【怪物記 第四話】


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怪物記

虎は……何故強いと思う?
もともと強いからよ
            ――前田慶次




4.<ワンオフ>
 研究者や一部の異能力者、そしてラルヴァの間で<ワンオフ>と呼ばれるラルヴァ達が存在する。
 <ワンオフ>、一度限りという名称は彼らに同種の個体が存在しないためである。彼らはこの世界に一種族一体限りの希少なラルヴァだ。彼らが生まれる経緯は多様であり、既存のラルヴァから突然変異で生まれるものも、無から生まれるものも……人の体から生まれるものもいる。
 では、世界に一体しかいないラルヴァは全て<ワンオフ>なのかといえばそれは違う。<ワンオフ>には希少さ以外にもう一つ条件がある。
 それは至極単純な条件。
 その条件とは強さ。
 最強・唯一・理解不能。それらいずれかの領域に至った力の持ち主であることが<ワンオフ>の条件だ。


 T県火遼岳。日本アルプス飛騨山脈に連なる霊峰の一つ。木が植わっていない禿山で観賞登山に適さず、山崩れの危険もあるため一般には開放されていない。
 ただし、開放されていない理由はそれだけではなく、火遼岳には古くから特定種のラルヴァが生息しているからだ。
 ラルヴァの名は【火遼鬼《カリョウオニ》】。カテゴリーデミヒューマンの中でも特に種類が多く、表側の世界にも広く知られている【鬼】の一種だ。
 等級は下級Aノ1。名前に反して鬼の中でも比較的温厚な種族であり、かつては他の多くの鬼同様に人を食料としていた時期があったが日本全体が一つの国として機能し始めた江戸時代に裏側の異能力者組織と『火遼岳の中だけで暮らし人間には手を出さない』という契約を交わし、それ以来火遼岳の洞窟の中に集落を築いて種族揃って隠棲している。はずだったのだが……。
「最近になって人間を攫っては殺す誘拐殺人を繰り返している、と」
 近隣都道府県の研究施設からラルヴァ研究者が攫われ、死体となって戻ってくる事件が相次いでいる。
「はい。しかもラルヴァ研究者ばかり狙われています。だからあたしとしては学者さんには今回同行を諦めてもらおうと思ったんですよ。鴨葱もいいところですし。それなのに何回「やめたほうがいいですよ」って言っても学者さんってば……ハァ」
 【死出蛍】の事件に引き続き同行することとなった【久留間戦隊】のリーダーは疲れたような溜息をついた。気持ちは分からないでもないが、そういうわけにもいかない。
「今回の【連続誘拐殺人事件】は色々と気になる点が多いのでね。是が非にも同行する必要があった」
「気になる点?」
「被害者の遺体をわざわざ返しにくるというのが解せない。それに温厚な種族が突如豹変して人に危害を加えるのも珍しい」
「遺体の方はわかりませんけど、人間の間でも温厚な人でも突然殺人事件の加害者になったりしますよ。人間くらい知能があるラルヴァなら同じようになってもおかしくないじゃないですか」
 それもそうなのだが、少し腑に落ちない。
「基本的にラルヴァの生態は人間よりも一貫しているし、集団で暮らすある程度の知能をもったラルヴァには外敵から身を護るためや個々の暴走を防ぐための戦力がいる場合が殆どだ」
 人間社会で言えば警察や軍隊だが、火遼鬼では戦闘に特化した防人という種類の火遼鬼がその代わりを勤めているらしい。外敵、暴走してルールを破った火遼鬼、破ろうとした火遼鬼は防人によって排除される。それは死やコミュニティからの放逐、一定期間の禁固など様々だ。
「よって今回の事件が起きたのは防人を含めた火遼鬼全体が人間に敵意を抱いたか」
「か?」
「防人が抑えられないくらい強力な個体がいるか、だ」
 『火遼岳の中だけで暮らし人間には手を出さない』という火遼鬼のルールを破り、そればかりか戦闘に特化した防人を上回る力を持った火遼鬼。もしかすると、突然変異で生まれた新種なのかもしれない。
「いずれにしても確かめるためにはこの山を登らねばならない」
「そうですね! 頑張りましょう!」
「ああ」

