【ある中華料理店店員の悲劇 後編】


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6.袋小路の決戦

 鈴の音に導かれて、幾つかの辻を曲がる。
その度に一回り小さくなった『転がり目玉』が攻撃をしかけてくるが、さっきの火あぶりが相当堪えたのだろう。
こちらを襲う動きに初めのような精細さは感じられない。
こっちも大概限界近いんで何とか回避出来ている感が否めないけどな。

チリーン

大分鈴の音が近い、恐らくはここを曲がれば目的地だ。
性懲りもなく体当たりを仕掛けてくる『転がり目玉』を避け、最後の辻を曲がった。

「……あれ?」

辻を曲がり、助かると思って飛び込んだ先に待っていたのは―――



「嘘だろ、行き止まりじゃねぇか……!」

左右前方には裏口の扉すらない完全なコンクリートの壁。
土地の開発上で出来た隙間なのだろうか、4m四方程の割りと広い空き地が広がっていた。
広めの空間のせいか路地裏よりは幾分明るく空気も澱んではいない。
しかしそこに入る為の入り口通路は狭く幅は1m程しかなかった。
完全に設計ミスから生まれた死に地だ。
中央付近の地面の上には先ほどまでの鈴の音の原因だろうか、小さな鈴が落ちていた。
あまりのショックと疲れから肩を大きく落とすように二度呼吸をする。
力なく振り下ろした頭から玉になった汗が地面へと落ちた。

「キィィィィ……」

背後、約2m程の位置にヤツがいる。
見なくても分かるどうせ目尻を歪めて笑っているんだろう、ちくしょうが。
荒れた息を吐きながら、膝の上に載せていた両手の平を見る。
左手は何時もどうり、鉄鍋を振り飛び散る油に耐えて少し厚くなったのも変わりは無い。
右手は……もう完全に元の柄が分からないくらいに血に染まって真っ赤になったバンダナが巻かれている。
きっともう洗っても無駄だろうな、このバンダナ。お気に入りだったのに。
今もその右手からはズキズキとした脳に響く痛みが感じられる。
軽く掌を合わせて呼吸を整える。

「キィィィィッ」

ゆっくりと後ろからこちらへ、声が近寄ってくる。
ああもう分かってるよ、俺もこれで最後だって言いたいんだろう?
確かにここから逃げようと思ったらお前を倒さないと路地裏に戻れないもんなぁ。

パァン!

肉が肉を打つ音が袋小路に響き渡った。
右手の痛みで意識がハッキリする。
よし、覚悟は決まった。

「キィィッ?」

既に背後1mにまで近づいた『転がり団子』が小さく鳴く。
あ? お前に何かするための行動じゃねぇよ黒団子は黙ってやがれ。

「キシイィィィィィィィッ!!」

背後で大きな跳ねる音がする。
今度こそ俺に止めを刺すつもりなんだろう。
火あぶりにしたせいで大分怒ってそうだもんなぁ、良く分からんが。
背筋を立てて、倒れこむように迷うことなく真正面袋小路へと飛び込んだ。





「はい、誘導お疲れ様っす」
「わかりづれーってんだよ、このバカ」

 何も無いように見えた袋小路は、しかし裏路地から一歩踏み入れたそこに待っていたのは気絶して座り込ませ放置してきた外道巫女だった。
さすがに……限界だ。
崩れるように肩膝を着く。
よくここまで持ったと自分でも思う。
周りを見渡すとコンクリートの地面からは淡い光が漏れ、四隅には折られた木刀の破片が立てかけられている。

「あれで『場』を作ったのか」
「急ごしらえの一時的なものっすけどね」

鈴がついた棒を振りながら二礼が応えた。チリーンと鈴が鳴る。
ようするに、だ。
俺が目玉野郎を引きつけている間に二礼が適当に『場』を貼るに適した場所を見つけて、出来上がると鈴の合図で俺に知らせる。
とまぁ、こんな計画だったわけだ。
何時考えたのかって?
それは発勁を破られた瞬間だったりする。
二礼は木刀を折られて攻撃手段が無いし、他に倒せる可能性は俺の発勁だったがそれも破られた。
じゃぁどうするか、答えは簡単。
三つ目の手段を持ってくれば良いだけだ。

「で、その手段ってのがこの『場』ってわけだ分かったか?」
「ギィィィィィッ!!!」

床に縛り付けられたように身動きとれず、目玉だけをギョロギョロと動かし続けながら『転がり目玉』が鳴く。
この『場』は神の支配下、行動を許されるのは礼を尽くしたものだけ。
それ以外の「無礼者」は問答無用で地面に体を叩きつけられる『縛』を食らうことになる。
俺が何時礼を尽くしたか、その礼は何か。
それも答えは簡単。
神社に行けば神様を拝む時にする作法と言えば、答えも同然だろう。

「二拝二拍手一拝」だ。

呼吸を整えるように見せかけて肩を大きく二回落として二拝。
そっとあわせて一回、直後に一度頭をシャキッとさせる為にしたのと合わせて二拍手。
最後に倒れこむようにしたのが一拝。
見事な「二拝二拍手一拝」だ。
二礼が見えなかったのもあからさまな罠でしかない『場』だと後ろで転がってる馬鹿目玉が警戒する為。
見事にコイツは引っ掛ったと言う訳だ。

