【Dianthus 第1輪 1/3】

 双葉学園。
 各地の異能を有する子供達を集め、突如現れた異形の化け物……ラルヴァと戦うべく養成する、気取った言い方をすれば特殊機関。
 その高等部における今年度の入学式はラルヴァの襲撃で大講堂にて一波乱遭ったものの、色々な人の活躍により大した被害も無く終了。
 その後のクラス毎の顔合わせ程度であるHRも恙無く行われ、すぐに解放された。
 「さぁ帰ろう」と友人である円城啓吾(えんじょうじ けいご)と一緒に帰路に着こうとして立ち止まり、もう何十分経過しただろうか。
 初めは「また同じクラスで良かったー」だとか「入学式の騒ぎは災難だったなぁ」なんて話題で盛り上がっていたりもしたが、それも語りつくしてもう飽きてしまった。
「暇だなぁ」
「暇だねぇ」
「中等部から今までずっと一緒だったのに道程とは別のクラスになっちまったなぁ」
「啓吾、それ話すのもう3回目だよ」
「入学式は凄かったよなぁ」
「それ4回目」
「そうだっけか」
「そうだよ」
「……暇だなぁ」
「……暇だねぇ」
 俺達が未だに帰宅の途に着けない理由は唯一つ。目の前に広がるとんでもない光景のせいだ。
「……はぁ。中等部でも有った事だし、分かってはいたけどよ。すげぇな、これは」
 隣に立っている啓吾が、もう何度となく見た光景に溜め息を吐きながら口を開く。
「うん……恒例行事とはいえ、やっぱり圧倒されるよね」
 俺達二人が見据えるその先には、先程と何ら変わりない圧倒的な光景が広がっている。
 何処も彼処も人、人、人。
 都会の繁華街ですら見られないほどの人混みだ。
「これだけ待っても人が減るどころか更に増えてんぞ。どっから出てきてるんだか」
「まぁ、入学式の帰りっていったら新入生勧誘のベストタイミングだもんね」
 ボーっとしながら言葉を紡ぐ。
「それに、この学園だと普通の部活勧誘以外にもラルヴァ討伐のメンバー集めとか色々有るからねぇ。……入学式の騒ぎの野次馬も結構居るみたいだし」
「そのお陰でこうして何時まで経っても帰れない訳だから、こっちにとっちゃ良い迷惑だぜ」
 一向に減る様子の無い群衆を眺めながら、啓吾は愚痴を吐く。
「部活なんて入る気ねーしさ」
「うん」
「パーティを組む気も無いし。ラルヴァ討伐なんて危険な事にそんな前向きになれるかっての。さっきみたいなトンでもバトル、俺たちには出来る筈も無いんだしよ」
「うん……」
 啓吾の言ってる事も最もだ。誰だって自ら危険な場所へ飛び込む事を想定して行動したくなんてないだろう。
 大きな力を持っている人や、正義感の強い人は別なのかもしれないけど。
 少なくとも、強力な能力も立派な正義感も俺達は持っていない。
 そりゃ、誰かを助けてあげられるなら助けてあげたいとは思っている。
 けど、それを可能にする程の実力なんて高々ここ数年の内に不思議な能力を偶然手に入れただけの高校1年生である俺達にはハードルが高すぎた。
 まして、戦闘向きな能力を持つ啓吾はともかく俺の能力は支援専用で自分の身すらまともに守れない。
 ラルヴァとの戦闘に赴かされた事は今まで何度も有ったが、その内のどれも戦闘は周りの人任せ。
 俺は隅っこで隠れて怯えているだけだった。
 中学生が相手をさせられる程度の、大して危険なラルヴァという訳でも無い非力な相手に対しても、だ。
「はぁ……」
 意図をしていない溜め息が口から零れる。
 この状況、そして自分の情けなさが嫌になってだろうか。

