【カーチェイス・チェイサー】


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 双葉学園都市の外れにある、中央部までバスで1時間とかなり不便な立地に、ぽつんと小さな和風の庭付き一戸建てが建っている。
 生垣はよく整備され、庭には小さいながらも家庭菜園で育てられている野菜たちが瑞々しく青い葉を茂らせている。
 しかしその家の中にある書斎兼研究所は、外見とは裏腹に非常に散らかっており、ゴミ屋敷一歩手前といった状態であった。
 うず高く積まれた紙と本の山に、雑多なメモや何に使うのか分からないような機材、缶ビールの空き缶やタバコの空箱などが床に散らばり、もはや歩くところすらない。
 中央部に備え付けられた机には大型のPCが設置されており、3つも接続されたディスプレイにはラルヴァについてのレポートがびっしりと表示されている。
 そのPCの前で男物のYシャツ一枚だけを身にまとい、正面から見たら下着が丸見えになるほどに大きく股を開いて座る女性がいた。
 年の程は20台後半といったところ、長い髪の毛を後ろで結わえ、小さめの眼鏡をかけている。
 彼女の名前は難波 那美。
 1999年のラルヴァ異変に巻き込まれ、学園都市建造と共に双葉学園都市に移住、現在では彼女の後見人の影響からか、ラルヴァ研究を生業としている。
 学園都市では比較的珍しい成人した異能力者であり、何度か軍や学園の依頼でラルヴァ撃退に赴いたこともある。
 学生であった頃から磨かれたその異能力や知識から、エキスパートクラスの実力者であるとも言われている。
 もっとも彼女自身はそれを喜んでおらず、また自分の強さは異能力によるものでは無いと考えているのだが。




 静かに書斎兼研究所の障子が開かれ、和風建築には似合わない洋風のお手伝いさん、要するにメイド服を着た少女が現れた。
 日を浴びて輝くプラチナブロンドを短く切りそろえ、透けるような白肌を持ち、整った顔立ちの少女は部屋の惨状を見て軽くため息をつくと那美に向かって淡々と話しかける。
「教授、研究所から報告書の提出期限が過ぎている、との催促のメールがありましたが」
「ほっといて」
「学園から調査代の経費の詳細についての詳細な報告が欲しいとの連絡が」
「ほっといて」
「……啓子博士からお食事のお誘いが来ております」
「行くわ、準備なさい」
「かしこまりました」
 吸っていた煙草を灰皿に押し付け、頭をぼりぼりとかきながら那美が立ち上がる。
 障子が開いているので、家を覗き込まれると下着姿を見られてしまうのだが、そんなことは意にも介さずに縁側を悠々と歩く。
 その後ろを2歩遅れて歩くメイドの少女という一風変わった取り合わせだが、本人達にはもうこれが当然のことであり、今更気にすることでもない。
「……ところで」
「なんでしょうか?」
 着替えを済ませ、化粧をするために鏡台を覗き込みながら那美がメイド服の少女に話しかける。
「いつまでメイドさんでいるわけ?ミナ」
 ミナと呼ばれたメイド服の少女はにっこりと笑い
「あなたと私が死ぬまでよ、那美」
 誰にも聞こえない小さな声で、呟いた。