「……あのさ、ちょっと良いか?」
「祈祷中に話しかけるのは基本的にダメっすよ? んで、何っすか?」

良いのかダメなのかどっちだよ。
まぁ基本的に神事の間は私語なんてダメなんだけど。
この『場』だって、巫女である二礼が踊っているから維持できるのであって踊りという奉納を止めた途端に『場』は消えるだろう。
いきなりガクッと肩が落ちて顔が地面に近づく。

「何で俺、礼を尽くしたのに『縛』食らってんの?」

そう、入ってすぐ膝をついたのは疲れの為だけじゃない。
普通いくら疲れていようが敵が後ろにいるのに膝なんてついてられない。
限界を超えて膝を「ついてしまった」理由が後ろで『縛』を食らっている目玉よりかは多少緩い『縛』を俺が食らっているからだ。

「あー、それは一回目の拍手の音が小さかったからじゃないっすかね?」
「そんだけで『縛』かけんのかよ、お前んとこの神さまは!」

チリーンチリーンと楽しそうに鈴を鳴らしながらこちらを見下す外道巫女。
巫女が巫女ならその神も神かよ。って、いででででで『縛』がキツクなったー!?
膝立ちすら無理なくらいの重圧が肩にかかり、床に倒れこむ。
幸い『場』のおかげか冷たいコンクリートじゃなく、フローリングのような暖かい木みたいな感触だったが。
『場』にいる者の思考読み取る事も出来るのかよ! 御免なさい御免なさいナマ言ってスンマセンでしたー!!



「……ようやく『縛』が消えたか」

 結局一分くらい地面に伏せられてから、ようやく開放された。
立ち上がってみると疲れていた体が大分マシになったように感じられる。
これでも神道の関係者だから、『場』に伏せていたおかげで回復したのだろう。

はっ! もしかして神様は俺の為に『縛』を掛けてくれていたのだろうか!?
神様にツンデレしてもらったのか俺!?
神「べ、別にあんたの為に『縛』かけた訳じゃないんだからねっ!」て、それなんてテンプレー!?

次の瞬間、物凄い勢いで『縛』が掛かり思いっきり地面に頭をぶつけることになった。
目、目の前に星が……!
どうやら神様は恥ずかしがり屋さんらしい……って、スンマセンスンマセン冗談ですよ冗談! い、痛い痛い痛い! もう変な事考えませんからー!!

追加で5分ほど地面とキスする羽目になった。



やっとこさ『縛』が解け立ち上がる。
相変わらず二礼は踊っているし、目玉はビクンビクン震えている。
ふむ、神道の祈祷の際に行われる舞はゆったりとしたものなんだが……
動きに合わせて垂れる汗、僅かに揺れるおっぱい。さすがは神に捧げる舞、素晴らしいね!

「エロい目でこっちを見てる暇があったら、とっととその目玉にトドメ刺して下さいよ」
「あ、スンマセン」

さて、長々続いた鬼ごっこもこれでオシマイだ。
長い時間『縛』食らって伏せていたおかげか右手の平の穴もほぼ塞がりかけているのが見える。
これなら発勁も打てるだろう。
完治した訳じゃないから相当痛いだろうけど。
ゆっくりと目玉に手を伸ばしてあることに気付く。

……右手の平が見える?

さっきまで血まみれのバンダナが巻いてあったはずだ。
周囲を見渡してもバンダナは見当たらない。

「ギシャァァァァッ!!」

突如、『縛』が掛かり倒れて震えているだけだった『転がり目玉』が声を上げて飛び跳ねた。
その飛び跳ねた先の狙いは俺じゃなく……舞を続けている二礼!

「させるかっ!」

初めから二礼と『転がり目玉』の間に位置取っていたのが幸いした。
こちらの右手を抜けていこうとする軌道に割り込むように掌打を合わせる。
間に合うかどうか微妙な所だったが、何とか割り込むことに成功することが出来た。
折角神様に治癒してもらった右手がまた穴開くことになったが……

「はっ! ぐっ! 何回人の掌に穴あけりゃ気が済むんだよてめぇは!」
「ギシャッ! ギシャッ!」
「こんちくしょう、てめぇ食いやがったな!
 『俺のバンダナに着いた血』を食ってランク上げたのかよ!!」

『転がり目玉』の危険度は2の「人に敵意を持っている」だ。
これは近寄って見つかると無条件で襲い掛かっては来るが防衛の意識が強いが故のものだ。
しかし、その上の危険度3は「人を食べる」。
これは明確な殺意とこちらを食うという欲望を満たすがゆえに、危険度2とは度合いが1違うだけで根本から変わってくる。
そしてこの『転がり目玉』には口が無い。結果何が起こるか、それはラルヴァの進化だ。
それも人間にとっては最悪な進化。
ただの大きな目玉から別の何かへの進化。
その進化が、『危険度にしてたった1の差』が神の『縛』すら無効にする力を『転がり目玉』に与えたのだ。
そしてそれは外見にも反映される。
「キィィィィ」だった鳴き声が「ギシャァァ」になった理由。