 私の両足が悲鳴を上げたのはそれから一時間後だった。
 岩だらけの山道は遊園地の人口ジャングルよりもなお足を酷使するものであると、私は実感を伴って理解した。
「学者さんやっぱり体力なさすぎですよ」
 それでも何とか山を登り、古い地図に記された火遼鬼の集落まであと一息のところまで近づいたとき、数十体のラルヴァが我々の行く手に待ち受けていた。しかしそのラルヴァは火遼鬼ではない。
「火遼鬼のペットといったところか」
【踏鞴狼《タタラオオカミ》】という種類の狼型ラルヴァだ。カテゴリーはビースト、等級は下級Bノ3、特徴は集団で狩りをすることと本来の狼を上回る筋力と脚力を持っていること。最大の特徴は足の、
「学者さん、気をつけてください。あいつの足はすごく熱いです」
 先に言われてしまったがそういうことである。踏鞴狼の爪と肉球は約千六百度という高熱を発している。鉄の融点以上の熱量で獲物を焼き殺す、あるいは森を燃やして焼け死んだ動物の肉を食らうのが踏鞴狼の狩り。原因不明の山火事のいくらかは踏鞴狼によるものだ。
「でもこないだの蛍みたいな変な特徴はないですからやりやすいです」
「踏鞴狼と戦った経験が?」
「今までに何度か。ラルヴァの中でも数が多い種類ですしね。ま、今回はちょっと面倒ですけど」
 久留間戦隊は私を中心にして囲むように陣形を取っている。なるほど、面倒とは私のことか。
 たしかに面倒だとは思うが頑張って欲しい。私が一人で勝てるラルヴァは死出蛍程度のものなので踏鞴狼に襲われたらすぐ死んでしまう。
「それじゃみんな! 学者さんには指一本触れさせないでね!」

<へえ、そいつは学者なのかい。攫いに行く手間が省けたなぁ>

 突然聞こえてきた声の出所を探る間も無く、私の足元の地面に口を開けるようにぽっかりと穴が開き、私は地下へと転落した。
 ……………………死ぬなぁ。


  • OTHER SIDE

「「「「…………」」」」
 久留間戦隊の隊員達は呆気にとられて灰児の落ちていった穴を見つめていたが、その穴も五秒としないうちに閉じてしまった。
「あぁ……学者さん攫われちゃいました」
 だからやめたほうがいいって言ったのに、と久留間は溜息をついた。
「リーダー、どうします?」
「どうするって、踏鞴狼殺るよ?」
「学者先生は……」
「学者さん助けるにはこいつら片付けないとしょうがないでしょ。それにね」
 背を向けてパーティメンバーと話している久留間を隙だらけと見て取ったか、一匹の踏鞴狼が狼を上回る瞬発力で久留間へと飛び掛り、その高熱の爪を振り下ろして久留間を切り裂く――よりも遥かに速く久留間の裏拳が踏鞴狼の高熱の爪の間を縫って腹部へと叩きつけられる。
 拳撃を受けた踏鞴狼は飛び掛ったときよりも数倍速い速度で逆方向に弾き飛ばされ、やがて岩肌に激突して皮と血の混合物に成り果てた。
「この程度のラルヴァ、掃除するのに三分もかからないでしょ?」
 久留間戦隊。リーダーは久留間走子。五人のパーティメンバー全員が身体強化系の異能力者であり、高速・高機動の連携徒手格闘戦を得意とすることで知られている。そのためエレメント、特に接触による生気吸収を行うタイプの相手は鬼門であるが――対ビースト戦においては無敗を誇る。
「さ、ちゃっちゃとやっちゃいましょ。早くしないと学者さんが危ないから」
 集団での狩りを得意とし、これまでも数多くの獲物を狩ってきた火遼岳の踏鞴狼は久留間の宣言どおり三分後に狩りつくされることとなる。


「……生きてるなぁ」
 軽く数十メートルは落下したはずだがどういうわけか傷一つなく、痛みもない。
「穴は……塞がったか」
 私が落ちてきた穴は開いていた痕跡もないほど完璧に塞がっていた。しかし奇妙だ。穴は塞がっているし、周囲は岩が壁となって完全に閉じており出入り口もない。
「なのに、どうしてここは明るい?」
 蛍光灯で照らしているのと同程度の光が地中の閉鎖された空間に満ちている。無論松明などはない。
「それはここが火遼鬼の住処だからよ。蝙蝠じゃねえんだ、自分らの住処くらい明るくするぜ」
 声と共に、岩壁の一部が私をここへと落としたときのようにぽっかりと開き、穴の奥から人影が姿を現す。
 いや、人に似たシルエットをしているが人ではない。肌は赤銅色、身の丈はおよそ百八十センチ、赤黒い染みのあるほつれた着物を着ており、額には一本の角が生えて目は赤く、髪は長く白い。
 鬼だ。しかしながら人間から見ても整った顔立ちをしている。
「よう、学者先生。俺様の名前は【踊盃《オドリサカズキ》】さ」

