【the King】


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the King



 霧の都倫敦は、ラルヴァの支配下に落ちた。
 それを成し遂げたのは、ただ一体のラルヴァ。
 圧倒的な力を持った、ワンオフの中のワンオフ。ラルヴァの中のラルヴァ。
 彼が打ち倒したワンオフは実に28、支配下に置いたワンオフは13。
 かの歯車大将を支配下におき、その軍勢全てを自らのものとした。
 側近を固めるはメタルとナイトヘッド。
 共に彼の力に打ちのめされ、隷属を誓うことで命を永らえた。
 他者を打ち倒す、ただそれしか存在せぬメタルすらも隷属させた、因果律(ルール)の適応外(イレギュラー)。
 それこそが、王。
 全てのラルヴァを支配するために生まれた、王の中の王であった。

「ふむ」
 彼は城から自らの軍勢を見渡す。
 機械の軍勢、獣の軍勢、亜人(デミヒューマン)の軍勢……
 実に多種多様な彼の兵士達が、霧の都を我が物顔で徘徊する。
 そして、その姿を見守る人間達。
 否、正確には見守ってはいない。彼らは一様に頭を下げ、額を地面に擦り付ける。
 東方の辺境の島国では、土下座と呼ばれる礼儀作法。それに近かった。
 人の軍勢は――少なくともこの国の軍勢は彼の兵隊達によって打ち倒された。
 そして盾と矛を失った人間どもが取るべき手段はふたつにひとつ。
 死を選ぶか、それとも隷属か。
 多くの愚かな人間達は、隷属を選んだ。
「つまらんな」
 内心の高揚を塗り隠し、王はつまらなそうに呟く。
 王とは絶対なる超越者でなければならぬ。
 たかだかひとつの国を潰した程度で悦んでいては王の名折れだ。
「左様でございますか、陛下」
 恭しく、ナイトヘッドが頭を下げる。
「うむ、つまらぬ。歯ごたえが無さ過ぎる」
「陛下の御力の前では、確かにそうでございましょう。
 陛下は唯一絶対の存在、全てのラルヴァを支配する御方なれば」
「世辞はよい」
 そう言いつつも、王の心中は歓喜にあふれている。
「は、申し訳ありませぬ。
 ――ひいては、陛下の無聊をお慰めするために、玩具を用意しております」
「ほう、玩具とな。先日のようにか弱き異能者どもか?」
 人間を殺し合わせるのは中々に面白かった。
 人質を取られ、泣きながらお互いを殺しあう、かつての仲間同士というのは中々にそそられた。
 当然ながら、その人質は殺してあった。
 それを知り、怒り狂い立ち向かうゴミを軽く潰すのも実に愉快だった。
 圧倒的な簒奪、これが王の醍醐味である。
 勇者気取りのゴミを倒すのは愉悦だ。
 特にそれが、女であればなおのこと。
 圧倒的な力で叩き伏せ、抵抗を奪いその体を蹂躙する。
 すでに何人かは、見も心も屈服して王の奴隷となっている。
 その中には、双葉学園の会長や副会長の姿もあった。
「いえ、それには及びませぬが――生娘を十人ばかり」
「ほう」
「喰らうも犯すもお好きなようになさいませ。では、私めはこれで」
 そう言って、ナイトヘッドが下がる。
 そこには、十人ばかりの見目麗しい少女達が全裸で引き出されていた。
「……脱がす楽しみを奪いおって」
 側近の無粋さにため息をつく。だがこれはこれでいい。
「さて、王に奉仕する喜びを教えてやろう」

 霧の街の夜は更けていく。
 王の絶対的支配の元に。




 そこに――
 招かざる闖入者が二人、現れた。
 それを王はまだ知らない。
 否、知ろうが知らぬがそれは瑣末である。
 絶対の王の因果律(ルール)の下に、あらゆる存在は隷属するしかないのだから。





 そう、それこそが王の敷く絶対の法(ルール)だ。
 だけどね王様?
 それが効くのは、君の臣民だけさ。
 狼の群れの中に紛れ込んだ熊に、狼の法は適用されないのと同じにね。


 さあ、今宵の悪夢(グリム)の始まりだ――いや、違うかな?
 悪夢の醒める時だよ、偉大なる王様?




