【反逆のオフビート 第三話:part.3】


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元が縦書きなのでラノをおすすめします
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第三話

〈キャスパー・ウィスパー侵略:part.3〉





 人の心を侵食し、意のままに操る力をもつ魔女、キャスパー・ウィスパーこと西野園ノゾミは、巣鴨伊万里の心の奥深くにまで潜っていった。
 ノゾミの精神体が伊万里の心の海を泳いでいく。伊万里の思念にノゾミは触れ、彼女の過去や、想いなどがノゾミの精神体に流れ込んでくる。
(これが死の巫女の精神世界、あまり他の連中と大差ないわね――)
 ノゾミは彼女の奥底に埋まっている部分を覗く。それは伊万里のトラウマと呼べるもの、伊万里の両親の死の記憶であった。
 黒く不気味な服を着た見知らぬ親戚や両親の知人、それらの人々に囲まれて、一人泣きじゃくる小さな赤毛の女の子。それは幼き日の伊万里である。
 自分の能力で両親の死を予知するも、無力で幼い伊万里にはそれを止める方法はなかった。それが今の強さを求める伊万里の人格の原因でもあった。
(ふぅん。ヒトのために強くあろうなんておこがましい女よね。なんでも護ろうなんて神にでもなったつもりかしら。いえ、私は神をも越える存在になるのよ。そのためにこの死の巫女の力が必要――)
 ノゾミはさらに奥深くの、伊万里本人でさえ忘れている記憶の海を潜っていく。そこに何か伊万里の心を支配できる何かが存在するはず。
 しかし、ノゾミはそこにありえないものを見た。
真っ暗な闇に包まれた心の海の奥底に、僅かに光が見えている。それは有り得ないことである。ノゾミが今まで見てきた人の心の深海は、唯ひたすらどす黒い、星の無い宇宙のような暗黒が広がっていた。
だが伊万里にはまるで小さな星が輝いているような、そんなわずかな光がこの心の暗黒に煌々と輝いていた。それはまるで、
(まるで希望の光じゃないか――そんなものがこの残酷で不条理な世界に存在なんてするもんか)
 そうノゾミは吐き捨てるように心の中で呟く。
 異能の力を得て、スティグマにやってきたノゾミはずっと人の心の闇しか覗いてこなかった。希望も愛も夢も何もかもが彼女にとっては疎ましい存在でしかなかった。
 そんなノゾミはまるで光に魅かれる蛾のようにその光に向かっていった。伊万里が心の闇の中で、忘却しながらも心の支えにしているその小さな輝きに触れていく。
 それは同じく両親の葬式の日の記憶。
 彼女の親友である藤森弥生が彼女を慰めている姿が見える。
「伊万里ちゃん、泣かないで。私がいるから、私が伊万里ちゃんを護るから!」
 同じく幼い弥生は、泣きじゃくる伊万里に向かってそう言っていた。微笑ましい光景ではあるが、今弥生はノゾミに操られ、護るべき伊万里を襲っていた。
(友情なんて、私の能力の前では無力でしかないわ)
 ノゾミは目の前の光景を見て邪悪な笑みでほくそ笑んだ。彼女からすればこのような茶番などいつでも壊せてしまうのだ。
(なに、こんなものが巣鴨伊万里の心の支えなの? 下らない)
 ノゾミはそれに落胆していた。そんなものが闇を照らす光になるとはとても思えなかったからだ。
(しかし、この光の記憶はまだ先があるようね――)
 ノゾミは記憶の続きを見ようと光の中を進んでいく。やはりその記憶も葬式の日で、先程の弥生との会話の少しあとのようである。

 やがて弥生も家に帰り、通夜の中、部屋の片隅で膝を抱えて伊万里はまだ泣いていた。
