【春部里衣の日常 そのれいてんご】


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春部里衣の日常 そのれいてんご

 召屋正行は、その日の午後の授業を豪快にばっくれると、とりあえず、いきつけの喫茶店で好物のナポリタンを一心不乱に頬張っていた。
 この、誰にも邪魔されない至福感は、彼にとって久々のものだった……いや、ハズだった。
「どぉぉっっせえぇぇぃっ!!」
 商店街全域に響き渡る大声と共に、喫茶店の扉が有り得ないスピードで召屋の横をすっ飛んでいった。ガラスの破片のひとつが彼の頬をかすめ、一筋浅い傷を作る。
「えっ……と」
「さぁ! 今すぐ、今すぐっ!! この店のウェイトレスってのを出しなさいっ!!」
 その聞き覚えのある声に、嫌なものを見るような目でゆっくりと振り返る。
「やっぱりね……」
 そこには、喫茶店のマスターに一ミリのズレもなく人差し指をかざす、春部里衣が立っていた。もちろん、左手は腰に当て、足は肩幅ほど広げた、実に決まったポーズでである。
「あら?」
 視野の隅に何か気に障るものがあったのだろう、春部の声色が怒から冷へと変わる。
「誰かと思えばC組のど変態じゃない? あんた、ここで何してんのよ!?」
 明確な殺意を込めた声とともに、召屋を睨み付ける。
「いや、ちょっと昼飯をだね」
 半分パスタを口にしながらモゴモゴと喋る。
「ふん! まあ、いいわ。今日はあんたに用があってきたんじゃないの。ここのウェイトレスに用があってきたのよ。で、どこにいるのっ?」
 鋭い目つきで、店内を見渡す。そして、この喧騒を無視してテーブルを拭いていた目的の人物を見つけると、ヅカツカと大股で近づき、声を掛ける。それは猫なで声のようで、ピリピリとした、緩和と緊張が入り混じったものだった。
「あんた、が、あのウェイトレスね」
「あら? お客様ですかあ? いらっしゃいませ」
 全ての男性がとろけるような営業スマイルで挨拶をするウェイトレス。
「はぁ!? あんたが、千乃を辱めたってことは本人から聞いてしってるのよ。さあ、表へ出て、私と勝負しなさいっ!!」
 春部が腕を握ろうとしたのをやんわりとかわすウェイトレス。
「!?」
 驚く春部。確かに掴んだはずなのに? と自問する。
「やめとけ、やめとけ、怪我するだけだぞ」
 横からボソっと茶々を入れる召屋。
「あぁっ? あんたはこの女を潰したあとでボコボコにしてやるからそこで待ってなさい、い、いいわね?」
(おいおい、今日は俺に用はないんじゃなかったのか?)
 心の中で自分のツッコミ属性にガッカリする召屋だった。
「あら? あらあら!? そうなの? なら、私に構わず、まーくんをボコボコにしていいわよ?」
 ウェイトレスは召屋の傍によると、ポンと肩を叩き、ストゥールごと回転させ、彼を春部の方へ向ける。
「ちょっ、待てぇっ!!」
 焦る召屋。
「冗談よ」
 右手をひらひらさせながら召屋にウインクをする。ところが、この行為が春部の怒りに火を注ぐこといなる。どうも彼女は、無視されることが何よりも嫌いらしい。
「わ、私を無視すんじゃないわよっ。即決闘よ、即抹殺よ。そして、今すぐ死刑よ。あんたのあられもない姿を、この商店街にさらしてやるわっ!! まず、そのスカートを切り裂き次に胸の部分を大きく引き、その豊満な胸を……」
 そんな声をよそにウェイトレスはスタスタと店の外へと歩き出す。
「……」
「さあさあ、じゃあ、お嬢ちゃん? こっちへどうぞ。ちょっとだけ遊んであげるわ」
 ウェイトレスに導かれ、春部も外へと向かう。
 二人が表へ出ると、そこには、すでに黒山の人だかりができていた。ただ、ウェイトレスが店を出ると同時に、何かを感じ取っていたのか、店を囲む輪は大きなものとなっていった。
『おー、ねーちゃん。今日もかい?』
『期待してるぜー?』
『俺は、あんたに賭けてるんだから頼むぞーっ』
『たまには俺のために負けろよー!』
 群集から、まるでこれから起こることがわかっているかのような声援が二人に浴びせられる。
「なーにやってんだか……」
 召屋は、好物も忘れて、ストゥールをクルリと回し、二人の方へと顔を向けるのだった。


