【怪物記 第五話】


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怪物記

   幸せは歩いてこない
        ――星野哲郎


 昼食を食べに週に一度のスパンで利用していた中華料理店に行ったところ、トラックが店につっこんだらしく休業していた。
 こんなこともあるのかと思いながら、別の店で食事をとろうと飲食店を回ってみるがどこもかしこも満員で席が空いていない。
 仕方なくコンビニで済まそうかと手近なコンビニに入るも、なんとコンビニ強盗に遭遇。風紀委員により犯人が捕まるまで店内に拘束され、結局その日は昼食をとり損ねた。
 帰宅後、助手に「センセってば人質似合いませんねー」などと揶揄される。
 その日は厄日だった。


 ピーターパン事件で何日か学園都市を留守にしていたが、帰ってくるなり風の噂にラルヴァが流行っていると聞いた。
 ラルヴァが流行っているとはどういうことだ。ウィルス型のラルヴァが蔓延したのか。それとも会長の白虎のようにマスコットとして流行っているのか。はたまた学園の外にラルヴァの情報が漏れ出して一大事となっているのか。
 どれだ、もしくはそれ以外か、などと考え込んでしまい、考えるよりもっと詳しい情報を集めるのが上策だと気づいて聞き込みをした。
 何人かの学生に聞いたところすぐに森林区の自然公園にいると教えてくれた。どうやら流行っている云々はあるラルヴァが学園都市内で噂になっているということらしい。
「それで、件のラルヴァの名前は?」
「知ってるじゃない」
「なんだって?」
 どういう意味だ?
「だからクダンだっての。ク・ダ・ン。あたしはあんまり詳しくは知らないんだけどさ」

「ナナイロクダンって名前らしいよ?」

第五話 【七色件】

 件とは十九世紀前半から日本各地で出没していた妖怪の名だ。妖怪の中でも目撃証言が多く、瓦版や新聞などに人頭牛胴の絵姿が残っていることから実在の可能性が高いと言われていたものだ。
 そして伝説の妖怪や怪物がラルヴァだったという例に漏れず、件もまたラルヴァの一種である。
 件の能力は予言。大飢饉や疫病、地震、空襲などの直前に現れて未来の災いの内容を告げ、言い終えたら死ぬ。それが件である。助手曰く「ラルヴァの中でも特にうざい。ダダドムゥと赤壁の次にうざい」だそうだ。
 そして【七色件】は件の亜種だ。カテゴリーはビースト。等級は下級Sノ0。オリジナルの件との違いは『あまり大きなことを予言しない』、『良いことばかり予言する』、『七色のカラーバリエーションがある』などだ。
 余談だが、大災厄を予言するオリジナルの件の危険度は5である。
 森林区にある自然公園には多数の女子学生により列が出来ていた。中には男子学生も少数混ざっている。
 列の先頭の女子生徒の前にいるのは一匹のラルヴァ、『赤』い七色件だった。
「件さん件さん、私の未来を教えてください」

――あなたは明日の昼に素敵な男性と巡り合うでしょう

 きゃあきゃあと女子生徒が歓声を上げる前で予言を言い終えた『赤』い七色件が息絶える。
 しかし、『赤』い七色件の死骸は『青』に変色して再び息を吹き返した。
 すると列が動き、後ろにいた女子生徒が『青』の予言を聞く。と、これが延々繰り返されている。
「件さん件さん、あたしの未来を教えてください」

――今晩体重を量ると前に測ったときより五百グラム減っています

 再び女子生徒の歓声が上がる。前の女子生徒と同じ口上を述べていたところからすると、あれが七色件に予言させる合図のようだ。それは知らなかった。
 私はここでも聞き込みをすることにした。するとタイミングよく久留間君が並んでいたので訊いてみた。
「三日くらい前からこんな感じです。最初は私達みたいな戦闘要員や風紀委員が対処しようとしたんですけど、何度倒しても生き返ってくるから倒せなかったんです。
 だから倒し方を学者さんに聞きに行ったんですけど、あ、語来さんじゃなくて研究所に勤めてる他の学者さんですよ。そしたらその学者さんはこのラルヴァには害がない。幸福を呼ぶ益獣なんだって、逆に倒すのをやめるように言われました。
 それから口コミでこのラルヴァが幸福を呼ぶって噂が広まって、今じゃこの行列です」
 たしかに七色件は害がないラルヴァだ。赤壁と同じで益獣と呼ぶこともできるだろう。(まぁ、あれの場合は差し引いて余りある憎らしさがあるのは否めないが)
 それにしても七色件のこの扱いは。
「まるで人気の占い師だな」
「まるで、じゃなくてまんま占い師ですね。倒すのに参加してたあたしも興味あってつい並んじゃいました。ところで、あのラルヴァがなんで蘇るか分かりますか?」
「七色件も件である以上は予言を告げた後はすぐ死ぬが、ここでもう一つオリジナルとの違いが出てくる。七色件は死ぬと蘇生する。すぐ死んですぐ生き返るラルヴァだ。スペランカー先生みたいだな」
「スペランカー先生ってなんですか?」
 若い子は知らなかった。
 ……レトロゲーだからだろうか、それとも私と彼女の間のジェネレーションギャップがこの『自分が年を食っていると実感する』悲劇を生んだんだろうか。
「……ちなみに予言をして死んだときのみ変色して蘇生する。カラーバリエーションは七色件の名前からも分かるように七色だ。また、虹の七色と同じであるために虹件の別名もある」
「件さん件さん、あたしの未来を教えてください」

