【タブレット・1st piece】


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『鋭き射手の最後の弾丸《The last bullet of sharp shooter》』


 かろうじて指一本分を体に残し、わたしの意識は世界に溶ける。
 今わたしは右手の人差し指という生き物だ。
 ただ引き金を引く為だけに生きている。
 そして溶かし込まれたわたしの意識は世界に干渉する。
 風――大気の動きは、世界中のどこにでも存在する。わたしの能力はそれをほんの少し自分の都合の良いように操る事だ。
 少しずつ、少しずつ、撫でるように風の流れをチョットずつずらしていく。複雑なビル風が吹くオフィス街に一筋の道を作っていくイメージ。
 ゆっくりと、ゆっくりと進んでいき、およそ二五〇〇ヤードという世界記録並みの長さにわたって一切風の影響を受けない理想的な射撃環境が誕生する。
 後は、息を潜めてターゲットと射線が重なるのをひたすら待つのみ。

(来た!)
 待つこと十数分、ついにターゲットが姿を現した。
 わたしがねらう線に向かって歩いてくる。
 そしてターゲットが完全に重なった瞬間、引き金を引く生き物となった私がその本分を果たす。
 放たれた五〇口径の弾丸が私が作り出した風の空白地帯で計算通りの軌道を描き、男の頭部に吸い込まれた。
 今倒れたのは確かオメガサークルに便宜を計る大物達のうち、政治と資金のパイプ役をやっていた男だったはずだ。
 地味な役回りだが、こういうのは余計なしがらみが無く、バランス感覚に優れた頭のいい人間でなければ務まらない。
 代わりの人間を探すのは、どこかのトップの首をすげ替えるよりよっぽど難しいだろう。
 仕事を確認したわたしは、すぐに痕跡を始末してその場をあとにする。いくらこの国の警察がのろまだとしても、けして油断は許されない。
 裏の社会で生きるとは、そういう事だ。

 路地裏で報告を済ませ、何食わぬ顔で道に出る。
 ラルヴァ信仰集団聖痕《スティグマ》の狙撃手《スナイパー》、それがわたし鋭き射手《シャープシューター》だ。
 クスリと電気信号で脳をいじくられ、気が付けばただひたすら銃の使い方を叩きこまれていた。
 だからわたしには自分の本当の名前も、年も何もかもがわからない。
 ただこうやって制服に身を包み、ライフルを楽器のケースに入れて持ち歩けば、誰もわたしも不審に思うことはない。
 遠くにパトカーの音を聞きながら、わたしはゆうゆうと与えられたセーフハウスへと帰っていった。

「しかしこの扮装はどうにも慣れんな」
 セーフハウスとしてあてがわれたマンションの一室に着くと、わたしは真っ先にバスルームに駆け込んだ。
 スカートのひらひらする感じも、ブラウスのボタンを開けておくこともわたしは嫌いだ。スカートは動きにくいし、ボタンも留めた方が機能的だろう。
 全て脱ぎ捨て、わたしはシャワーを浴びる。
 温度は少し熱いくらい、その中でとり止めもない思考が浮かんでは消えた。
 ラルヴァとの共存を信仰する聖痕《スティグマ》、ラルヴァを狩る異能者を育てる双葉学園、異能者を人工的に作り出そうとするオメガサークル。
 そのどれもが遠く感じられる。
 対能力者に向いていないとの評価を下されたわたしは、自分以外の能力者を知らない。
 スティグマにいても、ラルヴァを見たことはなく、わたしに回ってくるターゲットはいつも能力の無い一般人だった。
「一流の狙撃手は何かしらの特別を持っている。お前はそれがわかりやすかっただけだ」
 これはわたしに銃の扱いを叩き込んだ師匠の言葉だ。
 寡黙で腕が立って、狙撃手という人種を絵に描いたような人物だった。
 記憶が無いわたしが唯一覚えている存在で、名前も年もほとんど何も知らない人。これまで殺してきたターゲット達よりも、ずっと知っていることが少ない。
 こうやってわたしの人生は薄っぺらなまま終っていくのだろうか。
 いや、やめよう。どうも今日は、おかしな事を考えすぎる。
 感傷は照準を鈍らせる――だったな。結局は師匠の言葉に従って私は気分を切り替えるためにシャワーを止めた。

