【立浪みくの七夕】


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「じゃあね、みんな! ばいばい!」
 そう言いながら私は教室を飛び出した。廊下から降り注ぐ日差しは暖かそう。せっかくの土曜日なのだから、午後の時間をめいっぱい有効に使わなくちゃ。
 みんなも私に笑って手を振ってくれる。そんなささいなことも、つい前までは考えられないようなことだった。
 私はみんなにいじめられていた。理由は、暗かったから。卑屈だったから。
 ここ最近は、ラルヴァとの初勝利を得られたり、私生活に変化があったりしたこともあって、気分的に調子のいい毎日が続いている。心の中が幸せで満たされるのって、いいことだよね。
「みくちゃんって、このごろ明るくなったよね」
 みんなから、そう言われるようになったんだ。
 何がどう良くなったのか、私個人としてはよくわかってないけど。
 なんとなく嬉しかったので「えへへ」と笑顔で応えた。


 お姉ちゃんたちがいなくなってから、私はずっと一人ぼっちだった。おいしい朝ごはんを造ってくれたみきお姉ちゃんはもういないし、未熟な私をラルヴァから守ってくれたのは、緑の瞳もきれいな、みかお姉ちゃんだった。
 ごはんを作るのも、敵と戦うのも、もう私ひとりだけでやっていかなければならなかった。
 だから、私は誰よりも強くタフでありたいと思った。私の力は、こうはっきりと言ってしまうのもなんだけど、他の人のそれより桁違いに強い。私が手に負えないぐらいに強い。誇るべき猫の血筋を継承した者として、私はとにかく強さを求めてきた。
 その姿勢が、むなしい空回りの日々を続けることになった原因だと今では思う。いくら自主訓練で積極的に前に出たり、ラルヴァとの戦闘状態に持ち込んで勝負をしかけようとしたりしても、結果はいつになっても出なかった。
「初等部の学生なんだから引っ込んでろ!」と怒られたり、せっかく見つけたラルヴァは、撃破することができなくてやむなく撤退したり、散々な毎日ばかりだった。
 やがて心はすさみ、他人にきつくあたり、私はクラスの中で孤立しがちになっていた。いじめられるのも、無理はないと思う。
 でも、そんな暗い毎日を変えてしまった出来事があった。
 遠藤雅――同じアパートに引っ越してきた、どこか能天気な田舎者。
 特別、彼が私にしてくれたことなんてないけれど。マサのおかげで私の生活はとても変ったと思うんだ。
 まず、会話をする人間ができた。一人ぼっちだった私にとってこれは大きなプラスになった。次に、放っておけないキャラであること。あの人は家事とか掃除とか、そういうことは何もやらない。やらないのではなくて、できないのだと思う。世話好きな私がみんなみんなやっている。何も作れないからって、またコンビニでカップラーメン買ってこようとしたときなんか、ひっぱたいてやったわ。
 それから・・・・・・やっぱり、お姉ちゃんのような安心できる存在ができたことだと思う。
 普段の生活でも戦いのときでも、私のほうがまだ、経験値がマサより上。でも、マサやお姉ちゃんのような、年上で大きい人の存在は、何だかとても安心できるの。
 まあ・・・・・・そんな人間が戦闘中に逃亡したのを見たときは、目玉が飛び出そうになったけど。
 そりゃあ、大学生になってからこの島にやってきたマサのことだから、戦闘はとても怖いと思う。ほとんど一般人のようなのをこの島に拉致してきて、突然異形と戦いなさいなんて、無理があるとは思っている。
 だからと言って、あれはないと思う。ひどすぎると思う。思い出しただけで、泣いちゃう。
私は彼にわかってほしかった。私がこんなにも、彼を必要と思っている気持ち。
 私がマサと一緒にいて、どれだけ安心していられるか。お姉ちゃんがいなくなってから三年間、私は辛くて辛くてたまらなかった。
 甘えられる存在。私はそういうのを待ち焦がれていたと思う。だからこそ、マサにはいつまでもそんな存在でいてほしい。「お兄ちゃん」なんて言うのは照れくさいから、これまで通り「マサ」でいいわよね?

