【時計仕掛けのメフィストフェレス二話 中編】


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 改めて説明するまでもないが、双葉学園に通う異能者達の使命は、ラルヴァと呼ばれる魔物を退治することである。
 そもそもこの学園はその為に設立されたのだ。
 ラルヴァ事件が起きたとき、学園の生徒はチームを組み、その事件の解決へと赴くことになる。
 醒徒会によって召集されたり、自ら志願したり、あるいは事件に巻き込まれたり……と、様々なパターンがあり、柔軟に対応できるように醒徒会は日々、その運営を心がけている。

 そして本日、時坂祥吾の下に連絡が届いた。携帯電話にメールで。
 ちなみに全校生徒のメールアドレスは学校がちゃんと管理している。噂ではフリーメールアドレスすら把握しているとか。何処ま

で本当かはわからない。
「……来た、か」
「お兄ちゃん、何が?」
「いや別に。島田のヤツがさ、ゲーセンで負けそうだから助けてくれって」
「また? 島田さん弱いのにゲーム好きだよね」
「下手の横好きってヤツだな……ちょっと行ってくるわ」
「うん、がんばってね」
「ああ」
 言って、祥吾は家を出る。
『戦いですか』
 祥吾の頭に声が響く。
 だが周囲には誰も居ない。それもそのはず。響くのは、祥吾の内からなのだ。
「ああ」
『……注意してくださいね』
 そこは、一言で言えば、「発条仕掛けの森」とでも言うべき世界。
 樹がある。草がある。花がある。虫がいて鳥がいて獣もいる。
 その全てが、歯車と発条と螺子と……
 機械で出来ていた。
 チクタクチクタク、とリズミカルに響く音。
 ガタゴトガタゴト、と重厚に響く音。
 それは鳥や虫や獣たちの鳴き声。
 ここは――この精神世界は、全てが歯車で動いていた。

 メフィストフェレスの所有者となった時点で、祥吾の心のうちに生まれた内的世界。
 いや、正しくは、「繋がった」というべきだろうか。この世界の主は、祥吾ではなく彼女――
 メフィストフェレスの名を持つ、少女なのだから。
『判っていると思いますけど、永劫機メフィストフェレスは、今は呼び出せません』
「判ってるさ。というかそこまで俺は馬鹿じゃない」
『そこまでじゃない程度には、馬鹿なんですか?』
「悪かったな」
『いえいえ、完璧な天才よりはよほど使え甲斐がありますもの。好きですよそういう人』
 くすくすと笑うメフィスト。
「ああ、そうかい」
 祥吾は意識を内なる世界から現実へと戻す。
『忘れないでくださいね。戦い方は、前に病院で伝えたとおりです。
 私は学園の生徒ではありませんし、外で実体化したところで、か弱い女の子なので役に立てませんからここで見ていますけど――
 くれぐれも注意してくださいね。ハンカチは持ちました? ちり紙は?』
「ああ」
 そう相槌を打ちながら、祥吾はメールに記された集合場所へと向かった。



 集合場所は、予想に反して何処にでもあるような、そんな場所だった。
 ありていに言うと、路線バスのバス停。
「バス停……だよな」
 何処からどう見てもそうだった。
 ふう、とため息をつきつつ周囲を見る。誰も居ない。どうやら祥吾一人のようで――
「ですよねえ、バス停ですよね」
「うわっ!?」
 背後から急に声がかかった。驚いた祥吾が見ると、茂みの中から女の子が顔を出していた。
 どうやら隠れていたようである。
「なっ、ななな、なんっ」
「どうも初めましてー。ええと、先輩? 高等部ですよね?
 私は中等部の米良綾乃っていいますっ!」
 がさり、と茂みから飛び出そうとして――
「ふぎゅるぶっ!」
 足を引っ掛けて盛大にアスファルトにキスをする。
「……」
 祥吾はどう反応すればいいのか迷っていた。
「……遅いっ! 先輩反応遅すぎですよっ! 女の子がこけそうになったらそつと支えて「大丈夫かいベイビー。転んだりしたら君の美しい柔肌が台無しだよ」ぐらい言う甲斐性はないんですかっ!?」
 いつの時代のナンパ野郎だそれは。
「ああ、その、ごめん」
「まったくー、駄目ですよそんなのじゃっ! いいですか、出会いは第一印象が大事なんですよ!? そんなんじゃ駄目駄目ですっ! これじゃ先が思いやられますよ、戦いは大事ですけど、大事な戦い、大事な使命だからこそ潤いが必要だってわかりますか!? そう潤いですっ、なのに先輩ったらなんかすげートーヘンボクっぽいじゃないですかっ! もっと気を利かせないと駄目ですよっ!」
 まくし立てる綾乃。祥吾は圧倒され、頷くぐらいしかできない。
 妹も元気な女の子だったが、この娘はそれに輪をかけて、いやそれどころじゃない。
 元気、というよりは暴走、という形容詞が似合いすぎている。
「だいたい――」
 祥吾に詰め寄ろうとして、綾乃は地面に転がっていた空き缶を踏む。
「あ」「え」
 ずるり。
 盛大にバランスを崩し、後頭部からアスファルトに――

