【時計仕掛けのメフィストフェレス二話 前編】


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 ラノで読む
「吾妻修三の死亡を確認しました」
 風紀委員会棟、第十三会議室にて報告書が読み上げられる。
「公式発表は、学内に侵入したラルヴァと交戦の上、相打ち。
 吾妻先生は歴戦の異能者ではありましたが、過去の戦いの後遺症で能力レベルの低下が確認されています。
 その他の被害者は無し」
「公式発表は、か」
 そう前置きした以上は、裏があるのだろう。
 表社会に秘匿とされるラルヴァや異能の力が公然となっている、この双葉地区学園都市でですら、発表できない何かが。
「はい」
 風紀委員の少女は、続けて報告書を読み上げる。
 その報告書には赤いインクで「秘匿レベル3」と押印がされていた。
「風紀委員会第七課からの通知。
 目標、吾妻修三は異能の力を悪用し、一般生徒襲っていたと判明」
「何だと? あの吾妻先生が?」
「はい。ラルヴァへの憎しみや、正義感、使命感の暴走だと結論付けられています。
 判明した被害者は四名。いずれも現時点で生命に別状はありません。
 風紀委員会第六課により、被害者の四名の情報操作はつつがなく終了したとのことです」
「そうか。……いまだに信じがたいが。
 で? 吾妻先生を討ったのは七課の連中か?」
「いいえ。彼らではないようです」
「ではどこの風紀委員だ?」
 その問いに、彼女は逡巡しつつも、報告書を淡々と読み上げる。


「時坂祥吾。……元・一般生徒です」






 家というものは、素晴らしいものだ。
 たとえ、生家でなくとも。数年しか住んでない借家だとしても。それでも帰る場所があるというのはすばらしい。
 巻き込まれてしまった戦いの怪我や消耗で数日を病院で過ごした時坂祥吾にとっては、なおさらだった。
 さらに言うと、病院では色々と聴取され、病院にいるというよりは留置所にブチこまれているんじゃないかと思ったほどだった。
(……ま、事情が事情だし)
 祥吾は思い返しながら、懐かしき我が家の扉をくぐる。
 階段を上り、部屋に荷物――といっても、入院中の暇つぶしに持ってきてもらった漫画やゲーム、
 あと勉強道具(当然の事ながら一度も病院で開かなかった)ぐらいだが――を置く。
「さて、と」
 背伸びひとつ。
「……風呂はいるか。病院はアレだったからな」
 ベッドに寝てる間、濡れタオルで拭くぐらいで風呂に入れなかった。
 というわけで久々の風呂だ。銭湯という手もあったが、せっかくの退院後すぐの風呂、一人でのんびりとしたいというのもあった


 それに、前銭湯に行ったときはちょうど間の悪いことにヤ○ザがいたり(驚いたことに学園生徒でした)、
 ちょうど祥吾の前で牛乳が売り切れたり、
 サウナでホ○がハッテンしてたりとろくな思い出がない。というかあの時は危うく掘られる所だった。
 断っておくが後ろの処女は無事であり、誰かに捧げる予定も未来永劫無い。
「……」
 風呂のドアに手をかけたところで、時坂祥吾はふと手を止め、熟考する。
 そう、このパターンは……いやいや、大丈夫だ。
 今は平日の朝十一時。
 休日でもなければ午前中で授業が終わる日でもない。
 妹の一観はちゃんと学校に行っている。それは確認済みだ。
 つまり、今回は大丈夫。間が悪く妹の入浴中に闖入してしまい殴られて病院に逆戻り、ということはない。
(この俺にぬかりの二文字はないのだ)
 三文字である。
 だがそれにも気づかず祥吾は服を脱ぐ。
 そして、勢いよく風呂のドアを開ける。