 「さあっ、いくわよ」
 ぽつりと春部がつぶやき、まるで猫が獲物を狙うかのような姿勢になる。
「あらあら? こちらは、いつでもいいわよ?」
 対して、ウェイトレスは丸いトレーを持っているだけで、なんの構えも取ろうとしない。
「ふんっ」
 そう声を放った瞬間、春部が消える。そして、一気にウェイトレスへと詰め寄る。獣化して、毛に覆われた右腕を顔面へ向けて叩き込む。はずだった。
「残念」
 春部は相手が吹っ飛ぶのではなく、自分の右腕に激痛が走るの理解する。
「っ……!?」
「左がお留守よ」
 瞬間、春部の目の前にあった女性の姿がブレる。避ける間もなく、春部の左脇にウェイトレスの回し蹴りが食い込んだ。
 ミシミシという嫌な音が春部に聞こえる。肋骨にヒビがはいったのだろう。
 彼女の猫の力を宿すという能力で――肉体的柔軟性と高い反射神経――それを辛うじて受け止め、ダメージを最小限に抑えたのだ。ただ、先にトレーに殴りつけた右手の痛みは収まらない。もしかすると、肋骨同様にヒビ程度は入っているかもしれないと春部は思った。
「そ、そのトレーは一体何よっ?」
 脂汗をかきながら、精一杯の声で彼女に対抗しようとする春部。一方ウェイトレスはまるで、なにも感じていないかのようにその口調は軽い。
「ああ? これね」
 クルクルと器用に手で回しながら、答えるウェイトレス。
「あら、これは、なんの変哲もない、超硬質のタングステン鋼で作られたお盆よ。まあ、こんなもんを力いっぱい殴りつけたら、ふつー、拳なんてボロボロになるかもしれないけどね。クスクス……」
「だから、言ったんだがな」
 結末を想像してしまったのか、召屋はぽつりと呟くと、カウンターに向き返ると、冷め掛けてていたナポリタンを食う作業に戻ることにした。
「…えーと、マスター、コーヒーお代わり」
 このままだと、主人公としての自分のポジションが曖昧なりそうな召屋は、意味もなくコーヒーを頼むのだった。


