【安部太郎】


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

「それでは、これからみんなで力を合わせて、頑張っていこう」
 A社長がグラスを掲げると、社員となるBとCも、満面の笑みを見せた。彼らの目は燃えており、やる気に満ち満ちているのがわかる。
 ここは双葉島の港にある、空いていた倉庫だ。A社長が、このたびメーカー系の会社を設立し、工場代わりとして借りたのである。
「早速だが、社名を発表する。『安部太郎』だ」
 たまらず社員二人は目を丸くした。Bは、
「これはまた、なんだか人名みたいですね」
 と率直に言う。それに社長は機嫌よく、
「まあ、よく見てみるんだ。これは、私たち三人の名前から、一文字ずつ取っているのだ」
 そう、狙い済ましていたかのように、得意げに言った。
「あ! 確かに!」
 Cが驚いている。
「なるほど、社名の一部になれるとは光栄です」
 Bもまんざらでなさそうだ。
「気に入ってもらえて嬉しいよ。さあ、今日が『安部太郎』の船出だ。君たちの異能を存分に駆使し、世間をアッと言わせるような商品を産み出すのだ!」
 と、すっかり顔を桃色にして、社長は声高らかに言った。


 Bは超科学系の異能者であり、会社の主戦力である。
 彼は「ラルヴァセンサーを作る能力」を持つ異能者であり、それはまず、個人や企業向けの「ラルヴァ警報機」商戦で成功を収めた。開発が進むにつれラルヴァセンサーはコンパクト化されていき、腕時計やカーナビ、体脂肪計など、様々な分野に節操無く割り込んでいっては、どんどん収益をもたらした。
 これに気をよくした社長は、こんな謳い文句を世に出した。「『安部太郎』はラルヴァセンサーを作れます」。
 Cは身体強化系の異能者であり、開発には直接参加しないが、上腕を高速で動かす力を持っていた。これがデスクワークで大いに役立ち、その圧倒的なスピードは、他社の事務作業まで請負えるほどで、それ自体を商売にしてしまった。
 これに気をよくした社長は、こんな謳い文句も世に出した。「『安部太郎』はお客様のどんな面倒なお仕事でも、異能で処理できます」。
 異能で色々な商品を発明し、また異能で様々な仕事を片付けるものだから、依頼は想定以上に増え、業績も右肩上がりで留まるところを知らない。次にA社長は従業員の増加に着手した。超科学系の高卒・大卒異能者を多めに採用し、彼らの異能のままに何でもかんでもやらせてみた。その結果『安部太郎』は、さらに多種多様な商品を次々と世に送り出し、その「名」を存分に知らしめたのである。
 調子に乗った社長は、こんなキャッチコピーまで作った。「『安部太郎』は異能でどんな仕事でもこなします」「『安部太郎』は異能により、百種類以上の商品を開発できます」。


 貸し倉庫は、各従業員のデスクや簡易的な工作室で一杯になっていた。各自の異能で各商品を作り出すのに、特化した構成である。
 その片隅に、社長の椅子はあった。彼はけちな性格をしているので、いくら億単位の儲けを出そうが、未だに創業当時のデスクやチェアを使用している。社長は双葉島中心街に、立派な自社ビルを建ててしまおうと目論んでいたのである。
「社長、大変です!」
 副社長にまで上り詰めたBが、顔面蒼白になって飛び込んできた。
「どうした、トラブルか?」
「異能省の方々がお見えです!」
 どうせ商品の苦情だろうと思っていた社長は、一瞬、Bが何を言ったかわからなかった。
 異能省。日本の行政機関のひとつ。
 異能の健全で安全な運用の維持や法整備、異能犯罪の阻止などを任務とする組織である。異能やラルヴァといったものが存在するがために、国として一応整備されたものだが、実質的には双葉学園のオマケ程度のものである。
 しかし、国の行政機関がやってきたとなれば、社長も大人しくしていられない。襟を直し、緊張した面持ちで倉庫の入り口にやってきた。
 会社前は、多くの異能省関係者が集まっていた。想像を超えた光景に、社長は言葉を失う。
「A社長ですか」黒服の一人が、社長に接近する。「安部太郎という人物を出してもらいたい」
「は?」
 社長はわけがわからなかった。黒服は硬い表情のまま、話す。
「安部太郎氏は異能でラルヴァセンサーを開発し、異能でデスクワークをこなし、しかも異能であんな製品やこんな製品を開発している。どういうことだ、こんな異能者は存在し得ない!」
「お待ちください、『安部太郎』というのは、社名でありまして」
 そのおろおろした、弱気の態度がまずかった。異能省の関係者が喚き散らす。
「やはり安部太郎は多重能力者なんだな。会わせたまえ!」
「一人一異能の原則が破られたんだ。これは大事なんだぞ!」
「既に国際問題にまで発展している。世界中が安部太郎に注目しているんだ!」
 と、ありとあらゆるところから人間が涌き出てきて、押し寄せてきた。学園関係者も到着しており、警視庁の対異能者部隊まで大挙して襲来している。万が一の事態を考えて、相当、多重能力者『安部太郎』を警戒しているようだ。
 完全に誤解をしている彼らに、一から十まで説明して納得してもらうのに、およそ半日ほどの時間を費やした。


「社長、やはり人名はまずかったかと……」
 精魂疲れ果てたBが言う。
「そもそも、安部って社長の苗字じゃん。不公平だと思ってたんだ」
「そういう問題じゃないだろう」
 社長もデスクに突っ伏し、世間にとんでもない醜態をさらしたことを嘆いていた。
 今日は仕事どころではなくなってしまったため、従業員は臨時で早退させた。とりあえず異能省からは、『安部太郎』は紛らわしい宣伝を止めるよう、注意を受けただけで全ては終わった。
「『安部太郎』は変更しない。ずっとこれでいく」
 と、社長は決意を言葉に表した、幹部二人は、諦めきった様子でため息をつく。
 そのとき、鉄板を車で跳ね飛ばしたかのような、大きな音が倉庫に響いた。三人は悲鳴を上げる。
 見ると、入り口がまるまる吹っ飛んでいる。そこからぞろぞろと入ってきたのは、上半身裸のマッチョ。それに続いて、空手家、ボクサー、剣道部員といった、血気盛んな連中がたくさんやってきた。
「な、何ですか君たち!」
「安部太郎を出してもらおうか」
 マッチョが低い声を響かせて、そう言った。あっけにとられているうちに、
「多重能力者が出たんだってな。俺と勝負だ」
「相手にとって不足は無い」
「俺は俺より強いヤツに会いに行く」
 そう口々に、戦闘系異能者が勝負を申し込んできたのだ。
 社長ら三人はあっという間に囲まれ、「早く出せ」と詰め寄られている。BもCも泣きそうな顔をして、ヒーヒー言っている。
 流石に社長は、社名の変更を決意したのであった。




ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。