「でっかい口が出来て良かったなぁおい? 黒くて丸くてデカイ口ってワンワンかてめぇ」

そう、口が出来ていた。
血を吸うのは体表からでも可能だが、人を食うには必要になる機関だ。
不揃いで大きな歯が並び、開かれた口からは粘着性の高そうな涎が垂れていた。
汚らしくて長い舌でまだ体の回りに着いている俺の血を美味そうに舐め取る。

「あちゃー、即席の『場』じゃちょっと抑えきれないっすね」
「どうすんのよ?」
「5分程時間稼いで欲しいっす、下ろしますから」
「下ろすって……いや、それよりも5分も稼ぐの無理だぞ」
「そこは信頼してるっすよ、先輩」

それっと、二礼が一声上げて鈴を鳴らすと両手の周りに薄っすらと光が纏わりついた。
これは……「加護」か。

「それも即席なんでどれくらい持つかは分からないっす、んじゃお願いしますね」
「りょーかい」

確かに、即席なのだろう。
腕の周りの光は儚げで、無理をすればすぐに零れ落ちて宙に溶けて消えてしまいそうだ。
だが、無茶をしなければ割りと丈夫でありそれは俺にとっては一番得意な事。
全てを受け止めては2,3回の攻防で壊れるだろう。
しかし、全てを受け流せばどうだろうか?
新しく出来た右手の穴から流れ出る血を気にすることも無く、掌を天に向け挑発するように二度指を曲げた。

「分かるか? 5分以内に俺を倒せば後ろのおっぱいはお前のもんだ」
「ギシィィッ! ギシャァァァァァッ!!!」

5分間耐久デスマッチが幕を開けた。





以前と同じ太極拳の構えを取る俺に口つきになった球体が飛び掛る。
すでにその体表には以前よりも鋭く細かい棘が生え、素手で触れば最後穴だらけの上に回転が加わっているため一撃で手自体が粉砕、破壊されるだろう。
そんなことは分かりきったことだ。
だが、こちらにも前回とは違う「加護」がある上に、相手には完全には振り切っていない『縛』の効果もある。
はっきり言って負ける気などしない。

「ギシャッ! ギシィィィッ!!」

こちらの手が相手に触れる瞬間、縛が相手を包み棘ごと巨大な球とする。
それを何時もの捌き方で後ろに流すだけだが、今回は二礼が舞っている。
捌き、流した後は二礼を狙われないようにすぐに間に割って入らなければならない。
捌くのは簡単だが、『場』で回復したとはいえ完全とはいえない体調で5分か……持たせよう!
神道の舞は他宗教にある舞と比べると激しくはない。
ゆったりと、己の魂源力を練り神の元に至る扉を作るのだ。
それが終わるまで、残り5分。

「ギィィッ! ギシャァッ!」
捌き、走り割り込む。
「ギィアッ! ギイッ!」
捌き、走り割り込む。
「ギッ! ギシャァァァァァッ!!」
捌き、走り割り込む。

相手も馬鹿ではない、俺を狙わずに二礼を狙うように動く。
自分に向かってくる訳ではないモノを捌くのは容易ではない。
正面からのモノを横に流すのと、斜めに向かうモノに手を出して流れを変えるのとでは要求される技術が比べ物にならないのだ。
だけど、こいつを危険度2から3に進化させちまったのは俺の不注意が原因だからなぁ。
そう思い、さらに集中する。
2分ほど稼いだだろうか、相手の動きがピタリと止まった。
今まで止まることなく跳ね回り転がり続けていた癖に、一体どうしたのか……。

「ギィィィィィッ!」

血走った一つ眼をギョロギョロと動かし左右を見やる。
そして、俺の方でも無く二礼の方でも無いところへと飛び跳ねた。

「ギィッ! ギシィッ! ギシャッ! ギシャァァァァッ!!」
「おいおい、冗談だろ……お前『転がり目玉』じゃなかったのかよ」

壁から壁へ、縦横無尽に空間を行き来しだしたのだ。
今までのは地面からが主体の言わば二次元での攻撃、今度のは更に高さが加わり三次元での襲撃になる。
これは……後3分は無理かもしれん。 少し諦めの感情が入る。
二礼を見ると、眼をつぶり汗を顎から滴らせながら舞に集中している。
なんとか少しでも時間を稼がないと――――――稼ぐ?
いや、違う!
何とか右上方からこちらに飛んでくる目玉を捌いて考える。

―――舞に必要なものは何だ? 
 一番大事なのは巫女、当たり前だ。舞をする本人なんだから。

じゃぁ、二番目に必要なのは? 
 ―――それは俺だ!

時間を稼ぐんじゃない、かかる時間を短くすれば良いんだ。
目玉に5分じゃなくなるけどいいよな? なんて聞かない、敵同士だし別に決闘しているわけでもない。
ただこちらの勝利をもぎ取らせてもらおう。

ダンッ!

捌き、割り込んだ際に足を踏み鳴らす。
中国拳法で発勁などを打つときに用いる威力強化の足技「震脚」と呼ばれるものだ。

ダンッ!

