【I X D】


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 *できるだけラノにあるバージョンを読んでいただくとうれしいです
 【danger zone】に出てきた生徒課長に勝手ながら命名してみました


     I  X  D


 突きつけられた銃口に、少年の表情筋が引きつった。
「……お、お前らの仕事はラルヴァ退治だろう! なんでおれたちが撃たれなきゃいけな
いんだ!?」
「ここはキープアウト・エリアだったはずだけど? 待機シフト中でない生徒・学生は、
ここには存在しない。つまりそれ以外でここで動いてるものは――ラルヴァ」
 自分よりふたまわりも上背のある少年の眉間へ据えた狙いを微動だにさせぬまま、小柄
な少女は応じた。
「ふざけたこといってんじゃねえぞ! 見りゃ人間だってわかるだろうが!」
 自分が置かれた状況の理不尽さより、銃を構えている相手の論法が輪をかけて無茶苦茶
だったので、少年は思わず両の拳を振り上げた。とはいえ彼の力の源であるデバイスは、
すでに破壊されている。獲物の醜態に対し、狩人の少女は口の端をつり上げて笑ってみせ
ただけだった。
 周囲には六人ほどが転がっていた。皆、苦痛に呻いているものの、生きてはいる。
「建前上は、外見だけでは人間とラルヴァ――ことに亜人間タイプの区別は即座につけら
れない場合があるから、まずは制圧が優先される」
 ふたり目の少女が、少年の視界内に進み出ながら、口を開いた。そもそも少年自慢の、
ひとたび放てば不規則な動きで相手を翻弄し、切り刻む、鋼鉄の毒蛇をいとも容易く破っ
たのは、こっちの、二刀流の女生徒だ。仲間が攻撃をあっさり見切られて倒される様を見
て、読心系の異能者だと見たのが、少年の誤算だった。放った本人にすらどう動くかわか
らない、鋼の毒蛇は、一秒も掛からずぶつ切りにされて地へ転がっていた。
「どうやら、あんたたちは人間のようだけどね。このペイント弾には、インクの他に毒が
入ってる。現在確認されてる実体を持つラルヴァのうち、九割がたに有効なやつが。ラル
ヴァなら、そろそろ死んでるはずだし」
 額や胸に色とりどりの染みをつけて悶絶している犠牲者たちを見下ろして、狩人少女は
そういった。
「わかったなら……」
 安堵の息をつきかけた少年だが、すぐにまた凍りついた。口の端から顔全体に笑みを広
がらせ、狩人の少女ははっきりと引金にかける力を強めたのだ。
「あたしは、撃つのが好きなの」


 風紀委員の夜は長い。
 そもそも、ここ、双葉学園自体、普通の教育施設とはいいがたいものだった。異能者と
呼ばれる、ラルヴァ退治のエキスパートが多く集められており、特殊機関としての面を持
ち合わせているのだから、それも当然といえば当然だ。もちろんラルヴァの出現に昼も夜
もない。
 異能とは、ここ二十年で、急速に人類の中に発現を見せはじめた未知の資質である。基
本的にはいわゆる〈超能力〉だ。そして天賦の才能であって、その類に漏れず、〈目醒め〉
る層は圧倒的に若年世代が多かった。
 つまり義務教育を掲げている本邦政府としては、就学年齢の異能者たちには学校へ通っ
てもらわなければならないわけで、異能者収容施設が教育機関としての側面を得た、とい
うほうが真実に近いのかもしれない。
 異能使いという面にとどまらない、優秀な人材を輩出するようになるのに、それほど時
間は必要とされなかった。
 現在の双葉学園には、異能を持っていない一般の生徒や学生も結構な数が通っている。
学園を中心とする〈双葉区〉は、東京湾上に浮かぶ一大学園都市となっていた。
 人が増えれば当然素行の悪い奴も増える。
 昼夜を問わずラルヴァの出現に備えなければならない生徒・学生のために、ほぼ二十四
時間態勢で各種講座や授業の時間割が組まれており、要するに学期の区切りの間に必要な
出席時数を確保して、あとはテストで点を取ればよいという成績評価システムになってい
た。つまり、授業をサボりにサボって、最後の三日間に七十二時間連続で出席を稼ぐこと
も、不可能ではないのだ。
 もちろん同一の単位の授業・講座が七十二時間も続くことはないが、事前にある程度計
算をしておけば、あとは登校記録だけチェックしてはすぐさまとんぼ返りするという、限
界までサボる学園生活を送ることができた。