 和風建築の2人の住まいには多少不釣合いのコンクリート打ちっぱなしの粗末なガレージ。
 それでも車が3台は止められるほどの大きさではあるが、中に入っている車はたったの一台。
 それもそのはず、この車、那美の知り合いの双葉学園の工学科の博士が無理を言って彼女の家に建設したガレージであり、車は場所を提供する代価として使わせてもらっているだけである。
 そもそも那美は免許を持っていない。持つ気も無いらしい。
「車を使わせてもらうわよ」
「使わせていただきます」
「…………」
 やたら大きいよく分からない機材や太いチューブがそこかしこに走りまわっているガレージの中。
 中央部には蛍光灯の光を浴び、冷たく輝く銀色のスポーツカーが「このガレージの主は私であるぞ」と主張するかのように鎮座していた。
そしてその主にかしづくかのように車の脇で作業用のつなぎのままで倒れている女性がいた。
「寝てんのか?おーい」
「……んぁ……?」
「人を起こすのに踏みつけるのはどうかと思います」
「こうでもしないと起きないのよ、コイツは」
「おはよ……ん……乗るの……?」
 那美に軽く背中を踏まれ、もぞもぞと起き上がると軽くあくびをするこの女性の名前は八代 機樹(やつしろ きじゅ)。
 異能の力こそ持たないが、その卓越した機械知識と発想力が彼女の特殊能力と言えるほどの才能を持ち、双葉学園設立時に入学、卒業したエリート畑の一人でもある。
 現在は博士号を取得し、学園都市大学の研究所で魂源力を動力として動かす機械の研究をしているが、研究成果を平然とその辺のものに組み込んだり持ち出したりと奇行が目立つ、いわば変人の天才である。
「おはよう機樹、整備は終わってるんでしょう?」
「ぅん……ニトロを積んだのとサスペンションとかを弄ったよ、この前と違って曲がる……と思う」
「そうだといいわね、この前みたいに大橋でチキンレースはごめんよ」
「アハハ、スリル満点でしょ?」
「…………」
「冗談だから、怒んないで」
「それでカギは?」
「あ……静脈登録型に変えてみたから、ミナちゃんか私がハンドル握ればエンジンかかるよ」
「……私は?」
「那美に車のハンドルを握らせるのは、核弾頭のスイッチを赤ちゃんに握らせるのと同じだって誰かが……」
「握りつぶされたいのね、分かったわ」
「嘘嘘、免許を持ってないのに登録しても意味無いと思っただけ!」
「正直は美徳よ、それじゃいきましょうミナ」
「かしこまりました、鍵はいつものところにお願いしますね、機樹博士」
「はーい、いってらっしゃい」
 ガレージのドアを開け、2人が乗った車はけたたましいエンジン音を響かせながらあっという間にガレージを後にしていく。
 エンジンやハンドリングの音、スピードの乗りから自分のセッティングが好調なことを確信し、少し上機嫌になる機樹であったが。
「……あ、もう一つ追加装備入れたの、言うの忘れてた」
 分厚くまとめられた手製のマニュアルが工具箱の下敷きになっているのを発見し、ぼそりと不吉なことを呟いた。




『――先日発生した双葉大橋の人工衛星落下による被害について、学園当局の報告では――』
 那美の邸宅から環状線に繋がるバイパスに入り、学園都市環状線に乗り入れたところで切り替えたカーラジオから単調なニュース番組が流れる。
「……はぁー、あの大橋に人工衛星がねぇ」
「かなり大々的にニュースになりましたよ?赤壁の出現も確認されたようですし」
「あの嫌みったらしい性質のラルヴァね、破壊されたケースもあったとか聞くけど、あんなん相手にどうやったのかしら」
 大橋が崩壊したから影響からか、環状線内を走っている車は意外と少なく、車の性能を遺憾なく発揮することが出来ている。
 そもそも学園都市の交通のメインは地下鉄やモノレールであり、高速道路を利用する人は比較的学生が多い学園都市ではそこまでいない。
「流石に速いわね、イタリアだかどっかの高速警察で使われたのを横流ししてもらったんだっけ?」
「えぇ、退役したものを技術研究用と色々ごまかしてもってきたらしいですよ」
「学生んときから思ってたけど……色々無茶するわ、アイツ」
「それ、機樹教授も仰ってましたよ」
「……似たもの同士って言いたいわけ?」
「さぁ?」
「……生みの親の顔が見たいわね、その減らず口」
「私の親はあなたみたいなものですけどね」
「……彼氏もいないのに子持ちなんて、アンタ私を結婚させないつもり?」
「結婚する気があったとは意外でした」
「……」
「冗談です」
「まぁいいわ、着いたら起こして頂戴」
「かしこまりました、到着予定はおよそ1時間後になっております」
 高速道路の単調な風景を眺めながら、静かに目をつぶる那美。
 機樹の改良により静かながらも出力の上がったエンジン音に包まれ、やがて睡魔に包まれた。




「那美、那美、起きてください」
「ん……?着いた?」
「いえ……後ろを」
 そう言われてバックミラーを覗き込むと、背後にぴったりとついてくる黒い影が見える。
 黒い影はやがて形を変え、那美たちが乗っている車と瓜二つな形になり、横に並んで併走し始める。
 当然のように搭乗者は無く、フロントガラスにあたる部分は真っ赤に染まっていた。
「……あれは……追走者(チェイサー)ね……そういや、今の状況は確かにおあつらえ向きだわ」
「追走者?」
「下級のカテゴリービースト…・・・知能はBね、友好度は1、害は無いけど2次的災害による被害があるケースもあるわ」
「どういったラルヴァなのですか?」
 ――追走者(チェイサー)
 カテゴリービースト
 知能B
 友好度1
『速度』を糧にするラルヴァ、ある程度閉塞間のある場所に高速で移動する物体が存在する時に具象化する。
 高速で移動する物体の後ろにつけてついてくるだけで特に害は無いが、それを嫌った人間が無理に速度を上げて2次的災害が起きるケースが多い。
 ある程度距離が離れるか、周囲に高速移動する物体が増えだすと消失する。




