【蛇の道は蛇】


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 *できるだけラノにあるバージョンを読んでいただくとうれしいです

    蛇の道は蛇

 長々とお説教を聞かされ、始末書と念書に拇印を捺し、学生IDカードにイエローカー
ド情報を登録されて、工克巳(たくみ・かつみ)はようやく釈放された。
 罪の烙印と化したカードが挿され、見えない鎖つきとなったモバイルツールを開いてみ
ると、風紀委員会最強のふたり組にやられて昏倒してから、十六時間ほどが経過していた。
 外はよく晴れていて、美しい黄昏の光が克巳の神経を逆なでする。
「どうしておれがこんな目に遭わなきゃならない……」
 巳年産まれでもないのに克巳と名づけられた、その瞬間から、人生の歯車は噛み合なく
なっていたんじゃないのか――最近、彼はそう思うようになっていた。
 酒に酔った父が「コッキのほうの克己にするつもりだったが、手が滑ってなあ。窓口で
用紙を取り替えるのも面倒で」といっていたのを聞いてしまった日から、克巳は親を信じ
るのをやめた。
 ひょんなことから受けた「適性検査」とやらで、自分が特別な資質を持っているとわか
ったのは三ヶ月前。〈異能者〉は東京湾上に新たに造成された〈双葉区〉の〈双葉学園〉
に在籍することが望ましいのだ、といわれた。
 担当官と名乗った男は、ゆっくり時間をかけて決めるように――そうつけ加えてから帰
っていったが、克巳は、家から出るいい機会だと思って、さして深く考えずにこの島へや
ってきた。
 ……結果は、これだ。自分の力を知り、楽しんでいるところだったのに。
 拘留中に、父親から、仕送りを打ち切るとの連絡とともに勘当状が送られてきた。反省
房管理をやっているという大学部の風紀委員は、
「いまどき勘当とは、時代がかった親御さんだねえ」
 と笑っていたが、克巳にとっては冗談などではなかった。自分の間違いを認めない、頑
固な父親だった。
 大昔、息子の出生届に「一郎」と記すつもりが、筆に墨をつけすぎたために紙に一滴し
たたってしまい、戸籍係の小役人に頭を下げるのが嫌で、そのまま「ヽ(ちょん)一郎」
という名前にしてしまったという、笑えるようで笑えない話があったそうだ。まさに克巳
の父親も、明治だか大正時代の、そんな負け惜しみばかり強い男の残りかすだった。よく
もこの二十一世紀まで生き残っていたものだ。
 とはいえ、資金を断たれたということを抜かせばせいせいしたのはたしかだ。同時に、
急性金欠症に襲われたのも、厳然たる事実。まだ中学三年の克巳は、補助金と仕送りに頼
った生活をしていた。
 政府からの補助金というのは、基本的に授業料と学食の並定食分の額だけで、仕送りを
切られてしまえば、いまいる個室寮を出て、ひとり分のスペースが狭いタコ詰めの集団寮
に移らなければならなかった。
「――でもね工くん、この島の中での暮しとお小遣いに困らなくなる方法ならあるんだ」
 二時間ほど前に留置場へ面会にやってきた、生徒相談のボランティアだという院生のお
姉さんは、そういって意味ありげに微笑んでいた……。


