【反逆のオフビート 第三話:part.2】


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元が縦書きなのでラノをおすすめします
part.2をラノで読む
あと感想、批評をスレに書き込んでくれるとありがたいです(今巻き込み食らって返事返せないですが)


    FLE.3〈キャスパー・ウィスパー侵略:part.2〉




 西野園ノゾミがラルヴァ信仰団体“スティグマ”に入団したのはまだ十歳のときだった。
 彼女の父は資産家で、大きな屋敷でノゾミは何不自由なく育ち、彼女の家庭は何も問題ない平和そのものだった。もちろん西野園ノゾミというのは双葉学園における偽名であって、この時にはまだ本名が存在した。だが、今はもう意味のないものである。
 しかしそんな幸福な彼女の世界はある日音を立てて崩れることになった。
 ノゾミに異能の力が目覚めたのである。
 彼女はそれを両親には伝えなかった。
 幼い彼女はその特別な力を得て確信した、自分は神に愛されていると、自分は特別な存在だということを。
 人の精神に侵入し、人をまるで人形の如く操る異能を手にしたノゾミが初めにしたことはあまりにおぞましいことだった。
 彼女は自分が通っている学校の全生徒を洗脳し、殺し合わせたのである。
 なぜそんなことをしたのか、そんなことに理由は無かった。彼女はただの暇つぶしで今まで友達だった少女たちも、彼女に好意を寄せる少年たちも、彼女を才女と褒め称える教師たちも、皆例外なく血塗れになって死んでいったのである。
 まだ幼かったノゾミは自分のしたことの大きさに気づかなかった。
 自分は世界で唯一人の、世界を統べるほどの力を持っていると過信していた。
 だがそれは全てが間違いであった。
 彼女のように異能の力をもつものは今の世界には溢れていた、それは秘匿されしことであるため、ノゾミには知るよしもなかった。
 能力の行使による大量殺戮を行った彼女を、世界は許しておかないであろう。法で裁けない彼女は恐らくこのまま政府に消されることは間違いなかった。
 しかし、彼女が政府や警察に気づかれる前に一人の男が彼女の前に現れたのである。
 学校のみんなの血で溢れかえっている教室に、ノゾミが鼻歌まじりに死体を踏みつけている時に、その顔が無いような薄い印象を受ける男は突然やってきたのだ。どこから現れたのか、いつからそこにいたのか認識できなかった。
「あら、おじ様はだあれ?」
 おどけるような口調で目の前の男に問いかけると、男は自らを“クローリング・カオス”と名乗った。
「変な名前ね」
「ふん、名前など私にとっては飾りに過ぎない。だがキミには今の名前を捨ててもらうことになる」
「あら、おじ様は私を連れ去ると言うの? まるで悪魔ね」 
 ノゾミはせせら笑うように目の前の男を馬鹿にしていた。今の自分にとっては悪魔ですら敵ではない、そう思っていたのだ。
 だが目の前の男は彼女のそんな不適な態度も気にしていないようである。この男には感情すらないのかもしれない。ただそこに存在するだけ、そんな印象である。
「悪魔か・・・・・・私が悪魔ならキミは魔女といったところだろうな」
「へぇ、魔女――ね。悪くないわ」
 ノゾミは気に入ったようで、にやりと笑っている。それは見たものを凍らせるような不気味な笑顔である。まさしく魔女そのものといったところだ。
「私はキミを連れ去りにきた。大人しく私についてきたまえ」
「へぇ、おじ様は誘拐魔なの? でもそんなことがおじ様に出来るのかしら、私は誰でも操れる魔女なのよ、私は誰にも負けないわ」
「ふん、やってみるがいい」
 そう言われてカチンと来たノゾミは目の前の男にすぐに目の前の男の精神侵入を開始した。彼女の異能はテレパスの発展型で、相手の心を汚染し、自分の意のままに操ることが出来る。だが、その目の前の男には何も通用しなかった。
「何よあんた、何なのよ、心が読めない・・・・・・まるで心が無いみたい・・・・・・何者なのあなた!」
