【反逆のオフビート 第二話:前編】


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 元が縦書きなのでラノで読んだほうがいいかもしれないです
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FILE.2〈彼氏と彼女の初めての共同作業:前編〉


 藤森弥生《ふじもりやよい》はぼんやりとした感覚の中でそれを見ていた。
 目の前にはまだ七歳だったころの自分が佇んでいた。今と変らない二つに結った髪に、今と変らない幼い顔。弥生はすぐにこれが夢だと確信した。
 幼い弥生の前に同い年くらいであろう少女が泣きながら弥生と話をしていた。
 その少女は赤い髪が特徴的で、どこか強さを感じる顔立ちをしているが、今は泣き顔でクシャクシャになっていた。
 それもまた、幼き日の巣鴨伊万里《すがもいまり》であった。
(ああ、これあの時の・・・・・・)
 これは遠い日の記憶。
 伊万里の両親が自動車事故で亡くなった日の出来事だった。
(そう、あの日伊万里ちゃんは家族で出かけるはずだったんだ、でも伊万里ちゃんはあの時既に死の旗が見えていたみたいだった・・・・・・)
 伊万里の異能である“アウト・フラッグス”は、死が近い人間の頭の上に旗が見える。一見間抜けな図に感じるが、それは恐らく幼い彼女の解りやすい形で能力が発現しているからだろう。
 彼女の両親が亡くなる日も、伊万里には両親の頭に死の旗が見えていた。それどころか彼女自身にも死の旗が頭に存在していた。
 その日は家族三人で祖母の墓参りに行く予定だったのだが、伊万里は死を感じていたために泣いて抗議をしていた。だが幼い伊万里の妄想じみたその言葉を両親たちは信じてはいなかった。出かけるのがいやないい訳だとしか考えていなかった。
 結局両親は伊万里を留守番させてそのまま出かけ、事故に遭い、亡くなってしまった。
 死を予言する異能を持ちながらも両親の死を救えなかった伊万里は、自分の無力さに嘆き泣いていた。
 そんなことは幼かった伊万里には何の責任も無かったというのに。
(そういえば、あの日以来伊万里ちゃんが泣いてるのを見たことないな・・・・・・)
 弥生が過去のことを思い返しながら目の前の幼い自分と伊万里を見つめていた。
 幼い弥生は、両親亡くし泣きじゃくっている伊万里の両肩を掴んで目を力強く見つめていた。そう、彼女はこの時決意をしていた。
「伊万里ちゃん、泣かないで。私がいるから、私が伊万里ちゃんを護るから!」
 幼い弥生は天涯孤独になった伊万里を護りたいと心から思っていた。
(ああ、確かにこんなことを伊万里ちゃんに言ったな・・・・・・今でもその気持ちに嘘はないけど、今じゃ伊万里ちゃんに私が護ってもらってばっかりだ・・・・・・)
 しかし現実と理想は常にかけ離れているものである。
(結局昨日の放火事件も私はなにもできなかった。伊万里ちゃんは勇敢に犯人を追っていったのに私はあの男の子にすがって泣いてただけ・・・・・・惨めだなぁ・・・・・・)
 弥生が伊万里を護ると決意したその翌年には、その異能の力を見出されて伊万里は双葉学園に移ることになっていた。
 弥生は伊万里の傍にいるために、数年もかけて一般の試験をうけ、双葉学園に入学を果たしたのだ。
(ラルヴァや世界の平和なんかどうだっていい・・・・・・せめて伊万里ちゃんだけは――)





 目覚まし時計が鳴る数分前に伊万里は目を覚ました。
 それはいつもの習慣で、まだ寝ている弥生を起さないようにという彼女の配慮だ。寮の部屋は二人部屋になっており、伊万里は弥生と同室なのである。
 部屋は可愛らしいぬいぐるみで溢れており、それは全て伊万里のものだ。弥生は私服を沢山もっているようで、クローゼットの中を独り占めしている。
 鳥のさえずりが目覚めた頭に心地いい。時刻はまだ午前六時。始業まではあと二時間以上もある。
(さて・・・・・・と、日課でもはじめますか)
 伊万里は一先ず運動着に着替えて、学生寮の庭に出てストレッチを始めた。適度に筋肉の引き締まった綺麗な肢体が朝日に輝いて見える。
 伊万里は所属する薙刀部のメニューを始めた。朝からやるものではないハードなメニューで、それでも伊万里は妥協もせずにそれらをこなしていく。