 要するに自分はハメられたのだ。
 克巳は己の置かれた立場をそう解釈することにした。今後は学園側の喚び出しに応じて、
ラルヴァとかいうラルヴァと戦わなければならない。
 まあ、最初にこの島へきたときにも、そんな話を聞いたような気はしなくもないのだが、
マスコミが散々否定していた、オカルトヲタクの噂が真実だということにちょっと驚いた
だけで、正直なところどうでもよかった。生まれてはじめての自由を満喫するつもりしか
なかった。
 新入生向けのオリエンテーションと、〈異能〉がらみの授業だけ真面目に受けた。必要
だと思った部分を学び終えるや、克巳はすぐに授業をフケて、おもしろおかしく日々を過
ごした。
 そうして集めた手下は四人。ずっといじめられっ子でとおしてきた克巳にとって、はじ
めて対等以上の態度で接することのできる連中だった。克巳は、自分がかつてやられて嫌
だったことはできるだけしないようにしつつも、どうしても不良グループの下から逃げ出
すことができなかったかつての経験を活かし、三度のムチに半分のアメで、リーダーとし
ての威厳を上手く固めていった。
 ……そう、完璧だったのに。
 もちろん、反省房のベッドの上で目醒めてからのものの数時間で、学内警察としての風
紀委員会がいかに強力な組織であるかは思い知った。さらに、風紀委員長の両名が、歴代
トップクラスの実力者で、かつ間違いなくこれまででもっとも容赦ない性格をしているの
だということもわかった。
 悪ぶる前に、そのくらいは調べてからやるべきだったのだ。風紀委員長の顔も知らなか
ったというのは、克巳の明らかなボーンヘッド。真性の悪としては資質に欠ける彼の、こ
れが限界だったのである。
 背中を丸めながら、克巳は学食に向かっていた。一般学校なら警察沙汰になるほどの強
烈な悪事であれば、ここ双葉学園では専用の〈異能封じ〉檻舎でそれなりの期間留置され、
もちろんそうなれば食事は出る。今回の克巳程度では、反省房で頭を冷やすだけで、逆に
飲み物しかもらえていなかった。メシ抜きというなかなか古風な罰だったのだ。
 つまりそうとう空腹だったのだが、学食の目の前まできて克巳は重要なことに気づいた。
時刻はまだ夕方四時すぎで、夜の定食ははじまっていない。
 現金の供給が絶たれることがほぼ確定した現状では、定食券を使う以外に食い物にあり
つく方策はなかった。いくらなんでも、克巳はここで後先考えずに貴重な現金をはたくレ
ベルのガキではなかった。そんなバカでは、三日天下とはいえ親分にもなれていなかった
ろう。
「……く」
 あと一時間我慢するしかない――そう、克巳が覚悟を決めたところで、オープンテラス
席の一角から声が飛んできた。
「待っていたぞ、小坊主。どうせ空腹だろう、我輩の手製でよければ、食え」