「ねぇ、啓吾」
 俺が考え込んでいたせいで長い沈黙になってしまった。
 会話を再開しようと啓吾に話しかけ、ふと隣を見る。
「あれ?」
 居ない。先程まで一緒に喋っていた筈の啓吾の姿が。
「啓吾ー? 何処行ったのー?」
 声を挙げても返事は無い。
 この人混みの中だ、周囲を見回しもしたが、啓吾らしき人物を見つける事は出来なかった。
 困ったな……何処にも見当たらないし仕方無い、電話を掛けてみよう。
 制服のポケットからモバイル手帳を取り出す。
 双葉学園に通う生徒に必ず支給される、携帯電話や学生証も兼ねた優れ物だ。
 携帯電話モードで操作を続け、電話帳に登録してある啓吾の番号を呼び出しコールする。
 ……繋がらない。
 電波が届かないって事は無いだろうし、電池切れにでもなっているのだろうか。
 幾ら掛け直しても、聴こえてくるのは長い呼び出し音と繋がりませんという主旨を伝える機械音声だけ。
「おかしいな……」
 トイレなら一言くらい言ってくれるだろうし、先に帰るなんて事は勿論しないだろう。
 啓吾は決して真面目な方ではないが、それくらいの礼儀は弁えている人間の筈だ。
 ならどうしてだろう。
 ……もしかして。
「まさか、またナンパじゃないだろうな……」
 啓吾は女の子が大好きだ。
 学生寮の部屋には数え切れない程のエログッズを保有しているくらいの女好き。
 ナンパだってしょっちゅうしている。
 成功率は限りなく低いけど。
 この人混みの中で危険な目に遭う事なんてまず無いだろうし。
 もしもそんな事になれば誰かが気付いて、強い能力者の人がすぐに解決してくれる筈だ。
 ……そう考えると、なんだか少し心配した自分が馬鹿だったんじゃないかと思えてくる。
 どうせ可愛い娘でも見つけてホイホイ着いて行っちゃったんだろう。
 モバイル手帳の電源も邪魔されないようにとオフにしてあるのかもしれない。それなら納得出来る。
「まぁ、どうせこの人混みじゃまだ帰れないだろうし。少しだけ待ってみよう」
 何時までも終わらないんじゃないかと思えてしまう程の盛大な喧騒を前に、俺は校舎の壁を背に寄り掛かって啓吾を待つ事にした。


 時刻はもう夕方の6時過ぎ。
 ようやく人も疎らになり、俺と同じように踏み止まっていた生徒達も次々と帰宅していく時間帯。
「はぁ……」
 もう何度目かも分からない溜め息を吐く。
 結局、あの後啓吾が姿を現す事は無かった。
(これだけ待っても来ないって事は……ナンパした相手に振られて、落ち込んで先に帰っちゃったのかな)
 一度寮に帰ろう。そこで啓吾が居たら「置いて行くな」とブン殴り、居なければもう一度戻ってくる事にしよう。それがいい。
 思い立ったら吉日と、寄り掛かっていた壁から離れて歩き出す。
 未だ人混みは残っているものの、数時間前の光景が嘘のようにスラスラと進む事が出来た。
 途中でこの時間まで残っている根気強い勧誘員らしき人に話しかけられそうになったが、その人は俺のひ弱そうな見た目を一瞥した後、また別の所へ行ってしまう。
 時間を取られるのも面倒だし、丁度良かったいえば良かったが……何か釈然としない。
 そんなに弱そうに見えるのかな、俺。

「ん? そこに居るのは堂下? おーい、堂下ー!」
「?」
 人を避けながらトボトボと歩いていると、いきなり大声で名前を呼ばれる。
 聞き覚えのある声だったけれど、振り返って辺りを目で探しても見当たらない。
「こっちよこっち。中等部の卒業式以来とはいえ、あたしの顔を忘れたとは言わせないわよ?」
「あぁ、やっぱり中館さん」
 人影から、元気の良さそうな雰囲気を纏う茶髪の女の子がぬっと現れる。
「中館さんも今帰り?」
 彼女の名前は中館友美(なかだち ゆみ)。
 俺と同い年の高等部1年生で、中等部からずっと同じクラスだった俺の友達3人の内の一人。
 明るくてスポーツの得意な女の子だ。
 ……啓吾と同じく勉強はあまり得意じゃないらしいけど。
「そそ。日中は凄すぎて帰りようがなかったから、ずっと友達と駄弁って時間潰してた」
 そう言った中館さんは、親指で自分の後方を指す。
 その先を見てみると、女の子数人のグループがこちらの様子を伺っていた。
 あの人達と駄弁っていた、ということだろう。
 俺の視線に気付いたのか、こっちを見ていたそのグループの人が手を振ってくる。とりあえずこちらも振り返しておく。
「俺もさっきまで啓吾と一緒に暇潰ししてたんだけどさ……いつの間にか居なくなってて」
「どうせナンパでしょ」
 即答される。
「やっぱりそう思う?」
「というか、そうとしか考えられないんだけど」
「まぁ、だよね」
 信用無いな、啓吾……自業自得だけどさ。
「そういや、今回もまたあんたと同じクラスになったわよね。これが腐れ縁って奴かしら」
「だろうねぇ、啓吾も同じクラスになったし。道程とは離れ離れになっちゃったけど」
「まぁ、アイツなら休み時間とか毎回こっち来るだろうし問題ないんじゃないの?」
「それもそうだね」
 そこまで談笑していると、中館さんがふとモバイル手帳を取り出して時間を確認する。
「っと、もう6時15分近いじゃない。そろそろあたしも帰るわ、皆を待たせ過ぎると悪いし」
「あ、うん、分かった。俺も帰らないといけないし、それじゃあこれで」
「はいはい、また明日ね!」
「うん、また明日!」
 元気に手を振りながら駆け出す中館さんは、夕日の光を帯びてとても可愛く見えた。

