【双葉学園グルメレース】

 【双葉学園グルメレース】

 双葉学園の体育祭競技は分類が二分される。
 異能を使うか使わないか。
 異常かまともか
 危険か安全か。
 この内、どちらの割合が大きいかを直接述べることはしない。
 しかし強いて言えば、運営に回っている各種委員会の中で体育委員会よりも保健委員会や放送委員会の方が忙しそう、というくらいだろうか。
 そんな体育祭だが、昼食休憩という憩いの時間は存在する。
 この体育祭は参加人数が多いため、「全校生徒が校庭のブルーシートの上でお弁当広げてワイワイ食べる」という小学校などではよく見られた光景はちょっと難しい。付け加えると、学校が学校なので「保護者同伴でお弁当」というのもやはり難しいことが多い。例外はあるが。
 そういう事情なのでお昼を食べるときも場所は自由である。校庭、教室、屋上、学食、あるいは外の飲食店まで食べ手にいく生徒もいる。
 基本的には仲の良い友人同士で集まってワイワイと食べるのである。しかしやはりこちらにも例外はある。
 中二病っぽく「俺は一匹狼なのさ。群れて食事なんてしねーよ」と他の人に見られないように弁当を食べる生徒もいれば、アルバイトでお弁当を売る側に回っている生徒もいる。
そんな風にみんなでお食事という訳にもいかない生徒もいくらかはいて、白東院潤香もその一人だった。
「どうしましょう……」
 転校してきたばかりの彼女は友人がまだ少なく、その数少ない友人も運営側で忙しかったりで食事を共に出来なかった。また、姉の白東院迦楼羅は午前中に二種目に出場し、二つ目の種目、チーム戦『鋼鉄大玉ころがし』に参加した結果、名誉の負傷で気絶し保健室送りとなった。
 その経緯を手短に言うと、観客席の遠野君がコースに迷い込んだ猫追いかけて飛び出し、それを避けようと急激な進路変更をして両チーム共に吹っ飛んだのである。そのため『鋼鉄大玉ころがし』はノーコンテストになった。あえて言うなら勝者は遠野君である。
 そんなこんなで友人と姉の両方が傍におらず、護衛役のダルキー・アヴォガドロも朝から別件で留守にしていたため潤香は一人である。
「一人で食事するのは慣れてますけど、お昼ご飯が……」
 普段ならダルキーがお弁当なり何なりもたせるのだが今日に限ってそれがない。また、潤香が「お弁当を作りましょうか」と言うと迦楼羅に止められ、迦楼羅が「私が作ります」と言ったときは潤香が断った。
 しかし学食や出店で何か買おうにも体育祭ということで普段持っている手提げを家に忘れてしまい、財布がない。姉の迦楼羅がいないので借りるわけにもいかない。(そもそもあの姉がお財布にまだお金を残しているかも不明だったが)
 さあどうしたものでしょうと途方に暮れていた次第だった。
 そんな折、
『さあ! まだまだ参加者は受け付けておりますよ!』
 スピーカーから何かアナウンスが流れていることに気づいた。
『双葉学園グルメレース! ルールは簡単、コースに設置された各障害物、否! 各食料を食べ切ってゴールを目指すだけ! 異能を使わなければ参加は自由! 一位でゴールした選手には学園都市全体で使える御食事券を! 所属組にはポイントを差し上げます! あ、もちろん参加費は要りません!』
「丁度いいですね」
 ご飯が食べられるし、お金も掛からない。それに異能が使えない自分でも問題なく競技に参加できるということで、潤香はグルメレースへの参加を決定したのだった。

 受付を済ませ、スタートラインに並ぶと、そこには他に二十人近い選手が並んでいた。その中でも一等目立つのは、体操服を着ながら胸部が激しく自己主張している女生徒である。神楽二礼、高等部の学生であり風紀委員会でもあるが見習いなので今日は運営には回っていないらしい。
(大きいです)
 潤香は自分のうっすい胸をペタペタと触りながら、不幸を不幸と思わないはずなのにちょっと羨ましくてしょうがなくなった。
 そうこうしている内に出場者も出揃い、スターターピストルの音と共にレースがスタートした。
 このレースも勿論観客がおり、校庭のブルーシートの上で食べながら見ている生徒や教室で食べながら見ている生徒、外の食堂で中継見ながら食べている生徒がいる。