 ぶつかる前に、ふわり、と綾乃の体は支えられた。
「危ないぞ、君。足元には注意しないといけないな」
 綾乃の体を支えたのは、祥吾ではなく、
「あんた……確か、敷神楽……先輩、でしたっけ」
「そうだ。敷神楽鶴祁だよ、時坂くん。覚えてくれていて光栄だ。
 さて、立てるね? 米良綾乃くん」
「あ……はい。え、先輩なんで私のっ、名前……?」
「同じチームになるからね。覚えておくのは当然だ。
 今日は私と君たちの三人組でのラルヴァ退治の任務だよ。短い間だが、よろしく頼む。
 む、バスが来たな。目的地の近くまではバスで移動する。
 さあ、ついてきたまえ、米良くん、時坂くん」
 鶴祁はそう言って、バスに乗り込む。
 その姿を見ていた綾乃は一言、
「……ホれたぜ」
 と、親指を突き出してサムズアップしていた。
「……」
 祥吾は、そこはかとなく不安になった。


「今回の目的地は、双葉学園の居住区のこのあたりだ」
 改めて自己紹介を済ませた後、鶴祁は地図を広げる。
「外国人居住区……ですか?」
「ああ。洋館が立ち並ぶ区域だな。無人の洋館や城もある」
「城ですかお姉さま。すごいですねー、いいなー私そういう所にすみたいっす。お姉さまと二人で」
 いつの間にやら、綾乃は鶴祁をお姉さま呼ばわりしていた。
「そうか。私の家は和風の邸宅だから、洋風は慣れていないが、たまにならそれもいいかもしれないね」
 鶴祁は鶴祁で、話が通じているのかいないのかわからない返答を返す。
「だがそれはまず、敵を倒してからだ。気を緩めてはいけないよ」
「はーいお姉さまー」
「では、敵だが……今回確認されたのは、ガーゴイル、という魔物だ。
 西洋の伝説に出てくる動く石像だな」
「あ、私知ってます。ゲームとかによく出てくるもん」
「うむ。分類としてはカテゴリービースト、下級のA-1だな。
 基本的に専守防衛のガーディアンだから、刺激しない限りは無害、とのことだが……
 発端は、その廃墟の城に忍び込んだ不良生徒がガーゴイルを刺激したようだ」
「なんで城にそんな……」
「そこに住んでいた者が魔術師だったのだろう。まったく迷惑千万だ」
「ですよねー。立つ鳥後を濁さずって言うのにねひどいですよねー」
「そうだな。君の言うとおりだ。
 そう、剛腹ながら我々の仕事は後始末の掃除というわけだ。だが学園の美景を保つのも生徒の勤め。
 被害者の生徒の絃によればガーゴイルは四体、ということだ。
 我々でも十分に対処できるだろう」
『外国人居住区~ぅ、久能苑前~ぇ。久能苑前~ぇ、お降りの方はぁ~……』
 会話を運転手のアナウンスが止める。
「ここだ。降りよう。あとは徒歩で山登りだ」