――貴女は二十分後に百円玉を拾うでしょう

 『橙』の七色件の予言に女子生徒が微妙な顔をする。
「それにしても、最初の素敵な出会いはともかく体重が減るとか百円拾うとか小さい予言が多いですね。やけに内容がバラバラですし」
「七色件は色によって予言内容が違うからな」
 赤は恋愛。
 橙は金銭。
 黄は仕事。
 緑は食事。
 青は健康。
 藍は学問。
 紫は至福。
 各分野で起きる好事を各色が分担して予言している。
「『紫』以外はそう大したものではないがね」
 その紫にしても文献に至上の幸福と書かれていただけなのでよくわからない。だからやはり、予言の内容はささやかな幸福ばかりだ。しかし、ささやかでも幸福が確実に手に入るので人は七色件の前に集まっている。
「ささやかすぎたら泣けますね」
 まぁ、同感だ。少なくとも長時間並んで百円拾うだけというのは中々にくだらない。
「でも、ささやかだとしてもよくあんなに幸運がゴロゴロ転がってますね」 
「それについては確証の高い学説が一つある。『七色件は幸運の予言と幸運の引き寄せを並行して行っている』という説だ」
「つまり百円拾うことを言い当てるんじゃなくて、百円拾わせてるんですか?」
「ああ。最初の『素敵な出会い』のような大きな幸福は予言、『百円』など小さなものは引き寄せだ」
 両者に使うエネルギーは恐らく等量であり、対象に大きな幸福が待っているときは予言を、特に大きな幸福がないときは確率を操作して小さな幸福を引き寄せているのだとされている。
「予言はともかく確率操作ってちょっとすごいんじゃないですか?」
「別に大したものではない。風紀委員長の能力も似たようなものだ。未来の攻撃を予知して『自分に当たる確立』を操作しているわけだからな」
「へー、そういう見方もあるんですね。あ、さっき七色って言ってましたけど今まで見てても六色しか出てないみたいなんですけど」
「最後の一色、『紫』は滅多に出てこない。いわゆるレアだな」
「食玩ですか?」
「カードダスもだな。昔は100円入れてよく回したものだ」
「あ、ほんとだ。カードダスみたいですね。予言は一人につき一回って噂だから連コインはできませんけど」
「ふむ、それも知らなかったな。あとで一度図書館で七色件について洗いなおしてみるか。ありがとう、お陰で大分状況がつかめた」
「どういたしまして」
 私は久留間君に礼を言って別れた。
「件様件様! 俺の未来を教えてください!!」

――近々新たな出会いがあるでしょう

「また変態か!? 変態との遭遇なのか!!」
「メッシーのことだから多分……」
「チクショーーーー!!」
 七色件の予言は私が帰るときも変わらず盛況だった。

 さて、久留間君と話してあらかたの事情を聞くことはできたが奇妙な点がある。
「なぜ七色件は放置されているのか……」
 少し、七色件の事件を順にまとめてみよう。
 七色件が出現し、学園生徒が迎撃するが蘇生するため倒せず、研究所に伺いを立てた。すると研究所の学者が益獣認定し、噂になって今はごらんの有様だ。
 ここで疑問なのは研究所側の対応だ。いくら無害な七色件とはいえラルヴァを放置、捕獲もせず研究もせず手も打たず……はっきり言って杜撰すぎる。
 七色件は大人しい。殺せなくとも捕獲することは容易く、捕獲後に研究施設に移すなり山野に放すなりすればいい。放置して占い師扱いにするのはいくらなんでも対応が酷い。
 何か事情があるのか?
「……少し探りを入れてみるか」
 私は研究所に勤めているある人物へと連絡を入れた。


  • OTHER SIDE

『恐らくは今日そちらに移送することになるでしょう』
「おそらく、ってなんや。あんた、俺の予定を恐らくで決める気かいな」
『い、いえ。今日中に双葉学園から運び出せます。それで……』
「何や?」
『我々の身柄と報酬は……』
「準備はできとるさかい心配すなや。自分らが仕事こなせるなら何の問題も起きへんよ」
『は、はい。わかりました、必ずやりとげ……』
 通話を途中で切って、彼はため息をついた。
「……あかんかもなぁ。あのおっさんら幸薄そうや。こりゃ余計な一仕事もせなあかんかも。面倒やなぁ……検問やら何やらも突破せなあかんし」
 その人影は双葉大橋を挟んだ対岸から学園都市を見ていた。
 学園都市の中では今も七色件に学生達が並んでいる。