 しかし後に彼らは後悔する。
 この競技、食事中に見るものではなかった、と。

 走り出した参加者の前に立ちはだかった第一関門はチョコレートケーキだった。コース上に設置されたテーブルの上に、皿に乗って一人一つ分置いてある。コースの先を見れば、同じようなテーブルが等間隔で並んでいた。
『さあ最初の関門! まずは序の口のチョコレートケーキです。デザートを最初に食べるという食のパラドックス! これを参加者はどう乗り越えるのか! あ、ケーキはスイーツ&ベーカリー『Tanaka』様からのご提供です』
「どう乗り越えるも何も、普通に食べればいいだけじゃないっすか」
 トップを走っていた神楽はひょいぱくとチョコレートケーキを二口で食べて先へと進んだ。同じように他の参加者達も一口二口で片付けて先を急ぐ。
 しかし、
「すみません、フォークはどこでしょう……?」
 ただ一人、潤香だけがフォークを要求し、ゆっくりもぐもぐとケーキを味わって食べている。
 この時点で相当の差が開き、他の参加者は第二関門に到達していた。
『第二関門は『大車輪』ご提供のチャーハン! ハネ満盛りです!』
「お、いいものがきたっす♪」
 この第二関門もほとんどの参加者は難なく食べて先へと進んだ。(約一名急ぎすぎて米を喉に詰まらせてリタイアした)
 ここまではスイーツにチャーハンと、内容も量もまともなものが出されてきた。そう、まだまともだ。
 ゆえに、「この体育祭の競技は基本的には異常である」と心得ている参加者達は、次あたりで一気に振るい落としの関門が来ると踏んでいた。
 そしてそれは的中する。
『第三関門、マグマカレー!』
*1
『このマグマカレーこそ! かつてフードファイターの頂点を競う戦いで供された食物! 地獄の熱さと悪夢の辛さをあなたに!』
 結論から言えばこの第三関門で全体の八割に及ぶ参加者がリタイアした。
 常識的に考えてチャーハンの後にカレーなど常人なら胃袋一杯である。
 しかしそんな常識が些細なことに思えるほど、マグマカレーの熱さ辛さは人体を粉砕する威力を秘めていた。冗談でなく火を吹いた学生がいた。(炎使いの異能力者だったが)
 マグマカレーの前に胃袋か舌のどちらかが耐えられなくなった者から次々と脱落していった。
 しかし、彼女は耐え切った。
「ふ、ふふ、やったっすよ……」
 最早選手は彼女を除けばあと二人、そして第三関門を乗り越えた時点でその内一人は明らかにグロッキーであり、もう一人である潤香は第二関門をようやく通り抜けたところだ。これから第三関門で沈むだろう。
 この先にはまだテーブルが二つあり食べ切れるかはわからないが、この競技には『全員リタイアした場合は最も食べた量の多かった者を勝者とする』という旨のルールもあるため、彼女の勝ちは固いのだ。
 そうして神楽は第四関門の『スーパーデリシャスストロベリーパフェデラックス』を食べ始めた。彼女の後に続いていた生徒はそこで脱落した。
(辛い物の後に甘いの食べればいいって話じゃないっすよねー)
 そんな風に考えながら若干胃袋を重く感じつつペースを落としてゆったりパフェを食べていたが、不意に観客のざわめきに気づく。
 一瞬、自分が食べていることでざわめいているのかと思ったが違った。彼らはみんな、後ろを見ていた。
 彼女も、後ろを振り返った。

「もぐもぐ、もぐもぐ」

 そこには何もおかしな光景はない。
 ただ潤香がマグマカレーを食べていただけだ。
 一口一口、もぐもぐと、味わって、ゆっくりと、食べていた。
 地獄の熱さと悪夢の辛さを物ともせずに。
 全く揺るがぬテンポでもぐもぐと。
「……ありえねえっす」
 あれを食べるものは誰しもが一気に流し込むようにして、喉もと過ぎれば熱さ忘れるように食べようとする。それでもクリアできないものは多い。
 だというのに、潤香はあの地獄のカレーを口内で、舌の上で味わいながら食っているのだ。
『あ、あの白東院選手? 熱くないんですか? 辛くないんですか? ていうか大丈夫ですか?』
「もぐもぐ。食べられるものだから大丈夫です」
 そうしてまたもぐもぐと同じペースで食べ始めた。