 その手作り弁当は旨かった。だし巻き卵と唐揚げ、マカロニサラダ。主食はノリご飯に
なっていて、三層構造でおかかも挟んである。
 克巳の母親は料理が下手だった。みそ汁のダシの取り方も知らない。父親はそんな母親
を、料理に関してはあきらめていたようだった。朝は早くに出社してチェーン喫茶のモー
ニングセットで済ませ、夜も食べて帰ってくる。
 しかし克巳も弟の克次も、あまり外食には連れて行ってもらえなかった。克巳は結局み
そ汁だけは自分で作るようになった。ツナ缶を入れるのだ。ダシは出るし具の代わりにも
なる。けっこううまくできた。
 唯一おいしい手料理を食べさせてくれたのは、電車で三駅ほど離れたところに住んでい
た祖母だったが、このお弁当は、そのおばあちゃんの味を思い出させた。
 飲み物は、ラベルのはげた、使い回しとおぼしき五〇〇ミリペットボトルに入った、た
ぶん家で淹れてきたのだろうほうじ茶だったが、それもまた、いまの克巳の渇きを的確に
癒してくれるものだった。
 克巳は口の機能を限定し、ご飯粒ひとつ残さず完食した。
 お茶も飲み切って、ようやくひと息つく。
「ごちそうさまでした。まともなもの食べたの、久しぶりだ」
「タダというわけではない、わかっていると思うがな」
 意味ありげな科白を浴びせられ、ようやく、克巳は弁当を振る舞ってくれた相手の顔を
まともに見た。
 眼光鋭く、頬のこけた、理知的そうだが、性格の悪いことがうかがえる容貌の男だった。
克巳よりはずいぶん年長だ。高等部の上級生か、大学部の一年かもしれない。
 男は克巳の視線を気にする様子もなく、カバンの中へ、空になった弁当箱とペットボト
ルを戻している。
「あなたも、異能者ですね。おれがここにくるってことが、わかってた?」
「たしかに我輩の異能は、強いて分類するなら未来視の一種だろう。だが、能力を使うま
でもなく、きさまのような、いきがっていた小坊主が鼻っ柱をたたき折られてくることは
わかっていた」
 カバンの口を閉じながら、男は克巳の問いに答えた。
「どうして?」
「ここへは、学期ごとに、全国各地から異能に目醒めた者や、素養があると見られた者が
送り込まれてくる。そうした連中の一部は、かならずつまらん悪事を働くようになる。自
分が特別な存在だったのだという無根拠な優越感に浸って、己だけでなんでもできると思
い込んで、な。すぐに『刈り取られ』ることもしらずに」
 つまり、新入生はしばらく泳がされ、問題を起こしそうな連中がまとまったところで一
網打尽にするというのは、年中行事だったということか。
 自分が実は特別な存在だったのだ――その思いは、たしかに昨晩までの克巳も持ってい
た。この島では、大きな勢力の不良グループがいくつか縄張り争いをしているようだった
が、克巳は、ツッパるなら独立独歩でいこう、いや、いけるはずだと信じて動いていた。
 この男の指摘のとおり、それはずいぶんな思い上がりだったわけだ。
「あなたもボランティアなんですか? 生徒部だったか、生徒課だったかの」
 そう、なんの気なしに、カバンを自分のとなりの席に置き直した男へ訊いてみた克巳だ
ったが、凄まじい眼光で睨まれてしまった。
 反射的に謝ってしまう。
「ごめんなさい。べつに悪気があったわけじゃなくて……タダじゃないっていってたのは
憶えてます。なにをすればいいんです?」
 男の口許に、尊大そうな笑みが浮かんだ。
「我が名は蛇蝎兇次郎(だかつ・きょうじろう)、裏醒徒会を統べる者だ。きさまを、裏
醒徒会直属の技師として迎え入れてやってもいい、そう思ってな」
「おれの能力が超科学系だってことを調べてきたんですか」
 不良少年ひとりを釣るためにわざわざお手製弁当をこしらえる「裏醒徒会長」の姿が、
どれだけ間抜けな絵面かということには考えおよばず、克巳は単純に感心した。
 裏醒徒会長蛇蝎が、克巳へ冷たい視線を据えた。名前のとおり、蛇のような、しかし無
感情ではない、強固な意志を感じる。
「きさまの能力は〈鋼鉄の毒蛇(スチール・ヴァイパー)〉というらしいが、それはどん
なものだ? 具体的に説明してみろ」
「ええと、名前だけはカッコいいんですが、実際に毒はなかったりしますけど……。普段
は小さくたたんでおくことができて、展開すれば直径九センチ、全長二メートル、曲げ伸
ばし自由の金属製の蛇になります。関節数は三二二個、三自由度関節なので、動きはすご
くスムーズです」
 克巳の説明を、蛇蝎は黙って聞いている。機械関節の自由度ベクトルについて説明をす
る必要があるだろうかと、克巳は一度間を取ったが、蛇蝎は黙ってあごをしゃくった。
 本題を続ける。
「ただ、おれは〈鋼鉄の毒蛇〉の設計図しか頭の中に持っていないし、毒蛇もおれが身に
着けて、おれ自身の〈魂源力(アツィルト)〉をチャージしておかないと稼働しません。
その上、一回放つと、敵と味方の区別はつくけど動きは制御できないんです」
「その蛇とやらはどうした?」
「風紀委員長に破壊されました。材料自体は島内で市販してるものです。ガワはまだスト
ックがありますけど、魂源力コンデンサは割と高いやつを改造しないと使えないんで……
二万くらいかなあ、いまはほとんど文無しなんで、バイトでもしないと直せません。ここ
の学園、中等部は牛乳配達と新聞配達しかできないんですよね……」
「設計図があれば、ほかのものも作れるか?」
 蛇蝎の意図に気づいて、克巳はぞくぞくしてきた。この人は本当に、なにか企んでいる。
いちおう、克巳は技術が得意科目だった。
「〈鋼鉄の毒蛇〉ほどの完成度は保証できませんが、ある程度は。あと、おれが作るもの
は基本的にパーソナル・デバイスにしかなりません。個人の魂源力波形とマッチしたコン
デンサしか、おれには作れないんです。それに、自分用以外を作ってみたことはないし」
「技術的な問題に、我輩が直接関知することはない。いずれ設計図は手に入れてくる。資
金や資材もいますぐというわけにはいかんな。とりあえず、きさまは自分のデバイスを修
復することに専念しろ。――またこちらから連絡する」
 カバンを取って、蛇蝎兇次郎はすっくと立ち上がった。長身痩躯をまっすぐに伸ばし、
黄昏の中を去っていく後ろ姿は、なんだか最高にカッコいいように、克巳の目には映って
いた。


