【アクセス】


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「私たちに携帯電話はいりません」
「お互いの姿が見えなくても平気なんだ」
 双葉学園高等部の教員たちが、この秋、新しく転入してきた異能者姉妹の面談を行っている。垂れ気味の両目をしていて、おっとりとした黒髪ロングが姉のカノ、仔猫のようなつぶらな瞳をくりくりさせ、自信たっぷりに微笑んでいるほうが妹のミナギだ。
 彼女たちの能力は、異能学上、大変珍しいタイプにカテゴライズされる。「双子異能(ジェミニ)」。あまりにもそのまんまな名前の付け方だが、便宜上、暫定的にそう表現している。
 若い教員二人が、小道具を用意しに教室を離れた。ひげをたくわえた年配のベテラン教師が、優しい口調で、「それでは見せてもらうよ」と二人に言った。
 彼女たちの異能は「アクセス」。
 カノはミナギに、異能力で会話を飛ばすことができる。逆にミナギは、カノから送信される言葉を受信する能力を持っている。と、これが「双子異能」とされているゆえんである。若手の教師たちが戻ってきた。女性の教諭がミナギに言った。
「ミナギさんは私と隣の教室へ」
「はいっ」
 びしっとお茶目に敬礼をし、後を付いていくミナギ。カノはゆっくりとした動作で手を振り、にっこり彼女を見送っている。
 そしてベテラン教師が、机に積まれたパネルの、一枚を手に取る。
「これから、僕がパネルを手に持って、君に見せていく。ボードに描かれているものが何であるかを、離れた妹さんに送ってみせてほしい」
「わかりました」
 パネルの絵柄は当然、カノもミナギも知るはずがない。ベテラン教師は早速、パネルの表面をカノに向けた。カノの瞳に、丸くて赤い球体が映る。
「りんごですね」
 カノは両手を胸に当て、唇だけを小さく上下させた。
 すると、
『りんご!』
 という元気一杯の声が、すぐに隣から聞えてきた。
「ほう」と目を細めるベテラン教師。得意げにカノは言う。
「私たち姉妹の間には、いかなる障壁も存在しません。たとえ気の遠くなるような距離や、打ちのめされてしまいそうな高い山がそびえようとも……」


『ミナギちゃん、ミナギちゃん』
 数学の授業中、頭の中で姉の声が聞えてきた。うとうとしていたミナギは、はっとして目を覚まし、教師に勘付かれぬよう、こっそり両耳に手をあてる。
 カノはくすくす笑い、こう言ってきた。
『今寝てたでしょう、ミナちゃん』
『寝てないよ、ちょっとぼーっとしてただけだよ』
 目にかかった前髪を払いつつ、そう言い返した。
 二人の秘密の会話は、まずカノがミナギに声を送ることで開始する。ミナギからカノに対して発信することはできない。ミナギの異能は「カノの声を受信する能力」であるからだ。
 カノの用件は、何て事のない、母から頼まれたお使いの内容であった。おっとりした姉は非常に忘れっぽい性格だ。『お弁当忘れちゃったから持ってきて』『あいあい』といった通信は、姉妹にとって日常茶飯事である。
『もう、そんぐらい覚えてなきゃだめだよ』
『ごめんなさいね、ミナちゃんがいつでもそばにいるから、って思うと』
『私がいなかったら、どう生きてくつもりだよ、カノちゃん?』
『そんなことないもの、ずっと一緒』
『カノちゃんがお嫁さんに行っても』
『ミナちゃんがお嫁さんに行っても』
 頬を緩ませながら、ミナギは通話を切り上げる。黒板の方を向いた。
 たとえ姉妹が別々の道に進んでも、「アクセス」がある限りずっと一緒。どんな世界に足を踏み入れようとも、どんなに遠くの国に旅立ってしまおうとも、永遠に一心同体なのだ。ミナギはずっと、そう信じて疑わなかった。
 その日の夕方、病院に急行したミナギは、変わり果てた姿となったカノと再会した。横断歩道を渡っている途中、信号無視の悪質なひき逃げにあったのである。