 伊万里は自分に死を見る能力が無ければ自分も一緒に両親のところに行けたのではないのか、一人こうして残されるくらいなら一緒に死んだ方がマシだった、などと考えていた。 
彼女は自分のこの異常な力が恐ろしかった。
これから一生人の死を見続けなければならないのか、ずっとその死を止めることもできずに見殺しにしていくのかと。
そして何よりこの人の死に慣れてしまうんじゃないか、そうなることが彼女にとって一番恐ろしいことであった。
伊万里が顔を伏せながら泣いていると、周りがざわざわと騒ぎだした。
「おいおい誰だここの場所教えたの」
「あの子の親はいないのか、何してるんだ」
「まぁやだ、孤児ですってあの子。だから教育がなってないのね」
「よく出てこれるな、まだ子供だとはいえ自分がしたことくらいわかるだろ」
「まるで死神ね、縁起でもない。帰ってもらいましょうよ」
 そんな声があちこちで上がる。ニュアンスとして彼らが言う“あの子”とは自分のことではないと伊万里はわかっていた。じゃあみんなは誰のことを言っているんだろう、そう思って伊万里は伏せていた顔を上げる。
 そこには可愛らしい顔をした男の子が立っていた。
 伊万里と同い年くらいであろうが、喪服ではなく、なんだか薄汚れた服を着ている。手や足に痛々しい擦り傷があり、その表情は曇っていた。
「あ・・・・・・」
 伊万里は直感で理解したようだ。
 彼が伊万里の両親の死の原因。
 親戚や警察から聞かされていた、両親はこの少年を庇うために死んだのだと。
 伊万里の両親は、自動車で祖母の墓参りに出かけている時に事故にあったのだが、それがこの少年に原因があったからだ。この少年はボールを追っかけて道路に飛び出し、慌ててハンドルを切った伊万里の両親はそのまま道路の崖から落ち、即死してしまった。
 偶然と世界の不条理と少年の不注意が生んだ悲劇。
 そしてその少年が伊万里の前にやってきた。
 伊万里と少年はお互いに目を合わせるが、何を喋ったらいいのかわからなかった。
「あ・・・・・・あの・・・・・・」
 伊万里が何かを言わなきゃ、言葉にならない言葉を呻く。伊万里は彼に対しての感情を決めかねていた。憎悪を持てばいいのか、どう接すればいいのか。
 伊万里がぼんやりしていると、少年は突然その場にうずくまった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・・・・・・・・・」
 少年は謝罪の言葉だけをひたすら呟いた。
 彼もまた、幼く、無力な子供だ。謝るしか彼にできることはなかった。それがどんなに周りから浅はかな行為だと思われても、少年にはそれしかできなかった。
 無力な少女と無力な少年。
 彼らの出会いは決して幸福なものではない。それでも伊万里はこの泣きながら謝り続ける少年に、伊万里は怒りや憎しみを抱くことはなかった。
 ああ、彼も不条理な世界の被害者なのだと、そう感じていた。
「そんなに、泣かないでよ。泣きたいのは私のほうだよ・・・・・・」
 伊万里は少年の頭にぽんと手を置いた。
「うう・・・・・・だって僕のせいでキミの・・・・・・お父さんやお母さんが・・・・・・僕のほうが死んだらよかったんだ・・・・・・どうせ僕なんて誰も悲しむ人なんていないんだから・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 伊万里は少年の両頬を手で思い切りつかんだ。
「泣かないでって言ってるでしょ!」
 激しい伊万里の叱咤に、少年一瞬びくっと震えたが、少しだけ笑った顔になっている伊万里の顔をみて唖然としていた。
「泣かないでよ、あんたがそんなこと言ったら私のパパやママがあんたを助けた意味なくなっちゃうじゃない。泣かないで! 強く生きてよ!」