第四話 【踊盃】

 よく聞けば、落ちる直前に聞こえたのと同じ声だ。どうやらこの鬼が私を地下に落とした張本人らしい。しかし……。
「踊盃? 火遼鬼ではないのか?」
「カカカ、人間にもそれぞれ名前があるだろう? まあ、俺様の名前はそうして付けられた名前じゃなくて後から付けたもんだけどな」
 後から付けた?
「俺様は火遼鬼の寵児。もう火遼鬼って種族の枠よりもずっと強くなっちまった。だからよ、俺様には新しい特別な名前が必要だった。俺様しかいない俺様だけの新しい種族としてな」
 自分で新種だと名乗っているのか。珍しいパターンだな。
「それで、だ。学者先生には頼みがあるんだよ。聞いてくれるかい?」
「嫌だと言ったら……これまでの被害者の後追いになるわけか」
「カカカ! 話が早くて助かるな! それじゃまあ、詳しい話はあっちで話すとしようぜ」
 踊盃が指を鳴らすと再び岩壁に穴が開く。穴の奥は別の部屋へと続く回廊になっているようだ。踊盃が先導するように歩いていくので仕方なくついていく。
 心なしか赤い色をしたこの回廊は装飾なども施されており外国の遺跡のようだ。ピラミッドの中とはこういうものなのかもしれない。
「まるで宮殿か墓だな」
「カカッ、間違っちゃいない。ここは火遼鬼一族の住んでいた城で……墓だからなあ。俺様以外はみんなこの城のどっかに住んでるか、骨になってるぜ。ま、骨になってんのは昔の先祖と防人達くらいだけどな……」
 骨になった防人、か。
「防人は君がやったのか?」
「…………応よ。俺様が外の世界に出ようとしたら防人の連中が止めやがるからよ。諸共打ち殺してやったぜ」
 推測はどうやら後者が当たっていたらしい。火遼鬼の戦力……防人全てを上回る力を持った個体が火遼鬼を全滅させた、か。
「火遼鬼の寵児、なるほど。確かにそのようだな」
「あんた、俺様が一族郎党皆殺しにしたって聞いたのに眉も顰めねえのか?」
「自然界では稀にある。少なくとも種族全てが趣旨変えするより確率は高い」
 動物の親がストレスで子供を食い殺すケースや餌の争いで共食いするケース、あるいは人間のように精神的・環境的な事情で殺すケース……生物が自分の所属するコミュニティを崩壊させることは多々ある。
「……はん、中々話が通じそうな御仁じゃないかい。こりゃ俺様の頼みも快諾してもらえそうだ」
「それとこれとはまた別だ」
 会話をしているうちに回廊の端へと到達する。そこもまた岩壁で閉ざされていたが、踊盃が指を鳴らすと開いた。
 先ほどから踊盃が指を鳴らすのをスイッチに壁が開いている。そういえば、火遼鬼は火遼鬼の血を染み込ませた土石を操ることが出来るのだったか。なるほど、回廊や岩壁が若干赤く見えていたのはそのためか。
 壁の向こうにあったのは石造りの広間だった。かつては火遼鬼が何十体と集まって酒宴を開いていたと思われるその広間も今はガランと静まり返っている。ひょっとすると防人を全滅させた踊盃を恐れて他の火遼鬼は隠れているのかもしれない。
「まずは酒でも呑まねえかい? 学者先生」
 踊盃は広間の中央に座り込むと腰につけている瓢箪を外し、適当に近くに落ちていた盃を拾ってその中に瓢箪の中身を注いだ。瓢箪の中に入っていた液体は赤く、生臭い。血液だ。何のものかまでは判別できないが踊盃は血液を酒として愛飲しているらしい。
「蛇の血酒だ。さあ学者先生、グイっと一杯」
 どうやら蛇の血だったらしい。人のものでなくて一安心だが、それでもやはりこの匂いと色では飲み物と認識することが出来ない。
「生憎と、舌が未熟で酒と炭酸に弱くてね。水とジュースとお茶しか飲み物は喉を通らな」
「――呑まねえのかい?」
 ……暗に「飲まないと殺す」と言っている。だが、いくらなんでもこれを飲むのは……。
 私がどう理由付けてこの窮地を打開しようか悩んでいると、私と踊盃の横合いから手が伸びてきて踊盃の手から血液で満たされた盃を奪い取り、広間の隅に放り投げた。
 私も踊盃も弾かれたようにその手の主を見る。一体誰が?

