の隠し技「人を無理矢理に引っ張り寄せる能力」によって撃退するも力を使いすぎたまね子はそのまま招き猫の置物へと姿を戻してしまった。

  ◇    ◇    ◇    ◇    ◇







 まもなく夕方の六時に差し掛かるというのに、未だ太陽は沈まず西の空にぽっかりと浮かんでいる。五月も中旬まで入ると日の長さが顕著だ。梅雨入り前の今はまだからりと乾いた初夏の風が吹き込んでいる。
 クラスメイト達とのゴタゴタから離れた幸助は、招き猫の置物へと姿を変えてしまったまね子を抱えて帰宅した。置き去りにしてしまったクラスメイト達の元にも、まね子の能力によって呼び込まれた彼らの知り合いが訪れたことだろう。
 玄関に父親の靴はない。今日もまた研究に没頭しているらしい、今朝がた帰りが遅くなるか泊まり込みとなると言っていたことを思い出す。母親と妹は、気配とその時間帯からおそらくキッチンで晩ご飯の用意をしていると察しがつく。幸助は一言「ただいま」と声をかけ、見つからないうちに二階の自室へと駆け込んだ。
「さて、と」
 部屋に戻るなり幸助はきょろきょろと室内を見回した。抱えた招き猫をそのまま床へと置いてやるのも気が引け、彼は座布団を用意し置物と化した彼女をその上へとゆっくり乗せてやった。
「しかし、これが人間の姿に変身するんだもんなぁ……」
 双葉学園へと編入されてもう数年とななることもあり、学園生として異能やラルヴァについてもそれなりに知識を持ち合わせていたとはいえ、やはりその本質を目の当たりにしてしまうとやはり驚きを隠せないでいた。
 ゆっくりと手を伸ばし招き猫の頭を撫でてみる。右耳の付け根から頬へと続く傷跡、すっと伸ばした左前脚、胸元の鈴。
 幸助はふと、山本の異能によって切り裂かれた和服の襟元から露わになったまね子の胸元を思いだす。小振りとはいえ女性特有の緩やかな曲線を描いた彼女のそれ。幸助は激しく脈打つ心臓音と共に耳まで真っ赤になりながら、招き猫の置物の腹部を恐る恐る――もしこのタイミングでまね子が変身したらきっと凄い怒るんだろうなと思いながら――触ってみた。しかし、彼の手のひらに伝わったのは、当たり前だが冷たい陶器の感触だけだった。
「お兄ちゃーん、ご飯ーー」
 その瞬間、階下から響く妹の声に幸助は慌てて招き猫から手を離した。悪いことをしていたという自覚があるからか激しい鼓動を続ける心臓が収まらない。「すぐ行く」と返答したものの幸助がダイニングへと訪れるまでに数分の時間を要することとなった。





 【招き猫の飼い主】

    第三話 今日から一緒に



「|美裕《みひろ》ちゃん、好き嫌いしないでちゃんと食べなさいね」
「……はぁい」
 母に指摘され、ハンバーグに添えられている|甘く煮た人参《シャトー・キャロット》をフォークでつついていた妹の美裕は、不意に幸助の方へ振り向くと、
「ねぇお兄ちゃん」
「人参ならいらないからね。ちゃんと自分で食べろよ」
 幸助は妹の発言の続きを聞かず即座に拒否を示す。
「ちぇ、ケチ。ってそうじゃなくてさっき来てたまね子ちゃんさ、お顔の傷がちょっと怖かったけど綺麗な人だったよね」
「あー、うん。そうだね」
 早速触れられたくない話題を振られ、幸助はつい適当に相づちを打ってその場をやり過ごそうとした。が、
「お母さん達とは初対面だったしちょっとばかり猫かぶってた分もあるでしょうけど、根は優しそうないい娘みたいねぇ」
 隣の母から追い打ちをかけられてしまう。まぁ僕とも初対面だけどね、と言いかけて幸助は口を噤《つぐ》んだ。しかも「猫をかぶってた」というのも意味は違えどあながち間違いでもないために、幸助は言葉に窮してしまった。
「うーん、そうかなぁ。でも凄い口悪いよ、怒りっぽいし」
「あら、お母さんはあまり気にしないわよ。それに清楚可憐な大和撫子だけがいい女性と言うわけでもないと思うわ」
 母はふふっと小さく微笑むと空席になっている父の椅子を優しい目で眺め、
「女の子はいずれ恋をし母となる。愛する人のため、我が子のため、女だってちょっとくらい強い心も持っていないとね」
「お兄ちゃん、まね子ちゃんとケッコンするの!?」
「違っ!! ありえないよ、そもそもまね子は……」
「えー。あたしはまね子ちゃんがお|義姉《ねえ》ちゃんになるのがいいー。ねぇお母さん?」
「そうねぇ、私もあの|娘《こ》好きよ。美裕ちゃんとは違ったタイプであの娘みたいな子供も欲しかったし」
「二人ともなに言ってんだよ!」
 とんでもないことを言い出す母と妹に強く言い放つと、幸助はいつの間にか量の増えていた人参《シャトー・キャロット》の山にフォークを突き刺し口へと放り込んだ。
 その瞬間、