 後半伊万里もボロボロと涙を流しながら少年にしがみついていた。少年も伊万里もその場で大泣きしていた。
 周りにいる大人たちは伊万里と少年が喧嘩しているのではないかと迷惑そうな顔をしていた。少年を伊万里から引き剥がそうと少年の腕を引っ張り、追い出そうとしていた。
「早く出て行けよガキ。伊万里ちゃんが可哀想だろ!」
「まったく常識のない子供ね。恩人の通夜の席で泣き散らかして」
 どんどん引っ張られ、少年は何も抵抗できずにいた。しかし、その時伊万里が回りの大人たちを睨み、
「やめて! その子を離して!」
 と一喝した。
 呆然とする大人たちをよそに、伊万里は少年に近づき、何かゴツゴツしたものを少年に手渡した。少年はわけがわからずきょとんとしていた。
「これ・・・・・・」
「それ、パパがいつも使ってたやつ・・・・・・」
 それはヘッドフォンであった。真っ赤な派手なもので、子供が使うには大きすぎるかもしれない。ちゃんとプレイヤーも一緒についている。
「プレイヤーの中にはママが好きだった歌手の曲が入ってるの」
「え・・・・・・そんな大事なもの・・・・・・」
「だから、よ。絶対パパとママのこと忘れないで。それを見ていつもパパとママに助けられたことを忘れないでよ、忘れたら許さないんだから!」
 伊万里は半ば押し付けるようにヘッドフォンを少年に譲った。少年はそれをぎゅっと抱きしめていた。
「僕、絶対に忘れない。僕がキミの両親の代わりにキミを護る。絶対に、たとえ世界がキミの敵になっても、僕はキミを護る!」
「な、何恥ずかしいこと言ってんのよ! 弥生もそんなこと言ってたけど、私はそんな護られるってガラじゃないわ。ううん、強くなりたいのは私のほうよ」
 伊万里は少年の真っ直ぐな言葉が恥ずかしいのか、少しつっけんどんにそう言った。
「だったら一緒に戦おう」
 だが、少年はそう言った。一体何と“戦う”のか、それは具体的には少年自身にもわからないであろう。しかし、これから二人に襲い掛かる過酷な運命や困難、それを暗示しているかのようであった。
 やがて少年も帰り、また伊万里は独りになっていた。しかしその顔にもはや涙はなく、強くあろうとする意志と、自分を護ってくれる存在に出会ったことによる充実感に満たされていた。
 両親の死は彼女にとって辛く悲しいものではあったが、彼女の心に残ったのはそれだけではなかったのである。
 その後伊万里は双葉学園に入学し、その孤児の少年もそれからどこかに引き取られたというのを風の噂で聞いていた。



(何よこれ――気持ち悪い。こんなのが心の闇に輝いてるなんて)
 ノゾミは伊万里の記憶に触れ、嫌悪の表情をしていた。これは彼女が嫌いなものの一つである。
(こんなの、ただの初恋じゃない――!)
 ノゾミは虫唾の走るようなその伊万里の光の記憶から脱出し、さらに深く黒い部分に迫っていく。この光を越えた先に、伊万里の心の闇の核心部分が待っているのだ。
 しかし、両親の死以上のトラウマが伊万里にあるのだろうか、ノゾミは少し不審に思っていた。
(なんだか闇が深すぎる気がするわ・・・・・・まるで人間の精神じゃないみたいな)
 やがて心の海の最深部に辿りついた。
 それは、何と形容したらいいのかわからない。
 伊万里の心の最深部にあるものは混沌そのものであった。黒く不気味な軟体動物の触手のようなものがぐるぐるとトグロを巻き蠢いている。
 人間の精神がこのような形をしている姿を、ノゾミは初めて見た。
(これじゃまるで化け物じゃない・・・・・・まさかこれがクローリング・カオスの言っていた“彼女”なの――?)