「センセ、こんなの飲んだらおなか壊しますよー。ていうかお客様相手にこんな半分腐ったもの出したら訴えられますよー損害賠償ですよー」

 助手だった。
「………………………………なぜいる?」
 驚けばいいのか、はたまた呆れればいいのかわからないまま頭に思い浮かんだ疑問をそのまま口にした。
「センセ、困りますよー。なんでこのケータイってばチャイルドロックかかってるんですかー。これじゃロクに楽しめませんよー外してくださいよー」
 そう言う助手の手には境界パンダの一件での約束の品である携帯電話が握られていた。昨日契約して今朝この火遼岳に来る前に研究室に置いてきたのだが……。
「……まさかそのためにわざわざここに?」
「当たり前ですよー。じゃなきゃこんな辺鄙なところ来ませんよー」
「なあ」
 助手の突然の登場で呆気に取られていた踊盃はようやく思考が回復したのか、
「学者先生よぉ、なんだいこの女は? どうやってここまで入ってきたのさ。ここら一帯は火遼鬼じゃなきゃ出入りできないようになってんだけどなぁ?」
「この頭が軽いのは私の助手だ。ここへは能力を使って入ってきた」
「頭軽くないですよー。脳みそも1キロくらいありますよー」
 ちなみに成人の脳重量は千二百から千四百グラムだ。
「はん、空間移動能力者《テレポーター》って奴かい。なんでここにいるかはわかった。だがよぉ、人の酒をいきなり放り捨てといてただで済むと思ってんのかいお嬢ちゃん?」
 踊盃の言葉には苛立ちが混じっている。踊盃の怒気に呼応するかのように広間の岩壁が奮える。火遼鬼が土石を操れるということはこの広間の岩壁も自在ということだ。非常に危険な状態だが、怒りの対象である助手は別段どうとも思ってないようでいつもの調子で話し続ける。
「えー、あんなのお酒じゃないですよー。発酵じゃなくて単に腐ってただけじゃないですかー。お酒ってこういうもののことを言うんですよー」
 次の瞬間、助手の左手にはワインボトルとコルク抜きが握られていた。おまけに右手にはワイングラスが二つと葡萄ジュースの缶を持っている。
「さーさーこっち飲みましょーよー。さっきのより絶対おいしいですよー」
 助手は慣れた手つきでコルクを抜き、ワイングラスにワインを注ぎ、一つを自分に、一つを踊盃に、ついでに葡萄ジュースを私に寄越す。
「かんぱーい♪」
 あまりの手早さと陽気さに踊盃は毒気を抜かれたのか乾杯に応じる。私も仕方なく葡萄ジュースで乾杯した。
「へぇ? たしかに美味いなこの酒」
「でしょー? 高そうなお酒だったからパチっといたんですよー」
「さらりと犯罪を告白するな」
 後で私が弁償しないといけないのだろうか。
「カカカ。んじゃまあこの酒に免じてさっきのは水に流してやらあ。本題に入るぜ学者先生」
 そうだった。酒云々のやりとりはあくまで前振りで用件は他にあったのだ。助手の登場で頭から飛んでいた。
「予め言っておくがお嬢ちゃん、俺様を倒そうとか手荒な真似はしないこった。そうすりゃ頼みさえ聞いてくれればこっちも五体満足であんたらを帰してやるよ」
 頼みを聞かなければ五体満足で帰さないということか。
「じゃあお酒でも飲んで待ってますねー。チビチビグビグビ」
「…………」
 本当にマイペースだなぁうちの助手は……。
「学者先生、あんたは<ワンオフ>について知ってるだろう?」
「……ああ」
 無論知っている。だが、踊盃からその名称が出るのは意外だった。

 <ワンオフ>とは称号だ。『希少であり特別な力を持つラルヴァ』の称号。しかしその敷居は高く、あの境界パンダでも<ワンオフ>の称号には至らなかった。箸にも棒にもかからなかったと言っていい。
 <ワンオフ>の称号を持つラルヴァは、理論上存在すると言われる【オーヴァーロード】、機甲大将軍【歯車大将】、巨神【ギガントマキア】、夜闇ノ魔人【ナイトヘッド】、最強【メタル】、武装森林【グルジオラス】、音響怪人【ダダドムゥ】など名だたる強豪、人類にとっての宿敵が名を連ねている。なにせ百体に満たない<ワンオフ>の総合戦力が他のラルヴァ全てを優に上回るとすら言われていたほどだ。もっとも一九九九年の大量発生以前の話だから今はどうかわからんし、<ワンオフ>の中には【白い荒神】のように特定の人間との友誼により人間側についたものもいるのだが、それはまた別の話だろう。