「コースケ~、腹減った~」
 まるでタイミングを計ったかのように、廊下からまね子の声が届いてきた。幸助の背中に冷や汗が流れる。
「え!? お兄ちゃん、この声もしかしてまね子ちゃん!?」
「あら? 幸ちゃん、おうちまで送り届けたんじゃなかったの?」
 先ほどまでの様子から、まさか勝手に人型に変身できるというのはあまりに予想外すぎ、幸助は慌てふためいた。
「えっと、あ、うん。いろいろあって、ちょっとごめん」
 そして幸助は立ち上って出迎えようとする母たちをを押しとどめ、一人ダイニングから飛び出す。
「お、幸助出てきた。オレもう力使いすぎて腹ぺこだぜぇ」
 長い銀髪をアップにまとめ上げ白地の着物を茶色と黒の帯で絞めた、右目のあたりに傷のあるネコ耳少女|木根《きね》まね子が、へらへらと笑顔を浮かべ腹をさすっていた。首に下げた鈴が彼女の動きに合わせてチリチリと鳴っている。幸助は彼女の姿にうなだれため息をつくと、
「いつの間に人間の姿に戻ってるんだよ!? さっきまで全く変化する気配なかったのに!! あと耳と尻尾も!!」
「何でって、そりゃさっきまでずっとおまえに抱っこしてもらってたしな。その後もお前またオレの頭とか手とか胸とか腹とか撫でてくれたろ?」
「それならその時に戻ってくれたらよかったのに。っていうか変身のきっかけとか決まりとかあるの?」
「あん時はまだかったるかったんだよ、いっぱい力使ってすぐだったしな」
 言って、んーっと両腕伸びをするまね子。
「あとあれ、よくわかんねーけど今はなんかコースケに触れられたり近くにいればこの姿になれるみたいだぜ。なぁなぁ、そんなことより耳と尻尾は出したまんまでいいよな?」
 伸ばした両腕を脱力し、そのまま自分の両耳に触れピョコピョコと動かしてみせる。
「それはホント頼むから仕舞っておいてくれないかな」
「やだ、めんどい、だるい」
 まね子は幸助の言葉にムッと唇を尖らせ、指先で両耳をピンと引っ張りながらにらみつけた。
「そんなこと言わないで、俺のためと思って――」

「まね子ちゃんも一緒にご飯食べよう……って、なにその耳と尻尾!?」
 またしてもタイミングを計ったかのように美裕がダイニングの扉を開けて幸助たちに声をかけ、そしてまね子のネコ耳姿に驚いて廊下へ飛び出してきた。
「うわっ!? これはその、そういう異能者なんだよ。な、まね子?」
「あ、あぁ。なんかそういうことらしいぞ」
 幸助は心の中で天を仰いだ。
「へぇぇ……そうなんだぁ。で、まね子ちゃんもご飯一緒にどう?」
 美裕もまた初等部生とはいえ双葉学園の生徒である。異能者だという説明にあっさりと納得したようだと幸助は陰で胸をなで下ろす。
「いいのか?」
「うん! ママもたくさんで食べた方が楽しいって」
「やりぃ! お言葉に甘えさせてもらうぜ」
「こっちこっち、今日はハンバーグなんだよ!」
「はんばーぐ?」
 美裕は、聞きなれない単語に首を傾げているまね子の手を引いてダイニングへと入っていった。幸助はげんなりした表情のまま二人の後を追っていった。

