【キャンパス・ライフ1 その6】


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 カーテンの隙間から真っ直ぐ差し込む、熱い日差し。
 雅は目を覚ました。部屋の温度はかなり上がっており、首周りが汗ばんでいる。もう夏も近いのかもしれない。
 そろそろ毛布一枚でも大丈夫なころかなと、横に寝転ぶ。そして、言葉を失う。
 栗色の髪をした幼い女の子が、隣で寝ているのだ。人の布団に包まれてすやすやと眠っている。
「うーむ」
 雅は選択に迫られた。この少女を放置して、朝ごはんでも買いにコンビニへ逃げてしまうか。それとも、このまま何事もなかったかのように二度寝をしてみるか。いずれにせよ、この子を起こしたら何やら厄介なことになってしまいそうな気がしていたのだ。
 しかし、立浪みくはうっすら目を開けると、雅がそこにいるのを見て笑顔になる。嬉しそうだった。
「おはよ・・・・・・」
「お、おはよう」
 みくは雅の胸に寄り、体をぴったりとくっつけた。にこにこしながらぎゅーっと引っ付き、離れない。しばらくそのまま時間が経過していった。
「これはどういうことだい、お嬢さん」
「お部屋に帰るのが面倒だったから、あんたの部屋で寝ただけよ」と、ニンマリしながらみくは言う。「どうせ朝食も夕飯も私が作るんだし、ここで暮らしちゃったほうがいいじゃない」
「ま、まあそれは言えてるなあ・・・・・・あれこれやってもらってるし・・・・・・文句は言えないし・・・・・・あれ? うーん?」
「私たちはパートナー。二人で一人なんだから、これぐらい心が通い合ってても、ステキなことだよね」
「あ、パートナーなんだ俺たち・・・・・・」
 雅がそう言うと、うるっとみくの両目に涙が溜まった。
「なんでもない、悪かった。お前がいなくちゃ、回復だけの俺は戦えないし飯も食えない。お前と俺はずっと一緒だ」
「大好き」
 みくは、顔を雅の胸にうずめた。
(何でこんなことになってしまったんだ・・・・・・?)
 雅は小さな体を抱きしめてあげながら、人としての道を踏み外して転げ落ちていることに困惑していた。


 ガサガサと森を掻き分けて、脅威は静かに接近しつつあった。
 横長で細い切れ目は、絶対に何があっても破壊対象を逃すことはないだろう。口を全く開くことのない冷徹な無表情で、その男は森を進みゆく。
 茹で上がりそうな蒸し暑さも、森の深さも気にならない。彼の目的はただひとつ、「目標の異能者グループを殲滅させること」