 模造の薙刀を振り回す彼女の顔はいつも以上に真剣で、何か思うところがあるようである。
(昨日の放火事件、結局私は犯人を捕まえられなかった。まだまだ甘いのよね。もっと強くならなきゃ、じゃないと誰も護れない)
 自分の両親が亡くなったあの日から、伊万里は眼に見える全ての死から大切な人たちを護り抜こう心に決めていた。
 自分はそのためにこの死を見る力を得たのだと。
 自分は選ばれた人間なのだと、そう考えていた。
 しかし彼女は双葉学園に入学して、さらに自分よりも凄まじい“選ばれし人間”たちが多くいることを知った。
 それ以来彼女は彼ら上位の異能者にも負けぬように日々鍛えに鍛えているのであった。
(それでもまだ足りない。昨日の事件も、あの男の子が最初に助けてくれなきゃ私も弥生も死んでたのよね。私の能力ってなんでこうも中途半端なのかしら)
 昨日の事件での無力さに反省しながら一先ずメニューを終え、シャワーを浴びようと伊万里は寮に足を向ける。時間も頃合だ。
 部屋に戻ると、まだ弥生は気持ちのよさそうに寝ていた。すやすやと天使のように可愛らしい寝顔を見て、伊万里は心癒される。
(ほんと、この子を見てると安らぐわ。相変わらず幸せそうな寝顔ね)
 伊万里は弥生の柔らかいほっぺを指先でぷにぷにとつつく。
「ほら、弥生。そろそろ起きないと駄目よ、髪といてあげるから一緒にシャワー浴びようよ」
「ほわ~~~。あぅぅ、伊万里ちゃんおはようー。今ね、ちっちゃい伊万里ちゃんが夢に出てきたのぅ」
 と、弥生はまだ寝ぼけてるように目をしょぼつかせながらふらふらとしていた。
「はいはいよかったわね、さ、はやく立って。シャワー浴びたら弥生の好きなハムエッグ作ってあげるから」
 こうして普段と変らない何気ない一日が幕を明けた。






 双葉学園高等部、その一年の廊下を二人の人間が歩いていた。
 一人は短髪の可愛らしい顔をした少年で、首に真っ赤なヘッドフォンをかけているのが特徴的だ。少し棘のある雰囲気が小柄な見た目とは正反対である。
 もう一人は若い女性で、お洒落メガネに胸元を強調させるスーツ姿、モデルのようなスタイルと顔立ちが特徴的である。
 少年の名はオフビート、女の名はアンダンテという。
 それは勿論コードネームであり、学園においてはまた別の名をもっている。
 その二人は違法科学機関であるオメガサークルから派遣された工作員であるが、末端の尖兵であるオフビートはこの双葉学園の潜入任務について詳しい内容を聞いていない。
 ただ、一人の少女を監視、護衛をせよ、と上からの命令である。
「なんだそのメガネ」
 普段メガネをかけてないアンダンテがメガネをかけているのをオフビートは不思議に思っていた。おそらくは伊達だろう。
「バカね、女教師と言ったらメガネにスーツ。これ常識よ。萌えよ、萌え。萌えがなければこの時代生き残れないわ」
「アホか、なんだそりゃ」
 と、呆れたように呟くオフビートにはいつものキレのある毒舌がない。
「あら、どうしたの涼一君。もしかして緊張してるのかしら」
 アンダンテは嫌味のようなことを唇を歪ませてオフビートに話しかけた。オフビートは少しイラだった様子である。
「別に、ただ学校なんて初めてだからどうすればいいのかわかんねーんだよ。機関の演習には学校での対応を学んでなかったし」
「なに、簡単よ。普通にしてればいいのよ。目立たず、それでいて孤立しないようにしなさい。まあ普通でいるってのが一番難しいんだけどね、経験上」
「へえ、さすがは人生経験豊富だな。年の功だね木津先生」
 と、負けじとオフビートも言い返す。しかし出席簿でスパーンとはたかれてしまった。
「私はまだ若いわよ、まったく。ほら、そこが私たちのクラスよ」
 そこは高等部一年Z組、ここが二人が通うことになるクラスである。
 アンダンテは堂々とした足取りでその扉を開いた、オフビートはそのあとに続けて入っていく。
 その教室の総生徒数は男女半々の比率で三十人程度であろうか、異能者も非能力者も混合の教室である。それは別に珍しいことではなく、ほとんどのクラスが異能者と非能力者が混在している。
 既にホームルーム待機中の生徒たちは突然見知らぬ人物が二人も入ってきたことでがやがや騒ぎだした。
「おいおい誰だよあの美人」
「うわ、あの美脚! ほそなげー!」