 その後特にする事もなく、これからの事やら何やら考えながらボーっとして帰路に着く。
 明日から授業が始まるんだな、とか。
 今年は何回ラルヴァを倒しに行かされるんだろう、とか。
 ……駄目だ、ずっと立ちっぱなしで疲れてるのもあって思考がネガティブになってきてる。
 もっと楽しい事を考えよう。
 今日の夕飯は何を食べよう。
 啓吾達と何して遊ぼう。
 お風呂には何時頃入ろう。
 うん、段々楽しくなってきたような気がする。
「そ、そこの君! 私と一緒にパーティを組まないか!?」
「えっ、あっ、はい」
 ……咄嗟の事だったのと、思考がポジティブになっていたのと。
 その声があまりに必死そうに聴こえてきたのとで、思わず脊髄反射でOKをしてしまう。
(しまった……!)
「そうか……良かった……」
 声のした方へ振り向く。
 俺を勧誘してきたらしきその女性は、一言で表すととても綺麗だった。
 指先で梳けばさぞ気持ちの良い事だろう艶やかな青みを帯びた長い黒髪。
 華奢な肩から流れるように伸びているしなやかな腕と白魚のような指。
 ブレザーの下から慎ましやかに自己主張する丁度良い掌サイズの胸。
 程好く引き締まり女性らしい滑らかな曲線を描く腰と尻。
 スカートから覗く細いが凛々しい印象を与える羚羊のような脚。
 そして何より、肌理細かい絹のような肌に包まれた端整で美しいその顔。
 その女性が、俺の返事を聞いてホッと安堵したように嬉しそうな表情をする。
 今更「やっぱり今のは無しで」なんて言えないような、素敵な笑顔で。
 ……今思えば、この時の俺の選択は間違っていなかったんだと断言できる。
 そう、ここから……この瞬間から、俺の本当の高校生活は幕を開けたんだ。


「ここに掛けてくれ」
「はい」
 俺は遂に断る事が出来ず、言われるがままにズルズルと付いて来てしまった。
 案内されたのは、高等部の別棟に有る中の一室。
 本校舎や部室棟とは少し離れた、パーティを組んでいる生徒御用達の校舎だ。
 差し出された椅子に座り、机を挟んだ向かい側の椅子には彼女が座る。
「すまないな。少しばかり手狭だろう、この部屋は」
「いえ、そんなことは」
「今は所属している人数が私を含めて二人しか居ないのでな、ここしか借りる事が出来なかったんだ」
 ……恐らくこの高等部の先輩らしき人は、俺を部活勧誘ではなくラルヴァの討伐パーティに勧誘しに来たのだろう。
 本来、ラルヴァ討伐の際には学園上部……主に醒徒会の人達が能力のバランスや相性を考えて隊を組ませて出撃させる事になっている。
 個人で殲滅出来るような強い人は一人で送られるし、相性の良い能力者同士でコンビを組ませられたり、ラルヴァが強力だった時には数十人単位で当たる事も有る。
 中学時代の俺はまさにそれで、見知らぬ同級生や挨拶をする程度のクラスメイト達と組み、討伐に駆り出されていた。
 ただ、それは出撃する人が誰ともパーティを組んでいなかった場合の話。
 急拵えの隊では意思疎通が上手く行かなかったり、息が合わなくてミスを犯してしまう事も有り得る。
 勿論そういった事態も想定してメンバーは選抜されるが、それでも起こる時は起こる。
 それを防ぐ為に作られたのが“パーティ”だ。
 普段から近しい者同士で一緒に訓練や研磨を重ねて心を通わせ、信頼出来る仲間達とラルヴァ討伐に赴く事の出来るシステム。
 場合や都合によっては他のグループと共同戦線を張ったりする事も有るが、大体はその仲間達と優先して行動を共にする事が出来るようになる。
 能力相性の良い友達同士や選抜で出会った頼もしい戦友と組んだりするのが一般的だが、有望な人材探しとして新入生を勧誘するのも方法の一つだ。
 ……俺が有望だとはとても思えないけど。