「<ワンオフ>って称号はあんたら人間だけじゃなくて考えるくらい頭のあるラルヴァにとっても特別な意味を持つのさ。上級中級下級の等級差なんて問題にならねえくらいの意味をな」
 やはり、ある程度の知能を持ち人間と似通った思考をするラルヴァはランクを気にするか。
「<ワンオフ>の称号を持つのはいずれも尋常ならざる力を持った特別なラルヴァ達だ。だがよ」
 踊盃はそこで言葉を区切り、
「火遼鬼を超えた最強の火遼鬼であるこの踊盃にも<ワンオフ>の称号は相応しいってもんだ」
両の眼に自信をみなぎらせて宣言した。
「俺様には望みがある。それは自分がこの世界で特別なたった一つの何かでありたいってこった。最強にして唯一、一度限りのラルヴァの称号<ワンオフ>……それさえ手に入れられれば俺様は俺様が特別なたった一つだと確信できるんだ」
 他とは違う特別な存在でありたい。
 人間も幼年期少年期に必ずといっていいほど抱く感情だ。自分が誰とも違う、自分が代わりのない特別な何かなのだという思い……なるほど、人と同程度の知能を持ったラルヴァはそこでも似るわけか。
「なら名乗ればいいだろう。「俺様は<ワンオフ>の踊杯だ」、とな。わざわざ研究者を攫ったりする理由が分からん。大体頼みとはなんだ?」
「カカカ、よく言う。<ワンオフ>を認定するのはあんたら人間の学者どもだろうが」
 ……何故それを知っている。
「どこで知った?」
「ホッ。どうやらあんたはこれまで攫ってきた学者とは違って事情を知ってるみてえだな。ようやく当たりに行き着いたってわけか」
 <ワンオフ>が称号である以上、称号を授与する者はいる。そして<ワンオフ>においてそれはラルヴァ研究者に他ならない。類似する個体の有無、能力のレベル・希少性、それらのデータを検証して……ラルヴァ研究機関は特別希少個体として<ワンオフ>を認定する。かつてのそれは研究対象とするためのマーキングであった。
 もっとも、ラルヴァ研究のごく初期までの話だ。捕獲や研究を試みて甚大……という言葉ですら足りない被害を出し続けた今となっては<ワンオフ>の称号は真逆の意味をもつ。
 つまり、研究対象として確保するのではなく――絶対に倒さねばならない、あるいは絶対に戦ってはならない畏怖の対象として<ワンオフ>は認定される。
 付け加えるなら認定自体は認定資格を持つ研究者ならある程度自由に認定できるシステムだ。今の<ワンオフ>は警告のレッテルなのだから当たり前と言えば当たり前だ。
 ……逆に認定資格を持つ研究者以外は研究者も異能力者も誰一人としてそのシステムを知るものはいない、はずだった。
「誰に認定システムのことを聞いた?」
「あんたも名前くらいは知ってる誰かさ。<ワンオフ>の詳しいところもあいつに聞いた。それで学者先生、俺様を<ワンオフ>に認定してくれるんだろ? まさか、しないとは言わねえよな?」
「…………」
 認定すれば無事に帰れるが認定しなければここで殺されるパターンか。あるいは、認定する気になるまで監禁されるか。
 ……認定すれば楽に帰れるんだがなぁ。
「ところで」
「ン?」
「直に『ワンオフ』を見たことはあるか?」
「一度だけな、勝ったことだってあるぜ。それにあいつから話を聞いたことはあるし、学者を襲ったときに資料も奪った。強い連中はどいつもこいつもラルヴァから見たって化物さ。たった一体で一国の軍と互角にやりあったのもいるらしいじゃねえか」
 それはきっと【歯車大将】か【メルカバ】のことだろう。あの二体は各国政府の情報統制の裏で人間と戦争をしている。前者は任務として、後者は……与えたプログラムに従って。
「その化物に加われると?」
「ああ、俺様なら<ワンオフ>の一角になれるぜ」
「無理だな。誰一人としてお前を<ワンオフ>に認定する奴はいない」
「あ?」
 踊盃が私を睨む。殺気も感じるが、だからと言って私も発言を取り下げる気はない。
「<ワンオフ>認定の条件は二つ。他に同種の存在しない特別な個体であること……そして強さだ。お前はこの条件をどちらもクリアしていない。確かにお前は最強の火遼鬼だろう。だがあくまで火遼鬼の中で最強だ。火遼鬼を超えた新種族などではないし、<ワンオフ>に至る強さも持ち合わせてはいない。失格だ」
 条件にまるで当てはまらない個体を命惜しさで<ワンオフ>に仕立て上げようなんて気はさらさらない。研究者としての矜持という奴だ。
「俺様はただの火遼鬼で……力不足だって言いたいのかい、先生?」
「全くもってその通りだ」
 踊盃は立ち上がり、拳を振り上げる。ふむ、どうやらこの場で私を叩き殺す算段のようだ。
「…………言い残したいことはあるかい?」
「私からは特に何も。君からは何か言いたいことはあるかいリリエラ?」
「センセ、死ぬならケータイのチャイルドロック外してから死んでくださいよー」
 本当にもうこいつは……。
「いや、そういうことではなくてだな。踊盃について……」
「どーでもいいですよー。本当に、これっぽっちも、関心なんてないですよー。こんな雑魚」
 助手の言葉が引き金になったのか、踊盃が拳を振り下ろす。人間はおろか岩石だろうと木っ端微塵に砕くであろうその拳。無論私が耐えられるものではない。ああ、これは、