「来ましたね」
 と、水分理緒は後ろにたたずむ男子生徒に言う。「準備は大丈夫ですか?」
「いつでもいけますよっと。それじゃ、作戦通りにやってみましょっか」
 彼は腰の太い鞘に手を描けると、たくさんある剣のうちから一本を取り出した。
「四宝剣『繚龍』・・・・・・!」
 西院茜燦(さい せんざ)は、コンクリートのまっさらな壁を見つめる。
 四方をコンクリートのフェンスで囲ったこのフィールドが、今回の戦闘訓練場所である。雑草生い茂る殺風景な箱庭の中、特殊な異能力訓練は始まった。
 凝視していた壁の一点が、ドゴッと砕ける。穴が穿たれ、拳が突き出てきた。その穴から巨漢が顔を覗かせた。感情を表に出さないキツネ顔は、殺害対象がそこにいるのを確認すると、ひび割れた壁を片腕のみでなぎ払い、すべてを派手に崩壊させた。
 がらがらとナイアガラのように崩れ落ちるフェンスを、茜燦は冷たい目をして眺めている。かくしてフィールドはコの字になった。全身がねずみ色に塗装された男に、茜燦はこう言った。
「ま、来るなら早く来てくれ。本気で俺を殺しに来てくれ。訓練は実践さながらじゃないと、意味が無いんでね」
 返事をするまでもなく男は茜燦に接近してきた。隆起した筋肉を全身にめぐらせた、重量感ある体。太い両足がたくましく躍動し、どしどしと大地を踏み進む。
 至近距離になり、キツネ顔の筋肉質は丸太のような腕で茜燦に殴りかかった。それを見てから茜燦は、斜め後ろに素早く下がると『繚龍』を振り上げ、氷結のウェーブを繰り出した。
 白い氷の塊が男の上体にまとわりつく。茜燦はまたすぐに一太刀振り、男に向かって氷塊を浴びせながら距離をとった。
 茜燦めがけて突き進むたび、白く硬い氷が積み重なっていく。急激に体が冷えたか、だんだんと男の動きが鈍くなった。それでも獰猛な男は茜燦を撲殺するため接近し、人の頭ほどある拳を無表情のまま振り回した。
 男が近づくたび、茜燦は氷結の大刀『繚龍』を振りながら距離を取った。しばらくこの繰り返しだった。「殴ることしか脳がない単純バカか。もう少しまともな訓練ロボットはないものだろうか」
 この戦闘は、学生が年代の壁を越えて自発的に参加する「自主訓練」である。今回訓練に使われているロボットは、超人的な肉体を持つデミヒューマンを想定してのものであった。裏山の森をしばらく歩くと、だだっ広い開けた場所があり、そこに双葉学園の多目的訓練場はあった。
『繚龍』が何度も何度ももたらした氷結は、すでにフィールド全体にまで及んでいた。氷は周りを取り囲むフェンスにびっしり張り付き、地面にも広がっている。雑草に付着している霜のような氷塊が、お昼すぎの日光にさらされてきらきらと滑らかな光沢を発していた。夏の日差しはすぐに氷を溶かしてしまうことだろう。
「そろそろ頃合かい? 決着をつけようか、副会長さん」
 水分はにこりと微笑んで返事をした。彼女は瓦礫の上で、両手を前に組んで戦闘を見守っていた。そこは、男が片腕一本で壊したフェンスのあった場所である。
 ボディにまとわりつく氷が溶け出した頃には、ロボットはやっとのことで自由に動き回ることができるようになっていた。体についた残りの氷を、全てなぎ払う。一面の雑草が、ロボットが撒き散らした水滴に濡れた。
 そんな敵を一人残し、茜燦は一気に戦線から離脱、崩れたフェンスから飛び出した。フィールドにロボットが残っているのを確認し、そして、叫ぶ。
「今だあーーーッ! 遠藤ーーーッ!」
 三人目のチームメイト、遠藤雅が登場したのだ。
 彼はロボットが壁を崩壊させ、侵入したのと入れ替わるように、フィールドの外に出ていた。
 そして、両腕を左右に大きく広げ、強く念じる。
「それ」がしていたかつての形をイメージし、本来の姿を取り戻せるように、念じる。
 すると、一枚だけ崩れていたフェンスが、下からズドンと生えたように、一気に生成されたのだ。丸々一枚埋まっていたコンクリートの壁が、立ち上がったかのようだった。ナイアガラが一斉に逆流したとすれば、きっとこのような光景を見るに違いない。
 かくして「口」の字のフィールドは再生された。壁の位置に立っていた水分は、優雅にフェンスに腰掛けていて、おっとりとした笑顔でこう言った。
「水浸しの箱庭のできあがりです」
 と、右手人差し指で、円をひとつ描いた。
 すると、フィールド内の水滴や氷結の結晶が、一つ一つ動き出し・・・・・・浮かび上がり・・・・・・振動し・・・・・・。壁から、雑草から、四方八方から、ロボットの全身を目掛けて「集中砲火」を浴びせたのだ。
「まあ。虹がかかってとてもきれい」
 水分は麗しい微笑で、ロボットがズタズタに切り刻まれていく過程を観賞していた。