 ま、あのままお嫁さんとしてもらわれてしまっても、私としてはかまわないカナ・・・・・・。


 先日、ついに関東甲信越に梅雨明けが発表された。あと少したてば、夏休みが始まる。
 島の夏祭りもあるし、何かと賑やかになる季節。今年は可愛い浴衣を見せる相手がいると思うと、すごくウキウキする。ずっと一人だったからね。
 だけど、その前にやらなければならないものがある。七夕だった。
 例年、私は島の人口林に深く分け入り、笹の葉を取ってくる。昔はお姉ちゃんたちと一緒に行って、三人で楽しく遊びながら取ってきたけど、最近は私一人で七夕をやってきた。
 学校から帰ってきて、ランドセルを自分の部屋に放ると、私はお気に入りの麦藁帽子を被って表に出た。ついでにマサの部屋の呼び鈴を鳴らしてみたけど、いなかった。
「はいはい、今日も訓練ですかそうですか、はあ」
 もしも家にいれば、にっこりと問答無用で林まで拉致したのに。大学生って、こんなに忙しいものなのかしら? こうして私を寂しがらせるマサは、きらい。
 結局、また今年も一人で笹を取りにいくことになる。来年は絶対に二人で行く、今から予約を入れたからね、約束だからね。などと呟きながら、私は太陽の照りつける暑い午後の日差しを浴びに出た。
 埋立地とは到底思えない、緑豊かな林が見えてきた。もう少ししたら、セミが這い出てけたたましい鳴き声をあげ、蚊もぶんぶん飛んでくるに違いない。それがなければ、夏はもっと好きになれると思うんだけどなあ。
 よっと、私は斜面を素早く降りていく。もともと猫であるため、このような運動は得意だ。
 お日様の全く当たらない、薄暗い林の奥深くをとことこ歩く。人の声がしてくる。あら珍しい、先客がいるみたい。
「ほらほら、もっと色んな笹をよこせっす。七夕はもう明日なんっすからねー」
「ぜえ、ぜえ、この、外道巫女があっ・・・・・・せいっ、とりゃあっ」
 男子高校生が肩で息をしながら、ブチブチ笹を取っていた。顔面は汗でぐっしょりになり、カッターシャツが濡れて背中にはりついていた。そして、その後方でアイスキャンデーでもしゃぶりながら、横倒しになった大木に優雅に腰掛けている女子高生。とてもわかりやすい力の関係図だ。
「うーん。この笹は色が気に入らないので無理っす。こっちの方は背が低いのでダメ。これは手でちぎったときの傷が大きすぎっす。もう少しきちんと仕事してくれないと困るっすよ」
 そう言いつつ、一生懸命彼がちぎってきた笹を後ろへポイポイ捨てる。淡々としながら捨てる。彼女の背後には、そうして無駄にした笹が山となって積もっていた。男子高校生は「くっそう、いつか泣くまで揉みしだく・・・・・・!」などと虚ろな目をしてぶつぶつ言いながら、なおも笹を取る作業に追われていた。いったいこいつら、こんなとこで何やってんだか。
 そんな馬鹿夫婦は放っておいて、私は私の作業を始めることにする。右の人差し指にちょっとだけ力を込めると、先端から黄色い爪が少し出てきた。あとはこれでどんどんカットしていけばいいのだ。
「ていっ」
 なるべく色の良くて、部屋に収まる程度のコンパクトなものがいいな。私はじっくりと、自分の切り取ったいくつかの笹を吟味していた。
「も、もう限界だ、百本ぐらいもぎ取ったぞ俺・・・・・・脱水で死ぬんじゃないか俺・・・・・・」
 そうして背中から倒れこんだ男子高校生を、黒髪ロングの女の子が見下ろす。「お、真下から見るおっぱいもまた極上」などと彼が言った。
「全然だめっす。先輩にはがっかりしたっす。私、これから近所の方に笹をもらいに行く約束があるので、もう帰るっすよ? あとでチャーハン食いに行くから、肉入りよろしくたのむっす」
 く・・・・・・この、この外道があ・・・・・・。そう、最後の力を振り絞って言ってから、彼はがっくり倒れた。
「男女交際って、けっこう大変なのね・・・・・・」
 私はしばらく呆然として、哀れな男子高校生の末路を眺めていた。