更にもう一度震脚を放つ。
それに加えて行うことがもう一つある。

「ピー」

口笛だ。
震脚で太鼓の代わりを、口笛で笛の代わりを代演する。
二礼の舞っているのはその苗字でもある「神楽舞」、本来は踊り手の巫女と楽器を演奏する演奏者がいて初めて成り立つもの。
本当は笛、太鼓に加え銅拍子(どびょうし)がいるがさすがに攻撃を捌きながらの3演奏なんて無理。
残り時間は縮まりおよそ2分が代演二つで残り30秒程に短縮できるだろう。
その間俺は口笛を吹き続け、脚を鳴らさねばならないが。


中央で巫女が踊り、それの回りを舞うかのように俺が走り回る。
口笛を吹き、足を踏み鳴らして敵の攻撃を捌く。

残り何秒だ!?
俺の動きに気付いたのか敵の速度が上がる。
それに合わせる様に俺の速度も上げていく、しかし口笛と震脚のリズムは狂わぬようにせねばならない。
舞は神に捧げるもの、非礼があってはならないのだ。

捌き、震脚を踏み込む。
捌き、口笛を鳴らす。
捌き、震脚を踏み込む。
捌き、口笛を鳴らす――!!

残り30秒は確実に経過したはず、まだか!?
俺の代演効果が薄くて縮める時間が少なかったか……っ!?
ずっと口笛を鳴らし続けたせいで酸欠に近くなっている。
脳が、筋肉が、酸素を寄越せと俺に命令する、チクショウ後少しなんだ頑張れ俺ー!!
自分に叱咤し、二礼の方を横目で伺う。

「はー、よくそんな速さで動けるもんっすねー」
『全くだな、チョロチョロとネズミか? 畜生なのか?』
「あるぇー!?」

どっから出したのか、タオルで汗を拭いつつのんびりとこちらを観戦している非情巫女。
その頭上に光り輝く幼女の姿……いや、幼女じゃなくてSD? 3頭身?
震脚を鳴らすつもりで振り下ろした足が、地面に垂直に入れねばならぬところを僅かに傾き落ちる。
ゴキリ、と左足元から嫌な音が聞こえた。
良くて捻挫、悪くて骨折、どちらにしても非常に痛い。思わず倒れこんだ。
その隙をついて、口のついた目玉が二礼に向かう―――が、もうどうでも良い。

『下がれ畜生風情が』

3頭身の幼女神が右手を振るうと、あっさりと目玉が弾き飛ばされた。
そして『縛』の効果も付与されていたのだろう、不自然な軌道で地面に叩きつけられる。

「ギシァァァッ!? ギ! ギグァァァァァッ!」
『ぬぅ、思ったよりも力が出ん』
「あー、やっぱりあの変な代演が悪かったんすね」
「おいコラ! 俺頑張ってただろうが!!」
『あれは耳障りだったな、余りに鬱陶しくて文句を言いに下りてきたわ』
「えー! ダメだったのー!?」

ショ、ショックすぎる……
ていうかやっぱり巫女が巫女なら神も神じゃねぇか。
角の方の地面に「の」の字書いていじけるぞ俺。

『腐るな、貴様にはまだやる事がある』

そう言って幼女神が左手を天にかざした。
その先の空間が歪み、何処かへ繋がったようだ。
空中にポッカリと穴が開き、そこから何かが落ちてくる。
あれは……鉄鍋か? それと包丁が4本。

『抑えるだけはやってやる、始末は貴様がつけろ』

今にも『縛』を解いて跳ね上がりそうな元『転がり目玉』に鉄鍋が被さり、それを包丁が四隅に刺さり抑えつける。
完全に抑えつけられ、目玉がまるでバランスボールのように歪んだ。
OKOK、美味しいところは俺にくれるってわけだ。
ならばこれで最後だ、奮発しましょう。

「ギッ! ギシャァァッ!!」

口を僅かに開けてこちらを威嚇する目玉……まぁいい加減にそろそろ引導をくれてやるよ。
両手を地にむけ、足は肩幅に開く。
大きく口で息を吸い、腹の下にある丹田を意識しながらゆっくりと息を吐いていく。
全身に気が行き渡る感覚を感じ、さらに続いて体の奥、底の底をイメージする。
ゆっくりと息を吸いその三倍の時間をかけて吐いていく。
イメージするものは井戸、平均的な異能力者よりも大分少ない魂源力をその井戸から汲み上げるのだ。
そして汲み上げた僅かな魂源力を体内の気と合わせる。

瞬間、体が跳ねた。

貧弱な肉体では制御出来ない程の力が体内で暴れ狂う。
正直、気だけの発勁なんかを使う時とは比べ物にならない程消耗するため滅多に使わない俺の奥の手だ。
その暴れる力を怪我をした右手ではなく左手に集中させる。
左足を前に出し、左手で鉄鍋に触れた。
その事に気がついたのか、黒い球体が暴れ始める。
だけどまぁ、失敗は無い。良くある話だろうが、何故なら俺は―――――ー