 ノゾミがその触手から遠ざかろうと身を引こうとした瞬間、その触手がノゾミのもとまで伸びてきた。タコやイカのような吸盤のついたその触手は、何本もノゾミに絡みつき、彼女の精神体を拘束していく。
 その触手は彼女の精神体を侵食し、汚染していく。
「馬鹿な、この私が逆に取り込まれると言うの? こ、こんな化け物が人間の力で制御なんてできるものか! クローリング・カオスは一体何が目的なのよ!」
 やがてノゾミの精神が黒く染まっていく。
 ノゾミが最後に見たものは、伊万里の心の闇の、封印された記憶であった。
 その記憶の映像はノイズが激しく、何が映っているのかよくわからない。しかし、白い部屋と白い服を着た大人たち。それを取り囲む少女がそこにいた。
『・・・・・・やはりまだ早い・・・・・・これは・・・・・・』
「やめて・・・・・・苦しい・・・・・・」
『この異能は・・・・・・・”彼女“とのコンタクトを・・・・・・可能・・・・・・』
「いや、痛いの・・・・・・もういや・・・・・・」
『しかしこれは超宇宙法則の・・・・・・精神体が・・・・・・』
「もう私の・・・・・・頭を・・・・・・いじらない・・・・・・で・・・・・・」
『これは・・・・・・ラルヴァ・・・・・・上級Sの5・・・・・いや、もしくはそれ以上の・・・・・・』
「やめて、やめて、やめて!」
『こんな希少な実験体・・・・・・手放すわけには・・・・・・・しかし・・・・・・』
「パパ・・・・・・ママ・・・・・・助けて・・・・・・!」







「うアアアアアアあああああああああああああああ」
 突然目の前の西野園ノゾミが発狂したように叫びだして伊万里は呆然としていた。
 頭を両手で押さえながらのた打ち回っている。喉が引き裂かれんばかりに口からわけのわからない言葉を喚いている。
 一体何が起きたのか。それは伊万里にはわからなかった。しかし、まともではないということはノゾミの苦しみ姿を見ていればわかる。
「な、何よ。突然どうしたの!」
 ノゾミの顔には今までの美しい表情はなく、苦悶と苦痛により、歪みきっていた。
 伊万里が驚いてどうしたらいいか迷っていると、ふと自分を縛っている縄が緩んだ。その縄を持っていた弥生の意識が突然失われたように倒れたのだ。
「弥生!」
 伊万里は身体をぐりぐり動かして縄を解いた。
 弥生を抱き上げると、どうやらノゾミの集中力が切れたせいなのか、能力の支配下から開放されたようだ。
(弥生が無事でよかったわ。でもこの西野園先輩・・・・・・一体どうして、私の心を覗いてこうなったの?)
 まるで精神が破壊されたかのようなノゾミの行動に伊万里は恐怖を覚えていた。しかし、真の恐怖はこれから始まることになる。
 突然ノゾミの身体に異変が起きた。
 ノゾミの身体が痙攣をはじめ、どんどん身体が黒く染まっていく。
 やがて腕が形を崩壊させ、まるで軟体生物の触手のような形になっていき、腕から身体全体に何かが浸食していくように人間としての形が崩れていく。
「な、なによこれ! 何が起きてるの!?」
 伊万里は恐怖で身体が動かなかった。
 目の前の人間がそうでなくなっていく光景は、何よりも不気味で恐ろしい。
 ノゾミの上半身は黒く巨大な物体に覆われ、そこからは無数の触手が生えていた。彼女の人間としての部分はスカートから覗く真っ白で綺麗な足だけである。それが逆に不快感を煽るようなギャップを醸し出している。
「な、何なのよ・・・・・・これじゃまるでラルヴァじゃない・・・・・・」
 その黒きモノは触手を鞭のようにしならせ、当り構わず振り乱している。空を切るように伸びる触手がこの廃研究室の機材を次々と破壊していく。その触手が伊万里の横を通り過ぎ、機材を触手で絡めている。それの機材は触手と一体化して、黒きモノの本体に取り込まれていく。どうやら回りにあるものを無差別に食らっているらしい。それを見て伊万里は背筋がぞっとしていた。
「弥生! 起きて! 逃げるわよ!」
 伊万里は弥生の頬をぺちぺちと叩いた。