 それは、ありえない光景だった。
 甲冑が切り裂かれる。まるで薄いブリキを叩き斬るかのように。
 最強の名を持つメタルが、真っ二つに引き裂かれる。
「な、なんだ貴様ら――!」
 ナイトヘッドが強大な顎を呼び出す。
 それに磨り潰される闖入者。だがそれは間違いだ。
 耐える。それも、剣をもつ右腕ではなく、左腕でただ支える。
 それだけ、だった。
 ガラスが砕けるように、その顎は消え去る。
「な、馬鹿な――!」
 そのナイトヘッドの絶叫を受け流し、闖入者は剣を一閃する。
 それだけで、ナイトヘッドの体は上下に寸断され、醜い屍を晒す。

 それは、ありえない光景だった。
 王の軍勢の悉くが、たったふたりの闖入者に倒されたのだ。
 だが――玉座に座る王は、その光景をもってしてもなお余裕の笑みを崩さない。
「素晴らしいな」
 王は、賊を拍手で称える。遥かなる高みから見下ろしながら。
「我が軍勢をここまで――なるほど、一騎当千とはこの事か」
 王に落胆は無い。
 元々、彼は全てのラルヴァを支配し、凌駕する存在。
 たかだか数千の雑魚が滅ぼされようと、そこにたいした意味は無いのだ。
 どうせ減ったのなら補充すればよいだけのことである。
「褒美をとらそう。何が望みだ?」
「決まっている。お前を倒しに来た」
 その賊の宣言に、王はしかし笑みを崩さない。
「ふん、玉座にたどり着いただけで粋がるな。
 その程度、幾人もの先駆者が成し遂げているぞ? 足元を見てみろ」
「……」
 賊は足元を見る。
 そこには双葉学園の生徒達の屍が積まれている。
 会長がいた。副会長がいた。広報がいた。会計の二人がいた。初期がいた。顔も知らぬ庶務もいた。
 風紀委員たちの屍もあった。
 殺され、犯され、うち捨てられた多くの生徒達の屍が広がっていた。
「うぬぼれるな。お前では俺は倒せぬ。この王は。
 ――さて、それを踏まえたうえで問おうか。
 先ほどの手腕、実に見事であった。余の家臣とならぬか?」
 王はその懐の広さを見せ付ける。
 それは絶対的自信の現われ。如何なる者でも、ルールを覆すことは出来ぬ。
 此処に在る限り、王には勝てぬ。絶対に、だ。

 そう、ルールには勝てない。覆せない。
 故に。

「ごめんだな」

 賊は答える。

「何故なら、お前は――」

 その因果律(ルール)のままに、在るがままに、ただひとつの――

「王様じゃない。王という虚飾を着飾った、ただの取るに足らない誰かだ」

 解答を口にする。
 それもまたルール。
 誰もが盲目的に崇め、崇拝し隷属する絶対存在を打ち砕く、ただひとつの言葉。


「王様は、裸なんだよ」


 ――世界が、砕けた。






「はっ、はっ、は――!」
 息をあらげて走る。
 否、逃げる。
 何が起きたか判らない。何があったか判らない。
 自分は王だ。王のはずだ。多くのラルヴァを打ち倒し、支配し、倫敦を落とした。
 世界を統べる存在だ。
 なのに何故だ。何故、この自分があんな――あんな異能者(バケモノ)に敗北し、逃走せねばならないのだ?
 何故だ。何故だ、何故何故何故――!!

「それは、貴方様が王で在らせられぬからに御座います」

 足を躓かせて倒れた彼に、声が投げかけられる。
 それは、男かも女かもわからぬ不思議で不気味、そして美しい声だった。
 彼はそれを見上げる。
 霧の中、建物の屋根に腰掛けるその姿は、不思議な男だった。
 いや、男か女かすらもその外見で掴めない。
 希薄な存在感。いてもいなくてもどうでもいい、いるのかすら怪しい、そんな存在だった。