「そうだ、自己紹介がまだだったな」
 先輩は勧誘時の焦った声とは違う、凛々しい声で自己紹介を始める。
「私の名前は坂上撫子《さかがみ なでしこ》。高等部2年生だ」
「あっ、はい。俺は堂下です、堂下大丞《どうした だいじょう》。お堂の堂に上下の下、大小の大に丞相の丞と書いて堂下大丞、1年生です」
「……」
「……?」
 俺が坂上先輩の名乗りに合わせて自分の名前を告げると同時に、目の前の先輩の挙動が突然停止する。
 数瞬、閃いたような顔をすると同時に、口の右端が少し吊り上がる。
 ……何だろう。
 笑顔を作ろうとしているのか、笑いを堪えているのか判別が付かない。
 ただ、この後先輩が何を言わんとしているかだけは分かる。
 殆どの初対面の人に言われている事だし。
 そのまま沈黙が続き、会話が途切れてからもう10秒程度経過してしまう。
 どうしたものかと考えていると、ようやく先輩は口を開いてくれた。
「……そ、それがどうした?」
 やっぱり言われた!
「あぁ言われると思ったよ! だから名前の漢字まで説明したのにぃっ!」
 生まれてから何度言われただろうかこの冗談。
 別に不快ではないんだけど。
「……す、すまん。気分を害してしまったか」
 先輩はさっきまでの口端を吊り上げる微妙な表情と打って変わって、申し訳なさそうな顔になっている。
「いや、そこまで気にしてる訳じゃないんですけど……その、言われ慣れてますし」
「え、えっと……私は良い名前だと思うぞ!」
 そうかなぁ。
「縁の下の力持ち、という意味だろう? 立派じゃないか」
「……有難う御座います」
 その誉め言葉も何度も聞いた。
 縁の下の力持ち。人目につかないところで努力、苦労する人の喩え。
 聞こえは良いし、立派なイメージが有るこの言葉。
 俺は、この言葉が嫌いだった。
 だってそれは結局、大事な事は全て他人任せだという事じゃないだろうか。
 自分は裏で安全にこそこそやっているだけで、矢面に立つような危険な行為は全て周りの人に押し付ける。
 名は体を表すとは言うが、まさに俺の事だとさえ思ってしまう。
「「……」」
 二人とも喋らず、また間が空いてしまった……何だか気まずい。
「そうだな、なら君の事はこれから下の名前で大丞と呼ぼう!これで大丈夫……あ」
「あ、あははは……」
 先輩は先ほどの数倍は申し訳なさそうな顔をする。
 『またやってしまった。なんて謝ろう』と言った具合の顔。
 というか、少し涙目になっている。
 目尻に雫が溜まってるし。
 悪気は無いのは見てればよく分かるんだけど……。
 何でこう、自分で言って自分で落ち込んでるんだろう。
 ……気にしないでいいって言ってるのに、なんというか責任感?や罪悪感の強い真面目な人なんだろうな、多分。
「え、えっと! じゃああだ名で呼ぼう! これからは一緒にラルヴァと闘う一心同体なんだ、それがいい! じゃあ、苗字と名前から取って……ドウダイ! ……ぅ」
 あぁ、また自爆してるよ……。
 ……これ以上放っておいても先輩がひたすら罪悪感を感じてしまうだけだろう。
 そう考えて、助け舟を出してみる。
「うーんと……それじゃ、先輩」
「うぅ……何だ?」
「俺の事は大って呼んでくれますか?両親や友人もそう呼んでるので」
「う、うむ、分かった。……本当にすまなかったな、大」
「いえ」
 あれ……そういえば流れでサラッと言っちゃったけど、よく考えたら年の近い女の子にこのあだ名で呼ばれた事なんて無かったな。
 俺の交友関係の中でも比較的仲が良い女の子だといえる中館さんだって苗字を呼び捨てだし。
 ……そう考えると急に恥ずかしくなってきた。
 顔赤くなってないかな、大丈夫だろうか。
 あぁ、やっぱり言わなきゃ良かった。
 ……でも言わなかったら延々自爆し続けた気も……どうすれば良かったんだ。
「それじゃあ大、私の事も先輩ではなく撫子と呼んでくれ」
「えぇ!?」
 いきなり呼び捨てっ!?
「ど、どうしてもですか」
「ああ。そうじゃないと不公平だろう」
 何が不公平なんだろう……。
 不味い、さっきのと合わせてすっごい恥ずかしい。
 駄目だ、赤くなるな俺の顔!

