【怪物記 第二話】


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    風の唸りに血が叫び 力の限りぶち当たる
               ――仮面ライダーV3



1.
 世界の『裏側』で戦っていたラルヴァと異能力者の有り様は二十年前から大きく様変わりした。ラルヴァが『表側』に現れ始め、同様に『裏側』にいた異能力者もまた『表側』に出て来はじめたからだ。
 いや、出て来たというのは誤りだろう。この学園の生徒の大半は『表側』で生まれたのだから。恐らくはラルヴァも異能力者も『裏側』から『表側』に出てきたのではない。『裏側』だけでなく『表側』でも生まれるようになった。それだけなのだ。
 しかし『表側』に生きる人々にとってはそれだけでは済まない。ラルヴァの中には人を食料とする種類もいるし、無自覚や制御不能の異能力者は周囲にも自分にも不幸を招き寄せる。
 『表側』の国々の政府は『裏側』の異能力者と連携して事態の収拾に当たった。情報統制と様々な政策の結果、今現在この日本ではラルヴァや異能力者は都市伝説・噂話程度の扱いで済んでいる。
 様々な政策といえば、私が今立っているこの場所もそれらの政策の結果だろう。
 東京都双葉区。『表側』の日本政府が東京湾の埋め立て地を一つの区とし、双葉管理という『裏側』の異能力者によって創られた学園都市。ここは『表側』であり、『裏側』だ。異能力者の子供が集められ、将来は社会に出てラルヴァを退治する役目を与えられる対ラルヴァ教育機関。
 いや、将来というのはいささか事実に反する。この学園の生徒の一部は在学中の段階でもラルヴァや異能者の調査、及びラルヴァの殲滅という役目を負っている。
 私はそんな彼らに同行しラルヴァの生態を調査している一人の研究者だ。
 名を語来灰児という。


「前置きちょっと長くないですかー?」
「……後ろから覗き込まないでもらいたいんだがな」
 パソコンの文章ソフトで執筆していると、いつの間にかやって来ていた助手が背後からパソコンのモニターを覗き込んでいた。
「それにしてもー、『名を語来灰児という』ですかー。かぁっこいー♪」
「…………」
 私は無言で執筆中だった自伝の冒頭分を削除した。
「あららー、消しちゃうんですかー。それにしてもセンセ? 自伝なんて書いてどうするんです? どうせ発表なんてできやしないのにー」
 彼女の言うとおりだ。『表側』ではラルヴァは存在しないことになっているし、情報統制もある。この自伝を出版することなどできはしないだろう。間違いなく差し止められる。ゆえに私は出版するつもりでこの自伝を書いているわけではない。
「死出蛍からこちら事件に同行できてないのでな。手慰みに書いていただけだ。日記と大差ない。……何をゴソゴソと家捜ししている」
「センセの昔の日記はどこですかー?」
「読ませんから出ていけ」
 無遠慮に人の部屋を荒らす助手の暴挙をやめさせていると、誰かが部屋のドアをノックした。次いで了解も聞かずにドアが開け放たれる。入ってきたのは死出蛍の事件で同行したパーティ【久留間戦隊】のリーダーだ。
「学者さん! ラルヴァが出ました! 場所はこの学園の……ってあれ?」
「君……ノックしたのならせめて返答くらい待つべきじゃないか?」
「学者さん、誰かとお話中じゃありませんでした?」
「いや、ご覧の通り私一人だ」
 私の部屋には私しかいない。ドアが開けられる寸前までいた助手はもうどこかに雲隠れしている。来るときといい出るときといい非常識に神出鬼没な奴だ。
「ところで学者さん。なんで部屋がこんなに散らかってるんですか?」
「……少し探し物をしていた」
 探していたのは私ではなく助手だが。
「それでラルヴァはどこに? この学園の中に出たのか?」
「あ、はい! 多分ここからでも見えると思います! そこの窓からなんてきっとよく見えますよ、あの赤いの!」
「赤いの?」
 その窓から見えるのはここから20km少々先にあるこの双葉区と本土を繋ぐ一本の橋だ。上部ブロックには最先端の陸上交通機関であるリニアラインが走り、下部ブロックには高速自動車道が通り、無論歩道もある。それだけの交通インフラを収めるだけあってサイズは相当のものだ。
 が、彼女に促されて窓から外を眺めると普段見える橋が見えず、代わりに赤い物体が目に入る。赤い物体は橋の上にあった。しかし、橋の上のそれは横幅がその橋と同程度あるように見受けられる。高さにいたっては下手な山よりも高い。
 赤く、馬鹿馬鹿しくなるほど巨大なそれは壁だった。壁は双葉区と本土を結ぶ橋の上に隙間なく立っている。
 壁は完全に橋を封鎖していた。
 そして壁にしか見えないそれはラルヴァだ。姿のままのそのラルヴァの名は、