「……へ?」
「……あ?」

 湯気の中にいたのは、小柄な女の子。薄桃色の髪の毛は、確かに見覚えがある。
 前回の事件で戦った、時計仕掛けの天使の少女だった。

 そして。

「ひああああああ~~~~~~!?」

 絶叫が響いた。
 時坂祥吾は、間が悪かった。



「ごめんなさい」
 開口一番、時計仕掛けの天使コーラルは謝罪の言葉を口にする。
「いや悪いのは俺だし、別に……」
 投げられたおけが頭部直撃し、首がちょっとひねってしまったが、まあ病院にいくほどでもない。
 というか結構日常茶飯事だし、この程度は。
「気にしなくていいですよ。祥吾さんもそう言ってます」
 そう、祥吾の後ろから声が聞こえる。
 後ろ――そう、虚空からである。
 次いで、少女の姿が虚空から現れる。
 正しくは、虚空から零れ落ちた歯車や螺子、発条などが組み合わさり、少女の容をとる。
 彼女はメフィストフェレス。
 ドイツ民間伝承に名高い悪魔――の模造品である。
 祥吾は彼女と契約し、そして――“敵”に操られていた――コーラルと戦ったのだ。
「……で。何故お前がここにいんの」
「ご、ごめんなさいっ。その、行く所なくて……」
「そりゃ……まあそうか。身内ないだろうし。でも不法侵入は関心しないけど」
「ごめんなさい。その、実は不法侵入ではなくて……」
「え?」
 さすがに聞き捨てなら無い台詞を聞いた気がした。
 不法じゃない。つまりは法的に問題ない。つまり、この家の住人に許可をもらったと言うことだ。
(それは……誰だ?)
 祥吾は自問自答する。
 両親は今週も忙しかった。見舞いにもこなかったし。よって除外。
 まさか、妹が?
「私です」
「お前かよっ!?」
 犯人はすぐ近くにいたようだ。
「というかお前も部外者だろう!?」
「あら、言った筈です。伴侶のように召使のように奴隷のように仕えましょう、と。
 つまりは身内同然じゃないですか。ほら、合鍵もちゃんと」
 静かかつ満面の笑顔で告げるメフィスト。というかいつ作った。
「今すぐ召使とか奴隷とかの単語を辞書で引け」
 頭痛に頭を抑えながら祥吾は言う。
 というか、予想以上に「イイ」性格をしているようだ、と祥吾は改めて認識する。
 むべなるかな。そもそも彼女は悪魔をモデルに作られた。悪魔そのものではないとしても、まあ悪魔なのだ。
「……ごめんなさい。すぐに出て行きます」
 二人の会話を聞き、コーラルはそう言って腰を上げる。
「いや、待て。その、出て行けと言ってるわけじゃない」
 あわてて祥吾が止める。
 ……そもそも、彼女が今、此処にいるのは確かに祥吾にも原因というか責任はあった。
 戦いで、所有者の命令に従い、その命令に嫌悪し忌避し苦痛を感じ、
 涙ながらに「これ以上犠牲を出したくない」と語った。
 その涙に気づいた以上、それを放っておいてただ倒す、なんて出来なかった。
(……だよな)
 一度差し伸べてしまった手を振り払う事は出来ない。そもそも理由が無い。
 縋る手があったならば、まずはそれを掴んで引っ張りあげる。その後はそれから考えればいいだけだ。
「出て行く宛ても無いんだろ。だったら居たらいいさ。
 親父も母さんも仕事仕事で、同じ学園都市にいるのに滅多に帰ってこないし。
 それまでに適当な理由は考えておくよ」
 居つく気満々の誰かさんも居るし、と祥吾はメフィストの方を見る。その内心を知ってか知らずか、メフィストは微笑を返す。
「……」
 ため息をつく祥吾。厄介ごとを背負い込んでしまったと思う。
 まあいい。荷物は重い方が背負い甲斐がある。
 それに自分で選んだ事だ。それに文句を言うつもりも無ければ恨み言を言うつもりもない。
「……ごめんなさい」
 そう俯きながら、コーラルは言う。
「……あのさ」
 祥吾はコーラルの頭にやさしく手を置いて言う。
「そういう時はごめんなさい、じゃない。ありがとう、だよ」
「……はい。ありがとう」
 コーラルは頭に置かれた手をそっとその両手で掴み、そして頬に持って来る。
「え」
 さすがに、手を頬擦りされるとは完璧に予想外だったのでうろたえる祥吾。
 その時――