 冷蔵庫から水を取り出して、適当にテレビをつける。どこも連続狙撃事件で持ち切りだった。
 政財界の大物を狙った無差別テロ、過激派集団の刺客、コメンテーターと紹介された男が訳知り顔で見当外れの犯人像を語っている。
 こいつらが聖痕《スティグマ》やオメガサークルの真相に辿り着くことは無いだろう。
 興味を失って画面から視線を外すと、電話が着信があったことを告げていた。
(組織か、しかし何だ? さっきの仕事にミスは無かったはずだが)
「何をしていた」
 架け直したわたしを中継ぎ役の男、黒子《サイレントプロップ》の苛立たしげな声が迎えた。
「仕事の後だ。シャワーくらい浴びさせろ」
「任務だ」
 テレビでも散々話題になっているというのに立て続けに仕事とは。
(組織はわたしを使い潰すつもりか)
 これは冗談にならなさそうなので黙っておく。
「詳細はメールで確認しろ以上だ」
 一方的にだけ用件を告げると黒子は電話を切った。
 そのままメールを確認する。
 次のターゲットは、学園の研究者だった。
(名前は語来灰児か、これまでのターゲットとは明らかに毛色が違うな)
 資料を読む限り、よくいる研究者の一人としか思えない。まあ、わたしはこれまで政事と経済専門だったのできっとラルヴァ研究の分野においてはそれなりの人物なんだろう。
 本土にあるラルヴァにとり憑かれた人間を引き取りに来るところを狙えということらしい。その混乱の隙を突いて組織の別の能力者がとり憑かれた人間を強奪すると書かれている。しかしその能力者やラルヴァについては何も書かれていなかった。
 嫌になるくらいに秘密主義なのか、わたしを切り捨てた時のことを考えているのか、どちらにしても腹立たしい。

 適当に頭を乾かしてわたしはまた街に出た。
 目的は次の仕事の下見だ。
 内容はどうあれしくじれば自分の命が無い。
 師匠も仕事をするときは内容に集中する、背景を気にすれば照準がぶれると言っていた。
 地図で大体の当たりをつけておいて、後は斜線とその後の逃走ルートをチェックして最終的な場所を決めるのだ。
 目標との距離はおよそ一七〇〇ヤードくらい、わたしには必中の距離だ。
 流石に連続狙撃事件を警戒してか、街には制服を着た警官が目立つ。
 だというのに一般の人々は、まるでそんな事起こっていないか、テレビの中の出来事だとでも思っているようだ。すれ違った学生達などは、スナイパーに対してカッコイイだとか憧れるだとか話していた。
 本当に呆れる程平和な国だ。わたしには、むしろ彼らの方がテレビの中の登場人物に見える。
 寂れたアパートの屋上で、わたしは街を見下ろした。
(ここだな。射線も通るし、人通りも適度に少ないのに大通りには近い)
 誰にも見られないように注意し。わたしはその場を後にした。

 なかなかいい場所を見つけ上機嫌で歩いていると、軽薄を絵に描いたような男が声を掛けて来た。
「カ~ノジョ!」
 無視して通り過ぎようとするわたしの前にしきりに回り込んでくる。
「どこ行くの? 遊ばない?」
 わたしはその男を思い切り睨みつけてやった。
「ちょっとそこのカフェでお茶でもしようよ」
 しかし、男は構わず喋り続ける。わたしの殺気にあてられれば猛獣でも黙るというのに、まったく動物以下か、この男は。
 いい加減うるさくなったわたしは、男を路地裏に引っ張りこむ。
「何だよ積極的じゃん」
 ニタニタとだらし無い笑いを浮かべ男がのばして来た手を払い、鳩尾に当て身を入れる。
 男が泡を吹いて倒れた。
「クソ」
 場所にケチが付いたのでわたしは、せっかく付けた当たりを捨て別の場所を探すことにした。
 一流はジンクスも大事にする。
 これも教えられた事だ。