 克巳はけっきょく無茶をした。三日で〈鋼鉄の毒蛇〉の二号機を完成させたのだ。
 べつに非合法な手段は使っていない。寮の自室に転がっていたパーツのうち、すぐには
出番のなさそうな物をジャンクとして売り払い、乏しい手持ちの現金と合わせてコンデン
サのパーツを買いそろえたのだ。
 食費をわずかでも浮かせるためにきちんと学食に通い、それにともなって日中の授業も
真面目に受けた。選択授業は幅が広いので、家庭科のカリキュラムに潜り込んで夜食を密
造しておいた。面倒なので取らずに済まそうかと思っていた単位でもあったので、一石二
鳥だ。
 手下の四人に連絡を取って、少し貸してもらおうか――自分がさんざんやられていたの
で、カツアゲはしたくなかった――とも思ったのだが、風紀の目は思っていたより厳しい
気がしたので、やめておいた。
 いちおう、学生IDカードのイエローカード情報は、一定期間、無遅刻無早退、全時定
出席で過ごせば削除されるらしい。もう一度暗躍するなら、それからでもいいだろう。
 四日目の朝、復活した〈鋼鉄の毒蛇〉をブレザーの下に目立たぬよう巻いて、克巳は晴
れやかな表情で登校していた。蛇蝎センパイは裏の顔からは信じられない、表彰級の優等
生であって、昼時はいつもオープンテラスの隅の席で自炊した弁当を食べていた。克巳に
気づいていても横目でちらりと見てくるだけだったが、今日はこっちから話しかけてみよ
う――
 蛇蝎センパイは、支給される定食券すら、金券ショップで売って生活の足しにしている
らしい。克巳がざっと計算してみたところ、相当に料理スキルが高くないと、二束三文の
定食券を売った金銭で自炊の材料を買い集めたら赤字になってしまうようだった。センパ
イを見習って節約生活をしようと思ったが、自分のレベルでは無理だとわかって、克巳は
おとなしく定食で済ませることにしていた。
 午前中の授業をもどかしい思いで受け、その終了とともに克巳は学食へと急いだ。
(蛇蝎さん、おれを、あなたの部下にしてください……!)
 ところが、普段ならいるはずのひょろ長いシルエットが今日は見あたらない。高等部三
年の時間割は調べてある。野外の戦技実習が一枠あったようだが、蛇蝎が参加するとは思
えなかった。
 なにかあったのか……
 蛇蝎が普段座っている席になにかメッセージが残されているかもしれない、そう期待し
てオープンテラスの隅へ向かっていこうとした克巳だったが、そこでいきなりモバイルツ
ールが振動しはじめた。
 ポケットからモバイルを出してみると、背面パネルに「蛇蝎」の文字と現在位置を現す
マーカーが出ていた。アドレス交換はしなかったのに、どうやって自分のメアドを調べた
のだろう――と克巳が首をひねる間もなく、校内放送のスピーカーが大音量のサイレンを
響かせはじめた。
 これは、危険度二以上の、敵対的ラルヴァが敷地内に出現したことを示す警報だ。克巳
は瞬時に悟る。
「蛇蝎さん!」