 そうやって青春を謳歌し、羽目をはずしすぎる者の数が、最近では無視できなくなって
きつつあった。ラルヴァに対するスクランブル体勢を維持するためのシフトが、素行不良
者があちこちでトラブルを引き起こす原因になってしまうとなれば、学園は管理体制を問
われる。
 単なる跳ね返りがたいお年頃の少年少女であれば、大人が対応すれば済む話だ。とはい
え〈普通〉ではない生徒や学生の割合が多いのが双葉学園である。
 そういうわけで、風紀委員にはかなりの強権が与えられていた。
「――さて、片づけは保険委員の連中に任せて、戻るか」
 額に赤い花――血ではないので問題ない――を咲かせて白目を剥いた少年には目もくれ
ず、狩人の少女、山口・デリンジャー・慧海は、愛銃を首から下げているプラチナチェー
ン製のストラップに戻した。必要とあらば、この状態からコンマ二秒未満で初弾を放てる。
もちろん通常時は待機状態で装填してはいないが。彼女は、銃さえあれば、弾丸は無限に
供給できるという異能力を持っている。
 こちらも愛用の両の刀を鞘におさめ、逢洲等華が慧海のほうへ視線を向けた。
「ところでデンジャー、今夜くらい、きみがレポートを書いてくれてもいいんじゃないか」
「やだよ。あたしが国語苦手なことくらいあんたも知ってんでしょ、アイス」
「英語で書いたってかまわない。上の人間はそのくらい読める」
 帰国子女に配慮したように聞こえる等華の口調だったが、それが嫌みであることを慧海
のほうは知っていた。
「あたしの英語の成績が2だってことをわかっていってるだろう!」
「毎度毎度、過剰制圧じゃないかって詮議をかけられないように、気を遣って書いてるこ
っちの身にもなってほしいな」
「なーんだ、それなら、たとえあたしがまともな文章書けたとしても、あんたがやるしか
ないことじゃん」
 慧海はあっけらかんとした物いいで逆襲し、等華は肩をすくめた。確かにそうだ。慧海
が報告書を仕上げた日には、
「撃ちたいから撃ちました。できるだけ穏便に? なにそれおいしいの?」
 と正直に記載するに決まっている。無差別射手の山口・デンジャー・慧海の正体は、学
園の少なからぬ者が、ことに不良グループは、いまふたりの目の前で伸びているこいつら
のような、世間の狭い連中以外は、たいていが知っている、暗然たる事実ではあるが、い
ちおう公式記録というモノには建前があるのだ。
「それなら明日、もう日付変わってるか――今日の第十三時定の高等部二年の化学、私が
当番になってるから、代わりに実験の備品準備しておいて。こっちはその時間までに報告
書提出しないといけないから、たぶんギリギリになってしまう」
「なんであたしがそんなことを」
 パシリまがいをやらされてたまるかと、慧海は鋭い目線で等華をにらみつけたが、逆に
気圧された。ここぞという場面での眼光の威力では、等華のほうが一段上手だ。
 アメリカの大自然で培われたカウボーイの威風はサムライに劣るものではない。だが、
厳然たる格式をたたき込まれ、修身を重ねてきた等華は、いまのところ、個性が伸びるに
任す方針の教育を受けてきた慧海より、気喝の完成度が高かった。
「私はきみの分の報告書も出すの。きみは私の当番を一度やってくれるだけでいい。第十
四時定以降はちゃんと自分でやるから」
「……一度だけ、第十三時定だけだかんね。あと、遅れてきても代返とかしないから」
「そんな姑息なことは最初から頼みません。そもそも、自分の出るべき授業がある教室に
行きなさい」
 さては、お得意の瞬間予知であたしがガン垂れるのを察して、眼力にあらかじめ気合を
練り込んでいたな――と、してやられたことを慧海が悟ったのは、それぞれの寮へ戻るた
めに等華とわかれた後だった。


 夜間の前半シフトをこなした明けの日は、午過ぎまでは登校しなくても遅刻や欠席扱い
にはならない。ちょうど日直とかち合っても、午前中いっぱいは免除だ。それでも等華は
四時間ほど眠っただけで起き出して、登校の準備をしっかりと済ませてから昨夜の報告書
に取りかかった。
 不良グループどうしの抗争というよりは、五名対二名のリンチに近い状況であったこと。
 こちらの制止に従わず、向こうから先に手を出してきたこと。
 ラルヴァ対策の異能としてはそこそこ有用なパワーの持ち主たちであったこと。
 にも関わらず、彼らがこのところ召集に応じたという記録は残されていなかったこと。
「正しい力の使い方を再教育し、ラルヴァとの戦いこそが自分たちの才能がもっとも輝く