 ラルヴァ研究者の妻であり、二十年近く双葉島で暮らしている母もまた、ちょっと普通じゃないまね子のネコ耳姿を「異能者だから」とちょっと説明しただけで簡単に納得してしまったようだ。無理矢理でも隠そうとしていた幸助は拍子抜けな状況に安堵のため息をついた。いやまだ父という関門が残ってはいるが。
「幸ちゃんも隅に置けないわねぇ」
「……なにが?」
 幸助の隣の席で「うめぇうめぇ」とハンバーグにがっついているまね子を眺めていた母が嬉しそうなニヤけ顔で幸助に呟いた。
「さては『送り届ける』なんて嘘ついてお母さんたちに内緒でまね子ちゃんお泊まりさせるつもりだったんでしょう?」
「ぶっ……!?」
 母の明け透けな発言――しかも当たらずとも遠からず――に幸助は啜っていたスープを吹き出してしまった。隣のまね子が「コースケ汚ねーなー」としかめっ面をする。
「まね子ちゃん、うちにお泊まりしていくの?」
 きょとんとした表情をして話を聞いていた美裕がぱっと笑顔を浮かべて幸助達に尋ねる。
「あ? 泊まってくっつーか、この先ずっとコースケの元で世話になるつもりなんだが、なぁご主人?」
「ご主人!? ウソ!? お兄ちゃんとまね子ちゃんってケッコンするの!?」
「オレとコースケが、ケッコン?」
「いやだから僕とまね子はそういうんじゃなくて……」
「おい、そういうんじゃねぇって何だ、コースケ? お前まさかオレのこと嫌いだなんて言うんじゃねぇだろうな」
 まね子は少々ドスの聞いた低めの声で、おたおたしている幸助を睨み上げる。
「さっきの今でそんなすぐに好きとか嫌いとか即答できるわけないだろう」
 にっちもさっちも行かず幸助は助け船を出して貰おうと母の方へと向く。が、母は母で、
「お父さんが帰ってきたらご報告しないといけないわねぇ」
 などと嬉しそうに言っている。幸助は頭が痛くなったような気がした。



 キッチンの流し台で無言のままカチャカチャと洗い物をしている母の後ろ姿を、幸助はダイニング越しにリビングのソファーからしばらく眺めていたが、意を決し、
「……お母さん」
「なぁに」
 母は洗い物の手を止め、背中越しに声を返した。
「僕はどうしたらいいのかな」
「まね子ちゃんのこと?」
 当のまね子は先ほど美裕に「ねぇねぇまね子ちゃん、ご飯食べ終わったらあたしと一緒にお風呂入ろう?」と誘われ、また母からも促されて、今は風呂場でキャイキャイと二人で騒ぎ合っている。
「美裕が暴走して結婚とか言ってるけど、そういうのじゃなくて……。なんて言うか、|まね子《あいつ》身寄りがないみたいでさ、なんとか力になってあげたいと思うんだけど……」
「うん、お母さんもそれはとても素晴らしいことだと思うわ。けど幸ちゃんはまだ中等部生なんだから、やっぱり中等部生らしくまずは健全な交際を心がけるべきよ」
「だから僕たちそんなんじゃないって……」
 だめだ、美裕だけじゃなく母まで暴走している、と幸助は心の中で深く嘆いた。
「まぁ、もちろんそれは将来の話。そういった下心なしにしても、例え少しでも彼女を想っているからこそ「あの子の為に」って気持ちが芽生えるんじゃないかしら」
「そう、なのかな」
 幸助は首をかしげた。
 まるでありふれた物語のように突然自分の元へと姿を現せたまね子。
 ぶっきらぼうで口が悪いけど何かと自分を慕って来てくれるまね子。
 クラスメイトにからまれた情けない自分を身を呈して守ってくれたまね子。
 そしてふと、憧れているクラスメイトの|式守《しきもり》|晴香《はるか》の姿が脳裏をよぎり……、
「うーん、やっぱりよくわからない」
 頭の中でぐちゃぐちゃになってしまい、幸助はダイニングテーブルに突っ伏した。そんな息子に母は小さく微笑む。
「幸ちゃん十五歳なんだし、お母さんはまだゆっくりと大人になればいいと思うわ。それにあの子、本当は――」