「赤壁か。直接見るのは二度目だな」


第二話【赤壁】




 自前の車で橋の袂、すなわち赤壁による【不法占拠事件】の現場に到着すると辺りは騒然としていた。
「それもそうか」
 これだけ巨大なラルヴァが学園都市に出現したのだから大騒ぎになって当然だ。ましてやこの学園のライフラインである橋を封鎖しているのだから尚のこと。
 後方を見ればリニアラインが駅から出発しかけた状態で停車していた。赤壁の出現にあわてて緊急停止したのだろう。ダイヤの遅れは後々問題になるかもしれない。……赤壁が行く手を遮っているということは間違いなく一時間はダイヤが遅れるはずだ。あれは事が起こる一時間前に出現するラルヴァなのだから。
 ここまで同行した久留間戦隊のリーダーは到着してすぐにパーティメンバーと合流して事態に当たると言ってどこかへ行ってしまった。彼女のパーティだけでなくかなりの数のパーティ、異能力者がここに集まっている。中には赤壁に銃を連射している金髪の子供や「スーパー音速キック!!」と叫んで蹴りつける赤マフラーの生徒など既に赤壁に攻撃を仕掛けている生徒たちもいる。
 そうかと思えば、私のように眺めているだけの生徒も多数いる。大半は野次馬だろうが、中には赤壁の生態を知っているからこそ眺めている者もいるだろう。
「さて、教えるべきか教えざるべきか」
 攻撃中の生徒らに赤壁のことを教えるか悩んでいると、
「ようラルヴァ博士!」
と声を掛けられた。
「……妖怪博士みたいに言わないでもらえるか? そもそも博士号は持っていない」
「細けェなぁ」
 私に声を掛けてきた相手はこの学園の生徒たちの代表格である醒徒会にて広報の職務についている男子生徒だ。面識があり、ラルヴァ討伐に同行したこともある。
「あんたもこのデカブツが目当てか? それとも別に何か目的があんのか?」
「この状況でここにいて赤壁以外の目的がある人間というのがどんな人間なのか想像できんな」
「違いねえ。で、ラルヴァ博士。こいつがどんなラルヴァかちょっくら教えてくれや。赤壁ってのが名前か?」
「だから博士では……もういい」
 訂正はキリがないので諦めた。
「このラルヴァの名称は赤壁。カテゴリーは審議中だ」
「決まってねえってことか?」
「ビーストとエレメントのどちらかまだ決まっていない。何せこの壁のような見た目だ、というか壁そのものだ。しかし普通なら明らかに生物ではない外見でも実体があれば普通はビーストかデミヒューマンになる。が、これの場合少々特殊な事情があるのでな……。
 ところで下部ブロックの方はどうなっている? ここからでは上部の様子しか分からない」
「どういうわけか下部にも壁がありやがる。それどころか向こう岸にも同じのがいるらしいぜ」
「複数か。赤壁は種族個体だ。おかしくはないな」

 赤壁はラルヴァの中でも繁殖して増える種族個体の一種だ。無論繁殖方法はラルヴァごとに異なる。有性生物のように同一種族の雌雄が生殖して増えるものもいれば、単性で子を産むものも無性で分裂するものも無から生まれるものも、先日の死出蛍のように他の生物を利用するものもいる。繁殖でもラルヴァの生態は多様だ。
 しかしラルヴァの全てがそれら種族個体というわけではない。極少数だが同一種族の存在しない一世代限りのラルヴァもいる。単一個体――【ワンオフ】とも呼ばれ例外なく特殊な異能を有する彼らについての話はまた別の機会にしよう。