舞台なのだという、モチベーションを与えてやる必要があると思われます」
 と結論づけて、等華は報告書を仕上げた。
 だが、彼女の口からは憂愁を帯びた吐息が漏れる。
 彼らが自分の異能を使いたがっていることは確かだった。しかし、それはあくまでもゲ
ームとして、なのだ。敵性ラルヴァ相手の戦いは常に危険ととなりあわせ。挑戦しがいの
ある試練、などというレベルではなく、負ければ即退場。その先が病院のベッドの上なら
まだ運がよいほうで、下手をすれば墓地へ直行だ。
 それゆえに、人間の異能者どうしでの力比べに興じる少年少女は後を絶たない。よほど
遺恨がつのらない限り、実力が近い相手と本気でやり合うことは避けている。それはもは
やシリアスな事態であり、勝って生き、負けて死ぬ、ラルヴァ相手の戦いと同じことだっ
た。それならラルヴァと戦う方を選ぶ。あくまで人間どうしで血を流すことにこだわるよ
うな、犯罪的性向の高い分子は、無慈悲な手段で排除される場合すらあった。
 不良たちは、自分より弱い相手を手加減しながらいたぶって楽しみ、自分より強い相手
になんとかしてひと泡吹かせてやろうと悪知恵を絞る。
 学園執行部側にも、そうした異能者たちの小競合いをある程度容認しているような節が
あった。自分より強い相手に一矢報い、あるいは出し抜くためにはどうすればいいのか、
身体で覚えてもらえれば育成の手間が省ける。時として〈不良〉から卒業させるべく、名
を売っていた悪ガキが特別な課に強制編入させられることもあった。
 この学園での学生・生徒会は、かなりの自治裁量を認められている。〈醒徒会〉と表記
される、学生・生徒各組織の最上部会は、基本的に大人たちの干渉を受けない。一方、各
委員会は醒徒会の下部組織であると同時に、ある程度は学園執行部側の意向を汲み、顔色
をうかがわなければならなかった。
「むやみに醒徒会の手を煩わせない」
 というのが各委員たちの合言葉だ。あのデンジャー・慧海ですら、醒徒会役員に対して
は突っ張れないところがあるようだった。
 もちろん等華も会長以下の七人にはかなりのシンパシーを感じる。たまに、約一名ほど
思い出せない時もあるが……
 仕上げた報告書の角をそろえ、時計を見てみると、もう正午に近かった。
 等華はライティングデスクから立ち上がり、鞄を取る。基本的に寮の自室にいる時は毎
食自炊している等華だったが、今日は朝食を食べてからずっと報告書にかかりきりで、昼
の準備はしていない。いまいけば学食はちょうどランチタイムだ。二十四時間開校してい
る学園に合わせ、学食も常時開いてはいるが、やはり朝・昼・夕のコアタイムのほうが、
安くておいしい、ボリュームのあるメニューがそろっている。
 慧海に当番の代わりをやってもらう必要がなくなるかもしれないな、と、この時の等華
はそう思っていた。


 山口・デリンジャー・慧海ともあろう者が、他人のいいつけを素直に果たすとは、一体
どうしたことか。
 そう思っているのは当人だけではないようで、学年が違うにもかかわらず実験用具を机
の上に並べていく慧海の姿を、高等部二学年の生徒たちが遠巻きに眺めている。おおかた
等華つながりの事情だろうということは皆わかっていることだろうが。
「いや、あのデンジャーが逢洲の子分だったとはねえ」
 と、ひそひそささやく声が聴こえたような気がして、慧海は反射的に胸元のデリンジャ
ーに手をやりながら周囲を見まわした。
 周囲がちょっとしたパニックになる。
 突然強烈な眼光を浴びせられ、腰を抜かす生徒。反射的に実験卓の下に伏せる生徒。出
入り口に近い位置の生徒は、素直に反応して教室からダッシュで飛び出す。
 普段の慧海ならゴム弾の二、三発は撃っているところだ。だが、いまはそこら中にビー
カーや試験管を並べてしまったあとだった。はじめてしまった以上、最後までやり通さな
いと気が済まない性分をしている、それが慧海という少女なのだ。
 ここまできて、砕け散った品を実験準備室から運び直すのも面倒くさい。だいたいそん
なことをしていたら自分の授業に遅刻してしまう――とはまったく考えていないのだが。
(べつにあたしは読心術とか持ってなかったな。だいたい、本当にンなこといった奴がい
たら聞き間違えたりしないし)
 ガンマンにとって、物音がどちらの方向から聞こえてくるのか察知する聴力は重要な資