「左利きだからな!」

利き腕による気と魂源力の混ざり合わさった発勁が鉄鍋を抜け、相手に突き刺さった。





四方のほとんどを分厚いコンクリートの壁に覆われ、四角く切り取られた僅かな空が夕焼け色に染まっている。
俺と二礼はあの進化した『転がり目玉』を倒した袋小路で肩を揃えて座り込んでいた。
主な理由としては、極限まで体力を使い果たしていた上に全力全壊!な発勁まで打った結果俺がさっきまで気絶していたからだ。
眼を覚ました時、既に3頭身幼女神の姿はなく右手の穴は綺麗に塞がっていた。
本当に傷があったのか分からない程に再生されている。やっぱりあの神様はツンデレだったのだろう。幼女に興味は無いが。
今頃は二礼の実家の本殿に帰って寛いでいるだろうか、今度一度参拝に向かうのも良いかもしれない。
だけど、今日はもう勘弁。
隣を見ると、二礼も眼の下にクマが出来ていた。
何だかんだ言って神下ろしまでやったんだ当たり前と言えば当たり前だろう。
まぁ、なんだ、とりあえず―――

「おつかれー」
「おつかれさまっす」

どちらからとも無く右手を上に挙げ、空中で打ち鳴らす。
パーンという良い音が路地裏の先、袋小路で鳴り響いた。







6.5 悪意の眼

 ソレはじっと身を潜めて見ていた。
自分を載せた何かが、何かにぶつかり壊れて火を上げた時は一緒に捕獲されていた同種を檻から開放してやったが。
何が起こるのか分からない以上、表皮を擬態させ己の身を守ることに専念した。
結果、すぐに近くまでやってきた人間二人が同種をあっさりと殺しもう一匹を追いかけて出て行った。
馬鹿が、とソレは思う。
自分達が何故擬態などという力を得ているのかを全く理解できていない。
我々は、隠れ、潜み、絶対一撃の攻撃を持って敵を屠るものなのだ。
正面きって戦うなど話にならない。
その後もソレは同種と人間達の戦いを全て見ていた。
身をより黒く暗く変色させ、全身を細く伸ばして道の隅を移動して追いかけていく。
そこでソレは自分の知らない種族の可能性を見た。

「人の血を吸えば強くなれる」

という法則を知ってしまったのだ。
残念ながら進化した同種は現れた異種族によって抑えつけられ、人間にトドメを刺されたようだが実に有意義な情報を残してくれた、とソレは思った。
すぐに道を戻り、人間が同種に追いかけられながら道すがら垂らして行った血を啜る。
棘を伸ばして、血に浸すと表皮から体内に染み込んで行くのが良くわかった。

「美味い」

今まで食ったことの無い味だ。
徐々に変化していく思考と肉体の変化を楽しみながらソレは考える。
自分よりも弱い同種が進化してあの力を得たのだ、自分はそれ以上の力を持っているだろうと。
同種は折角出来た口での噛み付きや、肉体硬化などを行わなかったがアレは馬鹿な固体だ。
自分ならばもっと上手くやれる。そうソレは確信すると、再び身を細くして路地裏を徘徊しはじめた。
明るい間はダメだ、獲物も一匹でいる方が良い。
狡猾なソレは体を細くし、道路と壁の狭間に身を潜めると擬態をはじめた。
詳しい人が見ても、道の角が多少丸くなっただけに見える、それほどまでに完璧な擬態だった。
そしてソレはそこで夜を待ち、日が暮れて外の喧騒が静かになった頃ゆっくりと獲物を求めて町へと飛び出した。



ソレが住んでいたのは洞窟の日の当たりにくいところだった為、夜目は利く。
今夜は月明かりが薄いということも実に良い。
焦ることは無い、ゆっくりと獲物を探せば良い。
そう考え、徘徊を続けていたソレは夜道を一人闊歩する黒髪の少女を見つけた。

「アレだ、アレが良い」

それは見た途端にそう考えると、物陰からそうっと磨り動くと道の端に寄りまた壁と道路の狭間を移動し少女の後をつけていく。
そして街灯と街灯の明かりが一番薄くなり、闇が一番濃いところに差し掛かったとき背後の地面から少女に襲い掛かった。
元から同レベルの種族よりも硬かった全身はランクが上がったことによりさらに硬くなり、しかもその硬さを維持しながら襲い掛かることが出来るのだ。
ソレの視界が少女の足をとらえた次の瞬間。


―――ソレは、自分が死んだことすら気付かずに息絶えた。





 逢洲 等華(あいす などか)が夜道を行く、時折振り返るのは警戒心の表れだろうか。
それとも先ほどこちらの背後から忍び寄り、襲いかかろうとした身の程知らずの「雑魚ラルヴァ」がいたからだろうか。
確定予測の能力を使うまでも無い、襲い掛かって来ると分かった瞬間には既に月陰(つきかげ)と黒陽(こくよう)を抜刀し、十字に斬って捨てた後だった。
つまらぬ物を斬ったとばかりに両手の二刀を軽く振るうと、音も無く納刀する。
彼女がこんな時間に夜道を行くのには理由がある。
昼間に双葉研究所のラルヴァ輸送用トラックが中華料理店に突っ込んだ件の報告書がまだ上がってきていないからだ。
地区を担当していた風紀委員見習いの後輩の胸部を思い、一つため息をつく。
思ったよりも苦戦を強いられたと大きな声で口頭報告に来たのは良いが、戦闘の疲れで書類を書き上げる前に眠ってしまったのだろうか。
やむを得ないとは思うが、これもルールのうちだ。
ルールを元に生徒を取り締まる風紀委員が仮に見習いであったとしても許されることではない。
お説教が必要ね、そう思いまた一つため息をこぼすと逢洲は夜道を歩き始めた。