「お兄ちゃん、退院おめでとう!」
 ドアが開く。元気に明るく朗らかに。


 時坂祥吾は、間が悪かった。




          ◇          ◇




「フラれた。慰めろ」
 登校一番、島田が泣いていた。
 数日振りにやってきたらそれだった。振られたこのタイミングでとは、祥吾はやはり間が悪い。
「いや、まあご愁傷様」
 というか慰めろと言われても困る。相手が女の子なら慰め甲斐もあるのだろうがる
「ちくしょー。好きな男が出来たんだってよー」
「へえ」
 適当に相槌を打つ祥吾。島田がふられるのは、まあいつものことだ。
 教室の後ろでは賭けに負けた生徒が賭け金を支払っている。
「まったくなんだよ、誰か能力者に助けられたって。
 くそー、俺みたいなパンピーだと勝ち目ねーっての、あー誰だちくしょー!」
 頭を抱えてなにやら叫んでいる島田を、祥吾は放っておこうと無視することに決めた。
 差し出された縋る手を握って引き上げるのは、時と場合によりけりである。
 日常茶飯事だし。
「ん? そういやお前まだ怪我治ってないのか」
 島田が、祥吾の首に巻かれた包帯と湿布を見て言う。
「いや、これは昨日出来た」
「ふーん。まあ学校出られるんなら大丈夫なのかね? つか養生しろよお前」
「判ってる。不可抗力って奴だ」
 力いっぱいぶん投げられ、横に回転を加えられたカバンの直撃はさすがに効いた。
 しばらく息が出来なかった。
 生きているということはなんて運がよくて素晴らしい事なのだろうと、祥吾は神様に感謝したぐらいだ。
 そう雑談をしていると、放送のチャイムが鳴る。

『醒生徒会執行部よりお知らせします。
 時坂祥吾さん、時坂祥吾さん、醒徒会室までお越しください』

「……」
「……」 
 会話が止まる。そして、
「おいお前、何しやがった?」
 島田が犯罪者を見るような目で質問した。
「何もしてないよ」
 心当たりは確かにあるのだが、とりあえず祥吾はそう言う。
「だぁほ。理由がなくて呼ばれるかよ? しかも醒徒会だぞ醒徒会っ!?
 ろりろりっ娘な会長とか、清楚な美人副会長とか、元気っ娘な書記とかがいるあの醒徒会!
 学園じゃアイドルグループみたいな扱いの、あの! 醒徒会に呼ばれるんだぞ!」
 脱ぎ癖のあるマッチョな広報やロボだという噂のある会計監査とかの男性陣が完璧に頭に無い島田である。
「いや、知るかそんなこと」
「ああ、そうか」
 対し、島田は哀れな目で祥吾を見る。
「そうだったな、お前は妹にしか興味の無い変態さんだったな。あー近寄るな、シスコンが感染る」
 島田にも確かに姉妹はいる。だからこそシスコンが感染したら大変なのである。
 300ミリはある鉄の壁を拳で撃ち貫いたと言われる姉。
 島田は常々、本人の居ない所では「うちのゴリラ」と呼んでいた。
 ちなみに祥吾は本物を見たことが無い。
 というか正直、見たくない。
「感染るか、バカ! だいたい誰がシスコンだ!」
「お前が」
「痛たっ、絞まってる絞まってるって!」
 そう言いあっていると、教師のドアが勢いよく開く。
「時坂祥吾。時坂祥吾はいるか? 先の放送で判るとおり、君をご使命だ」
 直後、よく通る澄んだ声が響く。その声に、教室は静まり返り、その声の主に釘付けになる。


 それは、一言で言えば美人だった。
 青みがかかった黒髪に、整った眉と吊り目がちな、強い意志を感じさせる瞳。
 それらの顔の造詣も美しいが、なにより人目を引くのはその服装だった。
 着物である。しかも刀まで持っている。
 学生服の中に着物。正直浮きまくる姿だ。
 だが彼女の場合、その凛とした佇まいが、違和感よりも先に強い存在感を周囲に刻み付けている。
「居ないのか? 時坂祥吾くん。そうか、名乗りがまだだったな。
 私は三年の敷神楽鶴祁(しきかぐら・つるぎ)と言う。醒徒会よりの勅命で君を迎えに来た」
「あ、えと、俺ですけど……」
「そうか、君か」
 鶴祁と名乗った女生徒は、祥吾を見やる。
「――なるほどな。君、か」
 もう一度、鶴祁は言う。
「はあ、俺ですけど」
「用件は今言った通りだ。すぐに来たまえ、案内しよう」
 そう言うと、鶴祁はすたすたと歩き出す。
「……」
「どうした、来ないのか? それとも別件で用事でもあるのか。
 醒徒会からの呼び出しよりも大事な用件と言うのなら、言いたまえ。私が伝えておこう」
「あ、いや……そんなんじゃないです。いきますよ」
 祥吾はあわてて教室を出る。
 その背後で、島田が羨ましいとか何とか叫んでいた気がするが、聞かなかったことにした。



