【Mission XXX Mission-02】


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

【Mission XXX Mission-02】


Mission XXX Mission-02
触れ得ぬ男  ―異能消失事件―




 つまるところ、これは鬼ごっこのようなものなのだ。
 人気のない大通りを小走りに走りながら、皆槻直はようやくそういう認識に立ち至った。
 事前の準備を整え、あらかじめ相手の行動を把握して、こちらにとって最も都合がいい場所で戦いを始めた。
 色々と付随する要素はあれど、こちらが狩る側で向こうが狩られる側、そういう狩のようなものであった。
 いや、そうだと認識していたのだ。
(道理で色々と噛み合わない感じがしたはずだよ)
 そう、現状が「狩のようなもの」でなく「鬼ごっこのようなもの」として考えればすべて得心がいく。
 なにしろ相手とこちらの間には「触れられたら負け」という関係性があるからだ。
 疑いようもなく向こうが鬼で、それによる当然の帰結としてこちらの役どころは鬼から逃げる哀れな子供となる。
 あまり愉快な話ではないが、さっきから後手後手に回り続けているこの状態もこれで納得できるというものだ。
「またか…!」
 うんざりしたように呟き、直は後ろに大きく跳ぶ。隣のビルの壁に走るパイプを伝い伝うように滑り降りた人影が目の前に降り立った。
「そういう所も鬼役にぴったりだね、まったく」
 余裕を見せ付けるかのように散歩する程度の歩みで近づいてくる人影を見やり、左の道へと入り込んだ。
 そう、先程からどこに行ってもすぐに先回りされている。
 偶然、といって済ませるには数を重ねすぎている。異能というのはもっとありえないだろう。一人の持つ異能は一種類のみというのは異能の大原則の一つであり、相手の異能を考えてもこれは能力の応用で済む範囲を超えている。機械的な何か…というのも考えにくいだろう。相手と自分とは先程の遭遇が初対面であり、しかもその後も相手の異能を警戒して常に十分距離をとっている。
 そうなると残る可能性は経験が導き出した一種の技術的なものか、それとも勘という「その他の理由」と同義っぽい言葉か。
(これ以上は分からないね。ミヤだったらあるいは…だけど)
 だがそれは今言っても仕方のないことだ。
 この戦いには宮子は関わらせたくないということはこの場に赴く前に決心していた。それは今この時も変わってはいない。
 それに、追う立場が追われる立場に変わってもこれまでの状況から見る限りさして問題はない。
 追い立てるか、誘い込むか。
 言葉がどうあれ、今やるべきことは変わりはせず、その遂行も割とシビアではあるが十分果たせそうだからだ。
 事前に頭の中に叩き込んだ地図を脳裏に留め、直は足早にその場から走り去った。


 中華料理店『神龍閣』。
 学園都市島の中の料理屋ヒエラルキーの中で頂の一つに数えられる店である。
 その三階に案内された直は下座の席に座り、見るともなく外の景色に目をやっていた。
「高級店の個室とはこういうものなんだね」
 すぐ下の階の喧騒すら、流れる緩やかな音楽を妨げない微かな波のさざめき程度にしか聞こえない。
 正直、少し気が重かった。
 回りくどい連絡手段で「話がしたい」と伝えられ、待ち合わせの場所に来てみれば待っていたのは相手でなくハイヤー。
 見るからに場違いなこんな店に連れてこられ、挙句予約の名前は偽名ときた。
 子供でも分かる。ここで聞かされるであろう話は極めて面倒なものだろう、と。
(いっそもう帰るという選択肢もあるのだけれど)
 いや、むしろハイヤーなんぞに来られた時点で断っておくべきだったか。
 だが……たとえ面倒なものだとしてもその先の話に興味がない、といえば嘘になる。
 相手が私の何を必要としているのか?それは私の力に他ならないだろう。
 相手が用いることのできる力に比べれば私の力など掃いて捨てる程度にしか過ぎないという大きな疑問はあるのだが、かといって私にそれ以外の何を欲するのかと考えてみればどの要素を考えてみても差は桁違いに開く。そうなると自ずと結論は決まってくる。
「あれだけの手駒を持っていてなお私の力が必要なのだとしたら」
 そんな敵との戦いがありうる、そう想像しただけで胸の高まりを抑えることが難しい。宥めるようにそっと心臓の上辺りをなぞるように撫ぜてみる。
 それに、私を呼び出した相手のことも多少は気になっていた。
 直接話をしたことこそないが、噂は色々伝わってくる。少なくとも、こんな回りくどい行動はしそうにない人間だった。
(ああ、そういえば確か割とわがままな性格、だったかな)
 もし用件が想像と違ってつまらないものだったらどうしてくれようか。
 彼女のことを考えるなら、今のうちに矯正してあげるほうがいいのかもしれない。
(…いや、やっぱりまずいかな、それは)
 どうにも、期待に反して下らないことで時間を潰されたからというのは私怨が勝りすぎている。
 それはポリシーに反することだ。
 それに…と少し想像してみた。流石に絵面が悪すぎる。どう考えてもただの虐待である。
 想像した絵面をかき消す。だがその少女はまだ消えない。いや、違う。
 直はガラスに映った少女に軽く頭を下げると、席を立って個室の入り口へと向き直った。
「初めまして、藤神門会長」
「うむ、こちらこそ初めましてじゃ、皆槻直」