「悪魔――と言ったろう。キミが」
 ノゾミは自分以上の脅威である目の前の男に恐怖を感じていた。自分だけが特別だと思っていたその支えが消え去りそうな気持ちであった。
「キミの能力は確かに強大で脅威だ。だが世界を相手にするにはまだ足りない。世界にはキミと同じように、異能の力を持つものがたくさんいる。同じ異能者には恐らくキミの精神感応は効きづらいだろう。たとえ出来ても低級の能力者を大雑把に操るぐらいが限界だろうな」
 自分でも理解していなかったノゾミの異能の特徴や弱点をすぐさま分析されて、彼女は丸裸にでもされたような気分であった。まるで陵辱でもされているかのように心も身体も目の前の男に飲込まれていくような、そんな感覚である。
「わ、私はあなたについていくわ」
 ノゾミは床に膝をついた。それは今まで彼女が誰にもしたことがない“屈服”と“服従”の証であった。目の前に佇む巨大な暗黒に、人はただ膝を折るしかないのだ。
 こうして魔女キャスパー・ウィスパーは誕生したのである。


                 ※



 都市内の鉄塔天辺付近に何やら人のような細長いシルエットが見えていた。夕日を浴びて、さながら影法師のように立っている者がいた。普通の人間ではそんなところに立てはしない、が、彼は普通の人間ではなかった。
 人造人間エヌR・ルール。オフビートの改造の基礎モデルとなっている彼は、直感で転校生斯波涼一に何かを感じていた。
 真っ青なサングラスが夕日によって不気味な色になっている。
 彼はそのサングラス越しに街を見下ろしていた。何かを探すような、何かを監視しようとしているかのような佇まいである。
 やがて簡素な電子音がそこに響いた。彼の携帯電話の着信音である。彼はあまり電話など使用しないが、連絡用に一応所持しているのである。
『やっほーもしもしエヌルン? アタシアタシ、紫穏ちゃんだよ~』
「ああ、加賀杜か。そっちは何か変化あったのか?」
『あったというか、もうあり過ぎたというか。ほんと大変だったよ』
「ふむ、一体何があったんだ。落ち着いて話すんだ」
『あの例の転校生、斯波っちが敵に襲われてたんだよ。それでアタシが駆けつけてその暴漢たちをやっつけたんだけど』
「それで、斯波涼一はどこにいる」
『うーんそれが、さ、いきなりどっか走っていっちゃったんだよねー。アタシも斯波っちを襲ってた学生の対処で追いかけるわけにもいかなかったし』
「ふん。そうか、それでその学生たちは一体何者だったんだ」
『まだよくわかんないんだけど、やっぱあの二年の青山と和泉と同じみたいな感じだね。気絶から目を覚ましたらなんの覚えてないって。やっぱり洗脳系能力者が彼を狙ってるみたいだね』
「ああ、どうやら何かとてつもなく巨大な脅威がこの双葉学園都市を侵食しているようだ。もっと詳しく調べる必要がありそうだな」
『それで、斯波っちはどうする? はやはや辺りに捜索頼んでみる?』
「早瀬か。確かにあいつは暇そうだからな・・・・・・だがぼくは早瀬の電話番号知らないぞ」
『あ、アタシも知らないや・・・・・・おかしいなぁ最初にみんなで電話番号交換したはずなのに。それにはやはやはいつも何処にいるかわかんないよね』
「確かに。そもそもあいつの姿を最後に見たのがいつだったか思い出せない・・・・・・ぼくの記憶力はコンピューター並だというのに」
 ルールは真っ赤に染まった空を見ながら早瀬のチャームポイントである真っ赤なマフラーを思い出していた。今はもう暑い五月だというのに何故彼はマフラーを巻いているのか、それはルールだけではなく全校生徒が疑問に思っていた。しかし、肝心の早瀬の顔をルールはなかなか思い出せなかった。
「・・・・・・加賀杜、お前早瀬の顔って覚えているか?」
『・・・・・・そもそも下の名前も思い出せない! にゃははは』







 巣鴨伊万里は親友の藤森弥生の電話によって指定された場所にやってきた。