 敷神楽鶴祁の後ろをついて、祥吾は歩く。
 すれ違う生徒の多くが、彼女を見る。
 さもありなん、かなりの美人な上に、服装が服装である。
 だがその視線を。鶴祁はさして気にした素振りも見せない。
(やっぱ美人は見られるのに慣れてるのかね)
 祥吾はそう思いながらついていく。自分によせられる恨みがましい視線は気にしないでおく。
 校舎を出て中庭を歩く。そしてやがて白い大きな校舎にたどり着いた。
「こちらが醒徒会棟だ」
 鶴祁が言う。
「取って食われる訳ではない。そんなに緊張しなくても大丈夫さ」
 そう言われても、緊張するのは仕方ないと思う。
「では私はこれで。また逢おう、時坂祥吾くん」
 そう言って、鶴祁は踵を返し、去っていく。
「また……て言われてもなあ」
 そう何度も醒徒会に呼びつけられるのは勘弁してほしい。
 それに……
「次、あるかどうかすら」
 そう、祥吾は「その覚悟」はしている。
 この景色も見納めかもしれない、と。
 祥吾はため息をひとつつき、醒徒会棟の扉を開け、階段を上った。



 祥吾を出迎えたのは、男の裸だった。
 それもでかい。色々と。
「間違えました」
 祥吾は扉を閉めた。
 そして回れ右して、来た道を引き返す。
 見なかったことにしよう。
 そう思った直後、醒徒会室(?)の中から、何かを殴るような音と斃れるような音が聞こえた。
 ついで、ドアが開く。
「あー、えっとキミ? 今のは見なかったことにして、どうぞどうぞ?」
 ドアから顔を出したのは、小柄な女の子だった。
 ……そのドアから垣間見える、ひしゃげた金属バットと、倒れている全裸の男は見なかったことにする。
 それが正しい。どうしようもなく正しくて、みんなが幸せになる道だ。
 その女の子に連れられて醒徒会室のドアをくぐる。
 彼女が、床の「それ」を踏んだような気がしたのも見なかったことにする。

「お前が時坂祥吾か。話は聞いているぞ」

 凛とした声が響く。
 だがしかし、その声の主はどこにもいない。
 案内してきた女の子かとも思ったが違う。まさか透明人間?
「ここだここ。何処を見ておる。下だ下」
 その声に従って視線を降ろす。すると、そこには確かに女の子が居た。
「ちっさ!」
 思わず声に出したしまった。
「誰が小さいだ、誰が!」
 ぷりぷりと頬を膨らませて怒る女の子。小学生以外のなにものにも見えない。
「あー、これ醒徒会長だよ。アタシは書記の加賀杜さ」
 ……なるほど、と思った。色々と噂では聞いていたが。
「それはごめんなさい。失礼しました」
「うむ、判ればいい。あややちを素直に認めて謝罪する、これは中々出来るものではない」
 今、「過ち」を「あややち」と噛んだよな、と思ったが口に出さないくらいの分別は祥吾は心得ている。
 醒徒会長・藤神門御鈴はぴょこぴょこと、大きな机へと向かい、豪奢な椅子に腰掛ける。
「さて、それでは本題に入ろう」
 こほん、と咳払いをする会長。
「この間の戦いの話は聞かせてもらったぞ」
 ……いきなりか、と祥吾は身を強張らせる。

 祥吾は、言ってみれば殺人を犯したも同然だ。
 止めるため、救うためとはいえ、戦い、そして結果として吾妻修三を死に追いやった。
 それを考えると、退学でもおかしくは無いだろう。
 いくら正当防衛、過失とはいえ、人の命を奪ったのだ。
 考えないようにこの数日明るく振舞ってきた。だが、それでも忘れられるものではない。
 人を、死なせるという事。それは取り返しが尽かないのだ。
 だから、祥吾は覚悟している。その為に、醒徒会室に来たのだから。