 ・・・・・・あとから聞いた話だと、この二人、カップルでもなんでもないんですって。


 七夕の夜、私はマサの部屋で一人待っていた。昨日取ってきた笹に、短冊を飾って待っていた。お料理も今晩はいっそう腕を振るった。
 だから、昨日家に帰ってこなかったとき、どうしようもない寂しさに私は泣いた。
 いったい、どこで何をやってたのよ・・・・・・!
 いつか帰ってくることだろう、彼にそう言うつもりでいた。マサは大学生だし、どこでどんなことして誰と一晩過ごそうが、私には関係ない。私は小学生の子供なのだから、関係ない。
 関係ない。そう自分に言い聞かせて納得することができないぐらい、私の中であの男の存在は大きくなっていた。ひどい、ひどいよ。許さない。きらい。
 ・・・・・・しかし、まる一日経っても帰宅しないとなると、今度は別の種類の不安が私を締め付ける。どうみても何かおかしい。
「何かに巻き込まれたんじゃないかしら・・・・・・?」
 マサが帰ってこない。大切な人がいなくなってしまった。どうしても思い起こさずにいられないのは、同じように突然消えてしまった、二人のお姉ちゃんのことだった。
 猫の力を持ち、学園でも無類の強さを誇ったお姉ちゃん。二人は三年前、超科学の分野の連中から猫の力について研究を依頼された。
 毎日毎日遅い時間に帰ってきては、憔悴した様子でぐったりとベッドに突っ伏していた。
『はあー、いくらなんでも百体連続でロボットと戦うのは無理だってぇ・・・・・・』
『足腰がもうふらふらです・・・・・・みくちゃ、ごめんね。私の代わりにごはん作ってもらっちゃって』
『そんなのどうだっていいのよ! もうやめなよ! 私には連中の意図がわからない! どうしてこんなにボロボロになるまで、研究に付き合うの?』
『どうしてって、まー、世界の平和のためかなあ』
『私も姉さんと一緒。この力でみんなを守っていきたいから、頑張ってるんだ』
と、みきお姉ちゃんは言った。深い色合いをした青の瞳を輝かせながら、私にこう言った。
『私たちのこの強大な力は、ラルヴァと戦っていくみんなや、力を持たない普通の人々、社会、そして優しい暮らしを守っていくためにあると思うの。私はこの島の人たちが好き。学園のみんなも大好き。そんな人たちを、一人も死なせたくない。かけがえのないもののためなら、私はいくらでも頑張れるよ』
『でも・・・・・・でも』
『お前は寂しんぼの甘えんぼだからなあ。いつも一人にしてごめんなあ』
 そう、みかお姉ちゃんが私の頭を撫でて言った。
『あたしたちはちょっと他の奴らとは違って、妙に強すぎる部分があるんだ。それがどうしてかは、あたしにも、みきにもよくわかっていない。もっと自分の力をコントロールできるようになるためにも、超科学の兄ちゃんらの力を借りたいとこなんだよ』
『私たちの力は、まれに自制を失って暴走しかける場合がありますからね・・・・・・』
『・・・・・・わかったよ。二人がそう言うのならもういい。知らない』
 そう拗ねた私を、お姉ちゃんたちはくすくす笑って見ていた。
 それから数日後、学園で大事件が起こる。私は初等部の校舎にいて、学園に非常事態宣言が発令されたから、現場のことは何もわからなかった。
 ひとつ解ったことは、学園に「無差別に人を殺める危険なラルヴァ」が出現したことだった。
 それにお姉ちゃんたちは参戦する。朝に一緒の食卓でごはんを食べたのが、最後に見た彼女たちの姿であり、笑顔だった。
 事件の翌日、みかお姉ちゃんは東京湾の水中で、遺体となって発見された。
 みきお姉ちゃんは、ラルヴァの事件に深く関わってしまったためか、三年を経た今もなお、安否不明のままでその生存は絶望視されている。