「しかしそうなると橋は完全に封鎖されたことになる。橋の上に閉じ込められた車はあるか? それと向こう岸、結界の外側の赤壁の隠蔽は?」
 双葉区は埋立地の外縁に沿って特殊な結界張られ、結界の内側の異常(主にラルヴァとの戦闘)は外側から気づかれにくくなっている。だが赤壁の片割れがいる端の向こう岸は結界の外だ。これだけ巨大なラルヴァなら多少離れていても余裕で外側の一般人にも見えてしまう。
「閉じ込められた車はねえ。ご丁寧に両端の入口を先に塞いで車が全部出た後で出口を塞いだらしい。それと外側の奴は外部班がすぐに迷彩処理した。しばらくはわからねえはずだ。
 それで学者先生、回りくどくなっちまったがあいつの等級は? まだカテゴリーしか聞いてないぜ?」
 ああ、そういえば言っていなかった。私は少し考えて、
「上級Sだ」
嘘偽りなく、部分的に答えた。
「上級S!? そんな大物が俺たちの本拠地に現れるとは……! まさかラルヴァの大侵攻の前触れか! カタストロフか! こうしちゃいられねえ……俺も攻撃に加わらねえと!」
 彼は天に、地に、赤壁に向けて咆哮する。直後に彼の体が変形し、膨張した肉体によって衣服が弾け飛ぶ。変容を遂げたとき、彼は竜を擬人化したかの如き姿となっていた。
「オゥリャアアアアア!!」
 彼は攻撃している生徒たちに混じって赤壁を蹴り殴る。赤壁はビクともしないが構わず連撃。その勢いに背を押されたのか生徒たちの攻撃がさらに苛烈となる。
「若いなぁ……。さて、そろそろ備えておくか」
 赤壁を攻撃している生徒たちから離れて自分の車に戻り、運転席のシートに座る。
「おかえりなさーい。もう帰りますかー?」
 するとドアの鍵を閉めていたはずなのに知らぬ間に乗り込んでいた助手が後部座席から顔を出した。助手とは一緒にここまで来たわけではない。しかしこのくらいのことで驚くのはもう疲れたのでスルーだ。
「違う。外にいるよりは車の中にいたほうが余波の影響を受けづらいと思っただけだ。もっとも何が起こるかはわからんな」
「赤壁ですしねー。ところで外の人間には赤壁のこと教えなくてよかったんですかー?」
「必要ないだろう」
「あはは、ひどい人ですねー。そんなだからセンセはラルヴァ寄りだなんて揶揄されるんですよー」
「ラルヴァの生態研究などしていればとやかく言われることもある。それに私は自分がラルヴァ寄りとは思っていない。ちゃんとラルヴァとの間に線を引いている」
「人間にも線を引いてますけどねー」
「……否定はせんさ。ところで赤壁が出てきてからどのくらい経った?」
「もうすぐ一時間ですねー」
「なら、じきだな」
 私は車の中から赤壁と生徒たちを眺めてその時を待つことにした。

 赤壁の出現から丁度一時間が経過した。
 最初に『それ』に気づいたのは数人の生徒たちだった。やがて彼らの驚愕が伝播し、周囲一帯がパニックになる。『それ』は赤壁によって封鎖された橋を一本の直線として見た時、真横から差し込んでくる方角より降ってきた。『それ』は空の上から降ってきた。『それ』は宇宙から降ってきた。

『それ』は燃え尽きないまま落下した人工衛星だった。

 奇跡的な確率で故障して軌道を外れ、奇跡的な確率で大気圏を突破したそれは、奇跡的な確率で日本の東京へと落下し――奇跡的な確率で赤壁が封鎖していた双葉区と本土を繋ぐ橋に激突して大穴を空けた。

 橋を貫通した人工衛星は巨大な水しぶきを上げて無人の橋の一部とともに東京湾の底へと沈んでいった。そして、赤壁と突然起こった事態の急転に唖然としていた生徒たちの頭上に巻き上がった水しぶきが降りかかった。私の車の上にも大量の水しぶきがかかる。
「やはり車内に避難しておいて正解だったな」
「みんなびしょびしょですねー」
 水しぶきが降り止んだのを見計らって私は車を降りる。事態を飲み込めてない生徒に説明するためだ。見れば同じように事情を知っている生徒が知らなかった生徒に教えて回っている。
「何だ? どうなってんだ……?」
「だから、これが赤壁というラルヴァの生態だ」
 広報の彼を含めて困惑している生徒たちに聞こえるよう、私は解説する。
「赤壁は人の行く道に危難が待ち受けているときに現れ、危難が去るまで足止めするラルヴァだ」
 赤壁の赤は『止まれ』の赤。行く手の危険を知らせる警告色。
「危難に必ず現れるわけではないし、むしろ出現確率は低いが、時折現れて人を助ける」
 赤壁の等級は上級Sノ0。人類に友好的なラルヴァだ。事実、赤壁のおかげで助かった人命はかなりの数に上る。今回も赤壁が封鎖していなければ大惨事となっていたかもしれない。
「そうだったのか……そんなことも知らず俺たちは散々攻撃しちまって……」
「ちなみに赤壁がビーストとエレメントのどちらにカテゴライズされるか審議中と言ったが、審議の理由は赤壁が物理攻撃で傷つかないからだ。異能も効かん」
「?」
 赤壁は例外の一回を除いて有史以来あらゆる攻撃が効いた試しがないし破壊されたこともない。現に一時間生徒たちの攻撃を受け続けてもビクともしていない。『物理攻撃が通用しない』はエレメントの条件の一つであるため、あの壁でしかない形状も手伝ってビーストとエレメントの間を行ったり来たりしている。
「そして赤壁の趣味は赤壁の身体で行く手を遮られた人がじたばたする様を上から目線で見下して笑うことだと分かっている」
「…………は?」
 赤壁の上部を指で指し示す。赤壁の真ん中辺りにはニヤリと笑う口のようなくぼみがあった。次いで風が唸り、赤壁の声が大気を震わす。
「意訳だが、恐らくこう言いたいのだろう。『ヒャッハー人間のチビどもは相変わらず器も力もちいせーぜー。そこの金髪チビはおっぱいもちいせー。蚊が刺した程度にも感じねーぞー。オラオラそんなもんかバーカバーカ』」
「「「…………」」」
 それまで赤壁への感謝や申し訳なさがあった生徒たちの目つきが変わった。簡潔に言って怒った、特に金髪の女子生徒が。そして再度の唸り。
「『悔しかったらわしが消えるまでに傷の一つもつけてみーやホレホレ。あ、無理か』」
「「「ぶっ壊す!!」」」