 祥吾はいつもそうだった。
 昔から間が悪い。そしてそれは、大事な事に間に合わなかった事も指す。
 昔飼ってた、ペットの犬、大好きだったゴローが死んだときも、その死に目に間に合わなかった。
 祖父が死んだ時もそうだ。病院についた時には、すでに事切れていた。
 奇しくもそれは、祥吾の誕生日で。祖父はプレゼントを渡すのを楽しみにしていたと言う。
 それだけならまだいい。
 自分が何か行動を起こすのすら、間に合わない。
 だから、常に祥吾は後悔と共にあった。
 周囲の人間は、祥吾を前向きだと評する。
 実際に、祥吾は行動派だ。その座右の銘は、「それが何かを諦める理由にはならない」である。
 たとえ間に合わなくても、力が足りなくても、それを理由にして行動を止めることは無い。
 だから、祥吾は常に前向きだ。

 しかしかそれは、裏を返せば――止まって考えることを恐れていると、誰か気づいているのだろうか。
 間に合わないのが怖い。だから行動する。
 考えて気づくのが怖い。だから走る。
 そう、認めたくないのだ。
 時坂祥吾には、何も出来ないと。
 それを認めたくないから、行動する。それはいわば自己否定。
 止まってしまうと死んでしまう、哀れで滑稽な魚のようなものだ。

 祥吾は、今でも思う。
 もっと別の方法があったのではないか、と。
 誰も傷つけず、命も落とさずにみんなが救われる、たったひとつの冴えたやり方が――


「うぬぼれるな」


 その思考のループを、御鈴の声が破壊する。

「え……?」
 祥吾は声を上げ、俯いた顔をあげる。
 御鈴がまっすぐに、祥吾の瞳を見ていた。澄んだ大きな瞳で、まっすぐと。
「……うぬぼれるな。お前が何を考えているか、知らないがだいたいわかる。
 おおかた、責任を感じているんだろう。
 先生を死なせてしまったことに」
「……」
 図星であった。
「お前はそこまで大層な奴か? 「間に合いさえすれば」すべてを救えるような、正義のヒーローか?
 違うだろう。お前も、そして私も、この学園の誰も彼もが、そんな都合のいいヒーローなんかじゃない」
 御鈴は椅子を降りて、窓へと歩く。
「だからこそ、みんな足掻く。そして迷う。
 私たちはみんな子供で、完璧にはほど遠い。
 だからこの学園があると私は思う。だからみんなでがんばるんだと、私は思う」
 学園の風景を見下ろす御鈴。
 そこには多くの生徒達、教師達、都市に住む大人達、たくさんの人々が居る。
「……」
「吾妻先生も、迷った。足掻いた。私たちには理解できない苦しみを背負ったんだろう。
 私たちは子供で、それに気づくことは出来なかった。
 先生が死んだのは、その結果だ。先生が先生なりに戦った。その結果だ。
 そこには、間違いもあっただろうし、どうにもならない現実もあったんだろう。
 それは、先生の戦いの結果だ。
 お前がそれを罪と思って背負うのはかまわん。
 お前がその死を悲しみ、悼むのも正しい。
 だが、お前が後悔するのは違うぞ」

 ――それは、初めて言われた言葉だった。
 この少女は、祥吾の心の聖域に土足で踏み込み、その心に溜めたものを遠慮なく引きずり出す。
 力を得た自分なら、もしかしたら――
 もしあの時、間に合っていたなら――
 そういう後悔に逃げ込む、弱い心を、藤神門御鈴は容赦なく暴き立てる。
 お前はヒーローじゃない、と。
 お前ごときが何をしても、結果は変わらなかった、と。

「時坂一観。
 各務深雪。
 相坂裕香。
 ……お前が救った生徒だ」
 会長は言う。その名前は、吾妻によって、コーラルに捧げられた生徒達。
「忘れるな。そう、それでも確かにお前は、彼女達を救ったんだ」
「妹さんについては言うまでもないよね。むっちゃ元気さ?」
 加賀杜が横から付け加える。
「……」
「お前が後悔するというのなら、それは助けられた彼女達の今を否定することになる。
 時間は戻らないし、起きたことは覆せない。
 そのくらい、中学生の私でもわかることだ。
 だから、私たちは後悔はしてはいけない。後悔とは、過去に囚われることだ。
 私たちは子供だ。だったら、明日について考えよう。
 二度と繰り返さないために、精一杯がんばるのだ。
 それは後悔じゃない。未来へ進むための第一歩だ。
 過去に囚われるな、今を否定するな。私たちは、明日を目指す」
 小さな胸を張り、まっすぐに藤神門御鈴は言う。