7.中華料理店店員のその後

 バイト先がトラックに突っ込まれて崩壊した明くる日、俺は全身を襲う筋肉痛に悩まされていた。
何度限界を超えたらこんな激痛が走るのかと、訳も意味も無く叫びたくなるのを必死にこらえて湿布を貼っていく。
結局あの後中華料理店「大車輪」に戻ると、ビルは跡形も無くなっていた。
何でも幼女な醒徒会会長がでかい虎を呼んでビルを崩壊の危機から救ったらしいが、根元から折れかかったビルを元に戻しても再び使えるようになるわけも無く、結局超人系の異能力者を呼んで解体してしまったらしい。
そういうわけで、俺はバイト先を失ったわけである。
正直早急に新しいバイト先をどうにか手配しないと今月の寮費の支払いに苦しむことになる。
またあの腐海のようなスシズメに戻るのだけは絶対に勘弁被りたいのだが、如何せん今日は体がまともに動かない。

そうそう、失ったといえばあの3頭身幼女神だ。

最後の時に空中から呼び出した鉄鍋、発勁を打ち込んだ結果見事に穴が開いてしまったのだが。
あの鉄鍋、俺が中華料理店「大車輪」で愛用していた鉄鍋だったのだ。
何でも『本人が長いこと愛用していた物の方が気の通りも良かろうて』との事らしいが、鉄鍋が俺のだと知ったとき俺はマジ泣きしていた。

「お、俺のジャンがあああああああああ!! 一年と少し苦楽を共にしてきた鉄鍋のジャンがあああああああああ!!!!」

叫び、恥ずかしげもなく大声で涙を流して泣いた。

「愛用していたとはいえ道具に名前をつけるのはどうかとおもうっすけどね。
 むしろ、なんで女の子の名前じゃなくて男の名前なんすか?
 え、もしかして先輩そっちの人だったんすか? 近寄るな変態」

と、外道巫女は悪びれもせずに言いたいことだけ言って俺を放置して帰って行ったし。
うるらい、女に中華の何が分かるっていうんだ。俺は日本人で神道目指してるけど。
そうそう、ジャンは一応持って帰ってきている。
今度「科学部」に持っていって穴を埋めてもらわないと、まだ使えるし。

「よし、これでひとまず湿布は良いかな」

体中の至る所に湿布が張られ、ミイラ男ならぬ湿布男状態になって立ち上がる。
幸い今日は日曜日、リハビリを兼ねて制服の支給と新しいバイト探しをせにゃならん。
湿布を剥がさぬようにジーンズを履き、Tシャツを着る。

「あー、この暑いのに湿布だらけだと蒸れて酷いことになりそうだなぁ」

昼までまだ時間はあると言うのにお日様はやる気マンマンで光を地上に降り注いでくれている。
これは今日も暑くなりそうだ。セミも元気に鳴いている。
部屋のドアを開けた瞬間、俺のやる気メーターが一瞬で0になり出かけるのを止めようかとも一瞬思ったが、腐海を思い浮かべて考えを改めることにした。





「え、受理できない? 何で?」

双葉学園の各所にある事務対応所の一つ、対ラルヴァ戦の異能力者に関する事務所で俺は思わず叫んでいた。
新しい制服の申請書類に不備は無かった筈だ。
埋めるべき場所はしっかりと埋めたし、虚偽の情報も入っていない。
というか、これが通ってくれないと俺は明日から何着て学校に行けば良いんだ。

「何でと言われましても、ご存知の通りラルヴァ戦で被害にあった方は風紀委員に届けていただいて、その書類がこちらに回ってこない事には受理できないことになっているんですよ」

眼鏡をかけた事務員のお姉さんが困り顔でこちらに言う。

「いや、そんな筈無いですって! 明日朝一番で報告書を出すって二れ……神楽見習い風紀委員に言われたんですよ?」
「そう申されましても、報告書が提出されていない以上こちらでは対処のしようがありませんので……」

お、お役所仕事かよ……! と怒鳴りたくなるのを必死に堪えて押し黙る。
この事務員が嘘を行ってないのなら原因は一つしかない、それも分かりきっている。
困り顔を続けるメガネ事務おねーさんにもう一度時間をずらして行く旨を伝えて事務所を後にする。



しばらく無言で進み、人気の少ない路地に入ると怒りに任せて震脚を一つ。

「あんの嘘つき巫女がぁっ! いや、ぐーたら巫女か!?
 どっちでも良いから昨日の協力した分も含めて揉みしだいてやる!」
「朝っぱらから天下の往来で不埒な発言っすねー、本気で逮捕しますよ?」
「……何でおまえは毎回毎回妙なタイミングで現れるんだよ」
「むしろ何で毎回毎回私が先輩を見つける度に変態発言してるのかを聞きたいんすけど」

