【愛のりゅんりゅん伝説♪】


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愛のりゅんりゅん伝説♪


 夏の夕暮れ。
 校庭の草むらから虫の音が響き渡り、双葉学園の銀杏並木にも秋の気配が訪れていた。
 これはそんな夏の終わりゆく時節に起こった、ささやかにして不幸なとある出来事の顛末である。

 夕焼けで影が落ちていたせいだろうか。銀杏並木を歩く髪をベリーショートに切りそろえた人影は、遠目には容貌全体が不鮮明だった。
「なんだあいつ。男か?」
 たまたまその場を通りがかっただけの男子学生は、この学園の生徒らしくない大人びたシルエットを見かけて訝しげに邪推する。
 ピクッ、とやおら耳敏く彼の呟きを聞きとがめた人影はゆらりとこちらに振り向いた。影はどうやら女装をしているようだ。
「女みたいな格好しやがってキモいやつだな」
 それは影を男と思い込んでの発言だろう。男なのに女物の服を着ていればたしかにれっきとした不審人物である。本人に聞こえないように嘲笑を発した生徒だが、彼はこの後、すぐに後悔することになる。
「ねえ、今の言葉は私のことかい?」
 狐のような細い瞳で笑顔を見せながら訊ねる影法師。憂いを含む女性らしい声だったことに戸惑いながら、彼は愛想よく口元で手を振った。
「あ、いえそんな、きれいなお姉さんにまさか……」
「ふぅん。だよねえ」
「中性的っていうんですか? めちゃカッコイイですね」
「そーかそーか」
 殺気が迸った。
 斬撃音が鈍く地面を撃つ。鋭利な長剣が生徒の両脚の間を抜け、紙一重で股間を避けながら敷地の煉瓦に突き立っている。
「ヒッ!?」
「このまぬけが。一応言っとくけど私さ、頭、悪くないからね。お前、この私をシルエットで判断しただろ?」
「それは何のことでしょうか?」
「たとえば髪型とか、それと体型とか、主に胸部とかさ」
 胸部、のアクセントに物凄くとてつもない怨念が込められているように聞こえたが気のせいかもしれない。
「胸部とかさ」
 二回言った。
 気のせいじゃなかったこの女の人怒ってる。絶対にめっちゃ怒ってる。身の危険を感じて生徒は逃げようとしたがもう遅い。
「許せないな。クク、実に失敬なやつだ。これは何をされても文句言えないよな」
 夕日を背にして近づく女は顔に薄ら笑いを浮かべながら獲物を見つけた肉食獣の笑みが、獰猛な獣の眼光でねめつける。
「だろう?」
「た、助けて……助けてください」
「残念なことに、僕、私は失敬に対して相応の罰を以って報いることにしてるんだ。これはポリシーと言ってもいいね。罪人をいたぶる時の恍惚ってわかるかな? ねえ」
 いつの間にか生徒の鼻面にまで近寄ったキツネは地面に刺さった長剣を引き抜くと、それとは別に「きゅぽん」と聞き慣れた小気味のいい音を立てた。あの音だ。よく食事時に食卓で醤油やタレをかけようとしてビンのふたを開ける時に聞こえる音。
「まさか、あんたまさか……」
 彼は気づかない方が幸せだったことに気がついてしまう。正確には思い出したといったほうが正しいのだろう。
「嘘だろ……だって……冗談に決まってる! だって……ヒィィッ、いやだぁああぁぁ」
「多分、お前の想像は正しいと思うよ」
 狐眼の彼女の手にあったのは一本のタバスコの小ビン。それも校内で超激辛で有名な、一滴口にしただけで地獄へ誘われると言われる死のタバスコと噂されている一品で、なぜその品がこれほどまでに校内で知られているかといえば。
「あんたがあの“タバス子”かああああああぁぁぁッ!!」
「ご名答。んじゃあ坊や、」
 覚悟はできたようだねぇ、というやタバスコをくるりと逆さにし、一瞬の早業で彼の口に無慈悲な一撃代わりに激辛色の小ビンを押し込む。
「地獄の底でのたうち回れりゅん♪」
 灼熱の溶岩のごとき液体がのどから脳へとドクドクろ流れ込み筆舌に尽くしがたい刺激で貫いていく。彼は口を押えて涙目になりながら夕日の並木道を転げまわる。しばらくの間そこら中を跳ねまわり、ビクビクと痙攣を残してやがて完全に動かなくなる男子生徒。
 ぴく、ぴく。
 たった一本の小瓶で、一人の生徒を瞬時にして天界へと昇天させた。
 狐女はサディスティックな笑いを顔に張り付かせたまま、ケタケタと声を上げる。愉快そうに、人気の無い学園の庭で。
 虫達だけが全てを見ていて、他には誰の姿もなく。

 タバス子に近づくな。
 寄らば地獄の液体を見舞わるぞ。
 タバス子に近づくな。
 無数の剣で刺さるるぞ。




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