質だ。実際に命知らずなことを口走った生徒がいたなら、次の瞬間には頭を撃ち抜かれて
いただろう。
 デンジャー・慧海が銃に手をかけた以上、四、五人は犠牲者が出るだろうと、覚悟を決
めていた周囲の生徒たちは、想定外の展開に唖然となった。騒ぎを聞きつけ、第三化学実
験室の戸口で様子をうかがっていた保険委員のひとりが、淡々と準備作業を再開した慧海
の様子に拍子抜けした表情を見せながらも、回れ右して立ち去っていく。
(ったく、すっかり災害扱いだな、あたしも)
 内心歎息しながらも、慧海は反面で楽しんでもいた。みなに恐れられる自分、という構
図は不快ではない。狎れ合いはいやだった。もちろん気の置けない友人はいてもいいが、
無条件ではない。いまのところ、慧海にとって友人候補はあまり多くなかった。はっきり
と親友といって問題ないのは、ひとりだけだ。もちろん、本人に面と向かっていうのは気
恥ずかしいが。
 ところが、そのただひとり、逢洲等華は、予鈴が鳴っても実験室に姿を現さなかった。
すでに、席は半ばほど埋まっている。現在慧海がビーカーとメスシリンダー、試験管を並
べている途中の、窓側最前列の周囲はきれいに空いていたので、生徒たちは実験室内にカ
ギカッコ形で分布していた。
 等華は几帳面だ。普通、予鈴がなった時点でもう席についている。つまり、なにかあっ
たのだ。
 あのオバサンのところにいってみるか――慧海が、生徒課長の気に食わない顔を思い浮
かべたところで、はたして、連絡役の生徒がやってきた。
 風紀委員が校内放送で呼び出されることはない。ガサ入れの事前通告をするようなもの
だからだ。生徒に配布されているモバイルツールが使われることも滅多にない。空中波を
傍受できる異能者がインターセプトを狙っていることがあるし、むしろそれは学園側でも
推奨しているようなものだった。たまに意図的な情報リークが行われる。学食のパン職人
のおっちゃんが、気まぐれに単発で出すお試し品の争奪戦は激しい。
 もちろん連絡員と直接会話を交わしたり、メモを受け渡したりはしない。連絡員はその
ほかにもちょっとした「風紀の目」としての仕事をしている。この事実は、教員や講師で
あっても知っているとは限らない。
 連絡員の生徒はなに食わぬ顔で空いている席に座った。慧海は実験用具を運んだプラカ
ゴを教卓の脇に重ねて置いてから、実験室をあとにする。
「アイスがこなかったことで、なにか勘づいたような気配のあるやつがいたら張っておけ」
 と指示を残して。


 醒徒会棟には基本的に毎日顔を出さなければならない。慧海にとってはわりと面倒な手
間だった。とはいえ、風紀として仕事のあるときだけ醒徒会棟に立ち入っていては、すぐ
に行動パターンを読まれてしまう。
 等華はすでにきており、例のオバサンもいた。あとは風紀委員が若干名。シフト制なの
で、総員ではそこそこ数がいる。風紀委員会室は、その性質上、だれでも出入りできると
いうわけではなかった。
 委員長席はふたつある。慧海は、そのうちの片方、等華のとなりに腰かけた。
「授業がはじまるところで呼び出してしまって、ごめんなさいね」
 と、慧海のほうを見て切り出した生徒課長の口上を、彼女は鼻先で蹴散らす。
「どうせ、学食にチリビーンズ食べいくつもりだったから関係ない。現文の授業なんか、
仕事明けにいって寝てすます」
 その返答に笑うのは生徒課長だけだ。等華はあきれ顔で、残りの委員たちはいまさら反
応しない。むしろ下手な反応をしてデンジャー・慧海の機嫌を損ねるのは得策でないと、
経験上から判断しているのだ。
「で、アイスは日直だっていうのに、あえていまやろうってことは、相当切羽詰まった問
題なんでしょう?」
 面倒くさいことが嫌いな慧海は即座に本題へ切り込み、生徒課長はうなずいた。
「理解が早いわね。加えていえば、悪い子ごっこをしているグループとは直接のつながり
がない連中のようだから、急行すれば、あちらがなにも気づかないうちに仕掛けられるわ」
「――つまり、新参のグループ?」
 説明は全員がそろってからすることになっていたのだろう。生徒課長の言葉に、等華が
小首をかしげた。この島は、外からの見た目よりはるかに広く、複雑だが、それでも基本
的には閉鎖空間だ。学園執行部は島内のことをたいてい把握している。普通、ぽっと出の
新興組織を、いきなり潰そうなどとはしない。