「幸福のラルヴァさん、頼むから俺にも幸せ残しといてくれや。疲れることしたないねん」



 『彼女』に頼みごとをしてから二時間ほど経って、私は学園都市の図書館で七色件に関する記述が載っているラルヴァ図鑑を読んでいた。
 図書館や学園の図書室に所蔵されているラルヴァ図鑑は三ヶ月の周期でラルヴァの情報が更新される。(中には情報が記載されないラルヴァもいるが)
 しかし七月の頭に更新したばかりのラルヴァ図鑑でも、七色件の項目は初めて出現したのは件より前であるとか、名づけられたのは件が全国的に普及してからであるなどの小さな情報と簡潔な表しか載っていない。
 元から知っていた情報ばかりであまり参考にならなかったが、ここでまた一つおかしな点が浮かび上がる。
 この図鑑には件に予言させるための口上が書かれていない。
 恐らくは口上について書かれた書物か口伝はどこかには残されているのだろうが私も見たことはない。ゆえに私も今日まで口上のことは知らなかった。
 しかし、口上も含めて七色件がどんなラルヴァであるかの情報が学園都市内で噂として広まっている。
「学園に集まる最新の情報を載せた図鑑に載っていないようなことを……誰が広めた?」
 そして広めて、生徒達に予言を受けさせてどんな意味がある?
 図書館から出ると日が暮れていた。切っていた携帯電話の電源を戻すと不在着信を知らせるシンボルとメール着信を知らせるシンボルが点いていた。発信者の名前はどちらも――【難波那美】。
 メールを開くと、そこには次のような短い一文が書かれていた。
『件名:【七色件】 電話しろ!』
 苦笑しつつ、私は彼女に電話をかけた。

「もしもし、語来だ」
『……あんたねぇ、人に調べさせといて携帯の電源切ってるってどういう了見?』
「すまない。この件の調査で図書館に入っていたのでな。確信をもてたこともある」
『その確信ってのは後で聞かせてもらうとして、先にこっちが研究所でいろいろ聞いてわかった情報を教えるわね。……でもね、これってあんたが自分で調べてもよかったんじゃない?』
「研究所に所属していない個人研究者よりは研究所に席を置く君の方が適任だろう、難波教授」
『そうかもね、語来無職』
 ……少し罵倒の選択が酷すぎる。
 就職はしてないが収入源はあるぞ。
『手っ取り早く説明するわね。研究所で今回の七色件の調査やら研究を担当してるのは第十七研究室。
 どうもこの研究室の方から研究役に名乗り出たみたいね。「七色件は益獣」って発言をしたのもそこの室長よ』
「自ら調査を買ってでた割りに、捕獲もせず何の調査もしていないようだったが」
『調査はしてたみたいよ? 常に研究員が森林公園で張り込んでたらしいわ。それに捕獲にも今さっき出たところよ』
 なぜ今になって……。
『それと、第十七研究室は対ラルヴァ用の檻や輸送トラックも用意したみたいだから一応捕獲する気もあるみたいね。ただ……』
「ただ……なんだ?」
『同時に学園都市外部の研究施設に移す申請もされてるのよ。変だと思わない?』
 たしかに奇妙だ。ラルヴァ研究ならこの学園都市の研究所の設備は国内屈指。研究対象を外に出すメリットはほとんどない。
 ……後ろめたいことをするのでなければ、な。
 なるほど。なるほど。なるほど。
 あらかた読めてきた。
 となると、時間はあまり残ってないかもしれない。
「ありがとう、難波君。お陰で真相がわかった」
『真相? ちょっと、あたしにも説明しなさいよ』
「カードダスだ」
『どういう意』
「すまないが少し急ぐのでね。説明はまた今度だ」
 私は難波君との通話を切り、別の人物へと電話をかけながら走り出した……。


  • OTHER SIDE

 夜間の双葉学園都市のハイウェーを一台のトラックが走っている。
 学生ばかりの学園都市は全体として車の所有者が少なく道路も空いているものだが、日が沈むと交通量はさらに減少する。付近を走っているのはこのトラックと車間距離を空けて後方を走る乗用車の二台だけだ。
 このトラックはただのトラックではない、一般のトラックよりも格段に強度の高いコンテナと車体で組み立てられたラルヴァ運搬用の強化トラックである。
 運転しているのは第十七研究室の研究員であり、助手席には第十七研究室の室長が乗っている。
 そしてこのトラックのコンテナに載せられているのは七色件だ。
 今日の夕方、第十七研究室によって捕獲された。その際に並んでいた学生達から苦情が出たが、「研究のため」と言って苦情を突っぱねたのは室長だ。
 室長と運転手、七色件を乗せたトラックと、こちらも第十七研究室の研究員三名を乗せた乗用車。二台はハイウェーを双葉大橋……学園都市の外へと向けて走行している。
 だが、双葉大橋の袂に近づくと、橋の入り口が土嚢か何かで封鎖されており、二台は橋の手前で停車せざるをえなくなった。
「おい、ちょっと降りてどかしてこい。これでは通れんではないか」
 せっつかれ、トラックの研究員と乗用車の研究員が土嚢を撤去しにかかる。
 室長は一人トラックの助手席に座り、研究員達の作業が終わるのを待っている
「まったく何だというんだ。もう少しで学園都市から離れられたというのに……ん?」
 不意に、トラックの車載カメラに人影が写った。
 その人影はトラックのコンテナに近づき――コンテナのロックを解除し、中に入ってきた。
「!?」
 室長はあわてて下車し、コンテナに駆け寄る。
「だ、誰だ! そこで何をしている!?」
 室長の声に研究員達も異常に気づきトラックへと戻る。
 室長と研究員の視線がコンテナの中へと向けられる。
 そこにいたのは、
「さて、室長。事件の答え合わせをしようか」
 語来灰児と……希少色である『紫』へと変色した七色件だった。