 そうやって頭の中で心を静めようと「治まれ治まれ」と連呼していると、急に扉の方からガチャッと音がする。
「撫子ー、居る?」
 そこから入ってきたのは、女の子だった。
 背丈は低めで、小柄で愛くるしい類の外見。
 色素の薄いサラサラとしていそうなミディアムの髪型で、左前髪上部に付けている緑色のヘアピンが特徴的。
 ぱっと見た感じでは明るく騒がしいというよりも、物静かで大人しいタイプのようだ。
 ……先輩含めて二人しか居ないっていうこのパーティの最後の一人かな。
「おぉ、ユリ。遅かったじゃないか」
 目の前の先輩は扉からこちらへズンズンと歩いてくる少女をそう呼ぶ。
「待たせてゴメンね、撫子。外がアレだったから、教室で時間潰してたんだ。……それより」
「うわっ。止せ、止めろユリ!」
「……えーっと」
 そのユリさん(でいいのかな)は、俺の事など眼中に無いような様子で無視して前進。
 座っている先輩に両手を回して抱きつき、とても幸せそうな顔で頬擦りしている。
「あぁもう、ユリ!」
 先輩も抱きつくユリさんに手を伸ばして抵抗しているが、如何せん座っている状態では上手く力が込められない様で為されるがままになっている。
 どうしていいか分からず、俺はただオロオロしているだけ。
「うんうん。良い匂い……って、うん?」
 今度は先輩の匂いを嗅ぎ始めたユリさんは、ようやく俺の存在に気付いてくれたようだ。
「えっと、こんばんは」
「撫子、誰この赤いの」
 やっぱり赤くなってたんだ俺!
 先輩はこれ幸いと、ユリさんの気が逸れた瞬間に巻きついていた手を解き俺の紹介を始める。
「彼は堂下大丞君。私が入学式の帰りにスカウトしてきたんだ」
「ほぉ。人混みが苦手であがり症の撫子の勧誘、しかもこんな弱小パーティに……」
 ユリさんは再度くっつこうとして、先輩の手に阻まれながら会話に応じる。
「……体目当て?」
「違いますよ!」
 なんでそうなるんだ……啓吾や道程じゃ有るまいし。
「なーんだ」
 その「なーんだ」にはどんな意味が込められているんだろう……。
「コホン」
 先輩が咳払いをする。
「ともかく、彼は今日私が勧誘してきた堂下大丞君。渾名で大と呼んでやってくれ。そして、こっちは吉明ユリ《よしあき ユリ》。私の友人でこのパーティのメンバーだ」
「初めまして、大君」
「よろしくお願いします……」
 その吉明ユリさんは未だに先輩にくっつこうと奮闘しながら、お互いに随分と遅くなった挨拶を交わす。
 先輩と友人って事は2年生かな、仲もかなり良いみたいだし。

「……入学式は大変だったね」
 諦めたのか、坂上先輩から離れて今朝の騒ぎの話題を出してくる吉明先輩。
「えぇ。正直、かなり怖かったですけど。何かする前に既に終わっていたというか」
「凄かったもんねぇ、ここの教師陣と在校生諸君は……まぁ、その内の一人がそこに居るんだけど」
 吉明先輩の人差し指が坂上先輩の方を示す。
「参加してたんですか」
「あぁ。一応、だけれどな」
「一体切断して倒した後は周りに注目されてテンパって固まってたけどね」
「うぐ」
 ……やっぱりパーティを立ち上げてるだけあって強いんだな、坂上先輩は。
 一体だけとはいえ、あの混乱の中で仕留めるなんて相当の技量が必要だろうに。