振り返れば怠惰巫女。
何時ものように制服姿で左手には「風紀委員:見習い」の腕章がある。
両手には結構な量の紙が挟まれたバインダーの様なものを抱え込んでいた。
こっちを見る顔はよくみる呆れ顔だ。失礼なやつめ。

「いや、それは置いといてだな。お前昨日『じゃ、報告書は明日の朝一番で提出しておくっす』って言って帰っていったじゃねぇか!
 事務所行ったらまだ出てないから制服は支給出来ない。どうしてもって言うなら購入してくださいねって言われたんだぞ」
「ああ、その報告書なら今から出しに行くところっす」

こ、このアマいけしゃあしゃあと……

「……上を見ろ」
「嫌っすよ、そんなの眩しいし」
「……今何時だと思う?」
「両手に書類持ってるの見て分かんないっすか?
 生徒手帳見れば分かるでしょう、はい」
「いや、はいってお前ね……」

おもむろにこちらに突き出される乳、暑いのか相変わらずボタンが緩められた首元から覗くその魅惑の谷間に学生証が。
何処に仕舞ってるんだこの馬鹿。素晴らしいもっとやれ。

「これ、取ったら即行でグランドの隅っこにある懲罰台にのせられるんじゃないのか?」
「良く分かったっすね。 はい、拍手ー」

……危なかった、普通に誘惑に負けそうだった。
ちっとも褒める気の無い、むしろ舌打ちしそうな不満顔で手に持っているバインダーをベコンベコンと叩き合わせる二礼。
俺の苗字と神道の行為を侮辱すんな、お前も巫女だろうが。と思ったが口喧嘩で勝てる気がしないので胸に秘めておく。
な、泣き寝入りなんかじゃないんだからっ!

「ほらほら、涙ぐんでないでいくっすよ」
「涙ぐんでなんかないわいっ!」

故郷の母さん(ry。
時間をずらして来ると言った癖にすぐに戻るのも気まずいものがあるんだけどなぁ。
まぁ、店が無くなったとはいえ長いことお世話になったから店長にも一応挨拶いれとか無いといけないし。
まだ昼前とはいえ、今日中にしておきたいことは山ほどあるんだ一個一個片していかないとな。
こちらのことを一切放置して二礼が事務所へと入っていく。
このまま炎天下の中立ち尽くしててもしょうがない。
二礼と少し掛け合いをしただけで肌が汗ばんできていた。
……どうせ待つならクーラーの効いた待合室で待つか。





結局、二礼の書類が処理され俺の支給願いが受理され事務所内部に併設されている学生服専門店で寸法を測って仕立ててもらうとすでに時計の短針が真上を指す頃だった。
真新しい制服を「双葉学園学生服販売店」と大きくプリントされた紙袋に入れてもらい、事務所を出る。

「うへぁ、あっちぃな」

袋を持ってない右手を眼の上に翳して空を見る。
雲一つ無い快晴だ。
少しくらい曇ってくれた方が過ごし易いんだが、天気のことなんて神様の機嫌次第だからなぁとひとりごちる。
とりあえず、突っ立っててもしょうがないし腹も減ったことだ。
どうしようか、と考えふとえらいことを思い出した。
普段からバイト先で飯食ってたから、今日飯食う所無いじゃん。
慌てて財布の中身を確認するも、学食のチケット数枚と小銭が少々。

「絶望的じゃないか……っ!」

よくよく考えればバイト先の給料日まで後数日だった。
学食のチケットがあるから昼は大丈夫だし量には僅かながらインスタントヌードルもある。
食の方はなんとか大丈夫と言えなくも無いんだが……今月のバイト代もらえるんだろうか?
昨日路地裏から出て目にした、すっかり更地になったバイト先を思い出してうな垂れる。
店も無くなった店長に給料払えと言うのもちょっと躊躇われるしなぁ。
躊躇われるが、こちらもスシズメに落ちるのは嫌だ。
せめて半額くらいはもらえるように交渉しよう、うん。
頬を伝い、顎から滴り落ちようとしていた汗を右手で拭い商店街へと歩き出す。

「あれ、まだこんな所にいたんすか?」

少し歩いたところで昨日今日と一番聞いた声がした。
両手に持っていたバインダーは提出したのだろう、手ぶらで……手ブラ?

「手ブラ!何という素晴らしい響き!!」
「……暑さで脳がやられちゃったんすね、救急車救急車と」

冗談抜きで胸の谷間に手を突っ込むと学生証を引っ張り出す。
ずっとそこに入れっぱなしかよ、蒸れるぞ―――と思ったが口にしたら、炎天下の中グランドで百叩きは免れないので自重する。
二礼を見ると、学生証の携帯電話機能を使ってコールしだした。

「ひゃっくとっおばーん、ひゃっくとっおばーん」
「おまえは警察を呼びたいのか救急車を呼びたいのかどっちなんだよ」
「んー、いっそ捕まって拘置所にでも入ってもらった方が頭冷えるかなーと思っただけっすけど」

ピッという音がしてコールが中止される……二礼の目が泳いでいた。
こいつ普通に110番と119番間違えやがったな。

「つうか、お前自分が風紀委員見習いだって忘れてないか?」
「失礼なことを言うっすねー、勿論覚えてるっすよ? この腕章無いと殴れないっすから」
「本当に最悪だなおまえ!」