 追われ続けながらも、敵の誘導はほぼ完璧に進んでいた。
 一旦距離を離した間に改めて現状の整理をする。
 まず敵は元は日本人、というよりかつてこの双葉学園に所属していた人間だった。その当時の名を藤谷昭三(ふじやしょうぞう)――まあその名はもはや空虚な記号以外の意味を持たないが。
 当時はその異能故に異能による犯罪を取りしまる部署に所属し対異能者戦に投入されていた。
 異能は触れた相手の異能を消し去る能力。以下詳細はほぼ不明。なんでも亡命時にハッキングをかけデータを消去したらしい。
(そうなるとどこまで信頼できるものか…)
 辛うじてサルベージできたデータで構成された虫食いのような異能のデータを眺めながら直は考え続けた。
(何か隠し札がある)
 これは直感だったが、直なりに根拠もある。男によって異能を奪われたものの中にはそれなりの実力を持つ身体強化能力者も何人かいるのだ。
 それに徒手格闘を鍛えているとはいえこちらから触れねばいけないという厳しい制限付きでここまで生きていけるだろうか?
(恐らくは接触自動発動、最悪ごく至近距離なら触れる必要もないのかも)
 かなりシビアな予想ではあるが、能力が能力だけに用心に越したことはない。これまでの接触から見てもその見解を修正する必要はなさそうだった。
 こちらの作戦―触れることができず、こちらに直接遠距離攻撃手段がない以上広いスペースでの遭遇戦は不利になるだけ。ならば思い切って限定されたスペースに戦場を移した上で間接的なアプローチによる攻撃を行うしかないだろう。これも現状特に修正する必要はない。
(後は一般人の避難か)
 不確定要素を無くすため男が作戦予定エリア内に入った時点で適当な口実をつけて周辺住民を避難させるように藤神門御鈴に頼んでいた。それに気づいて男が逃げ出す可能性もあったが、直はそれはないだろう、と思っていた。
(自分の力…あるいは自分の背負った権力を恃むタイプだ)
 凄まじいテンポで増えていっている犠牲者リストを見て直はそう感じた。ならばむしろこういう行為には進んで乗ってくるはずだ。
「いっそ『異能狩り』に狩られてくれればいいものを」
 そう言ったものの、ああ、それでは私が戦えないな、と首を振って思い直す。
 ともあれ、避難に関しても見た感じ問題はないようだ。
 前回の接触の後、敵の気配はつかず離れずを繰り返していた。どうやら直の意図を察し――乗っかる気らしい。
 と、そこに予定通り目標である小さな倉庫が現れた。
 直はスイッチを操作し重い音と共に開きだした扉の奥に歩を進める。
 すぐに道の奥から人影が現れた。倉庫が光に満ち、扉から溢れ出す。歩み寄る人影は初めて光の中にその姿を晒した。
 黒色のシルクが光を柔らかく吸い込むような光沢を放つ服。前面の一字ボタンが全体に締まった印象を与えている。
 鍛錬を怠らない格闘家、という印象を強く与える男であった。
 男の歩みと共に直は退き、距離を保ったまま二人は倉庫に飲み込まれていく。
 男が倉庫に足を踏み入れると共にゆっくりと扉が閉まりはじめた。
「…お前は俺を誘い込んだつもりだろう?」
 男が初めてその口を開いた。
「だが、お前の意思はどうあれ事実はただ一つ。俺が、お前を追い詰めたんだよ」
 鈍い音が響き渡る。そして倉庫は密室となった。


 今目の前にある皿が片付く度に、まるで横で見ているかのような絶妙なタイミングで次の皿が運ばれてくる。
 挨拶の後、口を開こうとした直の機先を制し、
「まずは食事としよう!」
 藤神門御鈴は首を大きく傾けて見上げながら最初からそう決まっていたかのように宣告した。
 確かに時間的にも合致していたし、更にこちらが招待したのだからお金のことは気にしなくていいと言われては断るのも憚られる。
(まあいいか。もう二度と会うこともないかもしれないしね、この位は付き合おうか)
 かくしてグルメ紹介本の常連として知られる神龍閣のフルコース料理が目の前に並ぶことになった。
 確かに評判は嘘ではない。味覚は当然として、触れるのを一瞬躊躇ってしまうほど精緻に組まれた飾りつけ、直前まで加熱されていた料理から放たれる鼻腔の奥の奥までたやすく浸透する香りと熱せられたソースがバックコーラスとして奏でる沸騰音。箸から伝わる素材の感触からも十の色合いをアレンジによって百にも千にも編み上げようという料理人の心遣いが見て取れる。五感全てに強く訴えかける姿に確かに頂と呼ばれるはずだ、と直は得心がいく思いだった。
 それにしても、と直は思う。目の前では藤神門御鈴が北京ダックに舌鼓を打っていた。
 自分もその絶妙な歯ごたえを堪能しつつ、直は思う。
(よくもまあ、あんなに入るものだね)
 183cmの長身に加え運動量(戦闘量と置き換えてもさほど間違いではない)の多い直は自他共に認める健啖家であった。
 フルコースのメニューはその直にしても「ぎりぎり八分目を超えるかも」と感じさせる程のボリュームである。
 それを目の前の少女は平気な顔をして直の食べるペースに併走しているのだ。
 半ば呆れながら眺めていると、その視線に気づいたのかん?と少女は面を上げた。
「ひょっとして口に合わなかったか?」
「いえ、十分満足していますよ」
「私もそうだ。だから、な」
 藤神門御鈴はいたずらっこのような笑みを浮かべ、続けた。
「いくらでも入る」
 テーブルの下でおこぼれに預かっていた白いトラ猫が取り皿から主を見上げてにゃー、と小さく鳴いた。


