【猫参り・弐】


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ラノで見る


 逢洲等華《あいすなどか》の学園生活は朝の構内巡回から始まる。
風紀委員としての務めだ。

 まず向かうべきは河川敷の小さな空き地だ。
勤勉な学生が異能の訓練をするのにちょうど良い、狭くもなく目立ちすぎもしない、そんな場所。
しかし今は午前6時。滅多に他の学生に会うことはない。

 ではなぜそんな場所へ向かうのか?
 答えは一つ。

 猫。
 等華は無類の猫好きなのだ。

 猫に餌付けをしても怒られることもなく、人目に触れる心配をする必要もない場所はとても貴重だった。
最初は近づくことさえ許さなかった猫たちも、今ではすっかり慣れ、彼女の足音に気づくと駆け寄ってくる程になっていた。

 だが今日は少し様子が違っていた。
彼女の異能『確定予測が』見せたもの。それは川に向かって整列するように座る猫たちの姿だった。

 (なにをしているんだ?)

 一瞬、いぶかしく思った等華だったが、その疑問はすぐに解けた。

 (歌・・・・・・?)

 歌うような、音とも声ともつかない旋律が、彼女の耳にも届いたのだ。
そして、いつもの場所にたどり着いた等華が目にしたのは、

 『歌』声のする方に向かって、きれいに並んで耳を傾けている。
そんな猫たちの姿だった。

 しかし猫たちの視線の先、『歌』声の主がいるべき場所にいたモノは、青く透き通る体を持つ少女のような姿の、明らかに人ならざるものだった。

 (ラルヴァ・・・・・・オンディーヌか?)

 オンディーヌはカテゴリーエレメントに属するラルヴァ。
水辺に棲み、美しい姿で現れては愚かな男を誘惑して食い物にするという。

 (だが・・・・・・オンディーヌが歌うというのは聞いた事がない。亜種か、それとも別種の・・・・・・)

 考えを巡らせながら歩を進めた彼女の足が枯れた草を踏み、ガサリと音を立てる。
その瞬間、『歌』声は止み、等華は人外の少女と目を合わせることになった。
等華を見つめる視線は、少し泳ぎ、すぐにある一点に留まった。
そして人外の少女の顔は、見る見るうちにその表情を崩していく。

 ―――パシャ―――

 次の瞬間、少女の姿は水中に消えた。小さな水音と波紋だけを残して。

 (恐怖・・・・・・いや、悲しみか?)

 人外の少女の視線が留まったのは、等華の腰に佩いた刀だった。

 (恐怖ならばわかる。人とラルヴァは互いに相容れぬ存在だからな・・・・・・だが)

 少女の顔には確かに、悲しみがあった。
将来、化け物を滅する役目を担う学園の生徒。
その姿を目にして一体、何を悲しむというのか。等華には想像することも出来なかった。


 逢洲等華は珍しく昼の巡回を行わず、図書館にいた。
今朝出会った少女のことがどうしても気にかかり、オンディーヌについて調べずにはいられなかったからだ。

―――オンディーヌ―――
カテゴリーエレメント、中級B-4
水辺に棲み、人を襲う。美しい少女の姿をとることが多いが、その真の姿は水を人の形にした様な、不定形なもの。
少女の姿を模した状態では、見た目はほとんど人間と変わらない。
違うのは声を発しないという点。
単体で行動し、出現頻度はごく稀。
――――――

 (中級B-4・・・・・・さらに声を発しない、か)

 等華が座学で得た知識と違わぬ情報が、図書館に備え付けられたPCのモニターに映し出される。
中級B-4ということは、獣程度の知能しかなく『人を殺すことを楽しむ』ということ。
さらに声を発しないということは、歌うこともしないということだ。

 (女性の姿で歌うといえばセイレーンくらいだが、あれは鳥のような姿だしな・・・・・・)

 結局、等華は何の成果も得られぬまま図書館を後にすることとなった。

 (猫たちは彼女が何者か知っているのだろうか?)