「お疲れ様でした、遠藤さん。どうです? 実践演習での能力使用は」
 雅はたっぷり汗を流しながら、水分に笑顔を向けた。両手を後ろにつき、肩で息をしている。水分は、そんな雅に飲料水を渡してくれた。雅はありがとうと言ってそれを飲み干した。
「とても緊張しました。やっぱり練習とは全然違いますね」と、雅は答える。「失敗したらどうしようかとか思いました」
「経験を積むことだな。遠藤がそうして訓練をしている間にも、ラルヴァはいたるところで猛威を奮っているのだから」
「ゼンザくん。今日は訓練に付き合ってくれてありがとう。これからも頑張るよ」
 そう、雅は自分が無理を言って訓練に付き合わせた、高等部の男子学生に言った。
「何、ラルヴァと戦う闘志のある奴のためなら、たやすいことだ」と言ってから、茜燦は雅を見る。「遠藤は敵と戦う意志がちゃんとある。・・・・・・この学校は、戦場に立つことは命を懸けることだという意識に欠けた生徒が多すぎるんだ。遠藤のような真面目な人のためなら、これぐらいのことは」
 茜燦にそう言われ、雅は急に情けなくなった。一週間前の醜態を思い出したからだ。
 戦いから目を背けたかった彼は、パートナーをその場に置いて逃げ出した。敵に背を向けて、無様に逃亡した。それは結果としてみくに重傷を負わせてしまう。
 しかし、その経験が雅にはっと自覚させたのだ。自分には敵と戦える力があり、みんなが必要としている力があるということを。
 何よりも、自分がラルヴァと戦い、大切な人や物を守っていくことが母親――雨宮愛のくれた力の使い方だと、雅は気がついたのだ。
 その日以来、彼は変わった。
 授業のない時間帯に、雅は積極的に自主訓練に参加し始めた。非戦闘員であり、異能者としては非常に癖の強い雅の能力開発訓練に一役買ったのは、あの醒徒会だった。
 本日は醒徒会副会長・水分理緒と、四宝剣を使いこなす高等部の二年生男子・西院茜燦とともに自主訓練場へやってきた。茜燦は訓練場の受付でうろうろしていたところを、メンバーを捜していた雅につかまった。彼の握る四本の呪術剣にもまた、世界の命運がかかっている。
 水分理緒は、雅が自主訓練に参加すると聞いて駆けつけてくれた。醒徒会のメンバーと一緒に訓練を行うのは初めてであり、強い緊張を雅は強いられた。まして、水分は醒徒会のナンバー2である。とんだ大物が出てきたものだ。
「それにしても、すごくリアルなロボットでしたね」と、雅が言った。放置されているロボットの残骸には、ごく普通のロボットに見られるような金属部品やフレームが散乱している。
「学園出身の異能者エンジニアたちが作った戦闘ロボットです。もともとはまだ異能者が少なかった頃、ラルヴァに対抗するため、超科学系の人たちが研究・開発をしたものだったそうです。超科学の結晶も今では、こうして異能者たちの育成・訓練に使われています」
「超科学の異能を持った奴らの一部は、そうすることでラルヴァとの戦いに貢献しようと考えたんだな。それぐらい今のだらしない連中も、高い意識と熱意を持って日ごろの訓練に参加して欲しいもんなんだがな・・・・・・」
 茜燦はため息をついて、青空を見上げた。