「そんな勝手な事実とやらにはいそうですかと従ってあげるいわれはないね」
 男の軽く手を広げるような動きに呼応するかのように直は横っ飛びに小さな壁の向こうに飛び込んだ。
「はあっ!」
 気合と共に壁に向かって後ろ蹴りを放つ。薄いコンクリ壁が大きく崩れ、砕けた破片は空気の流れに乗って男のほうへ降り注いだ。
(さて、どう出る?)
 直接的な遠距離攻撃手段を持たない直が考えた策の一つだった。雑な攻撃でさほど威力も望めないが牽制程度にはなるだろう。まずは出方を窺いたい。
 男は腕で上半身を庇いながらこちらに近づいてきていた。それを確認すると直は隣のコンクリ壁に移り再び蹴破る。そしてそのままの勢いで壁の隠しボタンを押した。
 同時に天井に設置していたコンクリ片が雨のように降り注いだ。
(呆気ないな)
 今までのところこちらがペースを握っているように見える。それが逆に不安ではあるのだが、かといって手を休めるわけにもいかないだろう。
 コンクリ片の落下によって生み出された濛々とした粉煙と驟雨のような音の中、直は次の壁へと走り出す。と、突然踏み出した右足が糸が切れたようにがくん、と落ちる。
 直後に焼けるような痛みが右足から体中を走りぬけた。
「!」
 止まってはいけない。戦いの中で刷り込ませた生きるためのルールが直を突き動かす。床を転がるようにして壁の後ろに隠れた。
「しかし、参ったね…」
 右足を確認する。銃創だ。いきなり銃を使ってきたこともそうだが、粉煙と轟音で事実上目も耳もふさがれた状態で普通に当ててきたのも想定外だった。
 わざとらしいぐらいゆっくりと足音が近づいてくる。
(なんにせよ、まずは距離を取らないと)
 直は壁を背にして立ち上がる。一息で荒げた呼吸を戻し、両腕を横に開いた。
 全身にゲートを発生させ、方向を調整。
 津波のように周囲に流れ出す風を残し、直の体は宙を舞っていた。
 限定飛翔能力。
 体中から高圧空気を噴出させることで一定の距離を跳躍する、〈ワールウィンド〉の応用能力である。
 あっという間に積まれていたコンテナの山の裏に消えていった直を見送り、男は舌なめずりをして再びゆっくりと歩き出した。


 デザートのライチが舌を乗り越え、喉を越えて胃まで落ちていく。
 爽やかな甘みが舌から脳まで駆け抜け、波が引くように余計な後味を残さずに消えていった。
 もういいだろう、と直は判断した。時間的に急がねばならない理由があるわけではない。単に待つのはあまり性に合わないのだ。
「それでは藤神門会長、そろそろ私にもデザートを頂けないでしょうか?」
 藤神門御鈴は怪訝な顔で答えを返した。
「何を言っておる。デザートなら既に食べておるではないか」
「率直に言いましょう。…私は誰と戦えばいいのですか?」
 その返答に藤神門御鈴は運びかけていたライチを慌てて口の中に放り込み、あっという間に飲み込んでコホン、と一つ咳払い。
「そう、その通り。皆槻直、お前の推測通りだ」
 そう告げた表情は既に先程までの大食い少女ではなく、学園を守る醒徒会の長のそれとなっていた。
「まず…この学園では今異能者が連続で襲われる事件が起きておる。彼らは殆どの場合怪我らしい怪我はしておらん。ただ、彼ら全てに異能が消失すると言う現象が起きておる」
「まるで『異能狩り』ですね。しかしそんな話『異能狩り』の噂を除いては全く耳に入ってきたことがないんですけど」
 自らの異能の力をひけらかす人間から異能を奪ってしまうと言われている怪人『異能狩り』。この都市伝説の主人公が相手なのだろうか?
「学園がこの件に関して全面的に放送規制を行っておるからな」
 「醒徒会」ではなく「学園」と言った。それはつまり学園を束ねる理事長、いやあるいは更にその上の組織が動いていると言うことなのだろう。
「根本的な疑問があるのですが」
「うむ、聞こう」
 進むたびに不透明さが増していくような話は直の好むところではなかった。故に、早速最大の疑問に切り込む。
「貴女には実働部隊の風紀委員もいれば切り札たる醒徒会もある。それでなお御せぬほどの敵ならばそれこそ政府の出番でしょう。なぜ私なのです?」
 藤神門御鈴はその問いに答えようとして一瞬つまり、数秒の間を置いてようやく口を開いた。
「………今回お前に頼みたいターゲットは触れた相手の異能を消失させる異能者。そして、こやつには醒徒会は手を出せぬ。いや、醒徒会だけではない、政府の連中にも手は出せぬのだ」
 そう語る少女の表情はあふれ出る何かをこらえるようなものになっていた。だが、まだ答えは出ていない。
「何故?」
 だから直はただその一言を問いかける。
「…何故ならその男は―――国の外交官だからだ」
 藤神門御鈴はこらえるのを諦めたかのようにそう吐き捨てるように言った。