「「綺麗になった!!」」
 胸元から腰回りにかけてバスタオルを巻いただけのまね子と美裕が仁王立ちになって幸助の前へと立ちふさがった。
「なっ…………!?」
「まね子ちゃん凄いんだよ! 自分がイメージした人を呼び寄せられる異能者なんだって!! だからあたしね、まね子ちゃんに……ん?」
 言いかけて兄の表情の変化に気づき美裕は話途中に口を噤む。幸助がまね子へと「何故ばらした?」といわんばかりの表情を向けたからだ。
 まね子はそんな幸助へと数歩近づき、悪びれもせず唇を尖らせると、腰に手を当てそのバスタオル越しの胸を張って答えた。
「ミヒロの奴が何でもかんでも聞いて来るもんでさぁ。でも招き猫のラルヴァってやつは隠し通したぞ、褒めろ」
 至近距離でまね子の風呂上がりの艶《つや》やかな肌に見入ってしまったが、瞬時に我に返り幸助は慌てて、
「ネコ耳姿でその能力じゃ答え言ったようなもの……って、は、早く服着て来いよ。ほら美裕も!」
 いつまでもバスタオル姿のままでいる二人を脱衣場へと無理矢理に促した。

「いい? 聞いてお兄ちゃん。まね子ちゃんね、人を呼び寄せられる異能者なんだって! 知ってた!?」
 兄に話の腰を折られた美裕はパジャマに着替えた後、開口一番にまるで自分のことのようにまね子の能力の話を続けた。当のまね子は、母用に買い置かれてあったと思われる真新しいレモン色のパジャマ姿。着慣れていないのだろうか袖や襟首をしきりに気にしているようだった。
「……うん、知ってる」
 テンションの上がっている妹とはかなりの温度差で幸助が受け答えた。その能力のおかげで一悶着があったばかりだし、月曜に登校した際にどんな事態になるか想像したくもない。
「でね、あたしまね子ちゃんにお願いしたの。だからきっともうすぐ帰って来るの」
「帰って、来る……?」
 妹の言葉に、幸助の背筋へと嫌な汗が流れた。まさか……。

「ただいま」
 二度あることは三度ある。幸助自身が「自分は呪われているのではないか」と思うほど計ったかのようなタイミングで玄関の扉が開かれた。今日は泊まり込みになるかもしれないと言っていたくたびれ顔の父が帰宅してきたのだ。
「パパ!」
 美裕は満面の笑みを浮かべ玄関へと走っていき父へと抱きつく。父はにこりと微笑み、美裕の頭を優しく撫で、
「ただいま、美裕」
「あらお父さんお帰りなさい。今日は泊まりになるんじゃなかったの?」
 そしてキッチンから玄関へと出迎えた母へと荷物を預けると、ぐいとネクタイを弛めた。
「いやぁ、職員の手違いで研究資材の搬入に問題が発生してね。今日はいったん解散して明日また改めて、ってことになったんだ」
「あらあらまぁまぁ」
 ふうと小さくため息をつく父に、母は困ったようなそしてちょっとだけ嬉しそうな表情で受け答えた。

 幸助はあまりに迂闊だったと慌てふためいた。完全に油断していた。泊まり込むと聞いていたのでとりあえず今晩だけでもやり過ごし、この週末のうちになんとか策を講じればいいと考えていたのだが、まさか妹の希望で使用された『まね子の能力』によって全ての可能性を強制的に切り替えてこの父が帰宅してくるとは予想だにしていなかったからだ。
「まね子、今すぐに招き猫の置物へと戻ってくれないか!?」
「はぁ!? やだね、なに言ってんだ。今晩は美裕と一緒に寝るって約束してんだからな!」
 まね子はぷいと頬を膨らませ幸助を睨みつける。
「うるさい黙れ! このオレに約束破れって言うのか!!」
 叫び、ドンと踏み込み幸助へと詰め寄った。するとまね子のその大声が玄関へと聞こえてしまったのか、
「誰か来ているのか?」
 母と美裕へと尋ねる父の声が二人の耳へと届き、幸助の顔が真っ青になった。
「そうそう、お父さん。今日は幸ちゃんから大事なお話があるみたいなの。ちょっと、幸ちゃーん」
「う、えっと……」
 母から話を振られ幸助は言葉に窮した。
 父の目が息子と共にいるネコ耳娘を真っ直ぐ見据え、
「これはこれは、我が家にラルヴァが訪れているとは」
 餅は餅屋、ラルヴァにはラルヴァ研究者か。父はまね子を見るなり表情も変えず開口一番に言い当てた。
「え? 違うよ。まね子ちゃんはラルヴァじゃなくて異能者だって言ってたよ、ねぇママ?」
 パパ何言ってるの? と美裕が両親を見上げるが、母は「うーん、そうねぇ」と言葉を濁らせただけだった。
 万事休す。幸助は微動だにすることもできず、まね子はただただ事態を理解してないまま、目の前の幸助と玄関先の三人を見回していた。



 【招き猫の飼い主】第三話 完





 続【招き猫の飼い主】第四話









ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。