 洋館や城というのは高いところが相場なのだろうか。
 外国人居住区は、山だった。
「というかー、そもそもっ。人工島にこんな山があるってのがおかしくないですかね、先輩っ?」
「同意するけど、俺に言われても困るって。つーかこの島に常識を投げかけるのも今さらだろ」
 現に、自分達の存在がそもそも本土の常識とはかけ離れている。
「そういえば、お前の能力ってどんなのだ?」
「私ですか? ふふん、聞いて驚いてくださいよ。なんと、炎を操るんです!」 
「へえ……」
 なんというか、その。
「あ、まさか地味とか思ったりしてないですかっ!?」
「いや、それは思ってない」
 オーソドックスだな、とは思ったのだが。
 四大の力、火、水、風、土を操る属性能力といわれるその異能は、多岐に渡り存在している。
 ゆえに、悪く言えばありきたりな力ではある。逆に言うと、それゆえに応用力があればその力は強力だ。
「というわけでそうですね……私のことは、能力から考えて、
『メラメラ中学生』とでも呼んでください。名前も米良だし」
「いやそれは拒否する。なんつーかどっかのパクリくさい」
「うわひどっ!? つーかじゃあ先輩の能力は何なんですか! 右手がどーとか言わないでくださいよ!!」
「言わないって」
 そもそも、反能力の異能を持つ人間は結構いるらしいし。
「じゃあ何なんですか?」
「まあ……道具系?」
「ほへ、異能アイテムの操作ですか」
「そんな所だな」
「……ありきたりですね!」
 仕返しされた。
「何をじゃれ合っているんだ、君たちは」
 鶴祁が呆れ顔で言う。
「じゃれあってません! 私はお姉さま一筋ですっ!」
「そ、そうか?」
「はいっ!」
 もうわけがわかんないな、と祥吾は空を見上げる。緊張感無いなあ、と。
 だが、それもここまで。
「――っ!?」
 ぞくり、と祥吾の背筋を悪寒が走る。
 綾乃と鶴祁の表情も変わっていた。戦う者の顔に。
「この建物か……なるほど、確かに城だな」
 その悪寒の気配、それは森を抜けた大きな西洋建築からだった。
 映画にでも出てきそうな建物だ。本当に、この巨大学園都市は非常識である。

 三人は、周囲に気を配りながら城に入る。
 まさにホラー映画のような城だった。煉瓦で造られ、苔や埃にまみれている。
「うっひゃー……これ、映研のコたちに教えたら喜びそー……」
 軽口を叩く綾乃。心なしかその声は震えているようにも感じる。
「怖いのか?」
「ばっ! 怖くないっすよ! ちょーヨユー! 敵はガーゴイルだし! 幽霊とかじゃないから!!」
「なるほど」
「あー何がなるほどって!? ちょ、誤解だから! むしろ饅頭怖い的な感じですよ!!」
 がーっ、と噛み付く綾乃。
 それに対し祥吾は、綾乃の胸倉を掴み上げ、一気に引き倒す。
「うわっ!? ちょっ、そんなに怒らなくても……!!」
 床に倒れ、誇りまみれになりながら顔を上げる綾乃。
 そして綾乃が見たのは、巨大な空を飛ぶ石像に肩を噛まれている祥吾の姿だった。
「え……?」
「バカ、何してる!」
 その声に弾かれるようにあわてて立ち上がる綾乃。
「米良くん、上だ! さらに二体!」
 鶴祁が刀を抜く。
「――はっ!」
 上から飛来するガーゴイルに向かって跳躍する鶴祁。空中で交差し、刀でその石の翼を根元から切り落とす。
「ギィッ!!」
 バランスを崩すガーゴイル。
 鶴祁はそのまま返す刀で、ガーゴイルの背に刀を尽き立てる。その刀を軸に、ひらりとガーゴイルの背中に乗る。
 自らの自重と、鶴祁の体重を片方の翼だけでは支えることは当然ながら不可能で――
 ガーゴイルはそのまま地面に叩きつけられた。