 この競技を見ていたあるフードファイターは後にこう言う。
「彼女の食事は、我々の知る食事とは別の世界にありました。味も食感も関係なく、食べられるものなら食べてしまう。まるでベルトコンベア、いえ何者にも遮られない重機の如きイメージを沸かせます。彼女がフードファイター界に進出したら恐ろしい事態になるでしょうね。そのときには蹂戦車(デスドーザー)の異名を送らせてもらいます」

 そうして潤香はマグマカレーを食べ終え、てくてくとパフェに向かいだした。
(ま、まずいっす……)
 潤香の食べっぷり、確実にこのパフェも同じペースでもぐもぐ食べて次へ進んでしまう。あれに神楽が勝っているものがあるとすればそれはスピード。しかし、そのスピードも度重なる関門で大分落ちている。
「やるっきゃないっすね」
 彼女は一気にペースを増し、パフェを一気に平らげた。
 そしてグロッキーになりながらも向かう先は、最終関門。
 なぜか、これまでの料理と違い料理番組でよく出るような半球状の銀蓋がされていた。
(フィナーレだから豪華にしてるんすかね?)
 そう思い、彼女は蓋を開けた。

 しかしその瞬間に気づく。
 これは蓋ではなく、封印だったのだと。

 その料理はシチューのようだった。
 その料理は黒い色をしているようだった。
 その料理は温かな紫色の湯気を上げているようだった。
 その料理は得体の知れない具材を煮込んでいるようだった。

 なぜ「ようだった」という言葉になるのか。
 それは、見る者がその料理を直視できないからだ。一瞬で眩暈と吐き気に苛まれる。
 料理の死臭に似たオーラに観客は口を押さえた。画面越しですらトイレに駆け込んだ生徒がいたほどだ。至近距離の校庭では食べたばかりの昼食をその場で嘔吐してしまう生徒もいる。
 至近距離の神楽もこれまで胃に収めてきたものがリバースしてしまうのを懸命に抑えていた。

 この体育祭の競技は二分できる。
 異能を使うか使わないか。
 異常かまともか。

 危険か安全か。

『説明が遅れました。最終関門は黒魔術研究会ご提供の闇黒シチューです。原材料は私共も聞いておりませんし聞きたくありません。なお、試食の折に一口食べたスタッフは今日で三日目になりますが目を覚ましません』
 観客の空気が一気に凍りつく。「そんなもん出すな」と観客全員の心の声が一致した。
「……ギブアップっす」
 辞退した神楽は賢明だった。料理なら食えるが、こんな毒物と紙一重で毒物よりも悪そうなものは食えない。
 そして観客の視線はただ一人残った参加者である潤香に注がれる。
 彼女はパフェも食べ終えて、最後の関門へと向かっていた。
「駄目だ! 食べちゃいけない!」
「逃げてー!!」
「命を粗末にするんじゃねえ!」
 観客からそんな声すら飛んでくるが、潤香はシチューへと向かった。
(まさか、食べる気っすか!?)
 神楽がリタイアした以上、一口食べれば潤香の勝ちだ。しかしそれは、三日昏倒するような代物を口に入れるということだ。
 まともな精神ならこんなアホみたいな競技でそんなことはしない。

 しかし生憎と、白東院潤香の精神はまともではない。

 観客が悲鳴を上げ、目を逸らしさえする中で、潤香はスプーンでシチューを掬う。
そしてまたゆっくりと口に運んで、もぐっと食べた。
 彼女は一瞬停止して――もぐもぐもぐと『完食』した。

 神楽も、観客も、言葉なく静まり返る中、潤香はテクテクと歩いてゴールテープを切った。
「ゴールしました」
 静寂の間の後、全ての障害を乗り切った彼女に観客と参加者から歓声と拍手が送られた。




 後にインタビューで潤香はこう答えた。
「そうですね。美味しい料理が多くて嬉しかったです。カレーも辛かったけどちゃんと食べられるものでしたし。え? シチューですか? 大丈夫です食べられました。だってあれは美味しくないだけで毒じゃないですから。それに」

「前に姉さんが作ってくれたものより数段マシでしたから」

 このグルメレース後、白東院潤香の名は双葉学園の一部で有名となり、同時に白東院迦楼羅学内料理禁止令が発令された。

 FIN


 赤組+1ポイント

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最終更新:2012年11月22日 23:56
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*1 (きたよ……