「カードダスだ」
「な、に?」
「例えば、次にどんなカードが出るか分かるカードダスがあり、カードダスの機械には何百というカードが収まっている。しかしレアカードが欲しくても、自分の手元にコインは一枚しかない。そんなとき、どうするか」

「簡単だ。他の奴に引かせればいい。次でレアカードが出るまで、な」

 ここで言うカードダスとは七色件であり、レアカードとはもちろん『紫』のことだ。
 七色件が希少色である『紫』に変色するまでには何百回も予言させなければならないが、七色件の予言を聞けるのは一人につき一回。
 普通ならば至福と云われる『紫』の予言を聞くのはほぼ不可能だ。
 だが、何百人という人間に予言をさせればどうか?
 それが今回の七色件の一件の真相だ。
 七色件の噂を流し、何百人という学生に七色件の予言を受けさせ……『紫』が出たら掻っ攫う。
「正直、今回の事件は内容がせこいし被害者もいないしで事件というのもおこがましい事件だ。強いて言うなら【マナー違反】だな。割り込みは駄目だろう。恥ずかしい」
 私の侮蔑に第十七研究室の室長は顔を真っ赤にして憤慨する。
「だ、黙れ! この七色件の研究は我々第十七研究室の担当だ! 特に貴重な『紫』に変色するのを待って回収して何が悪い」
 無論、研究のために必要なやり方であったなら何の異存もない。『紫』が出るのを待って自分の予言をさせるというのもいささか行儀が悪いが、まだ問題なかった。
 しかし……
「研究や予言のためだったら別によかったんだが……」

「お前、七色件を売る気だろ」

「……なぜ!?」
 なぜばれた、と言いたげに室長の表情が変わる。
「研究するならこの学園都市の内部で十分だ。ここ以上に設備の整った研究所はもうほとんどない」
 あるとすれば違法科学機関オメガサークルなどの秘密結社くらいだろう。
「だとすると残った可能性は、表に出ない違法研究所に持ち込むか……売るかだ。幸福を予言、あるいは操る七色件の中でも至福と呼ばれる『紫』。高値がつきそうだ。いくらだった、室長?」
「む、ぐ……!」
 図星を突かれた室長の言葉が詰まる。だが、私の言葉は止まらない。
「……室長、私はラルヴァに関しては殺す、研究する、共生する、全てをありだと思っている。どれだっていい。彼らは多様だ。人間も多様だ。様々な接し方がある。だがね。
 売り物扱いするのは……違うだろう?」
 私は珍しく――怒りをこめて問うた。
「は、は! なんだ貴様は、ヒーローにでもなったつもりか! カッコイイじゃないか、だがヒーローらしく愚かだ!!」
 四人の研究員が懐から拳銃を取り出して私に向ける。
 なるほど。多勢に無勢と言いたいわけか。たしかに防弾コートを着てはいても頭に一発でも当たれば異能力者ではない私など抗う術もなく即死だ。
「アスファルトに脳漿を撒き散らして死ぬがいいヒーロー気取り!」
 室長もまた懐から拳銃を取り出して私に向ける。合計五つの銃口が私に照準を定めている。大変に危険だ。
 しかし、それにしてもさっきからヒーローヒーローと……。
「ヒーロー? それは違う。それは決して私の立ち位置じゃない」
 訂正しておかなければならない。なぜなら、
「私は一人の研究者だ」

「研究者だから……戦場に一人で来るわけないだろう?」

 次の瞬間、研究員四人の持った銃は別の四人によって銃身を握りつぶされ、研究員四人は別の四人の当て身でアスファルトに崩れ落ちた。
 室長もまた銃を砕かれ、ある人物に腕を後ろ回しに拘束された。
「な、なんだ、こいつらは!?」
 ある人物とは、別の四人とは誰か。それは……。
「学者さん、危機一髪でしたね」
 久留間走子と久留間戦隊だった。
 難波君との通話のあとに電話して助力を願っておいたのだ。
 ちなみに土嚢の積み上げも彼らの功績である。
 彼らによって第十七研究室の面々は無力化された。いかに銃器で武装していようと研究員は私と同じ一般人。身体強化系異能力者五人の奇襲を受けては銃を撃つ間も無く制圧されるのは当然と言えば当然の結果だ。
 彼らのお陰で助かった。あとは風紀委員に連絡して彼らを引き渡すだけだ。
「我々には取り調べをする権利はないからな。販売ルートや誰に売るつもりだったかは風紀委員に自供してくれ。
 まぁ、情報漏洩やら何やらの余罪は付いてそうだしな……室長?」
 久留間君に拘束されている室長の様子がおかしいことに気づいた。
「うぅ、あうぅう……」
 落ち着かないのか、目が動いている。
 否、それは目が動いていると言うには動きすぎている。
 目が――廻っている。
 グルグルグルグルとまるで昔の漫画の一コマのように目が廻り……やがて視神経が千切れて眼窩から両の目玉が零れ落ちた。
「おああああああ!? 目が、目がぁぁぁぁ!!」
 室長は眼窩から血の涙を流して絶叫し、痛みのショックによるものか気絶した。
 辺りを見れば、気絶していた研究員達の様子も一変していた。
 全員――首が捩れて死んでいる。
「学者さん! これって、七色件の……?」
「いや、あまりに七色件とは能力の系統が違いすぎる。これは別のラルヴァかもしくは……」