「すごい……」
 その流れるような一連の動作に、綾乃は目を奪われる。
 だがそれも一瞬。
「私だってっ!」
 綾乃の掌に炎が生まれる。
 襲ってくるガーゴイルに向かって火球を打ち出す綾乃。
「どっせえええええいっ!」
 色気ゼロの叫び。
 炎はガーゴイルに着弾し、爆発を起こす。
「ギイイイイッ!!」
 砕け、炎に包まれながらガーゴイルは墜落する。
「――先輩っ!」
 それを確認し、綾乃は振り向く。
 そして綾乃が見たのは、ガーゴイルの背中から突き出る、不思議な形の剣だった。
 かちりかちり、ちくたくちくたく、と音が鳴る。まるで時計の音のように。
 否、事実それは時計に酷似していた。
 刀身は、積層されたクロームの地金。その中では、歯車やバネ、ガンギ車やアンクルがせわしなく動いている。
 それは時計のムーブメントそのものだった。
「ギ……ィッ!」
「はああっ!」
 祥吾の裂帛の気合と共に、刀身から外にせり出した歯車が高速回転する。
 それはチェーンソーのように唸りを上げ、
「ぜあああああっ!!!」
 ガーゴイルを両断した。

「うわ、すごいですねその剣……てか、今までどこにそんなの隠してたんですか? いやそうじゃなくて怪我は!?」
「いや落ち着けよ」
「あ、はい」
「怪我は大したことない。ちょっと痛いだけだ」
「ほへぇ。で、その剣は……?」
「これか。なんというかな……時計だ」
「時計ですか」
「ああ」
 正しくは、これはメフィストフェレス召喚のための黄金懐中時計である。
 それが武器として変化したものだ。時計そのものが巨大化し、そして内部機構が展開・再構築され、剣の形を取る。
 永劫機を召喚することが出来なくとも、祥吾はこれで戦うことが出来る。
 もっとも、その力は永劫機本体とは比べるべくもない。
 ガーゴイルのような低級ラルヴァ一体を倒すのが関の山、だ。
 あとは自分がとにかく体を鍛えていくしかない。
「今ので三体、か……あと一体だっけ、先輩……先輩?」
「あ? ……ああ、うむ。そうだな」
 鶴祁は、祥吾の持つ剣に視線が釘づけになっていた。
 ……それも、珍しい剣を見た好奇心、というような視線ではなく、祥吾にはもっと切実な何かに見えた。
 それを祥吾が問おうとしたとき――

 城を、大きな揺れが襲った。

「な、地震!?」
「いや、違う。城がゆれている!」
「! 先輩、上っ!」
 綾乃が叫ぶ。ガーゴイルの最後の一体が、この期に乗じて奇襲をかけ――

 巨大な手に、握りつぶされた。

「!?」

 それは、岩の手だった。
「な……ゴーレム……!?」
「いや違うぞ米良くん。これは……そんなものじゃない。もっと大物だ!」
 鶴祁が叫ぶ。
 地面から現れる、石の巨人。全長にして5メートルはあるだろうか。
 それを構成する、石や煉瓦が、空中に浮き、次々とくっつく。
「え? うそ、これってまさか……超能力!?」
「ああ、念動力による石の巨人……何故こんな大物が、こんな所にいる!?
 これは、念土竜……それも二体!!」

 念土竜(サイコモール)。それは強力な超能力を使うモグラ、というふざけたラルヴァだ。
 カテゴリービースト、上級A-3に分類されている。
 石や金属の中に、テレポートで潜入。サイコキネシスにて、その石や金属を自在に操り「体」にしてしまう特性を持っている。
 一見したなら、巨大な石や土、あるいは金属のゴーレムといったふうに見えるだろう。