「・・・・・・ん、ここは・・・・・・伊万里ちゃん?」
 弥生は意識を取り戻したようで、焦点の合っていない目で伊万里を見上げていた。どうやら今までの操られていた記憶は飛んでいるらしい。
「弥生・・・・・・よかった。さあ早くここから逃げるわよ、あの化け物に食われる前に」
「え、化け物・・・? あ!」
 弥生は寝ぼけた頭で目の前の光景を直視する。それを見た弥生は思わず大声で悲鳴を上げてしまった。思わず伊万里にしがみついてしまっている。
「な、なにあれ伊万里ちゃん! 何なの!?」
「わからないわ。ただ突然西野園ノゾミ先輩があんなラルヴァに変身したのよ」
「に、西野園さんが・・・・・・嘘でしょ!」
「本当よ、あの人は異能の力で弥生や他の人たちを操ってたの。一体何が目的だったのかわからないわ。でも、あのラルヴァな間違いなく西野園ノゾミよ」
 二人は目の前のラルヴァを睨みつけるが、その黒きモノは構わずに破壊にいそしんでいた。そのうちこの廃研究室も崩壊するだろう。
さっきよりも黒きモノの身体は膨れ上がっていた。
廃研究室がどんどんボロボロになっていき、黒きモノはそれらを飲込み続けているのにも関わらず、見た目は変わっていない。
あれほどのものを飲込みながらもどうやら質量そのものに変化はないようである。
一体どういう理屈かはわからないが、その得体の知れなさも彼女達に恐怖を与えていた。





廃工場の上空に人影が浮いている。
まるで見えない足場があるかのように空中に立っている男がいた。
存在感が希薄なのか、その男には顔が無いような印象をうける。彼はクローリング・カオス、聖痕の構成員の一人である。
 彼は空中から西野園ノゾミの変身と破壊を眺めていた。
「自分の力を過信して、深淵を覗こうとするからこうなるのだ。深淵に触れたものは深きものに取り込まれるというのに」
 研究室の天井を突き破り、触手が外にも伸びていく。その触手が一瞬丸く膨れ上がったかと思うと、破裂し、あたりに飛び散る。
 飛び散った破片たちは、まるで意志があるように蠢きながら這っている。
「巣鴨伊万里の中にある“彼女”の触手に触れただけであれほどのものになるとは。“彼女”の本体は一体どれほどの力を――」
 彼が呟いていると、灰研究室の反対側に赤いマフラーを首に巻いた少年が目の前の光景に唖然としていた。
「連中もここにいるのか。まだ連中と会うのは得策ではないな」
 そう言って彼はまるで夜の闇に解けるように消えてしまった。



「な、なんだよこりゃあ!」
 思わず早瀬速人はそう叫んでしまった。オフビートが向かって行った方向から巨大な触手が天に向かって伸びたかと思えば、それが爆ぜて何やら黒い物体が大量に街に向かって這ってきている。その黒い物たちは当たりの瓦礫などを取り込んでこちらに向かってきている。あれに触れたものは取り込まれるようだ。
一体何が起きているのか早瀬にはわからないが、あの黒い物体が街に迫ってきたら大変なことになる、そう肌で感じていた。
「こいつらはラルヴァなのか・・・・・・?」
 大量に迫ってくる黒いラルヴァの群れを見て早瀬は恐怖を感じていた、わけではなく、なぜか不適に笑っていた。
「ラルヴァ・・・・・・か。なら俺の出番じゃねえか!」
 早瀬は赤いマフラーをなびかせて、ラルヴァの群れに向かって駆け出した。一切の迷いもなく、ただ真っ直ぐに、ひたすら直進していく。
「第一加速!」
 早瀬の駆けるスピードがぐんぐんと速くなる。
「第二加速!」
 F1カーの如くスピードになり、周囲の空気が切り裂かれていく。
「第三加速!」
 もはやまともに視認できぬほどのスピードになり、本来なら服も身体も摩擦熱で燃え尽きるほどのスピードであるが、早瀬は身体付近に逆加速をかけ、それを防ぐ。
「最終加速、全力疾走!!」
 音速を超え、早瀬の周りにソニックブームが発生し、周りの瓦礫などを吹き飛ばしていく。もはや彼を止めることは何者も出来ない。
 早瀬はそこで一度地面を蹴り、低空での跳躍をし、右足を前に突き出した。超スピードの慣性の法則により、早瀬の身体はそのまま超速で黒いラルヴァの群れに突進していく。