「正確にいえば、我々がとっくの昔に消滅していたと思っていた組織が、実は休眠してい
ただけらしい、ということね。さらに踏み込んだ表現をすれば、鋳型だけが残っていて、
最近新しい素材が流し込まれた――ということなのだけど」
「なにその説明、ワケわかんない。図面とかでわかりやすくやりなさいよ」
 ほとんどあくびをしながら、慧海が文句をいった。しかし、生徒課長はいつもの意味深
な笑みを浮かべるだけだ。
「ごめんなさい、資料は見せられないの。いわゆる極秘。それに、過去の細かいいきさつ
や、すでに全員が鬼籍に入っている関係者の名簿なんて、あなたは興味ないでしょう?」
「……奇石? 石でできた実体ラルヴァかなにかなのってこと?」
「ちがう。もう全員が故人、亡くなっているということ」
 とんちんかんなことをいった慧海へ、等華が助け舟を出してくれた。が、慧海の反応は
さらにその斜め上をいく。
「関係者は全員個人じゃなくなってる? つまり、その奇石のラルヴァに取り込まれて一
体化しちゃったって!?」
「もういい。きみが頭で理解する必要はない。標的の破壊がミッション、そう考えていい
ですね、都治倉(つじくら)さん?」
 等華の端的な質問に、都治倉生徒課長はうなずいた。
「基本的にはその理解で充分よ。ユニークなラルヴァが一匹いるはず、それは確実に除去
してちょうだい。もしかしたら人間、それも異能者がいるかもしれないから、そちらはで
きるだけ丁重にね。ただし、反撃能力はかならず喪失させて、警告は必要ないわ。掘り当
てた人間がいるなら、自分がなにをやっているか、最初からわかってのことでしょうから」
「そうこなくちゃ」
 頭がこんがらがってきていた慧海は、生徒課長の説明に満面の笑みを浮かべた。
 難しいことはなしだ、硝煙の臭いをまき散らし、弾丸を放つ、これが彼女のすべて。


 現場は、本土へつながる連絡橋にほど近い、再開発準備中の区画にあるらしい。かなり
の突貫工事で造成されたこの島は、ところどころ地盤が沈んだり、陥没が起きたりしてい
る。これまで、主要街区は足元の堅牢な場所に整備されてきたのだが、そろそろ手狭だ。
構造物を立てるのに向いていなかった地区にも手をつけるべき時期がきている。
 まだ、現状では周囲を囲むフェンスが立てられている途中であって、着工はされていな
かった。再開発で過去の遺物が出てきたわけではない、ということのようだ。
「もしかしたら、再開発がはじまることを知って、焦って掘り出すことにしたのか。しか
し、関係者の生き残りはいないといっていたな……」
 足場の悪い中を歩きながら、等華はそうつぶやいた。慧海のほうは、もうラルヴァに弾
丸をぶち込むことしか考えていない。
「極秘なんだから、探ってもなんも出やしないでしょ。バン・バン・斬、これでおしまい」
 風紀委員になってからの慧海は、自分の仕事を現す「バン・バン」に、等華がいっしょ
のときは「斬」をつけ加えるようになっていた。韻を踏んでいて、なかなかよい響きだと
思っているのだ。
 等華のほうはまだ釈然としていないらしい。
「まあ、そうだが。ユニークなラルヴァ、というのがちょっと引っかかる。『鋳型』とも
いっていたな。ラルヴァを素材に新種を創る……そんな悪趣味な線なのかも」
「なおさらオトナが隠蔽したがりそうな話になってきた。ミッションに集中しな、アイス。
終わってまだ気になるなら考えればいい」
 慧海にしては至極まっとうな意見だったので、等華は黙って一度うなずき、周囲をうか
がった。
 実は、この状態での等華は、基本的に慧海としか会話できない。慧海は無尽蔵にデリン
ジャーから弾を垂れ流す。慧海自身は物心ついたときからの発砲三昧ですっかり馴れてい
るが、等華はさすがに耳が潰れてしまう。
 ゆえに、慧海とふたりだけで行動するときは、等華は銃声を遮断する耳栓をつけていた。
慧海の襟元にはマイクがあって、発砲音をとおさず、人の声だけを増幅するようにフィル
ターがかけてある。慧海のマイクが拾えれば、他の人の声も聞こえるが、基本的に彼女は
常時銃を乱射しているので、マイクまでは届かない。さすがに、そもそも到達しなかった
声にアンプをかけられるほどの性能ではなかった。
 現場へ正面から突入するのはふたりだけだ。テンションが上がった慧海はなにを撃つか
わからない。もちろん、バックアップチームはきちんと準備されている。ただ、『鋳型』