 彼女の恋人である斯波涼一――オフビートがそこで倒れていると弥生は言っていた。
 そこは都市部から少し離れた巨大な廃工場の集まった区域で、ゴテゴテしたパイプや、一体なにに使っているのかわからない機器たちが放置されていた。廃工場はそれらのものや、鉄柵や何やらで複雑に入り組んでおり、少し歩くと自分がどこから来たのかわからなくなりそうである。
(まるで迷路ね。でもなんでこんなところに弥生や斯波君がいるのかしら)
 人の気配はなさそうで、伊万里はそれを疑問に感じていた。
 だが電話越しの声は間違いなく弥生の声で、伊万里は親友である弥生を疑うなどということは一切しなかった。
 それどころか、弥生も何か危険に巻き込まれているのではないか、と、心配すらしていた。それはあながち間違いではないのだが、それは伊万里が思っているものとはさらに恐ろしい危機が弥生、伊万里、オフビートの三人に襲いかかっていることにまだ気づいてはいない。
 弥生は薄暗い廃工場の中に歩を進める。静かな中で、足音だけがカツーンカツーンと響いていて実に不気味だ。少し心細くなった伊万里は弥生に電話をかけた。
 しかし何度コールをかけても弥生は電話に出ない。
(どうしたんだろ弥生・・・・・・。まさか何か危険に・・・・・・)
 そう伊万里が不安に駆られた瞬間、彼女の目の前に人影ふらりと現れた。それは双葉学園制服を着た少女であった。髪を二つに結った可愛らしい顔をした女の子。それは間違いなく伊万里の探していた人物である。
「弥生! よかった、無事だったんだ・・・・・・」
 目の前にいる弥生を見て、伊万里はほっと胸をなでおろした。弥生の頭を見ても会うと・フラッグスによる死の旗は見えていないことから、弥生に危ないことはなかったと考えていた。しかし、目の前の弥生は何かおかしい、伊万里は直感でそれを感じていた。
「・・・・・・弥生。どうしたの、斯波君に何があったの? なんで弥生がそんなこと知ってるの?」
 しかし目の前の弥生は伊万里の言葉に答えない。その瞳はどこか虚ろで光がない。まるで人形のように生気を感じない。
「弥生、どうしたの弥生!」
 しかし、やはり弥生は伊万里の言葉に反応もせずふらふらと、ゆっくり伊万里に近づいていく。そして弥生は手に持っていたスポーツバックからあるものを取り出した。
 それは夕日に照らされぎらぎらと光っており、それはこの友達同士が向き合っているという場面におよそ最も似つかわしくない物を弥生は手にしていた。
 それは包丁だった。
 肉や野菜を切るだけの存在である包丁が弥生の手に握られている。
 虚ろな瞳のまま包丁を握り、伊万里の元に向かってくる図はもはや恐怖だった。伊万里が呆然としていると、伊万里の後ろに何人かの女子生徒たちがまたも伊万里を囲っていた。その女生徒たちも目が虚ろで、手にはナイフ等が握られている。
「な、なんなのよこいつら! 弥生! 目を覚ましてお願い!」
 伊万里は弥生にそう呼びかけるが無駄である。
 既に弥生と、後ろにいる数人の女生徒たちは魔女の傀儡に成り下がっていたのである。
 そんなことを知らない伊万里は、この女生徒たちに弥生が脅されているんじゃないかと考えていた。伊万里は身構えながら近くに落ちていた鉄パイプを拾う。
「何よあんたたち、あんたらが斯波君をどうにかしたの? それに弥生まで巻き込んで・・・・・・」
 伊万里は鉄パイプの先端を女子生徒たちに向ける。その彼女たちもナイフを構えるが、そこには機械的な動きしか感じられない。伊万里はちらりと後ろにいる弥生に目を向けるが、弥生は突然駆け出してきた。
「あ、弥生・・・・・・!」
 弥生は包丁を構えたまま伊万里に突進してきた。伊万里はそれをなんとか避けるが、弥生は包丁を持った手を横に薙ぎ払うように避けた伊万里に追撃する。伊万里はその包丁の切っ先を咄嗟に鉄パイプで受けるが、弥生はあたり構わず包丁を振り回してくる。
「や、やめて弥生!」
 伊万里は逃げるようにバックステップで距離をとるが、そうすると今度は女子生徒たち、いや、傀儡たちが一斉に飛び掛ってきた。