 その後、数日間、朝の巡回のたびに『彼女』は現れ、猫たちはいつも、キチンと整列して『彼女』の『歌』を聞いていた。
そして『彼女』は等華の存在に気づくとすぐに水中へと帰っていく。

 (やはりオンディーヌではないのかもしれない)

 実際、何度も遭遇しているにもかかわらず『彼女』は等華を襲うそぶりも見せなかったし、何より『彼女』の『歌』には何の魂元力も感じられなかった。
歌を道具に人を惑わすなら、そこには必ず魂元力が介在するはずだからだ。

 (だが・・・・・・)

 ラルヴァである事は間違いない。であるなら、等華はいずれ決断を迫られることになる。
風紀委員である彼女には、例え今は無害な存在でも、他の生徒に危害が及ぶ可能性を孕むモノを放置しておくという選択肢はありえなかった。


 「アイス?・・・アイス!」

 等華は自分を呼ぶ声に、ハッと我に返る。

 「何ボーっとしてんの?・・・・・・もしかして悩みでもあんの?」

 声の主は等華の相棒、山口・デリンジャー・慧海《えみ》だ。
今日の昼巡回には彼女も同行していた。
そして今は猫と戯れている真っ最中だ。

 「いや、何でも・・・・・・いや、そうだな。やはり少し悩んでいたかもしれないな」
 「ふーん・・・・・・あんたが悩むとか珍しいわね。いつもは何でもスパッと決めるくせに」

 言いよどむ等華に対し、慧海は猫の両脇に手を差し込んでを抱き上げながら、さも興味なさげに返す。

 「ふふ・・・確かにらしくなかったかもしれないな。とりあえず行動してみることにするよ。・・・・・・もしかして心配してくれたのか?」
 「ばっ・・・!誰があんたの心配なんかするか!いつもと違うと気持ち悪いって言ってんのよ!」
 「照れることないだろう。慧海ちゃんが実はやさしい女の子だってことは、私は知ってるぞ?」
 「な、なに恥ずかしいコト言ってんの!?猫パンチでも食らえ!!」

 そんな慧海とのやり取りは、等華の決意を促すには十分だった。

 (やはり決着をつけなければならない。何かが起きる前に。私の手で。だが、その前に一つ確認しておくべきことがある)


 翌朝。
いつも通りに等華は朝の巡回場所にいた。
そして『彼女』も等華に気づき、早々に去ろうとする。

 「待ってくれ音無涼子!君と話がしたい!」

 音無涼子と呼ばれ、『彼女』は動きを止める。
振り向いたその顔には驚きと喜びがない交ぜになった表情が浮かんでいた。

――――――音無涼子《おとなしりょうこ》――――――
2018年5月16日、風紀委員の早朝巡回中に行方不明となる。
現場の状況から、何らかのラルヴァと交戦状態になったと考えられるが、巡回は彼女一人で行っており、目撃者もなく詳細は不明。
2018年当時、高等部1年C組所属。
――――――――――――

 「私が調べた資料にはそう記載されていた。そしてその現場がここだ。・・・・・・はっきり聞くが、君は生きているのか?」

 等華の質問に涼子は首肯する。

 「そうか。・・・・・・ここからは私の想像になるが、君はオンディーヌに襲われ、理由はわからないが・・・・・・存在自体が融合したのではないか?」

 異能者とラルヴァの魂元力は同質のものであり、過去にそういった事例もある。
少々乱暴ではあるが、オンディーヌでありながら人を襲わないこと、声を発しないはずのモノが歌うという事実、
そして何度か見た顔が記憶に引っかかっていたことを、等華なりに調べ、考えた結論がこれだった。

 果たしてその推論は肯定される。

 「最初に謝っておかなければならないな。キミだとすぐに気づけなくてすまなかった。同じ風紀の仲間だったのにな・・・・・・」

 その言葉に涼子は驚いた顔をしたが、すぐに微笑むと小さく首を振った。
実際のところ、当時はまだ風紀委員に入ったばかりだし、チームも別だった二人にはさしたる接点はなかった。

 「ところで・・・・・・もしかして朝の巡回で猫たちと遊んでいたのか?」

 等華の言葉に良子は笑顔で頷く。

 「そうか・・・・・・いつも猫たちに歌を聞かせていたんだな。正直、私よりもずっとキミに懐いているのを見て、ちょっと嫉妬してしまったよ」

 涼子はその言葉に、口元を押さえ小さく体を振るわせる。

 (笑顔か・・・・・・理由はわからないが彼女は生きて帰ってきた。そしてその心は人間のままなんだな・・・・・・)

 それからしばらく、等華は猫と戯れつつ、風紀委員に新しい仲間が加わったこと、それがとても個性的な娘であること、
醒徒会《せいとかい》の面々が起こす珍事(主に全裸の変態)に辟易していること、相変わらずラルヴァは人を襲い続けていること、
風紀委員はそういった事件、事故に対処するため忙しく動き回っていることなどを、事細かに涼子に話して聞かせ、涼子はそれを笑顔で聞いていた。