「ゴモォオオオオオオオオオオ!!!!」
 土竜が、石の巨人を介して吼える。
「え、やだ、ちょっ、うそでしょ? こんなの、私たちじゃ……ガーゴとかとは格が……」
 声が震えている綾乃。それを、巨人の拳が襲う。
 だが、綾乃に衝撃は来ない。代わりに耳に響くは、石と鋼の打ち合う衝突音。
 鶴祁が間に入り、刀で拳を受け止めていた。
「うろたえるな米良くん! 私を信じろ! 援護を頼む!」
「……あ、は、はいっ!」
「はあああああああああああああっ!!」
 勇敢に前に出て切り結ぶ鶴祁。
「っ、先輩っ! 米良っ!」
 祥吾も援護に向かう。だが、
『後ろですっ!』
 不意に、メフィストの声が響く。その声に引きずられるように、剣を構える。
 直後、激しい衝撃が祥吾を襲う。
 もう一体の、念土竜の巨人が祥吾を殴りつけたのだ。
「があああっ!!」
 床を転がる祥吾。全身に激痛が走る。
「く……そっ!」
 剣を杖にしてなんとか立ち上がる。
「ふざけるな、くそ……っ!」
 叫び、再び剣を構え、切りかかる。
「ぜあああああっ!!」
 型も何もなってない不恰好な攻撃。その一撃は、しかし巨人の体を切り裂く事も砕く事も無く、ただその表面に火花を散らすだけ。
「く……かてぇっ……!」
「ぐるぉおおおっ……!」
 巨人が、笑ったような気がした。
 直後、衝撃。
「ぐあっ!!」
 巨人の拳が再び殴りつけてくる。その衝撃を殺せずに、祥吾の体は紙のように舞い、壁に叩きつけられた。
「く……そっ……!」
 巨大な無機物の体は、念土竜の超能力によって操られている。
 硬度を強化されたその体は、生半可な攻撃を受け付けない。
 そして本体を倒すにも、その体の中に隠れている。しかも何処に隠れているかも判らない。
 ゆえに、祥吾には倒せない。
 この剣では無理だ。異能の力に目覚めたばかりの祥吾の肉体は普通の人間と大差無い。
 祥吾一人では、勝てない。
 勝てる道理はない。敷神楽鶴祁は、もう一体の巨体を相手に、しかも綾乃をかばいながら戦っている。
 援助など期待できない。

 そう。

 一人なら、出来はしない。


 だがしかし。


 時坂祥吾は、一人ではない。今は。


 祥吾は手に取った剣を、元に戻す。
 時計が変じた剣。それをあるがままの本来の姿に。
 それは懐中時計。古き錬金術にて造られた、時を刻む黄金の彫刻。

 そして、「彼女」の宿る――黄金懐中時計。

 怪物が叫ぶ。
 その魂を砕くかのような咆哮すらも、祥吾には届かない。
 聞こえるのは、ただのひとつの音。心臓の鼓動を刻むかのような、針の音。
 それが今まさに、神像の鼓動を刻む。



『呼ぶのですね、『私』を』
 祥吾の内的世界。発条仕掛けの森の中で、メフィストは言う。
 祥吾は答える。
「ああ。いけるか?」
 本来なら、それは無理な話だ。
 祥吾の時は、止まっている。祥吾そのものの時間ではなく、生命として存在する、命の時間。
 それが尽きる直前、死に至る寸前で、メフィストの力によって「静止」させられている。
 だから、祥吾は魂の寿命では死なない。少なくとも、今は。
 そしてそれは、永劫機の原動力である、「契約者の時」が無いということを意味している。
 だから、呼び出すことは出来ない。
 たとえ呼び出せたとしても、戦えはしない。戦えば、一瞬で祥吾は死ぬ。それは絶対不可避の事実。
 だがしかし――
『先ほど斃した、ラルヴァの力を変換吸収、工程完了しました』
 そう。ならば他者の時間を食わせればいい。
 そしてそれは、必ずしも人間である必要は無いのだ。
 すなわち――打ち倒したラルヴァの、ガーゴイルの時間を食らえばよい。ただそれだけのこと。
『時は――満ちました』


 祥吾は立ち上がり、口にする。
 それは呪文。それは聖約。それは禁忌。
 そう、黄金懐中時計に封印された時計仕掛けの悪魔の機構を開放するキーワード。



   Es kann die Spur
 ――我が地上の日々の追憶は


   von meinen Erdetagen
   永劫へと滅ぶ事無し


   Im Vorgefuehl von solchem hohen Glueck
   その福音をこの身に受け


   ich jetzt den hoechsten Augenblick. Geniess
   今此処に来たれ 至高なる瞬間よ


 黄金の懐中時計が解れ、崩れ、砕け――幾つもの弾機、発条、歯車、螺子へと変わっていく。
 それらは渦を巻き、螺旋を描きて輪と重なる。
 それはまるで、二重螺旋の魔法陣。
 そこに集まる大質量の魂源力は、やがて織り上げられ――


   Verweile doch! Du bist so schon
   時よ止まれ、お前は――美しい!