 しかし伊万里からすれば親友の弥生よりも見知らぬ女生徒たちのほうが戦い易かった。鉄パイプを薙刀のように扱い、次々と容赦なく傀儡たちを打ちのめしていく。毎日のように刃物(といっても竹刀ではあるが)相手に稽古をしている弥生にとって、彼女達のワンパターンなナイフの軌道は非常に読みやすかった。しかし、
『なかなかやるじゃない。王子様に護られるだけのお姫様ってだけじゃないのね。さすがは死の巫女』
 と、突然どこからか声が聞こえてきた。
「な、誰よ!」
 伊万里はそう声の主に問いかけるが、辺りを見回してもそれらしき人物はいない。いや、よく見ると、弥生の口が動いている。そこから弥生のものとは別の声が流れてきているのである。
『ふふふ、私は魔女よ。貴女を殺す存在。でもね、私は貴女に非常に興味あるのよ。大人しくついて来てくれるならこの子たちの攻撃をやめてあげるわ』
 一体何が起きているのか伊万里には理解できなかった。しかし、その声の主からは並々ならぬ敵意と悪意を感じていた。
「へえ、あんたが弥生やこの人たちを操ってるのね。そりゃそうよね、弥生が私に刃物を向けるハズがないわ。あんたみたいな外道の言うことなんて誰が聞くもんですか!」
 伊万里は啖呵を切って弥生の向こう側にいる“魔女”に鉄パイプをざっと構える。
『ふふふ、威勢がいいわね。そうね、確かに貴女は強いわ。こんな傀儡たちじゃ貴女をどうこうできなでしょう。でも、これはどうかしら』
 伊万里は顔を歪ませた。弥生が自分の手に持った包丁を自分の首もとに当ててるのである。それは実に奇妙な場面で、これこそが美しくも醜悪なる魔女の戦術である。
『さあ、伊万里さん。どうするのかしらね? 大事な親友がどうなってもいいならこの場から逃げたらいいわ』




 オフビートが痛む身体を引きずって観覧車まで戻ってきたときにはもう伊万里はいなかった。既に日が沈みかけており、オフビートは自分の無力さを呪った。
(畜生、なんで俺はいつもこうなんだ。さっきも加賀杜が助けに来てくれなきゃ死んでたかもしれなかった――)
 オフビートはまたすぐにデパートから駆け出した。しかし彼はどこに向かったらいいのかわからなかった。手がかりは何もない。一先ず寮や、クラスメイトたちに行方を聞いてもみたが、誰も彼も首を横に振るだけであった。
(一体どこに行ったんだ、伊万里)
 オフビートは学園都市中を駆け巡った。しかし学園都市は大きく、彼一人ではとても全てを回っている時間も体力も余裕が無かった。
 街行く人々は手には血の痕があり、ボロボロの格好のオフビートを見て見ぬふりをしていた。誰も彼のような危なそうな雰囲気をもつ少年に関わりを持とうとする人はいなかった。オフビートは完全に行き詰っていた。能力の過負荷により、頭も上手く働かない。身体ももう限界が近づいている。
(そうだ、アンダンテなら何か手を打ってくれるかもしれない――)
 オフビートはすぐに非常用の携帯電話でアンダンテに電話を入れた、すぐにアンダンテは彼のコールに出て『もしもし』とアンダンテの声が聞こえてきた。
「あ、アンダンテ! 大変なんだ、伊万里が・・・・・・伊万里が――」
『木津先生と呼びなさい。――それで、巣鴨伊万里が何ですって?』
 アンダンテは焦ってるオフビートをなだめるように冷静に対応する。まるで本当の教師のようである。
「い、伊万里が見当たらないんだ! 今俺は敵の襲撃を受けて、戻ってきたら伊万里がいないんだ! 敵に攫われたかもしれない!」
『そう、それは大変ね』
 アンダンテはあまり興味の無いように軽く返した。それにオフビートは驚愕した。自分たちの機関にとって伊万里は重要な存在ではないのか、と。
「な、なんだよその素っ気無い返事は! 伊万里を護衛するのが俺たちの任務だろ! 機関の力で伊万里を探し出せないのか!」
『五月蝿いわね。喚かないでよみっともない。いい涼一君、私たち機関にとって巣鴨伊万里はあくまで監視対象なの。護衛は基本的についでと言ってもいいわ。彼女が敵に襲われているならそれはそれで資料になるし、それで死ねば彼女の存在価値はそれだけということよ』