「あの、先輩」
「「何(だ)?」」
 二人が同時に返事をする。
 あ、そっか。
 俺からすれば二人とも先輩だから紛らわしい言い方になってしまった。
「っと、すいません。坂上先輩の」
「撫子だ」
「……坂上先」
「撫子」
「坂」
「撫子」
「……」
 どうしても撫子と呼ばなければいけないらしかった。
「ふふふ……」
 吉明先輩はニヤニヤしながらやりとりを眺めている。
「なら私もユリと呼んで貰おうかな。これ、先輩命令」
 八方塞がりだった。
 ……もうどうにでもなれ。
「分かりましたよ……撫子先輩、ユリ先輩」
「「よろしい」」
 息ピッタリだな、この二人。
「じゃあ、改めて。撫子先輩」
「うむ、何だ?」
「パーティに入るのなら、申請書とか必要ですよね」
 最初はパーティに入るつもりはなかったが、こうなっては仕方がないだろう。
 元々やりたいこととか目標とかが有る訳でも無いんだ、丁度良い機会なのかもしれない。
 ラルヴァは怖いけど、先輩と一緒ならどうとでもなるような気がしてくる。
 それに。
「そうなるな。醒徒会室に行けば貰えるだろうが……今は、えぇっと」
「7時過ぎだよー、撫子」
「……むぅ、今日は無理そうだな」
「明日、俺が放課後に行ってきますよ。それと……」
「?」
「このパーティの名称って何ですか?申請するには知っておかないと」
「そうか、まだ言ってなかったな。なら教えておこう、このパーティの名前は――」
 俺が、俺自身が撫子先輩の居るこのパーティ……“ダイアンサス”に入りたいと思ってしまっていたんだ。


「置いて行くな」
 ゴチン、っと啓吾の頭から良い音が鳴る。
「いってぇ!何すんだよ大!」
 俺は今、同じ学生寮に住む啓吾の部屋に居た。
 壁の至る所にアイドルやアニメのポスターが貼り付けられ、ありとあらゆる場所にエログッズが隠されているこの部屋で啓吾は抗議の視線を浴びせてくる。
「お前が俺を置いて行くからだよ馬鹿」
「うぐっ……だからそれはゴメンって言ったじゃんか」
「せめてモバイル手帳の電源くらい確認しといてよ……」
「悪かったって」
「まったくもう……」
 あの後……撫子先輩からパーティの名前も聞いて、今日はもう遅いからと翌日にまた集合する約束を取り付け解散になった後。
 学生寮に少し急ぎ足で帰って来てみれば、案の定啓吾は自室でエロ本を読みながらグヘグヘしていた。
 とりあえずブン殴っておいたものの、本当に反省してるのかな……。
「いやぁ、ついつい凄く目立ってる可愛い娘見つけてさぁ。思わず声を掛けに行っちまってよ」
「はぁ……ナンパなら一言くらい言ってからにしてよね」
「そう言うなって。成果は上々、かなり無口な娘だったけど最後にはニコっと笑ってメールアドレスも教えてもらったし……」
 意気揚々と啓吾は語る。
「いやぁ、アレは絶対脈有りだぜ!もし俺があの娘を落とせたらその友達をお前や道程にも紹介してやらんこともないぞ!」
「楽しみにしとくよ……というか、ナンパ成功したんだ。凄い珍しくない?」
 珍しいというよりも初耳だ。
 啓吾とは中学からの付き合いだけど、俺が知る限りそのナンパは九割九分九厘失敗に終わっていたのに……ちなみに残りの一厘は美人局とか宗教の勧誘。
「ようやく時代が俺に追い着いたんだろ。まったく、遅過ぎだぜ時代の奴」
「いや……言い辛いんだけどさ。騙されたりとかしてないよね?数百万円の幸せになれる壷とか買わされてない?」
「おいおい、幾ら俺が女に見境無いからって流石にそんなのには引っ掛からねぇよ」
「……前30万円の変な絵を買わされてたじゃない」
「え?はははそんな事有る訳……」
「ほら、半年前の」
「……あっ……う? 〆○#㊥Å¥$&? ぐ、あ、あ、あ、あ、あぁ」
 あ、啓吾が壊れた。
「うわぁぁぁぁぁっ! そんな事思い出させるなよぉぉぉぉぉっ!!!」 
「何やってるの啓吾……ほら、床に這い蹲りながらのた打ち回ってないで。早く学食に行こう」
「くおぉぉぉぉぉっ! 突然別れるってどうしてなんだよ沙織ぃぃぃぃぃっ!!!」
「あれ、騙されたのって綾香さんじゃなかったっけ?……ねぇ、まさか同時期に2回も」
「どふぅぅぅぅぅっ! ああハイそうですよ同じ手に引っ掛かりましたこれで満足かぁぁぁぁぁっ!!!」
 その後、啓吾が正気に戻るまで1時間程掛かってしまった。