俺の視線が左手の腕章に一瞬向かい、すぐに戻す。
何故か二礼の右手には何時もの木刀が握られていた。
どっから出した、ていうか。

「あれ、その木刀折れてなかったっけ?」
「そうっすよ?」
「いやいや、じゃぁなんで元通りになってんだ?
 ああ、別のがあったのか」

昨日二礼が『転がり目玉』を殴った際に、破片を撒き散らせながら折れ飛んだ木刀の姿を思い出す。
似たような色で、似たような長さだがスペアを用意していたのだろう。
あー、もう正直木刀のことなんかどうでも良くなってきた。
さっきからずっと頭に降り注ぐ日光のせいでどんどん俺の中のやる気メーターが下がっていく。
店長の所に行くのも面倒くさくなってきた……
今日絶対行かなきゃならなかった制服の支給も受けることも出来たし。
体中筋肉痛で歩き回るのも一苦労なんだから、今日はもう帰って扇風機でも回して寝よう。
二礼に背を向けて歩き出す。

「どこ行くんすかー?」
「暑いし金も無いから帰って寝る、昨日のせいで体中筋肉痛で酷いんだよ」
「体中筋肉痛って……やわっすねー」
「そりゃお前は踊ってただけ何だから筋肉痛になんてならないだろうけど、こっちはどれだけ働いたと思ってんだ」

ずりずりと足を上げるのも億劫に寮への道を歩きながら言う。
声の距離が変わってないことから、二礼は後ろを着いて来ているのだろう。
暇なヤツだ、そう思う。あー、しっかし本当に、

「暑いなぁ」
「暑いっすねぇ」

汗を流しながら道をいく。
今日は寝るとして、明日からどうすっかなー。
ああ、ジャンも直さなきゃーってジャンの修理代どうするよ?
やっぱりスシズメに移らなきゃならんのかなぁ……どんどん思考がネガティブになっていく。
しばらく歩き何となく振り返る。
視線の先には汗一つかいてない二礼がどっから取り出したのか美味そうに棒付きアイスを食っていた。

「美味そうだなぁ、それ」
「美味いっすよ?」

何当たり前なこと言ってんの? とでも言いたそうに二礼が返してくる。

「……」
「……」
「いや、そこは俺にも少し分けてくれるとかそういうのは無いのか?」
「えー」

まぁ、そうですよねー。
期待した俺が馬鹿ですよねー。
こちとらアイス一本買う金すらこの先のことを考えると惜しいっていうのに。
美味そうに一人だけアイス食いやがって、妬ましい。

結局何故か後ろを着いてくる二礼と言葉を交わしながら寮へとたどり着いた。





寮の門の前まで来ると、見覚えのあるおっちゃんが一人。

「あれ、店長?」
「おぅ! 敬、デートか!?」

いや、デートて……
後ろを見ると二礼も後ろを向いていた。
頭を左右に振ってしきりに辺りを見渡している。

「……何やってんだ?」
「いえ、こんな変態とデートしてるなんて物好きもいるもんっすねーと」

昨日の件で僅かながらフラグたったかなーとか思った俺が馬鹿でした。
相手が自分だとは欠片も思ってないようで……こらこら、ゴミ箱開けて何を探してるんだお前は。

「かっかっかっか、相変わらず面白ぇけど変なねーちゃんだなぁ!」
「変っていうのには全面的に賛同させてもらいます。 
 んで、店長なんでここに?」
「おう、これを渡しにきたんよ」

ぽいっと渡される封筒。
慌てて受け取り表を見ると「給料袋」の文字が。
……給料!? お、おおお! 中を覗くといつもより少し多目の額が入っているのが分かる。

「これ……店長良いんですか?」
「何がよ?」
「いや、店つぶれたのに俺にこんなに給料払って大丈夫なのかなと」
「ああ、それなんだがよ。
 昨日研究所のお偉いさんが来てな、店の建替え費用出してくれるんだと。
 ついでにしばらくの保証金だって金置いていきやがったから気にすんな気にすんな」

店開けてるよりも儲けが出たわ、と豪快に笑う店長。
ああ、そういえば俺もトラック見たときに賠償金がっぽり取ってやるとか思ってたな。
それからの目玉との戦闘ですっかり忘れてたけど。

「んでまぁ、新しい店が出来るまで屋台出そうと思ってなぁ
 色付けたぶんはそれで頑張ってもらうつもりだから覚悟しとけ」
「ああ、この多目の分はそういうことですか……」

クーラーも無い炎天下で中華料理の屋台かぁ、体力無いのに持つかな俺。
まぁ働かないと食ってけないし、スシズメは嫌だし。
結局あの事故のせいで労働環境悪化して、体中には筋肉痛。
フラグが少しはたったかなと思った相手は……おい、さすがに郵便ポストには俺のデート相手は入ってないと思うぞ。
って、ピンクチラシなんて持って何する―――こら、電話すんな!
昼過ぎの太陽は相変わらず元気に輝いて、セミが耳障りな大合唱を奏でている。
ああもう、良い事なんてありゃしない。





まったく、苦学生はつらいよなぁ
ホロリ流れた涙が一粒、汗に混じって地面に消えた。



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