「そ、そんな・・・・・・」
『だから我々機関はあなた以上の戦力を双葉学園に送るつもりは無いわ。彼女を護りたいならあなただけの力で護りなさい。男の子でしょ?』
 そう言ってアンダンテは勝手に通話を切ってしまった。
「ちっ! 糞ったれ・・・・・・何がオメガサークルだ・・・・・・」
 オフビートは思い切り携帯電話を地面に叩きつけた。もはや誰も頼りに出来ない。いっそ醒徒会に手を借りるか、そうオフビートは考えていた。
 自分は機関に消されるかもしれない、しかし伊万里を助けるためならば、と。
 しかしその時叩きつけた携帯電話が突然鳴り出してオフビートは驚いた。
 その着信元は、伊万里の携帯番号だった。オフビートはそれを見てさらに驚いたが、むしろ安心したように電話に出た。
「はぁ・・・・・・伊万里、無事だったか。お前今どこにいるんだ、勝手にどこかにいくなよ!」
 オフビートは半ば怒鳴るようにそう言ったが、それは本当に彼女を心配していたからである。しかし彼女から着信があるとうことは伊万里は無事だということ、だがオフビートの安堵はすぐに裏切られることになる。
『もしもしこんばんは。あなたが斯波涼一君ね』
 そこから聞こえてきた声は伊万里ではなく見知らぬ女の声であった。
「だ、誰だお前は・・・・・・。伊万里はどうした!」
『怒鳴らないでよ、うっさいわね。私はスティグマの殺し屋、とでも言えばいいのかしらね。とにかくあなたの敵であることには代わりないわ、ねえ、オメガサークルの改造人間さん』
 オフビートは顔を引きつらせた。自分のことも向こうには既に知られているようだ。
「スティグマ・・・・・・か。伊万里はどうした・・・・・・まさか、もう――」
『斯波君逃げて! 私のことはいいから早く誰かに――』
「伊万里! 無事なのか!」
 一瞬だけ伊万里の声が聞こえてきた。だが彼女の安否を聞く前にまたも電話の声は例の女の声に代わった。
『聞こえたかしら? まだ彼女は無事よ、まだ、ね。私たちスティグマとしてもあなたの存在は鬱陶しいのよね』
「何が言いたい・・・・・・」
『そうね、もしあなたが私たちスティグマ側につくというなら、彼女共々生かしてあげるわ。勿論二人とも私の支配下に入ってもらうけど』
 オフビートには電話の主の目的が解りかねた。スティグマの目的は伊万里の抹殺であるとアンダンテからは聞いている。だが、ならばなぜ捕まえてすぐに殺さなかったのだろうか。もしかしたら電話の主はスティグマと何か問題が起きているのだろうか。
 オフビートの頭には色々な考えが流れるが、どれも仮説でしかない。
『返事は今は聞かないわ。ただ、あなたにその気があるなら南区の廃工場に着なさい。その第九区域にきなさい。ただし、来なかったりそれを誰かに話でもしたら、死の巫女の命は無いと思いなさい。もう私の能力の理解してるでしょ? あなたの周りにいる人間の誰が敵で、誰が監視しているかあなたにはわからないでしょうけど』
「ああ・・・・・・了解した・・・・・・」
 魔女キャスパー・ウィスパーの能力は人を操る。つまり街にいる一般人の誰もが敵という可能性をもっている。もはやオフビートに味方は誰一人いない。
 魔女との孤独な戦争、オフビートはぎりぎりと奥歯を噛み締めた。






 伊万里が縄で縛られて連れてこられた場所は、廃工場の中心にある兵器開発局の元研究所であった。床などは陥没し、まさに廃墟といったところである。しかしあたりにある機械などは実に不気味で、わけのわからない生物の標本などが置いてあったりしている。
(ここが二年前に御取り潰しになった兵器開発局か・・・・・・。なるほど、真っ当な雰囲気じゃないわね・・・・・)
 伊万里は自分が危機に陥っているにも関わらず、冷静に今の場所を観察していた。彼女の手綱を引いているのは親友である弥生だ。まだ彼女は操られているようだ。