「いや、むしろ胸のがごにょごにょ・・・・・・」
「ってか山岡先生は?」
「見てあの隣の男の子、かわいい~」
「転校生かなー」
「なんか可愛いのに大人っぽいよねー」
 などと生徒たちは好き勝手に騒いでいる。アンダンテは黒板をバンバンと叩いて注意をこちらに向けさせた。
「傾注、傾注! 静かにしなさいあんたたち。私は産休の山岡先生に代わってこのクラスの担任になった木津曜子《きつようこ》よ。みんなよろしくね」
 そうして黒板に名前を書き込んでいく。生徒たちはみな唖然としている。
「産休・・・・・・って、山岡先生って男なのに? おじいちゃん先生なのに?」
「この中途半端な時期に担任かわるのか?」
「ああ、でもあの山岡のじーさんより木津先生のがいいわー」
  と、またも口々に勝手なことを言っている。そんな彼らをオフビートは、なんて騒々しい連中だ、能天気なやつらだ――などと少し斜に構えていた。そんな彼をアンダンテは肘で小突いて話を促した。
「ほら、あんたも自己紹介しなさいよ」
「あ、ああ・・・・・・。斯波涼一《しばりょういち》です。まあよろしく」
 無愛想な表情でそう言った。こんなことは初めてだからどうしたらいいのかわからないのである。そんな彼をみなは輝いた目で見つめている。特に女子たちは彼に興味津々のようだ。オフビートはその気迫に少し気おされている。
「ちなみに私と涼一君は従姉弟同士なのよ、みんな私共々よろしくねー」
 軽いノリで生徒に接するアンダンテを、オフビートは不思議な目で見ていた。今まで研究員と被検体という立場であったときには彼女のこんな姿を見ることはなかった。これがただの演技なのか、それともこちらが彼女の本来の姿なのかはオフビートにわかるわけはなかった。
「ええっと、涼一君。キミはあそこの空席に座ってもらうわよ」
 アンダンテは後ろの席を指を指した。
 しかしそこには三つの空席があってどの席を指しているのか一瞬オフビートにはわからなかった。アンダンテも「あれ?」と少し考え込んでいた。
 すると廊下のほうからドタドタというやかましい走っているような音が聞こえたかと思うと教室の扉がガラリと開けられた。
「すいません遅刻しました!」
 息を切らせながら教室に飛び込んできたのは伊万里と弥生だった。
 伊万里はいつもと少し違う教室の空気を感じ取り、前に視線を向けた。その瞬間オフビートは伊万里と目が合ってしまった。
「あ―――――!」



 のんびりとシャワーを浴びて弥生の髪を結って朝ごはんを食べていたらすっかりホームルームの時間になっていて伊万里は急いで教室に向かった。まだ半分寝ているかのようにぼーっとしている弥生を背中におぶって全力でここまで来たのだ。
 しかし落ち着く間もなく伊万里は驚愕にかられる。教室にあの昨日の少年がいたからだった。
「な、なんであんたがここにいるのよ!」
 突然大きな声で転校生に怒鳴る伊万里を見てみんなが騒然としていた。
 その少年、オフビートに伊万里は命を助けられたのだ。素性も知らなかった命の恩人が目の前にいて伊万里驚いていた。
「ああ、えーっと。転校生の斯波涼一です。よろしく巣鴨さん」
「・・・・・・伊万里でいいわよ。見ない顔だと思ったら転校生だったのね」
 伊万里はこんな偶然もあるんだなと、まるで昔読んだ漫画のようにベタな展開だな、と苦笑していた。
 すると、もぞもぞと背中におぶっていた弥生が起きだした。伊万里の声でどうやらようやく目が覚めたようだ。
「う~~ん。むにゃむにゃ・・・・・・あれ、みんなおはよう。あれれ、ここ教室? なんで?」
 と空気を読まない弥生の発言にクラス中がどっとわいた。弥生は暫くぽかんとしていたが、すぐに状況を把握し、赤面していた。
「はいはいみんな静かに。さあ、巣鴨さんに藤森さんも席について。まだ出席とってないから今日は特別に遅刻ににはしないわ」
 そう言われて大人しく伊万里と弥生は席についた。二人の席は前後同士になっていて、伊万里の左の席は空席だった。そこにオフビートが腰を下ろした。
「お隣同士仲良くしようね、斯波君」
 と、オフビートに笑いかけたが、オフビートは適当に相槌を打ってヘッドフォンを耳にあてて曲を聴き始めた。