 だが、いつまでも楽しく話しているわけにはいかなかった。

 「・・・・・・最後に質問だ。ここに戻ったのは『キミの意思』か?そして私はキミを助けることが出来るだろうか?」

 しばしの沈黙の後、等華は涼子にそう問いかけ、少しの間をおいて涼子は静かに首を振る。
それは彼女が、何者かの意思に縛られ、いずれはそのモノによって完全に操られてしまう可能性を示唆していた。

 「そうか。ならばここから去ることも許されない状態なのだな。・・・・・・わかった。私が終わらせよう」

 等華の言葉に涼子は悲しく微笑むと、目を閉じうつむく。
それを合図に、等華は愛刀の一つ『黒陽』を抜き放ち上段に構える。
と、等華は小さな違和感を覚え、涼子を改めて見直す。頭の先から足先までゆっくりと。
そして涼子の足首に巻きつく透き通った触手に気づいた。

 (なんだこれは?『確定予測』!)

 だが等華の行動より一瞬早く、海月のようなそれは川面から現れた。
涼子の足にある触手と同種のモノが等華の左腕に絡みつき、一気に持ち上げると水面にたたきつける。

 「がはっ!」

 たたきつけられた勢いで等華の肺から一気に空気が押し出される。
危うく取り落としそうになる右手の刀を握りなおし、再び持ち上げにかかる触手を両断する。
さらに自由を取り戻した左手で、腰のもう一刀を逆手に抜き放ち、足元に迫る触手に突き立てると、等華は岸に向かって走る。
しかしまた別の触手によって行く手をふさがれてしまった。

 (なるほど。音無は『疑似餌』に使われていたということか!)

 他者を捕らえ、餌に使うラルヴァ。
哀れなオンディーヌはその犠牲者であり、涼子はさらなる犠牲者だった。
そして水中に潜むラルヴァは餌に獲物が食いつくのを待っていたのだ。

 (私と音無はまんまと罠にはまったということか!それにしても・・・この左腕の脱力感は)

 触手に先ほど捕まれた等華の左腕は、かすかな痺れとともに大半の感覚を失い、まるで麻酔でも打たれたかのような状態になっていた。
『月陰』を落とさぬよう力を込めるのが精一杯で、自由に動かすことは不可能だ。
幸いなことに、ラルヴァは触手を切り落とされて警戒したのか、等華の行く手を触手でさえぎりながらも攻撃を仕掛けてはこなかった。

 (刀で斬れるという事はカテゴリービーストか?・・・・・・しかし、エレメントのオンディーヌを捕らえて操るほどの魂元力も持っている。
ある程度の物理耐性はあると考えるのが妥当だろうな・・・・・・)

 異能者が持つことで魂元力は武器にも伝播する。
だからこそラルヴァを刀で斬ることが可能になるが、物理耐性の高い個体となるとそう簡単には致命傷を与えるには至らない。
さらに水棲ラルヴァのホームグラウンドとも言える水中に引きずり込まれていては、等華の不利は疑いようもなかった。

 (だが、他に手がない以上、戦って活路を見出す以外にない。全力で『異能』を開放する!)

 等華の意思で『確定予測』が一気に拡張されていく。
最初は1秒、そして2秒、3秒と予測の範囲が先へと伸び、最終的には10秒先の確定された状況を導き出す。

 (長くはもたない。触手をすべてかわし最大の一撃を叩き込む!)

 大きく踏み出した等華に反応してラルヴァが動く。
幾本もの触手を振るい、川の中を悠然と歩み寄る少女を捕らえようとするが、それらは全て彼女にかすりもせず空を切る。
そして数十秒の後、等華は射程圏内に到達した。

 (もってくれよ左腕!)

 目の前に残る触手を切り払い、等華が一気に時計回りに体を回転させると、
順手に握った右手の『黒陽』と、逆手に握った左手の『月陰』が折り重なるように何度もラルヴァの体を切り裂いていく。

 「逢洲陰流《あいすかげりゅう》・隼《はやぶさ》の太刀!」

 順手に持ち直した『月陰』と『黒陽』で逆袈裟にとどめの一撃が振るわれる。
はずだった。

 「しまった・・・・・・!」

 あろうことか、等華の左腕には『月陰』を振るう力が残っていなかった。
刃はラルヴァの体を斬り抜けることが出来ず留まっている。
そしてその隙を、化け物が見逃すはずがなかった。

 触手が等華めがけ殺到する。
そこにはそれまでの『捕らえる』という意識はなく、純粋な殺意がこもっていた。

 (ここまでか!)