「おま、え、は――」
「おお、おお。偉大なる王の残滓よ。王たる物語の成れの果てよ。
 この私には、御身の問いに答えるすべを持ち合わせてはおりませぬ。
 私めは、誰でもない只の語り部なれば」
 まるで舞台挨拶のように、おどけて彼は喋る。
「されど――実に珍しい舞台でありました。
 本来、人の欲望にしか結びつかぬはずの、グリム。
 其れが、おお、おお!
 真逆、在ろうことか――
 ラルヴァにとり憑く姿を目に出来るとは!
 この私、流石に驚愕の念を覆い隠すことは出来ませぬ」
 何を言っている、こいつは。
 とりついた? グリム?
 何だ、何のことだ?
「強き欲望を孕むのは人の業。
 そう思って参りましたが――いやはや、これは認識を改めねばなりますまい。
 ラルヴァにも、人と同じく強い欲望を持つものがいたとは――
 そう、王となり他者を支配したいという、欲望――素晴らしい。
 ただ惜しむらくは、その夢も此処で潰えてしまうという、無常なる現実。
 ああ、ああ。何時の世も栄華とは儚きもので御座います」
「たす、け――死に、たくな……い」
 かつて王だった誰かは、目の前の男に懇願する。
 だが、その男はいっそうおどけた仕草で語るのみ。
「それは無理。無理で御座います。
 グリムにでも願ってみればよろしいでしょう。だが、しかし――!」
 かの寓話が叶えるのは欲望のみ。
 肥え太った富裕者がさらに長生きしたい、と望む願いは聞き届けたとしても――
 死に瀕した者の死にたくない、という叫びは欲望ではなく、本能。
 それでは駄目、駄目に御座います」
「あ……あ……」
 彼は理解する。
 彼は思い出す。
 そう、自分は――王などではなかった。
 だが、ならば――
 俺は、誰だ?
「教えて、く……れ……俺、は……だ、れ……」
「ふむ、成る程成る程。
 人ではなく、ラルヴァがカテゴリーグリムと結びついた場合の、弊害――というわけでありましょうか」
 語り部は一人得心する。
 欲望と悪夢に塗り潰された後は、それから開放されたとしても――
 もはやそのラルヴァには何も残されない。
 かつては、種族や姿、名もあったのだろう。
 だがそれはもはや、意味を成さない。
 そう、舞台を降りた役者には、演じていた役割の名など意味を成さぬのだ。


「貴方様は――王ではない。ただの――怪物(ラルヴァ)に御座います」






 霧の晴れた廃工場に、戒堂絆那は立っていた。
 そこは双葉学園からそう離れていない、湾岸部の廃工場。
 転がるのは、打ち捨てられた玩具の兵隊たち。
「――終わりましたね」
 篠崎に抱えられた、リーリエが言う。
「ああ。終わってみれば、あっけないものだったよ」
 それは当然だ。歯車大将の兵隊達も、メタルもナイトヘッドも、作られた玩具の幻影に過ぎない。
 霧の倫敦も、敗北し犯された双葉学園の生徒達も、全ては幻影。
 本物より圧倒的にリアリティの欠片もない、書割も同然の子供だましだった。
 だが、この世界に取り込まれてしまえば、その書割も本物同然になってしまう。
「裸の王様、か――前もって知らなかったら、俺たちも」
「どうでしょうね。ここに踏み込んだ人間は、私達しかいませんでしたから判りません。
 裸の王様、その話のとおりに、王様は最初から裸に見えるのか。
 それとも――」
「ま、終わったことか。しかし……何だったんだろうな、こいつは」
 二人の足元には、人型がかろうじてわかる、粘ついた痕跡だけが残されていた。
「カテゴリーグリムが、人ではなくラルヴァと結びついて生まれたものだと説明は受けましたが……
 私には判りません。
 そうまでして、王様になりたいものでしょうか」
「女の子になりたくて人形抱えて腹話術してる男にわからなきゃ、誰にもわからないんじゃないか」
「別になりたい訳ではありません。なりたいだけなら女装します」
「……お前が女装したら似合うのか似合わないのかわからんな」
 少なくともでかい女の姿で気色わるそうではある。
 リーリエの服装趣味からして、たぶん出来上がるのは180越えのグラサンゴスロリ女装男。
 ……激しくおぞましい、と絆那は思った。
「少なくとも、俺は王様とかはごめんだな。荷が重過ぎる」
「そうですね。でも人は、その栄華にだけ目を奪われます。
 ……だからこそ、幻想として現われたのかもしれませんね」
「それが現実となったとき、いい目ばかりじゃないってことだな……」
 絆那たちは、何処の誰だったかもわからぬ、ラルヴァの痕跡を見下ろす。
 その粘ついた痕跡は、やがて風にさらわれ、風化して消滅した。



 ――僕はね。いつか、王様になりたいんだ――










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