「そうかそうか。このごろ自主訓練に参加してるのか。それは学生としていい心構えだ」
 と、与田は白い歯を見せて言った。雅は与田の研究室で、汚れたジャージを畳んでいた。
 雅は、放課後はいつも与田の研究室に寄るか、一緒に図書館で勉強をするか、繁華街で遊ぶかをしている。学校生活がそれなりに充実しているのは、やはり与田の存在が大きかった。与田のおかげで、今ではだいぶ島や学園に詳しくなっている。
「けっこう初めは苦労したけど、慣れれば楽しいね。能力を使うのがかなり楽になった」
「今では何とか使役できるからね」と言いながら、与田は隣の部屋に行ってしまう。いつものように、何か実験材料か実験体を持ってこようとしているのだ。
「おいおい、今日も生体実験か? 勘弁してくれよ、俺はモルモットじゃないんだから」
「あはは。モルモットはこの子のことなのに、面白いこと言うね。まあ、今日はちょっと難問かもしれないよ」
 彼の持ち込んだピンクのプラスチックケースに、小動物がうずくまっているのを見た。
 猫だった。
「この島はどうしてか猫が多くてね。それゆえ、交通事故に合う不幸な子も多い。この子は頭を強く打ってしまい、全身が麻痺してしまった。恐らく植物状態なんだろう。まあ、エンジニアの僕には医学のことはよくわからないけどね。
 かわいそうに、今も起き上がりたくて、走り回りたくて、美味しいご飯を食べたいだろうに」
 じっと動かず、体を丸めている猫は、まるで眠っているかのようであった。
「この国では、人間に関して言えばこういう子は『死んでいる』ことになる。それは法律で決まっていることだからさ。この子は『死んでいる』。さあ、遠藤くん? 君はこの猫は死体なんだと思えるかい? 『死んでいる』と断定できるかい? 今すぐにでも手術台に仰向けにして、健康に稼動している内蔵を抜き取ることは、正しいことかと思えるかい?」
「そりゃあ、いけないことだと俺は思う」
「どうして?」
「生きているからさ」
 与田は雅の返事に機嫌をよくすると、眠り続ける猫を取り出した。灰色のキジ猫は目を瞑ったまま、与田に抱えられてぶらんと体を垂らしている。与田はキジ猫を、胡坐をかいている雅の前に寝転がした。
「それならば遠藤くん。この子を回復させてみようか」と、与田は不敵な笑みを浮かべて言った。「もしもそれができたら、これはすごいことだ。とんでもないことだ。そう、奇跡の目撃者に、これから僕らはなるのかもしれない」
「大げさなこと言うなよ。このごろ、みんなにも醒徒会にも持ち上げられすぎて、少し参ってるところなんだから・・・・・・」
「あはは、ごめんごめん。どうも興奮してしまってね。まあ、やってみてほしいんだよ。もしも君がここでこの子を治すことができなかったら、僕は直ちにこの子を保健所に持ち込んで、二酸化炭素で安楽死させることになるよ?」
 与田の脅しにも似た冷酷な要求。雅は黙って、猫の背中に触れた。首の辺りからしっぽの付け根にかけて、撫でるように触った。すると、後頭部にひどく冷たい箇所があった。それは雅だけにしかわからない感覚だった。
「首のあたりが傷ついているのか」と、彼はこぼした。
「おー・・・・・・。そんなことまでわかってしまうのは想定外だった。いやあ、やっぱり君はすごい奴だよ遠藤くん!」
 その冷たい箇所に、両手で手を触れる。呼吸を整え、手のひらに力を集める。雨宮愛が、雅の膝小僧に触れたときの、あの温もりを思い出して。
 ここまで能力を使役できるようになれたのは、醒徒会の支援と与田の研究のおかげであった。雅の治癒能力は、怪我や崩壊の具合によって、異能力の消費量が顕著に上下した。例えば日常生活において指の切り傷を治す程度なら、数回ほど力を使えたが、ラルヴァとの戦いで重態となった生徒を完全に回復させるのは、自分が後ろに倒れて気を失うぐらいの力を必要とした。と、これぐらい雅は自分の能力について把握することができていた。
 そして、与田は雅に新たな課題をつきつける。それは「身体障害を治癒させること」
 雅は一生懸命念じた。どうか、この子の怪我がなかったことになりますように。ちゃんと脊髄が繋がって、またいつものように動くことができますように。
 与田の想定していた通り、治療はとても時間がかかった。両手の淡い発光が、ちかちかと消えかかっているのを確認する。彼はどんな些細な変化が起こっても、律儀にメモを取っていた。
 一筋の汗をたらしてから、雅は横に倒れた。「ぶはー。もうダメだ。限界だあ。ごめんよ、本当にごめんよ」と猫に謝りながら、強い疲労を見せていた。
 ところが。
 にゃんと、鳴き声が聞こえてきたのだ。
「嘘だろ」と、雅は目を点にして起き上がった。キジ猫は雅の側に寄ると、体を預けて目を瞑った。また一匹、雅は猫に好かれたようである。
「嘘じゃないよ、これは遠藤くんがやったことなんだよ・・・・・・!」と、与田はぶるぶる震えて言う。「奇跡の瞬間だ! こうして治癒能力者が身体障害を治す技術を確立できれば、この世界は変わる! 盲目の人間が光を取り戻し、難聴の人間が鳥のさえずりを聞けるようになる! 常識が、時代が新たな領域へと進むんだ! 嬉しいよ、僕らの研究はついにここまで到達したんだあ!」
 と、与田はまるで自分の功績であるかのように喜んだ。


 雅は街灯を頼りに、真っ暗な構内を歩いていた。
 後ろを振り返ると、まだ理系の研究塔にはぽつぽつと電灯が点いている。時刻は二十時。今日も与田の研究に付き合わされて、遅い時間となってしまった。
 人知れずため息が出る。どうしてこう、僕の能力はスケールの大きいものなんだろう、と。
 醒徒会や与田が向ける期待のまなざしが、正直なところ重たくてたまらなかった。
 キジ猫の身体障害を治してしまったのは、雅自身も驚かされる。雨宮の力のあまりの強力さに、彼自身が圧倒されていた。
「この力、強すぎて手に負えないよ・・・・・・」
 何か、自分を取り巻く世界の何もかもが、自分を中心にして動き出したかのような気がしてならない。これから自分にはどんな運命が待ち構えているのだろう。この便利で貴重な能力は、雅の運命をどのように変えてしまうのだろう。そして、このような強大な力を持ってしまった自分は、これからどんなものの運命を変えてしまうのだろうか。それは世界に対しても、誰か特定の人物に対しても、言えること。
 重たかった。雅にとって、この壮大な力は重たすぎた。
 自分の血と向き合ったとき、急に母親のことが恋しくなる。母親に会って、とてもきいてみたくなる。
 母さん、僕は治癒能力者として、これからどうしていけばいいんだろう。そして母さんはどうやって、自分のこんなとんでもない能力と付き合ってきたんだい?