「とまぁ、こういうラルヴァなんだけど」
「要するに高速を降りればいいのですね?」
「降ろしてくれればいいんだけど・・・・・・やっこさん、誰が学園環状線最速かどうしても決めたいみたいよ?」
 那美がそういって取り出したのは最新型の学園都市関係者に配布される端末の全体地図画面。
 その地図に示される環状線の半分が微弱なラルヴァ反応を示す薄い赤色で染められていた。
「これは……そういうことですか」
 双葉学園都市環状線の出口は学園都市を6つに分けた各区域ごとに一つと、双葉大橋に繋がる連結道路の計7つ。
 那美たちは居住区域から入り、左時計回りに進んで工業区を過ぎたあたりをラルヴァと併走している。
 この先には双葉大橋連結道路があり、その後、港湾区、商業区、自然区、中央区、居住区、工業区、連結道路の順になっている。
 那美たちの目的地は中央区なので、ちょうど環状線を半周する形になる。
「この半周の間に、抜けないとどうなるのですか?」
「何もしないわ、ただ消えて次の獲物を探すだけね」
「……ここで駆除します、なにより、この車で負けては機樹博士に申し訳が立ちません」
「そう言うと思ったわ、せいぜい頑張りなさい……事故だけは勘弁よ?」
「かしこまりました」




 静かにアクセルを踏み込むと、それに呼応するかのようにエンジンに血液であるガソリンが送り込まれ、闘牛のような唸りを上げる。
 圧縮された熱気がマフラーから排出されると同時に青い炎を噴出し、放たれた矢のように加速する。
 今までもそれなりの速度で後ろに流れていた風景が、まるでビデオの早送りのように霞んで後ろに流れては消えていく。
 機樹によって散々弄繰り回され、もはや別物と化した10気筒エンジンはその性能を発揮できる喜びに燃え、車を一筋の光になるまで加速させていた。
「……はっ……やっ……すぎっ……」
「喋ると舌を噛みますよ」
 時速150㎞を越す超高速のカーチェイスだが、速すぎる車には相応の負荷がかかる。
 もちろん体の大半がただの人間である那美にはかなりの不可であり、車好きが見たら懇願して変わってくれと言われるようなポジションにいても何一つ嬉しくない。
 そもそも彼女は車でスピードを出されること自体好きではないし、出来れば早く『追走者』を振り切って啓子先生の所に行きたいとも思っている。
 そんな思いを知ってか知らずか、体の大半が人間ではないミナはガンガンスピードをあげ、『追走者』を振り切りにかかる。
 ギアを巧みに切り替え、的確にアクセルを踏み込み、『追走者』との距離をぴったりと一定に保っている。
 しかし向こうも『速度』を糧に生きるラルヴァの名に恥じない速度を出し、理論上限界速に達している那美たちの車から一定以上の距離を開けることを許さない。
「ニトロを使ってもこうですか……流石にもう……」
「あと……1区画でケリ付けられるの……かしら?」
「少し難しいかと」
 暴力的なまでに速度を上げるニトロチャージャーに貯蔵されたガスを使いきり、今那美たちの車は最高速に若干劣る速度で走行していることになる。
 それでも振り切れないということは、事実上この車では『追走者』に抜かれこそしないものの、振り切ることは不可能ということになる。
「まぁ、ジェット戦闘機と競争したっていうデータもあるくらいだし、仕方ないのかも……ん、電話?」