 伊万里はむっとしながらその少しだけ漏れて聞こえる音楽に耳を傾けた。それは十年前に死んだ伝説の洋楽ポップアーティストの曲だった。伊万里はその有名な数曲ぐらいしか知らないが、どうやらその当時は絶大な支持を受けていたらしい。
(そんなすごい人でも、死ぬときはあっさり死ぬのよね)
 伊万里はちらりとオフビートの横顔を見つめる。
 可愛らしい顔立ちをしているがどこか影があり、なんだかほっとけない感じである。
(それにしてもなんで昨日の事件のときに斯波君は私の能力のこと知ってたのかしら)
 この不思議な転校生に疑問はつきないが、とりあえず伊万里は目の前の授業に集中することにした。



 寝ぼけた頭をふりながら、弥生は机に突っ伏した。
 周りの生徒は、まだ眠たいのかノンキなやつだな――などと考えているが、それは違う。彼女は落ち込んでいた。
(あーあ、またやっちゃった。恥ずかしいなぁ。どうして私っていつもこうなんだろう。また伊万里ちゃんに迷惑かけちゃったし・・・・・・)
 弥生は自分のこういうところがいやだった。
 誰よりもノロマで、誰よりも不器用な自分が。
 決して勉強が出来ないわけではないが、彼女は色々と間が悪いのだ。一般としてこの学園に入学できたのはほぼ奇跡といっていい。
 ちらりと後ろにいる伊万里を見ると、どうやら伊万里は隣に座っている転校生が気になるようで、弥生の視線に気づいていない。
(もしかして伊万里ちゃんはあの転校生のこと・・・・・・やだなそんなの・・・・・・)
 彼女の居場所は伊万里の隣にしか存在しなかった。
 弥生が物思いにふけながらふと窓の外を覗くと、向かいの棟になにやら人影が見えた。
 それは少女だった。
 弥生と同じ年くらいの、同じく双葉学園の制服を着ている少女であった。
 その表情は凛としており、目は細く、どこか芯の強さを感じさせ、長く黒い綺麗な髪が美しく際立っている。
 こんな授業中にどうして廊下に立ってこっちを見ているのかわからなかった。
 弥生は眠い目をこすってもっとよく見ようとしたが、その時にはもうその人影は消えていた。まるで幻のように。



「えー、みんなには今から殺しあってもらいます」
 一瞬オフビートにはアンダンテが何を言っているのか理解できなかった。
 それどころがクラス全員がぽかんとした表情になっている。そんなクラスの反応を見てアンダンテは頭をぽりぽり掻いてすべったな、と反省していた。
「まったくこのネタが通じないとは、世代を感じるなぁ」
 それは昔の映画の名シーンの再現であったが誰も気づくものはいない。
「そんなもんおばさんしかわかんねーっての」
 と、オフビートはぼそりと呟いたが、それを見過ごさすに黒板消しをオフビートの頭にぶちあたった。顔が白くなったオフビートを見て伊万里は「バーカ」と口パクで言って笑っていた。
「えっとだねぇ。つまり今日の授業は戦闘実習よ。ちなみに一年と二年の合同実習だから、気を引き締めないと痛い目みるわよ」
 クラス中がざわざわと騒ぎ出した。凄まじい戦力を誇る二年生との合同実習なんて、考えるだけでも恐ろしい。このクラスはあまり実力が秀でてるわけではないのだ。
「さあ、みんな体操着に着替えたら第三実習グラウンドに集まるのよ。ストレッチもちゃんとしておかないと怪我するわよ」
 そういって手をパンパンと叩いて皆を更衣室へと誘導した。
 第三実習グラウンドは、双葉学園の隅にある自然区域である。
 だだっ広い荒野のように地形が歪んでいて、奥には小さな森も存在する。リアルな実戦を演出させるためにわざとこのような形に作られた場所である。
 そこに一年Z組と、二年のA組が集められていた。みなジャージか体操着姿である。
 オフビートはちらりと、伊万里のほうをみる。
 伊万里は上がジャージで、下はブルマなので、オフビートは少しドキドキしていた。
(うう、こんな服初めて間近で見たな。なんだかモヤモヤする)
 そんなオフビートに気づいた伊万里はじろりと睨んでいる。
「何見てんのよエッチ」
「べ、べつに見てねーよ。ただちょっと珍しかっただけだっつの」
「珍しい? ふぅんあんたってやっぱり変ってるわね」
 オフビートはその隣にいる弥生にも目を向ける。弥生は伊万里と違って胸の発育がいいのか、体操着がきつく見えるほどだった。
「ひぃ、斯波くんどこ見てるんですかぁ・・・・・・?」
「弥生をへんな目でみるなバカ!」
 と、オフビートは伊万里に平手で頭を叩かれる。