(そういえば)
 と直は思う。風紀委員にしつこく「服の布地が少なすぎる」と文句を言われていたっけ?
 着地した通路で血止めをしようと思った直だったが、ノースリーブにホットパンツという組み合わせでは布地を調達する余地が少ない。
 例えばさっきのような跳躍時にトップスの裾やボトムスの筒があったりするとどうにもバランスが取れないという事情あっての出で立ちなのだが、少し考え直す必要がありそうだ。
 ともあれ、背に腹は代えられない。ノースリーブの腹の部分を破り、手早く脚を縛って血止めをする。
 その間にも足音は全く変わらぬペースで近づいてきていた。ゆっくりと感覚が薄れつつある右足を引きずりながら直は足音から離れるように歩き出した。
(もう間違いない。何らかの方法で私の動きが読まれている)
 その確信は得たものの、その具体的な手段は以前見当がつかないままだ。目の前のデータを組み合わせて必要な情報を導き出すのは宮子のほうの得意分野だった。その彼女がいない以上、具体的な手段が分からないことを前提として動かざるを得ないだろう。
 その上片足が使えないというのは痛い。悪党どもも震えだすかのデンジャー&アイスの片割れを始めとして学園には銃使いが多い。そんな連中の戦いぶりを間近で見たり時には戦ったりしてきた過程で銃での攻撃の特性は概ね把握していた。万全の状態ならば銃が相手でもどうとでも立ち回れるのだが…
 とはいえ、勝負を諦めるつもりは毛頭ない。まだ手は残っている。ただ問題は時間との戦いになることだ。
 そのためにもここで捕捉されるわけにはいかない。
「やれやれ、ひどい話だね」
 相手を狩りだすつもりがいつの間にか鬼ごっこになっていて、今度はこちらが銃で狩り出されているんだ。
(そうミヤに話したらどんな顔をするのかな?)
 きっと「訳分からないわよ」といった感じの呆れ顔を見せてくれるだろう。
 そう考えると痛みを超えてくすり、と笑みがこぼれてくる。
「笑えるうちは、まだ大丈夫」
 自分自身に言い聞かせるように呟き、直は顔を上げて歩みを進めた。


「はぁ!?」
 さすがの直にも全く想定外の答えであった。動揺する直に藤神門御鈴は語りだした。
「外交官とは所属する国の派遣される国における代表ともいえる存在なのだ…」
 国家間は対等であるが故に、国の代表である外交官には他の国の支配に服さないと言う理由から強い特権がある。たとえそれが現行犯であったとしてもいかなる罪にも問えない、逮捕することすらできないのだ。
 そして、非公開の国際的取り決めで異能者に関する一定規模以上の施設は全て国の管理下に置くように定められている。ここ双葉学園のように法律用語のマジックを使うことで実質的に民間で管理されている例もあるが、そういう例外もあくまで形式上では国の管理下となっている。
「…つまり実際に学園を統括しておる私たち醒徒会や風紀委員は解釈によっては公務員であるとも言える立場なのだ」
 そんな立場の人間が外交官と衝突すればどうなるか。即座に国際問題だ。
「しかしその男は実際に異能使いに危害を加えている。たとえ罪には問えなくとも向こうに抗議すれば…」
「よく思い出せ、皆槻直」
 腹立たしげに首を振る藤神門御鈴。
「表の世界では異能の存在は認められていない。相手に触れて異能を消すだけの奴の行為は表の世界では如何様にも非難しようがない」
「あ…」
 まったくもって面倒極まりない話だ、と直は思う。彼女の好みとはまるで真逆の話である。できればこれ以上話を聞き続けるのも断りたいものだった。
「一応外交官を合法的に追い出すシステムもあるのだが」
 ある人間が外交官としてある為には派遣国が認めるだけでなく、受け入れる側の国にもそう認められなければならない。国家間は対等であるという理念から承認を取り消す権利もまた何の制限もなく存在する。その、はずなのだが。
「確かあの国には後ろ盾がありましたよね」
「そうだ。というより糸を引いているのは間違いなくそっちだろう」
 かの外交官を送り込んできた国は某大国の半属国的な国である、それはさほどニュースに興味のない直ですら知っている程に広く人口に膾炙した認識だった。
「というわけでそこを刺激したくない私たちの上の上の…一番上、日本政府からお達しが出ている。奴には決して手を出すな、と」
「あいも変わらずですね、この国は」
 今のところ誰が向こうとの交渉の主体になるかという段階で喧々諤々の議論を交わしているところだと聞いた直は深くため息をついた。
「放っておけば放置している政府への異能者側の不満を煽って相対的に異能力軍備競争で優位に立つことができる。かといって手を出せば外交交渉の場で使える手札を一枚得た上で学園と日本政府の間の軋轢を誘うこともできる。全く良くできた話だな」
「全ての皺寄せを受けるのは何も知らない異能持ちの生徒ばかりなり、か」
 まるでゴルディアスの結び目だね、直は昔読んだ故事のことを思い出し独りごちた。かの少女は未来の英雄アレクサンダー、そして私は彼女に使われる剣。悪くはない話である。超常の力といえど、間違いなくその人間の自己を形成する一部である。それを奪い去る行為はたとえ世界が認めなくとも罪なのだ、直はそう考える。それに現実問題として異能と引き換えに奨学金をもらっている者も山ほどいる。異能を失ってしまえばそれも無くなる。高みから見下ろすものにとっては些細なことだろうが、それで人生が大きく変えられてしまう者もいるだろう。
「そうだ。今奴の犠牲になった者だけではない。ここで弱腰を見せれば他の国も付け込んでくるやも知れぬ。そうなればますます学園は平和から遠ざかり罪も無い学生が苦しむことになる。私はそれは絶対に嫌なのだ」
 一歩退けば一歩、二歩退けば二歩。下がった分だけ相手は前に押し出してくる。人と人、人とラルヴァを問わずそれが互いに鬩ぎあう者たちの摂理なのだと直は言葉ではなく実感として理解していた。
「正直なところこれは褒められたものではないことだとは分かっている。だが向こうがこういう真似に出るのならこちらにも手段があることを示さねばならない。さっきも言ったように政府関係者や私たちは動けない。そして奴は徒手格闘の達人だ。異能消去の異能を持っていても異能使いでなければ抗することはできないだろう。恐らくそれができるのはお前だけだ」
「皆槻直、学園の皆のために奴を捕縛して欲しい、頼む」
 納得できる戦いの理由はある。強敵もいる。そう、悪くはない話である。
 だけど。
「私だけ、か。…それは全部終わった後に切り捨ててもさほど痛くもないという意味なんでしょうか、ね?」