「異能力者の仕業。俺の仕業ってことや」

 その異能力者は、土嚢で封鎖された向こう側、橋の袂にいた。
 小さなギターケースを背負い、目元が見えないほど目深に被られたニット帽を被り、ジャラジャラと金属製のディスクがぶら下がったジャケットを着ている。人のことを言えた義理ではないが夏場に随分と暑苦しい服装だ。
 それにどういうわけか、ペダルの代わりに固定された足置きが取り付けられチェーンもないマウンテンバイクに跨っている。
 奇抜にも程がある。街中で見かけたら大道芸人か何かだと思ってしまいそうだ。だが、
「……学者さん、下がってください」
 久留間君の表情は真剣だ。
 私はラルヴァには詳しくても、異能力者に関しては門外漢。彼女のほうがよく理解しているのだろう。
 危険な異能力者というものを。
「しっかし、使えないおっさん共やなぁ。商品納入することもまともにできへんのか。まだamazonの方がええ仕事するわ。予約しても発売日に届かへんけど」
「君が取引先か?」
「ちゃうちゃう、俺はただの受取人やって。取引したんはうちの組織や」
「組織?」

「“聖痕《スティグマ》”いうんやけど、知らへんか?」


  • OTHER SIDE

 “聖痕”。
 ラルヴァを神の使いと崇める信仰団体にして異能力者の殺し屋を多数擁する秘密結社である。
 その在り方ゆえに“聖痕”に所属する異能力者にはある種の特徴がある。
 それは――殺人に特化しているということ。
「ちなみに俺は回転する黄金軸《スピニングスピンドル》のスピンドルくんや。よろしゅーな」
 “聖痕”の異能力者スピンドルはへらへら笑いながら手を振って挨拶するが、久留間戦隊のメンバーの表情は張り詰めている。
 彼らは“聖痕”のことなど何も知らなかったが、スピンドルの放つ気配が相当の実力者であると如実に証明していたからだ。
「てなわけで、そこのトラックと荷物、俺に渡してくれへんかな? あ、心配はいらへんよ。免許は持ってへんけど運転はできるさかい」
 スピンドルは学園都市の内部まで七色件を受け取りに来たのだ。不甲斐なく失敗し予定を狂わせた第十七研究所の研究員を処刑し、“聖痕”の施設へと七色件を移送するために。
「……断ると言ったら?」
 灰児が自分でも半ば答えが分かりきったことを尋ねると、
「その首が縦に廻るようになるわなぁ」
 スピンドルはへらへら笑ったまま尋常でない殺気を放つ。
 それは火遼岳で出会った踊盃の殺気よりもなお暗く深い――ヒトの殺気。
 スピンドルの殺気に皆が身動きを取れなくなる中で、一人だけスピンドルに向けて歩き出した人物がいた。
「みんなは学者さんのガードお願い」
 久留間走子だった。
「リーダー、俺たちも」
「たぶん無理。彼、かなりレベル高いよ。それも対人戦に特化してるみたい」
 今しがた四人の人間を惨殺した手際がスピンドルの能力の性質を如実に語っている。
「はぁん……中々わかっとるやないかおねえさん」
「だからあたし一人でやらないと、死人が出ちゃう」
「はぁ?」
 スピンドルは呆れた声を出すが、久留間はスタスタと歩いてスピンドルに近づく。
「おねえさん、ちぃっと訊いてええかな?」
「いいですよ」
「なんや、あんたの言い方やと『五人がかりだと五人中誰かが死ぬかもしれへんけど、一人やったら普通に勝てる』みたいに聞こえるんやけど?」
「はい」
「ハハッ――冗談きついわおねえさん」

 両者の間の空気が熱を増し、緊張が高まり――戦闘開始。

 スピニングスピンドルの異能はそのコードネームのままに『回転』である。
 自身の魂源力を物質に浸透させ自らが発する回転指令により、廻す。
 単純ではあるが、人の関節を廻して捻り切って殺す程度は軽くやってのける。
 しかし、抵抗力のない無機物や一般人とは違い異能力者には彼の魂源力が浸透しにくい。
 では彼は異能力者を殺すとき如何にして殺すのか?
「たしかにあんたの首を捻るのは赤子の手を捻るのよりは手間そうやが、その程度やなぁ!」
 スピンドルは自らのジャケットに吊り下げていた金属製のディスクを両手の人差指から小指までの間にそれぞれ三枚ずつ、三×三×二の計十八枚を掴み、手裏剣の如く放り投げる。
 高速で飛翔する十八枚の金属ディスク。それはただ飛翔するだけではない。スピンドルの魂源力が浸透したディスクは高速回転し――殺人的な切断力を持つ丸鋸へと変貌する。
 しかし久留間もさるもの、高速で飛来する殺人ディスクを避け、あるいは側面を拳で弾いて叩き落す。
「はぁ! やるやないか! でもな、俺のディスクはぶった切るために使てるわけやあらへんのや!」
 次の瞬間、久留間の左手の人差指の関節が捩れ、骨が圧し折られた。
 久留間の人差指には、ディスクを弾いたときにできた小さな傷があった。