「やっほー、なんか凄いのと競争してるね」
「機樹、あんたコレ見てんの?」
 助手席にセットされた多機能端末からの呼び出し音に応じると、ガレージでなにやらデータを取りながら電話している機樹の姿が映る。
「データ取り用にこっちのパソコンとリンクして逐一情報送らせてるんだけど……ニトロ使っても振り切れないなら、奥の手があるよ」
「奥の手?」
「うん、今データ送るね……送信っと」
 機樹がリズミカルにキーボードを叩き、それと同時に車に設置された管制システムが新しい装置の使用が可能になったことを表示する。
「アツィルトエンジン!?あんた、これ研究所から持ち出し禁止の代物じゃないの!?」
「ガレージで組んだ新型だから問題ないよー、那美の魂源力に反応するようにしつらえた特別チューンだからね」
「いや……だからその技術が持ち出し禁止って事を理解しなさいよ……」
「通常のエンジンと併用できる設計だから、速度が多分2~3倍くらい出せるんじゃないかな?とりあえず試してみてよ」
「テストはしたのですか?」
 ハンドルを握り、じりじりと差を詰めてくるラルヴァの車線をきっちりと封じながらミナが問いかける。
「いやぁ、まだだけど?でも爆発したりはしないよ……多分」
「多分って……まぁいいわ、これでアイツをぶっちぎってすがすがしく先生と会えるんだからね」
「起動には那美の静脈と声帯登録が必要なんだ……助手席をアツィルトエンジン起動モードに切り替えるね」
 助手席のシートベルトが外れ、背後からセーフティーレバーが降りてくると共に座席がリクライニングし、軽く寝そべるような格好になる。
 座席のロックが終わり、多機能端末からキーボードとディスプレイが那美の目の前に展開すると、声帯登録と静脈認証を開始する。
「並ばれましたね、ゴールまであとは5kmほどのストレートです」
 那美が声帯登録をする際に生じた一瞬の隙を突き『追走者』は速度を上げ、ついに那美たちの車と横並びになり一気に追い抜こうと加速を開始する。
「分かってる、登録……完了!アツィルトエンジン、起動!」
 那美の認証を受け、エンジン部に組み込まれた魂源力を動力に転換する最新技術が起動する。
 同時に車体の一部が可変、タイヤやサスペンションに魂源力が注ぎ込まれ、超加速に耐えれるように車が強化される。
 何処かのヒーローが乗ってそうな外見に変貌したスポーツカーは、生まれ変わったその力を発揮すべく行動を開始した。
「これは……なかなか……」
「……んぐぐぐぐっ」
 極限まで強化された車体に、常軌を逸したスピードを出しながら唸りを上げるエンジン。
 負荷熱でタイヤのゴムが道路に黒い線を引き、爆音が雷鳴のように轟く。
 風景はもはや滲んだ絵の具のように流れていき、音すら置いていくほどの速さで高速道路を走っていく。
 あっという間に『追走者』がバックミラーから消えていくのと同時に、『追走者』の形が霧に戻り消えていく。
 車はそのままの速度であっという間に目的地を通り過ぎるが、あまりの速さに那美の肉眼では今何所を走っているのかすらよく分からない。
 アツィルトエンジンに貯蔵された魂源力を使いきり、通常のエンジンのみの走行に切り替わると変形していた部分も元に戻っていく。
 限界以上の速度を出し付加がかかったのか速度を出せず、トロトロと中央区パーキングエリアまで走りきるとエンジンから白煙を上げてギブアップしてしまう。




「……ラルヴァ反応消失、私たちの勝ちですね」
「う……ぐぅぅ……苦しい……」
 限界寸前の車から降りると同時に今までの負荷から開放されて気が緩んだのか、ぺたんと地面に座り込む那美とは対象に、一仕事終えた満足げなミナ。
「だらしが無いですね……コーヒーでも飲みますか?」
「あんたと違って殆ど生身なんだから……あんなGにいつまでも耐えられやしないわよ……」
「おつかれさまー、迎えに行ったほうがいいかな?」
 どうにか生きている端末は未だ機樹との通信を維持しており、現在地や機体情報を逐一送っているので那美達がパーキングエリアで立ち往生しているのは向こうにも伝わっている。
「あぁ……そうね、そうして……あ、あっーーーーー!?」
「どうかなさいましたか?」
「い、今何時!?そんでここは何所のパーキングエリアだっけ!?」」
「今18時23分、中央区パーキングエリアですね」
「中央区のパーキングエリアって……」
「出入り口より後ろにあります」
「それじゃ駄目じゃないの!待ち合わせに間に合わないじゃない!」
「アツィルトエンジンが終了した時点で出入り口を通り抜けていましたので……気づいていたものかと」
「あーとにかく連絡しないとっ!って、端末電池切れてるっ!ミナ!あんたのを貸しなさい!」
「申し訳ありません、先ほどのカーチェイスの衝撃で液晶部分が破損してしまいました」
「機樹!これ通話機能ついてないの!?」
「ごめんー、ガレージとの通信機能しかつけてないんだ」
「あぁぁ!もう!あぁ! あぁーーーーーっ!!!!」
「魂の叫びですね」
「学生時代もよくこうやって叫んでたねー」

 夕暮れの学園都市に、那美の魂の叫びが響き渡る。
 それに答えたのは、遠くを飛ぶカラスの間の抜けた泣き声だけであった――




       ~了~



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