とやらの処分のために、よくわからない連中がついてきているらしいことが、等華は少し
不愉快だった。
 さらに五分ほど進んだところ、生徒課長の説明どおりの地点に、それはあった。陥没し
た、すり鉢状の地形。直径は二十メートル、深さは五メートルほどか。沈んだビルの屋上
出入り口が、かろうじて地表の上にのぞいている。
 陥没面の切れ目から、そっと下の様子をのぞいてみた等華の顔色が、急に悪くなった。
おかげで、自分で見る前に、慧海はなにがいるのかだいたい察しがついた。
「犬か?」
「ああ。……しかも、たぶんラルヴァじゃない、普通の」
 ラルヴァでないタダの犬なら楽勝じゃないか、そう思った慧海だったが、等華がどうし
て犬型の実体ラルヴァを見たとき以上にやりにくそうな表情をしたのか、その理由に思い
あたった。
 等華にとっては、動物とラルヴァの間に明白な線引きがあるのだ。故郷ではグリズリー
やクーガー、ときにオオカミを撃つこともあった慧海にとって、ラルヴァというのは急に
増えた害獣の一カテゴリーにすぎない。
 レリーズを解除、装弾。すぐに身を乗り出そうとする慧海だったが、等華が引き止めた。
「まって。ラルヴァじゃないのに殺すの? せめて……」
「安心しな、本当にタダの犬なら、死なない」
 にやりと笑って、慧海は飛び出した。落ち込んでいく地形のところどころに、横手から
錆びた鉄骨や構造物の残骸が突き出している。その間を、ややステップが離れた階段であ
るかのように、リズミカルに飛び渡って、底のほうへと降りていく。もちろん降りきるま
で発砲を待ったりはしない。次々と響く銃声は、狭いクレーターの内部で反響して、マシ
ンガンを連射しているかのような飽和音になった
 等華もすぐに追いかけたが、剣の間合に入る前に、短過ぎる戦いは決着がついていた。
 犬のような生き物が三匹、それに人間がひとり倒れている。
「見てみなアイス、やっぱりラルヴァだ」
 慧海が自信たっぷりに、犬状のモノの屍体を革ブーツのつま先で蹴り起こした。腹には
べったりとペイント弾――例の対ラルヴァ毒入り――のインク。鼻面に命中したゴム弾は、
周囲に散らばる〈魔弾の射手〉お得意のバラマキ弾と混ざって区別がつかない。
「でも――こんな、真物の犬と見分けがつかないラルヴァなんて、いままでいなかった」
 まだ信じられないという顔の等華だったが、形を保っていた屍体が急速に崩れはじめた
ことで、納得せざるをえなかった。魂源力がその体組織に多く含まれているゆえ、通常兵
器の効果が薄く、あるいは一切通用せず、そして、元が相当堅牢でない限りは、絶命して
しばらく経つと灰のように崩れてしまう――それが、ラルヴァの特徴だ。
 人間のほうは、さいわい見かけどおりの正体らしい。それでも慧海はきちんとペイント
弾を一発ぶち込んでいた。これは、第二波以降のチームが現場に到着する前に、こいつが
息を吹き返して逃げてしまった際にも有効な手段だ。デンジャー・慧海の仕事は、無駄だ
らけのようで効率が高い。
「ちょっと派手に撃ちすぎたかな。下の連中に気づかれたとみて間違いないだろうけど。
――どうする?」
 一気にいくか、後続が到着してから慎重にいくか、慧海の質問はそういう意図だ。普段
なら、等華のほうが担当する確認の科白。屋上出入り口の、完全に閉まらなくなっている
扉の隙間からは、明かりが漏れていた。侵入者たちは、どうにかして電灯をつけることに
成功しているようだ。
「もしかするとほかに逃走路があるかも。時間を与えず、速攻で制圧する!」
「そうこなくちゃ」
 ガチ装備であるフルメタル弾をデリンジャーに填め、一度銃身を垂直に立てて、慧海は
等華をうながした。清爽な笑みでうなずいて、等華は扉を開け放ち、地下へ続く階段へ飛
び込む。前衛を、近接戦のエキスパートであり、限定的ながらも予知能力を持つ等華が担
当。そして、援護を慧海がこなす。
 これがこのコンビの真のフォーメーションだ。


 途中に大量の罠や障害物が仕掛けてあるのかと思いきや、拍子抜けするほどあっさりと、
ふたりの風紀委員長は最下層にたどり着いていた。ここにくるまで出くわしたのは、自動
式拳銃を所持した成人男性が四名。異能は持っていなかった。
 面制圧射撃でなければ、等華はまず弾に当たらない。そして、アサルトライフルを持っ
て広い場所で撃ち合えばともかく、屋内でデンジャー・慧海を相手どるには、最低でも追