 スピンドルの回転は異能力者には利きづらい。それはスピンドルの魂源力が空気中から伝わせる程度では異能力者の体内に浸透しないからだ。
 では彼は異能力者を殺すとき如何にして殺すのか?
 魂源力を染み込ませたディスクで傷をつけ、そこから体内に直接魂源力を浸透させるのである。
 指なら指を、肘なら肘を、首なら首を――捻り殺す。

「……痛ったぁ」
「はっはぁ! まだまだいくで!!」
 スピンドルは両手の指に十八枚のディスクを挟み、再びディスクを放つ。
 久留間は今度のディスクは弾かない。間をすり抜けてスピンドルを直接叩こうとする。
 放たれたディスクの弾幕の全てを避けきり、スピンドルへと駆け出す。
 だが、後方から車のホイールのように地面を走って襲い掛かってきたディスクに左手と左足を切られ――捻れて圧し折られる。
「リーダー!!」
「避けたはずなのに……ああ、そういうことですか」
 久留間は左足を押さえながら、自分を囲むように列をなして周回するディスクを見る。
 スピンドルの殺人ディスクは一度放ってそれでおしまいのフリスビーではない。一枚一枚がスピンドルの回転指令によって回転数、回転速度を制御される知性兵器《スマートウェポン》なのだ。宙を舞う間は殺人ディスク、地に落ちてからは殺人ホイールとなって敵を襲う。
 これぞ“聖痕”の恐るべき戦闘型能力者スピニングスピンドルの回転殺法である。
「お仲間さんら、今から共闘してもええで? このままやとおねえさん完敗や」
 スピンドルは久留間戦隊のメンバーを挑発する。
「言われなくても……!」
「みんな、来ちゃ駄目」
 しかし戦線に出ようとしたメンバーを制止させたのは劣勢に立たされている久留間自身だった。
「ですがリーダー!」
「だから駄目だって、みんなじゃまだ彼の相手は無理」
「……あんなぁおねえさん。あんたでも無理やって」
 スピンドルが回転指令を発して久留間の周囲を旋回していた殺人ホイールの回転数を上げる。
「予告するで。次で終いや。その足じゃもう俺のディスクは避けられへん。あんたじゃ俺には勝てんのや」
「それはどうでしょう?」
「もうええわ」
 スピンドルは呆れ果て、殺人ホイールに殺人指令を下した。

 久留間は立ち上がれぬまま、十枚以上の殺人ホイールに襲われる。
 無事な右手を駆使していくつか叩き壊すが少なからず傷ができる。
 そればかりか残った殺人ホイールによって肩や背中、首を微かに切りつけられる。
 それで十分。
 スピンドルは切りつけた首に回転指令を発した。
「お仕舞いや」

 久留間は首がねじ切れて死ぬ――はずが久留間の首は少しも廻りはしなかった。

「は?」
 スピンドルはもう一度、回転指令を発する。だがやはり結果は同じ。久留間の首は廻らない。
 魂源力が浸透していない。
「やっとわかりました。あなた、自分の魂源力を物体に浸透させて操る異能なんですね」
「……わかったからなんや」
「はい。わかったので、あたしの魂源力を皮膚に集中させてあなたの魂源力を弾かせてもらいました」
「!?」
 久留間は体内に侵入しようとしたスピンドルの魂源力を自分の魂源力で身体の外に押し出してしまったのだ。
 理論上は可能だがそれには魂源力の、異能のコントロールに相当の習熟が必要となる。
「……おねえさん、あんた、異能者になって何年や」
「生まれたときからなので十八年ですね」
「キャリアは俺の倍かい……。そりゃコントロールじゃ勝てんわ」
 ヘラヘラ笑っていたスピンドルの顔から笑みが消える。
「すまんおねえさん、舐めてた。本気でやるわ」
 スピンドルはある物に回転指令を送る。
 それは――研究員の乗っていた乗用車のホイール。
 乗用車は高速道路走行時と変わらぬ速度で久留間へと迫る。
 久留間は乗用車を片足で飛んでかわすが、そこに生き残っていた殺人ホイールが飛び掛る。
 二段構えの攻撃。ホイールの狙いは久留間の首と心臓。異能による殺傷ではなく外傷による殺害を狙った攻撃目標だ。
 身動きの取れない空中では避けられず、左手が折れていてはまともな防御もできない。
 スピンドルは勝利を確信した。
 しかし、
「覇っ!」
 スピンドルが勝利を確信した0.5秒後に久留間は両手でホイールを叩き壊し、両足で地面に立った。
「……なんでや?」
 左手と左足は、ついさっき圧し折ったばかりではなかったか。