 しかし触手は彼女に届くことなく砕け散る。

 「これは・・・『破壊の歌声《ハヴォック・スクリーム》』!?」

 振り返った等華が目にした、涼子から放たれたその歌声は、彼女が資料で見たものと同じ効果を発揮していた。
音無涼子の異能『破壊の歌声《ハヴォック・スクリーム》』。口腔から発した破壊音波で対象を粉砕するというものだ。
破壊音波とは言っても、それは魂元力の発露であり、ラルヴァのカテゴリーにかかわらず大きな効果をもたらす。

 しかし、奴隷の反乱を許す主人はいない。
当然、主であるラルヴァを攻撃した涼子には苛烈な責めが待っていた。
幾本もの触手が涼子を打ち、締め上げ、引きちぎろうとする。

 「させるか!!」

 怒りに我を忘れた化け物は、うかつにも等華に行動の猶予を与えた。
等華はラルヴァの体に埋没していた刀を引き抜き、涼子を縛る触手を一刀両断にする。

 勢いあまって水面に突っ伏す直前、等華は涼子が微笑むのを見た。

 次の瞬間、空気がゆがみ、強大な破壊音波となった歌声がラルヴァに叩きつけられる。
化け物はしばらく震えるようにうごめくと、衝撃波に飲まれ、朝の空気の中へ消えていった。


 「音無!しっかりしろ!」

 よく考えれば判るはずの事だった。
涼子が人を襲わずに1年近くの時を生きていられたのは一体なぜか?
自分で食事をせずに生きる方法は?

 答えは一つ。
あの海月のようなラルヴァが人を捕食し、その魂元力によって涼子は『生かされていた』ということだ。

 (その命綱を断ってしまった!私が!)

 等華の腕の中でぐったりと横たわる涼子の体は、ラルヴァの呪縛から解かれたからか、青く透明だった肌が本来の人間のものへ戻りつつあった。
だが同時に温もりも急速に失われてゆく。

 「すまん音無!私が殺してしまった・・・・・・!キミを!」

 取り乱す等華のほほに涼子の手がそっと触れる。

 「なぜ泣くの・・・・・・?あなたは私を助けてくれたのよ・・・・・・?あの恐ろしい魔物に立ち向かう勇気もくれた・・・・・・」

 弱々しくもはっきりとした想いのこもった言葉が、冷たくなり始めた少女の口からこぼれる。
その表情はとても穏やかで、とても死に行く者の姿には見えなかった。

 「本当に感謝しているのよ・・・・・・逢洲さん・・・・・・ああ、ダメだわ・・・・・・もっと話して・・・・・・いたいのに」
 「音無・・・・・・」

 等華のほほに触れていた涼子の手がゆっくりと離れる。

 「ありがとう」

 そしてその手はコトリと乾いた音を立てて彼女自身の胸に落ちた。


 翌朝。
逢洲等華はいつもの巡回場所にいた。
その足元には猫たちが集まってきている。

 「音無は1年前からこの場所を知っていたんだな・・・・・・なあお前たち、音無・・・・・・涼子のこと好きか?」

 等華の問いかけに猫たちは各々『にゃあ』と答えた。
その答えに満足したのか、彼女は微笑んで頷くと、くるりときびすを返す。

 「さて、巡回を続けるか」


 結果から言うと、音無涼子は助かった。
等華が駆け込んだ病院に『魂元力そのものを他者に分け与える』という異能を持った者がいたのが、彼女が一命を取り留める最も大きな要因となった。
もちろんそれは偶然などではなく、風紀委員の持つ権限とコネをフルに活用して導き出した結果だった。

 音無涼子は生きている。
だが、生きてはいても意識が戻る気配はないし、目が覚めたとしても元の学生生活に戻れるかもわからない。

 いや、おそらくは『ラルヴァと融合した上にその融合を解いて生きて戻った』という稀有な例として、何らかの研究の対象になるだろう。
それから開放されたところでラルヴァ研究者だの、ゴシップ大好きな放送部だのに追い回されることになるだろう。
もしかしたら一生、本当の意味での自由はないかもしれない。

 (それでも生きている方が絶対いいはずだ)

 逢洲等華は思った。
彼女が目覚めたら何を話そうか。

 「やっぱり『おかえり』だよな」

 彼女に頭をなでられた猫が『にゃあ』と答える。


 逢洲等華は昼の巡回も欠かさない。
今日からは音無涼子のいる病院もコースに組み込むことを、彼女は心に決めた。


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