「死なないなぁ…………」

 結論から言って踊盃の拳は私には届かなかった。直前で止められたからだ。誰に? 私ではない。火遼鬼最強を称する踊盃の拳を止めたのは、
「だからー、ケータイのロック外す前に死なれたら困るんですよー」
 助手だった。
 踊盃の拳に助手の細い指先が添えられていた。踊盃の拳は、そこから1ミリたりとも前に進まない。助手の左手で完全に止められている。
「……お嬢ちゃんは空間移動能力者じゃなかったのか?」
 声に驚きを含ませながら踊盃が尋ねてくる。普通ならラルヴァの拳を受け止めることができるのは身体強化系の異能力者くらいだろう、踊盃の疑問はもっともだ。しかし、
「私は助手が空間移動能力者だと認めた覚えはないよ。まぁ、それ以前に」

「助手が人間だと言った覚えもないんだがね?」

「? そいつはどういう……」
 直後に助手の右手の爪が伸長し刃となって、踊盃の右腕を切り飛ばした。
「!?」
 次いで跳ね上がった助手の右足が踊盃の股間を蹴り上げ、とどまらぬパワーが体格で勝る踊盃を十メートルほど宙に浮かす。流れるような動作で助手が左手を振ると先刻のワインボトルのように――最強最悪の連《・》射《・》式《・》散弾銃ジャックハンマーがその掌中にあった。
 助手は躊躇うことなく装弾された十発の散弾をフルオートで踊盃に叩き込む。普通の拳銃でも撃てば反動で照準がぶれそうなものだが助手は反動などないかのごとく振舞う。
「グゥオ……て、テメエ!?」
 踊盃は残った左腕で咄嗟に顔を庇っている。散弾は盾となった左腕や体に次々と突き刺さるが、いずれも致命傷になった気配はない。皮一枚下の筋肉で止められている。
 助手は効果がないと見て取ったのか、ジャックハンマーを消す。どこかに収納したのだろう。
「テメエ、ラルヴァだったのか!!」
「そーですよー。れっきとしたラルヴァですよー。ていうか随分元気ですねー。腕と散弾はともかく股間蹴ったのに何ともないのは変ですよー?」
「カカッ、生憎だがこちとら女だ。股間蹴られてもただ痛いだけだぜ」
 ……女だったのか。
「随分と一方的にやられちまったが、お陰でテメエの手の内は読めた。物質の転送と俺様以上の怪力、肉体変化……カカカ、まともに組み合っちゃ勝ち目がねえがこっちだってラルヴァなんだ」
 踊盃は切り飛ばされた自身の右腕を拾い上げ、
「能力で勝負させてもらうぜェ!!」
 助手に投げつけた。血を振りまきながら右腕が宙を舞い、助手の体にも血が降りかかる。
「<燃>!!」
 踊盃が呪言を叫ぶと血が、そして助手の体が紅蓮の業火に包まれる。
「<潰>!!」
 畳み掛けるように発せられた呪言に呼応して、助手の真上の天井の岩壁が高速で地面に激突し――プレス機のように業火に燃えたままの助手を挟み潰した。
 一瞬の出来事だった。
「…………」
「カカカ、まともにやったら空間移動で躱されてただろうがよ、俺様の血がかかったならどこにいようが相手を燃やせるからな。先手を打たせてもらったのよ」
 火遼鬼にとって己の血は武器だ。その使い方は主に二通り。血を炎に変えるか、血を染み込ませた土石を操るか。だが、普通の火遼鬼の血にあそこまでの力はない。踊盃が火遼鬼の中では群を抜いているのは間違いないようだ。
「それで学者先生、あんたの助手は死んじまったわけだが、これでも俺様を<ワンオフ>に認定する気はないのかい?」
「無いな」
「そうかい。じゃあ、助手の後を追わせてやるよ」
 いや、後を追うも何も……。
「とりあえず後ろを見ろ」
「ァン?」
 踊盃が振り向くと、