 久留間走子の異能はシンプルな身体強化である。
 全身の筋肉、骨格、循環系が常人よりも遥かに強靭にできている。
 常時発動型であるが彼女自身が異能のコントロールに秀でていることもあり、若干ながら強化に偏りをもたせることができる。
 今の彼女は折れた左手と左足の無事な筋繊維を強化することで切れた筋繊維を補い、その筋繊維を収縮させることで折れた骨の代わりに左手と左足を固定させていた。
 要は、自分の筋肉をギブス代わりにして手足を動かせる状態に戻したのである。

「結構無茶しちゃってるから長くもちそうもありませんし、そろそろ勝負を決めさせてもらいますね」
 そう言って久留間は、クラウチングスタートの姿勢をとり――目にも止まらぬ速度で疾走する。
 今の久留間のスピードは、スピンドルが操作した乗用車よりもなお速い。

 人間の動作とは、筋肉によって行われている。
 瞬きから、指の曲げ伸ばし、心臓の拍動、無論走ることも筋肉によるものだ。
 ゆえに、筋力を強化するということは単に力が強くなるだけではなく、圧倒的な速度を得ることにも繋がる。
 流石に音速の壁こそ超えられないが――スプリントなら乗用車などより遥かに速く走る。

 スピンドルが次に久留間の姿を捉えたとき、久留間はスピンドルの目の前にいた。
「んなアホな!?」
 悲鳴は果たして声に出せていたのか、久留間の右の拳が炸裂し、スピンドルは彼の操るディスクよりも勢いよく吹っ飛んで積み上げられた土嚢に激突した。


 女子生徒が一〇〇キロオーバーの速度で走ってパンチ一発で人間をボール並に吹っ飛ばす光景はなかなかシュールだった。
 それにしてもかなりのスピードだ。死出蛍のときは私を背負っていたし持久走だったからまるで本調子ではなかったらしい。『魔女』を抜かせば学園都市でも指折りに速いかもしれない。
 はて、あれより速いのが学園都市の目立つ地位にいた気がするが……まぁどうでもいいか。
「…………きっついわぁおねえさん。なんや、俺の攻撃全部と今の一発がトントンやないの」
 崩れた土嚢の中からスピンドルが立ち上がる。
 随分とボロボロで、肋骨も折れていそうだがまだ表情に余裕があった。それは、彼が手にしているもののためか。
 彼の手には背負っていたギターケースが握られている。
「こうなると、俺もでかい一発決めるしか手があらへんなぁ」
 スピンドルがギターケースを開くと中には――ドリルが納まっていた。
 しかも工具のドリルではない、ロボットアニメに出てくる円錐型のドリルだ。
 スピンドルはそのドリルを右手に装着する。
「それがあなたの奥の手ですか?」
「そうや。名前はクリティカル・スパイラル。俺の必殺技や」
 ……“聖痕”の殺し屋にも案外茶目っ気があるのかもしれない。
「勝つにしろ、負けるにしろ……次の一撃やろなぁ」
 スピンドルの右手のドリルが異能によって超高速回転を始める。
 そうか、久留間君の推測が合っているならスピンドルは自分の魂源力を物体に浸透させて回転させる異能力者。
 直に触れた状態でいくらでも回転させられるドリルはスピンドルの異能を百パーセント発揮できる武器。そして、その武器を使って相手の体に送り込む魂源力の量はディスクの比ではないだろう。
 見た目は滑稽でもあれは宣言に偽りなく必殺の威力を持っている。
「次の一撃……そうですね」
 対する久留間君もこれまで見せたことのない構えをとる。
 あるいは彼女にも、スピンドルと同じく奥の手があるのか。
 久留間君とスピンドルの戦いに決着のときが近づく。
 私と久留間戦隊のメンバーは固唾を呑んで見守るしかない。
 場の緊迫感がピークに達しようとしたとき、
「うおぅあああああ! 目ぇ、私の目ぇ……!」
そんな悲鳴が場の空気を打ち壊した。
 悲鳴のもとは、今の今まで気絶していてこの場の全員から存在を忘れられていた第十七研究室の室長だ。
 彼はスピンドルに捻り切られた両目が収まっていた眼窩を押さえて立ち上がっている。
「ひどいぃ、ひどすぎるぅ……私がいったい何をしたと言うんだぁ……!」
「密売とスパイと殺人未遂だ」
 私の声など聞こえていないらしく、室長は目が見えないまま歩き……七色件の載せられたコンテナに行き着いた。
 まずい、と気づいたときには遅かった。
「ひへへ、へへ、件さまぁ、件さまぁ……私のォ、未来を教えてくださいぃぃぃぃ……!」
 室長は、七色件の予言の口上を述べ終えた。
「ジジイ! なにしよんねん!?」
 スピンドルが怒りの声を上げるが、既に至福を予言すると云われている『紫』の七色件の予言は始まっている。