 曲がり角を曲がろうとした瞬間、嫌な予感を感じて直は体を引いた。鋭い音と共に銃弾が目の前を掠めていく。
 あわてて踵を返すが、両側はコンテナでふさがれている。足音から遠ざかるように進む、だが間に合わない。
「どうした、さっきのように華麗にジャンプして逃げてみろよ?ん?」
 通路を半ばまできたところで男が直の前に姿を現した。
「ああ悪い悪い、もう弾丸切れだった。しっかり聞いてたぜ、さっきからお前力全然使ってないもんな」
 ゲラゲラと下品に笑いながら男は銃口で直の動きを制する。
「『嵐風小姐』皆槻直、か。多少名が知られているからどんなのと思えば所詮はアマチュア、唯の喧嘩屋か」
 銃を突きつけながら告げる男の顔は実に退屈そうであった。
「…権力を笠に着て横車を通すのが…プロというのなら、私は…唯のアマチュアで構わないよ」
 男を睨み付けてそう返す直。だが男はそれを鼻で笑い飛ばす。
「俺の思うとおりに動かされてきたお前に言われてもな、実に滑稽だよ」
「…何?」
 それを待っていた、とばかりに男の形相が崩れる。それは皿いっぱいのアイスが自分のものだと教えられた子供のように――いや、本質的にはそれと変わりはないのだろう。口の中に好物を入れるか、口から愚者への教授という愉悦を流しだすかの違いはあれど…
「人間の心理というのは複雑なようでいて意外と単純なものだ。故にある行動に対する反応もある程度類型化してまとめることができる。これを突き詰めればそれは一つの技能、自らの言動で他者を誘導する技法となる」
 そこまで一息で言い切ると男はわざとらしげに一拍間を置き、
「俺の思うままに足掻いてくれたその姿、いや、実に楽しかったよ」
「……」
 答えることもしなくなった直を見てますます興をそそられたのか、男は更に陽気に声をかけた。
「ようやく格の差を思い知ったようだな。いや結構結構」
「…格の差、ねえ」
 実につまらなそうな声だった。
「…虎の威を借る狐の格というものが…それほど凄いものだとはどうしても…思えないね」
「ほぅ、なかなか吠えるじゃないか」
 にやけた笑いで軽く返す男。だが、直はもう男の方を向いていない。
「…異能を奪うことでこの学園を…揺るがしたいのなら醒徒会を狙えばいい。…この国を憎むのなら…その力で異能者のSPを突破して…首相を狙えばいい。…結局君は怖いんだ、…虎の威という笠の外に出るのが」
「ガキにはわからんよ。大人の世界はそんな単純なものじゃないんだ」
 空気が漏れているような小さな音が断続的に聞こえ出した。その音は徐々に大きくなる。それはやがて笑い声として形を成した。