「ようこそ死の巫女。我が国へ」
 伊万里は部屋の中心を見つめる。そこだけが綺麗にされており、そこにはまるで御伽噺にでも出てきそうな玉座のような椅子があった。
 そこに座っている少女もまた、この世の物とは思えぬほどに美しく、しかしお姫様というよりは“魔女”と形容するほうが正しいと伊万里は感じていた。
「あんたが弥生を、みんなを操ってるのね」
 伊万里はその気迫に負けじと目の前の少女を睨む。
 しかし目の前の少女は臆することなく、椅子から立ち上がり伊万里の近くにまで寄ってきた。
「私は二年A組の西野園ノゾミよ。まぁ、あまり学園には出てこないから知らないでしょうけどね」
「ああ、聞いたことあるわね。二年にすごい美少女がいるって。でもまさかこんなヤバイ人だなんてみんな知らないでしょうね」
 不適に睨み返す伊万里に、ノゾミは少し苛々していた。
「ヤバイっていったら貴女のほうがヤバイ存在なんだけどね。なんたって貴女は死の巫女、世界を滅ぼしかねない脅威ですもの」
 その言葉に伊万里は眉を寄せる。
「さっきから死の巫女死の巫女って言ってるけどなんのことなの! 私はそんなんじゃないわよ、人違いならさっさと私も弥生も開放してよ!」
「あら、貴女は自分の価値をわかってなさらないようね。そう、それは好都合だわ」
「だから何を言ってるのよ!」
「貴女が知る必要は無いわ」
 そうぴしゃりと言いながらノゾミは伊万里の瞳を覗きこむように顔を寄せてきた。
「私はね、今の現状に満足していないの。今の組織に使われてるこの立ち位置が私は嫌なの。あの日悪魔に屈服した自分が許せない。私は最強の魔女として世界に立ち向かってやるのよ。そのためには貴女の存在が必要。奴らスティグマやオメガサークルや世界そのものを相対するには貴女という切り札が必要なの」
「な、何を・・・・・・」
「貴女も私の下僕になるのよ、お友達の弥生ちゃんのようにね」
「弥生、弥生は帰しなさい! 私はどうなってもいいから!」
 伊万里は泣きそうな声で目の前の魔女に訴えかける。しかし魔女はそんな言葉には耳を貸さない。それどころかもっと恐るべきことを企んでいた。
「それは出来ない相談よ、それに親友だけじゃなくて貴女には恋人も失ってもらうことになるわ」
 伊万里はその言葉を聞いて膝を崩した。もはや叫ぶ気力も無い。
「し・・・・・・斯波君をどうするつもり・・・・・・」
「今彼はこっちに向かっているわ。貴女の命と引き換えに私の下僕になってもらうって条件でね」
「そんな、斯波君だって関係ないじゃない・・・・・・やめてよ・・・・・・」
「関係なくはないわ。ある意味彼は一番邪魔な存在だものね。でも、まあ、下僕になってもらうってのは嘘よ」
「え?」
「恐らく彼には私の能力は効きが悪いでしょうからね、だから、もう、死んでもらうことにするわ」
「そんな!」
 伊万里が悲痛そうに叫ぶが、ノゾミはまったく意に介さず伊万里の精神への侵入を開始した。無理矢理目と目を合わさせて、神経系からの精神を汚染していく。能力者は一般人と違い、多少精神感応への抵抗があるため、こうしてノゾミは直接的に精神へのダイブをしているのだ。
「安心しなさい、貴女は生かしておいてあげるわ。私の切り札としてね」







 廃工場を駆ける一つの人影。
 オフビートは息を切らせながら伊万里の元へ向かっていた。
 既に日は沈む寸前で、黄昏の日がこの不気味な廃工場と彼の影を揺らめかしていた。
「伊万里・・・・・・伊万里・・・・・・伊万里・・・・・・」
 オフビートはうわ言のように恋人の名前を繰り返していた。名前を呼んでも彼女は戻ってこない。自分がどうにかしなければならない。それはわかっている。
 何故自分が彼女をそこまで護ろうとするのか。
 何故彼女を“好き”なのか。
 何故自分は彼女に固執するのか。
 そんな無意味なことばかりが頭によぎる。
 ふと、オフビートが廃工場の屋根を見上げると、何かがキラッと光った。
(あ、あれは・・・・・・糞、これも罠か――!)