 午後9時前。やっと落ち着いた啓吾と食堂に向かっている途中で。
「会ぁぁぁぁぁいたかったぞぉ、二人ともぉぉぉぉぉっ!」
 後ろから叫び声がすると同時、俺は左に啓吾は右にステップする。
「ぐぼハァっ!?」
 行き場を失くした先程の声の持ち主は、豪快な音を立てて床に衝突する。
「何やってんだお前……」
「道程。そういうの危ないから止めてっていつも言ってるでしょ」
「五月蝿い! 酷いじゃないか、僕の友情ボディプレスを避けるなんて!」
「友情を証明するのに一々プロレス技使うんじゃねぇよアホ」
「それもそうだな。痛いしもう止めておこう」
「もっと早く気付こうよ……出来れば実践する前に」
 いきなり叫びながらダイビングボディプレスを仕掛けてきたこの男の名前は渡辺道程(わたなべ みちのり)。
 俺と啓吾の友人で、本人曰くチャームポイントは眼鏡と左大腿の黒子で好きなものは女体と友情。
 中等部では俺と啓吾に道程を加えて3馬鹿なんて呼ばれていたりもしていた。
「僕は今、とても友情に飢えているんだ。何故か分かるか!?」
「「分かる」」
「ハモるなよ! そこは黙って答えを聞くところだろう!」
「なんて面倒くせぇ奴なんだ……」
「まぁまぁ、可哀想だし聞いてあげようよ。で、何が原因なの?」
「よくぞ聞いてくれた」
「テメェが聞けって言ったんだろうが」
「それはズバリ。大に啓吾! 僕だけが君達と同じクラスになれなかったからだッ!」
「聴こえてねぇし……」
「中学時代から奇跡的にも3年間ずっと一緒のクラスだったのに!」
「落ち着きなって、道程」
「すー、はぁー、すー、はぁー。君達に分かるか!? 入学式でも自分だけ話し相手もなく一人ぼっちで、その後のHRでも知り合いが誰も居ない孤独感!」
「深呼吸しても全然落ち着けてないよ、道程」
「クラス毎にHRが終わる時間はバラバラ。校舎から出たらあのカオスな惨状だ。結局君達と合流出来ず、寮に帰っても居ないからずっと寂しかったんだよぅ!」
「あのさ、道程って俺達以外の知り合い居なかったっけ?」
「……居ないよ」
「うん、ごめんなさい」
「やれやれ。ほら、行くぞ2人とも。さっさと学食で飯食ってAV見て風呂入って寝ようぜ」
「啓吾ぉ……グスッ。そうだな、行こう!」
「いい感じに纏まっているところ悪いんだけど、お前達にとってはAV観賞が夕飯入浴睡眠と同列のものなのね……」
「「ああ!」」
 とても純粋で元気の良い返事だった。