加弾倉をつけて連射能力を向上させた自動式拳銃でないと力不足だ。もちろん、彼らが多
少のかすり傷と昏倒だけで済んだのは、あまり強力な武器を持っていなかったおかげであ
るが。
 持ち込まれていた中で、ぱっと見でめぼしい物は、工具箱だけだった。配電盤をいじる
のに使ったのだろう。外部と電源がつながっているとは思えないから、おそらくは予備電
源を蘇生させたのだ。
 あまり長保ちはしない可能性が高い、と、等華は慧海に警告を伝えておいた。
 ここのフロア表示はB3、いまとなっては地下十九階ということか。
 錆の浮いた両開きの扉には「第二実験室」と記されたプレート。そして、バイオハザー
ドを警告する表示。
 扉を開いた次の瞬間の危険はないことを異能で確かめ、等華はノブに手をかけて慧海へ
目配せした。慧海は無言で銃を構えるという形で応じる。
 重たい扉を、等華はできるだけ一気に開け放った。生じた隙間へ慧海が飛び込み、部屋
の奥へ銃口を向ける。
 女がひとり、立っていた。
 慧海は無言で相手の心臓へ銃口の延長戦を擬する。あとから入ってきた等華が、慧海の
左側に並んで、詰問した。この状況なら、慧海の襟元のマイクで相手の声も拾えるだろう。
「あなたは何者だ? 少なくとも、ここへの侵入は違法行為――その認識のある者しか入
ってくることはできないところだ」
「あなたたちは……特学の生徒さん、かしら?」
 艶かしいが、どことなく眠たそうな響きのある声で、女は訊ねた。慧海が眉をしかめる。
「トクガク? 毎日限定二百食、特別学生定食の略のこと? 美味いらしいけどあたしは
興味ない」
「デンジャー、こういうときに、自分でも間違ってるとわかってることはいわないでいい。
特学っていうのは、学園がまだ計画中だったころに仮でつけられていた名称だ。特異能力
者学校だか、学園だか」
「フフ、やはり、相当時間が経っているのね。結局なんという名前になったのかしら?」
「あなたの質問に答える気はない、といいたいところだが、上辺の名称はともかくあなた
の推測は当たっている。私たちは学園の生徒だ。ラルヴァ対策に当たるのも任務のうち」
 おざなりな答えで時間を稼ぎながら、等華は徐々にいやな予感が高まってくることを自
覚していた。こいつはいったい、なんだ?
「戦うことを選んだのね、そう……残念」
 と、ほとんど独り言のように漏らして、女は部屋の奥にある金属製らしきタンクのほう
へ歩いていこうとする。
 その足元へ、慧海がフルメタル弾を撃ち込んだ。警告は、撃ってから。
「動くな!」
 デリンジャーは装弾数二。次の一弾は確実に女の頭を吹き飛ばす。
 しかし、女は従わなかった。口元に笑みすら見せ、背を向ける。さすがの慧海も、即座
には、後ろから銃撃を加えることができない。
 だが、等華は床を蹴った。右手の刀――黒曜を袈裟懸けに振り下ろす。
 女の背中が割れた。等華はさらに左の月陰を横薙ぎに振るって、女の首を刎ね跳ばす。
慧海が二発目のフルメタルを放ち、宙に飛んだ女の頭がはじける。
 血はひとしずくも舞わなかった。
 ふたつに裂けた女の身体が、急に伸び上がって、等華へ襲いかかった。もちろん等華は
その動きを予測していたが、ふたつがよっつに増えても、それは止まらない。
 とっさに等華は左の月陰を手放し、顔面を守る。まだ得物を保持していた右の手首に粘
着性のあるラルヴァ組織が巻きつき、その動きを扼した。女の左足あたりだった部分が、
大きく膜状に広がって、等華に頭上から覆いかぶさろうとする。
 間髪入れぬ銃声が二発轟いた。一射目が、膜状に広がった部分と残余の部分のつけ根を
断ち、二弾目が等華へ落ちかかろうとしていたそれの中央に命中する。
 切り離された膜状のラルヴァ組織は、等華から二メートルほど離れたところに落下する
と、燃えはじめた。焼夷弾だ。慧海は異なる種類の弾丸を填めていたのだ。
 とはいえ、始末できた部分は、全体からすれば三割ほど。
 その間に、等華は胴体も薄気味悪い肉色のラルヴァ組織に絡みつかれていた。自在に伸
縮する粘体状の組織の先端が、胸元から、等華の顔のほうへ迫る。
「撃て、デンジャー、私ごと!」
「で、でも……」
 焼夷弾なら効いたので、慧海は次の弾を召喚していたが、こんなものを食らえば等華も
ただでは済まない。どれだけ運がよくても全身火傷だ。
「おばか! 弾がちがう、私に当たっても問題ないのがあるでしょう!」