「なっ!何を言う!」
 今度は驚愕したのは藤神門御鈴の方だった。
「そうでしょう?相手に付け入られる余地を無くすのなら実行犯を消すのが一番確実ですよね。そしてどうせいなくなってもらうなら優等生よりは鼻つまみ者の生徒のほうがいいと思うのもまた自然だと思いますよ」
「違う、そうではない!確かにお前のことは悪く言う人間も多い。それでも無為に力を使うような人間ではないということは私は良く理解しておる。お前も私たちと同じ学園の仲間だ!」
 突如変貌した場の雰囲気に戸惑っているトラ猫が二人の間を不安げに行ったり来たりしている。その様にちらりと目をやり、直は再び口を開いた。
「私と学園を天秤にかける様な事態になっても同じことを言えますか?」
「無論、学園も救い、お前も守る」
 堂々と宣言する藤神門御鈴。だが直はゆっくりと首を振る。
「その心意気は立派です。けど、貴女は私が貴女の言を信じるに足るものを示せるのですか?自分のことを「公務員のような」と言い上の意向に従わざるを得ない、そんな貴女に」
 横っ面を張られたかのような表情で固まる少女。
 結局のところ彼女は自らの意思に関わらず現実という刃ができるだけ届かないように周囲の善意という名の鎧で守られてきたのだろう。
 直はそれを悪いことだとは思わない。むしろこんな少女に何の助けも無いまま全てを背負わせるほうが酷だと思う。
 だが、それによって嵐の中の小船のように翻弄されるのが自分自身の運命だとなるとまた話は変わってくる。
 死ぬかもしれない戦いだからこそ、自らが心底納得して赴きたい。彼女への個人的な印象とはまた別に、これが直の偽らざる思いだった。
(とはいえ、きつく当たりすぎたかな)
 俯いたまま考え続けている藤神門御鈴。直は視線をそらし、視界に飛び込んできたトラ猫にふ、と手を伸ばした。
 シャァァァァ!
「あ…」
 主を困らせる直を良くない人間だと認識したらしく、トラ猫は体中の毛を逆立たせて直を威嚇した。
「ねえ、会長」
 直は仕方なく手を引っ込めると今だ固まっている少女に声をかけた。
「…ん」
 ゆっくりと顔を上げる藤神門御鈴。
「この子は貴女にとってどんな存在?」
 潮が満ちるような速度でその言葉が体に染みこんでいく。「白虎」「大切な友達」と小さく呟いていた少女。すると、不意にその顔色が変わる。
 主の意図を察したのかトラ猫は一っ飛びに少女の腕の中に飛び込む。力ある瞳で直を見つめる少女の表情は大喰らいの少女のものでもなく、醒徒会長のものでもなく、そしてそれらを含む存在。
「この子の名は白虎。私の一番大切な友達で守りたい存在だ」
 そう、それは藤神門御鈴という存在。
「私、藤神門御鈴は今ここに我が魂と大事な友たる白虎に誓う」
 言葉ではなく魂をぶつけるが故に更にその言葉は強く輝く。
「私は学園のため泥をかぶる者を決して見捨てはしない。私の全ての力で学園とその生徒と同様、必ず守る」
 直は一礼し、その場で方膝をついた。
「わかりました。ならば私も私にある全ての力を賭け学園のため、貴女のため」
 同じ視線で少女に告げる。
「…必ず勝ちます」


「…は、はは…これは…愉快だな」
「…何がおかしい?」
(こいつの声を聞いてると頭がキリキリしてきやがる)
 直とは逆に、男の顔からは笑みが薄れてきていた。薄皮のような笑顔を辛うじて保ちながら男は直を詰問する。
「…知り合い、というほどでもないけれど…私は一人の男を知っている。…その男は醒徒会が大嫌いで…取って代わろうと日々活動を続けている」
「何を言ってるんだ、ガキが」
 いきなり誰とも知らない人間の話をされた男は銃をこれ見よがしに構えなおして直に見せ付ける。だが、直はそれが見えていないかのように話を続けた。
「…正直その望みが適うとは思えないけど…それでも彼は一歩一歩その階段を積み上げている。…共感はできない人間だけど…その知性と何より意志の強さは…尊敬に値すると思う」
 と、そこで直の眼が再び男を射抜く。
「…で、大人の世界のやり方というのは…行き当たりばったりに通り魔の真似事をすることを言うのかな?」
 劈く音と共に直の左腕が赤く染まる。それでも直は歯を食いしばって声を出すのをこらえていた。
「無駄に図体だけでかくて生意気なバカガキに現実って奴を教えてやる、これが『格の差』だ」
「……」
 口を開くのもままならない状態で、直の眼光だけはなおも衰えない。
「今まで襲った奴ら見てて殺されることまではないって思ってるだろう。生憎だな。俺は生殺与奪の権利を持っている。今までは温情で命を助けてやっただけだ。だから大人を小馬鹿にするお前はしっかり殺してやるよ」
「…まだ…死にたく…は…ない…な」
 男の顔が大きく歪む。
「そうだ!それだ!もっと!詫びろ!媚びろ!許しを請え!」
「…だから…これで…」
「ガキが!さっさと跪…」
 叫びすぎて肺の空気を使い尽くしたのか、とても息苦しい。酸素が欲しい。大きく息を吸い込む。まだ息苦しい。世界が傾く。違う、これは。
「…ここの…空気は…頂いたよ」
 〈ワールウィンド〉の能力で倉庫の空気を亜空間に吸い込み酸欠に追い込む。これが直が用意した隠し札だった。
(しかし…本当に危ない橋だったね)
 この手はとにかく時間がかかることが難点であった。同じ異能者を狩り続ける生活で精神が歪んでしまったのか、優位に立った時に相手をいたぶる嗜癖があったことが幸いした。それがなければあるいはどうなっていたことか。
「……」
 男の唇が小さく動いている。
(な・ぜ・だ・?)
「…ああ、こういう…ことだよ」
 と直は大きく口を開けて見せた。舌の奥の方に小さな穴――亜空間へのゲートだ――が開いたり閉じたりしている。
「…ここから少しづつ…空気を戻していたんだよ…ああ、もう…聞こえていないよう…だね」