 馬鹿馬鹿しい話だ。そんな子供の理想論なんてたかが知れている。
 この醒徒会長は、本当に子供だ。
 だけど。
 子供だからこそ、明日を信じている。
 未来には栄光があると。それは決して自分達を裏切らないと。
 輝かしい明日を信じ、過去を誇り、今を生きている。
 それは、祥吾の悩みが馬鹿馬鹿しくなるほど真っ直ぐな瞳と言葉。

(なるほどな)
 祥吾は、内心ため息をつく。
 本当に、馬鹿馬鹿しい。
(ただものじゃない、ってみんなが言う訳。わかった気がする)
 ここまで土足で心に踏み入られても、不快感が全く無い。
 悪意が無いとか、そういうことですらない、もっと大きな何かだ。
 ただのお飾りでも、能力の強さだけでこの学園の醒徒会長をやっているわけでもないというのが、よくわかる。
『そうですね』
 祥吾の心に、声が響く。メフィストの声だ。
『私がいつか言おうと思ってた事、ほとんど全部言われちゃいました』
 メフィストの住む、祥吾の内的世界――発条仕掛けの森の中で、メフィストは肩をすくめる。
「む、どうした。聞いているのか?」
「はい、聞いてますよ会長。……会長の言う通りです」
「うむ、そうか。判ればいい」
 そう簡単に人は変われない。
 この会長は、祥吾がもう悔やむのをやめたと思っているのだろう。実際は、祥吾はやはり悔やみ続けることだろう。
 だがそれでも、簡単には変われなくても、変ろうとする事は出来る。
 現に祥吾は、力を得た。あまりにも危険で不安定で、そして「使えない」能力ではあるが。
 なら今度は――その力を使う意志を鍛えないといけない。
 そう、変わらないといけないのだ。逃避ではなく、本当の意味で前向きに。
「では、我々は新しく誕生した異能力者を歓迎する。
 人類と世界の平和のため、一般人と異能者の平和的共存のため、そして何より――
 明るい学園のため、共に戦ってくれるか?
 ――時坂祥吾!」
 手を差し出す御鈴。
 その手を受け取らない理由は無い。
 もとより、吾妻の意思を受け継ぐと決めた。
 そう、守るために――
「はい」
 時坂祥吾は、力強く答えた。




 異能者として戦うための方法、というよりは手続などを教わり、祥吾は醒徒会室を退室する。
 ……ちなみに、よほど打ち所が悪かったのか、広報の龍河はいまだに昏倒している。
 全裸で。

「いやー、彼思ったよりあっさりとすんなりだったね」
 加賀杜が御鈴に言う。
「本人がそのつもりが無かった教師殺し。キツいよねーそりゃ、ってなカンジでさ。
 アタシゃてっきり泣き言言ってガッコやめたりするパターンかと思ったよ」
 在学中に、様々なきっかけで異能の力を発現する生徒は多い。
 そしてその多くは――悲劇的な事件や事故と共にある事が多い。
 ただ、異能を発現しただけでは醒徒会に召集される事は多くない。
 あったとしても、醒徒会の一般役員達による事務的な手続きぐらいだ。
「あの者は強い。私たちの手助けなど必要なかったかもしれんな」
 御鈴の膝の上の白虎が「なー」と鳴く。
「うむ、お前もそう思うか。なにはともあれ、頼もしい仲間がまた一人増えたということだ」
「ある意味プラマイゼロってかんじだけどねー。というか、むしろマイナスが多いかもよ?」
「どういうことだ?」
「吾妻センセ、めっちゃ厳しかったけど人気あったじゃん。
 それが、生徒に殺されたー、なんて話、ウワサになったら大変だよ?
 被害者のコたちには緘口令しいてるそうだけどさー。お礼参りとか」
「お礼? 礼儀正しいことはいいことだな」
 その見当違いな御鈴の言葉に、加賀杜は指をぴっと立てて言う。


「……違うって。フクシュー、ってこと」


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