 オフビートがそれに気づいた時には既に遅く、轟音が近くに響き、オフビートの左肩に弾丸が掠めた。咄嗟に身体をずらしたが、それでも少し肉を抉られることになった。
 オフビートはその衝撃に身を任せたままゴロゴロと転がり、近くの物陰に身を潜めた。
 痛みで肩が上がらず、左手は暫く使い物になりそうにない。
(いや、頭や胴に当たらなかっただけましか)
 オフビートは物陰からちらりと覗く。第九区域、つまり元兵器開発局研究所がある通路に、わらわらと銃を持った傀儡たちが現れた。屋根に潜む狙撃主も一人ではなく、数人いる。合計二十人ほどの傀儡が銃を構えオフビートを狙っていた。
(冗談じゃねえ! なんなんだこの悪夢は!)
 傀儡たちは一斉にオフビートが隠れている物陰に向かって射撃を開始した。オフビートが隠れているコンクリートの壁も、総勢二十人による射撃には耐えられないのか、すぐにボロ紙のように穴が開いていく。
 オフビートはそこから転がり出て、隣にある工場の一室に向かう、どうやら能力は少し回復したようで、オフビートは動く右手だけで弾丸を弾いていく。しかし、無防備な足などに弾丸が掠めていく。
 それでもなんとか工場の一室に逃げ込んだオフビートはどうしたものかと考えていた。
 まともに向かっていっても勝ち目はない。
 向こうは一切の遠慮もなく彼を殺す気なのだ。
(ちっ、向こうは交渉なんてする気なんてハナからなかったようだな。ただ俺を殺すためだけに呼び寄せたのか)
 このままここにいても、奴らもここに押し寄せてくるだろう。それまでにオフビートは何か手を打たなければならない。だがどうやってこの状況を切り開くのか、それはまだ彼にはわからない。
(どうする、このままじゃ蜂の巣だ。考えろ、考えろ――)
 そうこう立ちすくんでいると、工場の扉付近に丸い、パイナップルのような形をしたものが転がってきた。
「おいおい、嘘だろ。どこと戦争してんだお前ら!」
 凄まじい爆発音が当たり一帯を響かせる。オフビートは咄嗟に右手で爆風を防御したが、工場の半分は吹き飛んでいる。ゆえに連中からオフビートの姿が丸見えになっていた。
 それを狙ってか、傀儡たちはまたもオフビートに銃口を向ける。
「ちっ、やるしか――ないか!」
 傀儡たちが引き金を引く前に、オフビートは駆け出した。
 何を思ったか、オフビートは身を屈め、床に右手を添えながら走っている。右掌が光っているため、能力を発動しているようだ。
 傀儡たちは防御をしないで、床に手を置いているオフビートを不審に思いながらそれでも好機と捉え、次々と狙い撃っていく。
 オフビートは傀儡たち撃ってくると、物陰に飛びこみ、そこでもまた床に手を置いていた。
(あと少し。こんなこと試したことがないが――これに賭けるしかない!)
 傀儡たちはまたも手榴弾を投げつけて、オフビートが隠れている場所が爆発した。爆風が広がり、やがて煙が収まると、もう隠れる場所がないほどにまわりのものは吹き飛んでいた。オフビートはそこに立ちすくんでいた。
 絶体絶命。
 まさしく崖っぷち。
 傀儡たちはこれが最後だと確信し、狙いを定めた。
 しかしオフビートはその時、にやり、と不適に笑った。
「俺の、勝ちだ」
 その瞬間この一帯から地鳴りのような音がし始めた。それはまるで地震でも起きているような、そんな音と、激しい揺れが始まった。
 傀儡たちは混乱し、銃の照準が定まらない、めちゃくちゃに撃ってもまったく当たらない。一体なにが起きているのか傀儡たちには考えることはできなかった。
 やがて、金属で出来た床が崩壊をきたした。
 双葉学園都市の構造上、この鉄の基盤のすぐ下は地面ではなく海のため、簡単にこの一角の基盤が次々と崩落していく。
 これがオフビートの狙いだった。
 オフビートの能力である“オフビート・スタッカート”は、高周波のシールドを展開させるのだが、オフビートは床に手を添え、高周波の振動を床前面に流し込んだ。
 固有振動により揺れを誘発し、基盤の崩落を起したのだ。
 傀儡たちは崩壊した足場から落ち、みな気絶しているようであった。