 どうにか勝ったのはいいものの、それでできた傷がふさがるわけでもない。
 傷口にゲートを発生させ空気を噴出させることで無理やり血の流出を止めているが、こんな力任せな処置がそう長く続くわけもなく。
(最悪死ぬかな)
 と直はぼんやりと現状を分析していた。死の実感が湧かないというわけではない。死を垣間見た経験はもう何度かある。
(好き好んでここまで来たのだから死ぬからといって騒ぐのも筋違いって分かってはいるのだけれど、ね)
 自分の死という問題をそれで済ませてしまうのも流石にどうかと思わないでもない。もう後はバックアップチームがこちらを見つけてくれるのを待つ以外することがないので、直はじっくり何かないか考えることにした。
「…ああ、そうか…」
 すぐに思い出した。
(ここで独りで死んだらミヤが怒るよね)
 あるいは泣くのかもしれない。いずれにしてもそれは困るな、と強く思う。
 そう思えることが自分がまだまともな人らしいこともできるという証明となるような気がして、直は素直に嬉しい、と思えた。
 倉庫に人の気配が近づいてくる。「ナオ!返事してよ!ナオ!」丸一日ぶりの宮子の声も聞こえる。
(『笑えるうちは、まだ大丈夫』か)
 自分の顔だ、鏡がなくとも分かる。
 今の自分の顔はかなりひどいもので…それでもまだしっかりと笑えている。


「…やあ、ミ」
 挨拶のいとまもなく、唇を引き結んだ宮子から拳が降ってきた。
「…!!…」
 悶絶する直の襟首を掴み、宮子は息がかかる程の距離まで直の首を引き上げた。
「私たち、チームでしょ!会長さんが教えてくれなかったら、私きっと何も知らないままだった!何で黙って独りで行っちゃうのよ!ねえ!」
 直の首をガクガク揺さぶりながら叫ぶ宮子。「普通と違うリスクに巻き込みたくなかった」とか「そもそも作戦上独りじゃないと困る」
とか直にも言いたいことはあったが何を言っても論破されそうな気がして――そもそも口論は不得意なのだ――ただ一言、
「ごめん」
 と謝った。
「どうせそんなこと言って、また何かあったらまた私を置いて行っちゃうんでしょ」
 宮子の口調はあくまで冷たい。
「…絶対置いて行かないって…約束はできないから…それを含めて…ごめん」
「もう一発殴っていい?」
 す、と右腕が振り上げられる。
「…うん、謹んで…お受けするよ」
 その言葉と共に右腕は振り下ろされ――ふわり、と直の背中に回された。
「馬鹿、冗談よ。その怪我に免じて特別に許してあげる…『今は』、ね」
 『今は』の言葉を強調する宮子。これは機嫌を直してもらうのに苦労しそうだな、と直はこっそりため息をついた。
「…で、どうするの、あれ」
 宮子が指差したのは先程まで直と殺し合いをしており、今はバックアップチームに簀巻きにされている男だった。
 失血と疲労で口を開くのものも辛くなってきた直は小さく首を横に振った。正直そのあたりにはさほど興味はなかったので後回しにしていたのだ。いざとなれば藤神門会長に回してしまえ、とも思っている。そのくらいは許されるだろう。
「ふうん…」
 どこか不穏を感じさせる口ぶりだった。
「ねえ、だったら私に任せてもらってもいい?」