「ワタシまだ死んでませんよー」

両腕の無い三体満足の助手の姿がそこにあった。炎に包まれ、岩に潰されたはずなのに服には焦げ痕も血の汚れもまるで無い。
「カカ、どうにかして避けてたってわけか。だが、両手が無いってことは無事じゃすまなかったみてえだな」
「両手? ありますよー」

「あなたの中に」

 踊盃の胸から十本の刃が突き出された。
 右胸から五本、左胸から五本。
 それは助手の両手の爪だった。

「カ、ハ……?」
 踊盃は出欠の激しい胸部を押さえて倒れる。どうやら肺の内側から刺されたらしく呼吸困難に陥っている。声も出せないようだが何が起きたか理解できないと表情が訴えている。
 踊盃の胸から刃が消えると、両腕は元通り助手の両腕に戻っていた。
「勝ちましたー♪ センセセンセ、ご褒美ってことでチャイルドロック解除してくださいよー」
「駄目だ。どうせ変な有料サイトを巡りに巡って私のところに請求が来るに決まっているからな」
「ぶー。いーですよー、こうなったらスク○ニとかの月額有料ゲーム無駄に契約してやりますよー」
「そのくらいなら、まぁ……」
「手始めに百タイトルほど」
「嫌がらせ以外の何物でもないなそれは」
「おい……」
 助手が馬鹿話をしている隙に多少は回復したのか、踊盃が話しかけてきた。なるほど、再生能力も火遼鬼よりずっと高いようだ。先ほど自分の右腕を使い捨てていたところから推測するに腕も生えてくるのかもしれない。
「その化け物……一体何をしたってんだい?」
「化け物とかひどいですよー。あれはですねー、空気を伝ってあなたの肺に『道』を」
「リリエラ、少し黙っていてくれ。踊盃、ラルヴァの君から見ても彼女は化け物で、何をしているか理解できなかったんだな?」
「ああ」

「それが<ワンオフ>という存在だろう?」

 最強・唯一・理解不能。いずれかの強さを持ち、この世に同類が存在しないもの。
 ――<ワンオフ>

「!?」
 踊盃が驚きの表情で助手を見る。
「じゃあこいつは……!」
「<ワンオフ>登録番号ⅩⅩⅦ種族名【至天ノ道筋《シルクロード》】。名前はリリエラ。まぁ、彼女以外に同じ種族はいないからシルクロードが名前でも良かったと思うんだがな」
 他の<ワンオフ>の大半は種族名と名前がイコールの場合が多いのだし。
「えー、ヤですよそんなのー。可愛い名前のほうがいいじゃないですかー」
「まぁ、同意はしておくがね。ところで踊盃、<ワンオフ>と実際に戦った君に一つ聞きたいんだが……まだ<ワンオフ>に仲間入りできると思うかね?」
 あれだけの、何をしているかも理解できないほどの実力差を目の当たりにして、自分の実力を顧みて、まだ<ワンオフ>になれると思っているか? 
 私はそう尋ねたのだ。
「……無理だとは思うさ。俺様じゃ何度やってもそいつに勝てないだろうさ」
 だが、言葉に反して踊盃は立ち上がり、傷の癒えきっていないふらついた足取りで助手に近寄る。

「だがよぉ、俺様は……アタシは、特別になるためにもう同族も、人間も、何人も殺しちまってるんだよ。ここで「はい諦めました」じゃあ、アタシが殺した奴ら、死んだだけじゃねえか。無駄死にじゃねえか。アタシはあいつを殺しちまったんだ、だから、もう止まれない、止まったらあいつの死が無駄になる。だからあいつらも殺した。せめてよぉ、アタシが最後まで足掻かなきゃ、あいつらの死は無駄になっちまうじゃねえか」