 首筋まで粘体に取りつかれながら、等華が叫ぶ。慧海の表情に、一瞬で理解の光が広が
った。
 手にしていた焼夷弾を投げ捨て、即座に新たな弾を呼び出す。
 装填、二射、さらに次弾招来、排莢、装填、二射――
 赤、青、黄色、ペイント弾が次々と命中する。ダメ押しで蛍光ピンクの弾もたたき込ん
で、慧海は、等華と彼女に絡みつくラルヴァを見つめながら祈った。この弾には、既知の
実体を持つラルヴァの九割に効く毒が仕込まれている。しかし、こいつは、既知のラルヴ
ァではない……
 ラルヴァ組織は、歯を食いしばる等華の口を、固くつむったまぶたをこじ開け、体内へ
侵入しようとしていた。等華は、こいつの狙いが脳だということを異能で察知していた。
だからこそ、先ほどは武器を捨ててまで、片手を空けたのだ。その左手で、鼻をつまんで
いる。塞ぎようのない耳の穴に栓がついていたのは本当に幸運だった。もしどうしてもこ
じ開けられなかったら、こいつは、遠回りを承知でほかの侵入経路を探ってくる……
 変化は、唐突だった。
 ラルヴァ組織の結合が解け、伸縮自在だった練りゴムのような粘体は、瞬く間にさらさ
らした液体状になって融けていった。さしもの逢洲等華が、右手からも愛刀を取り落とし、
がっくりとひざをついて肩で息をする。
 ――と。
「よかった……アイス、アイスぅ!」
 いきなり、慧海が泣きじゃくりながら飛びついてきたので、等華はあわてた。
「こら、バカ、抜き身の刀が足元に落ちてる、危ないぞ。それに、ああ、もう……きみま
でインクまみれになってしまったじゃないか」
 いわれて、慧海は顔を上げた。ひどい状態になったお互いの姿をみて、慧海も等華も、
大笑いをはじめる。
 涙が出るほど笑ってから、生きていることの奇跡を感じて、抱きしめあった。
「毒が効かなかったら、もうなにも考えつかいところだった……」
 弱音を吐く慧海に驚きつつも、等華は自分のうちにあった成算を話して聞かせることに
した。
「実は、あいつは未確認のユニークなラルヴァじゃなかったんだ」
「アイスは、いまのやつと以前に戦ったことがあったってこと?」
「いや、そうじゃなくて。たぶん、あれだ」
 そういって、等華は部屋の奥のタンクを指差した。さっき、崩れ落ちる前に女が向かっ
ていこうとした先。
 慧海は首を傾げる。
「ぜんっぜんわかんない」
「推測だけど、あのタンクは、ラルヴァの組織を再構成して新しい姿に作り替える――そ
ういう装置だ。『鋳型』という暗喩の説明にもなる。さすがに、新種のラルヴァを創造す
るほど大した物じゃなかったんだ」
「……なんとなくわかる気がしてきた。でも、どうして気づいたの?」
「地上にいたやつが、あんなに自然な犬に見えたのにラルヴァだった。おかしいと思って
たんだ。ラルヴァは、本来この惑星上の生物じゃない。もしかしたら、そのうち地球の環
境に適応してもっと自然な姿になるかもしれないけど、いくらなんでも早すぎる。だから、
人為的な操作があったんだろうと、まあ、そういう推測だ」
「なるほど。でも、こいつはどうして、こんなアメーバみたいな姿が正体なのに、人間の
言葉を使えたんだろう?」
 もはや単なるインク混じりの水たまりとなっている残骸をみて、慧海は次の疑問に移っ
た。じつは、これに関しても等華には仮説がある。しかし、口にするべきだろうか……
「それは……」
 そう、等華がいいかけたところで、忽然と電灯が消えた。予備電源が尽きたのだ。前触
れもなしに真っ暗になったので、さすがにふたりともびくりと身体を震わせる。
 再び、笑いのさざ波が起こった。
 なにも見えなくなった天井方面を仰いで、等華はつぶやいた。
「上の階にいた連中から、懐中電灯を奪っておくのを忘れてたな」
「まあ、いいよ。後続がくるのを待とう。その前にあいつらが息を吹き返したら、たぶん
こっちにくるだろうから、それでもいいし」
「それもそうか」
 緊急連絡を入れなければ、第二波が到着するまで、早くてあと十五分、遅いと小一時間
ほどだ。もちろん、こんな地の底でもモバイルツールは圏内。
 少しくらい休んでもいいか、そう思って、等華は慧海のテンガロンハットを取り上げる
と、頭を撫でた。慧海は子供扱いされていることに一瞬ほおを膨らませたが、すぐに収め
ると、等華のほうへもう一段ばかり身を寄せた――




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