 学園を出ると喫茶店の店主が、営業を終えるため看板を店内に引っ込めていた。帰宅する学生で賑やかだった商店街も、この時間にはどこも店を閉め始める。双葉区水道局汚水タンクと黒い丸文字で書かれたシャッターが、街灯に浮かび上がっていた。
 雅は、家で待っていることだろうあの少女のことを思い出した。
 最近、みくは雅に対して声を荒げたりしない。怒ったりしない。例えばこうして遅い時間に帰ってきて寂しがらせたりすると、あの子は泣くのである。これには随分と参った。
 雅は人の気持ちをいちいち考えてしまう優しさがあるので、ついつい謝ってしまう。そして「大好き!」とみくは胸に飛び込む。これが定型パターンである。
彼は冷や汗をかきながらこう思う。俺は間違った生き方をしていないか? 俺はこれでいいのか? 何よりあいつはあれでいいのか? 
 東京で大学生活を始めるにあたって、雅も例えば恋人とか、そのままの勢いで結婚だとか、そういった淡い期待をしていたことは言うまでもない。だけど、それがあの十二歳の娘だというのは、やはり何か問題があるような気がしてならない。
 遠藤雅は、外見上の魅力に関して言えば「並」である。名古屋での高校時代、親切にした女の子に告白されたことだってある(しかし貧乏な雅は女の子に気の利いたことをしてやれず、あっさりと振られてしまう)。だからと言って、こんなにも愛されてしまうのは異例であり、困惑当惑の二文字しか浮かばない。相手が幼いからあんなにも一途なのか? 雅には少女の気持ちがわからない。
 ああ、今日も部屋に帰れば「どこで何やってたのよ・・・・・・」と拗ねられるだろう。
 ご機嫌を取ったら「大好き・・・・・・」とくっつかれるだろう。
 これさえなかったら自分の生活はごく普通の生活として、なんなく落ち着くはずであるのに。
 本当、いつからこんな変なことになったんだ? 雅の苦悩は終わらない。


「まあ、メールぐらいは送っておこうかなあ」
 そう、雅はカバンに手を突っ込んだ。いくらみくが、自分から進んで夕飯を作ってくれるとはいえ、せめてそれぐらいの気遣いは必要だと思ったのだ。商店街を離れると、いよいよ辺りは真っ暗になる。夜の住宅地に、雅の足音だけが響いて聞こえてきた。
 今日も、出来上がった夕飯をテーブルに置いて、寂しそうにしてるんだろうな。
 玄関で出迎えた泣きべそ顔を想像しながら、雅はモバイル学生証を探すことに集中していた。
 筆箱に手を触れる。与田のくれた研究資料に手を触れる。水分理緒がくれた「遠野彼方監修・特製びゃんこぬいぐるみ」の生地に手を触れ、あまりの柔らかさに少し揉んでみる。
 ようやくのことで、モバイル学生手帳を引っ張り出してきた。画面を開くと、液晶のバックライトがとてもまぶしく照りつけて、思わず目をしかめる。着信メールや、学園からの新着情報はなし。与田のメールはない。醒徒会直々のメールもない。会長の自由気ままで無邪気なデコメールもない。みくの、早くおうちに帰ってきてよメールも、ない。雅はモバイル学生証をパチンと閉じて、前を向いた。
 戦闘型ロボットが眼前に立っていた。
 雅は、うわあと大きな悲鳴を上げた。たまらず、逃げるようにあとずさった。
 ずっとモバイル手帳に気を取られていたせいで、まったくその存在に気づかなかったのだ。細い住宅地の道の真ん中で、その異形は雅を待ち構えていた。
「な、な、なんだこいつはあ!」
 このあいだ、みくと一緒に倒したタイプの機体だった。異なるのは、手足がとても太くて筋肉質を模しており、大刀を装備していること。
 やばい。相方のみくはいない。かといって、自分は戦えない。雅は歯をがちがち鳴らした。
 ブンと、ロボットの両目が真紅に光る。前回のようなゴーグル型ではなく、ちゃんと目が二つあった。それはこの前のやつよりもロボットらしくて、恐ろしいものだった。紅の視線に、自分の眼球が貫かれそうであった。


 閑静な夜の町に、青年の悲鳴が響き渡った。




【双葉学園の大学生活 ~遠藤雅の場合~】
作品(未完結) 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話
登場人物 遠藤雅 立浪みく 与田光一 西院茜燦 逢洲等華 藤神門御鈴 水分理緒 エヌR・ルール 早瀬速人
登場ラルヴァ カラス
関連項目 双葉学園
LINK トップページ 作品保管庫 登場キャラクター NPCキャラクター 今まで確認されたラルヴァ
ツールボックス

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