 力が、爆現する。
 全長3メートルの巨体。
 チクタクチクタクと刻まれる黒きクロームの巨躯。
 黒く染まる闇色の中、黄金のラインが赤く脈打つ。
 各部から露出した銀色のフレームが規則正しく鼓動を刻む。
 背中からは巨大な尻尾。
 頭部にせり出す二本の角、全体の鋭角的なシルエットからはまさしく竜を連想させる。
 それはモデルとなった悪魔――地獄の大公の姿ゆえか。


 これこそが、その危険性により計画凍結・破棄された、時計仕掛けの悪魔(クロックワーク・ディアボロス)――


「永劫機(アイオーン)……メフィストフェレス!」


 時が止まる。
 愛すべからず光の存在は、周囲の時を止めてしまう。まるで、時から拒絶されたかのように。
 制止した時の中、そりすらも引き裂くかのように時計仕掛けのクロームが吼える。
 祥吾の頭の中に、浮かんでくる何か。
 それは明確な言葉ではない。文字でも映像でもない。
 だがそれでも、判る。
 自分に何が出来るか。この悪魔に何が出来るか。
 そして――何をすべきか。


「ぐるぅもぉあああああああああああ!!!!」

 巨人が吼え、掴みかかって来る。
 それをメフィストフェレスは真っ向から受け止める。
 それでも、永劫機の体格と巨人の体格の彼我の差は、倍近くある。単純な力比べでは勝てないだろう。
 だがそれは、単純な力と力では、だ。
『時を刻みし針なる剣――!』
 発条仕掛けの森の中で、メフィストがその名を口にする。
 メフィストフェレスの両腕に内蔵された、巨大なる時計の針。研ぎ澄まされたクロームの刃。
 それがせり出し、回転する。ちくたくちくたく、もはや人の耳には聞こえぬ高速で。
 それはまるでヘリのローターのように、電動鋸のように回転し、
「ぐぉおおおおおおんっ!!!」
 巨人の両腕を寸断する。
 その隙を付き、メフィストフェレスは蹴りを巨人の胴体に叩き込む。
 その衝撃で地面に倒れる巨人。だがまだだ。まだ倒せてはいない。その証拠に――
「……腕が……!」
 床に落ちていた腕が、浮かび上がり巨人に再びくっつく。
 そう、あの体は所詮は念土竜に操られる人形に過ぎない。
 倒すには、あの中に潜む本体を倒すしかない。
 だが、倒すにはその本体がどこかを見極めねばならない。そして念土竜は、その超能力を駆使して、岩や金属の中をすり抜けるか

のように移動する。
 だから、どれだけ切り裂こうと詮無き事。倒すことなどできはしない。
「なら――」
 そう、ならば。
『簡単な事ですね。馬鹿でも判ります』
 そう。
 切り裂いても無駄ならば、押し潰してしまえばいい。

 そして――その為の布石は、既に打ってある。
 永劫機を召喚した、最初の一手で既に!


「……?」
 戦いの中で、巨人は違和感を感じる。。
 メフィストフェレスによって止められたはずの時間が、少しずつ動こうとしている。
 宙に止まる粉塵、砕けた石、それらが少しずつ、動き出そうと震えていた。

 そう、時空堰止結界の開放。それは、堤防で堰き止めた川を決壊させるに等しい。
 メフィストフェレスは、中級以上のラルヴァを止める事は出来ない。
 だが、時の濁流に押し流し、その動きを封じることは出来る!

「ぐぅぅぅぅぅぅ……!!」

 巨人が叫ぶ。だがさび付いたようにその動きは鈍重になる。
 そしてそれは、体内の念土竜もまた同じ。
 いくら石や鉄の中を自在に動けようとも。
 押し流される時間の中を自由に動くことなどできはしない!