 翌日。
 直は〈ペインブースト〉の力で傷口のみふさいだ後即座に病院送りになり、そこで一晩を過ごした。
 目を覚ますと、まるでそれを待っていたかのようなタイミングでノックの音が聞こえた。
 どうぞ、という返事とともに入ってきたのはサングラスをかけた直とほぼ同じ背丈の少年だった。
 確か新聞部だかの記事で写真を見たことがある。醒徒会会計監査、エヌR・ルールだ。
「今日は君に会長からの伝言を言付かってきた」
 軽い自己紹介の後、ルールはそう話を切り出した。
「授業欠席の手続きは既に済ませてある、気にせず治療に専念してくれ。あと、一度お茶でもどうか、と会長から君へ提案がある」 
 なんとまあ殺風景な口調だ。直は鼻白む思いだった。それに、仕方がないことだとはいえ『神龍閣』での出来事がなかったことになっているというのも少々気に食わない。
「伝言は以上だ。返答は?」
「そうだね…ぜひ。今度はフルコース早食いの決着をつけましょうと伝えてもらえますか?」
 いたずら代わりの意趣返しとしてはまあこんなものだろう、と直は思った。ちなみに、醒徒会全員の前でこの返答を伝えられた藤神門御鈴は直の想定と反し「私のイメージが~」と結構凹んでいたが、それはまた別の話である。
 ルールが去った後しばらくして疲労に身を委ねることにしウトウトしていた直が再び目を覚ますと、時刻は昼を回っており、ベッド横では宮子が林檎を剥いていた。
「おはよ、ナオ。調子はどう?」
 あの後宮子は徹夜となり目が覚めたのが昼前だったのでそのままここに来たらしい。林檎で喉を潤した後、直は宮子にせがまれるまま昨日の出来事を語りだした。
「…で、それでどうなったの?」
 興味しんしんで続きを促す宮子を制し、直はTVのほうに目をやった。
「またあのニュースがやっているようだよ」
「あ、ほんとだ」
 ニュースの見出しは『椿事!「下半身の悪魔」に制裁下る!』。何股もかけて相手を手ひどく弄んだ男が被害者たちに拉致され全裸で晒し者になった(当然、映像上ではモザイクはかかっている)というニュースである。男の前には大きな看板があり、でかでかと顔写真が貼られ(これもモザイクがかかっている)「結婚しよう、って言われて1000万円貢いだのに…(24歳・女)」「学校帰りに車ではねられて町外れのポンプ小屋に連れて行かれて…これ以上は書きたくない!(13歳・女)」「同じ男だから安心してたのに…あんたのせいで俺の人生めちゃくちゃだよ(16歳・男)」などの告発文が書かれ、中央には激しい字体で「ヤることしか考えてない全人類の敵!半径3m以内には絶対に近寄らないで!」と書いてある。
 要するに、宮子プロデュースによるあの男の末路だった。
「ふふふ…モザイクなんてかけても無駄よ。もうとっくの昔に無修正版を10ヶ国語に翻訳して世界中のニッチでエッジな掲示板にばら撒いてるもの。WWWがこの世にある限り未来永劫あんたの顔は烙印と一緒に地球全土で語り継がれるんだから」
 そう言う宮子の顔は実に楽しそうだった。直としてはいくらなんでも…と思わないでもないものの、確かに効果は覿面だった。ルールが帰る直前独り言のように告げた言葉によると、男は『1ヶ月前』に既に外交官を解任された、ということで政治上の決着はついたらしい。顔バレした挙句スキャンダルまで背負ってしまった駒にはもう用はない、ということだろう。
「あんな自業自得野郎のことはどうでもいいから続き教えてよ、ねえ」
 宮子が直の袖を引きながらせがむ。命のやり取りをしたのだ、命が残っているだけで彼は僥倖と言えるはずだろう、と直は思い直し話を続けることにした。
「ナオ、会長ってどんな人だった?」
 話が全て終わった頃、太陽はベッドからでも見えるほどその高度を落としていた。直はそうだね、と少し考え込み、
「いきなり高級料理店に連れて行くことで場の主導権を握り、『お前だけだ』とこっちの自尊心もくすぐってきて…なかなかどうして意外とずるい人だよ」
「へぇ、珍しく辛口」
 宮子は口を丸くして言った。
「まさか、褒めているんだよ」
 直は肩をすくめる。
「私たちの頭だ。多少はずるいくらいの方がよほど信頼できるよ」
「まあ、確かに」
 宮子は頷き、
「珍しいといえば猫にほだされて仕事請けるってのもナオにしちゃ珍しいよね。ま、白虎ちゃんの魅力を考えると仕方ないか」
「いや、それもちょっと違うよ」
 直は首を振り、続けた。
「息を吸うように人殺しやその他の悪事を楽しんでいたシチリアのマフィアたちも唯一幼い愛娘の前でだけは一切そんな話をしなかった、そんな話を聞いたことはない?」
「ううん?でもそれが何の関係があるの?」
 首をひねる宮子。
「人は誰しも大事なものがある。そして人はそれを綺麗な場所に置いて汚い部分と分けておきたいものなんだ。だけどね、あの子は大事なもの、あの猫を綺麗な場所から泥をかぶるかもしれない所まで連れて来てまで誓いを立ててくれた。だったら私も全力でそれに応えなければいけない…ただ、それだけのことだよ」
(…ん?)
 返答が無いことに気づいた直が宮子を見やると、宮子は頬を赤らめてそっぽを向いていた。
(大事なものを綺麗な場所から出したくないって…)
 宮子はさっきまで聞いていた昨日のやり取りを思い出す。
(私への言い訳…いやそんなまどろっこしいことする性格じゃないし。ほんとなんでナオは素でこんなこと言えるかなあ)
「…ミヤ?」
 直が怪訝な顔でベッドからこちらの顔を覗き込んでいる。
「……ううん、ナオが男じゃなくて良かったって思ってただけ」
そして宮子はますますわけが分からないといった表情の直を横目に大きなため息をつくのだった。










次回予告


「あンた、背中が煤けてるぜ」

「それでね、今動物が…」

「万死に値する!」

「そう、願えばきっと夢はかなう…!」

「1.7cmかあ…」

Next Mission  Worst Day






ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。