 当日、雑踏に紛れわたしは現場にやってきた。
 閉鎖した立体駐車場の三階。
 人気が無さ過ぎる以外は、中々上等な場所だ。
 だがそこには昨日はいなかった物があった。
 ポイントの手前、一番日が当たらない所に柱の影より暗い何かが蠢めいている。
「何者だ? 出て来い」
 警告の意味を込めて銃口を向ける。
 それに応えるように影はウネウネと人の形になった。
(これがラルヴァというヤツなのか)
 未知の存在を前にわたしは身構えた。うかつに動くことはできない。なにより騒ぎを起こすべきではない。
 だがラルヴァは当たり前だがそうは思っていないようで、わたしに向かって突進してきた。
 人型の影がその拳を私に突き出す。
 わたしは後ろに身体を引いて直撃は避けたが、数メートル転がされた。
 脳を揺らされて足はふらつくがどこも折れてはいない。
(こんなものと共存共栄しようというのか)
 元々信じてはいなかったが、改めて聖痕《スティグマ》という組織の掲げた教義の馬鹿馬鹿しさに気が付く。
「消えろ!」
 なりふり構っていられなくなったわたしは、至近距離でライフル弾を撃ち込む。
 しかしまるで手応えが無い。
「く、化け物め」
 教義によれば実体を持たない、カテゴリーエレメントというヤツか。
 スナイパーには天敵と言っていい。
 影は撃たれたことに腹を立てたのか、でたらめに手足を振り回している。殴られたコンクリートの床や柱が砕けてへこむ。
 今わたしが生きていられるのは、この影の攻撃が大雑把だったからだ。
(何故だ? 殺す気は無いのか)
 有効かどうかは疑問だが牽制にライフル撃ちながら距離を稼ぐ。
(何なんだヤツは? 動物的な意思も感じられない。機械かもしくは単細胞生物みたいだ)
 ダンダンダンと派手な音を立てて影が暴れまわる。
 試しに物影から直接撃ってみても、やはり虚しくすり抜けるのみだ。
 しかしその間も足音は鳴り響き、床が砕かれていく。
(銃で仕留めるのは無理か、ラルヴァを倒すには能力だったな)
 銃が効かないとなると残された武器は一つ。
「やるしか無いのか」
 わたしは空になったライフルを置いた。そして意識を外に向ける。弾がすり抜けるだけあって、影の存在は空気の流れからは感じられなかった。
 目で見て影がいる辺りを撫でて風を起こしてやる。だが影には何の変化も見られなかった。
 いつものように撫でるだけじゃ駄目だ。
 その逆、均すのではなく荒立てる。
 わたしはビルの外に吹き荒れる突風より強化してを呼び込む。
 砕かれたコンクリートがつぶてとなって舞い散った。
 しかし、影はびくともしない。
 もっと、もっと強く、世界ではなく、もっと身近な、手が届く範囲だけで構わない。もっと力を!
 身体の外に向かって拡散するのではなく、身体の中心に圧縮するイメージ。
 足元の埃が舞い上がるのを感じる。呼んだんじゃない、わたしが起こした風だ。
「いけるか?」
 いや、これが駄目ならどのみち手詰まりだ。
「行くしかない」
 わたしは影に向かって駆け出した。
「うわぁぁああぁぁ!!」
 今出せる力の全部を両手に集めて影にぶつける。
 それは真空の刃となって影を切り裂いた。

「……助かった。……のか?」
 とりあえずの危機が去ったと判断したわたしは、状況を整理した。
 ターゲットが現場にやってくる予定時刻まではもう三十分を切っている。現在の残段はゼロ、戻って補給すればそれだけで四十分はかかる。
(完全な手詰まりだな)
 身体は多少かすり傷を負った程度か。
 能力は――さっき無我夢中で放った鎌鼬《かまいたち》を放ってみる。範囲は拳の一個分先といったところか。ナイフを握るのと大差無いな。
 続いていつものように意識を世界に溶かし込もうとして、異変に気付く。
「あれ? くそ、おかしい! 意識が外に向かない」
 いつもと違う使い方をした反動か、わたしは意識を身体外に出すことができなくなっていた。
 ええと、意識を世界に溶かし込むイメージで……ダメだ。全く思い出せない。
 っていうか意識を世界に溶け込ませるってなんだ?
 頭がおかしいんじゃないのか?
 まあ、おかしな信仰を持ってる組織の子飼いなんである意味おかしくても当たり前なのか?
 いやいやそうじゃなくて、アレは職業上必須の力だから……。
 ほんの数分前まで出来ていたことが出来なくなり、焦りと不安で思考がどんどんと迷走していく。一時的なスランプなのか、それともわたしの中で何かが変わってしまったのか、それはわからないが、このままでは仕事は出来ないのは事実だ。
 能力無しでわたしが正確に狙いを付けられるのは、せいぜい一一〇〇ヤード。他に余技があるならともかく狙撃一本でいくなら、心許無い距離だ。
 聖痕《スティグマ》所属のスナイパー、鋭き射手《シャープシューター》は死んだ。あの影のようなラルヴァに殺されたのだ。
 そうと決まれば、早めに行動を起こさなければいけない。

 わたしは鞄から電話を取り出した。組織に持たされた高性能機ではなく、シンプルな機能しかない安っぽい機種だ。
「嬉しいネ! 貴女からレンラク来るの待ってたヨ」
 唯一登録された番号へ発信すると、間を置かずミスターが応える。
「例の話、頼めるか」
 ミスターは、得体の知れない男だ。
 昔仕事でかち合った時、敵であるわたしを更正させようと必死に説得してきた。
 それ以来何となくの付き合いが続いて、ついには聖痕《スティグマ》の用意したセーフハウスにまでこの電話を送りつけてきた。
「Oh! そうカ! OK 足アラウなら協力するヨ。これからは何とヨベばいいカ?」
「そうだな、これからわたしは風使いの少女、聖風華《ひじりふうか》だ」
「OK! フーカ。ノープロブレムネ。 Bossにかかればテンニュウくらい楽勝ヨ」
「頼りにしているよ」
 裏で生きていくには、知恵が要る。
 とりあえず命綱は複数用意しておく事、これは師匠から最後に教わった鉄則だった。


                                               つづく


キャラクター紹介
聖 風華

登場ラルヴァ
シャドウ


ツールボックス

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