【春部里衣の日常】


「さあ、決闘よっ!」
 そう言って、目の前にいる大女は俺に指をビシィっとかざす。なんでこんなことになったのだろうと、思うが、原因は一つしかない。
 有葉千乃《あるはちの》だ。
 数学教師の字元によって、有葉とコンビで仕事をすることになった俺だったが、それは一回きりではなく、恒常的な、任務遂行を必要とするものだった。
 そのため、昨日も有葉と一晩中、この島を走り回っていたのだった。そして、有葉と仕事をした後には、俺の下駄箱には一枚の手紙が必ず入っていた。

 召屋正行へ、本日の放課後、十二時三十分屋上で待つ
 春部里衣《はるべりい》

 全くもって面倒くせぇぇ!

「千乃を…私の千乃を一晩中独占しやがって……アンタ、いったい何様のつもり?」
 またこれだ。俺は、肩をすくめながらやれやれと言った呈で目の前にいる春部に諭すように言う。
「いいか? 俺は、仕事で、アイツと組んでるだけだ。何より、アイツは男だろうが? なんで俺が手篭めにしなきゃいけないんだよ?」
 しかし、この台詞は春部を著しく傷つけたようだった。
「はぁっ!? ちょっと、千乃をアイツ呼ばわりしたことを訂正しなさいよ。それよりなによりねえ、千乃は、とぉーってもカワイイの。特殊な性癖を持ってそうな貴方でもコロってまいるくらいね!」
 いや、俺はいたってノーマルで、アンタや某喫茶店のウェイトレスや、隣に住んでるあの馬鹿のような性癖は全くもってないんだよ。
「俺は普通の女の子が普通に好きなんだよっ!」
 そういった瞬間、ニヤリと春部が笑った。
「あらぁ? じゃあ、貴方のお友達はどうなのかしら? それと、この前、成り行きで戦ったウェイトレス!! あれには私についてないものがついていたわよ?」
「俺の知り合いと、俺の性癖とは別だろっ」
「問答無用っ!!」
 そう言うと春部はこちらへと一気に詰め寄る。おそらく、その瞬間に能力を発動したのであろう、女性的な柔らかなボディラインは、その魅力を更に増し、褐色の肌は産毛のようなもので覆われ、全ての攻撃を防ぎそうな雰囲気だ。最後に頭部から、ヒョッコリとネコミミのようなものが飛び出る。
 だた、どう見てもカワイイというよりは凶悪だった。
 なるほど、こいつは「にゃー」じゃなくて「がおーだ」なあと俺は思う。
 そして、こちらへ突き刺そうとする右手の爪は猫よろしく、鋭利なものがシュっと伸び、こちらの喉元を狙っていた。
 これはヤバイかもしれんなあ、そう思いつつ、俺は後ろのポケットからあるものを取り出して、彼女の目の前に放り投げる。
「ふにゃぁ~」
 その匂いをかいだ瞬間、春部はヘナヘナと、その匂いの元に倒れこんだ。
「ひ、ひきょうだにゃぁ~めしにゃ~」
 フラフラになった春部を見ながら、俺は適当なところに腰かけ、読みかけのブコウスキーの小説をパタと開いて読むことにした。
 ―――十分後。
「きっっさまあぁぁ! 私を馬鹿にするにもいい加減にしろーっ!!」
 酔いが醒めたのか、彼女は、俺の方へと一気に駆け寄る。さすが、獣の能力を降臨させているだけのことはある。胸の揺れも半端ないな。有葉がボインボインだと言ったのも頷ける。実に勿体ない。
 だが、俺は、彼女が酔っ払っている間に対策を終えていた。
「にゃ、にゃにー?」
 俺は、彼女がマタタビに寄っている間に、自分の周りに水を入れたペットボトルを並べていた。懐にはみかんの皮も用意している。
「うむ、万全だ」
「め、召屋ぁー汚いぞー!」
 微妙に近づけないでいる春部。時計を見ながら、俺はゆっくりと立ち上がると、春部に話しかける。
「もうそろそろ終わりにしないか? こんなの決着つくわけがねえ。そろそろ昼休みも終わりだ」
「う、うるさいわね、お前にはどうでも良くても、こっちには大事なことなのよっ」
 これは、午後の授業は出れないかもしれないと思い、俺は懐から、例の伸縮式警棒を取り出そうとする。だがその時に、別の方向から声が聞こえる。
『ちょっっっっと、まったぁぁぁぁぁぁっ!!』
 俺たちふたりの間に突然天空から現れて着地する。その男は何故か、パンイチだった……。
「え、えと……」
「よーし、この喧嘩俺が買ったぁ!! さあ、この生徒会広報の俺の目の前で思う存分拳で語り合えっ!!」
「いや、あの……」
「うわっ!? 馬鹿広報じゃないの? なんでアンタがここにいるのよ?」
 恐ろしく嫌そうに春部が顔を顰める。
「さあ、俺が見ているのだから、ふたりの決着をつけるがいい」
 その言葉に春部は自らの能力を解除し、普通の姿へと戻った。
「やめやめー。こいつが出てきたら、もうどうしようもないわ」
「どういうことだ?」
 春部はパンイチの広報に声をかける。
「どうせ、危なくなったら干渉すんでしょ? 正直、あんたの……アレは見たくないわけよ……わかる?」
 満面の笑みで応えるパンツ一丁の男。
「おお、分かってくれて嬉しいぞ、春部」
 頭を掻きながら、春部は階段のある方向へと歩き出す。
「ゴメンなさいねえ、召屋。でも、あんたは絶対に許さないから」
 俺はその台詞に嫌な寒気を覚えつつも、目の前にいる半裸の人に感謝の言葉を述べることにした。
「え、えーとありがとうございます。また、何かあったら助けてくれると嬉しいですよ」
 だが、それに対する反応は俺にとっては意外なものだった。
「バッカヤローッ!! 俺はこの学園の風紀を守るために存在する。それは当たり前のことだっ! 」
 いや、それよりも、あんた広報じゃねーの? 仕事として違うじゃん! 
そんな俺の気持ちはどこへやら、パンツ一丁の男は高笑いとともにどこかへと飛んでいくのだった。
(やっぱり、俺に平凡な日常はないのかもしれない)



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最終更新:2009年08月02日 16:00
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