 二人がそんな雑談しているとまたもアンダンテと二年A組の担任に怒鳴られてしまった。
「あんたのせいで怒られたじゃない」
「へいへい」
 オフビートはアンダンテから伊万里と親しくなって常に一緒に行動しろと言われている。監視と護衛のためにだ。だが、伊万里と話していると、なぜかオフビートも少し喧嘩腰になってしまう。本来なら演技でもなんでもして彼女に取り入れなければならないのに、オフビートはまるで任務を忘れているかのように自然に伊万里と接していた。
 そんなオフビートは生暖かい目で見守るアンダンテも、やぼったいジャージ姿で生徒たちに指示を仰ぐ。
「えーっと、今日の合同実習はだな・・・・・・ああ、説明するのがめんどいんで、二年の代表に説明してもらうか、水分!」
「はい」
 と、まるで水のように透き通った声がその場を支配する。
 二年の列から彼女はみなの前にやってきた。
 それは黒く美しい長髪に、上品な顔立ちの醒徒会副会長である水分理緒《みくまりお》だった。
 一年生の間で歓声が上がる。美しくも、学園で七人にしか与えられない“最強”の称号を冠する彼女は学園中での人気は絶大だった。
 それに加え、先日の放火事件での活躍である。
 謎の能力者による双葉学園商店街放火事件。異能の炎ゆえに、それは放火と呼ぶのは生易しいレベルのものだった。下手をしたら何十人という死者がでていたことだろう。
 しかしその場に居合わせた水分が己の水を操る能力でその強大な炎を消火したという話は既に全校生徒中に知れ渡っていた。
 だが、その場にもう一人の協力者がいたことを水分以外誰も知らない。
 生徒たちの前に立って、彼女は実習の説明を始める前に少しだけオフビートに視線を向けた。それに気づいたオフビートは美人の彼女に微笑まれて、少しだけ頬が緩んだ。
「なにあんた、水分さんのファンなの? やだやだ、やっぱり男の子ってああいう清楚なタイプが好きなのね」
 などとオフビートをからかう。オフビートは少しだけむっとして、水分の手首に目を向ける。包帯が巻いてあり、痛々しい。
「あうぅ。水分さま大丈夫なのかなぁ。ほんとうはまだ安静にしてないと駄目なのにぃ・・・・・・」
 弥生は心配そうに彼女を見ている。
 彼女の手首の怪我に包帯を巻いたのは水分ファンクラブ会員である弥生だ。他の生徒も水分が心配なようで、ざわざわとしている。そんな生徒たちに気づいたのか、水分はにこりと生徒たちに笑いかけた。
「みなさん心配ありがとうございます。大丈夫です、私は今日の実習は見学させて頂きますから。一応進行役として頑張らせていただきますが」 
 やはり彼女はまだ実習に参加できるほど回復はしてないようだ。せっかく醒徒会との手合わせができると思っていた生徒もいたようで、残念がってる生徒やほっとしている生徒もいた。彼女が一人いないだけで二年A組の戦力はがくんと落ちるからだ。
「みなさん安心してください。見学になった私の代理を連れてきましたから」
 そう言って水分は一人の女子生徒を紹介した。
 その女子生徒はきりりとした目つきにきれいに整ったロングヘアの少女だった。
「どうも、風紀委員の逢洲等華《あいすなどか》だ。今日はうちのクラスが自習だったから代理としてこの合同実習に参加することになった。手加減は一切しないからそのつもりで覚悟してくれたまへ」
 一年生の顔は一斉に青ざめた。
 恐るべき近接戦闘力を誇る風紀委員の逢洲がまさか自分たちの合同実習に参加するなんて思ってもいなかった。穏やかで優しい水分とは逆に自分にも人にも厳しい逢洲を相手にするなんて彼らには辛すぎるようだ。
「まあまあ落ち着きたまへ諸君。今回の戦闘実習は実力差のハンデと、二年の人数が一年より少ないこともあり、一年は三人一組のチームを組んでもらうことになっている。そして二年は一人でその三人一組のチームと戦ってもらう」
 この合同実習の目的は、一年のチームワークを育てるということと、二年の単独で複数の相手をするときの訓練ということである。
「というわけで、一年のみなさんは三人チームを組んでくださーい」
 水分がそう言って、一年Z組たちはそれぞれチームを組んでいく、オフビートは一人ぽつんとしていた。
(チーム組めったって転校してきたばかりの俺は誰と組めばいいんだ? それに単独任務が基本の俺は演習でもチーム戦なんてしたことないしなぁ)