――あなたは

 室長は眼球のない満面の笑みで七色件が告げる予言を待望し、

――安らかに天に召されます

「はへ?」
 間の抜けた声を発して、そのまま倒れこみ……安らかな顔で死んでいた。


 時間が跳んで翌日。ここは学園都市内の病院の一つだ。
 あの後、スピンドルは「アホらし」と言い捨て、あのペダルのないマウンテンバイクを異能で運転して学園都市から出て行った。あちらも乗用車より速かった。
 久留間戦隊のメンバーは追撃しようとしたが、久留間君のダメージが見た目よりも重かったようで追跡を断念。久留間君を病院に運んだ。
 私はといえば現場にやってきた風紀委員に相当長く詰問されて解放されたのは今朝方の話だ。
 まぁ、橋は土嚢で通行止めになっているは人が五人も死んでいるはラルヴァがいるはで何も聞かれないわけがない。
 難波君が第十七研究室を調べて“聖痕”との取引の記録などの証拠を持ってきてくれなければ今もまだ取り調べを受けていたかもしれない。今度なにかしら借りを返す機会があれば返したいところだ。
 そして私は釈放されてすぐに久留間君が入院している病院へと見舞いに足を運んだ。
 久留間君は左手と左足にギブスをつけ、包帯だらけで病院のベッドで横になっていたが元気そうだった。
 ……久留間戦隊のメンバーからは睨まれたが。
「学者さん、七色件の『紫』って至福じゃなかったんですか? なんで室長はお亡くなりに?」
「室長が七色件の口上やら何やらを知っていたのは“聖痕”から情報を得ていたためらしいが、至福の内容については知らなかったようだな。スピンドルが『紫』の予言の後に引き下がったから“聖痕”も『紫』の至福がああいうものだとは知らなかったんだろう。
 さて、なぜあれが至福なのか私なりの推論を述べさせてもらうと、昔の人々には『紫』の予言……もとい幸福の引き寄せは天国、極楽への片道切符だと思われていたと推測する。至上の幸福とはそういうことだ。もっとも、天国が本当にあるかどうかは知らんが」
 たしかにあの死に顔を見たら天国にでも逝ったのかと思える。前回『紫』が現れたのが百年以上前なら尚のこと幸せそうに死ぬことが至福と伝えられても不思議ない。滅多に出ないことと文献の風化から至福であるというころだけが残ったのだろう。
 まぁ、死んだ当人でなければ本当に至福なのかわからないところだ。
「少なくとも私は天国行きでも今死ぬのはごめんだね」
「あたしもです。あ、そういえば学者さん、七色件はどうなりました?」
「討伐もできんし、研究の引き取り手もいないので人気のない山中に逃がすことになったらしい。『紫色のときは話しかけないでください』と焼き印してな」
「……それ面白半分で話しかける人出ませんか?」
「まぁ、大丈夫だろう。予言の口上はこの学園の中でしか広まっていないし、学園生徒には『紫』に予言されると死ぬという情報を噂にして広めてあるようだ。学生の間の噂話の進行速度は早いのは今回がいい例だ」
 かくして、七色件の事件は解決を見た。


 久しぶりに自宅兼研究室のマンションに帰ってきた。
 ピーターパン事件で何日も閉じ込められ、昨日も帰ってきてすぐに七色件の事件があったのでだいぶ留守にしていたことになる。
 自室の扉を開けると、泥棒が家捜ししたかと思うほど散らかっていた。そのうえ助手がベッドに寝転がって漫画を読んでいる。
「あ、センセ、おかえりなさーい」
「……うん、何でここまで盛大に私の部屋が散らかっているんだろうな。何してたリリエラ」
「センセと連絡取れなくて暇だったから色々してましたよー。お出かけとか『倉庫』のお片づけとか読書とかゲームとかー」
 ちなみに『倉庫』とは助手がワインボトルやジャックハンマーを保管している場所のことらしい。どこにあるかは私も知らない。しかし、それはおいといて。
「どうして私の部屋がこうも散らかっている?」
「やー、この漫画の八巻がどうしても見つからなくてー。仕方ないから部屋中ひっくり返して探したんですよー」
 なんでこいつは毎度毎度ここまで自由に生きれるんだろうか?
 仕方ないので部屋の片づけをすることにして、片付けながら助手にピーターパンと七色件の事件のことを話した。
「結局センセは七色件の予言は受けなかったんですかー?」
 七色件事件のことを話し終えると、助手は私にそう尋ねた。
「ああ」
「もったいなーい」
 もったいない……か。
「よし。リリエラ、私も一つ予言しよう。今日は幸多い日になる」

 昼食を食べに週に一度のスパンで利用していた中華料理店に行ったところ、トラックが店につっこんだらしく休業していた。
 こんなこともあるのかと思いながら、別の店で食事をとろうと飲食店を回ってみるが、どこもかしこも満員で席が空いていない。
 仕方なくコンビニで済まそうかと手近なコンビニに入るも、なんとコンビニ強盗に遭遇。風紀委員により犯人が捕まるまで店内に拘束され、結局その日は昼食をとり損ねた。
 帰宅後、助手に「センセってば人質似合いませんねー」などと揶揄される。
 その日は厄日だった。

「大外れでしたねー、センセの予言」
「それでもいいんだ」

「未来なんてものは『良いことが待っているといいな』と思うだけで十分だ。『これこれこういう幸福が待ってます』なんて教えられるものでも売るものでもない」

「知らない、分からないから楽しみなのさ」

第五話 【七色件】


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