 彼らの奮闘は三十分後、赤壁が去るまで続いた。傷が付いたかどうかはご想像にお任せしよう。


 赤壁は消え、事態は収束した。壊れた橋は醒徒会の会計が手を回して来週までに修繕するらしい。あの大穴を一週間で直すというのもまたスケールの大きい話だと思いつつ、事件の解決を見届け、私は自分の車で橋から自宅への帰路に着いていた。後部座席には助手が座ったままだ。
「センセ、ちょっと聞きたいんですけどー、センセはともかく他の赤壁を知ってた人たちはどうして人工衛星が降ってくるまで赤壁の正体を教えなかったんですかねー?」
 あの場には私以外にも赤壁のことを知っている生徒たちがいた。彼らは総じて赤壁を攻撃せず傍観していたのを覚えている。彼らも私も赤壁のことを攻撃する生徒たちに教えなかったが、その理由は恐らく異なる。
「世の中には自分の身を持って経験するべきこともある。今回に関して言えば赤壁は頑強さゆえに破壊されず、赤壁はただいるだけなので反撃してくることもなく、災害も事前に避けられるのでリスクは皆無だ」
 教えようが教えまいがどちらにしても悪いことにはならないのだ。なら、教えず自らの身で体験してもらうのも将来のためには良いと知っていた生徒たちは考えたのだろう。
「ふーん。てっきりみんなセンセみたいに線を引いてるからなのかと思いましたー」
「リリエラ、少し違う。私は確かに人間に対しても線を引いて付き合ってはいるが、何も線を引いているから教えなかったわけではない。私が教えなかった理由は」

「少年少女の頑張る姿が好きだからだ」

 赤壁に向かう彼らを見ていたら少しやる気が沸いてきた。帰ったらまた……自伝の続きでも書こう。


第二話 【赤壁】











登場ラルヴァ
【名称】   :赤壁(アカカベ・セキヘキどちらでも可)
【カテゴリー】:ビーストorエレメント
【ランク】  :上級S-0
【初出作品】 :怪物記 第二話
【他登場作品】:
【備考】   :人の行く道に立ちはだかる巨大な壁のラルヴァ。
        人を襲うことはない。
        しかし自らの意志で消えるまで出現した場所から動くこともない。
        壁であるためビーストと断じ難く、特徴がエレメントにも該当するのでカテゴリーは審議中。
        物理攻撃が効かない。異能攻撃も効かない。
        一般人よりも異能力者の前に現れる確率のほうが高い。

        実は赤壁が道を遮るのは行く手に大きな災難が待っているからであり、
        足止めすることで人が災難に遭わないようにしている。
        赤壁の赤は『止まれ』。警告色の赤だと言われている。
        災難の丁度一時間前に出現し、災難の後も少しの間その場に留まる。
        なぜ人間を助けるのかについては
        ・異能力者の前に現れ異能力者が放つ攻撃の魂元力を食料としている説
        及び
        ・災難を避けさせることで食料を供給する異能力者の数が減るのを防ぐ説
        が研究者の間で唱えられている。

        しかし友好的ではあるが種族総じて性格が悪く、
        無敵の体で異能力者の攻撃を受け止めて馬鹿にするのが趣味。
        壁の真ん中あたりの口で感情表現し唸り声で仲間や人間に意思を伝えるが内容は主に嘲笑。
        益獣だが、心情的には害獣。

        赤壁が破壊されたという事例はこれまで一件しかない。



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