 モバイルツールが示した地点は、体力のない克巳でも一分ほどで走っていける場所だっ
た。ただし、現在庭園の一角が改装工事中で、その砂ぼこりが嫌われて、人通りのほとん
どないところだ。
 はたして、蛇蝎兇次郎その人はいた。工事現場から拾ってきたのだろう、長さ六〇セン
チほどの鉄パイプを構えている。その後ろに、初等部の児童と思われる男の子がひとり。
転んで足をすりむいたらしく、地面にへたり込んでいる。
 蛇蝎が向かい合っているのは、地面に穴をあけて這い出てきた、紫色をした、気味が悪
い長虫だった。胴の太さはだいたい三〇センチ、穴から出切っていないので、全長はわか
らない。キチン質の装甲をまとったミミズ、という表現が合うのだろうか。
 ただし、ミミズと違って牙が生えているはずだ。ラルヴァ図鑑というのがけっこう面白
かったので、克巳はざっと目をとおしていて、こいつのことも憶えていた。
 ワーム――かなり大小様々な種類がいて、これはあまり大きいほうではないようだが、
それでも人間からすれば危険過ぎる生物だ。
 蛇蝎が、ラルヴァに対しまっすぐに突きつけていた鉄パイプを少し振り上げた。それに
反応して、ワームが一気に食いつきにかかる。どうやらそこまでは予想済みだったらしく、
蛇蝎は素早く水平に構え直して、槍のように、鉄パイプの先端をワームの口蓋へたたき込
む。
 効果的な攻撃に見えたが、ワームが口を閉じて身をひとひねりすると、蛇蝎の手から鉄
パイプがもぎ離されてしまった。バランスを崩した蛇蝎へ、鉄パイプを吐き出したワーム
の大口が迫る。
「いけ、〈鋼鉄の毒蛇〉!!」
 ようやくあと十歩ほどまで近寄って、克巳は自分の武器を放った。〈鋼鉄の毒蛇〉を怪
物相手に使ったことはない。これがはじめてだ。通用するかどうか、そんなことはわから
ない。考えているヒマはなかった。
 〈鋼鉄の毒蛇〉は自分より三倍ほども太いワームの胴体に、一気に巻きつく。ワームは
小うるさい新たな邪魔者に気づいて、振り落とそうと身を震わせた。ただ図体がデカいだ
けのミミズであれば、〈鋼鉄の毒蛇〉の締め上げで殺すことができるだろうが、このワー
ムには堅固な外装がある。
「たのむ、ちゃんと動いてくれ……」
 繰り出してしまえばもう克巳に〈鋼鉄の毒蛇〉を操作する術はない。緊急停止コマンド
ワードはあるが、魂源力コンデンサをパージさせて止めるので、コンデンサをセットし直
してから胴体に巻き、最低三時間はリチャージしないと再び動かすことはできない。
 〈鋼鉄の毒蛇〉の三二二個の体節が、展開した。四節ごとに一節、頭としっぽ部分をの
ぞいた、八〇個の体節から、回転ブレードが飛び出したのだ。展開しなかった前後の体節
を支えに、身体を軸に高速回転する。
 ワームのキチン質の装甲が、斬り裂かれた。冷凍マグロを電動ノコギリでカットすると
きとそっくりの音を、いくつも重ね合わせたようなすごい轟きだった。
 ブレードの回転が収まると、緑色の血を滴らせながら、紫ワームは地に崩れた。結構な
音と振動だ。〈鋼鉄の毒蛇〉は、自動で丸まると克巳の足元まで転がってきて、止まる。
「……ほう。思っていたより、はるかに強力だな、きさまのデバイスは」
 蛇蝎が感心したような声を上げたが、克巳は自分の作り出した〈鋼鉄の毒蛇〉の威力に
茫然としていた。リミッターなしのフル・パワーモードで使ってみたのはたしかにはじめ
てだった。生徒同士の喧嘩で使うときは、セーフ・モードで放っていたのだ。セーフ・モ
ードでは、回転ブレードは基本的に使わない。使う場合でも、頭側の先頭ブレードひとつ
だけで、回転数も抑えてあった。
 フル・パワーモードの〈鋼鉄の毒蛇〉は、明らかな殺戮マシンではないか。
「おれは……べつに、こんな力が欲しかったわけじゃ……」
 克巳は、いやいやをするように首を振る。こいつをけしかけてラルヴァを切り刻むのが、
これからの自分の義務になるというのか。
 ――と。
「さあ、ラルヴァは、我輩とその下僕が倒してやったぞ。今度からは、ひとりだけで人が
いないところを歩いてはいけない。かならず、中等部以上の先輩と一緒にいること、わか
ったな?」
「はーい、おにいちゃん、ありがとう! そっちのおにいちゃんも」
 会話に気づいて振り向くと、ちょうど、初等部部の男の子が克巳のほうにお辞儀をすると
ころだった。あいまいな笑みとともに手を振って、応える。
 曲がり角の向こうから、複数の慌ただしげな足音が聞こえてきた。
「ふん、ようやくお出ましか。反応の鈍いやつらめ。やはり、我輩が学園の支配権を握ら
ねばならんようだな」
 そう、毒づいてから、蛇蝎は背を向けた。昼休憩中らしい工事現場を突っ切って、人目
につかないようにキャンバスの中心部へ戻るつもりらしい。
 克巳は、あわてて呼び止めた、
「待ってください蛇蝎さん! 危険はもうないでしょうけど、この子はどうするんです」
「きさまが助けたことにしろ。奉仕活動に認定され、イエローカード情報が消去される。
そうなればきさまに対する監視の目はゆるみ、ひいては我輩にとっても好都合だ」
 といって、男の子に対してだけ口の端でわずかに笑ってみせてから、蛇蝎はフェンスの
隙間から工事現場の中へと姿を消した。
 戦闘系異能者たちが、右と左の曲がり角から、ほぼ同時に、十人ほどずつ走ってきた。
すでに、ワームの屍体は、その固い外殻を残して消え失せていた――


 結果としては、蛇蝎のいったとおりになった。人命救助、および敵対的ラルヴァを討伐
したとして、克巳はちょっとした表彰を受け、IDカードのイエローカード情報は抹消さ
れた。
 現在、克巳は一日に五時定ずつ授業を受け、正規の昼学部の終了よりやや早く学園をあ
とにして、夕刊を配るアルバイトをやっていた。奨学金も申請してみた。成績次第では、
受理されるかもしれない。
 しかし、工克巳には裏の顔がある。
 裏醒徒会長、蛇蝎兇次郎直属の、超科学部門研究員という顔が。


      〈了〉


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