「はぁ? パーティだぁ?」
 寮の食堂で俺が今日有った事を秋刀魚の焼き魚の骨を取りながら話していると、隣の啓吾が豚肉の生姜焼きを咀嚼しながら怪訝な顔をする。
「また突飛な事をすんなぁお前……」
「パーティって、ラルヴァを倒す時に仲間と優先して出撃させてもらえるっていうあのパーティ?」
 今度は向かいに座ってエビフライを齧っていた道程の声。
「うん」
「君は今日、それに入ったと」
「うん」
「僕も入る!」
 何で!?
「待て待て道程。お前の能力じゃパーティには入れねぇだろ」
「そんな事はない! 僕の『暗算加速』だって、対ラルヴァ戦の役に立つかもしれないじゃないか!」
「無理だから。今までラルヴァ討伐に行かされた事がないってのが何よりの証拠だぜ」
「ぐぬっ……」
 そう、道程は今まで一度だってラルヴァを倒しに行かされた事がない。
 というのも、道程の能力はとても戦闘向きではないという理由が全てだった。
 超能力系異能『暗算加速』。頭の中での計算処理を加速させ、的確な答えをはじき出す能力。
 勉強等をする分にはとても便利だが、一度戦闘になれば何の役にも立たない力だ。
 本来ラルヴァを倒す為の鍵であるらしい異能力も、どうやら戦闘に関わるものだけが発現する訳ではないらしく……時折道程のように戦闘とは無縁の能力者が現れる。
 双葉学園にもそういった能力者は大勢居る。
 あの醒徒会にも一人居るぐらいだし……確か、中等部2年の成宮金太郎君だったかな。
 戦闘に向かない彼らは、ラルヴァを倒す義務から外れる代わりに別の義務が発生、それをこなして行くケースが殆どだそうだ。
 例えば道程のような勉強に特化した能力者ならば、宿題等の必要勉強量が増え、テストも通常の生徒よりも多く受けなければならない……といった風になる。
「啓吾! 君の『体表硬化』と僕の能力を交換してくれ!」
「不可能だっつってるだろ」
「くっ。戦う力が無いとは何と不便な事なんだ……! 親友のSOSにも応じることが出来ないとは……」
「いや、助けなんて求めてないから」
 俺からすれば、道程の悩みはとても贅沢に見える。
 良いじゃないか。
 人よりも頭が良くなって、安定した暮らしが出来て、命が危険に晒される事も無い。
 出来ることなら能力を交換したいくらいだ。
「とにかくそれは置いといて……本気かよ、大」
 啓吾がそんな事を聞いてくる。
「最初は俺もどうにかして断ろうと思ってたんだけどさ」
 思っている事を正直に話す。
「色々話してる内に、そういうのも良いかなぁって。どうせやりたい事なんて他に無いんだし」
「それで良いのか?」
 え?
「どういうこと?」
「他にやりたいことが無いからって理由だけで、本当に続けてくつもりなのか? って聞いてるんだ」
 そう問いただす啓吾の目は、平時のだらけたいい加減な目とは違う、真剣な目をしている。
「そんな適当な理由で、決めちまって良いのか?」
 啓吾は、心の底から俺の事を心配してくれてるんだろう。
 ……それでも。
「それでも、決めたんだ。やってみよう……この人となら、きっとやっていけるって」
 そうだ、本当に嫌なら断る事だって出来ただろう。
 でも、俺はそうしなかった。
 あの人に、強く惹き付けられたから。
「……そうか。なら俺はもう何も……って、この人? 誰だよそれ」
「あれ? 言ってなかったっけ……そのパーティのリーダーで2年生の坂上撫子先輩だよ」
「聞いてねぇぞ、んな事……」
「撫子……ほう、その“ダイアンサス”ってパーティ名はその人に因んでいるのか」
「らしいね」
 ダイアンサスとはナデシコの花の学名だ。
 帰り際に聞いたら、撫子先輩とユリ先輩でパーティを結成する際にパーティ名もリーダーに合わせてそれっぽくしたのだと教えてくれた。
「成る程なぁ。で、その坂上先輩となら一緒にやってけると。……もしかして一目惚れか?」
 えぇっ!?
「いやいやいや! 別にそういうんじゃないってば!」
 いきなり何を言い出すんだ啓吾は!
「ただ、真面目だし綺麗だし格好良いから純粋に憧れるというか尊敬出来るというか! でも恥ずかしがりで打たれ弱そうな面もあってどうしても気になってしまうというか!」
 誤解を解く為に矢継ぎ早に説明する。
「とにかく違うよ!」
「……その台詞が既に惚れてるとしか思えないんだが」
「だから違うってば!」
 幾ら否定しても、啓吾は聞く耳持たずだ。
 ……もしかして、さっきの復讐をされてる?
「そ、そんな……友情よりも恋情を取ると言うのか大! 僕というものが有りながらっ!」
「そんな大きい声で変に誤解されそうな台詞言わないでよ!」
「くそぅ……下半身が満たされないなら、僕の秘蔵のエロゲをくれてやる! だから行くな、大!」
「むしろそっちには行きたくないんだけどっ!?」
「よし、食い終わったら俺の部屋でその坂上先輩似のAV嬢を探してイメージトレーニングだな」
「嫌だよそんなトレーニング!」
 そんなこんなで2人に散々弄られながら、今日も夜は更けていく……。








【Dianthus 第1輪 2/3】 登場キャラクター
PC 堂下大丞 円城啓吾 中館友美 坂上撫子 吉明ユリ 渡辺道程
NPC 成宮金太郎(名称のみ)
ゲスト
ラルヴァ



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最終更新:2009年08月02日 18:06
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