 時の流れが、視覚的に渦を巻くほどに流れ出す。
 その中心には、時計の図柄のように浮かぶ魔法陣に拘束された石巨人。
 メフィストフェレスは、その渦の流れの中心を飛翔する!
 狙うはただひとつ。
 石巨人のただその中心に向かって駆ける。


「時空爆縮回帰呪法――」


 メフィストフェレスは飛翔し、そして左手を石巨人の中心に叩きつける。
 破砕音が響く。
 岩を砕き、抉り、メフィストフェレスの爪が侵入する。
 探り当てた、その体内の核を――念土竜を貫き殺す。


「クロノス……レグレシオン!!」


 右手に集う、時間の爆流。
 その全てを、残された石巨人の体へと叩きつける。
 左回りに渦を巻く時空流と、右回りに唸るメフィストフェレスの拳。
 その時間の流れがぶつかり合う!
 回帰しようとする流れ。膨れ上がる力。
 それが反応し合い、一気に爆縮し、炎を上げて石巨人の全てを粉砕した。


 その爆発を見届けた後、祥吾は振り向く。
 巨人は二体いた。そう、鶴祁が戦っているのだ。まだ。
 それに手を貸そうとして――
 祥吾は目を疑った。

 そこには。
 気を失ったのか、地面に倒れ伏す米良綾乃と――
 両断され、地に崩れ落ちる石巨人。そして、涼しげな顔で刀を鞘に収める敷神楽鶴祁の姿があった。


「力で全てを叩き潰す、か。それもまた正解ではある。
 だが、流麗ではないな。
 そのようなことをせずとも、敵の本体が何処にあるかを見定め、そして逃げる間もなくただそこを切り裂けばそれで事は足りる」
 涼しげに言ってのける鶴祁。だがそれは無茶もいい所だ。
 念土竜の防御念力と、石や鉄本来の強度と質量。
 それをものともせずに、一刀のもとに切り伏せる――?
「斬撃とは、速度だ」
 祥吾の驚愕をものともせず、鶴祁は言う。
「速ければ速いほど、刀はその威力を増す。限界速度を超えれば、超えるほどに。
 物理法則の壁を越えられずとも――」
 そして祥吾は気づく。
 炎が爆ぜる音、石が響く音、それらの中に確かに鳴り響く、リズミカルな鼓動。

 そう、時計の音――

「敷神楽……先輩……あんた、は――」

 知っている。
 これを、祥吾は知っている。
 祥吾の中の、メフィストも知っている。
『そんな。気配は感じられなかったのに――でも、まちがいありません。
 あれは、まさしく――』

「然り、だよ。時坂祥吾くん」

 刀が、炎に照らされる。
 祥吾は見た。その刀の刀身、その一部が透けており、その中には歯車のムーブメントがあることを。
 その刀鍔は、懐中時計のそれであることを。
 色は真紅。ルビーの輝きを持つ、紅玉懐中時計――

「やはり君だったか。君だったんだね。これで私は確信を得た。
 そう、君だったんだよ。あの人を――先生を、殺したのは」

 炎に照らされ、鶴祁の表情はよくわからない。
 だが、張り詰めるような緊張感だけは伝わってくる。


「吾妻……先生……」
「そうるそうだよ時坂くん。彼は私の恩師だ。私は先生について戦ってきた。
 だから――こうなることも至極当然だろう?」

 鶴祁は口にする。
 それは呪文。それは聖約。それは禁忌。
 そう、紅玉懐中時計に封印された時計仕掛けの天使の機構を開放するキーワード。


 ――天地は万物の逆旅にして、

   光陰は百代の過客なり。


 紅玉の懐中時計が解れ、崩れ、砕け――幾つもの弾機、発条、歯車、螺子へと変わっていく。
 それらは渦を巻き、螺旋を描きて輪と重なる。
 それはまるで、二重螺旋の魔法陣。
 そこに集まる大質量の魂源力は、やがて織り上げられ――


   而して浮生は、夢の若しなり――!



 力が、爆現する。
 全長3メートルの巨体。
 チクタクチクタクと刻まれる真紅のクロームの巨躯。
 流れるような流線型のデザインは、流麗にして苛烈。
 各部から露出した銀色のフレームが規則正しく鼓動を刻む。
 まるで羽衣のような飾り布が、燃え上がる陽炎のように揺らめき、その美しさを際立たせる。
 それは大地の力を秘めた赤き怒り。


 これこそが、その危険性により計画凍結・破棄された、時計仕掛けの天使(クロックワーク・アンゲルス)――


「永劫機(アイオーン)……アールマティ!」


 赤い天使が、ここに降臨した。


「さあ、試合おうか」


名前:




ツールボックス

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