 推測だが、踊盃は特別な存在になりたいと願い、力と才能を持ってはいても他の火遼鬼同様に温厚だったのだろう。しかし、特別な存在……<ワンオフ>になるために火遼鬼のルールを侵してしまい、防人との争いとなって殺してしまった。それ以後はもう止まらなかった。<ワンオフ>になるために、死んだ仲間の命を無駄にしないために他者の死を積み重ねてきた。それがこの【連続誘拐殺人事件】のあらましなのだろう。研究者達の遺体を返していたのも、あるいは彼女なりの侘びだったのかもしれない。
「さぁ来いよ<ワンオフ>! アタシの命を最後の最後まで持っていけよ! じゃねえとアタシはテメエを殺して<ワンオフ>になるぞ!!」
「えー、ワタシを殺しても<ワンオフ>になんてなれないと思いますよー? ていうかなってどうするんですかーこんなの?」
「テメエには無意味でも、アタシにとっては特別なんだ!」
 第三者である私から見て踊盃と助手、両者の言葉と価値観は絶対に噛み合わない。なぜなら踊盃は特別になろうとして<ワンオフ>を目指し結果として幾つもの命を奪った。対して助手は<ワンオフ>であるがゆえに地獄を見た。求める者と疎む者、両者では<ワンオフ>に対する思いがまるで違う。
 だが、このまま話が進めば数分後には確実に踊盃の屍が転がっているだろう。
 それは……やはり無駄死にだ。
「少し話を聞いてもらえるか、踊盃」
 しかし、私は第三者であるがゆえに、この事件に別の解を出すことが出来る。
「……なんだい学者先生」
「君は特別な存在になるために、人間にとってもラルヴァにとっても特別な存在である<ワンオフ>になりたいと言ったな」
「ああ、そうだよ」
「君はもう特別だ。私が保証する」
「…………」
 踊盃のぽかんとした、こいつは何を言っているんだ、と言いたげな視線が私に刺さる。はて、最近もどこかで同じような目で見られたような。
「アタシがもう特別だって?」
「ああ、特別だ」

「なにせもう君だけだろう? 今この火遼岳で火遼鬼の一族を護れるのは、な」

 防人の役割は何も踊盃のような掟破りを取り締まることだけではない。外敵から一族を護るのが防人の主な役割だ。だが、踊盃が防人を皆殺してしまい、火遼岳にはもう防人がいない。今の火遼岳は外敵に無力だ。
 しかし手はある。防人はいなくともその防人以上の力を持った踊盃がいる。彼女が新たな防人になれば火遼岳は護られるし、彼女は特別になれる。感情を挟まなければそれが火遼岳にとってベストな解決法だ
「……カッ、あんた、何を言ってるかわかってんのかい? アタシに、アタシのせいで死んだ、アタシが殺した防人の代わりをやれってのかい。そんなの、この火遼岳の誰も認めないさ。だいたい、アタシは人間も殺したんだ。そのアタシをほっといたんじゃ上にいるあんたのお仲間の異能力者共も納得しないだろ」
「そっちは私が上手く言い訳しておくさ。『火遼鬼の一人が事件を起こしたのはたしかだったがその火遼鬼は私の前で防人によって処罰された。火遼鬼はこれからもこの火遼岳で人間に関わらずに生きていくことを願っている』とでもな。この火遼岳の中のことは……君達が話し合うことさ」
 私は広間の岩壁の一角を指差した。そこにはこの広間に入ってきたときと同じく岩壁に穴が開き、何人かの火遼鬼達の姿が見える。老人や女性、子供など戦えない者ばかりだ。
「みんな……」
 踊盃は彼らのところへと歩んでいった。ここから先は彼女らが決めること。我々はただのお邪魔虫だ。
「さぁ、帰るぞリリエラ。っと、君は見つかるとまずいな。先に帰っていてくれ」
 擬態している彼女は人間と見た目に何の違いもない、それどころか体細胞、DNAに至るまで完璧に人間だがそれでも面と向かえばバレる可能性もある。それ以前に彼女と一緒にいるのを久留間戦隊の面々にどう説明すればいいのか。ある意味、この事件のことを誤魔化して話すよりも難しい。
「はいですよー。あ、ところでセンセ。有料ゲームがもうすぐ百の大台なんですけど記念すべき百本目は何にしますかー?」
「……いつの間にそんなに登録したんだ」

 こうして事件は解決した。
 しかし、一つだけ疑問が残った。
 踊盃は<ワンオフ>に勝ったことがあると言った。それに<ワンオフ>認定のことも知っていた。
 踊盃に負けた<ワンオフ>とは何者か、それは本当に<ワンオフ>だったのか、踊盃に<ワンオフ>のことを教えたのは誰か。
 それが、ひどく胸に引っかかる。


第四話 【踊盃】



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