 などとぼーっと考えていると、周りでどんどんチームが組まれていく。
 ふと、誰かがオフビートの腕をくいっとひっぱった。オフビートが驚いてその方向を見ると、むすっとした顔の伊万里がそこにいた。
「そんなぼーっとマヌケ面してるから誰も組んでくれないのよ。もう、しょうがないわね、今回は私が組んであげるわよ」
「え、いいのか?」
「まーね。昨日の件もあるし、いいでしょ弥生?」
 伊万里は既に組んでいた弥生に問いかける。少し間を感じたが、弥生は笑顔で答える。
「う、うん。私も男の子がいると心強いもん。私も昨日の斯波くんの活躍見てたもの」
「おお、ありがとな」
 オフビートは素直に礼を述べると、なにやら伊万里は少し顔を赤らめている。
「か、勘違いしないでよね。ただ転校生だし、私たちしかまだ知り合いいないから可哀想だなぁって思っただけよ! 同情よ、同情! ありがたく思いなさい!」
「へいへい、さんきゅーな」
 これはオフビートには都合がよかった。監視と護衛の対象である伊万里とはなるべく一緒にいたほうがいいからだ。それに実習などではいつ敵の襲撃があるかわからない。だが、オフビートはそんな打算とは関係ないところで喜んでいた。
 それがなぜかは本人にもわからないが、悪い気分ではなかった。
 これでようやく一年のチーム編成は完了した。それを確認して水分はあるものを取り出した。
「さあ、みなさんチームは決まりましたね。じゃあこれをつけてもらいます」




「ちょっとこれはダサイわね。子供じゃないんだから・・・・・・」
 そう愚痴を言う伊万里の頭には猫耳がちょこん、と可愛くのっていた。
「しょうがないよぅ伊万里ちゃん。水分様の提案なんだから文句いっちゃ」
「まあ、とにかくやるしかないな」
 そう言う残りの二人、オフビートと弥生の頭にも猫耳がのっている。一件間抜けな絵だが、これがこの合同実習の要になっているのだ。
 この合同実習のルールはシンプルで、この頭のネコ耳を奪われたものは失格で退場になる。
 ただし二年はあくまで一人で一年生三人を相手にしなければならない。そしてこの実習では、参加者の気力を上げるためにとある報酬が設けられ、その説明は逢洲からなされた。
「狩った猫耳に応じて学食の食券をやろう。ちなみに、私も今月は食費が厳しいので全力でいかせてもらう」
 とのことで、生徒たちのテンションは上がっているが、同時に恐るべき使い手の逢洲の気力もまた上がっていた。
 そして実習が始まり、伊万里、弥生、オフビートの三人は森のなかに潜んでいた。
「う~ん、まずどうしよっか。隠れてても戦闘の訓練にはならないし。誰か二年生を奇襲でもしよっか」
「ええぇ、でも戦うの怖いなぁ。このまま隠れてやりすごすのは駄目?」
 と、怯えた調子で言う弥生に伊万里は呆れていた。
「なにいってんのよ弥生。やらなきゃ訓練にならないじゃない」
 怖がる弥生とは逆に、伊万里は活き活きしていた。強くなりたいと望む伊万里には戦闘実習は望むところだった。
「しっかし。このチームバランス悪いよな。弥生は非能力だし、伊万里の能力だってこの実習じゃ役に立たないだろ」
「そうね、私のアウト・フラッグスは人の死が見えるだけで完璧な予知じゃないけど――」
 伊万里が言い終わらぬうちに背後からがさっと音がして、何か人影が飛び出してきた。
「はははは俺は戦闘系異能“アルテミット・スーパー・チャージャー”の使い手の後光院《ごこういん》亮二《りょうじ》だ! 覚悟しろ一年坊主ども――」
 だが、勢いよく奇襲をしかけてきた二年生の頭にのっている猫耳は一瞬のうちにふきとんで空に舞った。
 ゆっくりと落ちてくるネコ耳を伊万里はなんなくキャッチした。
「でも、腕っ節には自信あるわよ」
 伊万里はにんまりと自信満々に笑った。
 一瞬その二年生、後光院は何がおきたか理解できなかった。伊万里は手に持った自前の竹刀の薙刀で思い切り薙いだのだ。それは閃光のように素早く後光院の頭のネコ耳だけを吹き飛ばしたのだ。
「ふふん。まず、一個ね」
『二年の後光院亮二、しっかくー。ただちに待機場にもどりなさーい』
 ところどころに設置されているスピーカーからアンダンテの声が聞こえる。どうやらネコ耳にセンサーがあるのか、向こうで誰が失格か把握されているらしい。