 気がついたら、私はテーブルの上に涙を零していた。
「私ったら、どうして、昔のことを・・・・・・」
 もう、大事な人を失うのは嫌だった。私がマサを非常に心配するのはそういう理由だ。未熟な彼の世話を焼いたり、一緒に戦闘に参加したり、こうして一時も離れず一緒に過ごしたりするのも、マサが大切で大好きだから。私の知らないところで突然いなくなられるのは、もう嫌だ。一日中張り付いてないと、不安で不安で仕方ないの。
「早く、早く帰ってきてよぉ、ばかぁ・・・・・・」
 とうとうこらえきれず、私は冷めた夕飯の上にたくさん涙を流した。と、そのとき、飼い猫のアイが何かに応えるような仕草を見せながら、真っ暗なベランダに寄って鳴いた。私も猫の感覚を研ぎ澄ませてみた。
 誰か猫が私を呼んでいるのだ。ベランダの戸を開けると、そこには灰色のキジ猫がいた。
「呼んでたのはあなた? どうしたの?」
 そう私が話しかけると、雄猫は慌てたような表情で、私にある大きな情報を届けてくれた。
「・・・・・・場所はわかるの?」と、私は据わった低い声できいた。
 うん、わかるよ。早く行ってやらねえと、あの人どうなっちまうかわかんねえよ。俺ぁ、あの人によって治らない怪我を直してもらった。大きな借りってのがあるんだわ。・・・・・・それよりも、あれだ。あの与田という野郎は危険だ。あいつ、初めっからあの人の力を悪用して、世界を牛耳るつもりでいたんだよ! 俺がこの目で見たんだから、間違いねえ!
 彼がこうまくし立て終えたと同時に、私の中でブルっと、何かが震えたのを感じる。心臓が鼓動を早め、より濃厚な、何かに溢れた血液を、体の隅から隅まで巡らせる。力を行使しなくても、瞳が輝き、牙が露出し、爪が伸び、興奮状態に入っていくのを感じていた。
 これまでにないぐらい、力が膨れ上がっていくのを、私は感じていた。
「案内してちょうだい」と、私は言う。「やっぱり科学者なんて、信用しちゃいけなかったのよ・・・・・・!」
 灰色のキジ猫を肩に乗せて、私は夜の住宅街を飛び出した。隣の民家の屋根に上ると、屋根伝いに闇夜を疾走する。電柱のてっぺんに飛び移ったり、大きく跳躍して高層マンションの屋上に到達したり、それから大きな弧を描いて滑空したり。西へ、西へ、私はとにかく急いだ。マサの捕らわれている、与田の研究所へと向かった。
 私はひときわ瞳を強く輝かせてから、天の川きらめく夏の星空に向かってこう叫んだ。
「絶対に許さない! 私たちの七夕を台無しにしたあの男を、マサを裏切ったあの男を、絶対に許さない! マサを助け出して、絶対に二人で一緒に帰るんだから!」


 七月八日、早朝。
 遠藤雅はかなり疲弊した様子で、一人で帰宅した。
 無理も無い。彼は与田光一によってまる一日監禁されていた。未明に学園の関係者に救出されてから、ずっと事情聴取を受けてきた。
 鍵がかかっているのを見るに、みくはまだ帰っていないのだろう。彼は寝ぼけ眼で自分の鍵を探す。
「あんたを守ってあげられるのは、この私だけ! いいこと? あんたは無力な一般人同然だから、私の保護が必要なの。そうとわかったら今すぐ、その鍵をよこしなさい? 合鍵を作らせていただきます」とお姫様はおっしゃったので、雅は納得しかねるような微妙な顔をして鍵をよこし、合鍵を作らせた。それからは、四六時中べったりと一緒にいるような、半同棲生活が続いていた。
 自分の部屋に入ると、彼は「あっ・・・・・・」と言葉を失う。
 目に飛び込んできたのは、とても濃い緑色をした笹の葉と、オレンジ色の短冊だった。
 そして、テーブルの上にたくさん並べてある、冷たくなった夕飯。
「み・・・・・・く・・・・・・?」
 雅はよろよろと部屋を進む。彼女の名を呟きながら、きれいに飾られた笹の葉に手を触れる。
 彼女はこうして夜、帰宅しない自分を待ち続けていたとでもいうのか? 一人ぼっちでずっと待ち続けてきたとでもいうのか?
 そして、オレンジ色の短冊を手に取った。
 それに書かれた文字を見た瞬間、彼の頬を涙がつたう。
 あの子はどんな気持ちで、自分のことを待っていたのだろう。
 あの子はどんな気持ちで、自分のために戦ってくれたんだろう。
 あの子はどんな気持ちで、自分の前から消えていったんだろう。
 雅にはもう、それを知る手立てがない。無垢なあの八重歯を、柔らかい髪の毛を、黄色い瞳を、もう二度と見ることができない。そんな感じがしていた。
「ごめん・・・・・・ごめんね、うう・・・・・・」
 彼はその場に崩れた。与田に騙されてしまった自分の弱さを嘆き、みくをひどく寂しがらせてしまったことだろう、自分の至らなさを悔しがった。


 昇ってきた朝日が明るい白の光を浴びせて、みくの書いた短冊を照らす。
『行方不明のお姉ちゃんと、また一緒に暮らせますように。 そして、大好きなマサと一緒にいつまでも戦っていけますように!』




【双葉学園の大学生活 ~遠藤雅の場合~】
作品 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話
短編 立浪みくの七夕 彷徨える血塗れ仔猫
登場人物 遠藤雅 立浪みく 与田光一 西院茜燦 拍手敬 神楽二礼 ∥逢洲等華 藤神門御鈴 水分理緒 エヌR・ルール 早瀬速人
登場ラルヴァ カラス
関連項目 双葉学園
LINK トップページ 作品保管庫 登場キャラクター NPCキャラクター 今まで確認されたラルヴァ
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