「……あっ、あんた何者っ?」
「あらあら? 私はただのウェイトレスよ。まあ“この商店街を守る”って冠が付くけどねぇ」
 その台詞と共に『いよっ、カッコイイ!』『一発やらセローっ』『今月もしっかり頼むよーっ!!』といった声援が、周囲から聞こえてくる。ここにきて、春部はようやく、自分がとんでもない化け物に、自らの爪を立てようとしていたことに気づく。
(こいつはまずいわねえ。さて、どうしたものかしら……)
 パタパタとネコミミが動く。状況を判断しているのだ。
 そして、春部は、自分の能力と、未だ見えてこない相手の能力を推測し、どう勝てるのかを思考し、決断する……他になかった。
「あら? 無駄な戦術を張り巡らしても無駄よ!?」
 そう言うと同時にウェイトレスは、トレーを春部の方への投げつける。春部は、驚異的な反射神経でそれを避けようとする。
 春部の左腕の体毛が僅かに削り取られ、トレーは春部の後方へと飛び去っていく。ここぞとばかりに間合いを一気に詰め、無防備なウェイトレスの顔面へ、ダメージのない左の拳を真っ直ぐに打ちこもうとする。
(よし! これでいける、はずっ)そう思った時……。
「ざ~んねんでした」
 ウェイトレスに致命傷を与える直前、自分の背中に、息もできないほどの衝撃が加わるのを感じる春部。
「…がはっ!!」
 背中に大きな衝撃を受け、血を吐きながら、大地に潰れる春部は、自分が何故こうなっていたか分からないでいた。
「……あんた、一体をしたの?」
「あらあら? あなた、もしかして、私の能力も知らないで決闘を申し込んだの? それはそれは、本当に残念ねえ、クスクス……。私の能力は、金属限定のサイコキネシスなのよ。だから、こんなこともできるの」
 そう言った瞬間、地面に潰れる春部の目の前に数本のナイフやフォークが突き刺さる。
「……!」
 召屋が口に運ぼうとしていてたフォークも突如消えていた。
「もう、決着は付いたわね? でも、とりあえず、今日の授業料ということで、ちょっと痛い目を見てもらおかしら?」
 三下悪役のような笑みを浮かべながら、ゆらりと春部に近づくウェイトレス。だが、それこそ、春部の罠だった。
 体内に残っている体力を、全て吐き出し、油断していたウェイトレスに一瞬にしてゼロ距離まで近づく。
「こ、これで私の勝ちよ……」
 タックルのように身体を叩きつけると、春部の大好きなプロレスよろしく、パワースラムを食らわそうする。リングではない、大地においてのパワースラムは、致命傷。そのはずだった。一方、ふいをつかれたウェイトレスも対応することはできないはずだった。
「にゃっ!?」
 むにょん! パワースラムで決着しようしていた春部の上腕二頭筋に異様な感触が伝わる。瞬間、技を決める前に逃げる春部。パワースラムは炸裂せず、ふわりとその場に着地するウェイトレス。
「そ、その股間のものは、にゃ、にゃんだ~っ!?」
「うーん? “ちんこ”かしらね?」
 さらりというウェイトレス。顔面を真っ赤にして、反論する春部。
「お、お前は、男なのかにゃ~?」
 その指摘に、酷くご立腹のご様子のウェイトレスは訂正する。
「あら、嫌だ、私は一応、女性でもあるのよ?」
「だっ、だったら、その股間のふにゃふにゃなものはなんなんにゃ~?」
 自分と猫の招霊のアイデンティティが混乱しているのだろう。全く言葉になってない。
「ああ、私は、女性であって、男性でもありますからね。なんなら見ます? 女性の証拠でも」
 そういうと、ウェイトレスは、ブラウスのボタンを外し、胸をはだけ、春部よりも豊満な胸ををチラと見せる。隙間から僅かに覗く、紫の下着がなんとも艶かしい。
『うぉぉぉぉっ!!』
 沸き返る観衆。
「ちょ、ちょ、ちょっと、そういうのは女性としてのだなっ!?」
 顔を真っ赤にして、急に止めに入ろうとする春部。
「じゃあ、あなただけに、とっておきの秘密を見せてあげますわ……」
 そう春部の耳元で囁くと、スカートを巻くしあげ、ガーダーベルトを外し、パンツを下ろそうとする。
「にゃ、にゃに~っ!? お、お前には女性としての貞操概念はあるのか? こ、こんな人前で、なんてことをすんにゃ~っ!!」
 そう言いながら、春部は赤面のまま学園の方向へ超人的なスピードで去っていく。周囲では、この賭けに勝ったの負けたのという声が氾濫していた。
 何事もなかったように喫茶店の中に戻るウェイトレス。
「全く、酷い話だと思わない? 一応、私も女としてのプライドはあるのに。ちょっと人とは違うものが付いてるだけであれだもの。ねえ?」
 ニッコリと笑うウェイトレス。
 しかし、その笑顔に含まれているのは(お前、このこと、手前の一般生徒にバラしたら確実に殺すから、よーく理解しておけよ)そんな内容だった。
 もちろん、召屋は、そんなことは絶対に口にしない。何故なら、彼女が持つ、タングステン鋼のトレーで嫌というほど殴られることの痛みを、身体が十分に覚えていたからだった。

 一方、肉屋のコロッケをほうばりながら、この一部始終を見ていた某生徒会長は思っていた。
「やっぱり、大人のれでぃは違うのだな。私もあんな風になれるといいなあ」
「ならなくていいです」
 その背後に立っていた水分里緒が、間髪入れず即答する。そして、仕事が残ってますよといいながら、会長を学園に引きずっていく。

「ところでさ、この扉って誰が修理すんだ?」
 そう呟いた召屋の前に、マスターが、何かを差し出す。
 テーブルの上には、コーヒーのお代わりと共に、使い込まれた大工道具一式が積まれていた。
ツールボックス

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