 泣きながらその場を去った後光院を背に伊万里は勝ち誇ったポーズを決めていた。オフビートも弥生も「おおー!」と拍手をしていた。
「さすがギガフ・・・・・・いや、放火魔を追い詰めただけあるな。一人三国志と呼ぼう」
「だれが三国志よ。まあ褒め言葉と受け取っておくわ、私はもっと強くなりたいんだからね」
 それから何人かの二年生を倒していくと、昼のサイレンがあたりに鳴り響いた。
『はーい昼休憩よー、みんな一時休戦―』
 またもスピーカーからアンダンテの号令がかかり、伊万里たちはふーっと近くの平地に腰をかけた。


「ようやく昼かー。これからの後半戦が肝だねー」
「そうだね伊万里ちゃん。ごめんね、私全然役に立たなくて」
 弥生は申し訳なさそうにしていた。実質伊万里がほとんどの二年生を倒していたからだ。そしてそれを支えていたのが、オフビートの絶対防御の異能である。
 弥生はただ失格にならないように逃げ迷い、彼らの影に護られているだけだった。
(今日の実習では伊万里ちゃんは非能力者と変らないはずなのにすごいなぁ。それに比べて私は何も出来なくて・・・・・・)
 弥生のそんな思いに伊万里は特に気がついていないようで、
「いいっていいって、弥生は私が護るからさ。それよりご飯にしようよ。おべんと、おべんと、楽しいな♪」
 と、鼻歌まじりに重箱を鞄から取り出している。オフビートは「そんなに食べても胸に栄養いかないんだな」と軽口を叩いて薙刀で小突かれた。弥生はそんな二人のやりとりを笑いながら小さな可愛いお弁当箱を取り出している。しかし弥生の心の中では、自分のふがいなさに対する自己嫌悪でいっぱいだった。
 二人が弁当を用意しているのに、オフビートは何ももっていなかった。
「なによあんた、弁当ないの? ああ、今日実習あるって知らなかったのか。でも木津先生って従姉なんでしょ、教えてもらわなかったの?」
「ん、ああ。いや、弁当ってか食うもんならあるから気にするな」
 オフビートはポケットからカプセル型のサプリメントとカロリーメイトを取り出してぽりぽりと食べていた。
「ちょっと斯波君。なに食べてんのよ。そんなんじゃ栄養偏るわよ!」
「いや、ちゃんと栄養素はばっちりだぞ。問題ない」
「駄目よ! ちゃんとしたものを食べなさい! ほら、私の半分あげるから」
 伊万里は重箱を開けて、一緒に食べるためにオフビートに身を寄せた。重箱に似合わず中身は色とりどりの可愛らしい弁当だった。
 まだ会って間もないはずの二人が、こんなに仲良くしているのを見て弥生は少し顔が曇っていた。
(伊万里ちゃんって普段あんまり男の子と喋らないのになぁ。なのにあんなにくっついて・・・・・・)
「よし、決めた! 斯波君、あんたの食生活は私が正してあげるわ。毎日お弁当作ってあげるからちゃんと食べなさい!」
「は?」
「え?」
 オフビートと弥生は同時に頭の上に「?」マークが浮かんでいた。
「だーかーらー。斯波くんのためにお弁当作ってあげるって言ってるのよ。私の目の届くところにいる以上不摂生は許さないわよ」
「いいってそんなの、悪いし」
「平気よ。この弁当も弥生の弁当も私が作ってるんだから、ついでよ、つ・い・で!」
 ふふん、と鼻息を荒げてそう言う伊万里はなんだか充実した顔をしていた。反対に弥生は少し目を伏せていたが、誰もそれには気づかない。
(私だけが伊万里ちゃんの手料理を食べれると思ってたのになぁ・・・・・・)
「ふぅん。じゃあせっかくだから作ってもらおうかな。この弁当あんま味しないけど」
「バカ! あんたの味覚がおかしくなってんのよ。化合物ばかり食べてるから軽い味覚障害になってんのね。ちゃんと野菜食べればまたすぐ戻るわよ」
 まるで母親が子供に叱るように言い聞かせて、オフビートは苦笑していた。
 ふと、伊万里は空を仰ぐ。そこには何も無いのに、ただ目の前の出来事を見たくないだけのようだ。
(ああ、やだな。伊万里ちゃんの隣は私の居場所なのに・・・・・・)





 やがて昼休憩終了のサイレンが鳴り響き、オフビートたちは弁当を片付けていく。
(こういうのも悪くないな)
 今までオメガサークルに支給されたサプリメントや栄養食しか食べてこなかったので、彼には新鮮なことだった。
「さて、と。じゃあ後半戦も気合入れていくか」
「ええ、私は最後まで生き残るわよ」