 カノの七回忌が近づいていた頃である。
 子供を寝かしつけたミナギは、しかめっ面で家計簿と向き合っていた。夫の給与は高くない。いかに貯金を繰り返して、今後に備えていくかが重要であり、こういう計算や見積もりは、要領のいい彼女の得意とするところだった。
 ミナギはかつて双葉学園に通っていた異能者であったが、双子異能の相方であるカノが、不幸にも交通事故に巻き込まれ、他界してしまった。ミナギの異能は「カノの声を受信する能力」。もはや何の役にも立たない、使えないものになってしまった。異能者を名乗るのもむなしかった。一人一異能の大原則は、彼女を寂しい未来へと導いたのである。
 一般人同然となったミナギは普通の短大へと進学し、家族もまた、カノを失った悲しみを胸に島を後にしていた。やがてミナギは持ち前の元気を取り戻し、普通の会社の事務員となり、そこで知り合った男性と結婚、裕福なほうではないが温かい家庭を築いている。
 夫はどうしても外せない仕事があり、まだ帰らない。彼は今朝方、しきりに彼女に謝っていた。なぜなら今日がミナギの誕生日だからだ。
「もう寝ようかしら」
 大人になり、社会にもまれ、さらに母親となったことで、すっかり落ち着いた雰囲気が定着している。親戚に「何だかカノちゃんを思い出すわ」と言われるようになった。それには苦笑させられている。
「私はカノちゃんじゃないのに」
 確かに鏡の中からこちらを見ている自分の姿は、時折カノのようにも見えてどきっとしてしまうときがある。「カノも生きていれば、こんな大人になっていたのだろうか?」。そんなことをふと思うと、とても悲しくなる。自分ひとりだけが歳を取っていくのだから。
 目を押さえる。疲れがたまっているので、この辺りで作業を切り上げることにした。外は虫の音がよく聞え、たまに細い道を小型車が駆け抜けていく音がした。
 そして彼女の本来あるべき力が、そのささやきの応えたのである。
『ミナギちゃん、ミナギちゃん』
 え? とミナギは顔を上げた。
 どこからか女の子の声がしたからだ。でも次の言葉で、彼女は自分がかつて「異能者」であったことを思い出した。
『忘れちゃった? 私です、カノです』
 ミナギははっとし、昔そうしていたように、両耳に手をあてる。
『カノちゃん……?』
『ごめんなさいミナちゃん。遅れてしまいました』
『嘘でしょ。あはは、夢見てるのかな、私』
『夢なんかじゃないですよ。私は今、紛れもなくあなたにアクセスしています』
 ミナギは堪え切れなくなり、食卓に大粒の涙を落とした。
 それから姉妹は、心行くまで二人だけの会話を楽しんだ。カノは向こうでのことを何一つ教えてはくれなかったが、そのぶん、ミナギがこれまでの自分の生活について語り倒した。カノは甥っ子の顔を、とても見たがっていた。『私最近、カノちゃんみたいって言われるんだ』『くす、ありえないです』『でしょ!』そんな楽しい会話は、いつまでも続いた。
 カノは昔と全然変わらない、おっとり、ゆっくりとした調子で言う。
『私がこの世界からアクセスするのは、これっきりです。神様との約束です。でも忘れないでください。私たち姉妹の間には、いかなる障壁も存在しません』
『うん、ずっと一緒だよ。カノちゃん』
『元気でね、ミナちゃん』
 ミナギはカノを失ったとき、二度と彼女の声を聞くことは無いと思っていた。
 でも、カノはいつまでもミナギの側にいる。また些細なことで、声をかけてくれるかもしれない。それを楽しみにして備えて、これから生きていけばいい。ミナギの心が弾んだ。
『あ、そうそう』
 急に声がしたので、ミナギはびっくりしてしまう。
『えーと、何か言わなきゃいけないことがあったような?』
『もう、何なの? カノちゃん』
『うーんと』
 指をほっぺに当てて考えこむ姿が、今でもありありと思い出せた。忘れっぽい性格も、昔のまんまである。
 それから一呼吸おいて、カノは言った。
『お誕生日おめでとう、ミナちゃん!』
 あなたもでしょ、カノちゃん。
 ……そう言おうとしたが、何だかおかしくて、ちょっぴり悲しい気がしたので、ミナギは『ありがとう』と言うに留めた。





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