「必殺、零式スーパーソニックオーバーキィィィィィィィィィィィィィィィック!!」
 激しい摩擦熱の光により、一瞬だけここ一帯の夜の闇が明るく照らされ、凄まじい衝撃波により黒いラルヴァたちは吹き飛んでいく。
 崩れた廃工場の瓦礫の山の一角に早瀬は着地し、息を切らしていた。
「ふぅ、やっぱ能力全開でいくと疲れるな。だけどこれであのラルヴァたちは・・・・・・」
 だが早瀬は吹き飛んだラルヴァたちを見てぎょっとした。
 ボロボロに千切れとんだはずなのに、それらはまた動きだした。いや、千切れた分だけ増殖してしまったようだ。
「なんだよこれ、どうしろってんだ! こいつらには“死”がないのか!?」
黒い物体たちは一斉に早瀬に向かって飛び掛ってきた。
体力がもはや限界になっていた早瀬は、それらを避ける余裕がなかった。
早瀬が身を硬くした瞬間、どこからかバイクのエンジン音が聞こえてきて、巨大なオートバイが早瀬の視界を遮り、黒いラルヴァたちを纏めて空中で轢いていく。
空中を駆けたバイクは着地すると、ぎゃりっと半回転して停止する。そのバイクには二人の人物が乗っていた。それを見て早瀬は安堵の表情を見せる。
「ルール先輩、加賀杜先輩!」
 大きなオートバイに乗っていたのは醒徒会のエヌR・ルールと加賀杜紫穏であった。加賀杜がハンドルを握り、それを後ろから覆いかぶさるようにルールが乗っていた。
「あー、なんかお二人ともそんなくっついてやらしいですよ」
 早瀬はくっついてバイクに乗る二人を茶化す。半ば羨ましいと感じているようである。
「仕方あるまい。非常事態だ」
「そうだよー。アタシの能力でバイクの性能を引き上げたから間にあったんだから感謝してよー。アタシがハンドル握らないと能力浸透しないんだから仕方ないんだから」
「そうだ、それにぼくには幼女趣味なんてない」
「どーゆー意味かなエヌルン」
 加賀杜はこめかみの血管を浮かせてルールを睨んでいる。ルールは青いサングラスのせいでわからないが、どうやら目を逸らしたようだ。
「い、いや。それよりこの黒い物体・・・・・・ラルヴァたちをどうにかする方が先だろう」
 ルールは誤魔化すように周りに飛び散ったラルヴァたちを見やる。それらの物体はさっきバイクで轢かれたにも関わらず、やはりダメージを感じていないかのように蠢いている。
「どうしますルール先輩。こいつらどんだけ攻撃しても駄目ですよ、下手に破壊しても分裂しちゃうだけですし」
「そのようだな。だが、それは中途半端な攻撃の場合であろう」
 ルールは両手の骨をポキポキと鳴らした。
 ゆらり、と身体をラルヴァたちに向け、両手を構えた。
「何も残らないほどに消し飛ばしてやればいいのさ」
 ルールは飛び掛ってくる黒い物体たちを両手で薙ぎ払った。
 すると黒いラルヴァたちはまるでかき消されるように身体がもぎ取られていく。彼の両手に触れるものはまるで砂のように分解され空中に消えていく。これぞ彼が持つ最強と言われる異能“ザ・フリッカー”である。
「うわぁ、久々に見ましたけど相変わらず卑怯臭い能力ですよね」
 早瀬は次々とかき消されていくラルヴァたちを哀れに思いながらこの異常な敵が駆逐されていくのを見て安堵していた。しかし、
「何を気を抜いているんだ早瀬」
「いや、だって。もうラルヴァは・・・・・・げっ!」
 早瀬が目の前を見ると、廃研究の中心から巨大な触手が伸び、そこからまた黒いラルヴァたちが生み出され増殖していく。もはや数え切れないほどの大群と成していた。
「ふん、どうやらこいつらを全員消すのは骨が折れそうだな。だが、やるしかあるまい」
「そうだねエヌルン。はやはやも気合入れたほうがいいよー」
「ま、マジっすか~」









「この化け物分裂してるの!?」
 伊万里は目の前の黒きモノが触手を天に伸ばし眷属たちを増殖させているのを見て、驚愕していた。まるでこの世の終わりのような光景である。あんなものが増えてしまったら一体どうなってしまうのだろうか。