「う、うん。がんばろうねみんな」
 三人がその場を立ち上がろうとした瞬間、なにやら空を裂くような奇妙な音が聞こえてきた。それは常人には聞こえないわずかで、一瞬のことだった。伊万里と弥生にはわからなかったが、オメガサークルの“開発”により、常人よりも鋭い感覚をもったオフビートにはそれを感じることができた。
 ばっ、と振り返るとそこには黒い長髪をなびかせて、二刀の木刀を構えた逢洲等華が、今まさに空中でその二刀を三人に振りかぶろうとしていた。
 その光景はさながら悪鬼が迫ってくるかのようであった。
「――――!」
 逢洲の渾身の力で振りかぶられた木刀の一撃をオフビートは右掌を広げ、それを受け止めた。その凄まじい攻防でびりびりと大地が揺れる。逢洲の木刀はオフビートの右手に思い切り弾かれ、逢洲も空中に弾き飛んだが、逢洲は空中でくるくると回転して脅威のバランス感覚をもってして近くにある岩場に見事に着地した。まるで大道芸人のようだ。
 凜とした表情の逢洲もまた可愛らしいネコ耳をつけているのが、似合っているのか似合っていないのか判断がつきかねるところだ。
「私の奇襲に感づいて防御するなんてなかなかやるじゃないか。さすがは噂の転校生ってところだ」
「あ、逢洲先輩・・・・・・」
(“確定予測”の逢洲等華・・・・・・か。またやっかいな相手がきたな)
 そこにいた一年の三人全員が目の前の女生徒に慄いていた。 乱射魔の “デンジャー”と並んで鬼の風紀委員と呼ばれる逢洲に白兵戦において右に出る物はいない。
 彼女の能力“確定予測”も伊万里と同じく予知能力の一つで、一瞬先の未来を予測することができ、この実習の性質上彼女の能力は非常に有利と言える。
「ふーん。しかし木刀とはいえ、私の攻撃を弾き返すなんてね。水分さんの言うとおりすごい能力だな」
 逢洲はじろりと、オフビートの両掌を見る。それはかすかにだが輝いていた。オフビートは高周波のシールドを掌に展開させ、その分子の振動により掌が光って見えるのだ。 
 オフビートの異能である“オフビート・スタッカート”は絶対的な防御を誇り、その掌に触れるものはそれが何であろうと拒絶され、遮断される。
 彼のこの異能はオメガサークルによって底上げされた違法の力である。
「逢洲先輩・・・・・・。副会長から俺のこと聞いたんですか?」
「うむ。それで一度手合わせしたいと思っていたところでね。滅多に無いチャンスだからこちらも全力でいかせてもらおう。だがその前に――」
 ふっ、と逢洲の姿がオフビートの視界から消えた。だがそれは本当に消えたわけではなく目にも留まらぬ速さで跳躍し、気づいた頃には既にオフビートの背後に移動していた。
 その逢洲の手にはネコ耳がぶら下がっており、そこにいた弥生の頭にはネコ耳がなくなっていた。
「キミらも足手まといは邪魔なだけだろう。さあ、これで思う存分戦えるぞ」
「え・・・・・・え?」
 弥生は何が起きたのか、一体いつネコ耳をとられたのかすらわからなかった。だが、これで弥生の退場を確定してしまった。
『一年の藤森弥生―しっかーく』
 と、またもアンダンテのやる気のない声が響いた。
 弥生は半泣きの状態でとぼとぼと無言のままその場を立ち去った。最後に「ごめんね・・・・・・」と呟いたが、とても小さくか細いその声は誰の耳にも届かなかった。
「逢洲先輩・・・・・・よくも弥生を・・・・・・あの子泣いちゃってたじゃないですか」
「ああ、誰かと思ったら薙刀部期待のホープじゃないか」
「巣鴨伊万里ですよ。いつも部活で世話になってますけど、今日は私も本気でいきますよ。弥生の仇も討たせてもらいますからね」
 伊万里は薙刀を逢洲に向けて構えた。
 逢洲は時々、薙刀部に顔を出して後輩の指導をしていた。そこで伊万里は逢洲と面識があったようだ。だが、それゆえに伊万里は逢洲の底知れぬ実力をよく知っていた。
 逢洲が弥生をすぐに狙ったのは、彼女を煽り、本気を引き出させるためでもあった。逢洲としても同じ予知能力者として、入部一年にして薙刀部の実力者である彼女と刃を交じ合わせたかったのだ。
 オフビートは両手を広げ、逢洲も両刀を下段に構えた。
「さあ、闘争を始めよう」





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