 「ふぅ、なんとか上手くいったか。俺の能力にはこういう使い方もあったのか・・・・・・まだまだ俺は強くなれる。伊万里を護るために――」
 オフビートは崩れた足場をひょいひょいと飛び移りながらその場を移動していく。
 しかし、まだ五名ほどの傀儡が気を失っておらず、油断していたオフビートに向かって銃を構えた。
「なっ、しまった! まだ残ってたのか!」
 オフビートは避けようとするが、足場が崩れているために上手く回避に移れない。
 だが、彼らが引き金を引く前に、全員の銃がいきなりバラバラになってしまった。銃は手順を踏めばバラバラに分解可能だ、まるでそのように銃が分解されていく。オフビートも傀儡たちも何が起きているのか理解できなかった。
 傀儡たちが立ち尽くしていると、まるで強い衝撃でも受けたかのようにぐらりと次々と倒れていった。まるで見えない敵に襲撃でもされたかのようである。
「な、何が起きてるんだ・・・・・・」
 オフビートはその見えざる敵に警戒をしたが、オフビートを攻撃してくる様子はない。
「ボーっとしてる暇はないぜ。早く、急いでるんだろ?」
 突然真後ろからそんな声が聞こえ、オフビートはばっと振り向く。
「だ、誰だ!」
 しかし、後ろには誰もいない。
「俺はただの通りすがりのヒーローだ。いいから早く行け!」
 またも後ろから声が聞こえた。しかしオフビートは今度は振り返ることなく伊万里のいる第九区域の元兵器開発研究所に向かって駆けて行く。その声の主に敵意を感じなかったオフビートはその声に従い、その場から離れて行った。


 やがてオフビートの影が見えなくなると、崩壊した工場の瓦礫の上に一人の少年が立っていた。端から見たら突然少年が現れたように見えたであろう。
 その少年は五月だというのに真っ赤なマフラーをなびかせて、オフビートが去っていくのを見送った。
 オフビートが無事にこの場から離れていくのを確認すると、少年は携帯電話を取り出して、誰かにかけている。一回のコールですぐに電話の相手は出た。
「もしもし。こんばんはルール先輩」
『誰だお前は。何故ぼくの電話番号を知っている? 何者だ』
「うわひど! 誰って早瀬ですよ! 醒徒会庶務の早瀬速人ですってば!」
『・・・・・・馬鹿な、醒徒会は全員で六人のはず・・・・・・』
「俺の存在抹消されてる!?」
『ふん、冗談だ』
「勘弁してくださいよ、ルール先輩が言うと冗談に聞こえないんですから」
 そう、オフビートを助けた少年は、双葉学園最速の男、早瀬速人であった。彼の能力は加速。ひたすら加速し、誰の目にも留まらぬスピードで傀儡たちを倒していったのである。
“人間加速装置”と研究者たちに呼ばれる彼のスピードについてこれるものはこの世にはいない。
「例の転校生、やっぱ何かヤバイもんと戦ってますね。今南区の廃工場がえらいことになってます。銃声が聞こえたんで飛んできたんですが、それどころじゃない状態になってます」
『そうか、それで、斯波涼一は保護したのか?』
「いえ、行かせました」
『なぜだ、これ以上生徒を危険に晒すわけにはいかない。それにあの転校生が学園にとっての脅威なのかもしれないんだぞ。なぜ見逃した。お前が逃げられるなんてことはないはずだ』
「すいませんルール先輩。ですけど、俺にはあんな真っ直ぐな、燃えるような目をした男を止めるなんてことは出来ませんでした。何か大事な物を護る、そんな決意が宿った目をした男を――」
『・・・・・・そうか、わかった。今からぼくもそっちに向かう。危険だからお前はそこを動くな。転校生を追うなどするなよ』
「言われなくてもわかってますよ、俺は怖いのや痛いのはいやですからね」
 早瀬は電話を切ると、オフビートが向かって行った場所を見据え、
「ああ、もう真っ暗じゃないか。日が暮れちまったよ。早く帰りてーなー」
 そう呟いた。
 黄昏が終わり、暗黒が空お覆いつくしていた。










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