「い、伊万里ちゃん早く逃げようよ!」
「うん。だけどこのラルヴァを放っておくわけには――」
「駄目だよ私たちじゃこんなの相手に出来るわけないよ!」
 弥生はまた伊万里の悪い癖が出始めていることに気づいてそれを止めようと彼女の肩を掴み、揺すっている。
伊万里はまたも目の前の敵と対峙しようとしていた。
 だがどうあってもこの黒きモノ伊万里が勝てるとは思えない。弥生はそれを危惧して伊万里をこの場から離そうと必死である。
 二人がまごまごしていると、その目の前を触手が通り過ぎる。
「ひぃ、あ、あれに取り込まれたらどうしようもなくなっちゃうよ! 伊万里ちゃん逃げよう!」
「わかったわ。行こう弥生!」
 二人は出口の扉に向かって駆け出した。だが触手の攻撃により次々と天井が崩れだし、扉が瓦礫で埋まってしまう。
「そんな!」
 唯一の退路を絶たれ、伊万里と弥生は立ちすくむ。恐るべき黒きモノとこの空間に閉ざされてしまった。天井は穴が開けられているが、とても登れるものではない。
「ごめん弥生、私が早く逃げないから・・・・・・」
「そ、そんな謝らないでしょ伊万里ちゃん。もし下手に出口に向かってたら下敷きになってたかもしれないし・・・・・・」
 二人はそう言うが、現実は非情である。彼女達のすぐ後ろにはあの黒きモノが触手を蠢かせている。
「でもあの化け物って目が見えてないのかな。手当たりしだいに攻撃して取り込んでるけど、私たちを狙うってことはしてないみたいね」
「う、うん。多分視覚がなくて感覚で動いてるんじゃないのかなぁ」
「なるほどね、あんまり高度な感覚じゃないみたいね」
「ど、どうするの伊万里ちゃん・・・・・・?」
 伊万里は足元に落ちている鉄パイプを拾い、それを黒きモノに向けて構えている。
「私がこいつを挑発して攻撃をしかけさせるわ。それでこいつの攻撃でこの出口の瓦礫を破壊してもう、ってのはどう?」
「そんな、伊万里ちゃんが囮になる気!?」
「うん、だって西野園ノゾミは私が目的だったみたいだしね。弥生はちょっと下がってて」
 そう言って伊万里は黒きモノの触手に向かって鉄パイプを叩きつけた。
「さあ怒りなさいよ化け物! 私が目的なんでしょ!」
 伊万里の位置を感知した黒きモノの触手が伊万里を目掛けて薙ぎ払われた。伊万里はバックステップでそれを避けるが、鉄パイプは触手に触れ、取り込まれて消え去ったしまった。
「うわ、こんなのに食べられたらどうなっちゃうのかな」
 伊万里は黒きモノの恐ろしさを痛感した。だが今さら後には引けない。伊万里は触手を挑発するように出口の扉まで引き寄せる。
 しかしその時伊万里の足元に何かが当たる。それは崩れた瓦礫の破片であった。
 伊万里はそれに足を引っ掻けてバランスを崩してしまう。
「伊万里ちゃん!」
「しまっ――」
 伊万里はそのまま転んでしまった。
 それを感知した黒きモノは触手を容赦なく伊万里のもとに振り下ろした。黒い触手が伊万里の身体を覆い、伊万里はその場から消えてしまった。
「伊万里ちゃああああああああああああああん!」
 弥生の悲痛な叫びも虚しく、伊万里は触手に丸ごと取り込まれてしまった。
「そんな・・・・・・伊万里ちゃん・・・・・・」
 弥生は自分の無力さに愕然として膝を地面についた。地面にはぽつぽつと水滴がこぼれる。それは弥生の瞳から流れ落ちた涙であった。
「護るって・・・・・・私が伊万里ちゃんを護るって約束したのに・・・・・・」
 弥生はその場に泣き崩れ、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。
 唯一の親友を失い、彼女はもう全てがどうでもよくなっていた。自分もあの黒きモノに取り込まれてしまおう、それが一番楽だ、そう考えていた。しかし、
「伊万里!」
突然閉ざされた扉の向こう側からそんな声が聞こえてきた。






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